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解(げ)11

【第58話ネタバレのif】【甘甘甘】【最終回じゃなかった】

ごめんなさい

これでおしまいと構想していたので
前回のラストで「次回、最終回 エピローグ」と予告いれましたが
お二人の甘々が止まりませんでした―――。

というわけで、まだ、続く!

ごろイチャ回、どうぞ。


* * * * * * * *
解(げ)11
* * * * * * * *

力なくもたれかかる彼女に、黎翔は手にしていたものを差し出した。


「君を転ばした、この石、
なんだか分かる?」

満面の小犬のほほえみで彼女の鼻先にその石を示した。


夕鈴は、至近距離のその石をきょとんと見つめ、一生懸命考えた。

「…丸い小石…?
ほんのりと碧みがかって…まるで翡翠みたいな小石…

いつか、私が池の傍でみかけた石と
似ています…が?

なぜ陛下がご存じなの?」

「そう。
これは君が拾った、まさにその石だ」

「―――え?」
夕鈴は驚きながら、その小石を見つめた。

指をかさねて、表面をなでてみる。
黎翔は、彼女の手にその小石を手渡した。

つややかな翡翠色の表面。
滑らかな柔らかい形。

ああ、確かに。
この形、この色。このくぼみ…

後宮を去るため何もかも返すつもりで───。

でも、何か一つせめてもの思い出に、と
あの日池の傍で選びに選んだ、小石。

陛下と眺めた景色の中にあった小石一つならば許されるかと思ったが
やはり何もかも思い残すことなくここを去らねばならないと悟り
───手放した小石。

「君の選んだこの石が君を引き留め
こうして再び私に戻してくれた。

…まさか、
君に怪我をさせるとは思わなかったが。
脱走する兎を足止めするには、それしかなかったのかな?」

黎翔は、キュッと彼女を抱きしめ、その髪に柔らかい口づけを落す。

夕鈴はびっくりした様子で黎翔を見上げた。

「でも、なんで。
こんなところに?」

「君が、方淵に言ったのだろう?

『価値あるものは相応しき者の手の中にて真価を発揮する』と、

ただの石も
私の手の中では価値をかえるかもしれぬ、と」

「方淵?! 
―――ああ! あの日、確かに池の傍で…?

見とがめられ、ガミガミといつものように。

なんとなくそんな会話をしたかもしれませんが…?」


「ならば、君の言う通りだったのだ。

“君”はただ石に在らず。
私の手の中でこそ、その真価を発揮するのだろう?」

「───え?」

黎翔は、彼女の庶民服の短い裾をツン、と引っ張った。
夕鈴はガバっと両手でその手を遮り、頬を真っ赤に染めながら裾をめくられまいと防御した。

「君は私の花嫁だ」

夕鈴は涙目で見上げる。

「…でも、私。
庶民ですよ?」

「───君は
己を卑下してはいけない。

いついかなる場所にあり
どんな格好をしていようと
君はかわいい私の妃だ───」

「…っ!」

思わず赤面する夕鈴を引き寄せ、抱きしめる。


「…って。言ってるでしょ?
───わかった?」

黎翔はそういうとニコっと笑い
彼女の額にチュと音を立てて口づけを降らせた。


「それは、臨時花嫁じゃなくって
偽の妃じゃなくって
…そういうこと―――ですか?

い、いいんですか? 私で」


(陛下は、私でもいい、と
そうおっしゃってくださるの―――?)

ドキドキしながら、夕鈴は胸を押さえる。

だが、黎翔は口をつぐんだ。


(返事がない。
…やっぱり、ダメ、ってこと―――?)

内面、複雑な気持ちで揺れ動く
彼女の背中を黎翔はやさしく、なんども撫でた。

髪をくしゃくしゃと崩し、そしてまた撫でつけ。

(最近の挙動不審の陛下って…?)

夕鈴が顔をあげると、黎翔は冷静な狼陛下の表情で
ジッとそんな彼女を見返し、指先で一房救い上げ、口づけながら

ようやく
「…よい」と答えた。

そして、チュッと今度は口元に口づけを落とした。
夕鈴は真っ赤になって、黎翔を押しとどめる。

「ちょ、ちょっと
本当に、本気ですか?

陛下なら…ふさわしい身分の
教養深く、おしとやかな―――」

黎翔はその言葉を遮るように
夕鈴をギュッと強く引き寄せ抱きしめると
押し付けるような口づけで彼女の唇を塞いだ。

しばらくしてようやく解放された夕鈴に
黎翔は囁いた。

「君が、よい。

―――君でなければ
ダメなんだ」


へなへなと崩れ落ちる夕鈴を、黎翔は慌てて抱きしめた。

「―――大丈夫か?」

夕鈴はめまいを振り払いながら、
必死に態勢を立て直した。

そして、気になっていることを尋ねてみる。

私がこのままここに居れば
陛下が困るのではないか、と。


「は、はい。
―――あの

…でも、陛下
後宮の、仕切り直しって…」

「―――それは君が気にする必要はない
方法はいくらでもある」

「でもっ!
私がここに居ると
陛下がお困りになるのでは?」


黎翔は、首を振ると
その腕の中のけなげな愛おしい存在に
首を預けた。

「君を手放すことは、できない。
たとえ後世『君を不幸にした』と言われようと。

―――もう、迷わない」

「私を、不幸に?
逆じゃないですか!

わたしは、あなたと居られれば
それが一番の、幸せですよ?」

「―――!」

顔を見合わせ、二人は笑った。

夕鈴は黎翔の胸にコトンと顔を埋めるとそろそろと黎翔の背中に手を伸ばす。
その振る舞いに黎翔は満足げに安堵すると、長い腕で彼女を拘束した。
お互いの身体に回された手で二人は強く結ばれた。

震える頬に顔を寄せ

吸い寄せられるように優しい口づけを重ねながら
急に熱っぽさを増した黎翔は
ギシリと椅子を軋ませながら態勢を変え、彼女を寝椅子に押し倒し…




その途端。

「ギャーああっ!! 痛――っ!! ―――痛っ!!」

金切り声に近い夕鈴の大声が、部屋中に響き渡った。

「えっ?」

息を呑んだ黎翔の目が点になり、動きが固まる。


「へーかっ、へーかっ!!
痛いです、痛い、痛たたた!!!
ど、どいてください~~~っ!!」

夕鈴が顔をブンブンと左右に振り払い、大きな声を上げた。

ひねった足のことをすっかり忘れていた二人。

痛めて持ち上げていた夕鈴の足が椅子の肘掛けに引っ掛かり、
そこにのしかかった黎翔の重みが加わり、ギュッとひねる形になってしまっていた。

覆いかぶさる黎翔を突き飛ばすように腕で遠ざけたが、その体は頑丈で重たくて、押したところでびくともしない。身動きもとれず足の痛みに夕鈴は泣いた。

「───ゆ、夕鈴っ!?
ご、ごめんっ、大丈夫っ!?」

黎翔が思わず小犬になって諸手を上げ、オロオロと慌てた。

夕鈴が大声を上げたのをきっかけに、
ついにしびれを切らした浩大が登場。

音もなく部屋の隅に影が現れた。

「あのー、そろそろ、お二人さん?
お取込み中、シツレーしますね~」

「…!!!」

夕鈴はこの状況で、急に隠密が現れたものだから総毛立つほど驚き、慌てふためいた。

「あの~?
オイラのことは、気にしなくていーからねー。
思う存分、イチャついて、クダサイ」

ピッと何かが空を切り、
苦笑しながら浩大はヒョイとその物体を二本の指先で受け止めた。

小刀…。
黎翔が「チ…」と舌打ちをする。

「ほんと、おいらもジャマしたくなくってさ。
このまま続けて貰ってぜんぜん、構わないんだけど───。

でも、李順さんとお部屋の係りさんたちが、ね。
さっきのガッチャンガッチャン物音のあたりから、ずーっと控えてるんだけド。
突入して良かった?

『割れたモノは何か』って、隣でヤキモキしてるよ?

…あ、警備の奴らには、敵襲じゃないから、放っておけって言ってあるケド」

黎翔はむっとしながら体を起こし、
夕鈴を抱き上げ座り直すと慌てることなく答えた

「…李順を呼べ」
ムスッとした声は、地の底から響くように底冷えがする。

「ほーい!」
メゲナイ隠密はニカッと笑い、すぐさま返事をした


* * * * * * * *

いつも冷静な李順さんは般若のような顔をしていた。
爆発しそうに逆毛を立ていながら、かろうじて陛下に対して袖を合わせ臣下の礼をとっている。

陛下は背筋を伸ばし、真面目顔で対面していた。

「どうした、妃よ? くつろいでおれ」
と言われたけれど…

わたしはわたしで、そんな陛下の腕の中に閉じ込められ
それはそれは居心地の悪い思いをしていた。


あんのじょう、
李順さんには、壊した器の件で散々怒られた。


部屋に入ってきた瞬間、
破片を目にしへなへなと床に崩れ落ちた李順さんの様子が脳裏にフラッシュバックした。

「だいたい夕鈴殿!
あなたは今日、下町に帰ったんじゃなかったんですか?!
そのあなたが、どうして今頃こんなところに…
それも、わざわざこんな大切なものを壊して…」

李順さんは声は裏返っていた。
それから目頭を押さえてへたり込んだ。

大切なものだったんだ―――。
いったい、どれほどの価値なのか…
頭がガンガンした。

なんでも舶来のビィドロというもので、
隣国の友好のあかしとして、王から王へと送られた
それはそれは特別貴重な逸品だったらしい。

たしかに、割れた破片もキラキラと
いろんな色がついていて、綺麗だった。

「私、片づけますっ!!」と立ち上がろうとしたが、陛下の腕の中で身動きもとれず、

「破片は鋭くて、とても危ないから」と、両側から陛下と李順さんの二人に制された。

「うまく継げば、もしかしたら復元できるかもしれません―――!
慎重に一つ残らず、破片を回収させますっ!!」

泣きそうな顔で、李順さんの眉間には青筋がくっきりと浮かんでいる。

破片の全てが回収されるまで、別室でお待ちくださいといわれた

「それより、足は大丈夫だったのですか?」

「捻っただけだ。酷くはない。案ずるな」と陛下が答え、
李順さんがホウ、と胸をなでおろす

(あ?…李順さん。
いつもより優しい…?)

「私の管理する場所で、勝手に怪我されてはたまりません!!」
と、何故だからさらに怒られた。


李順さんがすぐにも片づけの人を呼ぼうとした時、
ふと、私の姿をジッと見つめた。

「…その姿、人に見られるのはマズイですね?」

私はこの場にそぐわない粗末な庶民の格好を見下ろす。

―――あ、そうだった。
バイト妃は終了したから、もうすべて返却してしまった。

でも、他に着るものはないし。私はモジモジするばかり。


「ならば、私は休む。
寝室へ行く」

と陛下はその腕に私を抱き上げたまま立ち上がったものだから
李順さんが見とがめジロリと視線を送った。

「もう寝るって?
いよいよ?」

浩大が茶化し、なぜかその直後鋭い風切り音が聞こえた気がした。

陛下はお構いなしで、振り向きもせずすたすたと寝室へと向かう。
その腕に抱かれた私は否応もなく…。

「夕鈴殿のその姿を誰かに見られるわけにはいきません
仕方がありませんね。
今日のところは、お静かにお休みください」と
背後から李順さんがの声が。

「それで良いのか?
李順、お前は」

「よいも悪いも…
―――そうされたいのでしょ?
止められるわけがありません」

盛大にため息をつきつつも、李順さんが折れた。

「後程こっそり妃衣裳を届けさせます」

「後でって、李順さん?
お取込み中だったら、しつれーじゃね?」

良く分からないけど?
陛下は急に一瞬だけ不機嫌になり、威圧的な雰囲気を漂わせた。

(その瞬間、ケラケラ笑う隠密の顔に何かがかすめた)

「…!」
(つうっと浮かぶ赤い頬の傷に
国王のホンキの暗黒面を垣間見た隠密は、口を噤み姿を消した。)



「───本当に、仕方がありませんね」

と李順さんにもう一度大きな声で言われた。

陛下は頷き
一瞬前とは打って変わったやさしいしぐさで私を撫でた。

私はただ真っ赤になって、二人の間で居心地が悪く
モジモジとするばかり。


陛下がクルリと李順さんの方に振り返り
涼しい顔でニッコリと

「あとは頼む。
李順
―――任せた」

李順さんは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


しばらくしてキッと顔を上げ

「それは…」
と何か言いたげに李順さんは口を開いたけれど。

続きは「…はぁ」と声なきため息に変わり、
それ以上、もう言葉にならなかった。

陛下に向けて

「われらが陛下の
仰せのままに」

とだけ返事をすると
深々と跪拝をとり、李順さんは壊れた破片回収の段取りに出て行った。


* * * * * * * *

寝室に二人で引きこもると
「あ、寝巻き…ボクのだから丈が長いけど、
一晩だけ、勘弁して使って?」
と、
私は陛下から着替えを渡され、衝立のかげの椅子に降ろされた。

どうしようかとためらっていたら、
「手伝って欲しいの?着替え」と手を掛けるふりをするものだから、
慌てて、ぎゅうぎゅうと押し返した。

それでもなんとなく拒めない雰囲気に圧倒され、静かに着替えた。

陛下の香りがする。
袖を通しながら、思わずその香りを胸一杯に吸い込んだ。
端折ろうかと試したが丈も身幅も大き過ぎて難しく、体に合わせるために四苦八苦する。
だらしなく見えはしないかしら、と不安がよぎる。

シュッシュッと絹の帯を滑らせ何とか腰で巻き止めた。

ひそ、と声がかかる

「着替え、済んだ?」
「あ、はい」

クスと陛下が笑い
「可愛い」と耳元に呟いた。

私は赤い顔を見られたくなくて、うつむいたまま小さな声で返事すると
陛下はおもむろに燭台を吹き消し、辺りは真っ暗になった。

ふわりと抱き上げられる。

「…!」
暗闇のなかで触れられ、緊張して思わず息を飲む。

「ごめん、静かに…」
陛下は私を寝台の中に収め、掛布で隠した。

隣の部屋に、人の入る気配がした。
片付けの人たち。

就寝中の陛下に遠慮しながらも、カチャカチャ、カタンと
かすかな物音や気配が伝わってくる。

「…君はここに居ないはずの人だから」

とヒソとささやき、
そのあとスルリと陛下の体が私の横に収まった。

私の胸がドクンと跳ね、やおら息苦しくなった。

「ダメです…、陛下がお休みになれません!
私は別のところで…」

と言おうとしたけれど、
「しっ、静かに!」と口をふさがれて言葉にならなかった。


隣の部屋の片づける物音が終わるまで息をひそめ、二人は無言だった。

ようやく、人の気配が消え、

「…行っちゃいましたか?」

「───そうだね。
もう誰もいない」

と暗闇の中から陛下の声が返ってくる。

とたんにドキドキと心臓が高まり、どうしよう、陛下にこの胸の音が聞こえるんじゃないかと心配になった。


だけど、陛下はそ知らぬふりでゆったり私を抱きしめたまま身動き一つしない。

「寒い───ね?」

耳元にふわっと陛下の吐息がかかる。
私はギュッと目をつぶり、そのくすぐったさに耐えた。

(陛下は、ずっと
 独りぼっちで
 寒かったんですね?)

おずおずと手を伸ばす。

「独りで、遠くにいかないで下さいね?
私はここにいますから」

「…うん」

「まだ。
寒い、ですか?」
と問う。

息を潜めて、陛下の答えを待つ

───私は、この人の
力になれるのか、と
自問自答しながら…。

「───夕鈴、あったかい」

と陛下は満足そうに私の手に頬を摺り寄せた。

「ずっと、ここにいて。
私のそばに」

私はその返答に
愛おしく温かいこの胸に
留まる許しを得る…。


───だから。
そのままずっと二人で身を寄せ合い、掛布にくるまり
抱きしめ合った。

私は陛下の大きな懐に抱かれる安堵感に包まれていて
頑丈な腕に囲われ、真っ暗闇の中、いつもの端正な陛下の美しい横顔を思い出していた。
その胸に顔をうずめながら、ドキドキ早鐘を打っていた動悸もいつしか、ゆるゆるとこの幸せに慣れて行った。

「捻った足、まだ痛い?」

「陛下の手当てのお陰で、ずいぶんと楽です」

「そう?
なら…いい」

ギュッと、また抱き締められる。




───陛下は、ただ優しくて。


私はぎこちなくも
愛を知る。


* * * * * * * *


私の体温が、陛下に伝わる。

あんなに冷えきっていた陛下に体温が戻り
それがまた、私に還ってくる。


二人
夢の螺旋を緩やかに下降し
沈殿しながら
解けた




「君と居れば。

こんなところでも、
あたたかいんだね」

陛下の声が降ってくる。




「───ずっと
ここに居てほしい」


私には私の居場所が与えられ
泣きたいほど、幸せだった。




かたくなだった心が
ほろほろと解け
いま、ようやく
素直な自分であることに、ほっとした。


陛下の息遣いと
穏やかな心臓の音を聴きながら

いつの間にかうとうとと夢が訪れ

そのはざまに、
また
小さなつぶやきが降ってきた。




「───夕鈴、

大好き」




行く手にどんな困難があろうとも
くじけることなく

私たち二人はきっと
幸福で満たされた
あたらしい朝を迎えるのだろう。




たぶん。






(続く)


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解(げ)12

【if】【ねつ造】【甘々】【幸せと、その犠牲】

11.5は例のごとく。―――甘い余韻。


* * * * * * * *
解(げ)12
* * * * * * * *

それは、想像以上に甘く…
幸せで、満たされるとき。


私は、肌で知る。

―――狼陛下に、愛されるということを。


* * * * * * * *

夢はやっぱり夢でなく
現実のもので

明け方、まだ暗いうちに目が醒めた。


講駕(せいが)の時を告げる声がかかり、
驚き飛び跳ねた私を抱きしめて、陛下はクックと笑いをかみ殺した。

陛下はもうすでに身支度を済ませており、ドキンとするほど凛々しかった。


「朝食のご用意ができました」と隣室から声がかかる。
陛下は私に気を使い「用意したら置いてゆけ」と人を払う。


寝間着を羽織ってみるけれどぶかぶかの陛下の寝間着はどう着付けてもしどけなく、用意された朝食を前にまともに合わせる顔がない。

「…捻った足の方は、どう?」
「昨晩よりは。随分と、楽です」

「そう、でも―――まだ歩いてはいけない」と
私を抱え上げ朝食の席に着くと、陛下は嬉しそうに雛に餌を与える親鳥のように私の口に食べ物を運んだ。

合間に、甘い口づけが降る。

「お、お食事中に…不作法ですよ?」
「作法もなにも―――二人きりではないか?」
「ふ、ふたり…きり」

…また、口づけ。
今度は、優しく、深まる―――。

「君の肌の甘さを、思い出すな」と指先でなぞられ―――首筋に残された刻印を、その時知る。

きっちりと着付けた陛下の清々しい襟の下に、昨晩のあの熱い肉体が隠されている…、と
生々しく思いだされて思わず血がのぼった。

「…妃よ、何を恥ずかしがっておる?」
と覗き込まれ、優しく頬に触れる掌の熱さえ、いままでとは何倍も濃密に感じてしまう自分が、なおさらに恥ずかしかった。


―――でも、陛下はずるい。
人に熱を灯して、自分は安全な線の外に立っている。


私の襟元を両手で丁寧に引き寄せ閉じると、
何一つ乱れた様子も見せず、すぐさまいつものお顔に戻った。


「――私は、早朝の謁見にゆく。
君にはあとで浩大をやるから。支度をして待っていて」

チュっと、軽い口づけを残す。

私を長椅子におろし座らせると、いつもと変わらぬ様子でさらさらと衣擦れを残し部屋を後にした。
陛下が行ってしまうと、私はどっと体中の力が抜けた―――。


私は行ってしまったあの人のことばかりを考えている。

幸せで。
幸せで―――

ペチ、と両頬を叩いてみる。

呆けてばかりもいられない。
―――さて、どうしたらよいのかしら?

