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オートマータ ~あるいは、機械仕掛けの恋人~5完

【現代(たぶん)パラドックス・パラレル】【ギャグですからね】

レンタル品ではあるが、勝手に老子に改造されまくった自動掃除機ロボット。
渋ちんの李順は頑としてレンタルの返却を要求し…。
「あの夕鈴」が忘れられない黎翔と、ファーストキスをいきなり奪われた夕鈴は、はたしてどういう結末を迎えるのやら。

* * * * * * * * * * * * *
オートマータ
~あるいは、機械仕掛けの恋人~5完
* * * * * * * * * * * * *

李順はしばらく分厚い書類を抱えたままジッと立ちつくし、おもむろにそれらを机の上にドサリと置くと、インテリジェンステクノロジー部門顧問の張元に向かいなおった。

「張老子」

「なんじゃ?」

「この状況は如何なものでしょうね?」

「ほう? なにがじゃ?」

「ロボットがのうのうと社長椅子に座り、
そのため社長のお仕事ができないという現状が
問題だと私は申し上げたいのですよ」

「ふむ…」

張老子は頭をカリカリとかくとロボットの方へと近づいた。
「…しかたないのう」

「それに、先ほどの社長のご様子を見る限り
もうこの掃除機ロボットにも飽きたご様子。
このタイミングをのがさず、返却です!!
レンタル期間内で、きっちり返却しておいてください」

「……」
張老子は何かつぶやいたが、それは決して李順の耳には届かなかった。

「――分かりましたか?
返却ですよ?」

「……」

老子はブツブツ言いながら、ポケットからリモコンを取り出し社長椅子に座るロボットに向けてピッとボタンを押した。

すると、充電中だった掃除ロボットは立ち上がり、老子の方へ歩き出す。

「お前さんの言いたいことは良く分かったじゃ。
老い先短い老人の楽しみを――
若いもんはちっともわかっておらんのじゃ…」

老子が歩くと、ロボットも付いてくる。

その無邪気にトコトコ付いてくる様子がドナドナのツボを押したのか
老子の涙を誘った。

李順はメソメソと泣き出し可愛い子ぶる張老子のズルさに、カッとなって言葉を重ねた。

「…泣いてもっ ダメなものは、だめです!!」

「でも…。返さんでもいいじゃろ?」

「でも、じゃありませんっ!
レンタル終了したら、返品ですっ!」

「だって、これほど、最先端のテクノロジーを搭載した素晴らしい掃除機ロボットは…他には無いんじゃよぉ? なあ、返さんでもいいじゃろ?」

命乞いするような目線ですがる張老子。

李順は爆発した。
「だって、じゃありませんっ!!
返すといったら、返します!!
――良いですか? 張老子。
便利であることは良い。
しかし、テクノロジーを何でも搭載すればよいというものではありませんっ!
いうなれば今回の事例は
『人の生活に寄り添ったものでなければ、いずれ飽きられる』という反面教師です!」

張老子が社長室の敷居をまたぎ先を行こうとしたが、ロボットはその場でウインウインと軽く2、3度イヤイヤをすると立ち止まってしまった。

「わしは、その、陛下の人生に寄り添う――」

「四の五の言わず、ちゃんと元のとこに返してらっしゃい!」

「…お前さんは――それでいいんじゃな?
あの御方がどんなに気に入ったものでも、
『用済みになれば切り捨てろ』というんじゃな?」

仁王立ちになった李順は腕組みをしたままメガネをクイっと押し上げた。
老人の言葉に譲歩や妥協を示す様子は、全く見出せなかった。

「そうです」

張老子はうなだれたまま、社長室の入口に屈みこんだ。
足元に設置されていたバーチャルウォールの電源を切る。
バーチャルウォールが切られた今、ロボットは社長室からの縛りを解かれたのだ。

「――あい分かった。
連れて行けばいいんじゃろ?
そして元通り箱に詰めて、
何もかも忘れたふりをして。
返してしまえばいいんじゃ…。
あれほど陛下がお気に召した、唯一の、この嫁を――」

「嫁じゃあ、ありませんっ!」

李順が叫ぶ。

もう一度だけ、チラリ、と振り返り李順を見つめ、
あきらめたようにハァとため息を一つ付くと
掃除ロボットを後ろに従えて、とぼとぼと張老子は去って行った。

* * * * * * * * * * * * *

夕鈴が朝早くいつものように出勤した。
フロアはいつものように誰もいない。

「もう、夏休みも終りね…
私のバイトももう、今日で、終わり」

タイムカードをホルダーの一番下から取り出す。

最後の欄が空いているだけだった。

夕鈴の契約期間は終わろうとしていた。
もともと社員が居ない夏の間だけの短期バイト、という契約だった。

これまでうす汚れた狭いビルやオフィスの清掃などもしてきた夕鈴にとって、広々とした場所でやりがいがあり、最高級の建築材で仕上げられた美しいオフィスビル内の清掃は楽なことこの上なく、楽しかった。

怖いという社長さんとも会うことはなかった。
契約の時に、上司の李順というエライ人から『絶対逆らってはいけませんよ』とあれほど口酸っぱく言われたから、いつ遭遇するのかといつもビクビクしていたのだけれど、結局拍子抜けだった。

「狼陛下…だっけ
ちょっと見てみたい気もしたけど――そんな雲の上の人にお会いするなんて。
最初っから無理な話よ」

「狼陛下じゃなくって、――すごく失礼なヒトには遭ったけど…」
思い出しただけで、ボッと熱があがり夕鈴は真っ赤になった。
風変わりな書生風の若い人――きっと若い秘書さんの一人だとおもうのだけど、失礼なことに社長椅子にも堂々と座るし…。私にいきなり…
いきなり――
「…うっきゃぁ~~~~っ!」
自分の声が広い天井を反共し、エコーがかかって聞こえた。
真っ赤に爆ぜそうな夕鈴は自分の叫び声にビクリと跳びずさった。

ハッとなって辺りを見回す…。
ドキドキ心臓の音が聞こえそうなぐらい、あたりは静かだった。

(誰も居ない。よかった…)
「はぁ…」

(…あれは、事故。あれは…事故~~~!!)

なにせ、いきなりファーストキスを奪われたのだから…。
多分、あの人は徹夜仕事あけで、朦朧としていて何か勘違いしたにちがいない…。
だって、前後の会話の脈絡が通じてなくて、全然おかしかったもの――。

(何か、他の楽しいもの、他のことを考えて――冷静にならなきゃ…!!)
夕鈴は必死に冷静になろうと努力した。

そういえば。
『例のあれ』にもあれっきり会えなかった。

「ル★バちゃんの働くところが見たかったわぁ…。
でも担当部署が違うし、社長室の中じゃ会えないわよね」

それはすこーしガッカリしたが
(また、電気屋さんで立ち見しよう♪)と心を切り替えた。

「本当は、この広いフロアをスイスイと動く
自然なまま、野生本来のあの子の姿がみたかったんだけど――」

夕鈴の中では、家電量販店の見本コーナーの半畳にも満たない枠の中で動くル□バは、『あの子の本来の姿』とは言い難かったのだ。

サバンナで暮らすシマウマの群れが砂煙を立てて走る姿のように、ル★バちゃんが広々とどこまでも続く平たい床の上を、スイスイと自由に動く様子が見たかった――。

タイムカードを持ったまま、想像の翼を広げていた夕鈴は、ハッと我に返った。

「ダメダメ。さっ!
お仕事お仕事」

カシン、とタイムカードを打ち込む。

「さ、最後だから。綺麗に仕上げてゆきましょう!」
夕鈴はガッツポーズを作った。

夕鈴は愛用となった掃除道具を取り出すと、頭巾をキュッと締め上げ奮起して仕事にとりかかる。

閑散としたフロアではあったが、仕事するうちにあちこちに思い出ができた。
ハタキをかけ、広い廊下を端から端まで思いっきり掃除機をかけるのも楽しかった。
水拭きをすれば高級な大理石は艶々と光る。
ガラス素材があちこち多用されているのはちょっと手こずるけれど、曇りひとつなく仕上げると心まで洗われたような気がする。

大まかなところを終えると、今度は細かいところ。

廊下の隅、角、リム、金具、スイッチ、照明器具の裏の裏まで。
どこもかしこもピカピカに磨きこんだ。

「綺麗で、楽で。…割のいいお仕事だったから、残念だわ――」
ピカールとからぶき布と、古歯ブラシを持ったまま、辺りを見回す。

「もう磨くところはないかしら――?」
ほぅ、と額の汗をゴム手袋のまま拭う。

「――あら?」

社長室の方の仕切りごしに、チラリ、と何か動くものが見えた。

それは丸い円盤型の例の自動掃除機ロボットだった。

夕鈴と目が合うと※、一瞬くるくると嬉しそうに回ったように見えた
(※視線があうとかどうとかは、完全に夕鈴の気のせい)。
ゴム手袋をはずし掃除道具ごと素早く置くと、夕鈴は社長室にそっと足を踏み入れた。

(最後の日に、ようやく会えたわ――!)

ル◆バは広い広い社長室のフロアを生き生きと動き回り楽しそうに掃除して回っていた。
夕鈴は暫く膝をかかえてジッとその様子を見つめていた。

夕鈴のすぐ傍にきて、良く見えるように働いてくれていたかと思うと、今度は気を引く様にスッと奥へと移動する。
夕鈴は思わず愛らしいル○バに連れられ、社長室の奥へと進んで行った。

あまりに可愛らしい動きで、夕鈴は思わずそれを捕まえてみたくなった。
そばにきたとき、思い切って両手で捕まえる。
(やった♪)―――と思ったその瞬間。
広いガラス張りの社長室の奥に置かれた机のさらに奥の、立派な革張りの社長椅子の背中越しに、ふいに声がかかった。

「――夕鈴」

夕鈴は、びくっとした。
驚いて声を出しそうになったが、手をあてて口を閉じた。
そして、何故だか叱られるだろうと思い、捕まえたル☆バを思わず背中の後ろに隠した。

「君は…もう。今日限りで。
行ってしまうんだろう」

(―――え?)

「李順が言っていた。
君はまた狭苦しい箱に詰められ、元の世界に戻るんだね」

(…確かに。ここを解雇されたら、元通り、狭いビルの掃除婦にもどるんだわ。私。それをなぜ、この方はご存知なの?)

思わず夕鈴は声をかけた。
「あの、あなたは?」
「…」
椅子の向こうの主は、一瞬息をのむと、間をおいてゆっくりと返事をした。
「…ここの社長、だよ」
クルリと革張りの椅子が回り声の主はこちらを向いた。

ちょうど床から天井までの大ガラスの窓越しに朝日が差し込み、背もたれのらかい革張りの椅子越しで、逆光になった社長の顔は夕鈴の位置からはとても見えにくかった。
だが、相手には掃除婦姿の夕鈴はつま先からてっぺんまで光に照らしだされ、逃げ隠れもできなかった。

「やっぱり、夕鈴。――君か」
社長は優しい低い声でつぶやいた。

社長? 社長?? あの、狼陛下と呼ばれる、社長―――!!!??
絶対逆らってはいけない、
Noといったが最後、一族郎党皆殺し―――という?

「おかしいな。もうすべて元通りにして
君は帰るって聞いてたんだけど、な
たしかにさっきまではそうだったよね。最初にあったときのまま。
何もかも元通りだと―――。
最後のあいさつに僕のところに戻されて…」

コツ、と指先でデスクを叩く。

「―――僕はもう二度と“あの君”に会えないと思っていたから。
うれしいよ、夕鈴。こっちへ、おいで―――」

(…逆らっちゃ、いけない、のよね?)

夕鈴は真っ青になってぎくしゃくと動き始めた。

まっすぐ進むようで、なんとなくまがってしまい、ハッとしながらまた戻る。
その時、背中に持っている機械をどうしようかと思わず考えてしまい、うーんとうなりながらさりげなくクルリとまわってエプロンの裏に隠した。

「ははは。君の動き。
やっぱり面白いや―――。
正直言うとね。最近、もう、どうでもよかったんだ。
…でも、なんだろう。
最後の最後でそんな愛らしい様子を見せられては―――」

夕鈴が机のそばまで近づく。

「…手放せなくなる」

夕鈴はドクンと胸が高鳴った。
目の前に居るのは、机にり腕組みをして頬を預けた男性。
逆光で影の落ちた前髪の影から、赤い両眼がちらりと見えた

(――え?)

夕鈴はようやく気が付いた。

(この若いひと。この間の…!? え、この人、秘書さん、じゃ、なかったの―――?)

その時、急に立ち上がった社長は、夕鈴の手をつかみ、ぐいっと引き寄せた。
(ちょっと! いったい、どういうこと?)
夕鈴は目を白黒させて蒼白になって考えを巡らすが、一向に現状が把握できない。

「私の願いを君は叶えてくれたんだね。
…ふふ。またそんなに青くなって。
それほど(電池切れが)怖いのか? では充電を――」

(狼陛下に逆らったら、皆殺し! 
青慎も? 父さん?? 一族郎党、皆殺し――!?)
夕鈴はギュッと目をつぶり、念仏を唱えた。

黎翔は夕鈴をゆっくり抱き寄せ椅子にドサリと座りこむと、軽く彼女の顎を引き上げチュッと口づけをした。

ギュッと目をつぶった夕鈴。顔は真っ赤になっているが、頭がピカピカ光らない。
「えっと…あれ?」
黎翔は『んー』と顔をしかめた。

「なんだか…違う?」

もう一度口づけをする。
今度は少し念入りだった。

「あれ…」
黎翔は眉間にしわを寄せ、指先でぐっと押しながらプルプルと顔を振った。

「もしかして…夕鈴。
君――ついに『人』をなれたの? 
えっと、あれ、キスで、だっけ。童話にあったよね(笑)
ファンタジーだな。こうなると」

「はああっ?!」
夕鈴は理解不能な会話を続ける社長に、ついに逆切れしそうだったが、李順の言葉が頭の中によみがえった。

―――社長のおっしゃること、されることは絶対、です。
あの方は大変スケールの大きいかたで
時折一般人には理解しがたい行動をとる場合がありますが
全てを受け入れなさい。
決して逆らってはなりません―――

夕鈴は口づけを一度ならず二度までも念入りに施され、これ以上恥ずかしさに耐えきれなかった。
ジワリと涙が浮かんだ。

「ひ、ひどすぎます。
いくら社長だからって―――突然、こんなっ…
わ…私。
こんなことされたら、
お嫁にいけないじゃないですかぁ…!」

夕鈴の涙を不思議そうに黎翔は指ですくった。

「…じゃあ、僕のとこにいたら」

「――は?」
夕鈴のぬれたまつ毛がシパシパと瞬く。

「だから、ね?――決まり!
ずっと、ここに居てくれるよね?」

真っ赤に顔を赤らめて口ごもる夕鈴に、黎翔は半ば強引に答えを強いた。

夕鈴はしばらく唇を噛んで考えていたが、
彼女にとってもここは良い職場だったので、
思わず彼の強引さに加え、条件の良さに返事をしてしまった。

「あの。は…、はい」
夕鈴はまたしばらく収入面で安定しているこの職場で働けるのかと思い、嬉しかったので、素直に笑ってみせた。

夕鈴の笑顔を見ると、黎翔は満足げにうなずいた。

「じゃ、夕鈴はずっと僕のお嫁さんだね!!
そうすると…やっぱりレンタル解約させとダメかなぁ…
李順を呼ばないと――」
ブツブツと黎翔はつぶやいた。

その時、力の抜けた夕鈴の掃除エプロンの影から
ゴトリと大きな音をたてて、ル◎バが床に落ちた。

「……ああああああああっ?」
黎翔は床に落ちたその掃除用ロボットと、夕鈴を交互に見比べ、にぱっと笑った。

「なぁんだ、君。
…レンタル品じゃなかったんだ」

そういうと安堵しながら腕の力を更に強め
「じゃあ、問題ない」

「…問題ないって?」

「だから、君は正真正銘人間で、僕のお嫁さんで、かわいい奥さんだってこと」

「ええっ?」

いつのまにそういうことになっているのか、何がなんだか分からないままの夕鈴の困惑をよそに、黎翔はお気に入りの彼女を深い口づけで縫いとめた。


* * * * * * * * * * * * *

そんなわけで
数式と無機質に囲まれて育った、ちょっと人間づきあいが悪い理系オタクの擬人化大好き社長の黎翔さんと、御掃除好きで可愛いもの好きな実は高校生の夕鈴さんのお二人は
晴れて結ばれたそうな―――。


不思議家電を次々生み出すインテリジェンステクノロジー部門は今日も大活躍。


「ところで、老子。今度は何してんの?」

「これはのう―――うぷぷぷ♪
ラブラブお世継ぎゲット兵器の研究じゃあっ!!」

マッドな機械よ、永遠なれ―――。

*

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忘却の岸辺(17)

【ねつ造】【ネタバレ】【狸合戦】
柳氾豪華キャストによる夢の競演(?)
…陛下、ちっとも愉しそうじゃありませんが。
楽しんでおいでならば幸いです…

そして…
ついに黒幕が――!?


* * * * * * * * *
忘却の岸辺(17)
* * * * * * * * *

晏流公側の使者を迎えた会談は任州と蓉州の国境を隔てる大河の上流の荒々しい急流の渓谷の町のさる場所で行われた。

内々のこととはいえ、国王珀黎翔とその側近以下、王宮側のそうそうたる面子が朝早くから顔を揃え、使者を迎えた。

王弟を王宮に呼び戻すことに賛成である柳義広大臣ら、反対を唱える氾史晴大臣ら、どちらにも組みせぬ中庸派など八名の大臣と議事を正確に記す二名の書記官が列席した。

李順は王の傍に付き従い、静かに見守っていた。

政務官、そして補佐官の氾水月柳方淵ら数名は別室で待機させられていた。

使者が恭しく礼をするや、大臣らは使者に次々と質問を投げかける。

晏流公の人柄や個性、知、体、技、立場、将来…。

自分たちにとって利益不利益を擦り合わせるために、晏流公たる人物の詳細なる情報を洗いざらい引き出さねばならない。

国王は言葉少なく聴くに徹し、主に両大臣と使者との間での会話が延々と続いた。
そんなふうに十二歳そこそこの晏流公という子供をめぐり、国の重鎮が互いの懐を探り合い、いつの間にか数刻が流れ去った。

休息をはさむため一旦使者を別室に遇し、王宮側のみでの話し合いに入る。


「――晏流公は年若くともたいそう勉強熱心で、学問の才あるお方のようではござらぬか。そのようなお方を田舎の片隅に押し込めておいては、勿体ない。早くより王都にお迎えし最高の学習環境を備えて差し上げ、国王をお支えし盛り立てられる人物にお育ちいただくことこそ、大切なのでは」

「いやたいそうお体が弱く、剣ひとつ振るえぬと聞く。
そのようなお方が陛下をお支えし、お守りできるとは到底思えませんな。
逆に足手まといになるだけでは」

「否。陛下をお支えするのは、武のみにあらず!」

「そうだ!
脈々と続く王家の血筋を絶やさず、継承することほど大切なこともあるまい。陛下にお子なき今、晏流公という存在がその点一番の安心材料であることに変わりはあるまい」

晏流公側の使者がいなくなれば更に舌戦は加速し、大臣らの話し合いは激烈を極めた。

晏流公を迎えることに賛成の意見がやや反対派を上回り、氾大臣らは苦戦を強いている。

「安心材料、とおっしゃるが。
それはなた方が陛下に万が一のことあらば、とお考えになっておられるからか――?
だとすればそれは大変に剣呑なお話でございますねえ。
…私が考えるに、今王弟殿下を王都にお迎えするのは、何分にも時期が悪い。
いずれ王が妃をお迎えになり正当なる後継者がお生まれあそばした後ならばまだしも。
現在ですらこのような言い争いの種になるのだから、後継者問題ともなれば尚更に。家臣らは派閥に分裂し、いさかい、国政を混乱に陥れる火種となりましょうな」

氾史晴は柔らかい口調とは裏腹に、刺すような目つきで賛成派大臣らを一瞥した。

賛成派の大臣の一人が興奮して口を開く。

「しかし!
晏流公は亡き先々代、現王の父の血を受け継ぐ直系。
――しかも御母上、蘭瑶様は大貴族出身の氏素性正しきご家系にて。
高貴なるお血筋においては誰よりも後継者として相応しき御方と――」

黎翔が身分の低い母を持つことを暗にほのめかし、晏流公を持ち上げる言葉が出るにおよび、当の国王は顔色ひとつかえずそ知らぬふりで聞き流していた。

氾史晴はニコリと冷たい微笑みを浮かべ、男に返した。

「なるほど。ここにおいでの陛下の御前にてその様なことをおっしゃるからには、
貴方がたは、陛下のお血筋に関し何かご不満がある…とでも…?」

国王へ対する暴言ともとられかねない言葉をうっかり口にしてしまったその大臣は、思わずカっとなって立ち上がった。

「戯言をっ! 人の言葉尻を捉え、ありもせぬことをもっともらしく…
陥れ墨を付けるとは許しがたい!」

後方で速記を取っていた書記官の硯を持ち上げ、氾史晴に投げつけた。

「何をなさるのですかっ!」
李順が慌てて二人の間に割って入ろうと駆け寄る。

周囲の大臣は激昂する大臣の暴挙に驚き慌てふためく。
氾史晴の両脇にいた大臣は黒い飛沫を避けるように顔を袖で覆い怯えた。

「…」

氾史晴の官服にはべっとりと真っ黒な墨の染みが広がった。
李順はすぐさま氾大臣に懐紙を差し出しながら、奥向けに声をかけた。

史晴は薄笑いを張り付けたまま、瞬きもせず硯を投げつけた大臣を見返している。

「なるほど。あなた方のおっしゃるところの『下賤の舞姫を母に持ち、北の辺境で育った、後継者を持たぬ狼王』は、この国に墨を塗り、汚点を残す…とでも?」

自分たちが陰で言っていたその言葉を、この男はいったいいつ聞いたのだろう――。
(王の前で何もそのような…。
いや、誰もが言っていることだ。自分の発言とは思われまい…。)
暴挙をなした大臣にの背中に、ブルリと震えが走った。
だが表面上、怖気づくわけにはいかない。

「…汚点などと。
仰っているのはあなたではないか! 

