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■織座舎の本 一覧

■ おりざの本[織座舎]
織座舎の本001-008(2015年3月)

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新しい年を君と

本年もよろしくお願い申し上げます。

【初詣】

* * * * * * * * * * * *
新しい年を君と
* * * * * * * * * * * *

「夕鈴、ちょっと」
背後からヒソと黎翔に声を掛けられ

「―――何でございましょう?」
と夕鈴は最後の笑顔を振り絞って振り向いた。

今日は大みそか。

年を送り新たな年を迎えるための様々な行事や準備で
ここ数日国王と妃は疲れ切っていた。

「―――こちらへ」

黎翔は夕鈴の手を取ると暗闇に向けて足早に歩き出した。

「あっ!?
陛下っ―――どちらへ!!」
李順の声が追っかける。

黎翔はニコと笑うと
「李順。今年はご苦労だった。
私は、これにて仕事納めとする。
来年もよろしく頼む。
―――では!」

言うが早いか、夕鈴を抱き上げ駆け出した。

「―――あっ!
陛下っ!!」
李順が叫ぶが、中庭には鞍の乗った黎翔の愛馬に馬が用意されていて、黎翔はそれに夕鈴を載せてひらりとまたがり、あっという間に遁走した。

「…李順さん、ゴメーン」
浩大の声。
「とりあえず、先に謝っとくねー?
俺、へーかの命令には逆らえないんだー」

(くっ。どこに潜んでいるのか、
当然、姿を見せないですね…?
…まったく。どいつもこいつも)

「…でもまあ…。良しとしますか」

李順は、がらんと静かになった執務室を見回すと、
しばらくじっと佇んでいた。

それから、おもむろに机の上を片付けはじめる。

「―――さすがの私も。少々疲れましたよ」

* * * * * * * * * * * *

李順が執務室の灯を落とし鍵をかけるころ―――
馬で去った二人は山の上の古寺の参道の入り口で、黎翔は軽やかに馬から降りた。
鞍の上の夕鈴に手を差し伸べ、抱き下ろす。
馬をつなぐ。

「ここは…お寺ですか?」

ときおり鐘が鳴る。

「本殿まで二人でお参りしない?」

真っ暗闇の馬上で、必死に黎翔にしがみついていた夕鈴は真っ赤な顔をしていたが、暗闇の中でそれを見られなくてちょっとホッとした。

いつもは真っ暗な参道も、大みそかの今日は参拝者のためにところどころに篝火がたかれている。

大きな山門が見える。
くぐる際に黎翔は手を合わせ一揖し、夕鈴はその作法をまねた。


黎翔は夕鈴と指を絡ませる。

夕鈴はドキリとしたが
「山道は危ないから、ね?」と言われると、
おもわずきゅっと指を返して握り返してしまった。

「この階段を上るんですか?」
「うん。端をね。歩くんだ」
「端?」
「山門を入ったら、下界を離れここは聖域に入ったからね
ああ、空気が冷たくて清々しいな。
もうすぐ、新しい年がやってくる。
二人で一緒に参ろう」と誘った。

「は、はい」

夕鈴は黎翔に手を引かれ
二人で石段を登る。

参道を登りきるころには息が上がって…。


手水舎で身を清め、新しい蝋燭に火をともし線香をあげる。

「陛下のお作法は…見ているだけでもすがすがしいですね」

「―――ん?」
黎翔は目を丸くして笑った。

さりげない、なにげないことが、美しい。
この世に稀なる高貴なお方とは―――そういう、存在なのだ。

線香の煙が漂い、暗闇の中に御殿が篝火に浮かび上がり、人々の黒い影が行き交う。

焚火に古いお札をくべ、パチパチと火の粉が飛び散る。


最後の除夜の鐘が鳴り響き、
「年が―――あける」と声がかかると
誰からか口々に祝い合った。


「夕鈴。
新年、おめでとう」

黎翔が軽く夕鈴のほうへ顔を寄せて言祝いだ。

「陛下、明けましておめでとうございます…」

夕鈴は、返事をすると「…っ」と小さく声をあげ、胸を押さえてしゃがみ込んだ。

「―――どうしたの!?」
黎翔は慌てて夕鈴の肩に手を当てて、抱き起こした。

「いえ…。
すみません、ご心配なく。
―――こんな、贅沢な新年は初めてで」

「贅沢?」

「―――だって。万人が受けたいと思っている
陛下からの祝福の言葉を、
私は一人だけ今年一番のりでいただいたのですから…
畏れ多くて。
思わず、足が震えちゃいました…!」