まず、身支度をしなければ。

陛下のお部屋のお掃除に誰か来るのではないか、とビクビク人の気配をうかがう。
だが『そのままに』と陛下がお申しつけになったせいで今朝は誰一人部屋へ脚を踏み入れることはなかった。

陛下のお部屋をぐるりと見回す。
厳めしい歴代に伝わる調度の品々に囲まれているが、よそよそしく、部屋の主はそれらを顧みている様子もない。

続きの書斎には重厚な机や複雑な装飾を施された布張りの椅子。
硯や筆といった実務的な品々は、使い込まれこなれた雰囲気が伝わってくる。
―――お仕事、ちゃんとされてるんだ。と少しホッとした。

椅子に掛けられた陛下がくつろぐときに羽織っている部屋着が目に入る。
少しだらしなくそのままになっているのを見て、
…ああ、大丈夫。誰もこの部屋には入ってこない、とすこし安心した。


目の前の卓の上には、ちゃんと妃の衣裳が届けられていて、包みに焚き染められた薫香からすぐにそれと分かった。
荷を受け取ると、この部屋の中央で着替えるのはどうしても気後れし、
足を引きずりながら奥の寝室に戻り身支度をすることにした。


もう二度と袖を通すことがないと思っていた妃衣装を広げ、身に着ける。

手際よく髪を結い、簪をさす。
鏡の中に、いつもの妃姿がよみがえるが、何か物足りない。

「…お花を摘まないと…」

これからどうしよう、と思いながら立ち尽くしていたら、背後から声が聞こえた。

「オハヨー、お妃ちゃん!
お迎えだよー」

「浩大っ!?」
浩大は侍官の服装をしていた。

「とりあえず、後宮に戻ろう、か?
あのー、一応。陛下のお許しは戴いてるってゆーか。命令なんで」
と浩大は私を抱きかかえると、部屋の外に連れ出し、控えていた宦官の輿に乗せた。

「―――あ、あ、あ、歩けるからっ!
ちょっとひねっただけ、大丈夫!!」

「まあ、そう言うなて。
妃然として、おっとり構えておれ!」
浩大の後ろから、ひょっこり老子が顔を出す。

(やだ、きっとからかわれる…)と思ったけれど、
老子は思いのほか真面目な顔をしていて何も言わず、恭しく輿の先導を果たしてくれた。

昨晩、後宮を去るつもりでこっそり抜け出た私にとって舞い戻るのは少々バツが悪かったのだけれど、大仰な輿での移動でそんなどころではなく、また老子がいてくれたおかげでなんとなく丸く収まった。

後宮に戻った私の顔をみて、いつもの侍女さんがホッとした様子を見せた。

最初何もかも片付けられた部屋の様子に異変を感じ青ざめていた侍女さんだったが
老子のさりげない引き渡しに「陛下のお部屋でお過ごしになったんですね。御寵愛深くなによりです」とうなづき、今度は顔を赤らめて嬉しそうにニコニコと笑った。

ところが今度は私が足を怪我していることに気が付いて、大騒ぎになった。

「まあ!?足をお痛めにっ!? それは大変っ!!」

「もう一度わしが見るから大丈夫じゃ」と、老子が持参した薬箱を広げ診てくれた。
昨晩より腫れも引き、痛みも薄らいでいた。

「酷くなくてよかったのう」と老子が包帯を巻き直してくれた。
「ちょっと踏み違えただけですっ! みんな、大げさですっ…」

そんないつものようなやり取りを、侍女さんたちはニコニコと見守り続けた。

老子は「―――また、話は改めて、のう?」と
その時だけ意味ありげにニヤリと笑うと、薬箱を下げて後宮管理人室へと戻って行った。


女官さんが花かごを持って現れる。

「お妃様、摘みたてのお花がこれに…。お髪に飾りましょう?」と
つゆを含み艶やかな赤い花弁の花を手に見せてくれた。

「きれいですね…。それに、良い香り」

後宮に使える女官さんも、侍女さんも。
みなさん、いつも優しくて。

いつものようにいそいそと、身支度を手伝ってくれる様子が有難かった。
もう一度、会えてうれしかった。



妃支度を済ませると、私はあと一つ。
やり残したことをしなければならない。

* * * * * * * *

「いけません!
お妃様。
無茶して歩いたら、おみ足が…」

とめる言葉も聞かず、私は歩き始める。
止められずにそわそわと後ろを付き従う女官と侍女さんには申し訳ないけれども。

ところが、後宮から王宮に向かう回廊に出た途端、見つかってしまった。

「何をしているんだ、君は!」

陛下は足早に私の方へと近づき、さらうように抱き上げた。

「無茶をするな、とあれほど!」
至近距離で顔を覗き込む狼の眼は、これまで見たこともない色を帯びていて

―――思わず胸が熱くなる。

「心配して来てみれば。
君は相変わらず、大人しくはしていてくれないのだな
それほどに、私に会いたかったのか?愛しき妃よ」
と、クックと笑った。

陛下って、こんな風に笑った…? 思わず見とれてしまうほど魅力的な陛下の笑顔にドクンと胸が高鳴る。
目のやり場に困り、思わず目を伏せた。

「も、申し訳ございません」
どうして私の方が赤面してしまうんだろう。謝りながら、自問自答する。

そんな私の髪に触れ、頬をなでる陛下。
穏やかに、でも少し責めるような口調で囁く。

「―――それで、足を痛めているわが妃が
何故このような場所に?」

「政務室にまいります」
私はきっぱりと申し上げた。


陛下の声が低く、固くなった。

「―――なぜ?」

「方淵殿、水月殿―――謝らなくては。」

「謝る?」

「噂では、大勢の方が…わ、私の…あの。
み、み、身柄を引き取る、とお申し出くださったと、その…」

「その必要は、ない―――今は」
急激に陛下の機嫌は悪化した。

…怒って、いる。

「でも。早く、直接、謝りたいんです。
それにっ、石の件で。
方淵殿にはお礼も言いたいですし…
せめて、会釈なりと―――誠意だけでも」

「…その必要はない」

「いえ、お願いです」

* * * * * * * *

私があまりにも強情に言い張るので、半ば折れる形で仕方なく

「君の気が済むというのなら、顔を出すだけ、許す。
だが、誰と会おうと一切、言葉は交わすな」と約束をさせられた。

陛下は私を抱いて王宮の方へと歩いていった。


王宮で、会いたくなかった人と、すれ違う。

柳大臣―――。


ジロと、足にまかれた包帯を見つめると、柳大臣は丁寧に臣下の礼をとりながらも、厳しい一言を発した。

「おやこれは。相変わらずお荷物でございますな」

陛下の腕に抱えられた私へはっきりと非難を口にする。

「未だこのようなところでお目にかかるとは。
僭越ながら、陛下には国のため、王宮の秩序を保ち優先されることがおありかと。
いつまでもこのように些末なことで陛下のお手を煩わせずとも、なんなりと我ら臣下がお引き受け申し上げましょうぞ。
―――さて、先だってのわが愚息の願い、いつお聞き届けいただけますやら?」

「…」

陛下の腕の中で私は一言も口をきけず、唇を噛みしめた。

陛下はジロリと柳大臣を見下し、しかし柳大臣はそれにひるむ様子もなかった。

「…わたし―――は

陛下のお荷物でいたい とは思いません!」

思わず口をついて言葉が出てしまった。


「…夕鈴、止せっ!!」

陛下は私を振り返り、私の言葉を押しとどめようと、その手を口許へと…
しかし私の方が早かった。

「私の存在が王宮の秩序が乱す、とおっしゃるのでしたら―――
わたしは潔くこの場を去りとう存じます…!!」



だって、
それが、陛下にとって、一番。

ここには、何もない。
魔窟だと

こんなにつらい場所で生きていくには、
犠牲がつきものだ、とも。


だから、私は私の幸せと引換に
生贄に、なろう 


陛下が国王として、最善であるように。

妃に溺れる愚王だなんて、
狼陛下は、そんなかっこ悪い王様じゃないんですからね―――!!?


偽の妃が、本物になったって。
あの方のためには、ならない。


狼陛下は演技じゃなくて、
私の思いは実った。

―――それだけでも、奇跡で!


嘘の世界で、本当を貫くのは
とっても辛いことだって、私にでもよくわかる。


本当でいるのは、とってもつらいこと。



冷静にして聡明な陛下
あの方は、ご自身を大切にされない

私を庇って
いやなことを私には見せずに全部引き受けて
人知れず傷ついているあの方のやさしさを知っている

だから
今度は私があの方のお役に立つ番、よね?



あとはただ
自分の幸せよりも
あの方のお役にたてることを

―――強く願った




「長い間、お世話になりました―――
陛下の御代に栄あらんことを、心よりお祈り申し上げております。」


私の口から発せられたその言葉を聞くと
柳大臣は満足げに満面の笑身を浮かべ、深々と礼をしたのであった。


(つづく)




解(げ)13

【if】【ねつ造】【別れ】
ねつ造満点です。

* * * * * * * *
解(げ)13
* * * * * * * *

「―――夕鈴殿、らしいですね」

李順は大仰に、ため息をまた一つ。

「ああ」

「ここに至っては
もう曖昧にはできませんよ?
どうされるおつもりですか、陛下!?」

いらいらとした様子で、李順の語気が荒立つ。

「…」

黎翔は、ク、と笑った。

李順は、思いもよらないことを目の当たりにし、
不可解な表情を浮かべて立ち上がった

「…!? 陛下?」

「いや。
―――まこと、彼女らしい筋の通し方だ」


彼女はいつもまっすぐで、頑固で…。

駆け引きも、損得も、抜きにして
―――痛快に、意思を通しきる。


「はあ?」

「いや。私の妃は、―――いいだろう?」

いまや、ハハハ…と大声で黎翔は笑いだした。

ギョっとしたのは李順。

「陛下、お気は確かですか?
―――、理解に苦しみます…」

李順は不可解な表情を浮かべ、冷や汗が噴きだした額を軽く手布で押さえた。

笑いがひとしきり収まると、とたんに黎翔は冷酷な表情を浮かべる。

「…だが、ならば。
私は私なりのやり方で、
―――筋を通させてもらうとする」

黎翔は一転して狼のまなざしで、王宮のはるか遠くを見つめた。


* * * * * * * *

一週間。

夕鈴は、上司である李順より
後宮の自室より一歩も出てはならぬと言い渡された。

部屋を出てはいけないこと以外、何も課せられたことはなく
部屋を出なくても何の不自由もなかった

そして夜になると、きまって黎翔が訪れた。


(―――陛下は、あのことについては
何一つ私におっしゃらなかった)

夕鈴は何も言われない不自然さに、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。


『なぜ、あの場で。よりによってあの男(柳大臣)に、
自分から身を引くようなことを言ったのだ』と
きっと責められ怒られると覚悟していた夕鈴は、肩透かしをくらった。



黎翔も李順も、誰一人として話題にすることはなく
後宮の部屋で夕鈴は今まで通りに暮らし
黎翔は何事もなかったかのように足しげく毎晩、後宮の夕鈴のもとを訪れた。


変わったことといえば、
二人は結ばれ、黎翔がそれまで以上に甘く、優しく、朝までともに過ごす、ということだけ。


夕鈴自身、
自分の口から「ここを去る」と発言したことに悔いはなかったが
実のところ未練は十分あったので

こうして毎日、まるで幸せな新婚夫婦さながらに黎翔と二人きりで過ごしているうちに、
『もしかして、何もなかったかのように
私はこのまま、ここにいられるのかも』―――と
淡い期待も抱いてしまうのだった。


* * * * * * * *

ところが一週間が夢のように過ぎ去ったある日
突然「今日の午後、馬車が参ります。御仕度を」と李順から通達が下る。


「…どちらへ?」

「それは、いずれ分かること。
どちらにせよ、貴女に選択肢はありません」
と言われ、夕鈴は目を伏せた



ついに覚悟していた時が来てしまったのだ。


「…わかりました。支度をします」

夕鈴は、懐の中に入れていた“それ”をそっと取り出すと、左の手で握り締めた。

…ああ、やっぱり。
 来て、しまったんだ。

と、夕鈴は、ぼんやりと遠くを眺め、小さなため息をついた。


「必要なものは、行く先で用意されておりましょう。
荷物は小さくまとめなさい。
ただ、二度とこの部屋へ戻ることはないでしょう」

「―――はい」

(といっても。
全部王宮からのレンタル品ばっかりで、そんなに荷物もないし?
この間、身の回りはほとんど片付けたばかりだし…)
夕鈴はふふ、と小さく頬を緩めた。

ところが、側で控えていた年長の女官が、ブルブル震えながら、声を上げた。

「!! …僭越ながら、李順様、
少々、お待ちくださいっ! 
そんな急に…!? 何かのお間違いでは?
陛下っ、国王陛下は、このことをご存じなのですかっ?!
ここ一週間、毎日あれほど足しげく通われ、
今朝も、つい先ほどまで…!!

いまなお御寵愛ゆるぎなき夕鈴様を…
まさかあのお方が、夕鈴様を手放されるなど…!?
間違いに決まっておりましょう!」

側付きの女官は声を荒げ、抗議した。

「…」李順は、軽くため息をつくと

「―――その、国王陛下直々のお達しにて」
と告げる。


唯一の妃はそれを受け入れ、小さくうなづく。


側付きの女たちは呆然と一斉にその場に泣き崩れたという。


* * * * * * * *

一週間、甘い蜜月を過ごした夕鈴にとって、
それは冷水を浴びせられるような寒々しい別れだった。


見送りは、夕鈴の身の回りを世話した5人の女たちだけだった。

荷物を作る間も始終むせび泣きしていたお付の女たちは、みな一様に、腫れぼったい目をしていた。


(陛下は…ご政務中のお時間。
いらっしゃるわけ、ない、わよね。
―――にしても、
李順さんも。浩大も、顔出さないなんて―――)

夕鈴は、手の中の“それ”をまた無意識に握り締めていた。


「見送りが私たちだけだなんて…!」
「お妃さま、おかわいそうに」
女たちは泣きはらした顔で、渡殿の隅で妃を迎える使者を待った。


裏の門に現れた迎えの馬車は、古めかしい貴族のそれだった。

人形のように無表情な御者が、暗い顔で馬を操り、砂煙をまき散らし渡殿の前へ馬車を止めた。
無口な御者は、待機していた女たちの方へジロリ、と視線を向けた。

馬車はうらぶれた風情ただようもので、黒く塗られた四角い客車の塗装はあちこち剥げていた。
目を凝らしてよく見れば細かい細工が施され非常に格調高い造りと思われるものの、古びすすけた箱型客室車にクタビレきった二頭のやせ馬が繋がれた様子は、まるで棺を運ぶ馬車のようにもみえた。

馬車の後ろに取り付いていた不細工な顔の下男が、飛び降りてきた。
青黒い不思議な顔色は死人のように生気がない。

夕鈴の迎えに寄越されたは、御者と下男の二人っきり。

二人とも黒っぽい服装をしている。
もとは良い生地で仕立てられたものだろうに、着古された一張羅のそれは擦り切れた粗末なボロのようにしかみえない。


夕鈴をこれまで世話してきた女たちは、
使いの者らの様子を見て愕然とした表情でヒソヒソと互いに不満を口にし始めた。


「支度は最低限でよい、あとはあちらに用意しているから、とのお達しでしたから、
さぞ立派なお仕度で迎えらえるとばかり思っておりましたが…。
これはいったい…!?」
年長の女官が、静かな怒りを口にした。

「なんと陰気な…!!
きっと、どこぞの貧乏な家に遣わされるに違いありません。
あれほど御寵愛された夕鈴様に、なんて酷いお仕打ちを…!!」
よよよ、と泣き崩れるのは若い女官。

「そうですよ!
聞けば今を時めく氾家、柳家が夕鈴様を争ったというお話でしたのに。
ああ、もし格式高く雅な氾家であれば、
このように粗末な扱いはされませんでしたでしょうに…!」
夕鈴の髪を毎日結い上げていた器用な女官が、小さな声で不満げに述べた。

「あるいは権力を二分する柳家であれば、
質実剛健とはいえ陛下からの唯一の妃の下賜、決して粗末な扱いはなさらぬはず!」
泣いていた若い女官がコクコクとうなづきながら同意する。

「氾・柳にあらずとも、他国の王家、名のある諸侯、国内の大貴族が次々と
夕鈴様を賜りたいと名乗り出たと、私は伺いましたよ?
なのに―――このお迎えの馬車の有様では…。
裕福な財閥家とは到底思えません。
夕鈴さまは、なんという家に追いやられておしまいになるのでしょうか…」
裏事情の情報交換に長けている年長の女官は、そういうとがっくりと肩を落とした。

「きっと、貧乏で苦労されるに違いありません!!」
悲しそうに、侍女が泣きだした。


「我々が大切にお守りした夕鈴様を、いったいどうされるおつもりなのでしょう!」
と腹に据えかねた年長の女官は、キッと顔を上げると、使者に向かって食ってかかった。

「失礼ですが、お付きの女性は?」

「おらぬ」

下男が、ぞんざいに答える。

「仮にも、このお方は、狼陛下唯一のお妃様、でございますよ?
そのようなお方のお世話を、お前ごときができましょうか?」

「いや」

「では、お世話はどうされるおつもりです!?」

「知らぬ
我々はお連れするのみにて。
…どれ、お連れするお方は?」

女官らが押しとどめる間もなく、
夕鈴は「私です」と名乗り、つかつかと前に出た。

「夕鈴様!?」
と引き留める手をやんわりと押し戻すと、夕鈴はにっこりと笑った。

「―――なんと、おいたわしや」
と侍女がますます涙をこぼした。

下男は、夕鈴の荷物を受け取ると、無愛想に馬車へ案内した。


別れに際し、女たちは袖を目に当てて、ますますシクシクと声高に伏し泣いた。

「みなさん、元気をだして。
わたしは、ぜんぜん平気ですよ?!

それに、私の嫁ぎ先が裕福だろうと、貧乏だろうと、
みなさんが気にされることは、なーんにも、ありません!

いままで、こんな私に、本当によくしていただきありがとうございました。
お世話になりました。―――どうか、お元気で」

と気丈に頭をさげる元妃に、女たちはもう顔を上げることもできず、ただただ涙をこぼした。

* * * * * * * *

夕鈴は思い出していた。

―――今日の朝。

いつものように口づけをかわし、
「では、愛する私の妃よ、行ってくる」と別れた。

そのとき「ああ、妃よ。これを持っていて」と何気なく渡されたのは、あの、ヒスイ色の小石。

池のほとりで私が拾って、手放して
方淵が拾って、陛下が手にした―――ただの小石。

そして、その石は、また私の手の中に。

この石を私に手渡すと、もう一度私をギュッとだきしめ、口づけをし。
額と額をよせ、陛下はにっこり、晴れ晴れ笑った。

「なにもかも、
君の言う通り―――。

だから
私も思い通りにすることに、した」
と、
あのとき陛下はおっしゃった。


「え?」
私は陛下の真意がさっぱり分からず、問い返した。

「君は『つまらぬものでも相応しき者の手の中にあれば真価を発揮する』といった。
ならば私は、その価値を万人に知らしめる」

「―――は、い?」

やっぱり、全然分からなかった。

「だから、時間をくれ」

「…?」


あの笑顔は、なんだったのかしら…。


確かに「相応しき者の手の中にありて、真価を発揮する」とは
私が口から出まかせに出た言葉だったけれども。


この石を持って行け、というのは?
時間をくれ、とは?


陛下を信じていろ、ということ?―――


―――分からない。

演技が上手なあの人のこと。
最後まで、私を悲しませないように、と、精一杯の演技をしてくれたつもり、なのだろうか―――。


こんなときでさえも、
やっぱり私は
陛下を憎むことも、嫌いになることもできない。


* * * * * * * *

不愛想な御者が一声「ハッ」と小さく掛け声をかけ鞭を振るうと、馬車はガタピシと音を立てながら動き始めた。
棺桶のような客車の小さな窓から夕鈴は手を小さく振った。

砂煙をあげながら門を出てゆく馬車を見送る女たちは、元・妃への最大級の敬意を表し、土間に頭を擦り付け、涙で見送った。


(続く)




解(げ)14

【if】【ねつ造】【甘】
とくに周家の設定は何から何までねつ造満点です。


* * * * * * * *
解(げ)14
* * * * * * * *


周家は古(いにしえ)に王家より分かれし貴い血筋で、先読み、星読みの才の際立つ能力者が代々出現した。

王家に連なる周家の能力者は祭事神事を執り行い、王家の未来を占い、繁栄と安寧を祈った。
神官職を継ぐのは女系の巫女で、周家の役割は王家を盛り立て支え、万が一の際には古き王家の血筋を補完する役割も担っていた。

周康蓮はそんな周家の現当主でもあり、若くして老獪かつ先を見通した政策の手腕は「さすが先読みの血筋よ」と畏敬の念とともに誰からも一目を置かれていた。

* * * * * * * *

冷静沈着な周康蓮宰相が己から手を挙げ女性を求めた、という噂が市井に流れた。

それも、狼陛下の唯一の妃を。

―――狼陛下の唯一の妃といえば、あの絶世の美女、であろう?
すわ、さほど好い女か?
狼陛下を手玉に取ったという、美女であろう
ならばなるほど、うなずける。
ついにあのカタブツの、周康蓮までがよろめいたか、と。

政治など何も分からぬ国民の間にはびこる、根も葉もないうわさ…
すなわち「女好きの王」「国を傾ける悪女」の話は再び蒸し返され、国中の至る所で
「狼陛下の唯一の花は、ついに宰相までたぶらかした」という流言を誰もが面白おかしく論じ広めた。


過去、二千人の美女が埋め尽くしたといわれる後宮の花園も、
今や唯一輪の花が咲くのみ。

長い王宮の歴史・前例をことごとく破り、うわ言のように「ただ一人でよい」と、君主自らに言わしめた妃。

あの恐ろしくも明晰なる王、冷酷非情の狼陛下ですら誑かされたのだから
いったいどれほどの傾国の美女か慮(おもんぱか)ることができよう。

ああ、そんないい女なら、一目でいいから見てみたいものだ

何を言う? お前は命が惜しくないのか。あれは沈魚落雁*の美女
*(ちんぎょらくがん:絶世の美女の形容、あまりの美しさに魚は恥じて沈み隠れ、雁は見とれて落ちるという)

悪女の虜になったが最後、恋焦がれ、求め、さまよい、最後は廃人となり非業の最期を遂げる―――そんな男はもう百人を下らない、と
まことしやかな流言も飛び交う始末。

ウワサは噂を呼び、
各国の密使は国元にそのような情報を速やかに伝え、
それを伝え聞いた者たちは誰もがその妃を手に入れたいと願望したという。

いや、いくらなんでも。
狼陛下がそれほどの掌中の珠を、下賜するわけがなかろう…


周康蓮といえば色恋にとんと疎い朴念仁。
いまさら何をとち狂って、届かぬ高嶺の花に手を伸ばすか―――。
宰相といえどこの世に叶わぬものはあるのだなぁ、良い気味だ


国のあちこちで、毎日毎晩「白陽国の傾国の悪女」のうわさで持ちきりだった。



大方の予想に反し、周はすんなりと妃を陛下から賜った。

まさか、本当に手に入れるとは―――
よほど裏から手を回したに違いない。
さすが、宰相殿。
根回しの良いことよ、と、

* * * * * * * *

―――噂はさておき

実際のところ
朴念仁の周康蓮はそれほどの女を、一度も手元に置くことなく、
なんと、王宮から引き取るなり星離宮へと送ったのだった。


星離宮といえば、王家の神事をつかさどる巫女のおわす聖なる宮で
男は王族とその伴人、限られた者にしか立ち入ることを許されない。

当の周康蓮は、一向に宮に赴くそぶりも見せず、ただひたすら王宮で政務に励む。

寵妃を手放し臣下に下賜するといえば、通常平たく言えば愛人の下げ渡しだ。
ところが、周は手を触れる様子もない。
となると、何のために周は所望したのか───?