陛下に万が一のことだなど、我ら家臣、口が裂けても言わぬことを
平気で口にするは、貴方ではないか! 

そもそも最も正妃に近いと謂われる娘を持つ父なれば、
そのようにもっともらしく言い掛かりをつけているにすぎん。

我々こそ、真剣にこの国の行く先を憂いる忠臣ぞ――!」

「みなさま、――少し、落ち着かれては…!」
李順は荒れる大臣らの中で、両手でさえぎり袖を振り上げ激昂する大臣らを妨げた。


その時、カタン…と国王が席を立った。

「――みな、大義。
しばし休憩を」

李順がハッとして向かいなおると、事務的に述べた。

「…では、昼餉の後、再度ご使者との話し合いを進める予定です。
皆様も一旦ご休憩を」




黎翔は真っ直ぐ扉に向かう。

後ろから続く李順はその時、自分の袖の中でカサリと音がすることに気が付いた。
手探りで手を入れると、袖の中に小さな投げ文が入っている。
(いったいだれが…?)
李順はメガネの奥でいつその文が入れられたかを考えていた。

その間にも黎翔は部屋を出ようとしていた。
一瞥もくれず入口の前に立つと、両側から重い扉が開けられる。
続く控えの間側に居た政務官、補佐官が恭しく跪拝をとり迎えた。

黎翔が部屋から足を踏み出そうとした途端、
後ろから先ほど氾史晴に硯墨を投げかけるという無礼を働いた大臣から大きな声がかかった。

「陛下!
晏流公ご本人と、蘭瑶様にお会いにはなられませんのかっ?!」

「…それには及ばん」

黎翔は即座に背を向けたまま答えた。

「しかし!
このまま本人抜きにあれこれ話し合っても平行線をたどるだけ。
いっそ、ご本人に会うが一番のご理解につながるのでは――?」

黎翔は一息間をあけると、
くっきりと前を向いたまま答えた。

「直接見聞きしたものだけが真実とは限らぬ。

時に、虚が姿をなし
時に、実は目に見えぬ。

――そうであれば、会うことがそれほどに大切とは思えぬ。

…それより、先方が会うことで既成となすつもりであれば
選択の余地を狭め、分を悪くするはこちら側だ」

「しかし、会ってみなければ分からぬ!
晏流公様と蘭瑶様を、ぜひここへお呼び寄せくださいっ…!」

「いや、陛下のおっしゃる通りだ。…会う必要などない!」

大臣たちは賛成派と反対派に分かれ、轟轟と互いに非難を始め、意見を述べ始めた。

「そもそも墨を投げるなど卑怯な。
使者の前で、我ら反対派に恥をかかせるが目的か?
本音を指摘されカッと暴挙に及ぶだの、大臣の器としていかがなものか」

「何をいうか! 
そちらこそ都合の良い方へと理を曲げ、主張されるは恥ずかしきことぞ」

「賛成派の方々こそ、墨で塗りつぶしてでも白を黒と成したいのでは――?」


黎翔は、ドン、と足を一歩大きく踏み鳴らすと、辺りはシンと静まり返った。


「――みな、頭を冷やせ」

黎翔はそのまま歩きだし、後ろを李順が続いた。

「氾大臣殿のお着替えに、お連れしなさい」
政務官に部屋の始末を頼むと、李順は目立たぬよう黎翔の耳にヒソと耳打ちをした。

混乱に乗じ、李順の袖の中に投げ込まれた文について報告をうけた黎翔は小さくうなずいた。
「分かった」

李順はそのあと、部屋の中に残る補佐官らに視野ぐるり巡らし、
水月と方淵の二人を指差し、呼ぶ。

「…氾水月、柳方淵。こちらへ――」

黎翔はどんどんと歩き去る。
振り返り手招きする李順に足早に二人は付いて行った。

「何でございましょう?」
方淵が眉間にしわを寄せ、小さな声で問う。

李順は周りの補佐官に聞こえるよう、丁寧に説明を加えた。

「少々、トラブルがありましてね。
この後どう揉めるかわかりませんが…
墨をかけられた氾大臣と、墨をかけた賛成派との間に立つ柳大臣にとり、
今あなた方が並び立って居る様子は少々居心地が悪いことでしょう…。
このまま私たちと一緒に付いていらっしゃい」

「どちらへ?」

「とにかく、付いていらっしゃい」

しばらく歩き、あたりに人の気配がなくなると、
李順は二人にも聞こえるくらいの小さな声で囁いた。

「何やら少々気になる投げ文が
いつの間にやら私の袖にはいっておりましてね。
―――陛下への呼び出し状…のようです―――
あなたたち、よろしいですね?」

李順の背中をジッと見つめた方淵と水月は、小さくうなづいた。


* * * * * * * * *

黎翔と李順の後ろを少し距離を置き、
あくまで傍付きとして不自然でないように気を付けながら
方淵と水月の二人は付いて行った。

黎翔は建物の外に出ると
木漏れ日の庭を抜け、館の裏にある裏木戸の方へと歩いて行った。

この館は川縁の切り立った崖の高台に建てられており、
涼しげな風が通り抜ける保養地の中でも最高級の場所であった。

裏木戸の外から、川辺に面した小道を見通す。
少し先に古びたつり橋がかかっていた。

李順を従えた黎翔は暫く立ちつくしていた。


「こんなところに、陛下を呼び立てるなど、許しがたい――!!
なんたる無礼者だっ!」

少し離れた場所で控えている二人だったが、じっと国王が待つ姿を見守っている方淵は水月にだけ聞こえるよう口にした。

「それにしても、陛下を御待たせするとは、大した呼び出し主だね。
というか、普段ならこんな呼び出し無視するだろうに…陛下はどうされたのだろう?
何か特別な…」

「そんなことが、我々ごときに分かるものかっ!」
吐き捨てるような方淵の口調に、水月は相変わらずだね、君は、という表情を浮かべた。

とにかく待つしかなかった。
水月と方淵の二人はすることもなく、ただじっと恭しい姿勢を崩さずにあたりの気配を伺っていた。

方淵はムスリとした表情で、答える様子がない。
水月は少し退屈したのか、またつぶやいた。

「呼び出し状とは…なんだろう。
見届けよ、という人選なんだろうけど――。
万が一、荒事だったら
非力な私には勤まらないよ…?」

「それだから貴様は軟弱だというのだ!
李順殿が兵を呼ばず、我らに見届けよというのであれば
何か事を荒立てたくない理由がおありになるに違いない」

「…ふうん」
水月はそんなものかな、と、ぼんやりと笑った。

「貴様、気を抜きすぎるな。ちゃんと礼を保て!」

「…はいはい」

水月も方淵に倣い、表面上は真面目に顔を伏せていた。

川せせらぎ、緑のこずえを風がわたり、二人はしばらくそのままじっと黙っていた。

その時、袖を合わ、顔を伏せていた柳方淵が小さな声で呟いた。

「…見えぬ、実(じつ)――」

「え? なんだい?」
氾水月が聞きとがめた。

「陛下は、
『時に、虚が姿をなし 時に、実は目に見えぬ』
とおっしゃった」

柳方淵が顔をあげた。
あいかわらず気難しげに眉根に皺を寄せている。

「…ああ、そうだね」
小さなため息とともに、水月はつぶやいた。

「考えても、何のことか
オレには分からん」

「そうだね
君には分からないだろうね」

水月はニコリと柳方淵のほうに顔を向けた。

「…何っ?
では、貴様は分かるとでも――?」

「…だって君。
君は。
私の耳に聴こえるものを聞かないだろ?

楽の音の機微も、この空気に溶ける美しい気配も。
私の眼には見えているものであっても
何一つ
君は見えたためしはないじゃないか」

「…貴様、馬鹿なことを言って茶化すな!」

「茶化してなんかいないよ?
だって、ほら――」

水月は、木陰を抜けて、花々の周りをせわしく飛び回っていたミツバチを指さした。

「――虫も、鳥も、動物も。
人とは異なる目を持って
ヒトの見ないものを見て、感じているよね」

「虫や鳥がどうした!?
そもそもそのように下等なものと、人とを
比べることが間違いだろう!」

「…ううん。
世界はね――
私たちに見えることだけが全てじゃ、ないんだよ」

「全て?」

「眼を通して取り込んだ感覚を、頭の中で作り直したものを
私たちは『現実』と思っているだけさ。
まだ見えないものが世の中には一杯あると、君は思わない?
そもそも、見えないから無いと決めつけること自体、おかしいと思わない?

『眼で見えなくても、在る』からこそ
…希望とか、未来とか
私たち人は信じることができるのさ。
希望が『ある』から、
人はそれに向かって生きていけるんじゃない?」

「――相変わらず、お前は
お目出度い奴だな…」

方淵は水月の飛躍した理論にも、もしかしたら一理あるのかもしれない…と考えた。

「見えずとも、そこに在る。
それを、人は信じられるものか?」

「――さあ?
超現実派の君の言葉とも思えない質問だね」

水月は笑った。




その時、風が変わった。

ギイイ…ときしむ音がして、つり橋の向こうから誰かがやってくるのが見えた。

渓谷の一番狭いところをつなぐその橋は古びて、川面を吹き抜ける風でゆらゆらと揺れている。

「あれが、お客様ですかね」
李順がメガネの弦を押し上げ、目を細めてその姿を凝視している。

「そのようだな」
黎翔はゆったりとした足取りで、橋のたもとに近づいた。

李順が方淵と水月の方に目配せをした。

水月はいつになく真剣な瞳で、その意をくんだ。
「もう少し近く。控えよ、と」

「おいでなすったか。
散々陛下を御待たせして勿体ぶったことだ」

方淵は吐き捨てるように小さな声で愚痴、間合いをはかり橋の周辺が見通せ、いつでも動ける場所で二人は位置を取った。

「…あれ、は?」
水月は髪をなびかせ、その先を遠い目で見つめた。


李順は目をこすった。
もう一度メガネをはずし、手布で素早く磨き、かけなおす。
何度確認しても、―――それは。

橋を渡ってきたのは若い男で
その男は一人の女を連れていた…。

男はつばの広い帽子の前に垂れ布をかけ、顔は今一つはっきりしない。
襟合わせも若々しく高貴な色合いの衣装を身にまとっている。
男の雅な身ごなしとすっきりした顎のラインに李順は、ピンとくるものがあった。

男が連れている女は、小柄な体には質素な衣服を身に着けている。
膨らんだズボンにブーツをはいた様子はおそらく旅装そのままで、
泥と埃に汚れていてお世辞にもきれいとは言えなかった。
明るい茶色の長い髪は小さな丸い髷を二つ頭のてっぺんに結い上げているだけで、飾りっ気はなにもない。
後ろ手にきつく縛られた女は猿轡で口を封じられ、うめきながら、風で煽られるたびに右に左にぐらつく吊り橋の上で背中を押され、危なっかしげに渡る。


「お――お妃っ!?」

方淵の黒い瞳の瞳孔がことさら大きく見開かれた。

着飾った姿しか見覚えはないが…あの顔、あの姿…まさしくあれは

「たしかに…、お妃さまだ…!?」

水月も、驚いたようにその姿をとらえていた。


*


忘却の岸辺(18)

ようやく書けました。御待たせしました。

ネタバレ+妄想創作で、かなりのねつ造設定、お許しください。

【ねつ造】【ネタバレ】【シリアス】
黒幕がそのヴェールを脱ぐ――。
李順、方淵、水月の見守る中、ついに夕鈴と、黎翔の再開…!?


* * * * * * * * *
忘却の岸辺(18)
* * * * * * * * *

蓉州より迎えた使者を別室に下がらせた後、王弟の扱いをめぐり白陽国の重鎮たる大臣らが喧々諤々と揉めていたその最中に、李順の袖のなかに投げ込まれた文。

李順は素早く目を通してみれば

「花落知多少
館の裏の橋まで」

と意味深な文面。

「花落つること知んぬ多少(いくばく) ぞ、とは有名な漢詩の一説…。
どれだけの花が散ったのかわからない、とは
脅しでしょうかね…?
それにしても、いつの間に。誰が…」李順は眉を顰めた。

王弟を王都へという一派の大臣が、激昂したあげく反対派の氾史晴大臣に硯ごと墨を投げかけた。頭に血が上り騒然とする大臣らの間に割って入った李順の袖に、冷静に文を投げ込むとは…あまりに意地が悪い。

嫌な予感がした。

黎翔に伝えるべきかどうか一瞬迷ったものの李順はすぐさま伝えた。

ただの脅しであればよいが、
この文に暗示された「花」が、万が一にも黎翔が手放した花であったら?


王は花を隠した。

王宮の悪い夢から隔離し、誰の手にも触れさせぬため。


――黎翔は、自らの記憶すら手放したのだ。
それほどまでに、大切にいつくしんだ唯一の花。
万が一にも、王宮の誰かが彼女を見つけ出すなど――あってはならないことだった。

ただの町娘の彼女を大切に思うがあまり
胸の痛みから逃げ
代えの利かぬ王の命を天秤に懸けた。

喪失感すらまるごと失ったはずなのにもかかわらず

あの方自身にとっても、
今まさに『知りたくてたまらない、何か』である
失った核心。

文のことを言えば、あの方のこと。
必ずご自身で確かめようとなされるだろう。

だから李順は保険をかけるために、方淵と水月の二人を伴った。

そして文にサラリと目を通した黎翔は、李順が予想した通り、無言でここに来た。

蓉州と任州を隔てる川。

その切り立った縦谷に掛けられている吊り橋の向こう側から
渡ってくる人がいる。


「陛下」

「男が――来るな。
奴か? 手紙の差出人は」

「おそらくは」

「…李順? どうした」

「…いえ」

男は、もう一人を伴っており
それが黎翔に知覚できないというのなら
おそらく、やはりそうなのだろう。


* * * * * * * *

つり橋を半ば過ぎまで
ゆっくりと渡ってきたその雅な男。
連れの女が一人。

旅姿の娘。
小さな二つの髷を頭上に簡素に結い上げた明るい茶色の髪は、背に流れて揺れる。
茶色い瞳は瞬きもせず、こちらを見つめていた。

囚われ、腕を縛られ。
ずっと被せられていた布を取り外されたとたん、
女の瞳に映った景色は眩しすぎた。

橋の向こうに見える景色。

女は思わず自分はもう死んでしまったのか、
あるいは夢の続きを観ているのに違いない、と思った。

「…陛下?」

遠く離れていても、見間違えない。

だって、私はずっとあの方をおそばで見ていた。
足音がすれば、あなたではと、毎日、毎日。
ひと時たりとも忘れることなく
あなたのために、私は居た。

だから、見間違えるはずは、ない――。

(陛下、あなた、ですね?)

あれほど会いたいと願ったあの人がいるとは思いもよらず
夕鈴は夢かと思った。
瞬きをする。
目頭の奥に、痛みと、しょっぱい涙がこみ上げる。




川岸で男たちに捕らえられ、意識を失った。
浩大とも、克右と離ればなれになってしまった。
訳も分からず、布を頭からすっぽり被せられたまま馬車に乗せられたことまでは覚えている。
首筋がいたい。首に縄をかけられ、思いっきり引きずられた痕。
…あの時は、窒息するかと思った。

幸い息を吹き返し「ああ、生きている」と夕鈴は安堵した。
だがいつまでもそのあとはひりひりと痛み、捕らえられ身動きできぬままどんな恥辱を与えられるのかと気が気ではなかった。

それが突然、これだ。

「陛下…!」
声を出したつもりだったのに、さるぐつわをかまされた口からは
くぐもった声が漏れるだけ…。



李順は、橋の正面からその男をジッと見据えた。
相手の手の内にある「花」が――今こそ何であるか確信をする。

最悪の状態にあることを知った。


男の頭に乗ったつば広の被り物から垂れた布は顔に影を落とす。
川風に翻り、チラチラと見え隠れするその男の輪郭、細い顎と雅な体つきに、
李順は見覚えがあった。

「あなたでしたか…」
李順は静かながら低く、力のこもった声で尋ねた。

夕鈴は手荒なことをされたに違いない。
(ここで怒ってはなりません。心を乱しては相手の思うツボ)と李順は心を抑えた。


橋を渡りきることなく
岸まで三分の一ほどの距離を残して、男は立ち止まった。

「陛下。
わざわざお呼び立てして申し訳ございません」

黎翔は無言だった。

どこを見るともなく遠い目をしていた。

「お分かりになりませんか?
あれほど愛おしんだというのに
…冷たいお方だ」

男は手元の女をチラリと見て、
くっくっと笑った。

「さあ。
妃というのは、儚い立場でございますな。
わが妹も…まさにそうでございました。
大貴族の娘に生まれ、蝶よ花よと愛されたあの麗しい妹が。
王の子を、しかも男児を生みながら。
ああして今は片田舎に引っ込まされ
一臣下の母に落とされ
誰からも顧みられることなく
打ち捨てられる…。

あれほど美しく、華やかな都に似合う者もいないというのに」

男は傘の端を指で持ち上げた。
美しい顔立ちは、雅な生い立ちを忍ばせた。

「わが妹、蘭瑶を。
あなた様の弟君、晏流公を。
――どうか都にお呼び戻しくださいませ。
わが君よ、どうか私の願いをお聞き届けください」

「ほう…?」
黎翔は目を細めた。

李順はこれは願いでも何でもなく、単なる脅しではないかと
静かな二人の間にピリピリとした空気を感じていた。

「わが願い。万が一にもお聞き届けいただけない、とあらば。
いつでもこの手の中にある『花』は手放せるのですよ?
この川の流れは急流で。
ここから落ちれば、どうなることか――
花一輪。あまりに、もろく儚い存在にございます」


ああやはり、と李順は思った。

蘭瑶はさる大貴族の娘で、華やかな生い立ちを歩んだ。
その兄、目の前のこの男も。
先々代の王の時代には羽振りよく暮らしたものであった。

だが、時代は乱世となり、武力に優れた王が台頭した。
冷酷非情の狼陛下。即位後、早々に内乱制圧、内政粛清を行い、名実共に中央政治の実権を掌握した王。
腐敗した貴族文化は徹底的に一掃され、この男の家門もかつては栄華を極めしも、
いまや一貴族の平凡な地位へと押しやられているのであった。

「晏流公の扱いの詮索はともかく。
なぜ蘭瑶を王都へ呼ばねばならぬのだ」

黎翔は冷たく言い放った。

「…それは、あなた様の大切な花を。
あたら散らそうとは、お思いにはなりますまい――?」


男は引きずるようにつれている女を黎翔の方へよく見えるように引き立てた。

「そのようなものは――知らぬ」

黎翔は答えた。


『知らぬ』

その時、夕鈴はズキン…と胸を射抜かれたかのように動きを止めた。

氷に心臓を閉じ込められたように
夕鈴は希望のすべてを失った。


黎翔の瞳は、夕鈴をとらえていなかった。


(狼陛下のときだって。
たとえ冷たい視線であっても、
あの方の眼は
まっすぐ私を捕らえていたのに―――)

かつて、目と目があえば微笑み返した。
妃にだけは甘い甘い狼陛下。
子犬のように自分にだけ見せた笑顔。
不思議な色を帯び、燃えた赤い二つの宝石。
凍り付く思いで突き放された、あの時でさえ…

陛下は、私を見ていた。


なのに、今は
まるで水か空気を素通しするように
一切、『見て』くれない。

存在を否定されることは
生きている甲斐をも一瞬にして失わせた。


(陛下は
…私を知らない)

夕鈴は、一縷の望みを捨てきれていなかった。
だから、その事実を目の当たりにすると絶望で心がきしんだ。


『あの方は薬の力で己の中の記憶を消した。
彼女の姿形はもちろん、存在すら認識できない。
すべてを失った』

浩大の言った通り。

…ああやはり、と思いながらも
希望を失った心に落胆は大きくのしかかった。

打ちひしがれた夕鈴が、視線を落とした。



男は慌てるそぶりもなく、しばしの無言のあと、
ようやくゆったりと話を継いだ。


「さすが冷酷非情の狼陛下といわれるお方。
沈着冷静なポーカーフェイスは
まこと、お見えでないかのごとく…。
さすがわが君とおたたえ申し上げましょう。

…がしかし、
巷にはよく似た『まがい物の花』も出回っている昨今…
どうぞお近くまで。しかとご確認いただいてもようございますよ…側近殿?