黎翔はフフと笑って。
「それなら、私も一緒だよ
君の祝福を
独り占めしているんだから―――」


誰も、二人のことを特別とも思わず。
―――国王としらず、妃と知らず。


ただむつまじく手をつなぎ
殿の前にすすむ。

一揖し、金貨を投げる。
夕鈴の投じた金貨はコツンと跳ねた。
一瞬ドキっとした夕鈴。
金貨はコロコロ、コトンと賽銭箱に収まったのを見て、ほぅと安心した表情を浮かべる。
―――そんな仕草が可愛くて、黎翔はじっと見守った。

二人で鈴を鳴らす。
そして胸の前で手を合わせ、願う―――。
お互い、透明な気持ちで真剣に。
…ふと満足げに黎翔が笑った。
夕鈴も笑った。

二人してもう一度一揖して、無事お参りを終える。

二人でお参りをする、という小さな達成感と幸せに
夕鈴はホンワリと暖かい微笑を漏らした。

歩き出した黎翔はヒソと夕鈴に耳打ちをした。

「―――何をお願いしたの?」

「…秘密です。
そういう陛下は?」

「―――では。
私も、秘密にしておこうか…?


…いや。

実は、こう願った。
私は」

陛下は夕鈴の手を改めて大きな掌ですくい取り
握り締めた。

「…君との、新しい年に。
幸多かれと」
黎翔は、懐の内側にすっぽりと夕鈴を収めるように抱きしめる。

夕鈴は小さな声で答えた。

「私は
―――陛下が
もっともっとお幸せでありますように、と願いました」

暗闇の中で、年改まった厳かな気持ちで夕鈴は真面目に答えた。

「君と一緒なら、私は幸せだよ?

だから、夕鈴。
ずっと一緒に居ておくれ?」

黎翔は甘えたように背中から抱きしめ、返答を待っているものだから、
夕鈴にはもう一歩の逃げ場もなく…。

ついに小さく、コクとうなづいた。

「―――陛下。
今年もよろしくお願い申し上げます」



(おしまい)

身代わりの花(11)

あけおめ連載再開。年を越してお待たせいたしました。
時は少々遡り、夕鈴の身代わり妃が後宮に納められたその日の様子は…

【バイト妃】【侍女目線】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(11)
* * * * * * * * * *

───話は少し遡る。

夕鈴が李順から暇を出された日。

李順は『陛下の唯一の花』を、背格好が似ている貴族の娘とすり替えた。



身代わりとなり『夕鈴』と名乗ることになった娘は、
衣装や化粧を似せたうえで遠目に見れば、
違いがわからない程度には似ていた。

身代わりの花が後宮に入ったその日、
李順から事情を知らされていた静麗女官長以外ただ一人を除き
後宮に仕える数少ない『夕鈴妃付き』女官と侍女は直接「お妃様」と接することはなかった。

女官長の部下にあたる二人の女官うちの一人はたまたま肉親の忌事で一週間ほどの宿下りを願い出ており、もうひとりの女官は女官長から使いで侍女一人を伴い霊験あらたかな札を戴きに山寺へと向かっていた。侍女の一人は少し前に結婚するため退宮し「他に十分慣れた者がいるから不都合があるまではゆっくり人選すればよいでしょう」とまだ後釜が補充されていなかった。

一人残った小燕と呼ばれる侍女は、夕鈴妃付の者の中では一番地位が低かった。

普段直接夕鈴と言葉を交わす地位になく、主には夕鈴様付の女官の補佐、下働きとして勤めていたので、妃と同じ部屋に侍るときは不敬に当たらぬよう畏まり常に床ばかりを見つめていた。

『今日に限って先輩方の他出が重なり出払ってしまったから。
夕鈴妃付部屋の担当は自分だけ…』

小燕はいつにもまして緊張をしていた。

他所の部署から、位の高い小嬌という名の女官が一名、夕様付きの交代要員として回されてきた。小嬌は普段と勝手が違うため、夕鈴妃付きとしての現場経験は小燕の方が上だった。
更に自分の下に見習い侍女を補充されると聞けば自分もついに先輩役であるし、
一番偉い女官長様から直接采配を受けると知れば
『女官長様のお眼鏡にかなうよう頑張らなくては』と張り切る小燕であった。


───夕鈴様のお着替えの際は、交代要員の女官小嬌さんのお手伝いをして帯を取る。
───夕鈴様のお食事を卓までは上げ下げするお手伝いをする。
───夕鈴様が沐浴をする間、女官長様や小嬌さんの補助をするお役目をして、香油をたっぷりとその身体に塗りこめる…。


