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 解(げ)

【陛下モノローグ】【ネタバレ前提】

本編第57話のネタバレ注意
とりとめもないSSです。




************
 解(げ)
************


わたしはいつも
―――失敗するのだ。

『この世にかなわぬ望みはない、絶対的な』
この私


彼女だけには、通用しない。


純粋で
かたくなで
曇りなき眼差しに

私はいつも屈服する。





心そのままを表せる対価が、
この世にあればよかった。


彼女の純粋な瞳の前には、
金貨も宝石も、礫屑にすら劣り

まがい物の『心』は、けっして彼女の心を動かすことは、ない。


君は、何を欲する?



君が嫁ぎ先を臨むのなら

私に代わって君を幸せにできる男を見つけよう



―――そうだ。

私は君を幸せにできない

君が傷つき、泣き、
王宮に巣食う汚濁の闇に飲み込まれるのをこの目で見るのは
耐えがたい苦痛なのだ。


夢を砕くのは、自分自身の手で。


私は傷つきたいのだ


―――君を失う以上の苦痛を、
残酷な痛みを、

わが身に刻め。






君は
うそと虚実で塗り固められたこの牢獄に咲いた
奇跡の花だ。

そぼくで
力強く
あたたかい光を放つこの得難き花を

誰が摘み取れよう?



守りたい。
なにも知らずに咲く花を。


うそで覆って
虚実で囲って

…それしか、
私の汚れた手には、持たなかったから。





いつだったか

君が私のことを

―――誠実な方です

と、かばってくれていたことがあったね。


苦笑いをこらえる周囲をよそに
君はそれを心から信じ、疑わぬ。




たぶん、君は、
誠実な心しか受け取らない。

誰からも。


誠心誠意という言葉は
もはやこの王宮のどこにも存在しないのに。




たぶん、私は、
生まれながら死んでいるのだ。

誰よりも。



墓場の凍土の下に埋もれ

季節からも、人からも
置いてきぼりにされたまま


永久に凍りつき
解けることは一生かなわない

母の不幸
私の不幸

不幸という言葉すら、埋めた。

…はずだった




それを君は、解かせというのか?




どうせ、失う。

ならば…。








君の熱で

私を解かしてくれ。



-----------

父上。

あなたは、
私を

愚かと
嗤いますか?



(おわり)
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解(げ)2

【if】【ネタバレの延長】【経倬×夕鈴?】


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* * * * * *
解(げ)2
* * * * * *


「───なんだ。あれは」

方淵は眉間にしわを寄せ、遠目に見遣りながら、スンと鼻をしかめた。


「…何って。
いつもと変わりなく
春の日差しのごとき微笑みじゃあないか。
方淵?」

ああ、またいつもの方淵の噛み付き癖がはじまった───と、政務室でいつもの経緯を知る官吏は適当な相づちを打った。

近くの扉には誰の耳があるやもしれぬ。
狼陛下にたてつく気は、さらさら、ない。


「春の日差しのごとき…?
───あれが?」


観る者が見ればわかる。

表面で上っ面のあの笑顔は、
腑抜けた、最低の笑顔だ。

あの女の本来のものとは思えない。
───天と地とも差がある

方淵の隣にいたとぼけた官吏が、ヒャッと音を立てずに息をのんだ。
「あ…大臣様が」
居住まいをただし、即座に跪拝をとった。

方淵は仏頂面のまま、隣に習う。


「氾大臣、お久しぶりにございます」
丁寧な口調であいさつの口上を述べる。


「おや、柳のご次男殿…」
優しげな眼差しとは裏腹に、この男は油断がならない。

柳家の最大の政敵でもある二家が、こうして体面上のみでも言葉を交わすようになったのは例の陛下の唯一の妃あってのことに他ならない。

折しも、方淵の父親が階に現れる。
大臣らの集まりでもあったのだろうか、ぞろぞろと位の高い面々が、廊下を交錯した。

「秋も深まりましたなあ…」

「今年は寒い年になると占い師が…」
「それは困りましたな…持病の腰に寒さはことのほか身に染みるで命に係わる」
「なんの…、まだ貴殿はお若いではないか」

その間に、お偉方を避けるわけにもいかず、
件の愚かな妃はそろりそろりと優雅に伴人とこちらへと歩を向けた。

「おや、これはご機嫌麗しく」
「柳大臣、氾大臣もお久しぶりにございます」
表面上、寵姫はそつなく挨拶を述べたように見えた。


「なあ、お妃様。寒さに向かうこの時期は、ことのほか春の花が恋しく感じられましょう。去年の花恵宴が懐かしゅうございますなあ。次の花はどんな花が咲くのだろうかと、陛下も今からさぞや待ち焦がれておいででしょうな」

朗らかな口調に、チクリと嫌味をこめたのは、柳大臣の太鼓持ちの大臣だった。

「はあ」

「次の春の宴はいったいどなたにお任せと心づもりを?」

「…私は、もうそのような」

妃は微笑みを解くと顔を伏せ団扇で隠し

「陛下がお決めになることですし
私は次の春の花は、ご一緒には…」と口ごもり…。

妃がうっかり口を滑らせたその言葉を、
周囲の男たちは敏感に耳をそばだて、聞き漏らさなかった。



* * * * * *


「春にはいない、というのは
賢明なる陛下が、ようやく目を覚まされ
あの女の愚かさを思い知り、
手放す、ということに他ならない」

「まこと、経倬さまはご慧眼にて」

「では、私も支度をせねばな!」
経倬はこころもち頬を染め、ふんぞり返り周囲の取り巻きを見回すと、鼻息あらく腕を高々と組んだ。

「…は?
経倬さま
───なんの、お支度を?」

周囲のものは一瞬戸惑いを隠せなかった。


「寵妃を手放す…となれば、
もっとも信頼あつき臣に寵妃を賜るのは必至」

「ははぁ…となりますと?」

「馬鹿者!
明白ではないか!?

白陽国で、陛下のお傍に仕える
若く、信頼のおける一番の臣下と言えば───?」

「経倬さま! あなたをおいて他にはございません!!」

「その通ぉりぃっ!」

経倬はフンっ!と鼻を鳴らした。

「あの愚かな女は、この私のもとに遣わされ、
ついにこの私の偉大さに恐れおののき
足元にひれ伏すことになるのだっ!!」


(つづく)

解(げ)3

【if】【ネタバレの延長】【経倬?水月?×夕鈴?】


CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。



* * * * * *
解(げ)3
* * * * * *


「───いま、何と?」
珀黎翔は冷酷な眼差しを細め、氷柱のごとき視線でその男を射抜いた。

跪拝するその男は、柳大臣の長男。
冠が小刻みに揺れて見えるのは、恐怖なのか
それとも浅はかにも歓喜に打ち震えているのか。

その傍らに立つはその父親、重臣でありこの朝廷の権力者、柳義広大臣。

「ですから息子に、ご下賜くだされと」
柳義広は厳かに、同じ言葉を繰り返した。

狼陛下と呼ばれたその男は二人をジロリと見下し、外套を翻すと背を向けた。


有能な側近の李順でさえ、思いもよらない柳義広の言葉だった。

いつものように冷静を保ってはいるが、
色素の薄いこの男は、王から一歩控えた傍らで心もち青ざめてみえる。

『どこから、いったい。そのような話が…
全く持って、バカバカしい』

だが口をさしはさむ余地もない。
王宮の息詰まるような澱んだ空気の中で口を引き結ぶ。

王は無言で退席した。

その背に聞こえようと聞こえまいと意に介さず
柳義広は眼差しであたりを薙ぎ払うようにぐるりと見渡すと

「お返事は慌てませぬ。
じっくりとお考えいただき、色よいお返事をお待ちしておりましょう。

一番に願い出たは、我が柳家の長男。
───お忘れなく」

柳義広はそれだけ述べると、立ち並ぶ他の大臣らを威圧するように議堂を後にした。


* * * * * *

「柳家の長男に、狼陛下の唯一の妃が下賜されるっていうのは
本当か?」

「あの柳家と。しかも跡取り長男と張り合うように願い出られる
家格の男もそうはあるまい」

「そもそも、なんでまた、下賜だなんて話に?」

「花の時期は短いのが、この世の習い。
どんなに寵愛が深かろうと、一時の夢は醒めるってことだろう」

「───ああ。このところ
王宮じゃ、そんなウワサが絶えなかったもんな」

「さすがに柳大臣も百戦錬磨のヤリ手だな。
大臣高官が立ち並ぶ外交の場で、その話を持ち出すんだから…」

「そーだよなー。
華やかな外交には氾大臣が頭一つ抜けているからな」

「そうそう。
『───華やかにスポットライトを浴びる者ばかりでなく、足元で陛下のために尽くす者こそ評価なさるべき』と切りだし、地道な内政の功労をアピールされてはなぁ。
外交の特使のいるあの場で、何もわざわざ内部のもめごと───氾と柳の均衡を破りたいとは、賢明なる陛下が思わぬわけはない、と踏んでの奏上であろう…」

「柳の名で一番に名乗りをあげられては、
たてつく家も少なかろう。
…氾くらいか? しかし長男でなければ対立候補となり得んぞ」

「氾のご長男ときたら、お妃さまより美人だかんな!
あの儚ないオンナ男が、柳と張り合って陛下の唯一を欲しいと願い出るとは、到底思えんわ!」

「立候補するわけないわなぁ!
あの腰抜けの、御病弱で、女のようなご長男では!
逆にご長男殿ご自身が後宮にお入りになられた方が『好い』んじゃないか?」

「う、うふぁ…ぁハ、アハハハ…!!」

二人が笑いを噛み殺しながらも、ついつい声を漏らして大笑いしているその時。

バサリ!

大きな音とともに後背部から立ち上った埃を頭からかぶり
二人の若い官吏はむせ返り、冠のホコリを払いながら、振り返った。

眉から鼻筋までしわのよった、しかめっ面の黒髪の男の
鋭く吊り上った眼。

「…ほ、方淵っ!?」
二人の男たちは飛び上がらんばかりに驚いた。

その途端、書棚の反対側からにも、もう一つの陰。

憂い顔の白い顔をした男が立っているのが目に入った二人は、キョトキョトと両方を振り向き、焦った。

「す───水月っ!?」

「…よほど暇と見える。成すべきことは山とあろうに。
こんなところで油を売っているとは…」

政務室の書庫の奥で、ひそひそといつまでも交わされる噂話にあきれ果てた方淵は書庫の上の棚に乱暴に書物を押し込んだ。

「───フンッ」
方淵の放った盛大な鼻息一つに吹き飛ばされるように
盛大に卑下を投げかけられた官吏らはコソコソと持ち場に戻って行った。

水月が両手に抱えていた書物を、そっと棚に戻した。
その仕草はあくまで静かで、優美だった。

「…」

「───怒らないのか?」

「何を?」

「兄と父の持ち出したバカバカしい話と…
今の男たちの、お前に対する評価と。」

忌々しげに、方淵は履き捨てるように言った。
だが仕事の手を休めることはない。
手荒だが素早く、必要な書籍をテキパキと抜き出している。

「───私は…別に」

水月は他人事のように、さらりと答えた。
いつものように、薄く微笑みをたたえ、
まるで歌でも歌いそうな顔をして軽やかに書類をさばいている。

「…私が、願い出たら、
お妃様は、私の元に来て下さるのかな?」

「…はあっ?!」
方淵は、目を剥いて、思わず水月を振り返った。

「ほら…。お妃様大ファンの妹もいるし、ね。
話し相手に事欠くこともない。
私の楽の音を、彼女は素晴らしいといって
喜んで聞くと思う。

大切にもてなすことはできる。

───少なくとも、君の兄上と共にいるより。

あの方が日々、楽しくお過ごしいただけるように
居心地良く整えて、
お迎えすることは、できると思うよ?