まあ、かつては後宮に一輪、咲き誇った花といえど、
少々汚れたままにて気が引けますが…
元々出自卑しい女なれば、さして見劣りもいたしますまい。
…今日のところはお許しいただきたい」

頭はボサボサ、旅装姿で砂埃にまみれ疲れ切った様子の夕鈴は、明らかに略奪され暴力を振るわれたに違いなく、李順はそれが酷いことでないよう心を痛めていたものだから、猶更に男の言葉は李順を刺激した。

(それほどに、狼陛下の妃を…辱めたいのですか?)
李順はギッと思わず男を睨んだ。

「おや…恐ろしいお顔をなさる。
それとも。
あちらに潜んでおられる、お付きの方々に面通しを願いましょうか…?」

男は、フフフと優雅に笑って、少し離れた木立を指差した。

方淵と水月は少し離れた橋の見通せる木立の陰から息をひそめて様子をうかがっていたが、男にこちらのことを察知されていると知りギクリとした。

そもそも潔い方淵は、逃げも隠れもする気はない。
そこまで言われては、と木の影から姿を現す。

水月は「はぁ…」と小さくため息をついて、続いた。

「ああやはり。
今を時めく両大臣のご子息――政務室補佐官の御二方でしたか。
これは都合がよろしい。
なにしろ、かつて後宮を独り占めしたお妃さまの大のお気に入りで、
かつて恵花宴の手柄をたてられご出世されたお二人だ。
贔屓厚く愛でられた間柄、
よもや真贋を見誤ることもございませんでしょう…」

今は政治の舞台から一線を退いている家門の男の言いぐさには
少々とげが含まれていた。

「…」
方淵はむすっと唇を結び、すたすたと陛下と李順の方へと向かった。

「では、お二方。ゆっくり、花検めをされてはいかがか。

…ああ、腰のものはそこへ置いて。
万が一にも襲われてはたまりませんから

…とはいえ怪しげな動きがあれば
このように不安定な橋の上でございますから。
わたくしの手元が怪しくなって、いつ何時、
大切な花を川へ落としてしまうやら…」

くくく…と男は薄い唇をひきつらせながら嗤った。

方淵は腰に佩いていた剣の下げ緒を解き、地面に置いた。
「おい、お前…!」

方淵ににらまれ、水月は答える。

「もとより無骨な武器は身に着けてなんかいないよ。」

「…懐の」方淵が睨む。

「え? 懐の笛も手放さねば、だめなのかい?
いやだな…大切な楽器を、地面に置くだなんて――」

「笛も――。遠慮いだたきましょう。
仕込み暗器など、常套手段ですから」

水月は悲しそうな顔をして方淵に倣い、笛の入った金襴緞子の袋を地面に置き、橋に向かって歩きだした。

「他に武器等ございませんでしょうな?」
しつこく確認をされ、方淵は
「武官でもないのに、そうそう武器を持っていてたまるか!」と正面切って抗議した。

「結構。ではどうぞこちらへ」
水月と方淵が橋の袂へと辿る。

「おい、ぐらぐらするんだろ?
私は高いところが苦手なんだ。
…君から行けよ」
水月は小さい声で、方淵の背中をツイと押した。
方淵はむっとしながら水月の方を振り返り、キッと睨むと一言小さくつぶやき、前を向き直って先に橋を渡り始めた。
水月もたどたどしく、揺れる吊橋を後から渡る。


夕鈴は、近づいてくる方淵と水月をじっと見つめていた。
方淵は怒ったように目を吊り上げ、夕鈴の顔を見つめた。

(馬鹿者…馬鹿者…馬鹿者―――!)
方淵の眼は怒りで燃えていた。

黎翔と李順はずっと無言で二人を見送った。

方淵と水月の緊張した面持ちをみるにつけ、黎翔はそこに『花』と呼ばれる人物がいることを認識するのだが、頭の中ではイライラと金属的なきしむ音が小さく続き、頭痛がするばかりで、一向に視覚情報はまとまらなかった。

小さな声で黎翔は李順に尋ねた。

「本当に、そこに誰か?」

「陛下…お分かりに、なりませんか?」

(陛下は、本当に分からぬのですね…。
お見えには、ならないのですね?)

李順には、たとえ遠目であっても、分かる。
花検めなどせずとも、あれは夕鈴本人であると確信していた。

(陛下を見つめたあの瞳は――間違いありません。
悲しいかな、あの、小娘ですよ)と、李順はため息をついた。

ぎいっ…

ぎいいいい…

つり橋をきしませながら、方淵と水月は、男達の方へと進む。

方淵と水月が近づくにつれ、夕鈴は泣きそうな顔になった。

いつも以上にしかめっ面をした方淵が来てくれることは、
安堵とか懐かしい、というより
むしろ辛い。

(なぜ、捕まる!!
なぜ、そのようなところで
陛下の足を引っ張る―――!?)
と、
方淵に自分が責められていると感じ、
夕鈴は胸がつぶれる思いだった。


水月はとても硬い表情で
いつものように優しい笑顔を向けてはくれなかった。

(水月さんにまで…私は見捨てられた?
いっそ、このまま、自ら身をなげて…)

夕鈴はきゅっと唇を噛んで決心をした。


―――陛下には会えた。

陛下は私のことを覚えていない。

陛下の足手まといになるくらいなら、いっそ…



男を振り切って、いつ川に身を投げようかと
絶望の中の救いはもうそれしかない…と思われた。

なのに、縛り上げられ、しびれすら切れた夕鈴の腕に自由はなかった。

見た目は雅で華奢に見える男だが、
力は男のそれで
女の夕鈴はよたよたと引きずられながらもガッチリと逃げ場がない。

逃げられないのなら、
…いっそ、この人と諸共に――?

だめ――。
陛下を陥れる悪い人? 
でも、晏流公のお母さんのお兄さんだ、って…。
ちゃんと話を聞かないと。
私の勝手な判断でもし、これ以上陛下を困らせることがあったら
……できない。

指をなんとかほぐそうとしたが縄が食い込み動けない。
陛下はとっくに私のことを忘れた。
私のことは、もう二度と目に入らない 
それなのに

逃げることも、死ぬこともままならず、
ただ陛下の足かせになるのが悔しくて―――

夕鈴は涙がにじんだ。


「そこで止まれ」

一間の間合いまで近づけたものの、腕を伸ばしても届かないその距離で男は二人を静止させた。


「さあ二人とも御覧じろ。
この惨めな女が、かつて陛下の唯一の花だったと。
――確かに本人であると
陛下にご報告申し上げるがよい!」

風が男の被り物の布を舞い上げた。
男はまこと涼やかに麗しい顔で、笑った。


*

ss 春

SNSのトピ「春・夏・秋・冬」より転載

ルールは、簡単☆
●必ず短編の順番が、春・夏・秋・冬であること。
●読みきりであることだけです。

とあったので、書いてみました。

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2014年09月09日

[春]

君はどこへいったのだろう?

後宮の一室、君の笑顔に迎えられるとばかりおもっていたのに。
部屋の主は不在で、私は少なからずガッカリしてしまう。

明るいテラスへ目を向ければ
庭は陽光に輝き、春の風がかぐわしい花の香りを運んできた。

開け放たれた扉がカタ、カタと小さく震える様をみるにつけ

『――君ならきっと。このうららかな陽気に誘われて
庭へと歩を踏み出したのだろう』と想像され、私はクスリと笑ってしまった。

案の定。

舞い散る薄紅色の花びらと戯れる
私の愛しい妃の姿。

私はそっと後ろから近づき
花の精を腕の中に閉じ込めた。

「…もうっ!」

恥じらいながら、小さくもがく

君の精一杯の抵抗すら、甘美。

「夕鈴、可愛い――」

抱きしめた君の髪が風で舞って、くすぐったい

「ちょっと、ここは寒いね…」

それは、抱きしめる口実なんだけど
君は素直におとなしくなる。


ああ、春の香りがするな

何もかもが、暖かいね。


春の陽光のような君と――このままずっと。


*

忘却の岸辺(19)

【過去ねつ造】【今もねつ造】【ネタバレ】【シリアス】【暴力※】

※夕鈴、方淵が痛い目にあいます。
暴力シーンが苦手な方はご無理なさらないように。


* * * * * * * * *
忘却の岸辺(19)
* * * * * * * * *

男にとらわれた夕鈴。

その目の前に、方淵と水月の二人。
夕鈴は目を見開いて、その様子を見守った。

一間ほどの距離でとどめられ、それ以上彼らの距離が縮まることは無かった。
誰も口を開くことはなかった。


急流の上に渡された吊り橋は、方淵と水月の二人が歩くのをやめた後もしばらく
ギイギイときしみながら揺れていた。

揺れが収まるまで暫く待ってからようやく目の前の男は、縛り上げた女の背中を押し
「さあ、どうぞとくと花を検められよ」と付き出した。

方淵も、水月も、ニコリともせずに
あたかも路傍の石でも見るかのごとく、目の前の女を見下した。

「声も、聞かせたほうが良いか」
男は夕鈴の口に噛ませたさるぐつわのキツイ結び目を、ゆっくりとほどく。

口元があらわになれば、猶更に間違いようもなく
王の唯一、その本人であると方淵も水月も確信を得た。

「ほら、何か。
喋れ――」

「…うっ!」
カラカラにのどの乾いた夕鈴は、うめき声しか上げられなかった。

何を話せばよいのだろう――。
夕鈴はためらった。

(目の前の二人の名を呼んでもいいの?
…でも)

夕鈴が声を出せなかったのは、
二人はうかつに名を呼ばせてはくれないほど冷たくよそよそしい素振りだったからで、
正直、彼女は悲しくて声が出なかったのだった。


「何か話さんかっ!」

男は声を荒げ、彼女の背中を棒のようなもので強く打った。
夕鈴は思わず「ああっ――」と大声を上げた。

「ほれ、声を聴かせねば、分からぬではないか!」
男は二度、三度と棒で夕鈴の背を打つ。

夕鈴の叫び声は橋のたもとの李順にも聞こえた。

痛ましかった。

だが、表情を変えることはできない。

(…あの二人も、よく分かってくれているのですね)
李順は唇を噛んだ。

――二人からすれば、ここで夕鈴と親しげな様子をとることで、
分を良くすることは何一つなかった。

察するに、相手が「検めよ」という背後には
『これこそ本物』と口では言いながらも、
男本人には最終的な真贋の確たる証拠がないのだ。

王の唯一の花は、王のみが愛でる花であり
身近に接することが許される人物は限られていた。

であるから、この花を切り札として王と交渉に臨むために「この女こそ、王の唯一の花である」というお墨付きをもっとも欲しているのは男自身であり、方淵も水月もそんなことはお見通しだった。

切り札を相手にホイホイと手渡すつもりはさらさら無い。

暴力を振るわれる彼女を目のあたりにするのは身を斬られる思いだった。
だが陛下のために、今は知らぬ顔をして通すべきなのだと、方淵も水月も必死に心を押し殺した。

(…冷たい、目)

夕鈴はその冷たい視線から目をそらし、目を閉じた。

心の痛みよりも、
体の痛みに耐える方がずっと楽だ。

(お二人からも、呆れられて。
見放されてしまった…)と
夕鈴の胸の中は真っ暗に染まり、絶望はさらに深まった。


「…ふふっ」
氾水月は相手を見下したまま
白い顔にすらりとした指を寄せ、まるで呆れたように
失笑をこぼした。

「なるほど。あなた様には
そちらの“気(け)”も、おありなのですね」

変態扱い…。
その人をくった態度に、男は一瞬鼻に皺を寄せた。


方淵もいつも以上に苦虫をかみつぶした顔で、
面白くもないとばかりに、感情も抑揚もない声を張り上げた。

「――あいわかった。
“それ”が貴様の粗末な手札であると、わが敬愛すべき陛下に、とくとお伝え申そう」

柳方淵も氾水月も大貴族の御曹司であるから、
こういうときに相手に気圧されないために、どう振る舞ったらよいかを知っていた。

――不遜に、狡賢く。腹の内を顔に出すな――それこそが主家に生まれた者として、世の中で生き残る武器であると幼い頃から叩き込まれた。

「…粗末な――?」

大大臣の息子とはいえ、ほんの若僧から受けた軽いあしらいに
男はやや苛だった。

「――なるほど。
では生かすも殺すも
何ら、その方ら痛む心はない、と――」

男は夕鈴の背中をグッと押し、つり橋の両脇にある手綱に押し付けるように彼女の上半身を乗り出させた。

「きゃあぁっ」
夕鈴は先刻まで自ら飛び降りる覚悟までしていたものの、
急に力づくで押し出され、高い橋の上から眼下の急流が目に入れば
思わず恐怖で叫び声をあげてしまう。

(妃がっ! …突き落とされる?!)

方淵と水月はそれを見て、思わず体を動かしてしまう。

方淵は小さな手刀を袖のなかで握り締め、大きく振りかざした。

それは「武器をすべて捨てろ」と促され、身に帯びていた剣を放棄させられた後、つり橋を渡り始める時に背中を押すふりをして水月が手渡した、小さくとも唯一の武器だった。

『妃をこちら側に取り返すためには、今しかない』と
方淵は己の全体重をかけ橋桁を力いっぱい踏み込み、
男に手刀を突き出し、夕鈴に手を伸ばす。

ぐらりと橋が大きく揺れた。

若い方淵は躊躇することなく小さな武器で勇敢に挑んだにもかかわらず
周到に間合いを計っていた男は、杖がわりにしていた六尺ほどの長棍を突き出し、
方淵の右肩を突いて体ごと方淵をはじき返した。

後ろに居た水月もろとも、足元のおぼつかないつり橋の上で尻餅をつく方淵。

吹っ飛んできた方淵の体を受け止め、水月は橋の上に伸びた。

「すいげつさんっ!?」

夕鈴は半身を橋の外に押し出されながらも、必死に振り向いた。

尻餅をついた方淵は、後ろ手をついてすばやく上半身を起こす。
棍棒を振りかざす男を見上げた。お互い、これ以上の戦意は失せていた。

脳震盪でも起こしたのか水月は目を回し伸びていたが
方淵が乱暴にその腕を引っ張ると、目をぱちぱちとしばたたき意識を取り戻した。

「柳、方淵――」
夕鈴は名を呼んだ。

「馬鹿っ! だから貴女という人はっ…!」
方淵は彼女の視線がいたたまれず、返事をしてしまう。

「…ほう。ということは
やはり本物、ということで」

直情的な方淵は悔しさに思わず目を伏せてしまった。

その様子をみれば、聞かずもがなと男は勝ち誇ったように笑った。

「では、大切に遇せねば、な」

男はゆっくりと夕鈴の背中を引き戻し、再びその縄をきつく引き寄せる。

夕鈴は涙を浮かべ、方淵と水月を見つめた。

水月は頭を振り、やっとのことで体を動かした。
揺れるつり橋の桁と桁の隙間から見える高さに目がくらむ。

「ごめん。…私は高いところは苦手なんだ」

水月は頭を手で押さえ、方淵に愚痴た。

「…武器は全て置いてくるようにとお願いしましたのに。
その手のものは――?」

男はいたぶるように方淵を棍で何度も突き、
その武器を持った手をグリグリと押し付けた。

「…や、やめて!
あの御方の中に、私など存在しません――!
だから、
その人たちに、酷いことをしないで…!!」

夕鈴が叫ぶが、男は一際勢いよく棍を突きこみ、方淵の掌はグシャと嫌な音を立てた。

「やめて――!!」

悲鳴に近い鳴き声を聞きながら、水月は目をつぶった。

…小さな手刀はカラカラと桁の隙間から滑り落ち、
川面に吸い込まれていった。

方淵は怒っていた。
手を潰された痛みよりも怒りの方が大きかった。

青白い顔に精一杯の嫌悪を込め、男を見つめ返した。
そして一瞬背後を振り向き、ギッと水月を睨むと、自分だけさっさと揺れる橋の手綱を探りながら立ち上がった。




黎翔と側近の二人は橋のたもとから彼らの様子を見つめていた。

李順は人に聞かれぬよう、小さなため息をついた。

黎翔の赤い瞳は透き通るようだった。
武人としての彼は冷静で―――だから、その瞬間を見逃さなかった。

方淵が踏み込んだ瞬間、男は方淵の武器を持った手元ではなく、彼の足元をチラ、と見つめたのだ。

「――橋桁に。何か細工をしている」
黎翔はつぶやいた。

「え?」
李順が問い返した。

「あの男はきっと。次に私を橋の上へとおびき寄せる。
そのためにまず二人を呼び、安全だと見せかけ――そしてあの場所で私に仕掛ける気だ」

「それは…危険です!
陛下は決して誘いにのってはなりません!」

黎翔はつぶやいた。

「そこに、あるのだろう?」

「――え?」

「私の。

見つけなければならない
…過去が」


* * * * * * * * *

水月と方淵が橋を引き返し、戻ってくる。

手には書を携えていた。

「…これを、陛下に、と――」

「うむ」
李順が水月から手渡された書面を受け取り、広げる。

「本当に申し訳ございません。
ご期待に沿うことができず――」

方淵が報告をする間、水月は狼王の怒りに触れることを恐れ、今にも息を引き取りそうな面持ちでカタカタと震えていた。

「陛下、これは…」

李順が示した書の内容は、いわゆる草稿のようなものだった。

王弟、晏流公を王都へ呼び戻すこと
その母、蘭瑶も同じく王都へ呼び戻し、
二人のために新たに宮を設け、禄として十分な領地を与える
更に、
王の後継者として王弟、晏流公を指名する

それは明らかに先方の言いなりの傍若無人極まりない内容であった。


「これに陛下の御署名をいただき
陛下お一人で橋の上までおいでくださいませ、と。

陛下の御手よりその玉稿をお渡しいただければ
交換条件で妃を引き渡すと
あの男は…

誠に、申し訳ございません――!」

方淵は悔し涙をにじませ、地に伏せ王に詫びた。

黎翔は静かに答えた。

「…よい。

二人ともよくやった――」

黎翔は李順を振り返り、左手の指先を宙に軽く振る。
李順は懐から携帯用の筆の収納されている矢立を取り出しながらも躊躇した。

「本当に
…宜しいのですか?」

「構わん」

「なぜそこまでする必要があるのですか?

――あなたは。
すでに、一度
失っているのですよ?

死ぬ思いでようやく手放したものを
また手に入れるおつもりですか?

あなたの未来に影を落とすと分かっている
このような条件の取引で――」

黎翔は笑った。

「死ぬ思いで、失った…か。

――ならば、これ以上
失って惜しいものなど
この世に無かろう?」

李順は必死に黎翔を押しとどめる。

「この書面の内容を拝見するかぎり
…あなたの先ほどの読み通り。
とすれば――」

「この書を受け取り次第、私は用済みだ。
…私の命を狙ってくるだろう、な」

「分かっていて、乗るなど、あなたらしくもない!」

「私らしい?
――私とは?」

黎翔はゾッとするような冷たい声でつぶやくと、
クックックと小さく嗤いを漏らした。


黎翔は李順から差し出された筆をとると、
相手の差し出した草稿にさらさらと署名をした。

「陛下――おやめください!」

李順は真正面から黎翔を諭した。

「…このような紙切れ一枚で
何もかも割り切れるというのなら。
世の中はなんとたやすいものだ、
なあ。李順?」

黎翔は潔く、軽やかに前を向いた。

「お命を、狙われていると分かっていて――」

「案ずるな、李順。
この書面が奴の手に渡らぬ限り、私に手出しはできぬ。

しょせん冷酷非情の狼陛下。
嫌われることには、慣れている」

黎翔は書き終えると筆を戻し、李順の肩にポンと軽く手を置いた。

「…少しくらい、好きにさせろ」

「陛下――っ!」

何か算段があるのですか、それとも?

(…陛下の御心のうちはちっとも読めません)
ただ、
黎翔がこれほどに執着するものはかつて無く、
その眼をみれば、李順に止められないことは分かっていた。

一度失い、見ることも、聞くこともできぬ過去を
できることならば今一度取り返してほしいと、
もしかしたら李順自身が願っているのかもしれないと…。

それがいったい誰の願いなのか
それとも呪縛なのか――当の李順にすら、分からなくなっていた。


黎翔は書を携え、橋に足を掛けた。

「陛下っ! 何卒、わたくしにその代理、お命じください――」

方淵が立ち上がり、王にすがる。

「もとより、あやつの狙いは私。
お前たちは手出し無用だ。

これだけは命じておく。
――片が付いたあとは、必ず捕縛せよ。
生かしておけ――」

思いだしたように、黎翔は腰に下げた剣を解き、李順に渡した。
李順は王の愛剣を恭しく受け取った。

「預ける」

「お預かりいたします
…陛下。必ず御手に、
お返し申し上げますよ」

黎翔はふっと頬を緩めて背を向けた。

「では、参る」



* * * * * * * * *

「書状はお持ちですかな――?」

男の声が淡々と響いた。夕鈴は黎翔の前にいた。

陛下が目の前にいる。
…自分がここにいるせいで
多分、陛下は窮地に追い込まれているのだ。

夕鈴はもうこれ以上、誰にも傷ついて欲しくはなかった。

「これか?」
黎翔は懐から書を抜くと、男に向けて広げてみせた。
風にあおられバタつくそれを危惧して男は眉をひそめた。

「風に飛ばされぬよう…
お気を付け遊ばせ」

「王弟とその母を王都に戻し、
私が亡きあとの後継者に据えるが
お前の望みか」

「私は…愛しい妹、蘭瑶が
王都にて華やかに安寧に暮らすことができさえすれば
それが何よりの幸いなのですよ。

今まで苦労し憂き目を味わった分、
妹にも、その子にも、十分幸せになってほしいと
――血を分けた兄のささやかな願い、お聞き届けくださいますな?」

「…愚かな」
黎翔はつぶやく。

男はゆっくりと夕鈴を押しのけ、自分が前に一歩踏み出す。

「愚か――?
そういうあなた様こそ。
生まれ育ちもろくでもないかような者に心とらわれ
王宮を無秩序の混迷に陥れたご本人ではありませぬか――」

「なるほど。
それがお前の言い分か」

「あなた様が秩序をやぶり
国に憂いを与えているからこそ――
私は、麗しき蘭瑶の子にして正しいお血筋である晏流公をお立て申し上げることで、国の秩序をただし、民を安寧に導こうと申しているだけにございます。

さあ――その書状を。
お渡しくださいませ。

大人しくお渡しくだされば、
ほれ、ここにいるあなたの愛した唯一の妃を
自由にいたしましょう」

黎翔は不思議な面持ちだった。
見えないものが人質だということに。

誰もが見えているという自分の愛した唯一の妃という存在。
自分は本当にそれを愛したのかすら、分からない。

そういう意味では、目の前の男が手にしているそれは、質ぐさとは言い難かった。

『交換条件』といっても、そもそも目に見えぬものを、どうやって交換する気なのだ――?