小燕は夕鈴妃の間近に仕えることに興奮しつつも、やはり声ひとつ出せず緊張をしていた。

いつもは同じお部屋の中にお傍近くに仕えながらも、直接のやりとりは間に必ず高位の先輩方が入っていた。

ところが小燕は今日ばかりは晴れがましくも夕鈴様の『一の傍付き』である。
大出世したような晴れがましさ。

小燕はすぐ傍らで妃の尊顔を拝し奉り「夕鈴様の優雅さ」をうっとりと見つめていた。


(本日の夕鈴様は大変ご機嫌麗しく
立ち居振る舞いおしとやかで、大変お静かにお過ごしだね。
良いことでもおありだったのかしら…。

ただ…大変珍しいことに───ご自分でお化粧の具合や髪の結い方などをいろいろと試しておいでだわ…?
先輩方がいらしたらさぞ熱心にお世話されただろうに、残念なこと───)
と、小燕は思った。

───というのも、普段妃は自分の身の回りを構いたがらず、華美を戒め切り詰めたつつましやか暮らしをモットーとしているのだ。
いつも直接お身の回りのお世話をなさる先輩方が『髪も化粧は抑えて』『新しい衣や装飾品はまた今度』と言われた『映える御方ですのに。もっともっと美しく着飾っていただきたいのに…』と残念そうに話しているのを小燕は耳にしていた。


その日の午後いっぱい、妃はあれこれお化粧品の蓋をあけ色味を確かめたり、髪をゆい直させたり、かんざしを挿したり抜いたりした挙句、最終的には「…お約束ですから、一番最初の結い方に戻してくださいな」とおっしゃり、地味なお化粧と髪型に戻されため息をついて鏡台からお離れになった。

(おやくそく…?)
───小燕はその言葉にひっかかり、不思議に思った。

『もしかしたら高貴なる御方と、何かお約束でもされていらっしゃるのかしら』と野次馬根性がむくむくと沸いたが、そこはつとめて不敬に当たらぬよう、聞いて聞かぬふりをしてやり過ごした。


* * * * * * * * * *

夜の帳が下りる頃。

妃の身支度を整え、
お茶とお菓子の用意をしたうえ、
何事も常日頃と変わらぬよう細心の注意を払い、万全のお出迎えで備える。


さほどしないうち、いつものように高貴なる御方が現れた。


小燕は感動していた。
『いつも端の端で、顔を伏せていてさえ甘く睦まじいご様子のお二人を、このように間近に』…と思えば、今度は『さぞお幸せなご様子に当てられてしまうのでは?』と想像をしてしまう。

もし国王ご夫妻の熱愛ぶりに動揺し、万が一にも声をあげてしまったり顔を酷く赤らてしまったらさぞご不敬に当るだろうと『今日は侍女の分際をわきまえ平静に冷静に心を穏やかに保てますように』と小燕は心から自分を律し、何があっても動揺しない自分でいようと覚悟をしていた。


* * * * * * * * * *


シャララ…と払われた幕に付いた鈴の音が涼やかに響き
王の訪いを告げる。


「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
静麗女官長と小嬌女官が入口で出迎える。


「…」

高貴なる御方は、後宮の室に足を踏み込むや否や、はた、と足を踏みとどめられた。


妃の傍に控える小燕は、妃の様子をそっと伺った。

いつもなら恥じらいつつも、それはそれは嬉しそうに明るく出迎える妃。
その妃の笑顔に厳格な王の雰囲気もたちどころに和らぐのだ…

だが、今日は───?


「陛下、お帰りをお待ち申し上げておりました」

国王陛下を出迎えた妃はいつになく緊張の面持ちで固い表情と声。
そのくせ、いつもより鼻に抜けた甘ったるい───媚びた作り声のように、小燕には聞こえた。

(───いつも愛らしく気さくなあの夕鈴様が…。
裏返ったこの変なつくり声…? いったいどうされたのかしら?
それとも前からこんな風に鼻にかかったお声だった?

もしかして、お風邪でも引かれた、とか?!

もしそうなら、お世話が行き届かず体調管理が悪かったと、後で罰せられやしないかしら…)

小燕は跪拝を取りながらハラハラしていた。


王は相変わらず入口で立ち止まったまま、奥へ進もうとしない。

「…」


堪らなく恐ろしい沈黙があたりを支配した。


「…静麗」

「───は」

酷薄な狼陛下の声───。

陛下は女官長様をお呼びになった。
女官長さまは跪拝したまま、一歩前にいざり出る。

周囲の者は誰一人として、怖ろしくて顔をあげることができない。


「妃に何か?」

「本日はお妃様に置かれましてはつつがなく。
ご機嫌麗しくお過ごしでございました」

陛下がジロリと女官長を睨んだ。

そこには巷で噂通りの『無慈悲かつ冷酷無比なる狼陛下』がいた。

普段後宮の夕鈴様の元を訪れるときにはほとんど見ることもなく、
それゆえ突然の狼陛下の出現に、小燕は背筋が凍った。

妃も凍りついた。
その場にいた誰も彼もが青ざめ、動けなかった。

───小燕は、息が詰まって倒れるかと思った。



長い無言が続いた。

───狼陛下。が
お怒りになっていらっしゃる───!?