君の兄君のところに行くよりも
ずっと、あの方は幸せになれると、思わないかい?」

水月は冗談とも本当ともつかぬ様子で、
何気なくそういった。


方淵は一瞬、手を止めた。

「…なっ?」



…なに?

あの、妃が。
陛下の御元を離れ
水月に───?


方淵はぐっと唇をかみしめた


「───馬鹿な
貴様など、で

あの
愚かな女が

幸せに…なれる、
はず、
など───」

方淵は胸を押さえ
言葉につまりながら、
絞り出すように、つぶやいた。


「…そう?」

水月はフッと、寂しげに笑うと

「なら。

───君だって。
名乗り出れば、いいじゃないか」



(つづく)

解(げ)4

【if】【ネタバレの延長】【経倬?水月?方淵??×夕鈴?】


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* * * * * *
解(げ)4
* * * * * *

方淵は水月と別れ、自分の仕事に戻った。

胸の内のモヤモヤは消えるばかりか大きくなる一方だった。
仕事がひと段落し、少々手隙になったとき、
方淵は珍しく池の傍に足を向けた。



方淵はドキリとした。

官服ではない
薄いピンクと淡い黄色を重ねた女が
池の傍にしゃがみこんで俯いている。


王宮の庭に自由に出入りでき
官服を身に付けていない女性、といえば
この狼陛下の治世では今のところ、一人しかいない。

例の、妃だ。

一人っきり。

あたりには侍女の一人も見かけない。


このところの、妃の張り付いたような作り笑顔がよみがえる。

ついに何を思ったのか身投げでもするのか…と
一瞬方淵は心臓が止まったような思いがした。


「お妃っツ 何をっ!」

わざを大きな足音をたてながら、ザカザカと方淵は妃の方へと歩み寄った。

振り返った女は、光線の具合で顔の表情までは見えない。
だが、たしかに陛下の唯一の妃とよばれる、あの女だ、と方淵は見て取った。

「動くな」

急に背後から近づく男の緊迫した声に圧倒されて、
思わず夕鈴は間の抜けた声を出してしまった。

「へっ?」


───また、この女は。
まったく教養も気品の欠片もない。

「一人で何をしている!
こんなところで」

方淵に怒鳴りつけられ、夕鈴は目を丸くした。

「方淵殿にいちいちご報告する義務は御座いません!」

妃は握りしめた手を胸にプイと横を向いた。


夕鈴は、もうじきここを去るにあたり
宝石も衣類も何もかも全て置いていくことは納得していた。

だが、今日見た夢───陛下と二人で景色───夕立ちの上がった四阿から見たあの日の光景は眼が醒めても脳裏に何度もよみがえった。
切なくて、せめて陛下と眺めた庭の小さな小石をたった一つでも、身の傍に置かせてもらえないかと思い立った。

「李順さんにはちゃんといただくことはお願いしなきゃダメよね。
でも、まずは実物の石を拾ってからお伺いを立てたほうが良いかしら」
と、昼餉の後に池のほとりにやってきた。

あの日、見渡す限りの花園の池の傍で艶々と濡れて煌めいていた小石。
夕鈴は丹念に時間をかけて触れ、たった一つだけ、この宮から持ち出しのお許しをいただく思い出の石を選んでいた。


方淵は方淵で、ばくばくと心臓が落ち着かず、つい語気が荒れる。
『もしや袖や懐に石でもつめ、隙あらば身投げでもする気では?』
と、ついつい疑ってしまうのだ。

それほど、このところの妃の様子は方淵にとってはおかしく見えていたから。


更に近づくと、思ったよりも妃が晴れやかな顔をしていることに気が付いた

…なんだ、と気が抜けようやく一つため息をついて方淵は落ち着いた。

「なんでございましょう?」
夕鈴はズカズカと近づいてきた方淵を、いぶかしげに見上げた。
立ち上がり、裾を軽くはたき整えた。

「いや───ただ。伴も付けず不用心だ、と。

また周りに心配をかけているではないか?」

「心配など、なにもございません」

夕鈴は気丈に言ってのけるが、
方淵はそれを許容するつもりはなかった。


「立場を考えろ。
こんなところをウロウロとして
万が一何かあったら…」


「───何かあっても、困る者など…。
所詮、たかが妃一人、ですから、ね。」

夕鈴は方淵がいつも言う言葉を、嫌味っぽく返した。

方淵はぐっと歯を食いしばった。



「───何を?」

「ああ、…小石がきれいだったので。」

「小石?」

夕鈴はふふ、と笑うと、握りしめていた右手を広げ、
掌の上に拾った1つの小石を方淵の方へ見せた。

「ほら…他の石は乳白色の玉ですが
この石はほんのりと碧みがかり…まるで翡翠みたいではありませんか?
きれいでしょう」

夕鈴は笑った。

(…、全く。)

方淵は馬鹿にしたようにため息をついた。

「───ご心配かけならすみません
部屋へ、戻ります」

夕鈴は顔を伏せた。

彼女の微笑みは一瞬で掻き曇り、瞳には虚ろな影が落ちた気がした。

方淵は、両袖に腕を通すと
跪拝するように背筋を正した。

「お妃!」と声をかけた。

夕鈴が顔をあげる。


「一つ、訊ねてもよろしいか?」

「───は?」

「あなたのお考えを伺いたい」

「はあ…」
夕鈴は、方淵が何を言い出したのかと戸惑いの色を隠せない。


「つまり…
───なんというか。

宝なのか、石ころなのか、その価値は定かではない…
だがしかし
たった一つの存在であるがゆえ
それは…まあ、その。
稀少ゆえ、…仮に一つの宝としておこう、か。

とにかく、仮に。
たった一つしかこの世に存在しない
宝があった───、とする」


「なんでしょう、いつも現実的な方淵殿にしては
なんだかとても抽象的なお話をなさいますわね」

ふっと、夕鈴はわらった。

方淵はむっとしたように眉を寄せると、
きつく睨み付けた。

夕鈴はなぜそれほど方淵が
このような他愛のない会話に突っかかるのか、理解できなかった。

シュンと首をすくめると、
「…あ、いえ。
どうぞ、続けてください…」
と苦笑しながら促した。


「───続きを。

たった宝をもぎ取り、懐に納め
それを持っているが故、自分が偉く尊い人物であると虚勢を張る男と

宝玉が擦り減らぬようにと、いたわり箱に納める男。

貴女なら、その宝石は
どちらの櫃に収めるべきと、思われるか?」


「───さあ。

難しい問いにございますね」

夕鈴は小首を傾げ、
はあとため息を一つ付くと、
申し訳なさそうに詫びた。

「分かりません。

宝物など持たぬ私なぞには、
方淵殿を納得させられるような答えは、できませんよ」

そういって、顔を伏せた。

方淵も目を伏せ、妃の手の平に乗った碧い小石を眺めていた。

「そう、難しく考えずともよい。
貴女ならどう思うか、を
訊ねたにすぎぬ」

「そうですね。
あ…
…ただ。

宝石は、
持つべきにふさわしき御方の手にあってこそ
輝き真価を発揮するものではないのでしょうか。

例えば、陛下がお手にとられれば、この小石の価値も変わりましょう。

逆に、私の手の上ではただの石ころにしかすぎません…」


「───なるほど」

方淵は頷いた。


「では、その石ころ

私の手の上では何に?」


「───何に?」

夕鈴は、キョトン、とした。

「───さあ。
方淵殿のような御方が
このような石を顧みるとも思えませんが」

夕鈴はクスクス笑いだした。


「では、先ほどの宝石の話。

わが身を飾るためにその石を欲する男と

守護を約束する男と

ただ石とて、大切にする男。

石はどの男の櫃に収まるを望むと思う?」




傍にいたいのは


選べるものなら…
でも石には、手にする人を選べない。

ただ受け入れるだけでしょ?

もう、決まったこと。

ここに居られないのなら
どこに居ても、誰と居ようと
陛下とはいられない、決まっているのはそれだけ。

今更、石の一つを思い出に、だなんて。

ああ…馬鹿だ。

何一つ、思い残すことなく
ここから去ろう。


夕鈴は手にしていた碧い小石を、ポトリ、とてのひらから落した。

パッパと両手で払うと
清々しく笑顔で夕鈴は答えた。


「───大切にされようと
足蹴にされようと。

所詮石ころには心はありませんよ?

だから、私には分かりません。



…さあ、方淵殿も!
こんなところで油を売っていたら叱られますよ?

お仕事に早くお戻りください!」

夕鈴は目をふせて、
方淵への挨拶もそこそこに、足早にその場を後にした。


彼女が遠ざかり、かなり離れたところに待たせていた侍女たちと合流し
楚々とあるき去る様を、方淵は遠目に見送った。

それからようやく数歩、ノロノロと足を運び
夕鈴が落したと見当をつけていた小石を指でつまみあげ
方淵はそれを手布に包むと、大切に懐に仕舞った。


(つづく)


*

[日記]帝の至宝 第31話(仲野えみこ)感想・ネタバレ注意

2014年4月10日発売 LaLa DX5月号を
前日、4月9日、早売ゲットしました。

ネタバレは感心しない、と眉を顰める向きもあるかと思います
失礼の段お許しいただき、そっとブラウザバックいただければ幸いです。


前回も泣かされましたが、今回も帝さまには泣かされました。

でも清々しい涙と申しますか…
胸キュンの嵐でございました。


■帝の至宝 第31話(仲野えみこ)
表紙
「最終回直前!!王宮ラブコメ」
帝の至宝 第31 話 40P

あおりは
「大切なモノは、遠く。」

戦に向かう騎兵を従えた志季が矛を手に、遠くを振り返る、せつない表紙。

―――ここからは、あらすじ、感想、ネタバレです。

…まだ手に入れていらっしゃらない方、
ネタバレを知りたくない方はどうかご注意お願い申し上げます。

続きを読む

10巻お祝いと、小説本 ちょっと印象メモ。

発売日(2014/4/4)に手に入れてはいたのです

今頃、です。


ネタバレというほどではありません

ただ、思ったまま…印象を日記に書き留めておきます。


狼陛下の花嫁 10 (花とゆめCOMICS)

コミックス10巻
表紙が素敵でした
リラックスした陛下が、覗き込む夕鈴の首に手を回し引き寄せる
二人のお互いを思いやる温かい気持ちと安らぎが伝わってきます。

ああ、…ありがとうございます。可歌先生

挿入の4コマとか
いろいろ感想とか、ネタバレ書きたい思いはたくさん詰まっていますけれど


その中で一番の気持ちを書き記そうとするなら

柱コメントで
「こんなに長く描かせていただけるのも…
(中略)
この先の物語も楽しんでいただけるよう頑張ります…!!」の

可歌先生、手書きの一文。



ああ…よかった。

まだまだこの先も物語が続くんだ───と



それが私にとっては一番うれしい、小さな感動だったのでございました。

(作品によっては、恋の行方が成就するかどうか、はらはらドキドキする展開のときに
『ついに最終章突入!』などがかかれたりするので
最近の気配、すごく心配していたのです―――。

でも。安心いたしましたよ^^
元気がでました。

可歌先生、白泉社さま、ありがとうございます。)


そして、次巻が夏、という予告!!