周康蓮は陛下より引き取った娘を養女とし、俗世から切り離し大切に匿った。

今や娘は星離宮で、静かに巫女らの語る星の深遠に耳を傾け国の伝統を学んだ。

そして王は時折ひっそりとその地を訪れる。


* * * * * * * *

「―――陛下。また、来ちゃったんですか?」

二人は丘の上を目指して、草をかきわけ上り坂を歩いた。

「夏の星座も、やはり見ておくべきかと」
夕鈴の足元を気にして、以前よりもゆっくりと登る。

突然現れた国王は、夜も灯火の元で熱心に勉強をしていた夕鈴を誘いだし、星降る丘を目指した。

夕鈴はハァハァと息を上げながら、腕を引かれて付いてゆくのに精いっぱい。

「抱きあげては、ダメか?」
見かねて黎翔が尋ねる。

「ダメです! 自分の足で歩きますっ!」


「王宮の近くでも…星は見られるでしょうに
李順さんなら、そうおっしゃるはずです」

以前の上司の様子を想像し、そしてちょっぴり遠慮がちに、一応そんなことも言ってみる。


「! 李順と星をみて、何が楽しいと思う?!」

「―――挑戦、されたんですか?」

「まさか!
…川と鳥の観察だけで、十分だ」
黎翔は急に踏みとどまり、真面目顔でつぶやいた。

夕鈴はつんのめって、黎翔の背中に鼻をぶつけた。

危ない、と黎翔は背中の彼女に腕を回してぐるりとたぐりよせ、
黎翔は両肩を引き寄せると「大丈夫か?」と小さく聞いた。
「あ、はい」と答えた夕鈴の顔を暗闇の中で探るように近づけ、額と額をぴったりと合わせて答えた。

目が点になるほどじっと見つめあう。

「川と、鳥は挑戦されたんですね…?」

それを聞いて苦々しげに横を向いた黎翔の様子に夕鈴はプッと噴出した。

「…それは、いかにも、残念そう、です」

夕鈴はくったくなく笑った。



「あと少しだ! ―――ほら
足元に気を付けて」

黎翔はまた、ぐい、と夕鈴の手を引っ張った。

「陛下…! そんなに見たかったんですか?」

「―――君がまた…春の空も、夏の空も、秋の空も、冬の空も。
いろいろな星空を二人で一緒に見たい、と言った。
だから、私もそうしたいと、ずっと…楽しみに、していた―――」

何気なく言ったつもりだったけど、
ちゃんと陛下は覚えていてくださったんだ、と夕鈴はちょっぴり嬉しかった。

「嬉しいです」

夕鈴がきゅっと、手を握る。
黎翔はその手をさらにぎゅっと握り返した。

「…ああ、ほら。着いた」

黎翔が最後の段差までくると両手で夕鈴を抱え、ひょいと持ち挙げる。
夕鈴は月明かりのほのかな光をあびて輝く黎翔の横顔に見とれた。

丘のてっぺんの、平らな草地にたどり着き、夕鈴は大きく息を吸った。


「ご覧。―――今夜は、明るい」

黎翔が手をほどき、遠い空を指さした。

夕鈴も一歩前踏み出した。
そして両手を大きく広げて空を仰ぐ。

「わぁ…!きれい
雲一つなくて。キラキラ輝く空の中に立ってるみたいです」

「…夕鈴?」

「はい?」

「君の方が、きれいだ」

「…!」
夕鈴は真っ赤になって一瞬息を飲んだ。

「―――んも、っもうっ!陛下ったらっ!
今そんなこと言ってないで、星を見てくださいっ!」

するりと逃げようとする彼女を黎翔は背中からぎゅっと抱きしめて

「君は、きれいだ
夕鈴。

今だから―――言うんだ」

と、後ろから耳元に、そっと囁いた。

「ここは王宮ではない。
嘘を言う必要はない、だろう?」

「それを言うのなら
陛下のが、きれいですっ!!」

「私が、きれい―――?」
「陛下は、すっごい美人です!!」
夕鈴が断言する。
「…うらやましいです」

ちょっとテンションの落ちた夕鈴。
何を言い出すか分からないし、
自分で言ったことにさえ一喜一憂する様は見ていて飽きない。

「…そうか?
では、褒め言葉への礼だ…」

黎翔は、夕鈴に優しく口づける。

クチンと小さなくしゃみ。

「…寒くは、ないか?」

「いえ、すみませんっ
鼻がちょっとムズムズしただけです…!
陛下がこうして、いてくだされば。
寒くなんかありませんよ」

遠慮して一歩離れる夕鈴を、追いかけて黎翔は引き留める。

「私は―――寒いな、少し」

夕鈴は鼻にしわを寄せて何かを考えた様子。
そして、慎重に黎翔に問う。
「では。
陛下を…、ぎゅってしても、いいですか?」

星明りに照らされた夕鈴は、あいかわらず
真っ赤になって、なんだか複雑な、面白い顔をしている。

両手を差し出し、待機をしている姿がなんとも可愛らしい。

「―――許す」

黎翔は差し出された二本の細い腕を引き寄せ、懐にその温かいぬくもりを抱きしめた。
背中に腕がのびて、きゅっと締まる。

「夕鈴。
―――ありがとう

礼を、もう一度してもよいか?」

チュッと小さな音とともに口づけが降る
すると、夕鈴は律儀に
「で、ではっ! 
せっ、僭越ながら私からもっ
お、お礼のお返しですっ!!」
と言うなり、夕鈴は最大限の勇気を振り絞った。

つま先立ちになり黎翔の首に両手を回しかけて、唇を突き出し、えいっとばかりに返礼を。

そのぶっきらぼうな口づけに、黎翔はクスリと笑いながらも
夕鈴から差し出された唇が嬉しくて

「嬉しいな―――。
では、優しい兎に。もう一度お返しだ」と
今度は狼が深い口づけを返した。

唇が離れて、目と目があった瞬間。
照れた夕鈴は、バタバタと挙動不審気味に袖を振りながら振り返る。


「さっ。
へ、陛下っ!
約束の星をみましょうよ!」


* * * * * * * *


王家の所有する広大な領地の中にある星降る丘で、
肩を並べた二つの影をみることができたのは天空にきらめく星々のみ。

以前に比べふくよかになった娘のその腹部に宿る小さな命については、決して公にされることはなかった。


世間から隔絶した星離宮の清らかな環境で娘は静かに過ごし、
―――時を迎える。


(続)


*

解(げ)15【完】

【if】【ねつ造】【最終回】
最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
エピローグ。

* * * * * * * *
解(げ)15
* * * * * * * *


あれから一年余。


王は新たな妃を娶るをことを頑として受け入れず
後宮の門は一度として開かれることはなかった。


かつて狼陛下の後宮に咲いた一輪の花があったことなど、誰もが忘れ果てて久しい頃。


枯れはて色あせた後宮に、大ニュースが降って湧いた。


周康蓮の後見で新たに正妃が推挙されたという。



現宰相という肩書き、周家という正当なる家格から推挙された正妃では、他家がクチバシを差し挟む隙もない。

ましてや、これまで数多の大臣、高官、他国から再三再四の妃推挙をことごとく踏み倒し薙ぎ払った恐王。
その珀黎翔がついに年貢の納め時を知り、妃推挙を受け入れた、というのであるから。

重鎮はじめ王宮の者どもは一抹の安堵とともに渋々ながらも認めざるを得なかった。




そして、立妃式のその晴れがましい場で皆は知る。



王は、最愛なる一輪の花を正当なる妃として再び手にし、
今一つ、公子をも手に入れた、―――と。





* * * * * * * *
エピローグ
* * * * * * * *


思い出の庭の池の傍に夕鈴は片手に小さな石を握っていた。

もう片方の腕には、光り輝く太陽のような赤子。
夕鈴の両肩を抱くように二人を包み込む大きな存在とともに。


礼装の三人は眩しくあでやかで
降り立った池の傍で佇む様子は、この世のものとは思えなかった。



正妃の手に国王は自身の大きな手を重ね、
寄り添い、その小さな小石を池の傍の玉砂利の中に置いた。


「戻りました」


「―――お帰り」



無垢な赤子が、
ほんわりと笑った。


二人はしばし息をひそめてその愛しい存在を見つめ、
おもむろに微笑を交わした。



無数の石に紛れ一生を終えようと
ともに在り、君は輝く

我、世に知らしむ。

正妃、夕鈴
愛しき、人。











あとがき 解(げ)=屑鉄メモ=

あとがき、制作メモ───というようなシロモノでもなく

以下は、たんなる蛇足なのです。

ぜんぜん読んでいただくようなものではないですが。
自分なりの今の心境とか、雑学とか、屑鉄メモ


つぶやきというには冗長。
だらだらなんとなく書いた
無邪気・無益・無意味な雑文ですので

お気軽にスルーしてくださいませ




* * * * * * * * * *
解(げ)の長い長い蛇足。
* * * * * * * * * *


ほんとは10で終わるつもりだったのに…

「次回、エピローグ」と入れた10書いていた時には
実はラスト14、15にあたる「エピローグ」の部分
ほぼそのまま書きあげておりました。


でも、そのまま終わるのを”陛下”が善しとせず、
お妃様の「やり直しを要求」?…じゃなくて「ここは、すべし」と陛下がおっしゃるので
お二人のラブラブに私は付き合わされて書かされてしまった…。

そうして11、(.5)、12、13と書き進むうちに自然と二人の関係性が深まってゆきましたの。

星離宮のエピソードも陛下が夕鈴を連れ出して行っちゃった感じで、
出来上がっていたラストに自然と後からパートを挿入することになったりしましたけど

そのような感じで
登場人物が動く通りに筆(キーボード)が滑るので
なぜか知らぬうちにがけっぷちが来ている。
ここに至って―――書いてる本人も愕然とするわけです。


ああ、なぜ柳大臣と遭遇してしまう?
ああ、なぜ夕鈴は喧嘩買ってしまう?

と頭を抱えて


後半、書きながらハラハラ
「次は、どうなっちゃうんの?」と読者目線で
ストーリーを追っかけるのに必死だったんです。実は。

先に書き終わっていたので、ラストは(もちろん)知ってましたけど
途中の経緯は、自然に(あるべき)話が出てきた感じです。

知らなかったあんなこと、こんなこと。
・10書いてる最中は公子が生まれるとは露程も知らずラストで生まれてるので驚きました。
・周家があんな棺桶運ぶような馬車でお迎えにくるとかびっくりでした。古いお家なんですね。
・夕鈴付きの宮女さんたちがお見送りであんなに悲しい思いをしてたとは知りませんでした。

もやもやした想いがいっぱいいっぱいあふれて
いろいろな方向から興味が湧いて読んだり見たり調べたり今までの記憶の断片を掘り起こしたり。
四六時中(通常の生活をしていても)自動的に頭の一部分がそれに占有されていてクルクル動き続け
「萌」エネルギーが充填されると

大きなモワモワした繭から、すーっと糸が引かれて、
自然とそのまま紡がれ出てくるような感じで

伏線も、何もかも上手に配置されて
ピタリとはまって、終わる───

(紡いでる本人はその瞬間、どういうお話になるのか分からない
けど、ちゃーんとお話が良い塩梅で配置されてる)

そんな風に書けることがあります。



今回はそういう作品だった、ですね。


ようやく
冬眠から眼が醒めた感じがします

(また冬眠にはいったら、ごめんなさい)





蛇足メモ

『狼陛下の花嫁』という作品は「中華ファンタジー」であり、中国の文化歴史を云々しても的外れかもしれません。

でもまあ、今回の話の落としどころのための、背景、としたあたりを少しだけ蛇足でメモしておきます。
(私の勝手な解釈や勘違いも大いに含まれるかもしれませんが)

* * *
宮女

お妃さまは、身分家柄の高い人…と、なんとなく思い込んでいましたけれど、昔の中国では広く庶民からも美女を登用していたそうです。舞が上手な楊貴妃はじつは庶民の出だったらしいという話もありますし、西太后は中堅官僚の娘。

昔の中国では『宮女狩り』といって新たな皇帝が立つと後宮を準備するために各地に宦官を派遣し、妙齢の美女を集めたとか。
(これは中国のお話なので、あえて、皇帝、という言葉を使いますね。
『狼陛下~』では皇帝という言葉を使わないので、
やっぱりバックグラウンドを中国とは特定したくないんだろうな、と思います。
あくまで、中華(風)ファンタジー、のスタンス。はい。)

古く『宮女狩り』では、嫌がる美女をまるで強盗まがいにさらう逸話など、いろいろなお話で見かけたりします。

その後もう少しお上品(?)なシステムとしてできた『秀女選抜』『選秀女』。

これは全国的な官吏登用制度で、応募してきた女性を姿や器量、手芸などの技能など選抜し、合格者を宮女として採用する方法。応募、といいつつ、ある一定の身分の女性は強制だったりする。
貴賤の別なく全国から広く人材を集め、その後研修や試験に合格した者は晴れて宮女、妃嬪(皇帝の妻)の位を得たそうです。
もちろん、もらえる位は成績次第。結構大変です。(美人度って、どうやって成績にするんでしょう?)
皇太子を産めば格付けも赤丸急上昇。格付けが上がる人あれば、下がる人も…。宮仕えは過酷。
まあ、皇太后さまの一存で(親類の娘を、とか)正妃を決める、というのも多かったそうです。

が、一方で短命に終わる皇帝の治世もあり。
皇帝が変われば、後宮は刷新。皇帝の死後、後宮の女性は別の宮にうつされ、残りの人生ひたすらお経三昧の日々。
家臣に下賜されるケースもあったものの、普通はひとたび後宮に上がった女性は基本的にはシャバに戻ることは許されず、若くして皇帝と死に別れた宮女は将来を悲観して池に身投げすることも。
そんな後宮に娘を取られまいと、娘が生まれたこを貴族がひた隠しにする時代もあったそうです。

* * *
国民栄誉賞もの。

私は以前、
妃=夫人(愛人?)、女官=仕事として仕える人 と思っていて、
その二つは全然立場が違うものだと思っていました。

もちろん、皇帝のために集められた後宮だから
皇帝はだれに手を出してもいい、というのは知っていましたけど。

それでも妃と女官は違う、というか

嫁、と、召し使い、みたいなニュアンス? だと思っていました。



ところが、※皇后さま(女性のトップ)以外はみんな官職のある国家公務員という立場だそうで

※(正妃様とは、この皇后にあたるお立場の方のことですね、たぶん)
「妃も公務員なんだ!!」と知った時には驚きました。(お仕事、大変です)


平たく表現すると、後宮にいる女性たち、正妃以外は全部、家族じゃなくて『部下』?

官位序列で上下こそあれ、そこに居る人全員、妃も女官も下っ端もぜーんぶ
『王家の血筋を絶やさぬため』オシゴトをする国家公務員。

なんとも壮大な国営ファーム?(※品格を失ってはいけない)
―――やはり『陛下の花園』と呼ぶのがふさわしいですね。
      ↑
(さりげなくブログタイトル)

その囲われた世界は、ピラミッド型のヒエラルキーで秩序を保っており、
帝のお世話のために妃(夫人)がいて
夫人のお世話のために女官がいて
そのまた下働きに下女や宦官がいる、

…と理解すればよいですか?

(食物連鎖のような関係? ←食物連鎖、関係ない)

そして前出のように皇帝のお目に留まり、寵愛、お手付き、太子誕生ともなれば、下っ端の宮女でもジャンプアップ!

だから後宮の住人は常にチャンスを狙って、ギラギラ…。

歴史的には、千とも万とも後宮に集められた時代もあれば
妃数二桁の規模の時代もあるそうですけれども。
(経費削減ですね? 李順さんっ!!)

大勢の中で一旗揚げよう、と野心あふれる美女の群集う園に
―――男は皇帝たった一人。
(男冥利につきる、をとうに通り越して、なんだかお気の毒)

そんなところだけに、
お手付き、あわよくばお世継ぎをあげる、というのは、女性の階級の中では最高の勲章。

後ろ盾のない夕鈴がもしお世継ぎゲットすれば、

Y▲W▲R▲ちゃんがオリンピックの晴れ舞台で
重量級選手を投げ飛ばし一本勝ちの無差別級金メダル→国民栄誉賞…並のカタルシス?
 
張老子がしつこく「お世継ぎを~」というのも切実なお話です。
彼は勤勉なる公務員なのです!!

(張老子が猪熊滋悟郎おじいちゃんと重なるのはなぜ?)


いえ、夕鈴。―――不戦勝でしたね。

対戦選手、一人もいないので、投げ飛ばすシーン 不要ですか、残念。


* * *
蛇の道はヘビ

貴族の家柄というのも、たくさん抜け穴はあるようです。
養女になって身分を得る、というのは古今東西、よく聞く話。

今回はそういうずるい抜け穴を使わせていただいちゃいました。

養女といって引き取りつつ実は妾、とか
いろいろあれやこれや柔軟に(?)用いられたそうですが
逆に周宰相は、たぶん最初から自分は隠れ蓑で役に立つおつもりだったと思います。

通常、取り引きにはうま味が必要。

権力をかさに勅命ともなれば
臣下は嫌とは言えないのでしょうけど

権力って、そもそも なぁに?と考えましたら
結局、「働きの対価をもらえる」から「仕える」

トップに立つものは、配下の者に
「与える」契約をしている

ギブ・アンド・テイクの関係にほかならない。


さあ今回の陛下。

力業(ちからわざ)を用いた代償は大きいでしょう!

周宰相と裏取引だなんて。

…いったいこの後、どれだけ陛下はこき使われるのでしょうか…。
ご愁傷様です。




解について

もうこれは、本当に愛しい一次作品があってこそ、なのですけれども。

取り組んでいた最中の心境とか。
題にこめたもの、とか。

* * *
花も嵐も踏み越えて!

実際のところ
狼陛下の花嫁、というお話の
『核』というのは

地位の低い妃から生まれた陛下が
国王の地位についている、ということに由来するトラウマではないかしらん?

そんな簡単に身分の問題がクリアーできるのなら
陛下のお母さんのときにもなんとかしてほしかった、と言い始めると
またもや、話の筋全体がぐらぐらと揺らいでしまいますので…。

そこはまあ、さておき。


今回のお話(妄想)は
運命を束縛する連鎖を解く、がテーマ…だったのかな?
(明確な言葉にしたの今ですけど)

縛る連鎖、は

一番は自分の心。
二番は相手の心。
三番は皆の心。

どうにもできない環境とか、境遇とか、壁とか目の前に立ち塞がって
努力しても敵わず、いつしか諦めて。
体も心も疲れ果て、不幸を呪い、自らを救うことを放棄してしまう。

緩慢な精神の自殺。

ダメだとわかっても
崖っぷちにどんどん足が進んで
苦しくて。

でもね
どこかでチャンスは来ると信じたい。

天は、足掻き、努力するものを見捨てない。
(裏返せば、足掻かない者にはチャンスはこない ←)

「求めよ、さらば与えられん」とは、聖書をろくにしらぬ私ですら知る一句

あがき、努力するかぎり

与えてくれるハズです
呪縛打破の原動力を!


夕鈴という存在が、目の前に飛び込んで。
きっかけとなるエネルギーを与えてくれる

兎サーブ入ったら
(本能で)
狼、レシーブでしょ?

(サーブはというより、おむすびコロりんスッこんこん、系?)

そっからあとは自分自身の生きる力。
運命との真剣勝負ですよ。

救うのは、己自信の信念。

知らず鎧い纏った自主規制や固定概念という心の遮蔽物も、
解(ほぐ)すきっかけさえあれば
まだ、希望はどこかに残されているのでは?

あきらめず、したたかに、しぶとく、たくましく。

いつしか周りも人の心も動かして、助力を得る。

自分自身を閉じ込めている檻から己を解き放ち
禍々しき闇から解脱して欲しい―――と
願いをこめて、書いた気がします、たぶん。←

解放、解脱、解毒、…デトックス?、じゃなくて


 … あーー…

もやもやした霧のような思いを凝縮して
言語化するのは難しいですね

もっとシンプルに、表現してみましょう。…



ようするに、

 説明できない、理解もされない、あなたの孤独な戦いは、
 けっして、無駄じゃない!!

 我慢するな!
 後悔するな!
 貫き通せ!

 一度きりの人生、やりたいようにやっちゃえ!


───と

あの方の背中を
ドンと押したかった
 、のかな。私は?



何度シリアスな崖っぷちに立たされようと
悲しいだけで終わって欲しくなかったのです。




ごちゃごちゃ言わんと!
素直になって

呆気なく
力強く
なぎ倒して

幸せをつかんで欲しい!!



お二人に、エールを―――!


* * *

何はともあれ。
いろいろ蛇足を書き連ね、恥の上塗りをしておりますが

楽しんで頂けましたのなら、幸いです。


拙作をお読みくださった皆様に
心からの感謝をこめて。



 おりざ拝

*

SSS 水月病

白陽国SNSの日記に上げたものをこちらに移植です。
すでにあちらでご覧になった方はすみません。

白友さんの『5月病。またの名は「水月さん病」』という一言が元ネタで
ぽろりとこぼれ出たSSS。

T様にささげます。


初出:2014年05月08日11:55


【バイト妃】

* * * * * *
水月病
* * * * * *

夕鈴はへんてこな表情で、
黎翔の手元をじっと凝視している。

「なんだ?―――
そのように愛らしい顔で見つめられては、
ちょっと困るな」

黎翔は、はは、と軽く笑い場を和らげた。

しかし、夕鈴はいまだ緊張したまま、
やはりますますヘンテコな顔をしてズズイと一歩、黎翔に近づいた。

「陛下、その手にあるのは…?」

(近いよ? ゆーりん)

「?
―――篳篥(ひちりき)?」


「ひちりきっ?!」

夕鈴はトコトコと近寄り、黎翔の手元にある楽器を右から左から、目を眇めて見聞する。

「…楽器、みたいですね」
「楽器、だよ?」

「どんな音がするんですか?」
「…ゆーりん、試してみたら?
吹いてごらんよ」

夕鈴は「え、いいんですか?」と黎翔を見上げる。
にっこりと笑うと黎翔は、夕鈴の手にその楽器を握らせた。
いかにもくわえてくれとばかりの吹き口。
節と節のあいだに穴のあいた部分は、指でふさぐのであろう。

「ここ、くわえるんですね?」
「ん」

こわごわと吹き口を加え
「…吹いてごらん?」
といわれて、そっと息を吹き込んだ。

すーーーー…

―――ん? 

思ったほど簡単には音が、出ない

「もっと力いっぱい、吹いていいよ」

今度はほっぺたを膨らませて、
思いっきり吹いた。

その顔が、たまらなくおかしい。
黎翔は、ぐっとこみ上げるものをこらえた。

プウゥーーーーーー 


大きな音が鳴りわたる。

「!」


夕鈴は嬉しそうに
「音が出ました!!」とはしゃいだ。

今度は指を穴にあててふさいだり、放したりしながら吹く。

ぺーーーーーーー!

ぴぃーぷぅうーーーーーー!!


夕鈴は興奮し、ほっぺたがぷっくり膨らんで顔の造作が崩れてもお構いなし。
百面相する彼女は見ていて楽しい。

貴族のツンと取り澄ました女たちなら、決してこのような表情は見せないだろう。

キャッキャと浮かれて、それはもうめちゃくちゃに
いろいろな音を出して遊び、吹きまくる。


夢中になって音遊びをしていた夕鈴は、黎翔の視線を感じ
ひちりきをくわえたまま
黎翔の方に「ふぇーふぁ?」と振り返る。

きょとん、と見上げる瞳。
楽器をほおばったほっぺたは、おまんじゅうのよう。

黎翔はメロメロと腰が砕け
彼女の腰を捕らえて引き寄せると寝椅子にごろりと横たわった。

「きゃっ!
くっ、くわえている最中に急に動いたら
危ないですよ!?」

少し怒った顔も…

…、ダメ。
かわいすぎ…。

「ごめん」
黎翔は素直に謝った。

腰に手を回され、ぎゅっと引き寄せられた夕鈴は、ちょっと居心地悪そうにおたおたして、必死に取り繕った。

「―――陛下…」

「なに?」

「あの。―――
音がでると、楽しいですね」

照れながら、はにかむ夕鈴。

そんな彼女を抱き寄せ、黎翔は幸せだった。


だが、なぜか
彼女は突如「―――ん?」と固まった。

そしていきなり真っ青になり、黎翔から距離をとり
肩をすくめ、急に必死な形相で頭をペコン!と下げた

「あ…!!
ご、ごめんなさいっ!!
大変失礼しましたっ!!」

その夕鈴の急変ぶりに、黎翔は慌て体を起こす。

「―――えっ? え? 何っ??」

―――なにか、ぼく、態度悪かった?