手の内に何も札がないくせに、こうして体を張って博打に乗るなど。
バカバカしいほどの自信家だな、私は。

(可笑しいな。
私は何をしているのだ)

ここまでくれば或は何か分かるのかもしれない、と儚い期待を抱きながら、ゆっくりと橋を渡ってきたものの、あいかわらずその存在は見ることも、感じることもできなかった。

手の中にある書状が国の行く末を左右する大切な取引材料であることを知りながら
それとは別に、変化のない自分の感覚に対し、寂しいような諦めに近い焦燥を覚えていた。

にもかかわらず、培った頭脳は別次元で、冷静に働くのだ。

――男の視線の先。
どこかすぐそばの桁に、細工が施されているのだろう?

おそらくは、足を乗せれば簡単に踏み抜けて、谷底に落とす算段であろう…。
黎翔は素知らぬふりを装い、内心はジリジリとして予測している。

「陛下…
やめてください」

夕鈴はかすれた声を絞り出した。
だが彼女の声は、黎翔には届かない。

「陛下、やめて――!」
夕鈴は、叫ぶ。

彼の視線は、決して夕鈴を捕らえることはない。

「さあ、渡せ、それを――!」
男が手を精一杯伸ばす。

(そこが限界か…)

黎翔はゆっくりと近づき書をかざした。

その時、夕鈴は気が付いた。


その書も、自分も
無くなってしまえば。


元より、彼女は望んでいた
『あの方のお役に立ちたい』と。


(陛下の足かせになるくらいなら。
命など、惜しくもない)

夕鈴は思い切って、あとは素早かった。
ただ、体が動く。

背を向けていた吊り橋の高欄の綱と男の脇をすり抜けると、
黎翔めがけて体当たりをする。

精一杯首をのばし、自由になった口で、黎翔の手にあった書を咥え、奪う。

黎翔は手元に暖かい風を感じた。
その瞬間、

白い首筋にくっきり浮かんだ、赤い縄の痕が見えた。

首を、絞められた――縄の痕


黎翔の血が逆流する。
時計が止まった。

そして今度は一瞬のうちに噴出する

――僕を
忘れて、

狂って。
母上は

…首を
吊った――


狂った時計が駆け足で脳内におびただしい情報を再生した。
それはほんの一瞬でありながら、
狂気の嵐のように黎翔の身の内を翻弄し駆け巡った。


首筋の、赤い、縄の痕

――はは、うえ?

違う。

明るい 茶色い髪の――

大きな、優しい目…


私の…愛しい


――夕、鈴…!?


「夕鈴――っ!」

黎翔の眼は、その時見開かれ、彼女の像をその網膜に結んだ。

その瞬間、
彼女は例の橋桁を踏み…

脆く細工を施されていたその桁板は、
施工主の思惑通り見事その役割を果たした。




男が「あっ」と声を上げている間に、
書をくわえ、もろとも彼女は落ちた。


黎翔は
谷底へと吸い込まれる彼女を追い――




*

ss 夏

SNSのトピ「春・夏・秋・冬」より転載
---------------
2014年09月11日

[夏]


緑滴る川縁。

狭い山道を歩くのに手を引かれだなんて。
まるで子供みたいで恥ずかしいのに。
陛下ときたらお構いなし。

「陛下、まだ遠いんですか?」
「もうちょっと」
がんばって。と笑いながら、陛下はゴツゴツとした石の上をスイスイと渡る。

「…あれ? 道が――」

突きあたりは山肌で、道が途切れている。

ふと脇を見ればつるの絡まった古い道標があって、
指し示すところ、沢づたいの側道は渓流を渡った向こうへと続いているらしい。

「ここは川を渡るんだ。
なんだか飛び石みたいだね。
――足元が悪いから、ゆーりん、気を付けてよ?
…なんなら、抱えてゆこうか」

そう言われた途端ぐらりと態勢を崩してしまう。

(っ…!)

ピン、と腕が伸びたと思ったら
こんどは長い腕が私の背中に巻き付いて
あっという間に腰を支えられて。

「――へーか。
…近いです」

「そう?」

萌いづる若緑の葉ごしにチラチラと陽光が踊り、
陛下の瞳の色は万華鏡のように色を変える。

そんなに近くに陛下のお顔があるというだけでも恥ずかしいのに。
汗ばんだ背中に手を回されて、強く抱きしめられると
もうどうしていいのかわからない。

「そんなにくっつくと、暑くて
気持ち悪いんじゃないですか?」

「気持ち悪い―――?」
キョトンとした表情で見返される。

「だって、私汗かいて、ベタベタで…」

「――そんなことないよ?」

陛下はそう言ってくださるけど、きっと気持ち悪いと思う。
思わず手を振りほどこうとしたのに
陛下は逆に指を絡めてもっときつく握り締めた。
「だ、…やっ!」

もう片方の腕を回されて
二人は密着して…首筋にさらりと陛下の黒髪が触れる

「ダメなの?」

吐息がかかる。
陛下が私の首筋に顔を埋めて…なんてこと――!?

「ダメ、とかなじゃくて。
ぜったい、汗臭いですから!」

「君はいつだって
よい香りがする」

陛下は嬉しそうに、ますます密着する。

「…は、ず…かしいから
――離しーてーくーだーさーーーい…!」

ジタバタ必死に抵抗すればするほど、陛下は面白がってますます…

(ぜったい、やりすぎてる――この人っ!!)

その時。
「陛下、お戯れは、たいがいに―――」
背後から李順さんの声がした。

陛下私を抱きかかえたまま

ボチャン

と川に落ちた。


*

ss 天高く、兎肥ゆる秋。

ss秋。
SNSの日記の再掲です。

【侍女さん目線】【設定はご自由に】←


* * * * * * * * * * *
天高く、兎肥ゆる秋。
* * * * * * * * * * *

気持ち良い風が吹く。

…ははは、と声が響く。

静かに控えながら、侍女はそっと含み笑いを互いに漏らす。

この後宮で男性の声が響くとすれば
それは国王以外あり得ない。

その膝の上には、今日もお妃さまが囲われている。

巷では冷酷非情と恐れられる国王陛下を、
これほどまで寛がせ、笑わせることのできる存在も他にはいない。

春の日差しのようなお妃さま。
今日は何をお話されているのやら――。

* * * * * * * * * * *

「陛下っ!
こんなにいただけません!」

「君はこれが好きだと…」

「でも――こんな贅沢は
よくありませんから」

すすめられた菓子を、陛下の手ごと脇へ押しやり――
(そのようなことがおできになるのも、お妃さまだけですわっ!!)
ちょっとすねたように頬を膨らませ
(…なんて愛らしいほっぺたでしょう!!)
お妃さまはそっぽをお向きになられる。

陛下は少しお困りになられた模様。

「……」

お妃さまの髪を一房救い上げられ、口づけを…

雷でも走ったかのごとく
お妃さまは全身ビリビリと硬直されると
いきなりピョコン、と陛下のお膝から飛び降りられます。

お妃さまは
まるで熟柿のように真っ赤になられて…
なんともまあ初々しいことでございましょう。

これが、初めてのことならいざ知らず
今なお、毎日、毎日繰り返され
恥じらわられるのですから…。

愛ですわ。

…お妃さま、なんとまあ、
陛下のことをお好きなのでございましょう!!

お二人の間には誰も入り込むことなどできないと
わたくし共、間近に仕えさせていただき、いつも思うのでございます。


陛下は
目の前に山と積まれお菓子を手で押し退けて、
ほうっと小さくため息をお付きになられました。

せつない、ため息にございます――。

美しく並べられたお菓子では
お妃さまのお心を掴むことはできぬのかと
さぞ、陛下もご落胆のなのでございましょう。

わたくしどもには、分かります。
お妃さまのお心内が…。

本当のところ、お妃さまは
お菓子をお断りになったことで
陛下を傷つけてしまったのではないかと
胸にこたえておいででしょう…。

「――それならば、
ひととき。
散策でもどうか」

陛下は、お妃さまをお誘いになられました。

すると、お妃さまはいじらしく、上目づかいで陛下を見上げ
「はい」と、小さくうなずかれたのです…。


僭越ながら――正解ですわ。陛下!
実はこのところ、お妃さまは
ちょっと食べすぎをお気になさっておられるのです!

…とはいえ、そのようなご事情があるとは
わたくし共の口からなぞ
恐れ多くて申し上げられるはずもございません。

ですが、応援しております!

今日の占いでは、
お散歩やちょっとした運動がベストチョイス!
ラッキーカラーは、白!

あとは白い何かがあれば…
きっとお妃さまのお心を攻略できるはずにございます…!


もう、お傍で伺っていても
切なすぎるご表情で――

ご夫婦でありながら、
初めての恋の甘酸っぱい切なさが
今なお持続しつづけているお二人のご様子は――たまりません。

わたくしたち侍女の立場は
決してでしゃばるわけにはまいりません。
しかし、精いっぱい、お妃さまと陛下が居心地よくお過ごしになれるよう
万事において、取り計らいますから…どうかご安心なさってくださいませね。

わたくしどもにとって、お仕えすることがどれほど嬉しく、
そしてやりがいのある職場であることか…。


庭へ下りるお二人と、適度に距離を取りながら
わたくし共もお供仕ります。

最初の数歩こそ、お妃さまはご自由にご自身のおみ足でお歩きになっていたのですが、やはりそこはそれ。

あっというまに陛下に
背中から抱きしめられてしまいました。

「ギャあぁっ!」

ああ…お妃さま。
ぎゃっは、いけませんわ。
うふふ…(*´ω`*)

このやり取りがまた、いつものように甘く、楽しく
それゆえ陛下は何にもましてお楽しそうでございました。

しかし、体重を気にされているお妃さまには、いろいろストレスがかさむもの。

「陛下っ! 自分の足で歩けますっ」

「愛しい妃を疲れさせてはいけない」

「陛下の方がお疲れでしょう?
私、重いですから…」

「重くなんかない。君をこうしていると、
疲れが吹き飛んでゆくようだ――」

「絶対、重くなってますからっ――降ろしてくださいっ!」

あらまあ、なんと。ほほほ。
陛下の腕の中で運動される方など、
それこそこの世にたったお一人だけにございましょう…。

そして結局、いつものように陛下に抱きかかえられたまま
ご散策なさることになっておりました。


そこに、スイーっと
白い大きな鷺が池の方から飛んでまいりました。
そう、白いアイテム。

侍女B、ナイスタイミングでございます。

こういう小さな演出は、わざとらしくてはいけません…。
あくまで、さりげなく――が
わたくしたち侍女の仕事でございます。


白い鷺は美しく、青い空にそれは映えておりました――。
そしてうまい具合に、鷺は陛下とお妃さまのすぐ目の前を横切りました。

それまでふくれっ面をされていたお妃さま。
あっという間にその様子に心奪われ
たいそうはしゃがれました。

「あっ、陛下!
白い鳥です――!」
と指さされ、
大きくお手をお振りになられました。

そのとき、袖がはらりとめくれ
むっちりと白い二の腕が
陛下の御前に露わとなり――

その途端

陛下がその白い腕に
吸い込まれるように引き寄せられ

噛みつかれたなど――


わたくしたち
きちんと職務を全うし、他所を向いておりましたので
決して見てなどおりませんし
気が付くはずも、ございません。

*

忘却の岸辺(20)完

最終回。
暗いお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

【ゾーン※増量中】【過去~未来まであまねくねつ造】【微妙にネタバレ】【甘甘】
※ゾーン、超集中状態の至高体験(ピークエクスペリエンス・ゾーン・フロー)、であるからして、モノローグがたとえ5ページだろうが10ページだろうが、一瞬なの!ったら一瞬なの。


* * * * * * * * *
忘却の岸辺(20)完
* * * * * * * * *

ねえ、母上。

茜色の夕焼け空に浮かんだ雲のことを覚えている…?
辺境の北の地の空気は澄んでいて

秋の日の落ちる間際は、それは見事な夕焼けが広がり
世界は血の色のように染まっていた――


『ぼくいなければ
母上は、幸せだったの――?』

母は困ったようにその問いに答えることはなく
ただ瞳をほんのりと曇らせ、私の頭をなでた。

『黎翔が、
私の幸せのすべてよ。
それだけは、決して
忘れないで』

そう言いながら母上は
あの日を境に、私のことを忘れ去った。


薬をあおり
苦しみ這いずり回り、闇をのたうちまわった挙句、
美しかった母は、見る影もない別人となり
私を忘れた―――。

あの人はすべての幸福を手放し
封印したまま、狂気の世界の中で疲弊し

やがて、自ら首をくくってこの世を去った。


首筋の、赤い縄のあと――
苦悶の中で
忘れ果てたはずの私の名を
最期に一度だけ、呼んだのだった

ごめんね、黎翔…

たしかに、そう、つぶやいた。

どうしてこれを忘れていたのだろう…と思いながら
黎翔は多重に重なる世界を別の視点から覗き込んでいた。


あの日、幼い私の
目の前で起きた凶事。

冷たい母の手。
苦しみぬいて歪み引き攣ったその白い顔は

すべて自分のせいで起きた出来事と思いこんでいた。

静まり返った西日の北の地の寒さに震えながら

母の首筋の赤い縄痕を
小さな私は見つめていた――



私が生きている限り
幸福は訪れない。

一時に圧縮された記憶が、体の中を嵐のように通り過ぎた。

後悔、
自分の存在への罪悪感。

にもかかわらず、黎翔は
混乱の中に見出した小さな光にむけて
思わず手をのばさずにはいられなかった。


――ごめんね、黎翔…

頭の中でこだまする声。


「…母上
――わたしを
許してくださいますか?」

黎翔はその幻影に詫びた。

過去と現在をオーバーラップし
混乱の極みにある黎翔の目前で、

いままさに
夕鈴は
微笑み
落ちて行く。

黎翔が手にしていた、後継者を晏流公と指名したその大切な覚書を
自由になる口でくわえ、もぎ取ると
そのまま、壊れ落ちた橋桁の上から谷底へと吸い込まれる。

黎翔にとって
その瞬間は、まるでスローモーションのように
ねっとりと感じた。


もどかしい
もどかしい
体と心を縛るもの


『今までずっとあきらめていた。
私には、望むことすら許されない
手に入るはずのない、幸福だと』

黎翔の心をきつく縛っていたのは、
身分低き美しい妃が、時の王の何もかもを虜にしてしまったことと
その二人の間の王子として生まれた自分の出生ゆえの運命で。

父は母のため国を揺るがし
母は私のため命を絶った

父母ともに不幸に陥れた
自分という存在。

それは逃れられない業であった。

そんな自分だから、
幸福など、望むことすら許されないと
黎翔は信じていた。


『…そう。たぶん、私は物心ついた時から、思いこんでいたのだ。
私は幸福になど訪れない…幸福など求めてはいけない、と。
幸せになる術などないと諦め、全てを切り捨てていた。

それは、たんなる呪縛に過ぎなかったのですか――?』

母が父を堕落させ
王が妃や後宮のために国を傾けた。

国民から見れば、
それが事実。

自分はその二人の結実であり、負の象徴なのだ。

その過去の負債を立て直すために
国を立て直し、後宮のいままでのあり方や王宮の闇を払しょくするためには
強く誰からも恐れられる王でありたい、と選択した

その道の中に
黎翔自身の『自分の幸福』というものは一切含まれていなかった。

だが、それは、真の王の道だったのか――?

黎翔は膨大な負の記憶の奔流の中で、一つの光を見出したのだ。


推し量れない何か
見えないものの中にも
…小さな真実が潜んでいることを。

このような“自分”のためにも、
未来とか、
小さな希望とかを
この世の中のどこかに、潜み隠し置いてくれているとしたら――!?

黎翔は、
祈った。

「こんな私でも
――手をのばしても、良いのですか?

――許してくださいますか?」

脳裏に浮かぶ母の幻影。

それは母を亡くして以来、初めて
黎翔の中で、くっきりと像を結んだ。




すっと白くなり
目の前の彼女の顔が重なる。

こんな時だというのに。
君は笑うのか――

「ゆう、りん…?」

君に笑っていてほしいと、
君の笑顔だけが見たくて――

失った過去と意識が繋がる。

擦り切れ喪失したはずの情報のかけらを
つなぎ合わせ再生するきっかけが訪れ――

黎翔の中でそれは一度に再生され
膨大な情報となって再び甦ったのだった。

目の前の彼女の像に五感は再び解放される。

* * * * * * * * *

それは、長い長い時間のようだったにもかかわらず
現世の時間に置き換えて、ほんの瞬き一回分にすぎなかった…

黎翔の時は、動き始める。

彼の瞳は、彼女を捕らえ
微笑んでいた彼女は黎翔の変化に気が付き、
安堵し泣きそうに顔を崩し、落ちていった。

「夕鈴――っ!」

黎翔は叫んだ。


橋桁を思いっきり蹴り、落下速度を増す。
手を伸ばす。

不思議と、恐怖はなかった。

自分の意志で、手を伸ばす――もう、二度と失わない。


風を切るビョウビョウという凄まじい音の中、恐ろしいほどの速度で落下することよりも
君を、再び得ることができる喜びの方が大きかった。

風に立ち向かう鳥に見えた

衣の端を捕らえる。
腕任せに手繰り寄せ、とっさに頭を胸に抱きしめ抱え込んだ瞬間には
もう水面に突っ込んでいた。

晏流公を後継者と認め、国王が署名をした書は
風に引き裂かれ、水流にもまれ、散り散りとなった。


人質となった妃は―――
王は―――

李順は一瞬の出来事に硬直しながらも
ザブンと水柱が高くあがり水飛沫が吊り橋の高さ近くまで届くのを見届けた。

手負いの方淵が自分の剣を握り締め橋に取り付き駆け出した。

李順が方淵の背中へ声をかける
「陛下の御命令です、捕らえるのです!」

「はっ!」

男は橋の反対方向、反対側の岸辺にむかって走り出した。

「この期に及んで、逃げるつもりですか――!?」

その時、
蓉州側から、一人、大柄な男が走り寄ってくるのが見えた。
李順が目を細め注視すると、すぐに容姿から味方と分かった。

「…克右! 良いところへ――」
李順は声を上げた。

「捕らえろ――!」

克右と方淵に両岸から挟まれ、逃れる術もなく男は身柄を確保された…。


* * * * * * * * *

苦しい…
肺が痛い。
手足がちぎれそうなほど冷たい―――

陛下…

水の下は暗い

水の中は上も下も分からなくて
激流にもまれて、苦しかった。
最後の息は、とうの昔に吐き切った。

川底の何かに引っかかっていて、動けない。
手足すら、動かせない。

陛下、陛下。


ああ、お迎えなんだ。
黄泉の世界はどんなところだろう…。
もう、頑張らなくていいんですね―――


君の務めを果たしたと
もう一度。
最後の口づけをくださった

混濁する意識と引き換えに
体はふわふわと浮遊するような感覚で
魂ごと引っ張りあげられて、明るいところへ…


さようなら。


…陛下。

どうか。

私は、いつだって
陛下の味方でしたよ…
よく頑張ったねって、褒めて、ください――





――ゆうりん

ゆうりん

陛下の声が聞こえる。


「ゆうりん!?」
え――陛下?

がばっと身体を起こせば、
目の前でたき火がたかれている。
私は陛下に抱きしめられていた。

「うそ――!?」
…っていうか、近すぎる。

「動くな」
狼陛下の怒ったような声で私は思わずびくりと体を固くする。

「陛下!? ほんとに」と尋ねると

「ああ」
とだけ短く答え、陛下は力を緩めてはくれない。

「陛下、苦しいです…。
ってことは、私…生きてますか?」

まだ半信半疑。
やっぱり、都合がよすぎる。
もしかして、死んでしまったのかもしれない。

「――ああ」

陛下の声が震えていることに気が付いて、
私はおろおろしてしまう。
そうだ、陛下は私のことを忘れて…だから。

「…あの、失礼ですが、その」

「――」
陛下は、私をギュッともう一度抱きしめると、頬を鷲掴みにして荒々しい口づけをした。

安堵と、切なさで、無性にしがみつきたくなった。
私が必死で抱き付くと、陛下は急に優しくなって
さするように私の背中をなでるから、そのたびに私の眼からはポロポロと涙がこぼれた。

そう。
陛下にとって『口づけ』は、借金返済の肩代わりの時と同じ、
私への支払いで――
陛下が私にたいして、何か負債があるとでもいうのだろうか…。


「…陛下、怒って、ます?
私、私…何か悪いことをしてしまいましたか――?」

涙の止まらない私を、陛下は優しくなで続け、何度も口づけた。

「君が無事で、よかった――」

…怒っているわけでは、なさそう――。

私が手をのばして、陛下の額の前髪をそっと整えて差し上げると、陛下は私の手をつかんでその甲に口づけ、陛下の頬に摺り寄せた。

「…あの、陛下。どうしてそんな風に。
その」

「君を、失わずにすんで――良かった」

陛下が良かったとおっしゃるのなら、良かったのだろう。
でも。こんなときまで女ったらしするところは、やっぱり陛下で…。

「陛下。よかったです――
あの書類がなくなってしまえば…」

陛下は私の頬を捕らえると、目を覗き込んだ。

「無茶だ…夕鈴。
あんな書の一枚や二枚」

「え?」
…あんな、とは。
それこそが、陛下が私に対して負い目に感じているものだと思っていたから
私は思わず当てが外れた。

では、陛下の口づけは、なにの代価――?