おお、今回は間が短いですね!?

今までのペースに比べると、異常に短い間隔

ということは、
何か…アニメ化とか…? …なら、すでに発表がある、わよね? ない?

ゲーム化?
小説本、第2弾?

何らかのタイアップ企画が水面下で進行しているのか…?などなど。

うがった見方をついついしていまうのでありました。

いえ、これは、あくまで、私の個人的な妄想でございますからね?

---


狼陛下の花嫁 夢恋抄 (花とゆめCOMICS)

小説本の方は…、実は(リアが多忙すぎて)まだ全部読み切れておりません


3話のうち、ようやく最初と、ラストの2本を読めたものの(寝落ち寸前に)
まだ1本大事にとっておりますの。

しかし
一言で申しますと…

小説の陛下は
スゴイ過激にタラシております…(笑

こんなことやあんなこと

近い近い、顔近すぎる
まじかで、
あの色っぽい陛下にささやかれたら
爆発して蒸発して、散ってしまいそうでございますよ~(爆


では。


解(げ)5

【if】【ネタバレの延長】【五人の貴公子×夕鈴?】

ついに五人の貴公子が…となれば、月へ帰るのはウサギかかぐやか。

CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。


* * * * * *
解(げ)5
* * * * * *

「はぁ…」

「李順。
聞えよがしに、ため息をつくな」

「まだ、急な話で、調整がついていないというのに…。
なぜこのように、貴方が近々、夕鈴殿を手放されるという噂が広がったのやら…」

「…」

「柳大臣のご長男から夕鈴殿の下賜願いに対抗するように
氾大臣も、ご長男に、と。

『陛下の唯一を賜るのは、信頼厚き我が家である』とどちらも譲らず、
駄々をこねる子供らが一つのおもちゃを取り合うがごとく
ますます柳と氾の軋轢は増すばかり。

それに加え。
何をとち狂ったか
蒼玉国の弟君から同様のお申し出が、先ほど親書にて届き―――」

「…狼陛下の唯一は、絶世の美女と国内はおろか諸国にも鳴り響いておりますれば…
大方、陛下の珠玉を賜らんと欲す耳の早いものがこれ幸いにと躍起にはやったのでございましょう」

「―――周!」
珀 黎翔は、入り口に大きな櫃を抱えて立つ男をジロリと睨んだ。

周康蓮は、たくさんの書簡を詰め込んだ重そうな櫃をひょいと机の上に音も立てず置いた。
相変わらず幽鬼のように青ざめ、何を考えているのか読めない無表情な目で黎翔の方へと向きなおった。

その陰気な顔を見ているだけで、黎翔は面白くなく、吐き出すように「横から口を出すな」と一瞥をくれた。

「これは、失礼を」
周は一礼をしながら、影のように佇んだ。

李順は周と持ち込まれた櫃をチラリと見るや、これはかなりかかりそうですね…と覚悟を決めた。
そうであれば、この話もそろそろ折りたためばならぬ。

「そこまで夕鈴殿に価値があるというのなら
求婚者に無理難題でも吹っかけ、それぞれこの世に二つとない宝でも持ち寄らせれば国庫も潤うというもの」
李順の口調は冗談めいていたが、目は本気だった。

「馬鹿を言うな、李順」
黎翔は呆れたようにかすれた声を出した。

のどがカラカラだ…
どうしてこんなに、私は―――
黎翔は目の前が暗くなってきた。

もう一度李順はため息をつくと、小さく愚痴るようにつぶやいた。
「だいたい、陛下。あなたが―――」

「言うな!」
黎翔は大声で李順の言葉を封じた。

「では、この件、どのようになさると?
他国まで干渉する事態の今、
陛下ご自身が早急に態度をお決めにならねば、この混乱はますます増し、
『唯一』という価値さえあれば、中身はなんでもかまわない彼らは
ゲームの駒として夕鈴殿を取り合いに発展しております。
『陛下の唯一の存在』という価値の利用を皆が気づいてしまった以上
貴方が望むと望まざるとに拘わらず、
夕鈴殿はそっと後宮から消えるわけにいかなくなってしまいました。
彼女が誰の手に渡ったとしても、家臣の中にも軋轢を生みましょう」

「…」
黎翔は、何かを言おうとしたが
何も言葉が出ない。

「―――では」

周康蓮が重い口を開いた。

「―――私が貰い受ける、というのはいかがでございましょうか?」

黎翔は一瞬固まった。
李順は不気味な聞き間違えをしたのか、と、
ぐるりと周康蓮の方を向き直った。

「一番の寵臣は誰か、というレース。
宰相のわたくしが貰い受けると申すのはいかがでしょう?」

ちょっとまて、周康蓮。
お前、今、幾つだ―――

「私は三十九歳ではございますが、
妻の一人二人増えたとしても、十二分に養っていけますれば。
善き選択の一つではと」

「天気予報と不吉な予報が得意な宰相が対抗馬ならば
――柳も、氾も。ぐうの音も出ませんね…」

李順はこわばった顔をして額の汗をぬぐった。


黎翔はギリと奥歯を噛みしめると、何も言わずくるりと背中を向けた。
「―――っ…!」

「あ…! 陛下っ!
どちらへっ!?」
李順が留める間もなく、黎翔は足早に扉に手をかけた。

その時、扉の外に控えていた男の影が…
「何だ、柳方淵。このようなところに」

「陛下…!
失礼を承知で、お願いに上がりました」と
方淵は、袖の中で組んだ腕を掲げ、頭を深々と下げた。

一瞬見上げた真剣な表情の方淵の眼を覗き込み、
黎翔は察した。

―――お前も、欲するのか。
夕鈴を―――?!


方淵はぐっと唇を噛みしめ、眉根にしわを寄せ
これ以上ないほど複雑でむつかしい顔をしていた。

その顔を見て、黎翔は目をつぶった。


聞かぬ。
私以外の男が。
彼女を欲する言葉など―――!!


「…何か、と聞いてやりたいところだが―――
悪いが今は聞かぬ」
黎翔は後から追いかけてきた李順と、佇む方淵を振り切って、回廊を大股で歩き始めた。

――― だめ、だ。

ダメ、だ


ダメだ、ダメだ…ダメだ!!!

黎翔は顎を引き、前髪の下に隠れた怒りで赤く燃えた瞳をひたむきに前に見据えた。

だが、進むうちに、あれほどに荒々しかった足音は徐々にくじけ、
固く握りしめたこぶしは、ほどけていった。

欲しては、ならぬ。
私以外の男の―――
私も―――


怒りにくらんだ目の奥がチリチリと痛む

『お前自身が、決めた―――のだろう?』
薄笑いを浮かべた、もう一人の自分が
嘲笑うように自分を見下しているのだ。

途端に、足が鉛のように重たくなった。

泥沼の中を進むように、足に絡みつく重たい思念。

彼女を泣かせて。
抱きしめた細い肩を、突き放したのは自分。

濡れた茶色の瞳は光を失い
感情の失せた冷たい私の姿を映し出していたのだ。

これで、失う。

どうせ。


『巻き込んでは、―――かわいそう、

だから
お前は、決心したんだろう?

彼女を手放すことを―――』


黎翔はとうとう、一歩も進めなくなり、
よろよろと歩を止めた。回廊の端にある太い柱にもたれかかり、

縋り付くように柱にもたれかかり、
こぶしを振るいあげて、頭上から叩き落とす。


容赦ないガツンとした衝撃が、傷みが
黎翔の左のこぶし全体に響いた。

彼女との未来を手放した自分に
今更、何ができるというのか―――?

「くっ…」

唇を噛みしめ、
声にならぬ声で黎翔はつぶやいた

「……う…り…  ん」


(つづく)


*

解(げ)おまけ-経倬

【if】【ネタバレの延長】【経倬?×夕鈴?】

なんというか。
ツンデレ経倬さま。

CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。


* * * * * *
解(げ)おまけ - 経倬
* * * * * *


「経倬さま、馬車が…」

「来たか!」
つとめて冷静な態を装っているが
こころもち小鼻を膨らませ、頬を紅潮させた経倬は
あきらかに興奮していた。

「───正門を開き、お迎えを?」
取り巻きの侍者が尋ねる。

「…ばっ、ばかなっ!
じっ持参金もろくに持たぬいやしい女に、柳家の正門を開くなど」
と口では言っているが、後ろに控える爺にチラチラ、と上目使いに物言いたげなに唇を付き出して見せた。
経倬が、老執事に助け船を求めるクセだ。

「経倬さま、恐れながら。
陛下の唯一の御下賜なれば」

「そ、そうだな、大切にせねば。
形だけでも、大切に、迎えたとしておいてやろうか!」
経倬は汗を拭いて、うん、うんと頷いた。

「お迎えを?」

「ばっ、馬鹿ナッ!?
なぜ私が…!」

「宜しいのですか?」

老執事が念を押す。

「───だが、

おっ、お前がそういうのなら
形式的に大切に迎えた、と
あくまで
形だぞ?
形だけ、出迎えてやるとしよう」


そういうと、経倬は髪を撫でつけ、冠を正す。

「…どうだ?」
経倬は不遜な表情で侍者に尋ねる。

「いつも通り、完璧でございます!
経倬さま!
ご立派な貴公子ぶりに、惚れ惚れいたします」

「そうであろう!」
金糸銀糸を縫い込んだとっておきの衣を身に付けた経倬は、得意げにそっくり返った。

最後の確認に、後ろに控えていたものを振り返り、あごでクイっと示すと、

侍者はいそいそと懐から鏡を取り出し、
経倬に向けるように鏡を抱きかかえた。

経倬は傲慢な微笑みを浮かべながら鏡を覗き込み、
一瞬あわてた。

鏡に映ったのは、だらしなく笑み崩れた自分の顔。

頬は想像以上に紅潮し耳朶まで桜色に染まっていた。

興奮した眼はキラキラと異様に輝き、
青青とそり上げた顎まで汗でギラギラしている。


「…!」

俺は、期待なんかしていないぞ?
あの、愚かな妃など。

気まずくチッと舌打ちをして慌てて周囲を見渡す

伴の者らは一様に顔を伏せ、神妙にしている。

───見られていない。

よし。
皆は気づいていない。


陛下の寵愛が醒め凋落した行き先もない下賤の者を
拾ってやったにすぎない。

ああ、私はなんと懐深い男なんだろう。

「───どうだ、いかに私が偉大か、わかったであろう!」

不意に経倬は大声を出した。

「まことに!
経倬さまほど偉大な方はおられません!」

周りに控えた伴の者は一斉に声を合わせて応えた。


息の合ったその言葉を満足そうに頷くと、
いそいそと経倬は出迎えのために歩き始めた。

馬車止めのある殿の方へと歩きだし階段をのぼり始めたそのとき、
経倬は重厚な長衣の裾を踏んでしまった

「…あっ!?」

グラリ…と視界が歪み
階を踏み外した経倬は…


「うっ!!」

ともんどりをうって落下し…


ギクン!
豪奢な天蓋付の寝台の上で、目を醒ました。


(おしまい)