夕鈴を何か傷つけちゃった?
―――誤解されたのなら、どうしよう!? 

と、ドキリとして
慌てた黎翔は、一気に小犬に戻ってしまった。

「ごめんっ!!
ぼく、何か悪いこと、したっ?」
しょぼん、と耳と尻尾が垂れる。


「いえ、あの―――
その。
もしかして、私…
おそれおくも…陛下の
か、かっ、間接キス…を
奪ってしまいましたかっ…?

なんて失礼なことを―――申し訳ありませんっ!!!」

と顔を伏せた。


――― 。

黎翔はたまらず手で顔を隠す

「いや、残念だけど
まだ、吹いてない、よ?
―――安心して」

なんとか、そう返事をする。


「―――ああ、そう、でしたか…」

夕鈴はほっとしたような、残念なような、複雑な表情を浮かべた。


それを見た、黎翔。
「…貸して?」
と、夕鈴の手からひちりきを抜き取り
口にくわえた。

みうみる耳まで真っ赤に染まる夕鈴を見ながら
黎翔は率直な心境をこぼした。


「―――、
ああ、ぼく。


なんか。
仕事、行きたくなくなっちゃった」


その言葉を聞いたとたんに
夕鈴はビシッと背筋を伸ばした。

「へーか!
水月さんみたいなこと言うのは、やめてくださいっ!!」


怒られた黎翔は
夕鈴を抱きしめて、笑い転げた。



---(終)---

篳篥(ひちりき)って、こんな楽器らしいです…。
amazonnさんより


失恋狼。

【ネタバレ】【if】【ねつ造】【陛下モノローグ】

57話、58話のネタバレを含みます。
コミックス派の方はご注意ください。

※陛下の過去の話を盛大にねつ造しています。

暗いお話です。陛下が愚痴ってるだけです。
精神衛生上好ましくないと思われましたらスルーでお願いいたします。


* * * * * * * *
失恋狼。
* * * * * * * *

私は、失った。

私は、終わらせてしまった。
それは、私の手に入るはずのない、ものだった。

嫌われた。
―――いや、嫌わせた。

遠ざかって。

また
私は独りぼっち。置いて行かれる。

* * * * * * * *

薄暗い後宮の廊下を奥へ奥へと進む。

歴代の王が湯水のごとく金をつぎ込み、増築に増築をかさねた後宮は
二千とも三千とも数えきれないほどの室が連なり
その最奥の片隅に、母は小さな室を与えられていた。

それはすなわち、その室の主がこの後宮の妃の中で『最も低い』部類であるということにほかならない。

ところが王は、そんな母に入れ込んだ。
百花繚乱咲き乱れる後宮において、王の寵愛を独り占めにすればタダでは済むまい。
ましてや身分の低い妃とならば、なおさらに。
だからおそらく、母は数々の嫌がらせをうけていた。

あれほど母の食が細かったのは、毒や異物が入ってはいはしないかと、食ひとつにも常に神経をすり減らしていたからと、今となれば思い浮かぶ。

位の高い妃は後宮の入り口すぐ手前の広く絢爛な室が与えられ、付き従う女官侍女の数も格段に多い。

身分の低い妃である母は「侍女」の格すらもたぬ「掛け持ち下女」が付くだけで、その下女も下手な親切は己の身を亡ぼすとよく心得ていた。

だから母は、妃とはいえほぼ身の回りをすべて一人でこなしていたといってよい。
さぞ不自由だった、だろう。

幼い私のことにまで手が回りかねるのは致し方なかった。
―――とにかく私は公子とは名ばかりで、いつも腹を空かせていた。

物心ついたころから、私は人前で声を立てなかった。
ましてや笑うことなど…。

室でうかつに声など立てようものならば、すぐさま母の細い指が伸びてきて、跡が付くほど強引に口をふさがれた。

嫉妬渦巻く後宮では、さぞ居心地はよくなかったのであろう。
一挙手一投足、何から何まで苛(さいな)まれることばかり。

ましてや男児(公子)に恵まれるなど。

「お目立ちになっては、なりませぬ。どうかお静かに」
母はそういって、私の口をふさぎ、叱責し、涙を流した。


私は人のいない静かな場所を探し、いつも独りぼっちで過ごした。
―――誰も私と話などしない。

後宮の「人」というのは、鬼か、影、だ。
どちらにせよ、近づいてはならない。

鬼は悪意をむき出しに、害をなし。
影は私を遠巻きにし、存在しない者として見ぬふりをした。
いつも一定の距離をとり、
私という存在にかかわりを持とうなどと思う者はいなかった。


北の離宮に遠ざけられたころから、母は私の顔を直視しなくなった。

まれに話しかけることがあったとしても、
いつも視線をはずし、語り掛けるというよりはまるで独り言をつぶやいているようだった、と記憶している。

私の赤い瞳が母に如何なる思いを抱かせるのかなど…私には想像できる類のものではなかった。
そして私が長じるにつけ、私は母の恐れの対象となってゆき
ますます距離は遠ざかっていった。


しかし、後宮に比べれば離宮の生活は天と地ほどに異なった。

小さな離宮ではあったが遠く離れたそこに
王宮の醸す毒の霧は及ばない。

田舎育ちの下男下女は、無害だった。

私は自由に書を読み、馬で野原をかけた。
たとえ大声を出そうとも、だれに気兼ねする必要もない。

痩せ細った躯に、肉がつき
己の身体を苛め抜く鍛練に興じ没頭した。

離宮に使える田舎者は私のことを最初こそ「公子」と呼びつつも、
そんな身分違いの子供になぞ接したことのない者どもだから、
結局オロオロしながら「ただの子供」の延長線上で幾分丁重に私を遇した。

私は人との接し方をこの地ではじめて知り、
とまどいながら「他人と話す」ことを知った。
「暖かい食事」を知った。
「優しさ」というものを知った。

人の手のぬくもりを―――。


―――そして、結局。
母は息を引き取るまで、私に優しい言葉のひとつも掛けることはなかった。


優しくしてほしかった。

たった一度でいいから、
離宮の住人親子がしているように

母に
優しく抱かれたかった。

望んでいた夢は永遠にかなわず
母は冷たい墓の下の住人となり果てた。


私は、ひとりぼっちで、置いて行かれたのだ。

* * * * * * * *

君との時間は
実に楽しいものだった。

私には
手に入るはずのない
幸福の真似事だ。


君が「これは演技だ」という私の言葉を
あまりにもまっすぐに信じているものだから
私は、本当のことを言えなかった


それは
優しい兎の君は、
びくびくと後宮の隅で何かにおびえ暮らした母と同様
私の本性を本能的に怖れ、受け入れられるはずがないからだ。


君が、これが演技でないと知れば、私のことを嫌うということなど…
火を見るより明らかだから。

正直に言えば。

私は君に
『これが演技ではない』と知られるのが
怖かったのだ。

それは、何もかも失うことを意味して
私の幸せな『まがい物』の時間は、壊れ去ってしまうにきまっている。




だがもう。

終わりに しよう


ここには、何もない。
君を縛るには、あまりに気の毒だ。

ここは、荒れる。
―――嵐の予感がする。

これ以上巻き込んでは、『可哀相』だろ



君は、ここに居てはダメなんだ

弱いものはつつき殺される恐ろしい魔窟だ

後宮のごたごたに君を巻き込み
君らしさを失わせるわけにいかないから

私は君を手放さなければならないのに。


愛しくて。
暖かい君を
私はどうしても手放せない。

抱きしめて、引き留めて、私の寂しさを埋めるために、
私は君を利用している。


せめて、優しくできれば。


―――なあ。
優しさというのは、どうすれば正しいものなのだ?
過剰だといわれて
不足だといわれて
私にはその塩梅が分からない。


ここは窮屈なところだが、私は王宮の呪縛から抜け出せない。

君は、ここに居てはいけない。
君だけは、巻き込みたくない。


君が何も受け取らないから

ならばここを出てゆく、君に対する責任として
最大限の事を考えようと思えば
君の将来の安全と幸せを確保してあげることだけなのに

君は、拒む。

君はそんな優しさはゴメンだという

怖い方が望ましいというのなら。
私には、もう打つ手は何一つない


私の本性を知れば、君は私を嫌う


それが君の望みなら




私は、どうせ失う。

なにもかも

*

失恋兎。

【ネタバレ】【if】【ねつ造】

57話、58話のネタバレを含みます。
コミックス派の方はご注意ください。

※if 夕鈴が後宮を出て、下町に戻った後の話を盛大にねつ造しています。


* * * * * * * *
失恋兎。
* * * * * * * *

ここは白陽国の王都、乾隴(けんろう)の下町。
早朝から見回りをしていた隻眼の若衆が、ふと四つ辻で立ち止まった。
履きものを引きずり足元の砂を2,3回蹴散らし、ムスリとした表情で鼻にしわを寄せる。
「あー…仕方がねぇ」
頭をガシガシ掻き、つぶやく。

「―――次は。
あいつん家、やっぱ見回ってやっか」

いつもの巡回路を肩で風切り進む。見慣れたみすぼらしい一軒家の前で、立ち止まる。
両手を腰に当て立ち止まり、一瞬、戸口から中の様子をさぐる。

湯気が窓から立ち上り、
コトコト、とんとん、と料理をする気配。

(いるな、元気にやってんじゃんかよ。)

…少し、ほっとする。

「おい、誰か
いねーのか?」と声をかければ

バタバタとでかい足音を立てて、手に玉杓子を持ったままのあいつが現れた。
武器のようにそれを構え、髪を逆立てたあいつが入り口に立ちふさがりやがる。
顔を合わせるなり、怒声が飛び交う。
後ろには弟。健気にも、姉の暴走を押しとどめようと汗をかきかきはらはらと見守っている。

いつものようにケンカ腰だ、まったっくあいつは。
それはいつものことだが、やっぱり変だ。
「かわいげがねーなあ」といえば
「かわいげ?」
一転殺気立った表情でブツブツと
「『かわいい』なんてうわべの言葉に振り回されるなんて
実に馬鹿よ…っ」
鬼気迫る表情でわけわからんことをつぶやく。

―――それみたことか。
あのうさん臭い役人男とお前とじゃあ、
そもそも、釣り合うわけなんか、ないじゃねーか!

遊ばれて捨てられるのが、オチだって。あれほど口酸っぱく言ってやったのに…。

「あー 男に捨てられた女は
これほど荒れるのか
勉強になった…
くれぐれも刃傷沙汰は起こすなよ」

「あ“あ”!!?」

「ねーさんっ
まあ まあっ!!」
やさしいあいつの弟が、ハラハラと見守る。

まあ、あのしっかりした弟がいるし、よ。
こんな調子なら、あいつも大丈夫、なのかな。

「バァカ!」
捨て台詞の一つも吐かねえと、腹がおさまらねえ。

みんな、お前のこと、心配してやってんだろーが!!

―――ま、めそめそ、シクシクするなんざ、お前らしくねーな。
せいぜい、怒ってろよ。

―――バカが。

* * * * * * * *

捨てられた?

ちがう。

―――突き放された。
関わり一つ残すことも許さないと…


でもね。

確かに、失恋は悲しい―――
けど。

優しい小犬陛下も
怖い狼陛下も
どちらもあの人なのだと、自分の中でストンと落ちた。


わたしが
『演技』だと思っていた怖いあの人にドキドキして
どんなに大好きだと思っても
この思いには行く当てがない、と
切なくて、切なくて、やりきれなかったのに。


怖いあの人は『演技』でない、
夢でも幻にでもない
『本物』のあの人への気持ちだったんだ
―――そう分かったことが


嬉しい。




届かないはずの人だったのに、
あの時、
確かに
あの人は、私の目の前にて―――

幻じゃない、あの人が。
冷たい目で、私を見て。
私に触れた。



冷酷な狼の
あの人は
幻じゃなかった―――。


* * * * * * * *

うららかな日差しが窓から差し込む。

「…ゴホ、ゴホ」
昼間、こんな時間に寝ているなんて…。

でも、体が重い。頭が痛い。
体中が熱い…なのに、寒気が襲う。

咳がおさまると、熱のせいか、またうつらうつらと眠気が襲ってきた。

「ばっかじゃん…?」
窓から声がした。

「ゴホ、ゴッ ―――こ、浩大…?」

ポンッと、小さな巾着を夕鈴の布団の上に投げてよこす。

ポスッと布団の上に着地したその巾着におずおずと手を伸ばし指で触れる。
握り締めて目の前に持ってくると、何やら苦そうな薬臭が漂った。

「差し入れ~。隠密の秘伝の丸薬。
苦いけど、よく効くよ。いつもおかず御馳走になってるお礼。
―――すぐ飲みな?」

「あ、ありがと…
って、おかずは浩大が勝手につまみ食いしてるんじゃないの」
ブツブツいいながら、ダルそうに体を起こして、ぼんやりとあたりを見回す。
粗末な寝台の隣の小机に、弟の青慎が水差しと湯呑を置いてくれていた。

そういえば、喉が渇いた。
夕鈴は熱で震える手で、湯呑に冷めた白湯を注ぎ、浩大が放って寄越した巾着から丸薬を一粒取り出し、鼻をつまむと白湯とともに飲み下す。

「…苦っ~~~!」
顔をしかめた夕鈴が口許を押さえ、もう一杯白湯をあおった。

「あー、苦いからね。効くよ~」
浩大は、ハハと笑った。

「仕事、根を詰めすぎじゃね?
ここんとこ。働きづめだったじゃん?」

夕鈴は、すぐに堅実なバイトを二つ、三つと見つけてきては掛け持ちで働きに出はじめた。
早朝から家事をこなし、父と弟のための食事や弁当を作り、掃除洗濯をするとバイトへ出かけ、
買い物をして家へ戻れば、夕食の支度、たまっている繕い物や家のことを夜にこなし…とそれこそ寝る間を削って働いた。

「ゴホ、…う、うるさいっ!
たくさんうちにはやることがあって…
ちゃんと地道に働かなきゃ。
これまで目をつぶってきた家の修繕とか、
青慎にだってまだまだお金がかかるんだから」

浩大は、窓枠にもたれかかりのんびり話しかける。

「退職金、もらったでしょ?
家の事だって、すぐにやらなきゃって、ことばっかじゃないんじゃね?」

「―――好きでやってるんだから。
構わないでちょうだい?!
働かざる者、食うべからず、よ! ゴホゴホ…!!」

「ハイハイ。
働かざる者、食うべからず、ね――」

夕鈴の脳裏に、陛下はちゃんと働いて、ご飯を食べて?…と、よぎった。


「…食べてる…かしら…?」

「―――え?」
浩大がきょとん、とした顔で問い返す。

「あ、いえっ、関係ないから!」
顔を赤くして、伏せる。

「ふーん…?」

ゴホゴホっとせき込み、また一段と熱が上がったのか、
紅潮しぼんやりした表情で、夕鈴は壁際に向けてまたゴロリと横になった。

「とにかく。浩大にも病気が移るといけないから。
はやく、出てった方がいいわよ。
こんな状態だから、…監視なんていらないし…」

―――胸が、苦しい。

「ひと眠りしなよ」
…じゃね、と浩大は消えた。

夕鈴は、瞼を閉じる。

目の表面にかろうじて張りつめていた水分が、瞼に押し出されて
鼻を伝って、枕を濡らす。

―――また、熱が襲う。


下町の日常とはかけ離れた、あの王宮で過ごした時間は
もうすっかり遠くになってしまった。

あの人と二人で過ごした日々はもう、遙か彼方の夢だったような気もする。

なのに浩大が現れる度に、―――あの人のことを思い出す。

やっぱり、あれは夢ではなくて。


幻ではないあの人への思いは
未だ消えることがない。

失恋の痛みは、癒えることなく
絶えず胸をくすぶり続け

ことあるごとに、新たな傷口から血を流すように
苦痛を与える。


熱で朦朧とした脳裏には、繰り返し、あの日の別れが迫る。

あの、冷たいまなざしと
寂しそうに優しく私を抱きしめたあの腕と。

「…陛下の、―――バカ」

あんな口づけ、するなんて。
「…女ったらし…!」


あふれてくる熱い涙は次々と頬を伝い
枯れることがない。

「ひどい人…」

冷たいひと

怖い…
恐ろしいひと


…忘れてしまえ?


無理。

「忘れられるわけなんか―――ない」



*

失恋狼×失恋兎 3

【ネタバレ】【if】【ねつ造】

57話、58話のネタバレを含みます。
コミックス派の方はご注意ください。

※if その後を盛大にねつ造しています。


* * * * * * * *
失恋狼×失恋兎 3
* * * * * * * *

「おはようございます」
李順は国王の私室へと歩を踏み入れた。

昨晩遅くまで一人仕事をしたのであろう
国王の手によって署名捺印された書類が決裁箱に投げ込まれ山をなし
そこら辺りに書簡類や巻物がところ狭しと積み上げられ、乗り切らないものは床に散らばっている。

(…この量を、あの後に?)

李順は眉をひそめた。

黎翔が、滞ることなく仕事を片付けてくれるのは、嬉しい。
だが、このペースは良くない。体を壊す。

「陛下、ご熱心にお仕事されるのはありがたいですが。
きちんとお休みになってますか?」

「…ああ。心配するな」
黎翔は適当に相槌を打っている。

(―――また。痩せました、ね?)

李順は、思わず息をのんだ。

うっすらと頬がこけ、その分眼が大きく鋭く見える。
なのに生気を失って見えないのは、そのギラギラと気味悪いほどに強く発せられている眼光の強さゆえ。

「…ふぅ」

(今は何をいっても取り合わないでしょう…)

李順は屈んで、あたり床一面に散り敷かれた書類を手ばやく拾い集める。
トントンと整え、黎翔の文机に近づいて気が付く。

机の上に広げられている、書簡。

これみよがしに広げられている手紙は
いつもの通り達者な黎翔の手で堂々と記されている

(わたしが部屋に入ることは、陛下は御見通しのはず。
ならば目に触れてもよいのですね?)

短い文面。

李順は、その文字を目で追い、ハッと青ざめ、顔をあげた。

「蓉州の
―――蘭瑶(らんよう)殿への、返事?

『会う』、とは…
どういう風の吹き回しですか?
まさか、晏流公(あんりゅうこう)と蘭瑶殿。
お二人を王宮に呼び寄せ、お会いになると…?」

黎翔は返事をせず、ただ、じっと李順を見返した。
それから一呼吸間をおき、ゆっくりと答えた。

「ああ。
使者を使わせ、丁重に、な?
支度をさせよ」

(!?)
李順は驚きの色を隠せない。

だが、すうと呼吸を整えると目を閉じた。

(―――陛下のお決めになったこと。
問うたところで仕方がありませんね)

「…畏まりました」
はぁ…
李順は、小さくため息を吐き出した。

李順は頭の中を整理しなおすと、事務的な確認に入る。

「―――確認させていただきますが
待遇はあくまで、臣下とその母君の招聘、でよろしいですね?
晏流公はすでに臣籍降下(しんせきこうか)つまり
皇族を離脱し臣下の籍に降りられておりますから。
殿下、ではなく陛下の臣下に準ずる扱いとして…」

「―――李順。
…あの女が何を言い出すかわかるまい?
多少のことは目をつぶれ。
支度金をはずみ、丁重にもてなせ」

「は…」

「臣下といえど、晏流公は現国王の弟。
―――ただし。
あの女は前々王の妃嬪らの一人であったにせよ、今や一臣下の母にすぎぬ。
そのあたり、決して勘違いさせぬよう―――
立場をわきまえて振る舞うようにと。
よいな?」

「…は。」

…またもこれは、難しいことをおっしゃる、と。

李順は汗を拭いた。

* * * * * * * *

晏流公はまだ年若く、ひ弱な印象、ではあった。
だが、頭の回転は悪くは、ない―――。


多少覇気がなかろうと、剣を握ったことがなかろうと。
頭脳となる宰相、知将たる軍師ほか、有能な人材を配下に揃えれば
正当なる王家の血筋であるがゆえ、王の系譜を残す仕事のみ
おとなしく職務を全うするがよいだろう。


…もう、良い、か?

―――私は、権力などに未練はない。


誰もが怖れ嫌う狼陛下。

冷酷にして非情。
鋭い眼光で人々を恐れさせ
他者を支配する、狼。

家臣にすら心を開かず、長年勤めた老臣であろうと不正に対しては厳罰に処し。
冷酷非情の狼陛下、とはよく言ったもの。

権力を操ろうともくろむ狸どもめは、旨味にもありつけず、
思い通りにさせてもらえぬ扱いづらい王よ、と
さぞかし煙たく、歯がゆい思いをしているに違いなく

民衆は冷酷で高圧的な恐王を怖れ。

その治世を長く望むものはおるまい。

内乱制圧、内政粛清を行い、名実共に中央政治の実権を掌握し…
腐った政治の根幹を叩き直し、新しい風を通せば、私の役など終わったも同然。


どうせ狼陛下は嫌われ者だ―――。



嫌われてなお、良い国をつくろうと
頑張ってはみたけれど。



唯一人───すら。


私が優しくしたかった
たったひとりの存在

それすら
全く思い通りになど、いかず。


願い一つ叶えることも
幸せにすることも

私には
何一つ
できなかった



* * * * * * * *

三日に一度、
隠密は定期報告に戻る。

だがその日、
隠密はいつまでたっても現れない。

何故だか無性にイライラしながら、いつしか夜もすっかり更けた。
そうして待ちわびた報告が訪れる。

…カタン、と小さな音がした。

音を立てるなど、浩大にしては、珍しい…と。
報告が遅れたことも含め、これは厳重に叱責せねば、と低い声で怒りを込めて第一声を発した。

「―――何をしていた!」

背中に現れた隠密は一瞬で氷り固まった。

まるで怖気づく子ネズミのような気配が伝わってくる。
私は振り向き、そのものを見下すように冷たい視線で射抜いた。

それは浩大でなく別の隠密で、私の怒気に呑まれ青ざめ今にも心臓を止めそうな風情に見えた。

(なぜ浩大の気配と違うと見抜けなかったのだ?
それほどまでに頭に血が上っていたのか、私は)

自分に対して驚く。

どうしたのだ、私は…?