「君以上に大切なものなど、
この世にはなにも無いのに――」

陛下は相変わらず大げさで。…だから私にとってはいつもそんな言葉に勘違いさせられて、ドキドキしてしまうの。

「…大好きな、陛下のお役にたてれば。
私は本望ですよ」

自分で言っておきながら、恥ずかしくて
私は思わず真っ赤になった。

陛下がぐっとつめよって…
はっと気が付くと、私は乾いた薄絹一枚しかまとっていないし、
陛下はほぼ裸だった。

「~~~~~っ! あのっ
そのっ、なんですかっ、この格好!!?」

思わず正気に戻る。

「…川に落ちて二人ともずぶぬれで…」
「はいっ!?」
「川の水が冷たくて、君は氷のように冷たくて、息も絶え絶えで…」
「はいぃぃぃぃっ??」
「浩大が下流に駆け付けたが、乾いた衣類は手持ちのその薄絹一枚で…」
「き、き、着替えさせたって…ことですか? きゃーー」
「み、み、見てないからっ!
その、人命救助優先だって!
信じて、ゆーりんっ!」

急に子犬になっても…目の前の陛下裸体のインパクトは強すぎて、
両手で顔を覆う。
もう目をつぶっているしかない。

「…ちょっとまって。
その前に。いまさっき、ゆーりん、なんて?」

ガクガクと肩をゆすぶられ、思わず薄目を開ける。

「え? ですから、なんでこの格好なのか、ですか?」
指の隙間から漏れ見える陛下に、赤面が止まらない。

「その、前!」

えーっと…何の。
ああ、確か、赤面した話のそもそもといえば…

「陛下のお役にたてれば…? のとこ、ですね?」

「その前っ!」

「君以上に大切なものはこの世にないって、陛下が…」

「――その次っ!」

「…大好きな、陛下のお役に――」
再び私はボッと赤くなった。

再び、両手で顔を覆った。
陛下はその手を押し広げるようにして、私の顔を覗き込む。

「それは、――本当?」

「し、し、臣下として、お役にたつのは、とうぜんです――!」

「臣下じゃなくて…」

「ああ。そうですね。
私ただの庶民ですし…
…バイトは解雇されましたし。
じゃあ、一国民として――ですか?」

黎翔はバイトを解雇、という言葉に顔を曇らせた。

「一国民、じゃなくて。
…君は、夕鈴は―――?」

「…一国民じゃなくって…
私?」

「うん」

あんまり悲しそうで。
真剣に陛下が私を見つめるものだから
私はやっぱり、言えるうちに言っておこうと決心を固めることができた。

「――実は
陛下に、一つだけ、お伝えしたいと思って
旅にでました」

「…」
陛下は無言で…。
私が何を話すのかと様子をうかがっているかんじ。


「あの。こんなこと言って、陛下を困らせるってこと
よくわかってるんですけど――やっぱり。
言って玉砕するのが筋かなって――だから、私
あの…その」

「困らせる?」

「庶民の私なんかに
こんなこと言われても
陛下がお困りになるだけって
よく分かってるんです
でも
私、――陛下が
――す、」

「す?」

「……

……
…き」

私は居たたまれず、顔を覆った。

陛下はそんな私を無言で抱きしめて――。



…ああ、ダメだった。
やっぱり。
私の初恋は、終わった――と。



聞こえないように、息をそっと吐き切った――。


「…好き?」
「え」
「…ほんとに――好き? 私のことが」
「…あ、はい。あの、その変な意味じゃなくて…」
「どんな意味って、好きは、好きでしょ?
夕鈴はぼくのこと、好きって――
それ、ほんと?」

「…あ。はい」
私はもういたたまれなくて、両手で隠した真っ赤な顔を見られないように伏せた。

陛下は胸に私を抱き寄せて、頭にチュっと口づけを落とす。

「よかった」

「――え?」

「私には、手に入るはずのない幸福だと――そう信じこんでいたのに」

陛下がもう一度手を伸ばす。
私の指を、一本一本、はがすように開けてゆく。
これ以上なく嬉しそうに微笑む陛下の姿がそこに在って

「君に嫌われたら、どうしようかと悩んでいて――」

「悩み…? え? 陛下が?」
「狼陛下は嫌われ者だし
それに、君に嫌われることばかりした。
――君に好かれるはずもないと」

「すっ、好きですっ!!」

私はもう半分やけになって答えた。
陛下はくすっと笑って。

「…ねえ、夕鈴。もう一度、君との時間を私にくれる――?」

「私、陛下のお傍にいても、
本当にいいんですか――?」

「それが私の、望むところだ」

私は、何とも言えない安堵を味わった。

「それが陛下のお望みなのでしたら――」
私が目を伏せると、陛下はこつんと額を寄せた。

「夕鈴。私はどうやら、
君無しでは――生きていけそうにない」

そういって、息もつけぬほどの口づけが降ってきて
ようやく唇が離れると

「…愛してる」とつぶやかれ
また息苦しいほどの抱擁で私を捕らえた―――。

まるで恋人みたいだと、思った。

「ヘーカ。おかしい。
そういうのは、恋人に――」

「…恋人だろう? わが妃よ」

唇を指で触れられ、もう一度口づけをねだられた。
だから、もう…私はとめどもなく与えられる陛下のそれを受け入れるだけで精一杯だった。


そして突然、嵐はピタリとやんで
ふと見返すと真剣なまなざしで陛下が私を見つめていた。

「こんな私が、
幸福を手に入れることなど、
許されるのか――」

まるで答えを聞くのを恐れるように。
それでも答えが聞きたいと、陛下は私の言葉を待っていた…。


「あなたはこの世に許されないものなど、ありませんっ!
私の大切な王様。…あなたが不幸になったら
…それこそ、私が許しませんっ!」



たぶん、これは夢か。

それともやっぱりさっき、死んでしまっているのかもしれない、と
私はもう一度考えながら
陛下の長い長い抱擁と深い口づけを受け取った。




そのすぐ後、
李順さんが馬車を仕立てて迎えに来た。

浩大が知らせたらしい。

暖かい衣類、温石、飲み物…。
次から次へと渡され、シッカリ着こまされながら、その間中ずっとガミガミ叱られながら川下からほど近いにもかかわらず、馬車に揺られた。

注意深く人払いをしてひっそりと宿舎の館に戻ると「あなたはここにはいないはずの人ですから」と陛下の部屋に留め置かれた。

私はその夜を、陛下とすごした。



その後、王宮にもどっても
私は陛下のお傍らから離れることはなかった。

その後、晏流公と蘭瑶様を王都にお迎えすることになった時には
私は正妃の立場をいただいていた。

それに関しては柳大臣、氾大臣の後見により誰も口出しできなかったそう。

私と陛下の間には可愛い御子に恵まれ、その後、陛下は改革を行われ後宮問題はとりざたされることもなくなった。

美しく華やかな蘭瑶さまは、王都での生活をご満喫されていらっしゃる。
息子大好きな蘭瑶さまの溺愛ぶりはどうやら妹大好きな兄上と同様御血筋のようだったみたい。
捕らえられた蘭瑶さまの兄君はその後、地方でのご職務を長い間全うされ、つい先日王都へと戻ったと聞く。
方淵への謝罪を聞けたことで、私は陛下にお願いをしたのだった。
蘭瑶さまを思うお気持ちゆえの行為にもう一度チャンスを与えてほしいと…。

弟大好きな私と、息子大好き蘭瑶さまは意外にお話があうものだから、ついつい意気投合し、今はときどきお茶をご一緒する仲となった。

晏流公は自らの御意志で一臣下としての立場を逸脱することなく振る舞い、青慎と同期で官吏登用制度に合格、王宮にお入りになり狼陛下の御代を支える有能な補佐役をめざしていらっしゃる。

狼陛下の御代はますます栄え、盤石な体制へと整ってゆき、今や白陽国の王都は諸外国の中のどの国よりもにぎわう屈指の町となった。
その陰で働く有能なかたがたのご尽力と、そして、なにより陛下ご自身の努力の賜物だと、私は勤労の尊さを子供たちに伝えてゆきたいと思っている。


* * * * * * * * *

あの川は、今でもときどき夢にみる。



「…陛下、
あの時
私のことをお忘れになったって」

川から引き上げられて、陛下に抱きしめられている最中、
本当に自分は死んでしまったと、信じていただなんて――おかしくてつい笑ってしまう。

「忘却の岸辺でこそ、
私はようやく見つけることができたんだ。
大切なもの、を、ね。
夕鈴―――」

そういって、今でも私一人だけに甘い甘い、狼陛下は
正式な夫婦となり、お子がおできになった今でも、
私のことを臆面もなく人前で抱きかかえ、イチャイチャ(以前、夫婦演技と呼んでいた以上のことを)なされるから堪らない。

思わず私もふくれっ面をしてしまうこともある。

だからちょっと意地悪して言ってみる。

「忘れてしまえ―――とおっしゃったくせに」

「忘れられなかった。
君のことだけは」

「うそ、つき…」

陛下はアハハと笑って、いまだにコロコロと表情が変わるものだから、そんな陛下にドキドキしてしまう。
怖くて、ご立派で、愛しくて――せつなくて。
私はいまだに、日々陛下のことが好きで好きでたまらなくなる。


「――本当に大切なものは、
見えないところにあると分かるまで
私は難儀したものだ――」

陛下は、優しい目で私を見つめる。

甘い眼差しにクラクラしながら、私は強がって反論してみる。

「ならば、私の大切な陛下も
私には見えなくなってしまうのですか?
忘れた方がよろしいのですか?」

と問えば

そうだな、それは…と、少々陛下は困ったお顔をされて

「では…ほら、こうすれば。
見えない――」

そういって、
私を抱きしめ、私が思わず目を閉じるのを知っていて唇をふさぐ。

「陛下、ずるい。
…そんなことしたら、
貴方のこと
忘れられません――」


「もう、いいんだ。

忘れる必要なんか、ない。
だって
私は許されたのだから。

私の幸福を手に入れてよいと
君が許してくれたのだろう――?

だから
君はずっと
…傍に居て」

甘い口づけを、一つ。
そして優しい微笑みを、もう一つ。

ともにある限り、
私はこんなにも幸せ。

それが、あなたの幸福であるならば
私もあなたにお返しを。


愛するあなた。

全て、あなたの、お望みのまま。


【完】
*

[宝物]とんとん様からのプレゼント

白友・とんとん様より、素敵なプレゼントが届きました。

もともと発端となったのは、今年の4月にとんとんさまのSNSの日記に
コメントにちょこっと落とした落書きのイラスト。

それを、とんとん様がお気に召してくださって
今回お誕生日プレゼントにSSを仕上げて贈ってくださいました。

SNSではとんとん様のお宅で
ブログはこちらでの公開、快くご了承いただけましたので
せっかくのプレゼント、皆様にもご覧いただければ幸いです。


では、どうぞ。

140414「重いでしょ?」
-お題になった、落書き-




  <とんとん作>

*****


小さくて白い手が、ぎゅっと僕の衣を掴んでいた。
おそらく手を回したいのだろうけど、彼女の華奢な手には僕の体は大きすぎるだろう。

「――夕鈴、重いでしょ?諦めたら?」
「だ、大丈夫です!まだまだ平気です!」

僕の問いかけに戻ってきた返事は、彼女の強がりが感じ取れる。

全く・・・僕のお嫁さんは負けず嫌いで強情だ。


**

きっかけは、いつものように夕鈴のところへ訪れて、彼女の体を自分の膝に抱き上げたときだった。
何度も行ったことのある行為なのに、夕鈴はいまだに真っ赤になって僕の膝から逃れようと身をよじる。
僕からしたら、抵抗らしい抵抗にも思えない動きを封じこめていると、耐えきれなくなったのか夕鈴から抗議の声があがった。

「~~も、もう降ろしてください!」
「え~ヤダ」
「や、やだって・・・だ、だいたい、陛下はお疲れなんですから、私なんかが乗ってたらもっと疲れが増すじゃないですか!」

そんなことはない。夕鈴の柔らかい体を抱えこむだけで、僕の疲れは癒されるというのに。

「――君が側にいるだけで、私の疲れは癒えるというのに・・それを私から奪うとは・・相変わらず我が妃は、私の心を弄ぶのがうまい」

彼女が苦手にしている狼で、そう囁くと途端に夕鈴が体を固くした。でも、それは一瞬のことで、赤くなりながらも反論を続ける。

「~~~も、弄んでません!い、癒すのなら、私が下になりますから陛下が乗ってください」
「・・・え?」
「さあ!どうぞ!私の上に!」


****


流石に僕の全体重を夕鈴が支えきれるわけがないから、夕鈴に気づかれないようにバランスを分散させながら、彼女の膝に腰かける。
途端に夕鈴が小さく息をのんだのが背中から伝わる。
「ね?無理でしょ?」
「だっ大丈夫です!下町育ちは力仕事だって苦じゃないんですから!」

いくら力仕事に慣れているからといっても、腕力も脚力も関係ないんじゃないだろうか。
全く・・夕鈴はやっぱり、意外すぎる。
過去に、異性に膝を提供されたことが・・・なかったとは言わないけれど。膝枕という一般的な行為じゃない、こんな膝の提供方法は初めてだ。

やれやれ。この頑張り屋さんで強情なお嫁さんは、どうしたらいいのやら。

もう少し体重をかけて重さを増してやれば、流石の夕鈴も音を上げるだろう。

そう思って、少しだけ夕鈴へ体を傾けてみる。

「・・・・っ」

一瞬息が詰まったような気配がした。
そのあと、僕の背中がじんわりと熱くなる。

背の高い僕が膝の上にすわっているから、夕鈴の顔はちょうど僕の背中にあたってしまう。
耐えている夕鈴が荒い息を吐いているんだろう。
それから、僕のお腹に回された夕鈴の腕の力が強くなった。
僕が体重をさらにかけたことで、夕鈴が支えるためにもっと力をこめたらしい。

力を込めて・・・・・僕を強く抱き寄せるような姿勢になる。


背中に感じるのは、夕鈴の熱い息と・・・・椅子とは違う柔らかな感触。
おそらくそれは位置からして・・・・・

・・・・まずい。失敗した。


「―――さ、もういいよね。お終い」
「え?」


ぱっと夕鈴の膝から降りた僕は、目を丸くしている彼女を抱き上げていつものように膝の上に載せて背後から抱きしめてしまう。


「へ、陛下?」
「お終い。お終い。うん。やっぱり、僕、こっちのほうがいいな」

慌てて振り向こうとする夕鈴の体を押さえこんだ。



「陛下!私まだ、大丈夫ですよ?」
「うん。夕鈴が僕を癒そうとしてくれるのは、よくわかったよ。でも、こっちがいいから」


まだ腕の中の夕鈴は納得がいかないようで、いろいろ言っていたけれど、僕は少し赤いだろう顔を隠すためにも、夕鈴を背後から抱きしめる腕に力をこめた。


――全く・・・兎の罠は巧妙で困る。



*

ss 冬枯れ

コミュで書き始めた春・夏・秋・冬。

私が勘違いしておりまして
リレー方式だったみたいで
タイミングを逸してしまったので
こちらにアップです。

* * * * * * *
ss 冬枯れ
* * * * * * *


窓の外で、カサカサと風にあおられていた木の葉の音が
いつしか聞こえなくなっていた。

北風についに連れていかれてしまったのかしら…。

そんな些細な音が気になるくらい
冬は、無口。


だって。
陛下ったら。
ずっと
私を無言で抱きしめていらっしゃるから。


何も、言えない――。

*

---

<創作メモ>

木枯らし
焦がれ

[あとがき]忘却の岸辺

「忘却の岸辺」は
ずっと二人が離れ離れで焦れ焦れ(20話中、二人が直接会えたのは19話の後半って)、
暗くて湿っぽいお話だったにもかかわらず
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

(せつないのが書きたいといっても、限度があろう!と
怒らないでやってください)

さる筋からですね
「夕鈴さんに、もっと拗ねてもバチあたらないよ」って
(私にとっては)よい反応のご感想をいただけて嬉しい。


へこんだまま、受け入れて
それでも前向ける夕鈴は偉いなーって。
思いながら。

自分もリアルで落ち込むことがあったりもした時期だったので
そんなこともオーバーラップしながら
20話、完アップするのに約2か月かかってしまいました。
いろいろ焦らしてしまったら、本当にすみません。

基本、私は悲恋あまり書かないものだから※ ←
「最後になんとか幸せになってくれるだろう」とご想像(ご期待)の読者の皆様 ←

せつないばっかりのパート(ここがほぼ9割以上)を
毎回「大丈夫?」「えーん、でも続き待ちます」と
我慢強く気丈にお待ちいただけたおかげで、なんとかお二人を幸せにすることができました ←

10割悲恋だったら、わたしも書く気力が萎えてしまうところでした ←←←

※たぶん、悲恋を書いたのはリクエストいただいて書いた短編(短編集(1)に収録の「還らずの時」という作品)だけと思います。
自分で忘れているだけかもしれません
もし他に悲恋書いていたら、教えてください ←?? 

<追記> 単行本「てすさびの総集編」に書き下ろした若かりしリーリー初恋の物語「流花」も悲恋でした。


なにはともあれ
最後までお付き合いくださり
本当にありがとうございましたm(_ _)m




さて、
ここからは、徒然日記です

私事ですが、
連載を書いている式に入っているときは
たぶん四六時中どこかひっかかっていて集中して詰まってるのですが、終わるとすぐに忘れてしまう。
ちょっと前の作品でも、すごく新鮮な気持ちで読めるのですよ
(単なるボケなのか、それともやっぱり小人さんが書いてくれてるのか)


作品の中に全部込めるのが筋で、
感想とか、あとがきとかは蛇足ですけど

作品の中には書けない舞台裏みたいなものもあるので
あとから読み返すことがあったとき、
『ああ、そういえば、そうだったっけ』と思いだせるように
忘れない内に書き留めておきます。





最初、読み切りで書いた「忘却の岸辺」を書く前は
あくまで短編読み切りSSのつもりで筆をとったのですが
書き終えた時点で
もう少し続けてみようか(みたいな)というのは(実は)ありました。

ただ、
すごく暗いお話で、どうかな、と踏みとどまっていたところ

すぐコメントで「続きが読みたい」というお声もいただけたので
連載してみようと踏ん切りました。

「君の名は」的なチョイとばかりレトロなすれ違い純愛焦れ焦れをイメージしていたので
最初の段階から陛下と夕鈴の二人が再開するのは最後の最後、クライマックスまでないなー
でもきっと、読み手さんに怒られるなー、と。

それで、どこまで引っ張れるかなー
なんて意味ではチャレンジングな作品でした(←?)





そもそも
陛下の「忘れてしまえ」の一言が切なすぎて。


忘れたいことだけ忘れさせる
そんな便利に忘れてしまう薬とかあるのかな、と
調べてみるとまあ、そういう薬効成分というものも無くはないようで

――そんなあたりを考えていて、連載になってしまったのです。


ただ、忘れさせるメカニズムについてはなんとなくウラがとれたので書き始めたものの
『忘れさせる薬』については、嘘八百です。
決してご自身で試そうとかはなさらないでください(笑

激痛を伴う、とか
忘れることが一か八か、とか
忘れたことを再生できるか、とか
そのあたりは、完全なるねつ造設定ですからね。

『コーヒー飲んであたまがすっきりする』みたいな
そんな一時的な効力ならよかったんですけど、それではお話にならないので、ごめんなさい。


アナログの情報記録媒体では
消去したデータでも、場合によっては復旧できることがあるので
黎翔さんの記憶のサルベージできればな、と思っていました。


お母様との過去のトラウマが引き金で
じつは薬を用いて消去した夕鈴という存在以外のことについても
彼は心に蓋をして忘れていたことがあって

それが、首筋の縄の痕という
一番象徴的な現象を目の当たりにしたことで
過去の辛い記憶が暴走しはじめ脳内に痕跡として残されていた記憶情報が再生し始めた、という、そんなイメージで受け止めていただければな、と思っています。


自分は、幸せになんか、なってはいけないという『呪縛』と
『大事な存在だから、隠したかった』
だから徹底的に、自分の記憶からも抹消するという念の入れよう。

(スパイの、アレですね。
ほら、拷問を受けた時に、万が一自白剤を打たれても漏らさないように、本当に大切な秘密は自らを封印するとか…その手の?)


黎翔さんも
その母上もたぶん同じで

その思いが強すぎた悲劇。
(あくまで捏造ですが)

夕鈴さんのバイタリティーで何とか救ってもらえましたが
普通ならオシャカでぽしゃるところです。(笑)





書き方としては、渋めのテイストで抑えめで(つもり)?