それはほんの短い寸刻でありながら、
凍りついた大地に縛り付けられ
永遠に吹雪きになぶられ続けるような心地がした。


何も言わぬうちに王はくるりと踵を返し
後宮を後にした。




王が去った後、
あまりのことに呆然と立ちすくんでいた妃は
「ヒック」としゃっくりのような変な呼吸をしてようやく息を吹き返した。

そしてその途端、その美しい両瞳には大粒の涙があふれ出し
「…いったい、どういうことでございましょうか?」
と、シクシクと泣き声をあげられた。


(もしかして何か小さな不備でも?
いつもの通り、万全のお茶のお支度を整えたつもりだったけれども、
陛下は何かお気づきだったのかしら…

それとも、いつもと違う私が傍仕えなどしていて、
お気に召さない点でもあったとか?)

と、
真っ青になって震えている小燕も、その傷心を隠せなかった。




(つづく)


この辺りは、
身代わりの花(4) 

のバックグラウンドのお話です。

*

コラボしました~ byさくらぱんさん

白陽国SNSの白友のさくらぱんさんの
大キリ番を踏み増して
12月24日のお誕生日にほんのり絵をプレゼントしましたところ
その絵に文章をつけたコラボをしていただきました。

このような無茶ブリの絵にどうお話がつくか…とドキドキしましたけど、
さくらぱんさんが楽しく可愛らしい現パロ作品に仕上げてくださいました。



【中編】学パロ「会長と私」、「会長と私2」を続けて一挙掲載。

では、どうぞ♪

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身代わりの花(12)

身代わりの花が襲撃されたその時…
女官長目線で。

【バイト妃】【女官長目線】【流血あり※残酷シーン注意】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(12)
* * * * * * * * * *

その昔、
白陽国王家の闇で暗躍した不世出の暗殺者
伝説の死神、リーリーは
一里四方の気配を感じ取る、と言われていた。

彼女を見たものは必ず死の国へと旅立ち
『死神をその眼で見たという証人は
一人として生者の世に存在していない』と語り継がれた。

最早それも先々代の国王の時代の話であり
時代は移り、死神伝説は人々の心の片隅にただ澱のように微かに残っているだけだった。

だが今なお、俗界で不可思議な事件があれば
『新月の闇夜にはリーリーの幽霊がさまよい出る』とまことしやかに噂される。

果たして、リーリーという化け物が本当に存在したのか、
どう生きて、いつ死んだのか―――

誰もその存在について、知り得ることはなかった…。


* * * * * * * * * *

夕鈴さまのお命を優先された
李順様の判断は理解できる。

李順様はご存じない。

“私”という存在がいることを。

『最後の手段』は既知のものではありえない。
最後のその時のため、伏せた札は…たとえ身内にすら、晒すことはない。

今知る限りのこの状況で、
夕鈴様が後宮で生き残る確率は本当にわずかだろう。

だが―――?

伏せた札。
そのような札がこの世に存在することすら、知られない。

毒となれ薬となれ
それが保身の最終手段というものだ。




宵闇に紛れ、静かに一つの門が開けられた。

普段尊いお方が出入りする門にあらず。

しかし幾つかの隔壁を通り抜け呪文を編むように馬車を進ませ
禁裏の内の内、奥の奥に至る。

それは忍びでお出ましのあの高貴なるお方が
やむを得ず馬車でお戻りになる時の作法だ。

…とは、あの方お一人の身軽な態ではなく
馬車が必要な荷物があるということに他ならない。

そこまでして禁裏の奥に運び込む『荷物』が何であるか。
分からぬようであらば女官長のお役目は返上いたしましょう。

すり替えられた偽夕鈴様をひと目ご覧になるや、嵐のような怒りを振りまいたあのお方。
その、昨日の今日のこと…。

それは、あの方の手の中にある最も貴重な存在で、
―――もっとも儚い命に他ならない。

小燕や小嬌に気づかれないよう、お妃様の夜着を一枚と、櫛を一枚だけ、そっと持ち出す。

「小嬌、わたくしは暫く李順様のところへ行ってまいります。
お妃様のお世話をくれぐれもよろしくお願いいたしますよ?」
と言い残し、
夕鈴様のお戻りになるあの方のお部屋へと急いだ。