SS ロマンチストKの妄想 &[日記]

初出(SNS):2014年04月13日 23:08SNS
SNSの日記より転載。

------------------------

【if】【経倬?×夕鈴?】

ブログにぽちぽち書いている連載(解)で
こぼれた行き場のないスピンオフです

CPお気に召さない場合は、ここでお戻りください。

他愛もないSSでスミマセン。



* * * * * * * * * * * * *
ロマンチストKの妄想
* * * * * * * * * * * * *


「やだっ、けーたく様!」

「馬鹿ものっ…!こんなところで、何してる!」

柳家の調理場に一人たたずむ女を
経倬は、背中から抱きしめた。

彼女の茶色い柔らかい髪に顔を埋め、経倬はその甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「だって…。けーたく様に
美味しいお菓子、食べさせてあげたかったんだもん」

窮屈そうな戒めを振りほどこうともせず、
腕の中で振り向いた彼女は、包み込まれた経倬の衣の袖をきゅっと引いた。
彼の胸に密着するように体を預け、桃のような産毛の頬を経倬の胸に摺り寄せる彼女。華奢な体に不似合いな肉付きを意識せざるを得ない。


「そんなことは召使に任せればよいものを。
やけどでもしたら、どうする?!」

彼女はその言葉にビクリ、と首をすくめ、
やおらぽろぽろと真珠の涙を頬に伝わせた。

「だって。だって…
私は、けーたく様に
手作りのお菓子を食べていただきたかったんです…。

止めちゃ……やです。」

彼女は、愛らしく小首を傾げ、
せめてもの反抗の意志を小さく表すように
経倬の背中に回した腕で、ギュッと経倬の体を抱きしめた。

暇があれば、政務室に手作りの菓子を届けるまめな一面がある、とは聞いていた。
だが、こうして自らのために尽くされると、なるほど、悪い気はしない。
経倬はふんっと鼻をおっぴろげて目を細めた。

彼女の頬に指を這わせ、顎を取り、その顔を私の方へ向き直させた。

たとえ、控えめであろうと。
その瞳を覗き込めば、私を深く愛し信奉する彼女が、この至高なる私に何を求めているかなど、たやすく分かってしまう。

そう、私は高貴で万人をひきつけてやまぬ魅力あふれた男だから。
魅惑されたものが、本来、私のような身分の者に抱いてはならぬ―――決して求めてはならぬ罪深い欲まで引き出してしまうのだ。

一身に愛されるというのも、辛いものだ。

仕方がない、
少しだけなら。

お前のようなものにも、寵愛を分けてやっても、良い。
私は心の広い男、だからな。

だが、あまり簡単に与えてはならない。

ここはジックリと私に仕える喜びを教え込んでやらねば―――

「ゆーりんたん…」

口から出た甘い声は、私のモノか?
一瞬、戸惑ったものの出てしまったものは仕方がない。

ここはご褒美として、ひと時のかりそめの至福でも与えてやろう。

「だって。
可愛いゆーりんたんがもし怪我でもしたらって…
心配でしようがないんだ、
私は―――愚かな君の虜なんだ…
笑ってくれるか?」

ば、ばかな?
何を言ってる、私は!?

お前が私の虜であろうが。
逆も甚だしい。

なにを言い間違えているんだ…まったく

彼女の涙は止まり、一転して晴れ晴れと笑った。
キュンっと、経倬の胸が鳴る。
指で涙のあとをなぞる経倬の指先に、うっとりするように彼女は目を閉じた。

「けーたくさま?
そんな、甘い声。
…ほかの方に聞かせては、嫌。」

彼女は、経倬の腕の中で、縮こまり小さくため息をついて頬を染めた。

にヘラぁ…と笑いがこみあげてくる。


愚かな女だ…
だが、私のためにそれほど…


「甘いお菓子を、つくってみたんです。
このような下々の私が作ったものが、高貴なるけーたく様のお気に召すとは思ってもおりませんが…

どうか、お願いです。
一口だけ、
せめて、お味見してはいただけませんか?」

恥じらいながら、目を合わせない彼女。
そっと片手を差し出す。

私はその白く小さな手を両手で握り締める。

最高級の料理人が作ったものでも、
私を満足させるなど、到底不可能なのに…
全く愚かな女だ。

だが、そうまでいうのなら、仕方がない。
―――一口だけ、だぞ?

「ゆーりんたん♪
あーん…」

どれ、どんな菓子を…


…ガボ!



…甘い…

あま…?


ぐ…

息、息が―――っ!?


『い…息っ! 息ができんっ!?』
げふげふとむせこみ、経倬はもがいた

眼が覚めると目の前には敷布と枕が。

口に突っ込んでいたのは
枕の端だった。

経倬は窒息するかと思って目を白黒させながら、首をブンブン振りながら、口に突っ込んだ枕を吐き出した。


…あれ?

なんだか、いい夢だったのか…
悪夢なのか…

まさか。
俺様ともあろうものが。
あのような女に…たん付けなぞ―――!!!

まったく、忌々しい!


(おわり)






つらつら。



私はやっぱり陛下と夕鈴のお二人が大好き

基本、別のCPではほとんど書かないのですが
経倬兄様があまりいイジりがいのある愛らしい存在感なので
つい筆がすべりました。

だからといってお妃様を差し出すつもりもなく
こうして夢落ちばかり、お気の毒様な扱いをうけている経倬さまです。


■不器用でいびつな鏡役

実のところ、解(げ)は、最初
本気で経倬兄のもとに夕鈴が輿入れするところからスタートする、というストーリーも考えていました。

対面を重んじ、不遜でプライドの高い経倬兄が、本心とはちょっとずれたところで頑張りすぎて…。
それが愚かにも愛らしく、なのに人間臭さがにじみ出てる、というお話。

妃から下賜された妻、という立場の夕鈴が、御曹司の経倬さまといろいろぶつかりあった末、経倬の良さと、夕鈴自身の内面の障壁に気が付き、それを打破して素直な自分の感情を知って変化してゆく、(陛下の登場はその後)
───なんて話でも書いてみるか、と、思いついた、のですが。

人間の心はいびつで、
人のことはよく見えるけど、
自分のことはぜんぜん見えてない

そんなところが面白おかしく、悲しく

経倬という人となりが映す鏡のなかで
覗き込んだ夕鈴は、自分や陛下の姿や本心が、経倬という人間を通して見えてきて、
再認識してゆく…、そんなイメージ?


スタートすると、やっぱりどうしても陛下以外の男に渡したくなくなってしまった。


というわけで、ストーリー展開の機微より、私自身の落としどころ(自分のわがまま)でお話はまったく違う形になりました。

この経倬兄様のお話も、いったんボツにしてましたが
ずっと不在にしていたSNSにでも…と、日の目を見るコトとあいなりました。

今日は、また久しぶりにペンタブに触れて
1、2枚、殴り書きもしてしまった。

雑なものですが、なんとなくようやく肉体的にも精神的にも、ひと段落してこちらに帰ってこられそうだな、という
自分の変化の表れ?ととどめておきたいような。

データをあっちに置いてきてしまったので(深く詮索なされませんよう)、
また回収したら、どこかに整理して倉庫に収めようと思います。

なにはともあれ、
ただいま、な気分です。

*


解(げ)6

【if】

* * * * * * * * *
解(げ)6
* * * * * * * * *


「はぁ…」

李順は巧手した両袖をかざしたまま、もう3回目のため息をついた。

「…どうぞ」
渋々袖から手を差し出すと、その骨ばった細い指先で李順は目の前の「バイト妃」に席をすすめた。
バイト妃である夕鈴は神妙な面持ちで、椅子の背に手をふれる。

二人の間にある木製の机は簡素だが重厚で、使い込まれた木目がつやつやしていた。

夕鈴は勧められるまま、ゆっくり椅子に腰を下ろす。
向い合せに座った李順が、いつも以上にどんよりとした気難し気な表情をしている。

「…」

(もしかして―――)

ドクン…と胸が鳴った。

(もしかして、今日が。
最後なの…?)

先日、バイト解雇を告げられ、覚悟はできている。
だが、そのあと、急なことでまだ地固めができていないからもうしばらく…と、バイト終了の時期については夕鈴自身はっきりと伝えられていなかった。

「…あの」
夕鈴は声をだした。

かすれて聞こえたのでもう一度、息を吸い込み、今度は元気につとめて明るい声を出した。

「あのっ!
李順さん。
私なら、大丈夫です。
準備はもうすっかり、できてます。
っていっても、たいした荷物もありませんし…ね。
お借りした妃のお衣裳や物品の確認さえ、李順さんにしていただければ。
もういつでも、退宮できますよ。」

ぐっと握り拳をつくり、夕鈴は一息に笑顔で言い切った。

李順は眼鏡越しにチラと夕鈴の方を見るが、すぐに目を伏せ、こめかみを二本の指で強く押しながら頭痛を抑えようとしている。
夕鈴はその表情を見て、(何か難しいことでもあるのかしら…?)と、いぶかしんだ。

―――退宮。
それは、もう決まったことで。
いつでも、ここから去れるように、夕鈴は侍女たちに気づかれないよう、こっそりと準備をしていた。

(でも、この李順の様子を見る限り、今日明日、ということではなさそう?)

夕鈴はほっとした。
まだ、いられる。

―――陛下のおそばに…

とはいえ、ここ数日、夕鈴は黎翔と会うことはなかった。

三日前、廊下の欄干に手をついて景色を見ていた時、遠目にお姿を見たのが、最後。
それも取り巻く人垣に阻まれ、チラと。
衣の端と、背の高い陛下の、形の良い黒髪とかすかに横顔が見えにすぎない。

“あの“晩以来、黎翔は後宮を訪れていない。

冷たい狼陛下の表情で背を向け去って行った姿が脳裏に浮かび、おもわずうっすらにじむ涙を、夕鈴は急いで指先でぬぐった。

「―――はぁぁぁ…」

李順はそんな夕鈴の様子を気に掛ける風でもなく、4回目のため息を盛大に吐いた。
「…」
嫌なことは考えない。
私は、言われたことをやるだけ、だもの。

しばらくじっと夕鈴は机の木目を見つめていた。

「夕鈴殿」
ようやく李順は口火を切った。

「…はい?」
おずおずと李順を見上げる。

「あなた、どこに嫁ぎますか?」

「はっ?!
李順さん、何の冗談ですか?」

「―――冗談ではありません。
ええ、冗談ではありませんよっ!!!