なんとなく暗い話でも
さらっと読めるように書きたいなぁ、というところはあったので

途中、三人称視点から一人称に語りを切り替えたり
モノローグも陛下の視点、夕鈴の視点とけっこう細かく入れ替えて
さりげなく新鮮さとか起伏が生まれるように心がけました。

それはゲームごとにサーブ権が変わる感じで
意識的にわざとやってるんですけど(私の長編物は、たぶんたいてい)

語りが切り替わるのは統一感がなくなるので小説のセオリーとしてはハズレなんでしょうが
登場人物一人一人の視点でカメラを切り替えるような
アンサンブル・プレイというか、グランドホテル方式とか群集劇?というのですか?
そんなあたりだと思っていただければな~と。


あとは、今回はトーンを落としたかったので
入り・抜きで遠近を付けたかった、ですね。

それで
どちらかというと陛下側の心情を掘りさげて、

女性側の夕鈴の内面は
(たぶん女性中心の)読み手様の感じてくださる”ライブな心情”を生かすために
どちらかというとあえて省いた、です。


今回の「忘却の…」では、
周りの人の言葉や考えも
物語の複線になるトコとか、ヒントになる部分だけクローズアップして
その他はあえてボンヤリ描写せず
説明とかも書きすぎないで抜いて

思考の一瞬を掘り下げて
周囲で流れる時間は速度をあげて

ドロドロはしないように
(グログロしても)

というかんじ、でしょうか…

言葉にするとなんだかすごくガッチリ考えてやってるみたいですけど
実際は、大まかな世界観というかイメージに向けて
感覚的にそういう判断をその場その場で選択してるだけで…
とくに手法とか、仕掛けとしてやってるわけではありません。

 ――ぼんやり、ですが
そんなとこは意識してたかもしれませんね、っていうくらいのお話です。


うまくいってるかどうか、わかりませんけど。





今回は、登場人物が多い。
…これは結構、厄介でした。

でもいちおう、それぞれの役割があって
そういう流れが生まれるので…

それぞれの思惑が入りこみすぎると
ストーリーに雑味が入り分かりにくくなってしまうし

無駄に長い連載は体力と気力が続かないので。

…出番以外はけっこうあっさり遠景カットしちゃいました。


夕鈴になんちゃってプロポーズした克右はどうなったの、とか。
墨を被った氾大臣の衣裳の弁償は誰がしたか、とか(きっとオシャレなあの方ですから。たいへんお高くついたのでは…?)
怪我した浩大と、方淵のその後は?とか。
水月さんの笛の錦の袋の中には本当は何が入っていたの?とか
それよりなにより、助かった後、二人で過ごしたお話は?とか――

いろいろ知りたいところはあるんですが
小人さんも精一杯でこれ以上聞きだせませんでした ←

イチャイチャがすごく少ないストイックなお話だったので
最後までストイックに
話の筋としてあえて必要なければさらっと過ぎちゃいましたね(笑




『今回は、何話狙い? 20話完結?』
と、常連さんの中にはそのあたり当てっこなさる方もいらっしゃるのですが(笑
(今回もまだ10話前後書いてるあたりでしたか? ――ね?)

はい、20話でした。ちゃんちゃん。
おめでとうございます!(笑)


でも、16で終わらせようとか狙うときもあるので
あまりプレッシャーかけないでください(爆)m(*´▽`*)ウファ






それでは
なんか、長々と失礼いたしました。(笑



敬老の日によせて「今日も丸め込まれた夕鈴さんのお話し」

他愛のないご夫婦の一コマです。

* * * * * * * * * * * *
敬老の日によせて
「今日も丸め込まれた夕鈴さんのお話し」
* * * * * * * * * * * *



「へーか、どうなさったんですか?」

「あー、うん。ちょっと…ね」

「…お疲れですよね? 今すぐお茶を――」

「ううん、それより、ここに居て」

陛下は何だかすごくお疲れのご様子で
顔色も悪い。

なのに私の手を軽く引き寄せると
あっという間に腰をさらい、
いつものように私を膝の上へと…。

「我が妃はいつも愛らしい」

「私が、お疲れの陛下を癒したいのに――!
これじゃ、陛下をもっと疲れさせちゃうじゃありませんか」

「そんなことはない。君がこうして居てくれると
私の疲れも吹き飛ぶというものだ」

陛下はニッコリ笑って見せる

でも、その顔はやっぱり青い…。

「調子が悪い時は、悪いと認めるものです!」

「調子など、悪くはない。
それに、いつも君を載せてるのだから…
今日だけ特別ということもあるまい、妃よ?」

「じゃあ、私がおばあちゃんで
へーかがおじいちゃんになったら、どうしますか?」

「――へ?」

「知らないうちに、よぼよぼになって
若い頃とは違う身体になってても
それでも、へーかは、私をお膝にお載せになるんですかっ?」

「…えーっと」

「老人は老人らしくっ!
調子が悪いなら、調子が悪く――!
その時々に応じて、ベストな選択肢は変ってくるはずです!」

「…よぼよぼの、ゆーりん?って」
ぷっと陛下は噴出した。

わらわれて、思わず私はふくれっ面になった。

「何ですかっ!
私がよぼよぼなら、
へーかだってよぼよぼのお爺さんでしょ!?」

「…想像、つかないや――」

陛下はすっかり子犬になってしまっていて。
私を抱きしめ摺り寄せてこういうの。

「じゃあ。よぼよぼになるまで
一緒に居てくれるんだ」

「へ?
よぼよぼだったら
骨折するかみしれません!
コワイです!!」

「ぼく、結構鍛えてるから。
年老いてもかくしゃくとしてると思うよ」

「でもきっと私はシワシワで…
髪だって白くなって
へーかお傍にいられる見栄えなんかじゃなくなってます…」

…自分の未来を想像して、
ちょっと呆然とした。

「そんなことないって。
ゆーりんは
きっと可愛いおばあちゃんになってる」

「そんな、気休めいったって
分かりませんっ!」

「共に白髪の生えるまで――
よぼよぼでも、きっと僕は君を離さないから。
いつまで君を膝に乗せることができるか
ずっと、僕がおじいちゃんになるとこまで
みていてくれる?」

「へーかがおじいちゃんだったら
ロマンスグレーもお似合いかなって。
なんだかカッコよさそうですね…」

「うん、じゃあ、楽しみにしてて」

そう言って、嬉しそうに尻尾を振る子犬陛下にはどうしても負けてしまって。
私は指切りげんまんをさせられたのでした


(なんなの…もうっ!!)




おしまい。

*

[リク]王子と乞食(1)

100万アクセス記念リクエスト ①

リクエストいただいた順番的に入れ替わりますが
長編になりそうなリクエストはもう少しお時間いただくとして
今回は聖さまのリクエストから。

[事務連絡]
さくら様。リク権お取り置きしてございますので、またリクお寄せ下さいね。
お待ちしております^^

───────────────────────
【リク内容】
ざっくりと、リクエストいたします。
設定①キャラが子供。(夕鈴と陛下は、幼い頃に出会う。)
設定②夕鈴と青慎が姉弟ではなく、兄妹で、青慎がシスコン。
設定③陛下と几鍔が無二の親友。どちらにとっても、夕鈴が初恋の君。
あとは、貴女様の味付けで、お話をひとつお願い致します。

───────────────────────

…さあ!
これは厄介でございますよ
設定が3つですね~(笑


そうするといろいろ楽しい仕掛けをしないといけません…

あれこれ妄想が掻き立てられます。


多分、状況説明から入ると長編になりかねませんので
ここで予め事前設定をさせていただきますね。

以下を元に、お話を始めさせていただきます…。

1) 父王は、最愛の舞姫の生んだ男御子である黎翔の命を狙われることを恐れていたので、幼い頃から王都の下町に住む信頼のおけるさる筋に、王の子という氏素性を伏せて、黎翔を預けました。(北の地ではなく)

2)預けられたのは李家。真面目で口の堅い李家は目立なくとも王にとって心のおける忠臣でありました

3)李家の跡取り息子が、順。黎翔は、王の子とい出生の秘密を隠したまま、「李翔」という偽名で李家に物心つく前から預けられ、李順と兄弟同様に育てられました。

4) 李家は王都の下町、章安区の一角に屋敷を持つ貴族。白陽国の都市部(いわゆる町方)の行政・司法を担当する「町奉行」呼ばれる役職。

5)几家は商売上のやりとりで、いろいろと李家と出入が多く、そういう理由で、李翔と几鍔は幼馴染で、無二の親友として育った。

6)年齢設定。
夕鈴6歳
青慎10歳と李翔10歳、
几家の跡取り息子の鍔9歳。
ちなみに、李順は13歳。

(青慎と李翔は同級生、
几鍔が一つ下、
夕鈴が青慎と4つ違い下)



【パラレル】【年齢操作】

100万HIT記念
聖瑠桜さまに捧げます。

* * * * * * * * * * * *
王子と乞食(1)
* * * * * * * * * * * *

 
「順が言うんだ。『お前は橋の下で拾われた子だ』って…」

「李翔君、あんまり気にしない方がいいわよ?
世の中の親はたいがい、そう言って子どもを脅すものだって…」

「ゆーりんのお父さんは、ゆーりんが他所の子だって、言う?」

「…言わないけど――」

「李翔、あんま、こいつに変なこと言うなよ?
こいつん家は、早くにおっかさん亡くして、
親父さんが男で一つで育てたもんだから。
末娘のこいつの子と、目に入れても可愛くないって扱いさ
そんなこと言うわけねーじゃん!!」

「…それに、
僕がとびきりゆーりんのこと、
大事にしてるし」

青慎が頷く。

「青慎、おまえ、シスコン!」

「几鍔くん、年上にきつい子と言うね」

青慎は一つ下の几鍔に気おされ
顔ではニコリと笑いながらも内面は小さな汗をかいていた。

(こんなに僕は妹のこと、大事にしてるけど…
ゆーりんにとって、誰が一番好きなんだろう…?)

青慎は考えずにはおられない。

下町のここいら界隈では
近所の子供たちが集まって
大きい子から小さい子まで
いっしょくたになって日々過ごしていた。

几鍔は、夕鈴が好きで――
李翔も、夕鈴が好き。

ところが、夕鈴の兄の青慎も妹にベタボレで…。

いまからもう「妹を嫁になんか出せない――」と叫ぶ有様の兄、青慎は、近所の男どもに牽制しまくっているという状況であった。



(つづく)



今日の処は、設定までで…m(_ _)m


*

[宝物]風花さまからのプレゼント

先日の誕生日(歳は聞かないで…orz)に、
風花さまより素敵なSSのプレゼントをいただきました。

「(誕生日にあたる日が)〈コスモスの日〉」とのことで、コスモスの贈りものですって(*´ω`*)

私もコスモス、大好きです
ありがとうございました


風花さまのご了承を得ましたので、皆様にもおすそ分けです。
どうぞお楽しみください。

【捏造】【未来設定】


<風花 作>




「えーと…この辺って聞いたんだけど…」

後宮の奥まった庭。
普段はあまり人が近づかない場所に掃除婦姿の夕鈴がいた。
少しごそごそ歩くと、お目当てのものはすぐに見つかった。

「…あった!良かったー」

それを手にすると、すぐさま妃衣装に着替え、後宮に戻った。


夜。


いつもより少し遅い時間に黎翔は後宮へ向かっていた。

本当はもっと早く来られる予定が、緊急な仕事が入り、それの対応をしてからきたのだ。

「夕鈴…」

ポロリと口からこぼれる名前。
前から甘いその音は最近更に甘みを増した。

そう、彼女を手に入れたから。

一時は身を切られる思いで手放した彼女。
でも離れたことは、更に彼女への思いを確信めいたものにし、彼女しかいないと思わせただけだった。

彼女と想いが通じ、周りを黙らせることにも成功した今、心は驚くほど穏やかだ。
…もちろん、彼女の突飛さは変わらず、驚かされることも多いが。



「夕鈴、今戻った」

入口から陛下が現れ、いつものように抱きしめられる。

「陛下!お帰りなさいませ」

赤面してしまうのは相変わらずだが、今は自然とその腕に身をまかせられるようになった。

最近では、侍女さんたちは心得たようにこの時点で部屋を出て行く。

その気配を感じながら、軽く唇に触れる温かさもいつものこと。

そっと顔を離した陛下を見上げると極上の笑みがあって、毎日この笑顔を見られる幸せをかみしめる。

ふと、陛下の視線が流れ、1点で止まった。
ちょっと驚いた顔した後、またぎゅっと抱きしめられた。

「…?どうかしましたか??」

「…うん、同じこと考えたのかなって嬉しくなった」

ゴロゴロと懐かれた後、陛下から小さな細長い箱を渡された。

「はい、夕鈴に。これは返品不可だよ?開けてみて」

長椅子に導かれながら、箱を開けてみる。

「…わぁ!綺麗…」

箱の中に入っていたのは赤い秋桜の簪。
花がいくつか散りばめられたそれは、豪華ではないが、上品な艶がある。

そして今日は、夕鈴の部屋にも摘んできた赤い秋桜が飾ってあった。

「…気に入ってくれた?」

「はい!…でも…無駄遣いはダメですよ…?」

こんな時でもついつい出てしまう自分の癖が恨めしい。

わかっているらしい陛下は苦笑しながら髪にそれをさしてくれた。

「…そういうと思ってちゃんと控えたよ。ちょっとしゃくだけど、李順の許容範囲内だから。…似合うよ。可愛い」

「…ありがとうございます…」

確実に耳まで真っ赤だ。

「本当は夕鈴には桃色かなって思ったんだけど、やっぱり赤をあげたくてね。でも…当たりだ」

満足そうに陛下が笑う。

「私も、陛下にご用意したんです」

部屋に飾ってある赤い秋桜の隣に小さな包み。
その包みを持ってきて陛下に渡す。

私はそんなに立派なものは用意できない。
用意できても、それは私の力じゃないから。
私は私なりに、等身大のものを。

そう思っても本当にささいすぎて涙が出てくるが…。

「手巾…?もしかして手作り??」

「はい…こんなに綺麗なものをいただいておいて本当になんか申し訳ないんですけど…一応布から選んで刺繍して…」

もごもごと伝えていると刺繍をみた陛下が呟くのが聞こえた。

「…狼と兎が並んでる…約束、覚えていてくれたんだ」

以前、狼と兎を裏表に刺繍したお守り袋をあげたとき、言われた言葉。

『次は並んでるのがいいな』

陛下も覚えていてくれたことが嬉しくて、思わず笑みを浮かべた。


この手巾の2匹のように、どうかいつまでも2人でいられますように。


おしまい。
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心温まる素敵なSS
風花さま、ありがとうございました♪


*

王子と乞食(2)

【パラレル】【年齢操作】
青慎10歳、夕鈴6歳、几鍔9歳、李翔10歳、李順13歳。
100万HIT記念、聖瑠桜さまリクお題の続きです。

宜しければ、つづきをどうぞ――。

* * * * * * * * * * * *
王子と乞食(2)
* * * * * * * * * * * *

白陽国の王都、乾隴の都。
ここは下町章安区、表通りからずいぶんと奥へ入った庶民の住む界隈の一角に、汀家のぼろっちい家はあった。

カン、カン、パカン!

裏庭でまき割りをする兄と、その周りをうろちょろする妹の姿。
「あはは、おにーたん!」
「夕鈴、危ないよ?」
コーン、パン!
一息ついて、青慎は手斧を置くと、汗を拭いた。

「夕鈴ってば、危ないから離れてるんだよ?!」

「わたし、運ぶ~!」

薪を手にいっぱい抱え、薪棚のほうへとよろよろ歩き出す夕鈴。

「夕鈴、そんなに持ったら重いし、
ああっ、それじゃ前がみえないよ――」
と青慎が言ったはなから、夕鈴は足元につまづいて、薪ごとドシンと尻餅をつく!

「あ~っ!」
青慎は慌てて夕鈴の元に駆け寄ると
夕鈴は薪を放り出し、ビエーン!と大きな声で泣きながら青慎の襟首に抱きついた。
「…よしよし。痛いの、痛いの、とんでけー!」
泣きじゃくる夕鈴に、青慎は優しく背中をとんとんする。
「…夕鈴、手伝ってくれて、ありがとうね?
…痛いところは、ない?」
青慎にしがみついた夕鈴は、ヒックヒックと泣き止む。

「もう、痛くない? 痛いの飛んでいけー」
兄の優しい手に癒され、夕鈴はようやく笑みを漏らした。

「痛いの、痛いの、とんでった…。だいじょーぶ。
にーたま、大好き!」

青慎はちょっと困ったように眉尻を下げ、愛らしい夕鈴の頭を撫でてやるのだった。

青慎は10歳、妹の夕鈴は6歳。二人は仲良し兄妹で、青慎は妹の夕鈴を目に入れても痛くないほど大事にかわいがっている。


近年、周辺の国々では小さな争い事が続いており、白陽国もご多分に漏れなかった。

白陽国の台所と呼ばれる豊かな穀倉地帯の南州一帯で、昨年イナゴが大発生し、それにあわせたように日照り、飢饉と、国内の食糧事情は厳しく、物価は上がるばかり。
首都、乾隴の下町にまでそのしわ寄せはきていて、どの家でもやりくりは厳しかった。

汀家では三年前に母が流行り病で亡くなり、長男の青慎が、家のことや夕鈴の面倒をみていた。
お節介な近所のおばさんは、ちょくちょく汀家に顔をだしては、
「岩圭さんや、女手のない家じゃあ困るだろう」と、見合い話を持ってやってくる。

だが父、岩圭は持ち込まれる縁談すべてを断った。

役人の父親はのんきな人だったが、ときどき月を見上げては「かーさんや…」とつぶやき、ポロリと涙ぐんでいることを青慎は知っている。
だから、なるべく心配かけまいとして、家の中のできることは全部青慎が引き受けていた。

青慎は優しく賢い子供で、勉強が大好きだった。
目標は「お父さんのように立派な官吏になること」。
そして、できれば上級職の試験を受けてみたいと思っていた。

小さい妹のお守りをしながら家事一通りをこなす毎日。
自由に好きなだけ勉強するのは、青慎にとっては夢のまた夢。
また、上級管理職を狙うためには、庶民には高値の花である高価な書物を何冊も勉強しなければならなかった。
(もう少し、レベルの高い塾に通ってみたいなぁ…)と思いつつも、家計簿でどんなんりやりくりし、切り詰めても、今は生活するので精一杯だった。

「にーたま、今一番、何が欲しい?」
夕鈴が花のような笑顔で、摘み取った花を差し出す。
「うーん、書物、かなぁ…
ううん、お花が欲しいや。
ちょうど、この白い小さなお花が、一番欲しかったんだ」
そう言って、青慎は妹の差し出した小さな白い野の花を受け取った。
夕鈴は小さな顔を太陽のように輝かせて笑った。

「いつでも、にーたまの欲しいもの。
ゆーりん、探してくるからね?」

青慎は夕鈴の頭を撫で、二人はしばらく並んで座っていた。

(やっぱり、上級職を受験しようだなんて、高望みなのかなぁ…)
ふぅ、と青慎はため息をつく。

* * * * * * * * * * * *

そんなある日。
朝一番に干しておいた洗濯を取りこんで、妹の夕鈴と一緒に畳んでいると、
「おーい!」と声がした。

親友の几鍔君だ。

「青慎さん、いるか?」

「ああ几鍔君? いるよ。入っておいでよ」

「がく? おいでよぉ」
大きな声で返事すると、夕鈴もかわいい声で真似て返事をする。

おもわず青慎はくすっと笑ってしまう。
六つになった夕鈴は、こんなふうに僕のまねをするのが大好きなんだ。

「おー、青慎さん。ひさしぶりー」

「しぶり~」
青慎よりも先に、夕鈴が答える。

夕鈴が笑顔で駆け寄り、鍔君の手を引いて家の中に迎え入れた。
「久しぶりって。几鍔君、昨日も会ったとこだよね」
青慎は笑って、洗濯物を片し終え、几鍔を出迎える。

几鍔は大きな右手に重たそうな包みを持っていた。
小さな夕鈴がチョコチョコと几鍔の手を引いたものだから、几鍔は思わずバランスを崩して、ドシン、と尻餅をついてしまった。
几鍔は手に持っていた包みをとっさにかばったため、腰をしたたかに打ってしまったようす。

「…て。て、ててて」

「…痛い? 痛いの、がく。
痛いの、痛いの、とんでけー!」
夕鈴はいつも青慎にされているように几鍔をギュッと抱きしめて、一生懸命背中をさすり、慰める。

几鍔は思わずカァっとのぼせ、
みるみる赤面した顔を背け、
思わず小さい夕鈴を突き飛ばしてしまった。

「い、痛くなんか、ねーぜ!」
ドン!と力まかせに突き飛ばされた夕鈴は軽く吹っ飛んで、コロンと転がった。

「ギャーん!
ああああああああ~~ん、ああ~ん、ああ~ん!!」
驚いた夕鈴は大きな声で泣き叫ぶ。

几鍔はオロオロしながら…、
…でも素直にもなれない。
呆然として、泣きじゃくる夕鈴に背を向けた。

青慎があわてて夕鈴を抱きかかえ、二人の間に割って入った。

「すまん、青慎さん
――あの。
夕鈴のやつ、怪我は…」

「…大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから。気にしないで、ね?」
青慎は几鍔にも同情した。