「―――報告せよ」

「は…これを陛下に至急、お渡しせよ、と」

差し出されたものは、
小さく折りたたまれ表面に浩大の秘密の符牒が施された書であった。

「やつ(浩大)からか?」

「───は」

密使のもたらした書を指先で受け取りながら、尋ねる。

「奴自身が来れないほどの何かが?」

「―――まずは、ご覧ください」

嫌な予感を押しのけ、動揺を顔に出さず平常を装う。

細かく折られた薄い紙を広げ、眼を通す。


文面はたったの三文字だった。


『兎危篤』




―――息が止まった。



「…もうよい、戻れ」

必死にそれだけ口にした。

隠密の気配が完全に消えるまで立ち尽くし、それからドサリと腰を下ろす。


頭を押さえる。

耳元がドクンドクンと異常に脈打つ。

―――身体中ひきさかれるような痛みに襲われたような気がした…。




* * * * * * * *

三日前の報告は問題なかった、はずだ。

―――いや、違う。
故意に、頭から締め出していた。


いつもの報告を手短に済ませると、
浩大は少しだけ余計なことを言い出した。

「念のため、老子に薬調合してもらってって、いいカナ?」

「…薬?」

ふうん、とそれすら、意に介さぬよう。
私は仕事の手を止めることはなかった。

「んー、ちょっと体調悪そうだったから。
渡しても、いいか?」

「お前に任せる」

浩大は少し心配そうに声音を落として報告した。

「最近急に冷え込んだし―――。
これまでの気疲れが、ドっとでたんじゃなーい?」

「…」

「ん。
でも、たぶんありゃ、単なる働きすぎ。
バイト二つも三つもって欲張ってさ
ちょっと無理してるようには見えた…かな。
基本、あの子、真面目で元気だからねー」

私の表情が変わらないかと、期待している奴にこたえる必要はない。
―――その手に乗るか。

私はそっけなく答えた。

「ご苦労。
引き続き、監視を」

書類の手をやめることもせず、
私は一切、振り向かなかった。

その姿を見た浩大はケラケラと笑い、
「ホイ、お土産」と何かを投げてよこす。

机の前に、ポン、と着地した、それ。

…包みを開けなくても、分かる。
饅頭だ。

たぶん、夕鈴の作った―――。

「最近、俺がつまみ食いする分を見越して
ちゃーんと用意してくれてるよ。
なんだかんだいっても、人がいいんだよね。
―――あの子」

「余計なことはするな―――行け」

「へーい」



浩大め、いらぬ世話を焼くな。

これは、
私のため、ではない。

怖れ、嫌う私のために彼女が何かするなど、
もう二度とありえない。

彼女は私を嫌い、憎み、
そして永遠に―――怖れる。

もう二度と
あの時は戻らない。


彼女を騙して
利用して
傷つけて
突き放した

卑怯な私が
触れて良いものでは、ない――――――!



包みはそのまま手も付けず、

二日放置し、
三日目の今朝
見かねた李順が片付けさせた。


* * * * * * * *

目の前の三文字が網膜に焼き付くほど強烈に迫る。

兎 危 篤 


待て?

三日前の報告では。

少し風邪気味だったにせよ
いや、だが饅頭をつくれる程度には
普段通りの生活をしていたはずなのだ―――。

そこから万が一こじらせて、寝込んでいたとしても…

老子の薬も持たせたし。

四六時中監視がついていながら―――


危篤?

夕鈴 が 危篤―――?


何かの間違いではないのか?

だが
今やあの浩大が、
寸分も抜け出せないほどの状況とは―――どういうことだ?

私への直々の報告に代理を立てるなど、いままでかつてなかったこと。

浩大こそが、誰よりも速い使い手
だから、何かあればと付けた。

その浩大が動けない、となれば
一刻を争う事態か?

いやまさか
もしかして、もう既に…?

―――そんな…
馬鹿な…!!!!!



手の中の紙を、くしゃりと握り締め、黎翔は天を仰いだ。



(つづく)



しき□ま。さんがネタバレ感想に寄せてくださったコメントの中で
「自分の欲より国を考えて。
恐王として君臨して、
最終的に更に良い王がいたら譲る気なんじゃないかと時々考えます。」
と。
私も以前からそんな可能性も、あるだろうなと考えたりしていて。
なので、今回はその路線でお話進めてみております…。


*



失恋狼×失恋兎 4

ブログ開設一周年のリクエスト、本当にありがとうございました。
突然の、短期間のお知らせにもかかわらず、素敵なリクエストをたくさんありがとうございました。
できる限りご要望にはお応えしたいと思いつつ、少々ここ数日忙しくしておりましたので、また改めて1本ずつご披露させていただきます^^ ありがとうございました。


【ネタバレ】【if】【ねつ造】

57話、58話のネタバレを含みます。
コミックス派の方はご注意ください。

※if 夕鈴が後宮を出て、下町に戻った後の話を盛大にねつ造しています。


* * * * * * * *
失恋狼×失恋兎 4
* * * * * * * *

どうして来てしまったのか

今、会わねば
二度と会えない―――

そう思ったら矢も楯もたまらず
真夜中に馬を飛ばしていた。


もしかして、
もう息を引き取って
二度と君に会えないのかもしれないと
分かっていても

何かできることがなかったのか。
彼女の願いをたった一つでも叶えてやることができれば…と
後悔ばかりが先に立った。



しかし

見慣れた戸口が見えてくるにつけ
正直、心が冷えた。


前を向いていたつもりで、
いつのまにか後ろを向いていた自分の
ただの未練でここまで来たものの。

触れてはならぬ彼女に
もう二度と会うことなど許されぬのに。


浩大が木の上に居た

「―――報告を。」


「…遅かったね」
「…」
私は、目を閉じた。


それ以上、何も聞かず
そっと敷地に忍ぶと
彼女の部屋の面した裏庭に回った。


月が出ている。

いつだったか。
彼女と一緒に、ここに座って、月を見上げた。
まだ何も知らせないで済んだ―――幸せな時間だった。

―――すべて終わったのだろう。
静寂が包んでいた。


ズキリと悔恨の念。

裏木戸から暗い室内を覗く。

「もう二度と会わない」と心に決めていたはずなのに
足は勝手に、導かれるように暗闇を進む。
五感がキンキンと冴えわたり異様に冷め、動物的な本能だけに突き動かされる。

君の部屋の扉を勝手に手が開ける。
わが身が幽体になったかと思うほど、音も立てずスウとすり抜ける

寝台に横たわる、あれが―――夕鈴?
白布からはみ出た長い栗色の髪。

近づく。

寝台に両手を付き、半ば呆然と白い布を見つめた。

夕鈴?

―――夕鈴
…夕鈴!!!


ポタリ…と何かが落ちて
白布にシミをつくった。

ポタ、ポタと続けて落ちる。

頬を伝わる暖かい…涙?


私は―――泣いているのか?



「すまぬ―――許せ」

二度と会わぬと、
自らの誓いを破る。


白布をはぎ、もう一度だけ
私の目に焼き付けよう

愚かな男を許せ。

震える手で白布を払うと
そこにはパチクリと、真ん丸な目をあけた君がいた。

「…!」

息を飲んだ瞬間、
君はいきなり手を伸ばし、私の首に抱き着いた。

「へーか…!」

「―――?!」
息が止まるかと思った。

そのまま息もつかぬほど、強く掻き抱かれた。
私は君の柔らかいうなじに顔を埋めた。

「これは。
夢ですか?」

君が問う。

「夢?」
私は目を白黒したが
背後に浩大の気配がチラリとして得心した。

(…余計な)

事情が、読めた。
浩大…小細工しおって。
あとで、覚えていろ。


「―――合わせる顔がない
嫌われてる君に」

静かに、彼女を押し返す。

「―――嫌う、
はずがないじゃないですか…!!」

「は?」

「こんなに…大好きなのに…!!」

「狼の私を、君は―――」

「狼の、陛下が…
好きなんです!!

夢、でしょ?
夢だから。
今、言わないと。

いかないで―――!!」


渾身の力とはいえ、女の細腕。
振りほどく方法はいくらでもあろうに。

首にかじりつく君の柔らかい熱に囚われの身となった私は
その拘束から逃れることが、できなかった。


余りの居心地よさに、思わず眠ってしまいそうなほど

―――私は疲れていた。


* * * * * * * *

眠っていて息苦しい…
布団でもかぶって寝てしまったかと、半覚醒のけだるい脳裏によぎった。

そのうち暖かい水がぽたぽたと染みてきて
なんだろうと重たい瞼をあけた。

いきなり目の前に陛下がいて
思わずその首筋にかじりついた。

夢でもいい。

―――言わせて。
好きだと。

伝えられなかった思いを。


…寝ぼけていた。

でも、だんだん目が醒めてきて
なんだか、陛下の懐かしい香りまでしてくるし。


実体…?



…まさか?

ボッと頬に熱があがる。


「も、もしかして
…本物の
陛下、ですか?」

と声をかけた

だが、返事はなかった…。

暫く息をひそめて様子をうかがっていると

すぅ、すぅ…と

安らかな吐息が聞こえてきた。


えええええっ!?
この、体勢で?!

薄い壁一枚を隔て、家族が寝ている夜更け。
大きな物音は立てられない…。

声にならぬ声で、ひそひそと耳元にささやく・

「起きてくださーい、へーか!!?

ちょっと、…へーか…!

おきてー!

―――

へーか…!!」


こ、ここ。
私の家、ですよね?
私の部屋、ですよね?!


ヘーカ、これ、不法侵入ですよねっ!!!??



こ、この状態で、どうしろというの―――!!?




*



失恋狼×失恋兎4-01
おまけ絵 2014.05.15

[絵] 落涙

140515-失恋狼-013.jpg
悲しみと後悔の淵から

一足飛びに、
驚きと喜びの高みに飛ぶ。



───傷つけた罪悪感、触れてはならぬ抑制と、

間に合ったことへの、感謝と…。

失恋狼×失恋兎 5

【ネタバレ】【if】【ねつ造】【甘】 


57話、58話のネタバレを含みます。
コミックス派の方はご注意ください。

※if 夕鈴が後宮を出て、下町に戻った後の話を盛大にねつ造しています。
添い寝だけですよ、甘さ控えめ。

* * * * * * * *
失恋狼×失恋兎 5
* * * * * * * *

「…どうしよう」

さっきから、そればかり。

私は寝ぼけていて、
とっさに腕を陛下の首に回して、力いっぱいかじりついた。
まさか実体とは―――?

驚き混乱したが、それもいまや落ち着き。

当の陛下からは すーすー と、静かな寝息が聞こえるばかり。


「あまり
―――よく寝て、いらっしゃらなかったのかしら?」

私の首筋に押し付けるように顔を埋める陛下。
骨ばって、そげた頬に落ちる影が痛々しい…。

それに比べて、私は一昨日、調子が悪くて
昨日も起き上がれないほど眠くてだるくて。
丸二日間こんこんと寝続けたおかげで、今はすっかり眠けが吹き飛んでしまった。

しかも、もう二度と会えないと思っていた陛下自身がここに居るのだから。
あまりの驚きに頭は冴え冴えとしている。

上半身を寝台の私に抱き付かれたまま寝台にもたれ掛かり、
下半身は膝をつき体を屈曲した不自然な恰好で意識を失っている陛下。
お風邪を召されやしないか、後であちこち痛みが出はしないか。と、気になって仕方がない。

でも…
陛下が寝ていらっしゃるのなら…。
「…えいっ!」
ついギュッと、また力を込めて抱きしめてしまった。

「…ん」

すぅ…と一つ、息を吸い込み、
ゆっくりと陛下の瞼が開いた。

再びぐるぐると混乱してし、かああっと顔に血が上る。

「―――あ」
何といったらよいのだろう。

「お目覚め、ですか?」

「…私は、寝てたのか?」

私の首元に沈み込むように顔を埋め、伏せていた陛下は、
ゆっくりと両手を付くと頭をもたげ、私の方へと顔を向けた。

「…はい」

「―――どれくらい?」
「…四半時、くらいでしょうか…
あ、でも。実際はよくわかりません」

「すまぬ、重かったな…」

陛下は、目をギュッとつぶって、一瞬ムスッとしたような顔をして
かるく鼻をスンスン、と鳴らして辺りを嗅いだ。

「―――この香り、は…」

ゆっくりと頭を押さえる。
「香り?」
思わず、問い返す。

「…睡魔をさそう香の匂いが…
隣の部屋の方から…

この調合…嗅いだことがある

―――老子、だな? ―――あやつら、いらぬことを…」

「―――薬?」
青ざめた私に、陛下はニコと笑って安心させた。

「危ないものではない。
睡魔を招き、ぐっすり眠れる…
ただの眠り薬の香。
たぶん君の家族らに気兼ねなく、
私たちにゆっくり話をさせたかった、老子のおせっかいだ…」


っまったく。
余計なおせっかいだ…

ブツブツと小さくつぶやく。

「老子の、眠り薬?」
思わず、きょとん、としてしまった。

「たぶん、君の父さんと弟君の部屋の方だろう」

「え? 青慎…?」

思わず私は慌てた。

「青慎に何かあったら…!」

起き上がって様子を見に行こうとした私をやんわり制す。

「―――大丈夫。たちの悪いものではない…

まさか。
…私は耐性があると思ったが。

寝不足がたたったか…?」


「青慎は、明日も学問所が」

「今頃二人ともぐっすりと深く眠っていることだろう。
寝つきが良く成る程度のもので特に害はない。

嗅ぐのを止めれば、自然に目覚める。

今、心配して覗きに行けば、君自身が寝てしまう
それに、老子が居て、ヤキモキしてるに違いない…わざわざ顔を合わせることもないだろう」

「…はい」
夕鈴は納得しかねる顔をしたが、渋々うなづいた。

「夕鈴、君は?」

「私はここ二日間ぐっすり寝ていたので。
睡眠は十分足りてて、頭さえてしかたありませんよ?」

「あいつら…。
この私に仕掛けてくるとは…」


と、ぶつぶつつぶやく。

陛下はゆっくりと両手に力をいれ、体を起こそうとした。

「ん?」
…私がまだ陛下の首に手を回していたので、
陛下はそれ以上離れることができなかった。

「夕鈴?」

「…あ!」

私は思わずパッと手を離し、…自由になった陛下は体を起こした。

そして、おずおずと、陛下の懐に手を伸ばし
両のあわせを引き寄せるように捕まえる。

「もう少しだけ…
ここに居て、くださいますか?」

後になって考えれば、かなり恥ずかしいことを言ってしまったのかもしれない…

私は夜着のままの状況、とか。
正直、そんなことまで頭が回る余裕がなかった。

ただ、
また陛下に突き放されて
言いたいことも言えず、会いたくても会えない
あんな、辛いことは…
―――嫌、だった。


「…夕鈴?
君は。

これまでずっと『狼陛下は演技』だと
だまし続けた私のことなど、

嫌いなはず―――」

すぐさま打ち消す。
「そんな、はず、ないじゃないですかっ!」

怒るように。


「私はっ

狼陛下が演技だって…
ずっと信じていて。
幻の狼陛下にっ
か、か、叶わぬ恋を…して。

それが!!

ずっと
ずっと
胸がドキドキして
苦しいほど大好きだった陛下が…

演技じゃなくて
本物だったって分かって…

むしろ。
嬉しかったんですよ―――?」

一気に吐き出す。

「―――

そう
なのか?」

陛下は半ばきょとんとしながら、私を見つめた。

「そう、―――なんだ」
一気に陛下の顔が柔和に崩れ
小犬になって、笑った


「知らなかった―――」


「陛下こそ、どうして…?」
思わずモジモと視線を外して…
聞いてみたかったことを尋ねる。

「浩大のヤツが、
兎危篤、と…」

「危篤の、兎さん?
―――あ。
それ。几鍔が」

「几鍔君?」
どうして、ここに几鍔が…。と、陛下は少々むっとしたような顔を一瞬された。

「材木置き場の隅に出没するデッカイネズミのために仕掛けた罠にかかった
可愛そうな兎さんを、青慎に持ってきて、ですね。
『青慎、たまには肉食えよ。あいつも精を付けた方がいいんじゃねえか?』って…。
息も絶え絶えだから、早く絞めてやったほうがこいつのためだぞって…置いてっちゃったんです」

「は?」

「でも、私調子悪くて寝込んでいて―――まだ本調子じゃないから、
どうしようかな、って考えていたら
浩大が顔出して『いいよ、それくらいオレがやってやらあ』って捌いてくれて…ですね
今晩、兎鍋で…その、私の快気祝いを…」

「―――ぁ?

じゃ、なに?

兎危篤って…
その兎で、みんなで鍋を食べたって?」

「はあ、まあ。そういうことです」

申し訳なくて、思わずうなだれた。


陛下は、どさ、と力なく、寝台の上にうつぶせに倒れ込んだ。

「…お疲れ、ですか?」
「ここのところ、仕事が立て込んでいてね」
「…それは大変!
ここ、使ってください!!
ちゃんと寝ないと、お体壊しますよ?」
「君の寝台、だ?」
「いいです、私はそっちの椅子で…」
「君こそ、病み上がりだ…ダメだ許さない」

そういうと、陛下は私の隣に横になり、横抱きに抱きしめて離さないものだから…
狭い寝台に二人、落ちないように身動きも出来ずに乗っているので精一杯だった。

「―――あの」

なにか、会話、を…続けないと。
「お仕事、忙しいんですか?」

「ああ、だが。
もうすぐ、それも終わる」

「―――終わる?」

「王位を譲れば。
私の役目は、終わり、だ」

「ゆずる…?」

「晏流公、に譲ろうかと」

「―――え?」

「すでに臣籍降下してしまっているし、後ろ盾がないが。
私と養子縁組をすれば、正当な王になっても不足はない―――
血筋は、父上のれっきとした血筋だ…。
私よりもずっと、その方がふさわしいだろう」

ぼんやりと、天井を見つめた。

私はガバと、体を起こすと陛下の上に覆いかぶさった。

「陛下!?
―――ホンキですか?」

「…え?」


「まだ、小さな、弟さんに…
王様って、簡単な仕事じゃ、ないですよね?」

「そうだね…つらい仕事かもしれない」

「こんな立派な陛下ですら、こんなに大変な思いをされているのに。

それを
小さな弟さんに押し付けて…

―――逃げるんですか!?


この間の旅行は…。
そのために、弟さんを
値踏みに行ったってことですか?!」

「…逃げる?

値踏み?」

「狼陛下は、そんな、かっこ悪い
王様じゃない…でしょ…?!」


「そう、かな?
皆はそうは思っておらんぞ

冷酷非情の狼陛下なぞ―――煙たいだけだ」

「陛下ほど立派な王様は
どこを探したっていません!
―――私たち国民の、誇りです!

私は、そう、思っていますよ」


ほんの短い間に、ここまで痩せてしまった
陛下が、
痛々しすぎて。


思わず、私から陛下の上に身を投げ出して
抱きしめてしまった。


陛下の腕が私の背中に回って
体を重ねたまま
ぎゅっと抱き寄せられた。

「陛下は、だれよりも立派な
―――王様です!!」

そう言うのが精いっぱいで
思わず泣けてしまった。


「愛しいことを、言うな―――
私の妃は…」

狭い寝台の上で。二人きりで抱き合って。
たった一度だけ、口づけをかわした―――。


(つづく)


*

★失恋狼×失恋兎 6 [R15]

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失恋狼×失恋兎 7[完]

【ネタバレの先のねつ造】【if】【最終回】 


57話、58話のネタバレの上でのストーリーです。
コミックス派の方はご注意ください。

※if 夕鈴が後宮を出て、下町に戻った後の話を盛大にねつ造しています。

陛下と夕鈴。

失恋して。
得恋して。

ついに略奪。

さて
お二人の結末は?


* * * * * * * *
失恋狼×失恋兎 7[完]
* * * * * * * *

ある日。
忽然と現れた、正妃。

「略奪の花嫁だ」
と狼陛下は壇上で冷たい微笑みを一瞬だけ浮かべた。

以前、狼陛下の妃といえば。
王宮まで侍らせ、やりたい放題に鼻を突っ込ませていた様子に、辟易とする老臣もいたものだったが
さすがに此度はどこぞ所以のある姫らしく、奥ゆかしく―――いや奥ゆかしすぎて、誰にも何も分からなかった。

「後宮の秘花が気安く王以外の男の目に触れるわけがなかろう」と一切合財は雲の中。

王は、正妃を誰の目にも触れさせない。

身の回りの世話は選び抜かれた女官と侍女らで固められた。
彼女たちは正妃に関する情報は一欠片たりとも漏らすことはなかった。

王は掌中の珠に気安く人を近づけることもなく、
誰にも気安くは言葉を交わせる機会も与えられなかった。

どうにも気位が高いらしい、
いや、美しすぎて目がつぶれる、とか。
噂だけはしめやかに流された。

数少ない公式の場に姿を現すというその時。
誰もが固唾をのんで正妃の姿を待ちわびた。

正妃は異国風の紗で身をまとい、その花の顔(かんばせ)はさらされることなく、また迦陵頻伽の歌の如しと噂される美声も、誰一人として聞く機会をもたらされなかった。

あの異国の服装。見たこともない…!
いやあの御衣裳は、蒼玉国の向こうの碧海国のものに似ているのでは?
もしや、白陽の言葉のわからぬ他国の王族の姫?!
―――どこから、いったい。そのような姫を略奪してきたやら、いやはや狼陛下の手腕たるや。
など等、流言が密やかに語り継がれるばかり。

いよいよ立后式を執り行う触れが立てば、外国からの祝いの品が次々と王宮を埋め尽くす。
「どうやら表ざたにできない理由があるらしいが、碧海国の王家の血筋の深窓の姫君らしい」と噂されていた通り、次々と碧海国からも重鎮の面々が訪れる。

あれよあれよという間に、式典が執り行われる段となる。

狼陛下は、やるとなれば、迅速。
裏でどれほどの官吏が酷使されようと、やるといったら、やる。

重厚な金銀綾錦に覆われ、ありとあらゆる装飾品に身を飾りたてられ、複雑で手の込んだ化粧を施された美しい花嫁は、畏れ多くも苛まれるほどの神々しさ。
「幻惑され虜になった暁には、廃人と化し目がつぶれるぞ」と噂されるまでであれば、たとえ紗の絹越しにちらりと輪郭が伺えようかと好奇心がもたげようとも、己の将来を賭してまで尊顔を拝すなどと畏れ多く、身を地に投じ伏せるばかりであった。


* * * * * * * *
エピローグ
* * * * * * * *

「いやそれが、ご正妃様といえば」

―――ぴくん、と聞き耳が立ってしまう。

「人徳厚く、奥ゆかしく…。
人知れずご苦労なさろうと決して表に出さず、陛下をお立てあそばし。
立派に太子もお産みになって…」

「国民にとっては、言うことないなぁ
いいお妃さまをお迎えになったものだ」

「それはそれは麗しく、優しく
天女のようなお方だそうだ」

…伏せてピクピクしている妻の背中を、ポンポンと軽く優しく叩く夫。

「あの~」
妻は肩を震わせながら、憔悴した複雑な顔をあげた。

「ん?」
満面の笑顔で夫は受ける。

「なんだか噂に、すっごい尾ひれがついてるみたいなんですけど…」

ここは下町。
章安区の一角の飯店。

耳に入る世間話に、おもわず赤面して震えていた夕鈴。

「…たまには、この国の正妃様が褒められてる噂を耳にするのも、いい気分でしょ?
以前は王様の悪口ばっかりだったけど(笑)」

目の前の食卓には、庶民的な飯店が腕によりをかけた料理がずらりと並び、李翔は揚げシューマイの皮をポリポリとかじっていた。

「あの―――李…翔、さん」

「なあに? 可愛いぼくのお嫁さん?」

李翔が妻の手をとって、きゅっと抱き寄せ、顔を寄せた。

「―――それ、やめてください。恥ずかしいです!」


「恥ずかしい?」

「…もう、子供もいるのに…!」

「何人子供がいようと。
―――夕鈴は、ずっと。
僕のお嫁さん、でしょ?」

手を握られ、甘やかすように諭され、うっとりとした赤い瞳で見つめられるほうは堪らない。
その様子を周りの人たちが「おっ、アツアツだねっ!」と囃し立てるものだから、なおさらだ。