* * * * * * * * * *

人の世は常に
人の夢を汚し、破壊し、打ち砕こうと
凶悪な牙をむき出しにする


この世に心を分ける存在を作ることは
己の命を削るに等しい。

あのお方は

それを知っているからこそ
幼いころから孤独に耐え

それを知っているからこそ
傍らの存在に気が付いた


魂が引き合う存在をこの世で引き裂くことは
不幸でしかない。
たとえ身体だけ生きながらえたとしても
それは、―――魂の死を意味する

だから、黎翔様は
決して、夕鈴様を
その御手から
放してはならない

それは祈りにも似た悲痛な魂の叫びのよう。


龍は掌中に如意宝珠を握り締め
天に上る霊力を得る。

龍の宝珠は
あらゆる幸運と運気を招き寄せる原動力となる。

王は龍
彼女は龍珠

夕鈴様が国王と伴に在ることこそが
白陽国にとっての最上で、最強、最大の守りの呪文に等しい



白き光の世に降りそそぐ、あたたかな祝福の源を

私は命に代えても、
お守りいたしましょう。

それが闇に生まれた、この私の使命。


* * * * * * * * * *

真夜中に主上は自室にお戻りになり
夕鈴様をその手へ託した


この夜は、危うい

私には後宮を固める役目が生まれた


警告が点滅するこのビジョンは、どうにも言葉で説明しがたく
人に話したこともない。
だからこそ私の眼は一里を見るといわれるのであろう。

大気の底に、ゆうるりと闇の気が流れこみ
悪意へと羽化する時は近い

だれがだれの身代わりであろうと
何がどう動こうと。

私の中の使命は一つだけ。
まことに明快だ。

主上を、その魂を護る。


夜半に後宮へ戻る。

妃は昨日の国王の仕打ちをぶつぶつと愚痴り続けた。
今日は、主の訪れすらなく失意を悪意へとすり替える。
妃の衣装棚、宝飾品、化粧道具に香油…。
高価な香を炉に惜しげもなくくべ、し尽せるだけの贅沢をした。

小燕は人が変わったような『夕鈴様』に一日中振り回され、疲れ切っていた。

うつらうつら船をこぎながら妃の寝室に侍る小燕
私は彼女に声をかけ、妃の番の交代を申し出る。

「お前も今日はさぞ疲れたでしょう、奥の、お前の部屋でぐっすりお休み」
「…でも女官長様。奥では、何かございましたとき駆けつけることができません」
「気にせず、疲れをお取りなさい」

そう申し伝えたのに。

小燕は突如降って沸いた『一の侍女』という栄誉を捨てきれない。

役目に気負い、妃部屋に続く付き人の間の隅で仮眠を取ろうとする。
それが命取りであると伝えたくとも、私にはそうすべき理由がなかった。
人の良い可愛い娘であったのに…。
それ以上の感傷は私には生まれることもない。