少し前から几鍔は、なんとなく夕鈴を意識していて
ふっと可愛いなぁ…って顔をすると、そのあとハッとなって、
ギッと恐ろしい顔で睨む…という不審な行動が見られた。

(うん、わかる。だって、うちの妹、こんなに可愛いもんなぁ…)
青慎はそう思っていた。
(可愛いって思ってたら、素直にそういえばいいのに…。
本当に、几鍔くんって不器用なんだから)


几商店の跡取り息子の鍔は、家では「坊ちゃん」と呼ばれ、出入りの奉公人から大切にされ、威勢の良く肩で風切る几鍔の後ろからはいつも男連中が取り巻いて「アニキ、アニキ」と慕われている。
なぜか幼い頃から一つ上の大人しい青慎のことを尊敬していて、昔からちょくちょく家に遊びに来る彼のことを、青慎も無二の親友のように思っている。

さばさばとした口調は小気味よく、硬派な几鍔だが、実は女が苦手。
めっぽう照れ屋で、色恋については超・純朴。

(意識してるくせに…正直になれないんだよね)と青慎は分析している。

そんな几鍔に無邪気な妹はチョコチョコと近寄り、
そして最近はときどきこんなふうにアクシデントが発生していた。

「妹に悪気は、なかったんだよね…ごめんね。
うちの夕鈴が突然飛びついて…」
青慎が謝ると、几鍔はぶんぶんと首を振った。

夕鈴が落ち着いて、大丈夫そうだと分かると、几鍔は目に見えてホッとした。
「ほんとに、すまん」
もう一度謝る几鍔。

「…いいって――」
青慎は夕鈴の瞳を覗き込むと、妹に優しくお願いをした。

「夕鈴、仲直りしてあげてくれる?」

「がくと、仲直り?」
大好きな兄の願い。

青慎の頸をきゅっと抱きしめ、まつ毛にまだ涙が光る夕鈴が
几鍔の方を振り向いてそろ~っと手を差し出し、小指を立てた。

「がく。仲直りの指きり」

几鍔はぐっと一呼吸おいて覚悟をきめると、
彼女の小さな小指に自分の小指を絡ませた。

「なっかなおりー」と夕鈴のつぶやく音頭にあわせて、二人は軽く手を振った。

カカカカカーっと赤くなる几鍔を見て見ぬ振りする青慎。
「おっ終い!」夕鈴はご機嫌を取り戻した。

几鍔は仲直りの指きりがすむと、チッと口では言いながら
ささーっと手を引き青慎の方へと向き直った。

「で――これ。借り物だけど」
几鍔は大事そうに抱えていた包みを、ぐっと青慎の方へ差し出した。

「?」
青慎が手を伸ばし、首を傾げながら受け取る。
布包みをほどくと、書物…。

「…論語?
――これって、もしかして…」

「青慎さん読んでみたいって言ってた本、これだろ?」

「官吏になる勉強には、四書五経が絶対いるんだけど――
こんな貴重な本、几鍔君、どうやって?
いったいどこから――」

「…李ってやつに、借りた」

「…借りた?」

* * * * * * * * * * * *

几鍔商店が出入りしている上取引先の貴族の李家に、ある日ついでがあってババ様に連れてゆかれた几鍔。
「仕事の話が済むまで、ちょいと年頃の子供同士、遊んでおいで」と李家の息子たちを紹介された。
兄の順は13歳。官吏登用制度の上級職の上位合格を狙う秀才で、日々勉学に励んでいるという。

世間体を取り繕った挨拶が一通り終わり、さあ子供たちで自由に、という段になるや途端、順はメガネの奥でちょっと冷たい感じの視線でチラリと几鍔を見返すと
「…では、私は勉強がありますので」とそそくさと引っ込んでしまった。

几鍔は一瞬白けたが、もう一人の弟、翔とは意気投合した。

「翔は、勉強しなくていいのか?」

「…私?
勉強もするが…しょせん順はいい顔をしない。
――私は、なんというか…この家では腫れ物だからな…」

「――ハレモノ?
なんだ、お前、アニキに嫌われてるのか?」
几鍔は訳も分からず、オウム返しをした。

「嫌われているというか、いやむしろ大切にされているが…なんというか他人行儀なのだ」

「ふうん――?」
几鍔は『考えたところで貴族ってのはよく分かん』と思考放棄し、さばさばと話を切り替えた。

「よく分かんないが、とりあえず、外で遊ぼうぜ!」

二人は中庭の方から外に出た。
窓があって、先ほど「勉強する」といって自室に戻った李順が見えた。
ここが李順の部屋らしい。

「――げ!」
几鍔は声をあげた。

「げ?」
李翔は不審な顔で几鍔を見返す。

「…あんなに、いっぱい書物が…!!」
几鍔が驚くのも無理はない。李順の座っている机の周りから何から、どこからどこまで足の踏み場がないほど部屋は書物で埋まっていた。

「――あんなに本があるのは、見たことないぜ!
おい、本っていうのは、相当高価なものなんだろ?」
几鍔は呆然としていた。

「…まあ、そうなんだろう。
だが受験生というのは、たいていあんなものだろう。
出世のためには試験に良い点数で合格しなければならないから、な。
…頭脳明晰な順は、家の期待を一身に背負っているんだ」

(受験生というのは、こんなふうじゃないとダメなのか――)
几鍔は半ば呆然とした。

「…これじゃあ、アイツ。たとえ目を潰したとしても、浮かばれねえなあ」
几鍔は頭を掻いた。

「…浮かばれない?」

「いや。ちっとな――近所のガキが、浮かばれねーな、って」

「近所のガキって。…それ、女の子?
君の大事な人?」

几鍔はぐっとつまり、チっと舌打ちしながら顔を赤らめたので、
李翔はもう少しだけ話を聞いてみたくなった。

「で、その子がどうしたの?」

尋ねられたので、几鍔も話をつづけた。

「そいつんち、親父は下級役人だけど、のんびりしたお父っつあんで。
おっかさんが三年前の流行病で亡くなってからそいつの兄貴が家事や妹の面倒見て。
このご時世だから暮らすだけで精一杯でさ。
兄貴の青慎は頭いいから官吏の上級試験を受けたいって夢があんだけど…。
俺も詳しくは知んねーけど、四書五経とかさ。試験受けるための勉強に、高価な本がたくさんいるんだろ?」

「そうらしいね」
李翔は醒めた口調だった。

――そんなふうに苦労してる奴は、世の中にいっぱいいるよ。
何も特別なことじゃない。
だって。世の中は平等じゃないんだから――。

と李翔は心の中で思ったが、口には出さなかった。

「それで、浮かばれないって?」

「ああ。
でさ。その優しい兄貴が家事で疲れきって
チョイうたた寝した時に
『本が欲しい…もっと勉強したい』って、寝言でつぶやいてたんだとさ。
それを聞いたチビガキのやろうが、何を考えたのか
道で物乞いをやってね――」

「物乞い?」

「乞食は、座ってるだけで、稼ぐじゃんか。
あいつまだたった6つでさ、チビなりになんか考えたんだろうな。
ただでモノやお金が貰えるって、なんだか変に誤解しちまったようで。夕鈴のやつ、モノゴイしてお金ためて、お兄ちゃんの欲のやつしい本、買ってあげるんだって――」

「…」
李翔はそれまでどちらかというと冷淡な対応をしていたのにもかかわらず、急に破顔して笑った。

「それはいいや、兄さんの本のためにその子は乞食をしたんだ」

「笑い事じゃ、ねえ!
――乞食ってのはな…!!
あいつの兄貴、
泣いてさ…
『夕鈴、そんなことしちゃだめだ』って止めたら
『ゴメンおにーたま、ゆーりん、目も見えるし、お手ても足もあるから
お金もらえなかった。
私、目が見えなくなればよかった』って――」

几鍔はグッと詰まった。

「ふうん」

李翔は几鍔の顔を見つめたまましばらく考えていたが、
フイっと走り出し、勉強中の李順の部屋の窓から室内へと侵入した。

「――翔さまっ!
いきなりなんですかっ!? 窓から」

「順、論語をよこせ」

「――はい? …論語?」
李順はすっと手を伸ばすと傍らの書物を引っ張りだした。

「いったい何に?
お勉強ですか?」

李順がメガネをかけなおしている隙に、李翔はその手から書物をするりと抜き取り、また窓から外へと飛び出した。

「――翔、さまっ!?」

素早く窓枠から飛び降りてきた李翔に、几鍔は目を丸くした。

「…オイ、お前んとこは、
アニキが弟のことを『様』付きで呼ぶのか?」
几鍔は李翔の傍若無人な態度にあっけにとられながら、変な質問をした。

「…時々、順はあんなふうに他人行儀になるんだ―――
気にするな。
とにかく、これ」

ぽいっと、書物を渡された。

「四書五経のうちの一冊、論語、だ」

「え?」

「その本を貸すから、
今度その兄妹とやらを連れて
是非もう一度、ここに遊びに来てはくれないか?」

「いいのか?
こんな高価な書物を――」

「…その、夕鈴って子の、
笑顔が見てみたいから――」

そう言って、李翔はニッと笑った。



王子と乞食(3)完

ラスト・パートです。

【パラレル】【年齢操作】
青慎10歳、夕鈴6歳、几鍔9歳、李翔10歳、李順13歳。
100万HIT記念、聖瑠桜さまリクお題。

ではどうぞ――。

* * * * * * * * * * * *
王子と乞食(3)完
* * * * * * * * * * * *

そんなぐあいで、几鍔のつてで青慎と夕鈴の三人は、恐る恐る「李」という人の家に足を運んだ。

最初、几鍔から見も知らずの少年から論語を渡された青慎は(こんな大切な本を、ポンッと投げて貸してくれるだなんて、…どんな家の子なんだろう)青慎は不審に思った。
そして更に詳しく聞いてみれば、どうやらその李家というのは、王都の下町、章安区の一角に屋敷を持ち、白陽国の都市部(いわゆる町方)の行政・司法を担当する「町奉行」呼ばれる役職についている貴族の家柄だと聞き、青慎は驚いた。

「そんなとこの子に、僕ら、呼ばれたの?」
「ん、こいって」
「なんで?」
「さあなあ、その李翔ってえのは。ずいぶん気まぐれな感じで…。
何考えてたのか、よくわかんねー。
とにかく青慎さんが念願の本読めて、良かった」と几鍔は笑った。

高鳴る胸に震えながら、恐る恐る論語を紐解けば
「子曰く、学びて時にこれを習う、亦説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)あり遠方より来たる、亦楽しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。」
青慎が読みあげる。
「おにーたま、どういう意味?」

「この本には、孔子様という偉い先生の言葉がいっぱい収められていてね。今読んだところは『学ぶことは楽しいよ』――って。
他にもね…たとえば『自分がされて嫌なことは人にしてはいけない』とか、この書物は人として大切な道を指し示して、僕たちの目の前を照らしてくれるんだ」

青慎が優しく夕鈴の頭をなでるので、夕鈴は、その本が兄にとって大切な言葉が詰まった書物なのだということがよく分かった。

「とにかく、お礼を言いたいな。
きっと李翔君って、心のきれいな子なんだろうね」

「うん、きっとそうよね」
ニッコリ笑う夕鈴の頭をもう一度青慎は撫でた。

そんなわけで、数日して三人は李家にお礼に言いに訪れた。

* * * * * *

後から思い出すと、どうしてそうなったのか良く分からないうちに
青慎は李翔の兄、李順の部屋に毎日通って勉強する羽目になり
彼らが勉強している間、夕鈴は李翔と遊ぶことになっていた。

ある日のこと、夕鈴と李翔は庭の片隅でひっそりと遊んでいた。
李翔はどうやら人目のないところが落ち着くらしい。
夕鈴と二人っきりになって、ようやくほっとした様子で
優しい子犬のような笑顔を見せた。


「りしょうさまは、おべんきょう、しないの?」
ふいに夕鈴は尋ねた。

「私は、いいんだ」

夕鈴にはその言葉の意味が良く分からない。
「――え? 
お勉強、きらい?」

「あそこにある本は、もう読んだ」
「あの本?」
「ああ、全部」

李翔は笑った。
夕鈴は目を丸くしながら後ろにのけぞった。

「ぜんぶ――?」

「うん、だから。いいんだ
順と違って、私は別の…」

「べつ?」

李翔は、袖をまくってみせる。

「――あざだらけ!?」
「私だけ、棒を持った家の者に、四六時中追い回される――
時には見知らぬ男まで」

「そんなに、ぶたれるの? 
李翔さまだけいじめられるの? 大丈夫?」

「…もう慣れたし。
もう昔ほど簡単にぶたれやしない」

「痛かった?
痛いの痛いの、とんでけ?」

夕鈴にあざのある腕をさすられて、李翔は暫く無言になった。
李翔は夕鈴の優しい気持ちが嬉しかった。

夕鈴は李翔がこのあいだつぶやいていたことを思いだし、
悲しそうな顔をして質問した。
「拾いっ子?
ここのおうちの子じゃ、ないの?」

「…さあ。でも、少なくとも
順と私は、全く似ていない」

夕鈴も、そう言われるとそんな気がした。

髪の色も、目の色も。体つきも。
…並んでいても、兄弟にはみえない。

悲しそうに李翔を見つめる夕鈴の手を握り、李翔はなぐさめた。
「君は、ぼくのことで、そんな顔しちゃダメだよ」

「…」夕鈴が静かにポロリと涙を落したので、李翔はそれを拭う。

「――元気出して? 
君がぼくのことで泣く必要なんかないんだよ」

「うん」
分かってるけど、ポロポロと夕鈴は泣いた。
李翔はそんな夕鈴がかわいくて、思わずぎゅっと抱きしめた。

「泣かないで」

ぐす、ぐすとそれでも涙は止まらない。
李翔はどうしても、この腕の中に居る彼女の笑顔が見たくなった。
(どうしたら、喜んでもらえるのだろう――)

「探そう!」
困った李翔は、グイッと夕鈴の手を引っ張り、
唐突に駆け出した。

「え?」
夕鈴は驚いて思わず目を見張った。

「――夕鈴。君が喜ぶものを
探しに行くよ」

庭の片隅の塀の隅に抜け穴があって、
李翔はそこから慣れた様子で屋敷から抜け出した。

「…どこ、いくの?」

「君が笑えるところ!」
李翔は朗らかに言い放つ。

抜け穴から屋敷を飛び出して、貴族館の連なる地区から離れると、のどかな街並みが広がった。

「さあ、何しよう、夕鈴。
なにか食べたいものある?」

「…ううん」
夕鈴は首をふる。
――本当は、夕鈴はおなかが減っていたけど。
こどもの李翔に食べ物をねだるのは、恥ずかしいことだと思った。

「じゃあ、何か欲しいものは――?
服とか、キラキラする髪飾りとか…」

「ううん」
夕鈴は首を振る。
常につつましやかに、贅沢とは程遠い環境で育った夕鈴にとって、お正月でもないのに新しいものを欲しがるだなんて、悪いことだと思っていた。

「じゃあ。君は一番何をしたいの?」

「おにいたまを、喜ばせたい!」

満面の笑みを浮かべ、兄を慕う夕鈴。
彼女の言葉を聞いて、ズキンと李翔の胸は痛んだ。

「…夕鈴」

「にいたま。ご本が欲しいって…
でも、李翔さまのお家で本いっぱい、叶えてくれたから」

「他に、君のために僕は何ができる?
どうやったら、君は僕のために笑ってくれるの?」

「――李翔さまからは
いらない」

「…え――?」

李翔はガーンとショックを受けた。

その様子があまりにも気の毒だったので、
どうしたのだろうと夕鈴は不思議そうに李翔をみつめた。

しばらくしてようやく言葉の出る李翔。

「――僕は、だめ?
どうして」

明らかに、いじけている。

「李翔様、働いてる?」

「働く――?」
李翔は夕鈴を呆然と見つめた。

「働かない人、だめ!!」

そう言われると、困った。
李翔は働くなど、したことがなかった。

「うーん。
じゃあ、働いて手に入れたものなら
君は受け取ってくれるの?」

コクと、夕鈴はうなづいた。

そうか。
だから彼女は物乞いをしたんだ――と思い至り
李翔は笑った。

「では、君の言う通り
働いてみるか」

李翔はポンと手を打つと、夕鈴の手を引いてどんどん道を歩き出した。
高級住宅街を抜け、細道に入る。
夕鈴の手を引っ張り、風のように走る。

夕鈴は必死で李翔についていった。

* * * * * *

李翔と夕鈴の二人が屋敷の中に居ないことに気が付いた

李順、青慎、几鍔の三人が二人を探し出した時、
李翔と夕鈴の二人は
乞食の層元締めのヤクザ者三人に囲まれていた。

夕鈴が兄のために働こうとした職業――乞食。
李翔はそれにチャレンジをしていた。

だがそれはもの知らずな子供。
だが知らない、では済まされるはずもない。

「おうおう、兄ちゃん、誰の許しを得て、
…ここで店、開いてんだ?」

「ここは天下の往来だ。
誰のものでもないだろう」

李翔はムシロの上で悪びれる様子もない。
自分の背丈よりもずっと大きいチンピラを、ギラギラと赤い瞳で真正面から見返す。

李翔の背中には夕鈴がいて、必死にしがみついていた。

「物わかりの悪い小僧。
ここらはな、オレらのショバなんだよ
勝手にされちゃぁ、困るなぁ、ん?
ここはキッチリとカネで片付けちゃあもらえねえかい?」
李翔と夕鈴は、物乞いの暗黙のルールも知らず、
路上で勝手にショバ荒らしをした、という角で
ここら一帯を取り仕切る組のチンピラ共に、いちゃもんを付けられていた。

そこに駆け付けたのが、李順たち。

こ汚いムシロの上に、
服から顔から、泥を擦り付け汚し、
乞食のふりをしている二人を見て、李順と青慎は卒倒しかけた――。

普段冷静な李順が、これほど激怒しているのも珍しい。
翔はつーんとそっぽを向いて、李順から視線を避けた。

途端に李順が吠える。
「――あ――あなたと言う人はっ
こんなところで、何をなさっていらっしゃるんですかっ!?」

(――順は、こんな時まで、他人行儀なのだ)
李翔はむっとした。

「ご覧のとおり…物乞いだが?」
サッパリとした顔の李翔。

李順は更に怒鳴ろうとした途端、

「いま取り込み中だ」と
一触即発の口火を切って翔は大立ち回りをやらかした。

10歳の李翔は、あっというまに三人の大人を投げ飛ばし、片づけた。

「ああああああ~~~~っ!!!」
李順が叫ぶ。

彼は父から厳しく言いつかっていた。
――決して口にしてはならぬ、大切な李順の使命について…。

ドシーン

大地を揺るがし、男が投げ飛ばされた。

大の字でノビたチンピラ達を見て
いつの間にやら取り囲んでいた物見高い野次馬の中から
やんやの歓声が上がった。

チャリンと銭が投げ込まれた。




李順は鬼のように赤くなったり青くなったりして
二人を見つめた。

そう。
『弟』などではない――。

『畏れ多くも――
あなた様は…この国の
――王子なのですよ――?!』

ひとたび読めば、すべて覚え、
ひとたび耳にすれば、忘れない。
その特異な才は
秀才の李順ですら並び得ず。

腕の立つ大人ですらいまや相手にならぬ、
その武に長けた才も。

その勘の良さも
瞬時に見通すその才気走った眼力も。


だから、あなたは別メニューなのに!

(貴方は、
特別な方なのですよ――?!)


ムシロの上に置かれた皿に投げ込まれた小銭を、
李翔は嬉しそうに指先でつまみ上げた。


「…夕鈴」

李翔は背中の夕鈴の方を振り返る。

「ぼく、働いた、よ?
ね――?」


夕鈴はにっこり笑った。

「李翔様、
お仕事がんばりました!」



「~~~~~~~!」

李順が大声で叫びたくとも、
それは一切、口にはできない相談だった。


王子と乞食
おしまい。

*


こんなかんじで
ごめんなさい。

時間はかけたんですけど…。
要素に振り回されて、心が見えなくなっちゃいました…。

でも楽しく書かせていただきました。
聖さま、リクエスト、ありがとうございました^^

日記

日記

感想はお休みです




Intimidation is a criminal act.

恋の裏ワザ

100万アクセス達成記念(2)

華海空さまよりいただいたリクエストです

初めてのリクエスト、寄せていただき嬉しいです。
ありがとうございました。

-----■ お題 ■----
老子から恋の裏技を教えてもらうことにした夕鈴が
陛下に対して実践、というような感じで
--------------------


華海空さまに捧げます。


【バイト妃】【ひそかな恋人】

* * * * * * * *
恋の裏ワザ
* * * * * * * *


後宮の掃除の時間。

ごしごしと床を磨く。

汗をかいて体を動かし、
一心不乱に働けば
心の汚れも落ちる。

(うーん。この汚れ…)
気になる染みを、ゴシゴシこする。

ふと目の前に影がおちているのに気が付き、
夕鈴は顔をあげる。

張老子が目の前に立っていた。
「おう、掃除娘。あいかわらず熱心じゃな」

額の汗を手の甲で拭いながら、夕鈴は老子を見上げた。
「老子、いらしてたんですか!」

夕鈴はやはり、先ほどの染みがきれいになっていないと、
雑巾を一度ゆすぐと再度チャレンジする。

「最近、陛下のご様子はどうじゃ?」

急に聞かれて、夕鈴は
「えー? 特にお変りありませんよ?
いつも通りお忙しくて…。
ここ三日間、お顔も見てませんし…」
…と言いながら、ブラシで床のしつこい染みをこする。

(――ははあ、だから。熱心に床など磨いて)

ニヤリ、と老子は笑った。

「…浮気、じゃ。浮気。
そういえば三日前に訪れた隣国の訪問団の中には、
美しい姫が混じっておった――」

「えっ?!」

夕鈴は夕鈴はハタと手を止め、
ガバっと顔をあげた。

「それ…ほんとですか?」

「いや、高貴なお客様となれば、
わしなぞチラとも見えるようなことはないが、
噂じゃ、ウワサ――。それはそれは、美しい姫だと
今、王宮内で働く者の間は、それでもちきりじゃ!」


(――そっか。へーか。
お忙しいから…後宮に来る暇もないって聞いてたのは
外国のお姫様と――


…イヤイヤイヤ。
だからって。
私がどうこう言える立場じゃないでしょ?)