…柳家だろうが、氾家だろうが。
陛下の秘密を知るあなたを下賜するなど…まるで人質にだすようなものですっ!」

「柳?
―――氾?」

「あなたのうかつな言動で、
陛下があなたを手放されると、今や宮中は大騒ぎ。
狼陛下の唯一を賜る栄誉をと、次から次へと下賜を願う嘆願が…」

「…うかつな、言動―――?」
夕鈴はハッとして、口に手を当てた。

「それなのに、陛下ときたら!!

いったいどうなさるおつもりなのか、全く―――!
まったく頭痛の種は尽きません!!」
李順は本当に痛そうに頭を抑えている。

「あの、私。
どうしたらいいんでしょうか?」

「あなたのバイト終了時期は、先々の根回しが済むまで保留、ということでしたが。
ことが大きくなり、ついに周宰相まであなたを妻にと候補に乗り出し」

「しゅ、周宰相~~~っ?!」
夕鈴は一瞬息が止まるかと思った。

「いえ、それは…。頭脳明晰な周宰相のお考えになることですから。
宰相自らがあなたをといえば、つり合いからいって他家は退くだろう、とのご見解で何か深い思慮あってのことと思いますけどね…?
しかし、逆に。あの周康蓮まで欲するとは、よほど…と。
諸外国から今度は山のように引き合いがくる始末で…」

夕鈴は、何がなんだかよくわからないが、ただ問題が大きくなっている、ということは理解し、血の気が引いた。

「夕鈴殿っ!
あなた、図に乗ってはいけませんよっ?
あの周宰相が、あなたのようなチンケな小娘を、女として見てるわけないじゃありませんかっ!!
正直、どこに嫁ごうと、まったく不釣合いですっ!」
李順は冷静な顔で断言した。

夕鈴はむっとしたが、そのあと、落胆するような表情を浮かべ大きく肩を落とした。

「ってことは。
…私。また
陛下の足手まといになってるんでしょうか…?」

「正直、私にとっては。」
李順はズバリと言い放ち、夕鈴はますます落ち込んだ。

「どうしたら、良いのでしょう」

「あなたをそっと戻してあげたいのはやまやまですが。
この騒動では…」

「―――陛下は、なんと?」

「さあ、あの方はいつもお忙しいですからねっ!
今日も暗いうちから先日の大雨で水浸しになった領地の視察に出向かれ、
帰ってからも山のようなお仕事で奔走されてますよっ!
このようなどうでもいいことは、後回しと放っておられるのでしょう」

「…陛下は今、
どちらに?

李順さん、わざわざこのように…」

「ええっ!私にもやることは山のようにありますがね
陛下が周宰相のところで急ぎの仕事を片付けてくださってる間に
正直私の中で一番面倒くさい事の処理に出向いたわけですよ」


( 面倒事 の 処理 … )

夕鈴は心の中でつぶやいた。


「…」

「はぁ…」

「あの。李順さん。
私、ご迷惑になるくらいなら…そっとこのまま」

「―――そうですね…
あの方はあなたをどうしようというのでしょう。
…しかしこの現状を放っても置けませんし…」

李順はもう一度盛大にため息をついた。

「夕鈴どの。
私にもどうにもできません。
ですが、できる限りのことはしましょう
覚悟を決めてください」

「―――はい」

* * * * * * * * *

妃の衣裳を脱いで畳むと、かんざしをすべて並べた。

もう3回、数えた。

夕鈴はもう一度だけ、返却物がすべてそろっていることを確認した。


最後に、陛下と座って過ごした長椅子の背をそっとなでる

夕鈴は立ち上がった。

胸には小さな包みを一つ。
来た時持ち込んだものは、さほどなかったから身軽なものだ。

町娘姿の自分が、鏡に映る。
夕鈴は鏡台に掛けられた豪奢な錦の幕をそっとおろし、その姿を遮った。


ふいに背中から声がした。

「いいのぉ?
お妃ちゃん。

李順さんはあんなこといってるけど。

ヘーカに会わなくて、さ?

勝手にここ去ったりしたら、
怒られるんじゃね?」

夕鈴は振り返った。


「…怒られるって。
浩大。

ここを去ったら、もう
バイトでもなんでもない
ただの他人だし。

怒られる筋合いもないですよ」

夕鈴は静かに笑った。


「―――ほんとに、いいの?」

そのとき、窓に浮かんだ細い細い三日月を背に、
覗き込んだ浩大。

いつになく真剣な低い声に、夕鈴は心臓がドクン、と跳ねた。


「ヘーカに、会わなくて?」

低い浩大の声が響く。




「…あ


―――会いたく、ない」


夕鈴はつぶやくと、クルリと背を向けた。




(つづく)

*

解(げ)7

【if】【甘】

一部、SNSのコミュに先行公開したパートを含みます。


* * * * * *
解(げ)7
* * * * * *


ここ数日、王は異様に口数少なく、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

遅くまで政務をこなしていた方淵が帰りがけに
回廊からふと池の傍に目をやると、
主君が一人佇んでいた。

そこは、数日前、あの女と遭遇したまさにその場所で

長身痩躯のこの国の支配者は、風になぶられぼんやりと水面を見下ろしていた。
その瞳は暗く澱んだ影をまとい血の色のようにも見えた。

方淵は回廊から降りると、静かに砂利を踏んで近づいた。
背後から人の気配がすることを黎翔は気づいていたが、特に気にするふうでもなかった。

方淵は固唾をのみ跪拝すると恭しく声をかけた。

「畏れながら、陛下」

「…なんだ、方淵か」
黎翔は振り向きもしなかった。


「伴も付けず不用心にて」

「───構うな」

黎翔は瞬きひとつせずに
時おり冷たい風になぶられ現れる水面のさざ波を見つめていた。


方淵は、そっと懐から何か取り出すと、
掌の上でその錦布を丁寧に広げた

「陛下…これを」

黎翔は、方淵の手元を面倒くさそうにチラと軽く一瞥をくれる。

「その石が何か?
特段何とも思えんが」

黎翔は、つまらなさそうにフイと視線を外した。


「確かに、価値のない単なる石でございます。

これは少し前、いままさにこの場所で
『例の後宮に住まう御方』が手にされていた砂利石の一つにすぎません」

方淵は答えた。

『例の後宮に住まう御方』と持って回った言い方に
「必要以上に遠まわしだな…
何が言いたい」
と黎翔は不満げに目を細めた。

「───いえ、何も」


暫く二人の間を風が吹き抜け、水面を揺らすざぁざと言う微かな音だけが響き渡った。

「…お前がなぜそれを持っている?
彼女は何をここでしていた?」

黎翔は静かに問うた。


「あのお方はこの石を一つ選び拾い上げ、
そしてまた、手放してゆかれただけにございます」

「…そうか」

「価値あるものは相応しき者の手の中にて真価を発揮する。と、

陛下の御手に取られれば
たとえこの小石ですら価値をかえるかもしれぬが、と。

───私の手の中では単なる石にしかすぎませんでした」

「…そうか」

黎翔は方淵が差し出していた布の上から
その石を手に取ると

「手放した、と」

「は」

それきり、王は言葉を発することなく、
方淵にさがれ、と手ぶりで示すのみであった。


* * * * * * * * *

黎翔は、冷えきった自室に戻った。
火の気は断っていた。

中途半端な温もりなど要らない
今はただ身を切るような冷気を欲していた。

黎翔は、袖の中で握りしめていた手を緩め、手の中にある小さな塊を指で弄んだ。



壁から、ふいに声がした。

「あの子、行っちゃうぜ?」

「…」

黎翔は眼を瞑った。

「いいの?」

「───行かせてやれ。
彼女は自由だ」

「…俺、ほんとに付いてなくていいのか?
せめて、落ち着くところまで見届けたほうが」

「お前の仕事は『妃の警護』だったはずだ…

バイト妃の職を離れれば、彼女は誰に干渉されるいわれもない。」

「ふーん…」

あんたら、二人とも。
どうして、そう
意地っ張りなんだよ。

浩大はふいに腹が立った。

「ホントに、会わなくて、いいんだ?」


「…彼女は、なんと?」

黎翔は、手の中にある小石を握り締めた。


* * * * * * * * *

浩大を下がらせた後、黎翔は一人、灯りも付けず自室に籠った。


フ…

「―――会いたくない、か」

黎翔は自嘲気味に唇を引き攣らせた。



きみには、笑っていてほしかった。


何かできることはないのか、そればかり考えた


君は、私から何一つ受け取らない。

私は君に、
この石を持たせることすら、できなかったんだね。


君が“私”を拒絶し

他人行儀に“王”である私の立場を第一と接するかぎり
私はせめて“王”として、君に何かを与えることはできないかと躍起になった

人々が“王”に群がり求め、奪いあうその欲望に応える方法しか、私には思いつかない。
───私には、それしか経験がないんだ。

領土、地位、武力、縁談、コネ、宝石、毛皮、女、特産品…。

王が人に与えられるのは、そういうものだけだから。

君の無欲さは、むしろ残酷でさえある。

夕鈴。
君は、正しい

君は意地っ張りで。
強情で。

君の求める正しさは、私に何も求めない。

…なにも、”私”にさせてはくれない。


拒絶。

「小石の一つすら。

なにもかも手放してゆくんだね、君は」

夕鈴、君らしい。


きっと、君は全てを置いてゆく。

ここで過ごした何もかも。

───私も。置いて。



黎翔の手の中から、
握りしめられていた小石が滑り落ちた。


* * * * * * * * *

突き放されて、初めて分かった。

空虚なこの王宮のなかで
私を繋ぎ止める温もりを、どれ程欲していたのか、と


冷えきった椅子にだらしなくも座り込む

「寒いね…」

私の手は、空っぽ

固く目を閉ざし、冷え冷えとした空気に包まれたまま
このまま時が止まってしまえばいい、と願った。


…。
冷えきった身体は、遠い離宮での日々を甦らせる。
いっそ、あのとき儚くなってしまえばよかったのだ。
生き延びた己の強運すら恨めしい。

こうして
どれ程の時をそうしていたか、分からない。

ただ惨めだった私に
一つの救いが訪れる。

暗闇の中、重なる温もりを
確かに、

…感じた。


微かに触れた点は
指先で

やがて面となり、
指の形が生々しく私の顔に温もりを点灯した。



私の閉じた瞼に、
柔らかい熱が押し付けられた。

「目を、開けないで下さい。
これは夢、だから。
夢だから
許してください」

私は瞳を閉ざしたまま、
かじかみ強張った指先をゆっくりと開いた。

小さな細い指がするりとかみあい
温もりが重なった瞬間

私は暗闇をまさぐり、
力強く私の獲物を捕らえたのだ。

逃がさない。

───もう、離さない。

ごめん。

君を失うくらいなら、
二度と朝など来なくてよい。

重なる手を
もう二度と離すことはできないと、

気づいてしまったから


* * * * * * * * *


「ゆう…りん!!」

「…会えません」

突然暗闇の中で抱きしめられた夕鈴は、
じたばたと抗った。


「…動くな」

黎翔は暗闇の中、確かな温もりを強く抱きしめた。


夕鈴は諦めたのか、暴れていた手足が静かになる。

ドキドキと鼓動が伝わる。

温かい血をめぐらせた獲物から立ち上る、生きている証を鼻孔から一杯に吸い込む。
黎翔は首筋に顔を埋め、絡めた指をさらに食い込ませるように力をこめ、彼女の腰に回した腕を決して離さなかった。

「許して下さい。
もう、陛下と直接お会い頂ける身ではないのに

…ただ。
最後にどうしてもお礼を…」

夕鈴は擦れるような声で言い訳をした。

「…」

黎翔は無言で。

ピリ…と肌に伝わる冷気と緊張感に
陛下が怒っている…と夕鈴は肌で感じた。


「もう二度と
会わないって

なのに…
ごめんなさい

陛下。…怒らないで」

夕鈴は半泣きで謝った。


「夕鈴。
君は、ここに居る」

黎翔は、ようやくそれだけ言うと

握りしめた手を離し、暗闇の中で彼女の顔を引き寄せた。

夕鈴は唇に重なるひんやりとした感触を感じた。
…口づけ…?