闇は、私にとって優しいひと時の休息をもたらす。


私の体は寝ていても精神は起きている。

夜陰に乗じて紛れ込む賊の気配が濃密に漂い始めた。

そろそろなのかと、いつしか体は準備を整え始める。
呼吸が自然と身体中に気をめぐらし、肉体の隅々を賦活化させてゆく。

冷たい体は動かない
賊はそこを狙う。

窓から侵入してきた。
浩大の手下が何人か傷ついている。
人数が多い…。

五名…。
内、三人はかなりの腕前、その内の一人は別格だ
二人は見張りか…。


男たちは妃の寝ている寝台へ、迷わず近づく。
灯に火をつけ、照らされた室内に、初めて驚いたように私は動く。

物音に気が付き、寝ぼけ眼の小燕はすっとんで駆けつけた。

妃はすぐに捕らえられた。

声を上げる前にさるぐつわを噛まされ、手足を縛られる。

「女官長様、女官長様…」と私にすがる無力な小燕。

奥の自室の布団にくるまり、物音に気付くことなくぐっすり寝ておればよかったものを…。
哀れなお前に、私は手を握ってやることしかできない。


―――見届けなければならない。
それが私の仕事。

光に映し出された恐怖にゆがむ白い顔。
まぶしそうに妃は目を細めた。

賊は、妃の顔を改めている。

「―――違う」

一言。

「我々の顔を見られた…殺れ」

ほう…そうか。
お前は妃の顔をよく知る者―――なのだな。
暗闇の中、顔を頭巾で目鼻以外を覆っていながら、そこまで念を入れるは。

小燕が恐ろしさのあまり、私の手を離し、逃げ出した。
賊の網が無力な侍女を逃がすわけがない。


ガタガタと震えながら、暴れる妃の目の前で
まず侍女が背中から切られ命を落とし

発狂寸前の妃は、顔改めをした男のその手によって
真っ二つに体を裂かれた。

部屋中が赤く染めあげられる。

私は見極めたうえで、手練れを避けた。
若いと思われる見張り役の二人のほうへ、隙をついて逃げ出すふりをした。

人を切ったことがあるのかどうだか怪しい程度の
練習台にこの身を預けるのは不本意だが仕方がない

見張りの二人のうち、より血を見て興奮し我を忘れている方
―――端の男を狙う。
手には抜身の大刀を持っている。

「…おおっと、逃げられると思うなよ?―――」
「お偉い女官殿か…? 見られたからには命はねえぜ」

頸に刃物を当てられる。
チリ…と痛みが走り、首筋にプツリと赤い玉が浮いた感覚はやがて首筋を伝って襟を暖かく濡らした。

興奮し異様にギラギラした目で、口から泡を飛ばしながら、大刀に両手を添えて私に向けた。

―――お前、人など切ったこともないだろう。
その安っぽいブザマな刀はなんだ。手入れくらいは―――しろ。

泣き叫ぶ無力な女子供をなぶり、刀のさびにする喜びに、今だけせいぜい浸れ。

「あれ… 命だけはお助けを…」

顔を覆い袖を振り回し…

私は刃物の入ってくる軌跡を正確に予測する。
刃の位置は、目に見えずとも風が教えてくれる。
合わせて体をひねりこみ一番の急所をはずさせ―――切られてやろう。

手練れ相手にこのような演技でだませるかは危ういが
…この男なら、急所に決めたかどうかの…手ごたえすらわかるまい。

倒れるふりをし、血だまりに沈む。

息は静かに途切れ、気を消してゆく。

肺も脈も…その気配を消し、普段の何十倍もゆったりと浅く…
切り離す。


そんな瞬間はたくさん見てきた
今まで何百何千としてきた作業だ…

トドメの刃を頭に打ち込まれたら、私とて、最期だがな…


だが、浩大が追い打ちをかけてくれる。

…ほらみろ。
長居をするものではないぞ


お前たちは、ここから逃げ出すのだ。

暗闇で何も見えぬと思うな。
私には見えるのだ。


糸は―――しかと結びつけた。



(つづく)



この辺りは、
身代わりの花(7) 

のバックグラウンドのお話です。

*

身代わりの花(13)

人質にとられた夕鈴を眼前に、黎翔は…?

いよいよ、物語が動きはじめます。


【バイト妃】【※暴力シーン※乱闘、流血あり。ご注意ください】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(13)
* * * * * * * * * *

居並ぶは戦場に於いて顕著な働きのあった将兵。

正装し誇らしくも晴れ晴れと、武勲をたたえられ
時の国王珀黎翔より褒章が下される。

その、戦功章授与の式典会場はいきなり血と恐怖に支配された───。

反体制側と思われる一味が暴力的手段で蜂起した。

その一人は、今しがた陛下御自ら武勲を授けたばかりの鄧朗は衛将軍職まで上った男だった。反対勢力に組みする将校数人が同時に刃を抜いた。


『正面から立ち向っても、あの国王は喰えぬ男───

ならば、狙うは国王の唯一の弱点。
こちらの要求を通すために、なんとしても妃を手に入れろ』

それが彼らに与えられた最大の任務だった。


怒りに燃える赤い瞳で、珀黎翔は目の前の男を睨みつけた。

「───妃を、離せ。

鄧朗(とうろう)、衛将軍」

国王はことさらに衛将軍、と強調して呼びかけ
今ならまだ引き返せるぞ、と言外に譲歩を示した。

「断る」

鄧朗は、即答した。

黎翔は、やむなしと愛剣を振りかざした。
だが、その刀は振り下ろされることがない。

というのも、
鄧朗が妃の首に刃物をあて、盾にしているからだ。

妃の足元には、妃付きの女官がうずくまっている。

妃は轡を掛けられ叫ぶこともできず、目隠しをされ視界を奪われた上
三方から射手が弓で彼女を的にしていた。

鄧朗は動かない。

鄧朗がコクリと呑みこむ音すら会場に響きわたるほど
お互いの心臓の鼓動が聞こえる気がするほど、会場はシンと静まりかえっている。

黎翔も動けない。

同時に四人の賊を倒すのは非常に困難であり
一人を倒す間に夕鈴は刃に貫かれる。

しかも、この会場にいる人間、一人ひとりの誰が白なのか黒なのか。
───他にどれほどの反対勢力派が潜んでいるのか

黎翔は、極力言葉での交渉を優先させた。

厳かな腹から出した低い声で、黎翔は鄧朗に最後のチャンスを与えた。

「もう一度だけ言う。
───鄧朗。

妃を、離せ」

「我々の要求を受け入れる気があるのか?」

「───要求とは、何だ?」

鄧朗は、獄に繋がれている政治犯、腐敗政治の時代に甘い汁を吸いつくした大物の名を筆頭に挙げ、彼らの釈放をまず要求した。組する将校がリストを持ち、次々と釈放を要求する十三名の名を読み上げた。
鄧朗は次に身柄拘束中のテロリストの名を挙げた。将校は続いて二十一名の凶悪犯の名を読み上げた。
「───そして、最後に、珀黎翔陛下のご退位を…要求しよう」