夕鈴は膝をついたまま、雑巾を置いて
ハァとため息をついた。

「少し前は、なんだか妙に甘酸っぱくイチャイチャしておったが――
お前さん、気をつけんと陛下の愛を繋ぎ止めてはおけんぞ?」

「イチャイチャ、なんて…!?」
夕鈴は顔を赤らめて反論した。

「――しとったじゃろ?
この後宮の生き字引といわれとる
後宮管理人のワシの眼はごまかせんぞ――?」

ニタリと笑いながら伺うような老子の目つきに、ますます夕鈴は顔を赤らめる。


――陛下に『好きです』って伝えて。
陛下が、私を好きって、…そう言ってくださったのは…確か。

だけど、ここではいろいろあるから。
『やっぱり私が陛下を好きっていうのは
ナイショにしてください』って、私はお願いをしていた。

交わしたのは口づけと。
『愛してる』って言葉だけ。




「まっ…まだっ! 何もありませんっ――!」

「――ほう…。
――『まだ』?」

したり顔で老子が…。

「違います
私はバイトですってば――」

「まあまあ、
しっかり、イチャイチャせんかい!
お疲れの陛下を癒すのが
お前さんの仕事じゃ」


「――でも。
外国のお姫様のお相手って…。
きっとお忙しいんでしょう。

後宮には、お顔も見せて下さいませんし」


「まあ、そうじゃな。
そこは、ホレ。
この恋愛相談請負人のワシが
ちょっぴり裏技を伝授してやろうて」

張老子はトコトコと机に向かって歩いてゆき
手に持っていた抱えきれないほど沢山の書物をドサリと置いた。

「ほれ!
お前さんも
ちょっとそこの椅子へ座らんかい!」


かくして、恋の裏ワザ伝授の講義は
密やかに行われたのであった。

* * * * * * * *

『恋の裏ワザ、その一じゃ。
まず、足を向けていただかなければ、話にならん!
足を向けさせるために、妃が寂しがっていると伝えるが良い』

『えー!? お忙しい陛下に…そんなこと、できません』

『できません、じゃない!』

『だって、今日は大掛かりな晩餐会があると…』

『やるのじゃ! 
後宮というところは、何千もの美女がひしめきあい
陛下の御寵愛を得る為、必死になって陛下の気を引くための駆け引きが行われた場所じゃ!
つまり、陛下に足を向けさせることこそが、まず妃の第一の仕事といえんか?
おまえさん、床など磨いておる場合ではないぞ』

というわけで「妃の気分がすぐれず、老子との講義は早めに終わらせた」という連絡が王宮へとんだ。

『おまえさんの調子が悪いと知れば、あの陛下のことじゃ。
今日こそは後宮へお帰りになるじゃろう』

『…嘘をつくのは気がひけます』

夕鈴がジト目で見上げると
老子は腕組みをして余裕たっぷりに答える。

『嘘ではないぞ?
気分がすぐれとらんのは、事実ではないか。その顔色!
陛下のお顔を見れば、すぐに良くなるかもしれんのぉ
ほっほっほ。
ほれ、お前さんは、すぐ部屋へもどるんじゃ』

 * * *

老子の思惑通り、
晩餐会を早々に切り上げた黎翔は、そそくさと後宮へと顔を出した。

シャランと鈴がなり、遮る幕が払われ、黎翔がひょっこり顔を出す。

三日ぶりのその姿に、
寝台に横になっていた夕鈴はドキンとときめく。

「…夕鈴?
具合が悪いと聞いたが――」

夕鈴はぴょんと体を起こし、あわてて寝台から降りようとする。

「ああ、いいから。そのまま。
横になっていて――」

「申し訳ございません」

心配げな黎翔の顔を見るにつけ、仮病で騙したと夕鈴は心苦しくなるばかり。

『その二

次は二人の距離感が大事じゃ!
パーソナルスペースと云って、他人を許す距離感がそのまま心の壁を現しておってじゃな。
半間(約90cm)、つまり三尺以内に近寄られたとき固くるしい緊張がある場合は、二人の関係は、まだまだじゃな…。
逆に一尺半まで接近できれば、かなりの親密度と言えるぞ!

じゃから、まずは手を伸ばして届くくらいまで、
お主からさりげなく近づくのじゃ!』

上半身を起こした夕鈴が、あわてて上着を肩に打ち掛けると、
黎翔はニコニコとしながら寝台の脇に置いてある椅子に座った。

二人の距離は、一間(1.8m)ほど。
互いの顔を見るにはちょうど良いが、親密な距離とはいいがたい。

「よかった。思ったより元気そうで」

「ご心配をおかけして申し訳ございません。
おかげさまで、もう大丈夫です」

人払い済というのに、なんとなく他人行儀な言葉と態度。
二人の間には、少しよそよそしい空気もながれ、
夕鈴はふぅとため息をつく。

(そんなときは…)

老子の言葉が浮かぶ。

『その三。
目が合あったとき
興味があるか無いかのサインを見分けるんじゃ!

興味のあるときのリアクションといえば、
・なんどもちらちら見返してくる。
・恥ずかしそうに目を伏せる。
・いきなりテンションがあがる。
といった感じじゃのう。

反対に、嫌な顔をされたり、シカトされたときは、
興味がないサインじゃ。

――よいか?
しかと見分けるんじゃ!』

夕鈴は、気を取り直し黎翔の顔を見つめた。

(陛下は、どんなサインを出していらっしゃるかしら…?)

「…ん?」

夕鈴の視線を感じ、
黎翔はやぶからぼうに眉間に皺をよせ顔をしかめた。

(!嫌なお顔を…。

陛下はやっぱり…。
きれいなお姫様といたかったんだ。

いくらラブラブ夫婦演技のためとはいえ、
大事な晩餐会を切り上げさせたものだから
怒っていらっしゃるのかも。

もう私に、興味なんか――)

夕鈴は少し悲しくなった。

黎翔はゴソゴソと袖をまさぐり、探り当てたそれを取り出す。

目の前に差し出したのは、赤い鱗模様の皮に覆われた
赤い丸い木の実の房。

「――ほら、これ。お見舞い。
ライチっていってね。
晩餐のとき出された、珍しい南国の果物――」

子犬の笑顔で取り出した果物を持って、机の方へと遠ざかる。

無言のまま、黎翔は赤い粒を一つ指で房から取り外した。
眼をそらし、こちらを向こうとしない。

指でつまんだライチの皮を剥く。
つるりと白い果肉が現れ、黎翔は赤い瞳でその果肉をじっと見つめていた。


二人の距離はさらに遠ざかって
よそよそしい空気が流れていた。


夕鈴はあわてて、寝台から降りようと上履きを足でさぐった。

「あの、もう、その。
陛下のお顔をみたら、すっかり元気になりましたから…。

果物をお食べになりたいのなら私がお剥きいたします。
手が汚れますよ、陛下。

それに、お茶、ご用意いたしましょうか――」


「お茶は、いい。
元気というなら――」

黎翔は恥ずかしそうに照れ笑いをすると、
チラチラと夕鈴を見返し

「――笑って」
と。

「え?」

夕鈴はきょとんとした。

「…だって夕鈴。
なんだか、さっきからすごく怖い顔してて…

ここしばらく来れなかったから、
僕のこと、怒ってるのかと――」

「そんなこと、ありませんよ。
嫌われたのは、私の方かと――」

夕鈴が顔を伏せると、おもむろに手を伸ばされた。

「…私のこと、怒ったりしていない?」

「怒るだなんて――」

「寂しかった?」

「…はい」

「会えて、嬉しい?
…笑ってくれる?」

「…はい」
夕鈴は頬を染めて、微笑んだ。

黎翔は寝台の傍らに戻ると、夕鈴の耳元にはしゃいだ声で囁いた。
「これ、美味しいんだよ」
剥いたばかりのライチを夕鈴の口へと押し込んだ。


白い果肉を口に含むとほんのり甘いさっぱりした味が広がる。

「…美味しいです」

夕鈴は嘘をついたのに、陛下が本当に自分を心配してくれていることが嬉しくて。

「…でも、仮病なんです。
私、嘘ついて」
ポロリと涙を流すと

「うん、分かってる」
黎翔はこくんとうなづいた

「仮病で僕をさそってくれるだなんて…
嬉しいや」

黎翔はその指先で彼女の唇に触れ
とたん、
覆いかぶさるように影になった。

「…うん。やっぱり、お茶より。
こっちのがいい――」


二人の距離は0。

超・至近距離で抱きしめられて――



*

妄想続篇に10ガバス。(1)再会すれども、大事な一言が言えなくて。のパターン?

妄想続篇に10ガバス。
PART 1「再会すれども、大事な一言が言えなくて」のパターン?


第63話のその先のストーリーを妄想。
※LaLa11月号掲載の本誌ネタバレを含みますので、コミックス派の方はご注意ください。


「結婚エンドは少女漫画のセオリー」とは某月刊少女■崎くんの中にありましたけれど、
少女漫画たるべきもの、
『結婚あるいは両想いがゴールイン』で「めでたし、めでたし」なのです。

夕鈴と陛下には、早く両想いになってもらって
お二人のラブラブ・イチャイチャが見たい―――

そんな願いと、
『連載継続』とは、二律背反なのか?


と考えたとき。

逃げ道は
「両想いでも、遠距離恋愛」というパターン
(最近では、赤髪がまさにそんな感じ)

もしくは
「両片思いのまま」で、
肝心の言葉を継げようとすると邪魔がはいったり
あらたなイベントが開始して、
お互い告げられないまま、周りに流されストーリー続行…、か。

さて。
ゴールイン、あるいは両思いのイチャイチャは見たいけど、
連載終了は悲しい、という私としては
イジワルなようですが、片思い続行のストーリーを妄想です。


63話では、王弟ご本人はとってもいじらしく可愛い無邪気なお子様ですけど、お母様が毒花で。
やはり、なにやらタクラマカン砂漠。
ではなくたくらんでおられるご様子。

タクラマカン砂漠といえば、さすらいの旅人。

というわけで、今回は、両想いになりそでなれない、紆余曲折のストーリーを、あらすじで妄想展開です。
タクラマカン全然関係ないけど。
妄想のオアシス。(意味不明)


というわけで

妄想を全面展開で、この後のストーリーを勝手に考えてみました。
お気に召さない方は、どうぞスルーお願い申し上げます。

※63号のその先を妄想しているので、ここからは
前提条件として「63話を読了されている方向け」となりますのでご了承ください。


続きを読む

妄想続篇に10ガバス。PART 2「玉砕覚悟で、みごと玉砕」のパターン?

妄想続篇に10ガバス。
PART 2「玉砕覚悟で、みごと玉砕」のパターン?

---
事務連絡。
とらさんで、へーかとわたし の取り寄せ始まったみたいです。
取寄期間(9/26~10/10)
---

今回も「妄想・その後のストーリー」
こんなパターンは? PART2です。

今回は、短いです。




続きを読む

秘すれば花なり(1)

100万HIT記念、凛さまよりリクエストいただいたお題です。

━━━<お題>━━━
女官長と夕鈴の出会い
━━━━━━━━━━
夕鈴と女官長さんが初めての顔合わせをしたお話が読んでみたいです。
そして女官長さんが陛下の、夕鈴の、恋心に気づくまでみたいな…( ・∇・)
どこまで女官長さん好きやねんって話ですけど、大好きなんです(* ̄∇ ̄*)

…とのことで、女官長リーリーと、夕鈴との出会いを。


凛様にささげます。

【オリキャラ】【ねつ造】

* * * * * * * * * * *
秘すれば花なり(1)
* * * * * * * * * * *


――白陽国 国王 珀黎翔

即位後の反乱制圧、中央政治内部の粛清。数多の業績を持つ彼を
人々は恐れて
冷酷非情の『狼陛下』と呼ぶ。


そのお方から直々にお呼び出しとあらば、それは勅命で。
私には一切の選択肢もなく
私は後ろにゾロゾロと侍女らを引き連れ、非常に居心地悪いまま、広い広い後宮の庭園の中を歩いていた。

一挙手一投足、何か変ではないかと、気を配ることに必死で、
抜けるように青い空も、美しく咲き乱れる後宮の花々も、何一つ目には入ってこなかった。

生垣越しに、ザワザワと人の気配がし、私は思わず歩を止める。

突然、大きな声が響く。
「――もうよい!」

キン…と、凍えるような空気があたりを支配した。
陛下―――?

生垣の向こうから、ザッザと大股に歩みながら現れたのは、ほかならぬ国王その人。
「しかし、この度のご処断はあまりにも――!
どうかもう一度、お考え直しくださいませ! どうかっ…」

あたりには官服を身に着けた数人の人々が取り巻き、
そのうちの一人が必死で国王の裾を握り締めんばかりに這いずりながら後を追っている。
だが、誰も彼もこの狼王を恐れ、下手なかばいだてで失態でも犯せば、即ち自らの命がないと、ピリピリと青ざめた顔をひきつらせて、王の後を無言で付き従っていた。

「命が惜しくば、即刻立ち去れ!」
すがりついていた男は、陛下が腰の佩き物に手を掛けたのを見て、ついに絶望し伏して泣きわめいた。両脇からすぐさま屈強の兵士が男の両腕を抱え、引き上げ連れていかれた。
彼がむせびびすすり泣く声は風に乗って遠くまで聞こえた。

私はずっと息をすることも忘れ、小さく固まっていた。

国王は、ゆるゆるとその先の四阿まで歩き、その側近が人払いを命じると、あたりはやっと静かになった。

「さ、お妃様…」といざなわれ、私は再び歩き出す。
垣根の曲がり角を先へ進む。
あたりが開け、美しい花々に囲まれた白い四阿が一望できる。
湖面のさざ波にキラキラと反射した美しい景観の中に、私を呼び出した主は立っていた。


国王陛下は私の姿を認めると、朗らかな声で呼びかけた。
「――夕鈴!」

名を呼ばれ、ドクンと鼓動が胸を突き破りそうなほど大きく跳ねる。

――私は、汀夕鈴。

そんな彼の唯一の妃だ。

陛下の隣にいるメガネの人がこちらを見ている限り、迂闊な行動はできない。
四阿へ続く玉砂利の径を一歩一歩踏みしめながら、
『どうか妃らしく見えますように。何も落ち度がありませんように』と願う。

そんな私をもどかしく思うように陛下は大股にこちらへと歩み寄ると、ひょいと私を抱き上げる――。
「きゃっ!」

はっ、恥ずかしいんですけど
ひ、人が見てるんですけど?

『な…なに、するんですかぁ――っ!?』
胸はバクバクと高鳴り、思わず悲鳴を上げそうになりながら、必死で押さえる。

後ろには侍女さんたちがいて、
目の前には、小姑よりうるさい私の上司が、立居振舞の一つ一つを査定している――。

逃げ場のない私は、赤面しながら必死に耐える。

「お、御待たせして申し訳ございません…!」

陛下は
「なに、時間通りだ。
――わが愛しい妃よ、待ち焦がれたぞ」
と甘い言葉をかける。

(がっ、我慢よ…夕鈴っ! これは、仕事―――)

人払いをすると、侍女たちは下がり、いつまでも抱っこされているのが途端に恥ずかしくなる。

「へ、へーかっ! 大げさですっ!
降ろしてくださいっ!!」

「陛下、仲良し夫婦演技はもう結構ですよ?」
李順さんの淡々とした声がかかり、
陛下は「えーっ?」といいながら
不承不承、降ろしてもらうことができた。

途端に厳しい言葉が、メガネの上司の口から矢継ぎ早に飛び出した。

「夕鈴殿! なんですかっ、さっきの歩き方といい、
陛下にお会いした時の引きつった笑いといい…
もう一度、お妃教育を一からやり直さねばなりませんね!」

李順さんに小声で注意され、――ゾッとした。
また特訓――?
想像しただけでも、汗が噴き出す。

『ちゃんとしなきゃ、これは仕事!』

――私の役職名は、正確にいうと狼陛下の『臨時花嫁』、…ただのバイトだ。

四阿にはすでにお茶の準備がされていて
陛下は、ニコニコと私の入れるお茶を楽しむ。

――そしてこれが、さっきの人と同一人物。
若くして即位した彼は、臣下や他国へのはったりのため
…この子犬のような本性を隠して恐ろしい『狼陛下』を演じているのだ。
これらは後宮でも本当にごく一部の人しか知らない秘密…。

…私はここで備品を壊してしまい、その借金のために働いているわけだ
が。

「それで、夕鈴殿。
あなたの勤務についてですが――」

そう、せっかく一旦借金がの返済が完了しそうになった時、私はまた次の備品を壊して借金をしょい込んでしまった。

「…で、あの壺のお見積もりは―――」
「…お気の毒ですが」
とメガネの上司がそろばんをはじいで見せた数字は、目の玉が飛び出すような額だった…。

今回割ってしまった青磁のツボは最高級の逸品とのことで、
「なにも、よりによって…」
と李順さんはため息をつくばかり。

壊してしまったものは仕方がない、弁償するしかないじゃないですか――!

「それで、今日あなたにここに来ていただいたのはですね。
その借金の月々の返済額と、今後バイトが長期化するにあたって、確認しておきたいことを少々、というわけでお呼び出ししたわけです――」

「はあ」

李順さんはパチパチとそろばんをはじく。
「あの、もう少し弟への送金額を増やしたいんですが――」
「…このくらい?」パチと珠をはじく。

「すると、月賦の回数が増えて、利息分も増しますが――それでも宜しいのですか?」
「え? 利息?」
「当然でしょう!」
「…それは困ります――じゃあ、やっぱり、これくらい、で」
パチリとそろばんの珠を指で押し戻す。
「まあ、このあたりが妥当でしょうね…。小娘の稼ぎとしては…」

「それで。
危険手当等出るようになれば、随時返済は繰り上がってゆきますので
機会があればしっかり働いてくださいよ?」

「――え?」
「李順!」陛下が急に狼になる。
だが、李順さんはドライな笑いを浮かべ
「あくまでも、危険なお仕事が生じたら、という仮定のうえで
先に条件を申し上げただけですよ?」とカラカラ笑う。

「…」
陛下は気に入らなそうな顔をなさっているが、
パチンと指をはじき「――李順、例の」
「…あ!」
李順さんがそこで思いだしたように、立ち上がり一旦四阿から消えた。

「…何ですか?」
「君に会わせたい人がいる。李順に呼びにやらせた」
「はぁ」

しばらくして李順さんが戻ると、後ろからきれいな人を連れてきた。

つややかな黒髪。
伏し目がちの切れ長な目を縁取るまつ毛。
白い顔にくっきりとした美しい眉。

官服を身に着けていなければ、王族にさえ見間違えそうなほどの威厳。

「これから、君の世話をする女官長だ」

「…え?
そんな、偉い方を…宜しいんですか?」
思わず心苦しさに、眉をひそめてしまった。
これまでの侍女さんたちの甲斐甲斐しい献身的な仕事ぶりにだって、申し訳なくて涙がでるというのに…後宮を束ねる、女官長さんが?


「今まで下っ端妃ということで、あなたにも最低限の侍女はお付けしてしましたが。
これからバイトが長期化するとなれば、口の堅い信頼できる者を身近におかねば、
我々の神経がすり減ってしまいますよ――」
李順さんがそういうのなら、そういうことなのだろう。

陛下も「安心して任せたらよい」と狼陛下の口調で言うものだから、
私には良いも悪いもなく、お任せするほかなかった。

女官長さんは、私の方をみるとうっとりするほど美しい微笑みを浮かべ、
深々とお辞儀をして挨拶を述べた。

「お初にお目にかかります。
わたくし静麗と申します。
お妃様。
これからわたくしが一身を賭して
貴女様のお守り申し上げます――」

あまりに優美なその動きに見入ってしまいながら
私はハッと正気に戻った。

「あっ、はっ、はいっ!
ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げますっ!」



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Author:おりざ
秘密の苑・刺青の男[織座舎]陛下の花園へようこそ。”狼陛下の花嫁”の二次創作作品を綴っています。足跡などお気軽に残していただければ嬉しいです。【新刊】秘密の苑・刺青の男パラレルアンソロジーパラレルアンソロジーとらさんで取扱。【お詫び】拍手コメ御礼お休み中です。本当に申し訳ありません。お返事ご希望分はコメント欄へm(_ _)m

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・原作者様ならびに出版社様とは一切関係ございません。
・此のブログは日々の日記並びに二次創作作品の倉庫、管理人本人の自由な自己表現の場です。
・この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件、史実などにはいっさい関係ありません。また原作と異なる設定など、表現、その他多数捏造あります。

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