そっと離れる。
暗闇の中で、吐息を感じた。

「陛下…、───冷たい」

冷え切った黎翔の肌を感じて、夕鈴はフルリと震えた。

「…」

再び冷たいキスが降る。

ちゅ…と軽い音が。


どうして…?


* * * * * * * * *

夕鈴は混乱していた。

───あの日以来、陛下には避けられていた。

もう会うこともできない、と
己の立場を改めて思い知らされた。


そう。
私は、完全に失恋をしたはず。

『嫁ぎ先を』と勧められた。
どんなに甘い夫婦を演じていても、所詮、それは全部ウソで、陛下はただのバイトのことなんか、なんとも思っていなかった。
そんなこと、最初からよく分かっていた。勘違いしちゃいけないって、ずっと思っていたのに。

なのに、絶対好きになっていけない人を、私は好きになってしまったから。
───これは、罰なんだ。

怒られて、嫌われた、と思った。

単なるバイトの、庶民の私なんか、
もう二度と
陛下とは、会ってはいけない
会えない、はずだった。

会いたい
そんなこと考えてはダメだから。

会いたくないって
会いたくないって
会いたくないって───ぜったい本当の気持ちは口にできないって。


私がいるから、混乱がおきていると聞き、
誰にも知られないよう、静かに後宮を去るはずだった。

───でも、やっぱり

陛下に会いたい

陛下に会いたい気持ちがいっぱいで
どうしても止められなかった。

これまで受けた恩を、せめて一言なりと
伝えたかった。

伝えずに去るのは失礼と、自分に言い訳をして。

こっそりと陛下に最後の挨拶をするつもりだった。


だから…

寝ている陛下に近づいて―――。

* * * * * * * * *


夕鈴は口づけの意味を理解できずに混乱して、いた。


夕鈴はギュッと目をつぶった。

額にこつん、と当たる感触。

サラ…と滑るような絹の黒髪の毛先が夕鈴の頬に触れた。
夕鈴の耳にはドキドキと自分の鼓動の音が反響し、
陛下の衣に包まれ身動きできない暗闇の中で戸惑っていた。


「へ…か…?
怒って…」


「夕鈴───

寒いんだ。

…私を、
温めて?」


「………!」

夕鈴に深く覆いかぶさった黎翔の影が
次第に近づき、ひやりとした肌が夕鈴の上気した頬に密着する。

もう返事する間合いすら夕鈴には与えられず、押し付けるようにその唇は塞がれた…。


(つづく)


*
------


解(げ)8

【if】【夕鈴目線】【微糖】


* * * * * * * *
解(げ)8
* * * * * * * *


―――どうして、こんなことになってるのだろう。

ん…
息がつまる…

体中が燃える様に熱くて…
痺れるように頭がジンジンして…。

陛下のからだは重たくて…そして冷え切っていた。

私は息もできず、身体がミシミシ音を立てるほどに
ただひたすら強く抱き寄せられて。

真っ暗で何も見えない
でも、怖くなかった。

重くて身動きならないほどきつく縛られて
壊れるほどの痛みと、接吻の息苦しさに
嵐のように身を翻弄されて…
なのに、―――幸せ、だった。

懐かしい、陛下の薫りに包まれて
この人の腕に
この人の胸に
この人の唇に
捕らわれている

時間も、何もかもわからず。


あんまり長い間、
そうしているうちに

私はふいに、陛下に長い長い口づけで縫いとめられている現実に気が付いて
またもや顔から火を噴きそうになった。

―――でも。
いいんだ、
陛下に…
触れても。


私から手を伸ばしても、いいんだ…

ようやく思えてきて。

どうしてよいのか分からず、空を掴んでいた私の手は
行き場を知ると、おずおずと陛下の袖の端を握り締めた。

* * * * * * * *


たしか。数刻前、

私は後宮を去ったはずで。


今、どうして陛下の腕の中にいるのか、
どうして陛下に口づけされているのか。


働かない頭を総動員しても、何がなんだか分からなかった。


* * * * * * * *


李順さんですら、どう手を打ったらよいのか策が無い今
妃自身が勝手に失踪してしまえば、みんな幸せになれる。

だから
私は一人でこの宮を出ることに決めた。

偽の妃は消えて無くなる。
代わりに粗末な町娘が一人。

狼陛下に下賤な寵妃がひとりいた、だなんてことは。
皆、すぐに忘れるだろう。

すべて何もかも丸く収まるはずだった―――。



「じゃあね、浩大。
さあ、もう、何もかも終わったわ。
いままで、本当にありがとう。

今から私は、下町娘の汀夕鈴で。
警護されるような身じゃないし…。
さ、浩大も、さっさとお仕事に戻ってね!」

「―――ん」
浩大は躊躇もせず、さっさと身をひるがえした。

「…元気でね」
私は思わず身軽な隠密の背中を追ったが、浩大の姿はあっという間に掻き消えた。

浩大のあのいたずらっ子のような笑顔をもう一度だけ見たかったのに。
もう、他人行儀でよそよそしかった。


浩大と別れて
あとは、いつもお忍びで使っていた抜け道を通って下町に帰るだけだった。

なのに、どうしたことか。
抜け道が見つからない。

暗闇でまぎれてしまったのだろうか?
一生懸命探す。何度も行ったり来たりした。
あちらこちらと広い広い敷地に紛れた抜け道を探すが、どこ―――?

挙句、抜け道はどうしても見つからなかった。
これでは王宮から出られない。

落ち着いて李順さんを訪ねて、抜け道のことをもう一度尋ねようか、と思った
けれど、自分の姿は町娘で、人目に付く正規の場所を通れるような恰好ではないことに気が付いた。

警備の兵の気配を感じ、身をひそめるうちにたぶん、どんどん見当はずれになっていって―――途方に暮れてしまった。

「どうしよう、どうしよう…」
不安になって周囲を見回しても、茂みの陰の闇は濃く目を凝らしても何も見えず、もうどこがどこやらさっぱり分からない。

明るくなるまでまとうかと観念し、膝を抱えていたとき、ふいに頭上から声がした。


クックッと小さな笑い声が暗闇から漏れてくる。
…木の上?

「おい、あんた」

私は思わず虚空を見上げた。
聞き慣れた、この声。

「…浩大?」
 
―――嬉しい反面、別れてもうだいぶ時間も経って、
今更こんなところにまだ居る自分が恥ずかしくて、思わずカッとなった。

「何?
こんなところで迷子?」

「…そんなんじゃなくて。」

下町では、しっかり者で通っていたはずなのに…!

よりによって、最後の最後で迷子だなんて…。格好悪い…。


私は暗闇のなかで赤面していた。

「じゃあ、賊かナ?」

「賊っ!? 
冗談じゃないわよ、浩大っ―――」

「じゃ、不法侵入者か。
くくっ。
…なんだぁー。ココの警備もザルだな。
そんな成りの娘っこが禁裏にまぎれこめるんじゃ。
―――さぁて。
どうしよっかナ…?
へーかの優秀な隠密としては、このまま見逃すわけにはいかないよね?」

浩大の声は楽しそうだ。

「…へーか…」

緊張して、疲れて、浩大の声を聞いてホッとした時に
『陛下』と聞いて、思わず胸に熱い塊が込み上げた。
突然、両の眼に涙がボロボロっと浮かんだ

暗闇を見通す浩大の眼には、全部見えてしまったかしら…?
私は恥ずかしくて思わず袖で顔を抑え、鼻をかんだ。

「仕方がないや、こりゃ、連行だなー!
宮中に紛れ込む奴らをさ、どうするかって。
そのあたり、おいらの仕事の内だから。
職務にはチュージツに励まねーと!

へーかの忠実で有能な隠密ってやつは、勤勉で困っちゃうよな、まったく」

そういうと浩大は、くるくるっと暗器を操って私の体を宙に引き上げた。

「きゃっ!?」と小さな悲鳴を上げるうちに、私は高い樹の上にいた。

「おとなしくしてなよ~
不法侵入のお嬢ちゃん!」
小柄なくせに浩大は力持ちで、私を背中に担いであっという間に風のように木々を渡り、暗闇を駆け抜けた。

ビュービュー風の音だけが耳元で聞こえた。
浩大がすごい勢いで走るものだから、舌を噛まないように歯を食いしばっているのが精いっぱいだった。

「悪いけどさ。こっからは目をつぶっててくんね?
隠密だけが使う通路だからさ…。
そこんとこ、約束できなかったら、命の保証はできねーよ?」

そういわれて、目をギュッと閉じた。

いつの間にか宮の狭い抜け道を通り抜け…
そしてドサリと背中から下ろされた。
暫く目をつぶったまま、じっと立ち尽くした。
だが、もう浩大の気配はない。

もういいのかしら…と、ようやく目を開けた。
くいしばっていた歯をゆるめる。膝がガクガクしていた。

髪がしっちゃかめっちゃかになっていて、顔に張り付いていた。
手早く手櫛でほぐして撫でつける。

ようやく周囲が目に入ってきた。

はっと気が付くと、私は暗闇の部屋に中央にぽつんと立っていた。

懐かしい、薫り。

灯火の絶えた暗い室内。窓の幕布の隙間からわずかに差し込む、細く淡い月明かり。
必死に目を凝らしてもぼんやりとしか見えないが、自分の足元の下に敷き詰められた毛織物や壁の柄、重厚な調度品には見覚えがあった。
目の前に執務机があって、沢山の書類や巻物が山と積まれ、硯の横には筆が…。

―――陛下のお部屋。


(浩大のおせっかい。
でも、感謝してる)


陛下を怒らせて。
迷惑かけて。
―――嫌われて。

いまさら、
会いたい―――なんて、言えない。

会えない

でも…

―――でも!
会いたい…!


たしかこの続きの間に寝椅子があって。その奥に寝台が…

陛下はもう、お休みだろうか。

火が絶えた部屋は冷え切っていて…
もしかしたら、お部屋にはいらっしゃらないのかもしれない。

会えない
だけど。

せめて、これまでのお礼だけでも言いたい。


もし、陛下がお休みだったら…?
ただ一目だけ。

それだけなら…許される?