夕鈴は現実的な話に必死で切り替える。

「…あ、あの。ここのお店の、とってもおいしいから。
晏さんに、この揚げシューマイ、お土産に買って行ってもいいですか?」

「えー? 揚げシューマイ。晏流公は食べるかなぁ…。」

「しーっ!
ここでそのお名前は口にできないですよ?! へー…」

李翔は慌てて妻を引き寄せ胸に抱きしめた。

「しっ!
へーかは、なし!」

と耳元に唇を寄せて囁く。

夕鈴がカアッと赤くなって、ごめんなさい、と小さくつぶやき。
頬を染めながら、見上げる。

「だって。
…晏さんは、うちの坊やの養育係りをしてくださってるんですから…!
お兄ちゃんみたいなものです!
家族なんだから。私たちだけじゃなくて、おいしいもの、食べさせたいです!!」

「まあ。あいつも。以前に比べると
教育ママの重しがとれて、自由に振舞えるようになって…
ちょっと男らしくなった、かなぁ?
―――だが能力は高い。将来は宰相の器、だ」と李翔は笑った。

「じゃあ、―――ちょっとお願いしてきますね?」

夕鈴が店の奥に、揚げシュウマイの持ち帰りを注文している間に、浩大の手がひょいと伸びてきた。
すでに口がもぐもぐと動いているところをみると、ちゃっかり相伴しているようだ。

「(もごもご)そろそろ、お迎えの馬車、来てまふよ~?」

「…わかった」
李翔はゴチンと一つゲンコツを落とした。

メガネをかけマントを被った長身の男は彼の妻を追いかけて立ち上がる。

「オヤジさん、お勘定!」

「あいよ!
―――お兄さんたち、お似合いのカップルだね!」



「そうかな?」


「いやー。
なかなかお目にかかれねーよ?
こんな幸せそうなお二人には」


「そうだね。


―――ぼくたち、

白陽国で一番、
幸せな夫婦なんだ!」



李翔はニヤリとウインクをすると、
妻の腰をさらい、抱き上げ、
恥ずかしがりわめく彼女をおさえこみ、
笑いながら店を後にした―――






(おしまい)



*



ブログ500回ページ目となりました。
たくさん、お話書けて楽しかったです^ー^

いろいろ書きたいシーンはまだまだありましたが
すっきりとまとめてみました。

<おまけ情報>

・汀家の方はどうなったの? →略奪後のしりぬぐいには李順さん相当奔走されたそうです。

・晏流公や蘭瑶さまとの対決は?→たぶん、エピローグにあるような内容で取りまとめたと思われます。

・老臣たちの後宮への口だしは→正妃を迎えろといわれた陛下がちゃんと聞き入れ、その”正妃”に、さっさとジュニアができたので。とりあえず陛下に軍配。あの方たちはへそ曲がり対へそ曲がりなので。

・テンゴはないんですか? → 存在しません

・李順さんは、了承したんですか?→うん。李順さん、夕鈴のこと、実は気に入ってたから。

・老子は?→けっこうはしゃいでいたそうです。

・浩大は?→お二人を下町ツアーにお連れする仕事が増えたそうです。ツアー中ジュニアは乳母さんと晏流君が見ているらしい…。

では。

最後までお読みくださり、ありがとうございました^^
感謝。


*

長髪陛下の挑発(後)

お元気ですか

366666HIT を踏んでくださった まみりんさん のキリリク
前編だけ先に公開しながら、後編を上げそびれておりました。(2月26日に下書きしていたものに加筆修正を加え、改めてアップさせていただきます)

大変長らくお待たせしました。
つまらないものではございますが、どうぞお納めくださいませ。

──────────────
■お題■
陛下が始終狼陛下で ゆーりんを甘くあやしく翻弄して
要は甘々でお願いします。
──────────────


【バイト妃パラレル】【ねつ造設定】【ギャグ】

まみりんさんにささげます。

* * * * * * * *
長髪陛下の挑発(後)
* * * * * * * *

コホンと李順が咳払いをワザとらしく…。

李順の咳払いと、過剰なまでも神経質に眼鏡を磨くさまは
先ほどから一度や二度ではない。

それもそのはず。
「冷酷非情の狼陛下」と呼ばれる
この国一の冷酷かつ非情な君主、
若き珀黎翔国王陛下が、悠々と膝の上に妃を抱きかかえていた。


夕鈴は顔から火が出るほど恥ずかしかった。

官吏らがチラリチラリと盗み見る。

あちらから、柳方淵が資料を両手いっぱいに抱え、歩み寄る、
柳方淵は(ケッ)と、白けた見下し目線で夕鈴を突き刺した、

この衆目に晒されるなかで、
夕鈴は約束を果たさねばならない。

条件は、
政務室で。
みなさんの前で。

やるべきことは、
陛下の髪をひと房すくい、口づけをして。
何がどう心地よいのかとか、何故そうしたくなるのかとか
狼陛下のようにタラシなセリフを言ってのけること。

(ええい、夕鈴!
さっさとやり終えて。
約束を果たすの!
―――行くわよ!)

「陛下?」
おずおず、と手を伸ばし、陛下の方へと伸ばす。

「気になる」
「は?」
鋭い視線で見つめ返され、思わずゾクリと背中が凍りつく。
夕鈴は、手をひっこめ縮こまった。

「君はいつにもまして愛らしいが…
そのように思いつめた顔をされては」
狼陛下は軽く妃の顎をすくいあげ、じっとその顔を覗き込む。

(ほら、チャンスは作ってあげてるよ?
―――さあ、いつ仕掛けるの?
やれるもんなら、やってごらん?)

そう言われているような気がしてならず、夕鈴はむっとした。


「―――陛下。
お妃さまは、何かお一人で考え事がしたいのでは?」
すかさず李順が口をはさむ。

「いえ。
ええと、あの…」
(り、李順さんの眼が怖いっ!!
でも…陛下との、約束を、あの…)

「…」

「―――方淵?できたのか?早いな」
じっと側で控えていた方淵に気が付き、黎翔は目もむけず声をかけた。

「は。こちらに」
ずずい、と取り揃えた書簡類を広げ、黎翔の前に差し出す。

「フム…なるほど。」
黎翔は真面目な顔つきで、政務について難しい指示を出し始める。

こんなときに、手出し、できない…じゃないですか。
もじもじと指先をすりあわせ、言葉が切れるのを待つが―――
タイミングが計れない。

そもそも、このような場所で。
なぜ陛下のお膝の上?
なぜ私の頭の上で、国を左右するような指示が取り交わされているの?

ようやく方淵との用事が済み、少し距離が開く。

だが方淵の怒ったように人を見下すまなざしにはビリビリとした緊迫感がただよう。

そのうえ、李順がますますキツイ顔で睨む。

「お妃さまの顔色が悪いようですよ?
陛下―――そろそろお妃様を後宮に」
「いや、まだ大丈夫であろう」
「いやどう拝見しても―――」
「へーか!!」
もう! とりあえず、約束を果たしてしまえっ!!!
夕鈴は、ぎゅーっと両手で陛下の両側の髪をわしづかみに引っ張り、
それに顔を埋めると叫んだ

「へへへへっへいかの髪はふさふさで
モフモフしてて、大きなワンコみたいに気持ち良いですねっ!!!」

「―――わんこ?」
李順が、ずり落ちた眼鏡を指でクイともどしながら、問いただす。

「は、はいっ!
とりあえず、それだけ申し上げたら、今日はもう
十分です。
オーライですっ!!
失礼いたしますっ!!」

そう言って、ビシーッ!!と背筋を伸ばして立ち上がったものだから、
黎翔の顎めがけて、勢いよく夕鈴が頭突きする形になった。

「はぐぅっ!」
黎翔は顎をしたたか打ち上げられ
夕鈴が「痛たたたたっ…!!!」と騒ぐ。
白目をむいた黎翔は椅子の背もたれにガクンと音を立てて倒れた。

「へ、陛下―――っ!? 脳震盪?」
李順が叫ぶ。

「陛下っ!」
方淵が崩れ落ちる黎翔を押しとどめ、あわてて書類でパタパタと風を送る。

周囲の官吏は真っ白に凍り付いた。

* * * * * * * *
くすん、くすん…

すすり泣きが聞こえる。

「ご、ごめんなさい、陛下…」

その声で、ぼんやりと意識が戻る。

「ゆう、りん?」

―――ここは、どこだ?

政務室の隣の控室の長椅子に横にされていた黎翔は、ゆっくりと目を開けた。

「陛下っ!?
大丈ですかっ?」

「―――顎が、ジンジン痛む」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…!!」
夕鈴は泣きながら横たわる黎翔にしがみついた。

ふぅ…とため息をつき
「…いや、私も。
少し悪ふざけが過ぎたようだ」
黎翔は夕鈴を引き寄せ、ポンポン、とその肩を叩いた。

くすん、くすん。
「ごめんなさい、私陛下に…」

「―――もう、よい」
更にぎゅっと抱き寄せられる。

「痛かったですか?」
顎のあたりをそっと窺う。

「…痛いから…おまじない、して?」
「おまじない?」
「そう…君の柔らかい唇で
痛みをやらわげて」
「くっ、唇?」
「きっと…痛みが和らぐと思うんだけど…?」
「―――!//////」
「…できない?」
「くぅ…」
夕鈴は恥ずかしさも頂点で、煮詰まってしまった。
「…無理だよね…。うん
そうだよね。好きでもない男に
唇なんて…」
「そんなことありませんっ!!」
目をつぶった夕鈴は、黎翔の赤くはれた顎に、触れるか触れないか、
小さな口づけを落とした。

その途端、黎翔は夕鈴をぐっと抱きしめた。
「え!?」
抱き合ったまま、黎翔はぐるりと長椅子の上で二人の体勢をきように入れ替えた。
覆いかぶされて見上げると、滝のように豊かに流れる長髪陛下のながい黒髪。
夕鈴は思わずその艶やか黒髪を見とれた。

「ありがとう。
それは…夕鈴が私のことを、好きって、こと?」
長い髪に、赤い目。

私の好きな陛下と
そっくりで。
でも…違う。

「す、す、好きでもないなんてことは、ありませんっ!!」

「それって、好き?嫌い?どっち?」

…陛下なら大好き。
でも、本当に、陛下なの?
「―――」
「どっち?
―――言っておくれ」

黎翔があんまり真剣な目で見つめるものだから、夕鈴は胸が止まりそうだった。
「…」
「願わくば。
好き―――だと
言って欲しい…」
黎翔は固まった夕鈴の両頬を包むと
息がかかるほど、近づき…やがて重なるように―――

「夕鈴。
好きだと
―――言っておくれ」

押し返したくても、力が入らない。
だって、彼は陛下で。私のことを夕鈴と優しく呼んで…

陛下、なの?


めくるめくような口づけ。
息ができない…。
息が…
いき、





―――あ。
れ?

* * * * * * * *

はっと大きく息を吸う。

ふと、目の前に碁盤が。

顔をあげると、そこにはいつもの髪の短い陛下。

「―――どうしたの?
やっぱり、眠たいんじゃない?」

(やっぱり、さっきのあの長髪陛下は、夢だったんだ。
うん、うん。
そんなのありえないものね。)


「えーと、あ―――?」

「はい、夕鈴の負け!」

じゃらじゃら、と碁石をかきまぜる陛下。

「え?」
「負けたら、なんでも言うこと聞くって約束、だったよね?」

「へ?ええと、そんな約束
でしたっけ?」

「うん」

ニコニコと、笑う小犬陛下。

「あー、分かりました。
じゃあ、何しましょう?」

「じゃあ。
…今日は、

一緒に寝てくれる?」


ニヤリ、と赤い目で笑った陛下は

長髪陛下だった―――。


(おしまい)

SSS ご夫婦の日

5月22日は「ご夫婦の日」によせて。
(SNSの日記より再掲載)

【ご夫婦】

* * * * * * * * * *
SSS ご夫婦の日
* * * * * * * * * *



池の端のあずまやに
誘われるままに来てみれば

隠してあった包みを取り出して
「陛下、ありがとうございます」と渡された。

「―――え?」
ときょとんと問い返すと
今日は何かの記念日だという。

正直このところ忙しすぎて、
君が大切にしているささやかな何かに気を配ることもできなかった


丹念に君の手で縫われたであろう
涼しげな一重。

たとえどんなに忙しくて、君と会えない日が続いたとしても

これからの季節、この衣に袖を通すたびに
思いだそう。

こそばゆいような君の笑顔と
君が居てくれることへの安堵


何度繰り返そうと、
いつも、新しい

君への、ありがとう、を。


初出:2014年05月22日13:36
*

【宝物】Fullむんっさまからのプレゼント

いつもお訪ねくださる Fullむんっ さま から、素敵なプレゼントをいただきました。

最初に拝見したとき、
やん、なんだか涙出てきちゃった…。

それは
降り積もる思い出をたどる短編で
お二人が旅してきた二次世界のランドスケープ?
もう少し平たく申しますと『陛下の花園・はとバスツアー』でした。

丁寧に何度も読んでくださり、ありがとうございます。

宝物として手元に置きたいというお願いを快くご了承いただきましたFullむんっ様に感謝。

「タイトルはよしなに」とのことですので
皆様の心の中で思い浮かぶ題名で唱えてくださいませ。



それでは、 Fullむんっ 様 の短編です。 どうぞ^^




「ゆーりん、こっちこっち。」
「へーか。一体どこまで行くンですか?」
後宮の奥の奥、更に立ち入り禁止区域の奥で、国王夫妻が散策中。
「ほら、城壁が見えてきた。後少しだよ。」
「え!? こんな奥まで来てたんですか?」
「うん。今日はどうしても僕のお嫁さんに見せたい場所があるんだ。
ほら、あそこ。円い楼が見えるでしょう?
あれに昇るよ。」
ああ。嬉しそうにシッポを振る小犬が見えますよ、へーか。
城壁の所に、石造りの五丈ほどの高さの楼が建っていた。
「物見台まで、ちょっと高いけど大丈夫?
何なら僕、抱いて行ってあげるけど?」
「だっ大丈夫です!これ位自分で昇れます!」
「ホント? じゃ、行くよ。」
そう言うと陛下は重そうな扉を開けた。
楼の中はひんやりとして、見上げると所々に明かり取りの窓があり、壁に沿って螺旋状に階段が続いていた。
「うわー。外から見るより高そうですね?」
「さあ、行くよ。」
陛下に手を引かれ、長い階段を昇って行く。次第に息が上がり…

「ハア… ハア… へ、陛下… ちょっと 待って…」
「疲れちゃった?おいで。」
言うが否や、陛下は夕鈴を抱き上げ、一気に最上階までかけ上がった。
そこは四方に窓があり、物見台に出る扉が一つ
「さ、外に出るよ?」
扉を抜ける瞬間、軽い立ち眩みを感じ思わず目を瞑る。
優しく手を引かれ、目を開けるとそこには・・・

草原が広がっている?!

「え?えぇ!?
どーなっているんですか!?へーか!!」
「うん。僕にも良くわからないんだけど、面白いでしょ?」
そんな満面の笑みで言われても!何なの?ここ!
混乱しながら振り向けば、楼の窓の向こう側には、後宮の瓦屋根が続いて見える。
「ここね、僕だけの花園?
今まで私の他は、誰も入れなかったけれど、夕鈴ならばきっと大丈夫、って思っていた。
やはり君は私の唯一だ。」
盛大に『?』を飛ばしている夕鈴に向かって妖艶に笑みを向ける。
「ま、細かい事はいーから!
この先に砦があるんだ。其処で一休みしよう!」
嬉しそうに夕鈴を抱き上げ、陛下はスタスタと歩き出した。

「ここね『てすさびの砦』って言うんだ。
上に昇れば、色々景色が見えるよ。」
砦の物見台から見渡すと、更に不思議な光景が広がっていた。
「あっちの山が『包坦山』翡翠の産地だね。向こうに見えるのが『温泉離宮』。あ、『白峯寺』も見えるよ。
こっちの先の方に見えるのが『海棠の郷』と『雪うさぎのカマクラ』。
それにあの辺の川の側の丘にキャンプ場があって、その更に先に見えるのが『人魚の入り江』。」
「雪が降ってるんですか?
え?う、海??!」
「うん。何だか色々混じってるねぇ。」
また楽しそうに笑う陛下。
「近い所だと、そこが『青の庭』に『政務室』?
ああ『妃の厨』もあるし… 最近出来たのが『玉砂利の庭』と『晏さんの庭?』」
「あ、あの。ずーっと向こうに見える、物凄く高い建物はなんですか?」
「ん? ああ、あれは『宇宙エレベーター』だよ。あれに乗ると宇宙ステーションに行けるらしい。」
「『うちゅう』?『えべれぇたぁ』?『すてぇしょん』?????」
もう何だか、夕鈴の理解能力の遥か彼方?

「そしてあそこ。『星離宮』だ。
離宮の上、空を見てごらん?あれが… 」
「あ!あれは判ります!
星離宮で習いました。『織座』ですよね?」
「うん。良く判ったね。」
「はい!北辰と王家の星に次いで重要な星だって。」
やっと夕鈴の笑顔がほころぶ。
「あの『織座』から、時々星が降って来て、新しい『庭』が出来るんだ。
ここは私と愛しい妃の思い出が、沢山溢れている場所だよ。」
「陛下、その『思い出』は楽しかったですか?」
「ああ。苦しい事や悲しい事もあったが… いつも君が側にいてくれたから。
ここの『思い出』は、どれも楽しいものばかりだよ。」
「陛下が笑っておられるなら、私も嬉しいです。」

「あ。ほら、ごらん夕鈴。
また『織座』から星が降る。
私達の新しい『思い出』が増えていくよ。」
「綺麗ですね!
また楽しい『思い出』になりますように…」

おわり


*

さまよえる白陽2-水月(上)=ブログ1周年リクエスト1本目=

ブログ1周年記念 3本勝負、まずは1本目。

お寄せいただきました

そしてそれは…
ある意味、想定外の。
―――宇宙の遙か彼方からのリクエストでした!!

―――――――――――――――――
=ブログ1周年リクエスト1本目=

R〔仮〕様 からいただいきましたお題。
さまよえる白陽」の続編
―――――――――――――――――

いや、これ。「ぜったい、一回きりだ…」と思って書き散らしたんです。
覚えてくださっていて、嬉しいです。


【未来パロ】【SF(ロボット宇宙モノ)?】【ギャグ】
基本、陛下、ワガママ。


R〔仮〕さまにささげます。

そして。
R〔仮〕さま、はぴばー!!
心よりお祝いもうしあげます。

* * * * * * * * * * * *
さまよえる白陽2-水月(上)
* * * * * * * * * * * *


銀河の彼方、白陽星へ
はるばーるのーぞーむー
ひ魔人ゴー!
ひ魔人ゴー!
ひ魔人我ぁ、ゼーット!

* * * * * * * * * * * *

「夕鈴隊員、少々よろしいですか?」
航海班通信科所属でブリッジの紅一点、汀夕鈴が振り向く。

「あ、今ですか? 大丈夫です」
「結構。
では、私に付いていらっしゃい」
艦長代理、副指令の李順は、育ちの良さが漂う誰に対しても丁寧な口調を用いるが、物腰柔らかな言葉の奥には有無を言わせない拘束力がある。


第一艦橋(ブリッジ)からさらに上階に上がる狭い高速エレベーター。
これは限られた人間しか用いることができない。

「艦長の婚約者」そんな肩書がありながら、
夕鈴はここを上がったことは一度もなかった。
―――というのも、本当の婚約者ではなく、仮のバイト、だからである。


軽く「チーン」と鳴ると、そこは最上階。
シュ…と微かな音をたてて
隔壁が開いた途端、あたりに響き渡る荘厳な音色を夕鈴は耳にする。


ちゃららーーーーーーーーー
ぱらりら、らんらーらーーーーーーー
だらららららら… ! 。

ピタリ、と音がやむ

リノリュームの床をカツカツとブーツの音が響く。

「失礼いたします───陛下」

「李順か? 
入れ―――夕鈴は?」

「こちらへ」
「…あ! へーか、お邪魔します♪」

ここ艦長室で優雅にパイプオルガンを弾いている男の名は珀黎翔、
さまよえる白陽とよばれる戦艦白陽の艦長だ。

「李順、聴いたか?」

「はい。よろしくありませんね…」

黎翔は、詰襟を片手で緩めると胸元を広げた。
第2種軍装のコートタイプの上着にはびっしりと装飾が入り、肩章やらモールやらいかにも重そうだ。

夕鈴は(何がよろしくないのかしら…)と思いながらも、
黎翔の自室である艦橋の最上階にある突端の小部屋、艦長室の中を興味津々できょろきょろと見回していた。

「問題は、ここだ」

黎翔はそう言うと、もう一度パイプオルガンに向き直り
鍵盤に両手を載せ、おもむろに引き始める。

じゃららー
ちゃらりらぼーーーー
ちゃららーーーーーーーーー
ぱらりら、らんらーらーーーーーーー
だらららららら ぷー…(すかっ!)