珀黎翔は、長々と続いた要求全てを聴き終るまで、鄧朗らの言葉に静かに耳を傾けた。

だが、最後の言葉を聴き終ると
黎翔は大きな声で笑い出した。

ははははは…と、黎翔の放つ大声が会場に高らかに響いた。

鄧朗は気色ばんで顔を赤らめた。

夕鈴の首元に当てた刃物をグッと首の薄い皮膚にめり込ませる。


「───私がそのような要求を呑むとは、
お前たち自身、はなから信じていないからこそ

…これほどのことをしでかし、
私の妃を盾にするなどという卑怯な手段に出ているのではないか?
───鄧朗」

「我々の大義の為ならば、卑怯と言われようとかまわない」

「───大義?
…どう言いくるめられたかは知らんが。
私には単なる愚かなテロリズムにしか見えない。
お前たちは狂った破壊者の言葉に踊らされる
…哀れな傀儡(くぐつ)だ───」


「…ぐっ…。

…お前、この、妃の命が惜しくはないのか?
これこそ
お前の本物、であろうに!?」

「本物、であるからこそ。

我が妃は
私が、その様な勢力に屈することを
喜ばない」

静かに黎翔は哂った。

「───なに?」

妃を挟んでにらみ合う二人の
膠着した状態は一瞬にして解かれた。


妃の足元にうずくまり怯えていた女官が立ちあがり、国王に向けて懇願した

「おやめ下さいませ…陛下!
夕鈴様がっ…」

悲鳴のような声で叫ぶ女の声に、苛々と鄧朗は片手を振り回し、女官を追い払う仕草をした。

「そこの女っ!! 動くなっ!
誰か少しでも動いたら、この妃の命はないっ!!」

鄧朗は眼をむき出しにし、額にはちきれんばかりの血管を浮かべて荒い語気で周囲をけん制した。

黎翔は、妃の命乞いをする女官と一瞬、眼を合わせた。


そしてゆっくりと鄧朗と真正面に対峙し、強い口調で断言した。

「鄧朗よ。───知っているか?

妃は、私と約束した。

私より先に逝くことは、決してない、と。

お前らの野望を果たしたくば、
まず私を倒してから、果たすが良い!」

剣を構え直し、
黎翔は静かに笑った。


たとえ目隠しをされていようとも
妃の脳裏にはクッキリと
華やかに陛下が笑っていたのが見えた。

夕鈴には、確かに見えたのだ。
その時の、黎翔の美しい笑顔が。


『陛下───!』

あの方の足かせには、ならない。

夕鈴は覚悟を決めた。

「そこまで言うなら、見ておれ、
お前の妃が、わが刃に倒れる様をぉっ!!
はく、れいしょぉおお~~!!! 」
鄧朗は大声で叫んだ。

「破っ」
と黎翔は剣を振るいながら掛け声をかけ、力強く鄧朗に向けた一歩を踏み出した。

…ザワリ、と。
言葉では表現し尽くしがたい異様な感覚を、その場にいた者誰もが感じたことであろう。

辺りを包む、底知れぬ恐怖と冷気。

その瞬間、何が起きたか、
当の鄧朗は既に理解することはなかった。

永久に。

鄧朗は妃に刃を付きたてることも、国王に刃向うこともせず、
ただ音もたてずストンと膝から崩れ落ち、尻もちを付いた。

───その時すでに命を抜かれているとも知らず。

身を盾に妃を守ろうと飛び出し
今やその周りでおびえ震える無力な女官の
その手から何かが放たれたなど、気付いた者がいようか?

鄧朗が大口を開け叫ぶ瞬間にスッと何かがその口に飛び込み、命を司る脳髄を深々と貫いたなど、たとえ注意深く見つめていたとしても、視認できる業ではなかった。

沈んだ鄧朗の身体が落ちるのに驚き、奥の射手が射かける。
黎翔は構えていた剣で一直線に妃に向けて放たれた矢を空中で叩き落とした。

正面の二名の射手は矢を射なかった…
という以前に、射ることができなかった。

静かに後ろ向きにゆっくり崩れるように倒れ、
引き絞った弦を握る腕から力がぬけ、矢は的外れな方向に力なくビヨンと飛び出し、やがて地に落ちた。

倒れた射手は二人とも額に小さな穴があいているだけだった。
国王夫妻の命が眼の前で危険にさらされているこの騒ぎの中で、賊を誰が仕留めたか、など、この時点で構っていられる者など周囲には一人もいかった。

素早すぎて目にもとまらぬ速さだった。

それこそ、女官の長い袖から白い両の手先がちらりと覗いた瞬間など、誰も見てはいなかった。
そこから繰り出された小さな指弾が同時に二カ所の的を射抜いたと、誰が信じられよう?