私はそっと奥へと歩を進めて…


―――そして、捕らわれてしまった。


(つづく)


*

ギャグSS 全開陛下

4/22【白陽国SNS地区】建国の日によせて。

ひょこり。
すみません、お祭りにエントリーだけでも…、というつもりで書き散らしてしまったギャグ短編です。
(コミュのお祭り用に一発書きです)

よいふーふ4122にかけながら、
お妃様より、女房役の側近殿の出番の方がおおいです。

軽いギャグで赦してやるよ、と懐深く接してくださるのであれば、どうぞ。

【多分、バイト妃】


* * * * * *
全開陛下
* * * * * *

左手で筆を持ち署名をし、右の手で捺印をする。
李順がその紙を持ちあげ乾くまでの仮の置場へ据え直し広げる。

「…ご機嫌ですね?」
次の書類が目の前に広げられる。

黎翔は目を通し、忙しく手を動かし、その合間に官吏を呼びつけ質問と、指示を挟んだ。指示を受けた政務官はあわただしく動き出す。

「―――何だ」
黎翔は表情一つ変えず、傍に立つ李順にチラリと一瞥をくれた。
穂先を墨にひたすと、さらさらと見事な手跡を残す。

書き上げたばかりの穂先は細く、乱れもない。

次、と伸びた手に、書面が乗る。

「なにかと効率よく進んでおります」
見事な間合いで、次々と書類に署名がなされ、捺印が押される。

李順と黎翔はまるで餅つきのつき手と返し手のようにリズミカルに次々と案件をさばいてゆく。

「…そうか?
なら良い」

書類に手を取りざっと要件に目を通し、朱筆を取り出しスイッと脇に追記する。
差し戻しの山へのせ、次の書類が差し出されると思って、右手を横に差し出した。

伸ばした手はいっこうに空手のまま、何も乗せられることがなかった。

「…なんだ?」

「…ふぅ。今日は、もう、終わりにしましょう」
李順は疲れたように肩をすくめ、空になった書類箱を差し出した。

「なんだもう、終わりか?」

「すべて終わりました」

「ふうん、そうか」

「やる気があるのは大変良いことですが…。
陛下のようにムラがあるといかんせん、周囲が付いてゆけません。
いつもこの半分、いや三分の一でよいですから
平常運航してくださると助かるんですがねぇ…」

李順の後ろには疲れ切った政務官らが死屍累々、折り重なって倒れていた。

「そうか、今日はもうないな?」
念を押して、李順が「その通りでございます」

「では、私は明日まるまる一日、休みだ。
完全な、休みだ。
誰がなんといおうと、朝から晩まで、休みだ。
誰にも会わん。急な要件であろうと、何一つはさむな!」

「…御意」

黎翔は笑いながら立ち上がると意気揚々と歩き出した。


―――帰ると、部屋には彼女が待っている。

「…あ! 陛下!
お疲れ様でした
お帰りなさい」

満面の笑顔で迎えられれば疲れも吹っ飛ぶ。

「夕鈴、今日は、何をしていたの?」
「陛下のために、お菓子を作っていました」
「楽しみだな、何?」
「うふふ、では、まずはお茶の準備をしますね?
お楽しみに…!」

夕鈴が静かにお茶の準備をしていると、
控えの間から声がかかった。
「―――陛下、おくつろぎのところ、大変申し訳ございません!」

黎翔は、あきらかにムっとした。

「…人払いをしたはずだが?」

「急な御用で、なんとしても陛下にお取次ぎを、と。李順様が」

李順には、先ほど十分釘を刺したはず。
それなのに、
(奴自身も疲れて果てているこのタイミングで)
こうして呼び出しするとは
よほどの『緊急事態』であろう。

「…仕方がない」

黎翔は、あわてて上着を羽織ると、隣室の謁見の間へと移った。

「陛下!」
「なんだ?」

「緊急の事態が…」
「だから、なんだ。私は完全休養だ。と、あれほど…」
「うっかりしていました!」
「うっかり?」
「白陽国SNSの建国記念日です」
「―――は? はくようこく、えすえぬえす?」

「お二人のラブラブ進捗具合を国民の前で広く示す大切な記念日なのです!
国を挙げてお二人にお祝いを…」

「祝い?」

「ぜひ、国王とお妃さまお二人のラブラブっぷりを、国民の眼前でしっかり披露してほしいと全土の国民からよせられた嘆願書が山のようにっ!?」

「馬鹿者っ!
私は、これから休暇だと。
仕事はしないと、あれほど…!」

「そこを何とか…」

そこへ、心配した妃がひょっこりと顔をのぞかせた。
急な仕事云々で、二人がもめているとしり、夕鈴は力いっぱい黎翔に懇願した。

「へーか!
みなさんのために、お仕事頑張りませんか?!」

「…ほう?」

「お妃もそうおっしゃってることですし…」
李順は汗を拭いた。

黎翔は狼の表情でニヤリと笑うと、

「―――では、仕方がない。
最愛の妃のたっての願いとあっては、叶えぬわけにもいくまい。
明日一日の貴重な休みを費やし、仕事に励むとするか」

「…励む?」

夕鈴は意味も分からず、ニコニコと黎翔を見上げた。

「陛下っ!? 夕鈴殿は、バイトですよ?
そして、そもそも!
白陽国ではエ□はタブーですっ!!」

「李順。大義であった」

「え?」
李順はいぶかしげに黎翔を見上げた。

「では、李順!
あとは適任者で仕事を進める!
お前は休め」

「ヘーカ、やる気満々ですね~!
その意気ですっ!」
夕鈴はニコニコと黎翔を見上げた。

「夕鈴、あとは二人で―――
お仕事、いっぱい、がんばろうネ?
ぼく、今日は調子よくってね。
お仕事全開モードなんだ!」

「はいっ!
私、ヘーカのためなら、なんでもお手伝いしますっ!」
夕鈴はぐっとこぶしをつくった。

「頼もしいなぁ」

狼さんはしっかりと人払いをし、兎さんをお持ち帰りしましたとさ。


いい夫婦によせて。

(終わり)

[日記]狼陛下の花嫁 第58話感想・ネタバレ注意

本日、4/23(水)早売りで手に入れました。
恒例のネタバレあらすじ&感想レポート。


2014年4月24日発売 月刊LaLa 6月号掲載「狼陛下の花嫁 第58話」の感想。
ネタバレ含みますので、コミックス派の方はご注意ください。

続きを読む

[日記]でもまだ、書きたい…狼陛下第58話感想・ネタバレ注意

先ほど本誌早売りのネタバレ日記を書きましたが
最後、旦那さんが帰ってきてしまって
さっさと畳んでしまった。

でも…あと少し。まだまだ、日記に書いておきたかったことが…

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解(げ)9

【if】【夕鈴目線】【微糖?】


* * * * * * * *
解(げ)9
* * * * * * * *

窓幕の隙間から差し込む月明かりが床に細く落ちて伸びる。
でも、その光はか細すぎてたよりなくて、部屋の奥までは見通せなかった。

闇に目をならしていると、シンと静まり返って耳の奥が痛いほど。

そのとき、寝椅子に、陛下らしき人影が見えて、
(こんなに寒いのに…まさか?)と思った。
燭台も、火の気もない。

陛下、こんなところで
うたたねしちゃ、ダメですよ?
お風邪をひきますよ…。

思わず駆け寄りそうになったけれど
陛下が目を覚まさないように静かに、しなくっちゃ。

せっかく浩大が作ってくれたこの最後の機会をフイにしたくはなかったから
床に敷き詰められた絨毯が音を吸い込むまでゆっくりと歩を進め、近づいた。


「これは夢だから」と言い訳をして
あなたに伸ばした指先。

もう二度とかかわることなど許されないと知りながら。
何一つ、残さないと決めたのに。

―――私が、手を伸ばすことなど、
許されはしないのに―――


心の中の葛藤に翻弄され、
躊躇に躊躇を重ねた。

でも。
陛下―――
あなたに、会いたかった。

たとえ夢でも。
感謝を伝えたかった。


爪先が接する瞬間
私は痛いほど、
陛下、あなたに会いたかったことを知る。

触れると、あなたはとても冷たくて
生きているのか不安になった。

心臓がドクンと脈をうち、
血が逆流する。

こめかみに触れた指先に、
かすかな血脈を感じ、私は泣きたいほど安堵した。


―――大好き。

なのに、あなたの瞳に
私が映ることは、二度とない。

私の中には、陛下の微笑みが、姿が、私を見つめる熱っぽい瞳が。
いっぱい在るから…。

もう二度とその瞳に見つめられることがなくても、私は忘れない。
大好きなあなたへのこの気持ちは―――。

私は陛下の瞼の上を、そっと両手で覆い
最後のお別れを伝えるために、込み上げる思いを押し殺し
息を整えようと細く息を吐いた。

その瞬間。
私の指は、絡めとられ
この身ごと、捕らえられて―――!?

* * * * * * * *


長い口づけのあと、暗闇なのに見つめられている視線を感じ
恥ずかしくて恥ずかしくていたたまれない。

それまで力づくに拘束されていた陛下の腕の力が和らぐ。

「…へいか…、あ、あの」
思わず真っ赤になって、口許を覆う。

「いまさら
お、お会いできる身分じゃないのに…
ご、ごめんなさいっ!
不法侵入して、ごめんなさいっ!!
もう、行かないと…本当に…本当にごめんなさいっ!!」

「―――え?!」

(…!」
わ、私…!
寝椅子に横たわる陛下に倒れこむように覆いかぶさってる!!