「あら?」夕鈴が思わずガクリと崩れる。

「ドとレとミの音が、出ない…」
黎翔が、眉をひそめて深刻そうにつぶやく。

「ドとレとミの音が~でなーい?」
李順が復唱する。

「あーんなに大事にしてたーのに~
壊~れて出ない音~がーあるー」
黎翔が歌う。

「どーしよ?」と李順。

「どーしよ!」と黎翔。

「はい、そこまで―――!!」李順が、両手を上げて止めた。

「―――手短かに申し上げれば。…壊れたんですね?」

「そうだ」
二人は至極真面目そうな顔で向き合い、
むぅ…と低い声を出すと腕組みし考え込んでしまった。


夕鈴はポカーンとだらしなく口を開けてしまった。

自分がなぜこのような場面に居るのか、今一つピンとこない。
夕鈴の仕事は第一艦橋のコンソールパネルに向かって各所に指示出しの担当を受け持っている。
「艦長の婚約者」と対外的にはなっているのだが、本当のところは単なる民間人のバイト。
本来優秀なえりすぐりの軍人しか足を踏み入れることのできない第一艦橋に、なぜ民間人が紛れ込んでいるかは、―――『さまよえる白陽』発進の章をご覧あれ(←あるのか?不明)


夕鈴はもじもじして、黎翔の横顔を見つめた。
李順と黎翔の二人が困っている様子を見ても、自分は何のお役にもたてそうにないと思えた。
それで仕方なく艦長と副指令の二人の掛け合いを不思議そうに見守っていた。

航海班通信科女子隊員用の白地にピンクのぴったりとしたユニフォーム。
当然のごとくミニスカにニーソ風長ブーツ、絶対領域が女の心意気だ。
夕鈴の細いウエストラインを引き立てている。
ユニフォームデザインby総務課の張老子。

困った様子で、二人を見つめる大きな茶色い瞳は、くりくりと愛らしく背中に流れる栗色の髪は艶やかで、
おもわず黎翔は手を伸ばし、髪の一房を掬い取ると彼女の腰を片腕で、軽やかに抱き上げた。

「きゃっ! へ、へーかっ!
何するんですかっ!」


…あ、ついでに説明しておく

黎翔のコードネームは「へーか」。
へーかは冷酷非情の狼艦長と呼ばれ怖れられる白陽国直系の王族、失われし白陽の国王たる立場にある男だが、子犬のような二面性を持っており、犬は喜び宙(そら)駆けまわり。戦闘時には先陣を切って飛び出すのが常なのだ。
───そういうことで、宜しく。


「夕鈴殿。そこであなたにお仕事です」
副指令の李順が、組んでいた指をほどき、指でメガネの縁をクッと押し上げた。

「―――は?
唐突すぎて、お話が見えません!!」

「いいんだよ、夕鈴は
可愛いんだから」

黎翔が膝の上の夕鈴をなでて甘やかす。

「何がいいのか、まったく意味が分かりません」

李順が冷たく言い放つ。
夕鈴はもういっぱいいっぱいで、ミニスカートの端を抑え、黎翔の手が太ももに回ってこないようにガードする。

「ですからっ―――!」
李順がビシリとパイプオルガンを指さす。
黎翔が、ん?と顔をあげた拍子に、
夕鈴はスカートの裾をギュッと両手で引っ張って下げる。

(…無駄な抵抗を)クスリと黎翔が笑う。

「―――このパイプオルガンは、我々戦艦白陽にとって、なくてはならない大切なものなのです。
というのも、失われた白陽を取り戻すために、このオルガンの音色がキーになっており…」

「要するに―――
これをなおすために、君の力が必要なのだ」
黎翔が言葉を引き継いだ。

さりげなく夕鈴の髪を一房掬い上げると、口づけをする。
李順のメガネが青白く光る。

(あなたは、あくまでバイトですからね―――?
そこんとこ、分かってますか?
陛下の暴走をお止めするのは、夕鈴殿。あなたの務めですよ?)

夕鈴は背筋がゾクリとした。

「も、もうっ! お戯れは、やめてくださいっ!!
それにっ、…私、楽器なんて何一つ触れませんよ?
へーかのほうが、ずっと上手に弾きこなしていらっしゃったじゃないですか!」

夕鈴は、へーかの膝の上でぎゅうぎゅうと抱きしめられ、真っ赤になりながら押し返している。

「このオルガンをなおせるたった一人の人物が…
あの星にいるのだ」

そう言うと、黎翔は艦長室のスクリーンをすっと指さした。
そこには宇宙海図がモニターされており、黎翔の指先の動きに的確に反応したマーカーが
チカチカとある衛星の位置で点滅した。

「分かるか?
ここが、氾惑星の第一衛星、水月。
ここに、このオルガンをなおせるこの世でたった一人の人物が、いる」

「はぁ…なら、そこに行って、素直に『直してください』って
お願いしたらいいんじゃないですか?」

「奴は、男が大の苦手なのだ」

「苦手―――?」

「ですから、女の夕鈴殿に行っていただき、
事情を説明し、協力をしていただけるようなんとか説得してほしいのですよ」

「えええ?―――そんな白陽国の未来を左右するような大事なパイプオルガンの…
難しい交渉を、私に?」


「―――あ~、大丈夫。
ボクもついてくから、ね?」

ニコニコとヘーカが笑う。
その頭には耳がピョコンと立ち、
フサフサの尻尾がちぎれんばかりに振られていた―――。


「えええええ????
男、ダメじゃ、ないんんですかっ?」

「お利口にするから、大丈夫~~」

夕鈴が驚いたとたんに、するりと黎翔の手が伸び、
夕鈴の太ももあたりをしっかりと撫でまわしたのであった。


「ぎゃっ!
やーめーてーくだーさーーいーー!!」

涙をちょちょぎらせて夕鈴は抵抗した。




というわけで、以下次号。

(つづく)



[日記]狼陛下の花嫁 第59話感想・ネタバレ注意

本日、5/23(金)早売りで手に入れました。
恒例のネタバレあらすじ&感想レポート。


2014年5月24日発売 月刊LaLa 7月号掲載「狼陛下の花嫁 第59話」の感想。
ネタバレ含みますので、コミックス派の方はご注意ください。



続きを読む

さまよえる白陽2 -水月(中)

みなさまお元気にお過ごしですか?

引き続き、中編ですが…SFギャグです。
ご興味ない方には恐縮です。

SFとか、ロボットものとか、パロディとか。設定はねつ造の塊とか、思いついたまま適当とか。
細かいこと突っ込まれると非常に困りますが―――なんでもありよ、と笑っておおらかに雰囲気で察してくださるようでしたら、どうぞ。


【未来パロ】【SF】【ギャグ】
基本、陛下、ワガママ。

* * * * * * * * * * * *
さまよえる白陽2-水月(中)
* * * * * * * * * * * *


銀河の彼方、白陽星へ
はるばーるのーぞーむー
ひ魔人ゴー!
ひ魔人ゴー!
ひ魔人我ぁ、ゼーット!



「あの…へーか?
私、こんなところに居ていいんですか?」

「ああ、構わぬ」

火魔人我Zと呼ばれる戦闘用ロボットの狭いコクピットに収まった黎翔は、
嬉しそうに夕鈴を横抱きに抱きしめ、もう片方の手で操縦桿を操っていた。

(どうしてこの人は
こんなに我儘なんだろう…。)

ピッタリとしたピンク色の宇宙服に身を包んだ夕鈴は
真っ赤になりながら極力黎翔と接触面積が少なくなるよう
身を固くしていた。

「もっとリラックスしていてもらって構わないが?
目的地までまだしばらくかかる」

コックピットの内側の三方の広いスクリーンには、ありとあらゆる情報がめまぐるしく表示されている。
上も下も分からぬ不思議な浮遊感の中で黎翔にしっかりと抱きしめられたまま
夕鈴はバツの悪さを紛らわそうとして、あえて黎翔と目を合わさずに、真っ暗で吸い込まれそうな宇宙空間の中に輝く星々を眺めていた。


「あの、でも。バイトの私が、ですね、
あのーそのー
最高国家機密でもある最新鋭のロボット兵器に、なんで乗り込んでいるのかっていうか―――
あまつさえ、一番エラーい艦長さんが、あの…?」

「だって。艦載機は戦闘艇ばかりでしょ?
そんなので物々しく氾惑星の衛星水月に着陸したら、
ターゲットがおびえて隠れちゃうよ?
ロボット型で機動力も高く、秘密裏に衛星に近づける火魔人我Zを扱えるのは、この私だけだし」

「でも…」

「ひまじんがぁZに
私と乗るのが、そんなに…嫌?」

みるみるうなだれる黎翔の頭には
シューンと垂れ下がった耳が見えた。

「あっ!?
いえっ、そんなっ!」
「たまには、ゆーりんにこの雄大な宇宙空間を見せてあげたかったのに…」

ショボンとする黎翔を夕鈴は思わずギュッとつかまり、
「そ、そんなことは…」

「じゃあ、どうしてさっきから
そっぽを向いたままなの?」

「あの…それは」

チラリ、と伺うように黎翔の方を見上げると、
黎翔は破顔して嬉しそうに尻尾を振ってこたえた。

「夕鈴と、こうして宇宙を見たかったんだ」

そんなに嬉しそうに言われては…。
夕鈴は口をヘの字にしながらも、応えざるを得ない。

「わ、私もヘーカと見れて
―――嬉しいですよ?」

ギュッとさらにキツク抱きしめられ、息ができずドギマギする夕鈴にヘルメットをコツン、とあわせて幸せそうにつぶやかれた。

「うん!
嬉しいな。
―――宇宙のただなかに二人っきり

…ああ、ヘルメット邪魔。」

「へ、ヘルメット、邪魔って?
何するつもりなんですか、へーか?」

「―――うん?
気にしないで」

ゴロゴロとすり寄る黎翔。
ドキドキしている夕鈴の眼前が急にパッと切り替わり
三面特大スクリーンに李順のアップが写しだされた。

ギョッと身をすくめ
どんっと渾身の力で黎翔を突き飛ばし、二人の距離を取る夕鈴。

「―――艦長!」李順副指令が鋭く呼びかける。

「なんだ、李順?」と、いつもの艦長然とした冷たい表情。

「なんだ、ではございません」はぁ…とため息をつく李順副指令。

普段、管制通信をしている夕鈴は分かる。
このモニターランプが青く映っているとき、モニターは双方向カメラでつながっているのだ。

モニターが繋がった瞬間…すぐ離れたけど…まさかまさか。
李順副指令に今さっきの様子を見られた―――?
夕鈴は青くなって目をぐるぐる回す。

(ぎゃーーーー!! バイト、クビになるっ!!)

「ごごごっご苦労様デスっ!
李順副指令っ!!!」

「夕鈴殿。今は婚約者演技は必要ありませんからね?
よいですか―――あなたはバイトだということと忘れず。
職務に忠実に今回の大切な使命を果たしてください。
―――忘れないでくださいよ?
くれぐれも陛下に暴走させないよう、しっかりしてください」

ジロリと睨み釘を刺される。
夕鈴は硬直して元気よく「はっ、はいっ!」と返事をする。

李順はすぐさま、矛先を黎翔へ向ける。

「―――陛下!!
先ほどからわざとぐるぐるとミチクサを喰って…

燃料の無駄です。
さっさと目的地を目指してください!!」

「チッ…」
黎翔は小さく舌打ちした。

「…陛下、ミチクサって?」

夕鈴が不思議そうに見上げると、黎翔は間髪を入れずにスクリーンに向かって言い放つ。
「―――これより、氾惑星第一衛星水月に向かう!」

「…最初から向かってくだされば問題なかったのです。
…陛下。
ターゲットは非常に用心深い。
火魔人我Zを気づかれぬよう行動には重々ご留意を」

黎翔は渋顔のまま、面倒くさそうに応答した。
「―――了解!
ターゲットに傍受されないよう、この距離より単独行動に移る。
通信回線はこれにて切断―――」

「へーかっ…!××…」

パチン、とスイッチを切る黎翔。
李順副指令が叫ぶアップが瞬間残像として映し出されたあと、
プッ…と電波が途切れ、消えた。


* * * * * * * * * * * *

それからほどなくして、惑星氾の第一衛星水月に着陸した。

「―――なんですか?
…すぐ近くだったんじゃないですか」

夕鈴が拗ねたように言うと

「…すぐ着いてしまっては、勿体なくてな」
とハハハと黎翔は笑う。

「燃料は貴重です!
無駄遣いはおやめください!」

夕鈴が怒ったように背中を向けると、グイッと荒々しく両肩を引き寄せられ向き合わされた。

「愛しい君との時間に―――無駄なんて、ないだろ?」

いきなり抱きしめられる。

「―――はい?
あの」

黎翔が身に着けている白い宇宙戦闘服は、宇宙空間での白兵戦闘のため体の動きを阻害しないよう軽く薄い特殊素材で非常にピッタリ作られている。
長身の黎翔の長い手足、たくましく厚みのある胸板、骨格筋までそのまま露わに無駄のない体のラインをくっきりと表しており―――。
普段出撃時のモニター越しに見慣れているはずなのに、こうして目の前に居て、自分を抱きしめていると、なんだか気恥ずかしい。

「へーか。近いですっ!
今は婚約者バイトの演技、必要ないですよ?」

真っ赤になって胸を押し返す夕鈴。

「…ああ、ヘルメット、邪魔」
小さくつぶやく黎翔。

「え?」
夕鈴がきょとんと見上げる。

「…まあいいや。また帰ってから、ね?

いや―――帰ったら艦内に自由はないなぁ…
うーん。二人っきりになれる貴重な…(ブツブツ)」

「…貴重?」

「いや、貴重な人材をスカウトに、行かなきゃ、だね?」
黎翔は苦笑しながら夕鈴を抱きしめていた腕を緩めた。

「お仕事、ですね!」
夕鈴は元気にガッツポーズをした。
やる気満々の彼女を見るのは、楽しい。

「うん」
「それで、私、何をしたらいいんですか?」

「じゃあ―――夕鈴。
今からいうことをよく聞いて行動するんだよ?」と黎翔は話しはじめる。
「はい」夕鈴は腕につけられたボイスレコーダーのスイッチをオンにした。

「まず、ここから西にいくと、洞窟がある。
その洞窟の中にはこんこんと清水の湧き出る青い不思議な池があるという。
その池の守護神、白海龍が我々の尋ね人の居場所を知っている、らしい」

「白海龍…恐ろしそうなお名前ですね…。怖くないですか?」

「白海龍は化身をとることがあってね…。
音楽好きの神様の姿をとった白海龍は
女性とペットには、とても優しい、らしい」

「女性とペットに優しい?
…ああ、だから私、が?」

黎翔はコクン、とうなづいた。

「男はおびえて、出てこない。とくに私には―――」
黎翔は目を伏せると薄嗤いを浮かべ、言葉を切った。
「へーか、には?」

「いや、いい。

―――それで、とりあえず君は
その洞窟の奥にある目的地に行き
そこで、この笛を吹くんだ…」

といって、一本の横笛を渡される。

「えっ!?
私、笛なんて、吹けませんよ―――?!」
夕鈴はギョッとして慌てだした。

「うん、吹けなくていいの。
池の傍で練習してくれれば―――」

「…はぁ?」
キョトン、と黎翔を見上げる夕鈴のヘルメットを
ポンポン、と軽く叩く黎翔の優しい瞳に、夕鈴は少しホッとした。

* * * * * * * * * * * *

辺りは不思議な青白い光に包まれていた。
コツン、コツン…と洞窟の中に、ブーツの音が反響する。
ドキドキしながら頭の中でこれからの手順を反芻していた。

『―――ヒカリゴケが生えた洞窟内はそれはそれは美しく、謎めいた光景らしい…。
明かりを持っていかなくても十分に置くまで見通せるはずだ―――』
へーかの声が腕のボイスレコーダーから再生される。
へーかが一緒にいてくれるようで、心強い。
言葉通り薄暗い室内よりも明るい程度にホンワリ光るそれらは、洞窟の内部を幻想的に照らし出している。

ピコン、と軽いアラーム音が鳴り、腕についた生命維持装置のランプが青くなった。

「あ…」
そのランプが灯ったことを確認すると、ヘルメットをはずす。

―――呼吸ができる。
それも、清浄で、ほんのり甘くかぐわしい空気。

『その洞窟の中の不思議な青い池の周りは神域で、ヘルメットをとっても普通と同じように生活できるらしい―――
腕のランプで確認したらヘルメットを取っても大丈夫』
ヘーカの言った通りだ。

この池の周りは清浄な空気に満たされ、深呼吸をする。うっとりするほどおいしい空気。
「ああ、気持ちいい…」

『正常な空気が満たされたら、そこはもう白海龍の守護エリア。
その先に進むとすぐに青い池が見えてくるよ』

デコボコした岩で足を滑らせないよう、慎重に進む。
100歩も行かないうちに、目的地が見えてきた。

洞窟の奥にできたドーム状の広い天井は、スペース・ベースボール球場ほどはあるだろうか…。
かなり広いそこに広がる青い池は、かすかに霧も漂い、満々と澄んだ水を湛えている。

「ふしぎ。ほんとうに…まっ青!」
私は思わず息を飲む。

『池の中央に進む浅瀬の砂州があるから。
その奥の祠が祭られている島に行って、そこで笛を練習するんだ…』

ぐるりと見回すと、陸繋砂州でつながれた小島が池の中央に見えた。
ヘーカが言ってたそのもの。だから、怖くなんかない…。
私はヘルメットを近くの小岩に置くと、砂州を進み始めた。

何も起こらず、あたりは静か。

…この青い池の水では、プランクトンすら住めないのでは?…
と思えるほどの清澄さで、なるほど神域の聖なる池。
他を寄せ付けない神々しさすらあった。


その時、すぅっと波紋が広がり、池の水面がうねるように波立った。
ピシャンと微かな水音に驚き「…きゃ…」と息を飲み、池を覗き込んだ。

生き物一つ住めないほど硬く澄み切った水の中に、不思議な魚の影が見えたような気がした。
波紋はすい…と遠ざかり、再び近づくと、今度はキラキラと輝く銀白色の鱗に覆われた魚体と背びれが一瞬現れた。
大きくほっそりとした優美な魚。

「きれいな…お魚!
図鑑でも見たことないわ…!」

身を乗り出してその姿を必死に目で追うが、
白銀の魚はあっというまに遠ざかり、今度は深く沈んで見えなくなった…。

「…この池の、主、さんかしら?
他に何も生き物がいないみたいなのに…あんな大きなお魚がいるだなんて…」


私は、美しい魚に後ろ髪引かれながらも、へーかの指示を思いだし、島の中央に進む。
そこには小さな祠と祭壇のような平らな岩が置かれていた。

『池の中央の島で、この横笛を練習するんだ。
すると、音楽好きの神様の化身をとった白海龍が現れるかもしれない。
音楽好きの神様はパイプオルガンを直せる唯一の人物を知っているから』

『その、神様に、パイプオルガンを直せる人のことを尋ねればよいんですね?』

『うん。でもそれからね。
夕鈴。
言いにくいんだけど―――

実はもっと、大事なこともあって。

君はこの笛で一曲「白陽の春」を弾けるようになるか、
あるいは吹ける人を連れてこないと、生贄になってしまうんだよ?』

『生贄っ!?
―――なんですかっ!?
それ、聞いてませんよ?
パイプオルガンを直せる人を探すって話じゃなかったんですか?』

『あのパイプオルガンは不思議なボイラーで動いていてね。
調整修理のためには、一度ボイラーの火を落とさなければならない。
そして、その不思議な火は
この笛で白陽の春を一曲弾ききるか、
清純な乙女の生贄をささげるか、の
どちらかでないと再び熾せないないんだ…』

『え? でも、一曲って? 白陽の春―――』

『知ってる、でしょ?
白陽国の人間なら、赤ん坊だって知ってる平易な曲だ』

『む、無理です!どんなに簡単な曲でも…
私、笛なんて―――』

『大丈夫。
李順が、婚約者の教養手当と、
万が一の危険手当は弾むって言ってたよ』

『―――危険手当?
バイト、ですか?』

思わず私の目は$になってしまった…と思う。

『そう。
君ができなければ、吹ける人を連れてくればよいだけの話だ。
お願い、できるかな?』

そこで、ボイスレコーダーは途切れた。
だって、そのあとぎゅーぎゅー抱きしめられて…恥ずかしいことを口走られるんじゃないかと思うと、思わずレコーダーのスイッチを切ってしまった。

―――お願いって。そう簡単そうに言われても…。と思い出す。

でもお金につられるようで、ちょっと恥ずかしいけど。
やっぱり…まだまだ、いろいろ物入りだし。
危険はないっていうし。
白陽の春、ならよく知ってるし。

音楽好きの神様が現れて手ほどきしてくれるのなら。
もしかしたら練習すれば、すぐ弾けるようになるかもしれない!
うん、きっとそうだ。

私がしっかりバイトを頑張らなくちゃ!と決心を固めた。


池の中央にまつられた祠の正面から少し控えたところに
少し広くなっているところがあった。
すべすべとした岩が平らで、きっと人々はここに膝をつき、額を摺り寄せ、何かを願うのだろう…。

私はそこに腰をおろし背筋を伸ばし居住まいを正し、おもむろに懐からヘーカに渡された横笛を取り出す。

とても素敵な細工のある横笛で、とても大切なもののように見えた。
私なんかが吹いていいのかな…と思いつつ、そっと唇を当てて吹いてみる。

「ふっ」


…音が出ない。

「フッ フッ フーーーーーっ!」

―――ピ、とも音が出ない。

そりゃ、私?
横笛なんて雅なもの、一切ご縁がなかったですけど。

でもなんだか悔しい…!!!

意地でも音が鳴らしたい!
とふつふつと闘志が湧いてきた。

―――唇をあてる角度かしら。
それとも、息を吹きこむ強さ?

いろいろ試して、必死に横笛と格闘すること小半時…

正直、使命だとか白陽の危機とか、すっかり頭の中から消えさってただ笛の音をだすことに熱中してしまっていたその時…。
池の中からすぅ…と青白い光に包まれた白っぽい衣をまとった不思議な人が、池の表面を渡って歩いてきた。

白っぽい長い髪をかるく三つ編みに結わえ
長いまつ毛、優し気で少し憂いを帯びた白い横顔は中性的でもあり男性のようでもあった。

(へんねえ、…ここは男性が近づけない場所って…)
私は頭をひねった。

「きみ―――」微笑みをたたえた優し気な横顔。
「はい」
「名前は?」
「夕鈴、です」
「…もしかして、あの。失われた白陽に乗り込んでるという。陛下の…お妃様?」
「―――あ? はい」
艦長の婚約者である私には巷では『お妃様』とかいうあだ名がついて、あちこちに噂に尾ひれがついて広まっていることは、知っている。
「…随分。お可愛らしい方ですね」
「どうしてご存じなんですか?」
「うん。いろいろ―――
あの陛下が『本来なら片時も側から離したくない』とか
『これほど愛しい存在を知らなかったのは大きな損失だった』とか…
常日頃おっしゃってる、あの、お妃様、でしょ」

―――ひいいいいい……!!
あの陛下(ヒト)が艦橋で口走ってるたわ言が…
一体ぜんたい、どうして、こんな僻地まで知れ渡ってるの―――!!!

思わずカアアアっと血が上る。…必死に顔を隠す。

「そそんなことまでご存じなんて―――やっぱり、神様、なんですね?」
私は少し確信めいて口にした。

神様は、うん、ともちがう、とも言わず、ただ微笑んだ。

(クス。随分んと初々しいお妃様だな。
宇宙戦艦白陽の全艦放送の音声が、U-Tube(宇―宙ーブ)で流れてること、知らないんだ…)と、
当の神様が思ったことを、私は、ずいぶん後まで知らなかった…。
というか
知っていたら―――爆死していたと思う。

「でも、想像していたのとは、だいぶ違いますね」

その言葉に私はがっかりした。
「そうですか…ガッカリさせて申し訳ないです―――」

絶世の美女、とか、国を傾けた悪女、とか。あることないこと、ウワサされてるんだろう…な。

「どうされましたか?」
その声は落ち着いた甘い声で、やはり男性っぽいトーン。

「私…あの。
この笛で一曲白陽の春が弾けるようにならないと、生贄にされちゃうんです。
でも、ぜんぜん吹けないから、この池に住む音楽の神様に会いたくて。
―――あなたのことですよね?」

「…音楽の神様?」

「―――って聞いて、やって来たんです。」

あははと軽く声をたて、その不思議な神様は笑った。
「こんな辺鄙なところに来る人がいるかと思ったら…」
「ここには、人はこないんですか?」
「…うん。母星の氾惑星は
ひっきりなしに大勢の人間が出入りするけど、ね。
この月を訪れるのは…僕の妹くらい、なものかな…。
外の人は、久しぶり…」

「それは―――寂しい、ですね」

いや、と軽く首を横に振ると、少し寂しげな美しい微笑みを見せながら神様はすうっと手を伸ばし、夕鈴の手元の笛を指さした。

「…その横笛を、貸していただけます、か―――?」

その時、神様の衣が白銀色にキラキラと反射したのをみて、私は思いだした。

「…さっき、池の中にいたお魚さんと同じ―――!?」
「ふふ」と微笑む。
「―――え?
もしかして。本当にさっきのお魚さんだったんですか?」
私は横笛の吹き口を丁寧に布衣でぬぐって、そっと差し出す。
「―――さあ。どうかなぁ」
くすくす、と面白そうに笑うと、私の手の中の笛をツイと受け取った。


神様がその笛を口許にあてたとたん
えもいえぬキラキラしい音楽が奔流となってほとばしった…。

私は思わずこの世の者とは思えぬ音色に身を震わせて聞き入った―――。


(つづく)



さまよえる白陽2-水月(下)【終】

とりあえずSFパロ・水月編の最終回です。

本当に、ご興味ない方には恐縮です。

引きまくってらっしゃいますよね…?
拍手の数そのあたり如実に反映しているのではと気持ちハラハラしておりますけれど(笑

書いてる方はとても楽しいです。

SFとか、ロボットものとか、パロディとか。設定はねつ造の塊とか、思いついたまま適当とか。細かいこと突っ込まれると非常に困りますが―――なんでもありよ、と笑っておおらかに雰囲気で察してくださるようでしたら…

宜しければお付き合いくださいませ


【未来パロ】【SF】【ギャグ】
基本、陛下、ワガママ。

* * * * * * * * * * * *
さまよえる白陽2-水月(下)【終】
* * * * * * * * * * * *


銀河の彼方、白陽星へ
はるばーるのーぞーむー
ひ魔人ゴー!
ひ魔人ゴー!
ひ魔人我ぁ、ゼーット!

* * * * * * * * * * * *

思わず聞き惚れてボーッとしていた私は、音がやんでしばらくたってから、ようやく拍手を送った。
「神様、すごいです!」

「神様、はおやめください。お妃様。
私のことは、水月、と―――」

「水月、さん?」
「この星の名前ですよ―――仮の姿ではありますが。」
「では、水月さん。
この笛で白陽の春を弾けるよう、私に教えていただけませんか?」

「―――弾けないと、そんなに困るのですか?」
「はい、弾けないと、生贄です…」
私はしょぼんとした。

水月さんは、笛をしばく見つめると、ようやく口にした。

「―――これは、白陽に伝わる魔歌(まがうた)の笛、ですね?」
神様は、寂しそうにほほ笑むと、私に言った。

「まがうた?―――なんですか。それ
恐ろしいものなんですか?」

「いえ―――善くもあり
悪しくもあり―――
吹き手の心の美醜に因り、魔歌(まがうた)はどちらにもなりうるのですよ」

「では、あなたは、純粋で、美しい、善の吹き手、ですね」
ぱちぱちと手を打つと、水月さんは、目を丸くして
「…私は、とても怖がりなのです」
「へ?」
「私は、あの方がとても恐ろしいので、この星に隠れているのです」
「あの、かた?」
「はい。
───あの瞳に見据えられると体が凍り付き、
逃げ出すことすらあの方は許して下さらない───
恐ろしくて、冷たい…あのような方を、私は他に知りません」
「水月さんのような神様にも、何か恐ろしいものがあるんですね。
でも、大丈夫!!
それなら、私がその恐ろしいものから
水月さんを守ってさしあげますよ!?」
と私が笑うと、水月さんはホッとしたようも見えた。

「私を、守って下さる?
───やはり、お妃様は私の想像していたのとは違います。
あの陛下が―――あなたのようなお方をおそばに置かれるとは
少し意外でした」
クスと笑う水月さんの横顔は、やっぱり整っていて綺麗。

「…陛下が、私のような?」
「―――」
「それは…噂と違って。ガッカリした、ということでしょうか?」

(美しい水月さんからみれば、私なんて足元にも及ばないに違いないわ…
絶世の美女と噂される“お妃様“の実物がこんなんじゃ、ガッカリしても当然よね…)

「いえ…あなたのようなお方で、―――非常に興味深く思います。
さあご機嫌をお直しください…」

そういうと、水月さんはもう一度笛をとり
「お妃様。
───あなたのために、吹きましょう」
そっと吹き始めた。

それは“白陽の春”で───。

でも、今まできいた、どんな白陽の春とも違った。

白陽の春は平易で優しい音律に春をたたえる美しい歌詞がついており、
白陽国の人間なら赤ん坊でも知っているほどよく知れ渡り
小さいころから何度も繰り返し耳にし、歌ったことのある曲だった。

にもかかわらず、音楽好きの神様の奏でる白陽国の春は、これまで聞いたどの演奏よりも感動的で、美しかった。

(ほえ~ 陛下にお聞かせしたら…
さぞ、お疲れも癒されるでしょうに…)
私は体中のよどみが消え去り、身が軽くなってゆく心地よさを感じながら、陛下のことを考えていた。

…。音がやむ。

私は精一杯の拍手を送った。

水月さんは白陽の春を一曲吹き終えると丁寧に笛の吹き口を袖の中から取り出した手布でぬぐい私に返してくれた。
その途端、ヘーカが突如、池のほとりに現れた。

「夕鈴!」

「へーかっ!!」

思わず私が声をあげると、
音楽好きの神様はビクリとし、視線のその先に立つ人物に気が付き
と青ざめ顔をひきつらせヘナヘナ…と崩れ落ちるように跪拝をとり
顔を袖に埋めた。

へーかは、身軽に砂州を渡って、島に上ってきた。

「水月―――久しぶりだな」

「ご尊顔を…」

陛下の足元に跪いた水月さんは、カタカタと小さく震えながら、
今にも口から魂が抜けださんばかりだった。

「へーかっ!!
神様は、男の人が嫌いなんですよっ!?
それを知ってて…」

「いえ、男ではなく―――
正確には…私は狼陛下が恐ろしいのです…」
水月さんは、私にそう小さくつぶやいた。
「えっ!?───もしかして、さっき
水月さんが言ってた、恐いものって───!!?」
「…ハイ」
水月さんがすまなさそうに頷く。

「そいつは我が国の守護龍でありながら、
私を怖れ、顔も見せぬ。
───いい機会だ、水月。
お前は一体いつまで引きこもっているつもりだ?」

カタカタと震える水月さんは、目が死んでる───!?

「…ここまできたら、
どこまでいけるか試してみたいと思いますか…」

ちょっとちょっと、
ダメでしょ、その答え───!?

怒ってる、怒ってるわよ、狼陛下!
怖いっ!!!


「はぁ…?
でも、へーか!
水月さんは、少し変わってるけど、良い神様なんですよ?
私にもとても優しくて親切にしてくださり、
素晴らしい演奏で心を和ませて下さったり───
そうそう。
この魔歌(まがうた)の笛のことについても
お詳しいみたいで───」

ここはどうにか怒りを鎮めてもらって…

「ほう
…ずいぶんと
親しげだな」

ジッと水月さんを睨みつけるへーか。

待って、待って!?

「いや、えっと
…私、あれほど美しい白陽の春は、聞いたことがありません!
陛下にぜひお聞かせして、癒して差し上げたいと思ったくらいです…!!
私が笛を上手に吹きこなせるようにって、お手本の演奏を―――」

「君が吹けなかった、笛を―――?

それは。
―――間接キスを、したということか?」

ツカツカ、と私に近づくと、私を抱きしめる。
ピンクのぴったりした宇宙服に陛下の体がダイレクトに接触する。

ギャーっと思ったが、急激に辺りが寒々とし、
ヘーカの様子が恐ろしくなっている空気を感じ、声をあげることすらはばかられた。

陛下の最大奥義、氷の刃ブリザード攻撃が吹き荒れ…

あれ─────────!!?

ちょっと、ちょっと、ちょっと!? なんでさらに怖くなってる?
ヘーカ、怖いでしょ!?
水月さんが…

見ると、水月さんの口許からはエクトプラズムと呼ばれる白い霊魂が抜け出そうとしているところだった。

「ヘーか、違っ、ちゃんと、吹き口はちゃんと布でぬぐいましたっ!!
そんな変なことで人を疑わないでくださいっ!
凄いですよ!水月さんはすごい知識もあって、最高の白陽の春を吹いて聞かせてくださったんです!!
素晴らしい神様です!」


ぎゅーっと陛下にしがみ付く。

…その時私は、忘れていた。
陛下の身に着けている白い宇宙戦闘服は、宇宙空間での白兵戦闘のため体の動きを阻害しないよう軽く薄い特殊素材で非常にピッタリ作られていて。私のピンクの宇宙服もピッタリピッタリで。二人がそんな恰好でかなりの密着度を保っていたことを───。


ふぅ…と一呼吸すると、陛下は急に雰囲気を和らげて言った。

「───水月。
以前の働きは聞いている。お前の能力を高く買っているものも多い。
そしてなにより、先ほどのお前の演奏はみごとだった。
魔歌の笛を弾きこなし、その善たるエネルギーは私の火魔人我Zのエネルギーを満たしてくれた…。

妃の目にもとまる優秀さを
私も見てみたいものだ」

そういうと、水月さんの表情が少し、変化した。

「───もったいないお言葉にございます
我らが王───…」


* * * * * * * * * * * *

戦艦白陽に戻るため、再び火魔人我Zに乗りこむ。

「水月さんは?」
「妃と笛の契約を結んだ守護神だ───必ず追いかけてくるだろう…」
「笛の、契約?」

ニッと笑って陛下はコツン、とヘルメットを重ねた。

「君が、すごいってこと」

水月さんとの別れ際が思い出される。

「正直、働きたくなくて」
「…は?
いえ、働くというのは
やりたいやりたくないの問題では」
「…朝、起きたくないんです」
「いやいやいや、そんなこと悲しげに言われても!」

困った人だ…と思いながらも
水月さんは
「でも、お妃様。
かならずあなたを助けにゆきますから」と言ってくれた。

コックピットに潜り込んで、
「おいで、ゆーりん?」と手招きされ、キュッと抱きしめられると
なんだかとっても安心してしてしまい、それまでのいろいろな気づかれがドットでてきた。


疲れてたんだ。
あっというまにウトウトしてしまい、惑星氾第一衛星水月からの帰りの道中は、覚えていない。

眼が醒めると陛下が相変わらずぎゅーぎゅー抱きしめていて、困った。

だって、へーかのスーツ。
ピッタリすぎませんか?
それ、ちょっと…

恥ずかしすぎます!!!


またギャーギャー、わぁわぁひとしきり文句を言い合いながら
着艦デッキから引き上げる二人。

「…もうっ、へーかなんかっ
嫌いっ!!」

「ゆーりん…、待って?」

ガーンとした表情で、ヘルメットを片手に追いかける陛下を見捨てて、さっさとブリッジに上がろうと、カンカンと足音を立てて走った。

ところが、知らないうちに、水月さんはそこに居て
「お妃様、お待たせしました」声をかけられ、びっくりしてしまった。

水月さん。私よりも先に到着してる…!?

「水月さん!?どうやって?」
「私も、移動手段はありますから…」
そんなふうに微笑まれると、なんだ、そうなんだ、と意味は良く分からないけど納得させられてしまう。


* * * * * * * * * * * *

「夕鈴殿。引きこもりの守護龍、水月をよくぞ改心させてくれました!
よくやりましたね、今回の出張手当ははずみますよ?!」

そういって、李順さんにねぎらわれた。

「あ、でも、ヘーカ。
これで笛で白陽の春を一曲弾きこなす、課題はクリアできましたね!」

「うん。…ちょっと残念だけど」

「…残念?」
私は陛下の反応が微妙でちょっと不思議だった。
でも李順さんはホクホクと嬉しそうに答えた


「水月の吹く祝福の白陽の春のエネルギーは、
白陽艦隊で使用されている波動エネルギーを生み出す魔歌(まがうた)なんです。
これで、燃料エネルギーに困ることなく暫くはやってゆけそうですよ。

これで、バーンと宇宙の果てまでワープだってできますね!」

燃料に関していつもケチケチしていた李順副提督の言葉とも思えない大盤振る舞いな発言もなされた。


「問題の、パイプオルガンの修理、は?
───水月さんには、パイプオルガン。直せないんですか?」

「私はどうにも感覚派ですからね…。
守護神というのは森羅万象自然のエネルギーを利用はしますが…。
ザックリ申し上げますと、精密に物を動かしたり直したりは苦手です。
それに…細かい図面とか引くのは苦手で。
パイプオルガンというのは目に見えないところにもたくさんのパーツが存在し、オーバーホールともなると、とても大掛かりで各種手がける精鋭たちをあつめ、それぞれの持ち場で仕事を黙々とこなし。最終的にそれを一体化してゆくという、たいへん大掛かりな楽器なんですよ。
全体のバランスを損なわず非常に細かく神経を行き届かすことのできる、かつ几帳面で何一つ妥協せず、誤魔化さず、清廉な心を持つ人物なら、一人。───私は知っています…」

と水月さんにしては長いセリフを吐いた。
───そのあと顔が青くなって、フラリと椅子に横になった。


「水月。その人物の、居場所を教えてくれるか?」

へーかが問うと、水月さんははっきりした口調で答えた。

「緑の惑星柳の、緑深き山々のすそ野の方形の淵に住む、眉間に皺を寄せた…
非常にめんどくさい男───」

(え? ひじょーにめんどくさいおとこ、って、どういう意味?)
と一瞬ひっかかり?が浮かんだけれど、陛下も李順さんも一向にこだわる様子を見せなかった。

陛下がスクリーンをすっと指さして、モニターに表示された宇宙海図が陛下の指先の動きに的確に反応する。
「惑星、柳」と音声認識のとおり、スクリーンにチカチカとある衛星が点滅し、指先で払うとその衛星のアップが表示される。

母星、白陽の懐かしい故郷とよく似た、緑豊かな惑星、柳星のようすに、思わず見とれてしまう。

「かなり遠方、ですね」

「―――よし!
李順、ワープだ!」

「それでは、さっそくワープエンジンの調整にとりかかります!」
李順さんがヘーカに確認を取る。

「…どれくらいで調整可能だ?」

「…そうですね。早く見積もって、半月───いや、三週間程度お時間をいただければ」

「え?
すぐ、行けないんですか?」

「夕鈴、ワープ・ドライブはですね。
光速を超える速度での宇宙航行を可能にするFTL (Faster Than Light) 技術でしてね、亜空間の場(亜空間フィールド)によって形成される亜空間バブルで宇宙艦を包み込み、周囲の時空連続体を歪めて艦を推進させるためには、膨大なエネルギーが必要とされる一大事業なんですよ!?…それに、いままでずっと使っていなかったワープエンジンの調整には時間がかかりますし…これからはきっと残業続きの毎日で大変なことになるんですよ!?」


…ちんぷんかんぷんで、李順さんが何を言ってるのか良く分からなかった。

私は学の無い民間人のバイトだから。それは仕方がない。

とりあえず、コクコク、と頷いておく。

ようするに、今までケチケチ運航をしていたこの戦艦白陽では一度も使ったことのない宇宙航行で。
膨大な波動エネルギーを集め、ワープするには少し時間がかかるということね。


* * * * * * * * * * * *

しかし―――
水月さんのマイペースは相変わらずで、
何かあるとすぐにお魚に戻ってしまうことが多い。

お魚、というか───龍、だったのだけど。


戦艦白陽に戻った翌日。
艦内モニターでこっそり居住区を抜け出し、デッキの発艦スペースの方へ歩いてゆく水月さんの姿に気が付いた。

私は思わず小さな声でマイク越しに話しかけた。

「水月さん、…どこ行かれるんですか?
そっちは危ないですよ?」

「私は調子が悪いので、早退します」と丁寧な口調で返事をされた。
「早退?―――」

宇宙空間に浮かぶ、この白陽から。
どこに早退するというのだろう…。

「実家の池の庭の鯉に餌をやりわすれました」
「それ、調子が悪いとかと、ちょっと違いません?」

ブリッジの官制マイクを通して、必死に話しかけたのだけど
水月さんは「…」いつものようにニコと優し気に笑うばかり。

みるみるモニターの中で変化が解かれ、白銀のウロコに覆われた大きなお魚…白海龍が現れた。
隔壁をものともせず不思議な力で通過すると、大きな白海龍は宇宙空間へと泳ぎ出した。

驚いて一瞬目を見張ったけれど、そうだった、水月さんは白海龍の化身。
この白陽国の守護神の一人だったんだ、と思いだす。

宇宙空間の中に吸い込まれるように泳いでいく水月さんの後ろ姿に
「ちゃんと、戻ってきてくださいね?」
聞こえているかわからないけど、声をかけてマイクを切った。

ほっそりとした龍の姿の水月さん。
やっぱりあの日、青い池のなかで見かけた、綺麗なお魚だったんだ、と分かった。

その日の夕方に、また水月さんは小さな龍体姿で戻ってきて、いつのまにか紛れ込んでいた。

* * * * * * * * * * * *

水月さんは、といえば。
その後もあいかわらずマイペース。

ヘーカに対しては、相変わらずビクビク、焦点の合わない瞳だけれど、
それなりに戦艦白陽のクルーともなじんだ様子で、
ときどき笛を吹いてくれたりしている。

そのたびに、李順さんが「エネルギーがまた溜りました」とホクホクするから、水月さんにとっても呑気に笛を吹いていられて良い環境かもしれない。


最初は心配で、心配だったけど、
水月さんも随分ここになれたわね…と思いながら、ホッとした。


ときどき宇宙空間をクネクネとお散歩して飛んで行ってしまうけれど…
その姿はとっても美しい。


* * * * * * * * * * * *

時間があるということは、忙しい人と、忙しくない人がいる、ということで。

李順さんは忙しい人で、
へーかは忙しくない人だった。

今日も、第一ブリッジの指令席の後ろの小部屋に、ちょいちょい、と手招きされて
ついてゆくと「ゆーりん、お茶、入れてくれない?」という。

「みなさん、忙しく働いていらっしゃるのに…!」と言うと

「だって。ワープエンジンの調整の現場に、私がいたらみんなやりにくいだろ?
私ができることは、演技向上の訓練くらいなものだ───
君が気にするのなら、───艦長室に、行く?」

「…ま、ま、まさかっ!!」
本能で、危ない、と感じた。

「うーん。じゃあ、ここで少しだけ、おしゃべり」
嬉しそうにヘーカは私に構い倒す。


「じゃあ、ちょっと。
おしゃべりだけ、ですよ?」

狭い小部屋で、二人の距離はちかくて。
キュンと見上げると、へーかは嬉しそうに私の手をとり、抱き寄せる。

「うん」

あんまり、嬉しそうで、困ってしまう。
何か話題を…

「あの…もし、水月さんが同行してくれなかったら
私が生贄になってたんですか―――?」

「そうだね。
活きのいい兎の生贄が必要だったね

…正直、僕は少し残念だけど」

「ど、どうして!
へーかが残念がるんですか?
酷いじゃないですかっ!」
キッと向き直る。

「…え?だって
白陽の春、の代わりの
生贄、でしょ?

―――せいぜい、私を楽しませてくれ、と
期待しちゃだめだったかな?」

怪しい色をたたえた陛下の視線に、思わず目を伏せる。

「だ、だから、それって…」

不穏な空気に、おもわずもじもじとする。

「うーん。でもまぁ…李順がいると。儀式って分かっていても、いろいろうるさいよね~」
ぽふっと、私の背中に手を回して抱きしめ、密着度が上がる。

「はあ?」
ぎゅうぎゅうと押し戻して抵抗をする…が、むなしい努力だと思わざるを得ない。

「へ、ヘーカ!
ち、近いですっ!」

「やっぱり。いつ水月がいなくなるかも分からないから。
年には念を入れて
手とり足とり、いまから練習―――する?」

「あの…」

「本当の、妃、の役と―――
その生贄の―――」

「い、い、いい加減にしてくださいっ!!」

バタン!!
カッカッカッカッカッカ…


陛下の、バカバカバカ…!
人のこと、からかって~~~!?


私は真っ赤になった顔を見られたくなくて。
走って逃げた…。


* * * * * * * * * * * *


失われた故郷、白陽を救うため、急げ、宇宙戦艦白陽!


白陽滅亡まであと785日。
あと785日しかないのだ───

君は生き残ることができるか…!






(水月編 おしまい)




R〔仮〕さま、リクエスト、ありがとうございました!

sss やさしいひと/他人行儀

* * * * * * * * *
やさしいひと
* * * * * * * * *

その人は、なんでも叶えられる特権を持っている。
それゆえに人に取り巻かれ、苦しみ、孤独を感じているのだろう。

その人は、優しいから。
私のためなら、といつも甘やかす。

でも
その人に頼るのは、
自分の実力もないのに楽してるようで、
―――なんだかとってもずるい気がして。

ちゃんと、地に足付けて、自分のことは自分でやったうえで
人の役に立つのがカッコいいじゃない?

実力もないのに、人の助力に頼って、楽をするような人間だと、
あの人に、ガッカリされたくない。

やさしいから、
甘えたくない。

傷つけたくない。




* * * * * * * * *
他人行儀
* * * * * * * * *

その人は、楽して叶えられることに痛みを感じる。
たぶん苦労して、涙し、努力したからこそ、この世の理を知っているのだ。

その人は、潔いから。
私のためにならないと、といつも身を引いてしまう。

でも
私がなんとしても助力を差し向けたい思うのは、
常日頃の振る舞いを見ているからであって、
―――私は君の役に立ちたいのだ。

人のことばかり考えて、いつも自分のことは二の次さんの次
笑顔で誰かのために奔走している君は、カッコいい。

君は十二分に他人に尽くし、その恩恵は誰がすべきなの?
たまに頼られてこそ、君に認められた証しのような気がして。

やさしくしたい。
甘えてほしい。

愛しい君だから。



(おしまい)

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