「お、重いんじゃないですかっ!?
陛下っ…ご、ごめんなさい~っ!!」

私は、思わず両手でぎゅうぎゅう陛下の体を突っぱね、慌てて立ち上がろうとした。

「ちょっと待て!
夕鈴!」

「ごめんなさいっ!!」

目をつぶって、渾身の力で身をひるがえすと、
なんとか陛下の束縛を解き放ち、抱きしめられていた体勢から立ち上がることができた―――
―――と思った、そのとき

「…あっ!?」

陛下を突っぱねて立ち上がった私の足元がぐにゃりと曲がる。

ふかふかした絨毯の上の、何か固いものを踏んだ?…
と思った時すでに遅し。
内反した足首は私の体重を支えきれずにグキリと嫌な痛みが走った。

そのまま勢い余って体勢を崩した私の片腕を
陛下が手探りで絡めとり、慌てて引っ張ったものだから、
「…きゃっ!!」
暗闇の中をつんのめった私は大きく体を傾け
そのまま見えもしない闇の空間に吸い込まれた。

そして、ガン!と次の痛みが肩に訪れ
ガシャガシャと大きな音をたてながら固いものに倒れこんでしまった。

最後に、カタカタ…ッ ピィーン… カチャン…と澄んだ音。

「…っ痛~~~~っ!!」

足をひねって、固いものの上に倒れこんだ私は
激痛と恥ずかしさで、涙があふれた…


(つづく)


*

解(げ)10

【第58話ネタバレのif】【甘々】


* * * * * * * *
解(げ)10
* * * * * * * *

何かが壊れる音がした。

(しまった…!)と思ったが、真っ暗闇の中、下手にも動けない。

「…っ!!」
足をひねった強烈な痛みを、声に出すまいと夕鈴は必至で唇を噛みしめた。

静寂が訪れる。

「夕鈴―――、怪我はないか?
今、灯りをつける
そのまま、動くな」

黎翔は彼女を慌てさせないようにと、努めて穏やかに声をかけた。

「…!」
しかし夕鈴はバツの悪さにますます縮こまるばかり。

黎翔の手元でぼうっと燭台に火がともり、あたりに暖かい光が広がる。

夕鈴は、しりもちをつくような恰好で敷物の上に倒れ、
その背後にある卓のそばに、砕けた破片が広がっていた。

それは赤、青、黄色…色とりどりの美しい破片で
キラキラと輝いていた。


また、何か高いものでも壊してしまった!?
夕鈴はあっけにとられ、真っ青になり、プルプルと震えている。

「な、何か踏んづけて、足を取られて…」

「…破片に気を付けて?」
黎翔が彼女の手を引き、起き上がらせようとすると
「…痛っ!」と小さな声をあげ、しゃがみこんでしまう。

「足?」
黎翔が屈みこみ、彼女の足元を覗き込むと、
ん?とやおら何かを床から拾い上げた。

「―――石?」

夕鈴は涙目でその物体を見つめた。

「…ああ、―――」

黎翔は、その小石を握り締めると、
床にへたり込む夕鈴をガバと掻き抱いた。

窒息しそうなほど抱きしめられ、目を白黒させた夕鈴だが
ふっと黎翔の腕の力が緩んだとたんに大きく
「はぁっ」と息をついた。

その唇が余りに愛おしく、
黎翔は彼女の口許にまた軽く口づけを落とした。

夕鈴は頸をすくめて、その小さな口づけを受け入れ
恥じらいがちに目を伏せた。

「壊してしまった器の片づけを…!」
美しい透明な破片に手を伸ばすが、黎翔に押しとどめられた。

「危ない!
破片が鋭いから気を付けて。
君は手出しをするな。

―――まず、手当が先だ」

黎翔は、微笑まし気にそんな彼女を見つめながら優しく抱き上げ、寝椅子に横たえた。

そして、ひねったと思われる足を持ち挙げると、夕鈴は小さく抵抗をした。

「だ、ダメです!
王様が、庶民の足なんか触っちゃ…!!」

「かなり腫れてる。
君は怪我人だ?
おとなしくして…」

黎翔は彼女の足首にそっと口づけを落とした。

夕鈴はぎょっとし、庶民服の裾からにょっきり伸びた自分の足を恥じ慌てて隠そうとした。
だが、黎翔はそれを許さず、貴婦人に対するがごとく恭しく彼女の足に礼を尽くした。

「君が動くと
私は何をするか、分からないが?」

チロリと舌なめずりしながら、鋭いまなざしで夕鈴を見つめる。

(くーーーー!!! この狼陛下っ!!)
夕鈴はますます赤くなり、身動きもままならず固まってしまった。

「―――そう、いい子だ」
黎翔が余裕たっぷりの流し目で見つめるものだから、
夕鈴はもう沸騰せんばかりに真っ赤になり
(もう、もうっ!! 勘弁してください~~っ!!)
と心の中で叫んだ。

フフ、と笑うと黎翔はすっと立ち上がり、壁際の箪笥に近寄ると、棚の戸を開け箱を取り出し持ってきた。
漆塗りの箱の中には薬や包帯などが入っており、黎翔はてきぱきと夕鈴のひねった足の手当を行った。

「んっ!!」
足首の様子を診るため腫れた箇所をそっと動かされた夕鈴は思わず声を上げてしまった。

「骨に異常はない。大丈夫」
おとなしくなった夕鈴に、黎翔は真面目な顔をして治療を施した。

「ヘーカ。…手際が良いですね?」

「ん? 鍛錬中にはいろいろ起きるから
軽いものは自分で手当できる」

黎翔は小さな乳白色の鉢でゴリゴリと音をたて何やら薬草に膏薬混ぜて練りあげ、たっぷりと布に塗布すると夕鈴の足にそれを貼りつけた。

ひやっとして、また夕鈴はきゅっと身を縮ませた。

「冷たいか?」

「い、いいえっ!! 大丈夫ですっ!!」

包帯をきつく巻きあげながら、黎翔が尋ねる。

「きついと思うが。…痛むか?」

今まで真面目に手当をしていたくせに、
突然色っぽいツヤを帯びた黎翔の瞳が至近距離で迫る。

「だ、だいぶ楽になりましたっ!!」

夕鈴は目を閉じたら負けだ、と思ったけれど、
やっぱり正視できずに、ぎゅっと閉じてしまった。

彼はクスリと笑うと

「夕鈴、可愛い」
とつぶやき

ゆっくりと近づくとその赤い唇に柔らかく触れた。


* * * * * * * *

ようやく治療も済み、いつものように膝抱っこをされている。

いつもと違うのは、怪我した足を椅子の肘掛けに乗せ、高く掲げていること。

それが裾丈の短い庶民の着物を身に着けているものだから、なおさら足元がすーすーとし、夕鈴はいつも以上にこっぱずかしくて仕方がない。
なんとかして裾を合わせたり、もじもじ膝を擦りよせ、怪我した足を肘掛けから下ろそうとするが、黎翔はそれを許さない。

「あの…壊してしまったものを、片づけないと」
「良い」
「よくありません。
なんだか色とりどりで、とても美しくて…。
それなのにこんなに脆く粉々に…。
まるで宝石のような器だったのではありませんか?」

「構わぬ。―――後で人を呼ぶ。
今は君とのことが最優先だ」

「へいか…、私は大いに構いますよ?
相当なものでしょ? 庶民の私でも、わかりますっ!
こんなきれいな器、見たことありませんから~!!
借金?
借金がっ! …また増えた!?
あーそれより、李順さんになんとお詫びしたら…」

夕鈴は半べそをかきながら、盛大にため息をついた。

ようやく借金返済にも目途が立ったばかりだというのに、
今度はどんな高価なものを壊してしまったのかと
思えば思うほど気落ちするばかり。

「壊れたあの品物は
…相当お高い、ものですよね?」

「さあ、値段は知らぬし―――
異国からの献上品だ。
…だが、私にとって君以上の価値のあるものではない」

異国からわざわざ王様に献上するほどの宝物…?
夕鈴は青ざめた。

「ど、どうしてっ、そのような貴重なものがっ
こんなこんな、机の上なんかにっ?!」

夕鈴は泣きそうだった。

「―――酒を飲むのにいちいち人を呼ぶのは面倒だ
適当にそこらにある器で、少々…」
黎翔は視線をそらし、バツが悪そうに顔をしかめた。

「もうダメですっ!!
絶対またものすごい借金が―――!!!
せっかく借金返済が順調に進んで、帰ることになったのに
これじゃあ…。
庶民の稼ぎではどんなに働いても…
もしかすると、一生かかっても…償いきれません…!」

夕鈴は滂沱の涙を流し、顔を伏せた。

「―――帰る?
私の腕の中に君がいることの方こそ。
私にとっては何百何万の宝にも代えがたいんだが?」

夕鈴が涙を絞りながら、キッとにらんだ。

「だからっ!!
陛下はふつーと感覚が違うんです!
そんな甘いこと言っても、
現実は―――」

「アハハ…」と黎翔は笑い出した。

「だいたいっ!!
勝手に私のバイト終了を決めたのは
へーか、あなたじゃないですかっ!!」

今度は泣きながら、ぷりぷりと怒り出した彼女の様子に
黎翔は急にコロリと表情を変え、子犬微笑みを返した。

「あー、うん、ゴメン!」

「ゴメン、じゃありませんつ!
あんなに『ここにいちゃダメだ』って言ったのは
ヘーカじゃないですか!」

夕鈴の怒りは収まらず、涙もますますあふれるばかり。



「やっぱり、やめた。

―――ゆうりん、
ここに、居て?」

「―――は?」




「ここに」

「え? あ、あの…」

今まで無邪気に笑っていた子犬は一転し、
狼に変貌し
冷やかなまでも、冷静な表情で口にした。

「夕鈴。
私のために
ここに、ずっと。居てくれるか…?」

毒気を抜かれて、夕鈴の涙も止まった。

「バイトおしまいって。
一方的に
勝手に決めて。
それを
…いまさら―――!?」

「―――理由が必要というのなら。
その君の人の好さに、また、
つけ込ませてもらってもいいかな…」
ニっと黎翔は笑った。

「理由?
つけ込む?」

「そんなに君が責任感じるなら。
君が壊したものを償わなければ気が済まないというのなら―――」

「壊したものを弁償するのは、
あたりまえですっ
そ、それにつ、償うとか、償わないとか…
そんなものなくったって」

「理由があって、君の気が済むのなら」

「理由があるなら―――
陛下にも私が居座ることを認めさせられるんですね?」

夕鈴は挑むように黎翔を見つめた。

「君がそれでも、良い、というのなら―――」

「私は借金が嫌いです。だからきちんとお返しするんです!
―――でも、理由があろうとなかろうと、私はあなたのそばに居たいんです」

「それは君の一生をかけねば償い切れぬぞ?」

「一生かかっても。…いえ。
一生、陛下のおそばでお仕えさせてください!」

「本当に?
―――ここは悪い夢の巣だ。
ここに居てもよいことは何もない。

それでも。

君は
居てくれるか?」

(ずるい。
―――陛下)

どんな形であれ。

あなたが理由をつくってくださるのなら。
私は、まだ、ここに居てもいいんですね?

嬉しくて、泣きたいけど、泣けない。

「私は
ここに、居てもいいんですね?」

黎翔は冷たい顔をしているくせに
言葉は優しかった。

「―――泣かせたくなかった」

夕鈴はフルフルと首を振ると、きっぱりと返事をした。

「…泣きません!
あなたと一緒なら!」

「―――傷つけたく、なかった」

「私は陛下のおそばにいたいんです!
私は陛下のお役に立ちたいんです!

ここに居ていいのなら。
いちいち、私はヘコたれませんっ!」

夕鈴は、強い気持ちを込めて、黎翔の瞳を見つめた。

無言のまま、二人は見つめ合い
それから
二人を取り巻く空気は
一気に解けた。

黎翔はその端正な顔をほんの少しゆがめ
冷たい狼陛下の表情を和らげると、目を細めた。


純粋で固く自由な君は
何ものにも汚されない。

その輝きは
明るく私の心を照らす。


黎翔は眩しそうに、
彼の稀なる至宝に、そろそろと指を伸ばした。


「君は…
優しくて
―――強い、な」


そういうと、黎翔は彼女の顎を軽くとり
口許を引き寄せ唇を重ねた。


(続く)



<次回最終回、エピローグ>

*


ごめんなさい
次回終わらせようと思って書き進めていたのですが、
お二人が幸せそうにぬくぬくイチャイチャして
終わりそうにありません。

というわけで

(まだ、続く)

失礼致しました~(;^_^A

2014/4/30 20:50更新


*
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