この距離で正確に眉間を同時に二つ、仕留めるものがいるとしたら、それは神か悪魔だろう。
───まさか死神がここにいるとは、思いもよらなかったに違いない。


瞬間あっけにとられながらも、辺りを包んだ異様な恐怖と冷気に武者震いし、叫び声を上げ武具を振り上げた者。…そいつらが、反乱者だった。
乱闘が始まる。だが入口、窓、いたるところから布英将軍の配下の兵が乱入し、反乱派に組し、暴れる人物と切り結び、やがてそれらも捕えられた。

血のにおいが充満し、興奮と悲鳴とわめき声で騒然とした会場も、
捕えられた反乱派は引き立てられ、傷つき倒れた者らは手当を受け

国王は妃を無事その腕に取り戻し、抱きしめた。


やがて落ち着きを取り戻し始めたその現場で。

妃の無事を喜ぶか弱き女官の存在が目に入る者など
─── 一人として、居はしなかった。


(つづく)

身代わりの花(14)

一難去り。ほっと緩むお二人を取り巻くは


【バイト妃】【微糖】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(14)
* * * * * * * * * *

辺りは騒然としていた。
尊き御身の周りを兵が立ち囲み、覆いとなる。

「───李順!
現場の指揮は任せた。
捕えた者たちから急いで情報を引き出し、全容を解明せよ。
首謀者を追い落とすは、一時でも早い方が良い」

「───は」

李順が現場の指揮を引き継いだ。

黎翔の手により、目隠しとさるぐつわを外され、ようやく夕鈴は自由を取り戻した。

もう安心、と分かっていても、かたかたと細かく震える。

「陛下…ご無事ですか?」見開いた目が、黎翔を捕える。


生きて会える喜びを、その瞳の奥にお互いが感じていた。

『これほどの目にあいながら、自分の心配をするよりも先に、私の心配をするのか…』と、黎翔はその気持ちが愛おしかった。

彼女の振るえる白い手をしっかりと握り締め、その細い肩を自らの腕の中にすっぽりと抱き寄せた。
額に口づけを落とし「無事だ」と告げる。

彼女の温かい涙が胸を溶かす。

「お妃様の、お怪我は?」
控えていた女官長が急ぎ白布を持ち、夕鈴の首の浅い切り傷の処置の準備をしている。

「浅い。…がしばし待て。
今は、───心の傷をいやすが先だ」

そう言ってしっかりと王が妃を抱き締める間、女官長は穏やかに待った。

黒染めの装束に身を包んだ布英将軍がカツカツと歩み寄り、国王とその妃の足元にひざまずいた。

「こちらは片付きました」

「やはり…近衛の羽林大将軍、だな?」

「…は。その通りかと」

「近衛大将軍?…あの? 馬(ば)大将軍、ですか?」夕鈴は驚いて顔をあげた。

陛下は一瞬間をおいて「そうだ」と肯定した。

いつも行事やことあるたびに、王と妃の一番傍近く…いつも厳格な面持ちでご立派に働いてくれていた馬大将軍。
警護に付いて護衛する選び抜かれた近衛の、それもあの、大将軍が? 

布英将軍の方をちらりと見て「どうか?」と問う。

布英将軍は、馬大将軍の配下で任を務めていた。

選び抜かれた近衛は家柄、能力、忠誠心の選抜が非常に厳しいことで知られ、その質は国内一高い禁軍であるからこそ、非常に口が堅い。
その禁軍のトップの将が、今回のテロの首謀者であったということは非常に大きな衝撃を与えた。
そしてそれゆえ、今回の裏調査は非常に難航した。

今回のこの難題を速やか勧められる人物として、布英将軍しかないと黎翔は信頼を寄せていた。というのも、布英は以前夕鈴妃にその命を救われ、罪人として生きていたその運命を大きく転じて以来、彼女に対し最大級の忠誠を尽くす人物であったからである。
かつまたその実力、人物においても禁軍内部の人の心を動かす資質を持っていた。

「馬家当主の館に郎党を大勢集め引き込み、立てこもっております」

「引きずり出せるか?」

「三分の二の隊を出し、館を取り囲んではおりますが。
あちらも戦いのプロ。…簡単には…」

「───分かった」

ゆっくりと頷いた黎翔は、おもむろに腕の中でようやく温まり緩んだ妃にむけて優しく声をかけた。

「…夕鈴。そろそろ、静麗が君の傷の手当てをしたがっている、が?」

「あ、はい…」

夕鈴は顔をあげ、ぐるりと首をめぐらせた。

「───そちらの女官殿は…」と布英将軍が声をかけた。

「女官、長、さんです───。
布英将軍」

夕鈴がさりげなく告げた。
おじさん、と呼んでいたこともあった。
夕鈴は布英が好きだった。
だからつい、そんな風におせっかいな言葉が飛び出してしまった。

静麗女官長は、ふっと辺りを見回し、落ちていた女官長の官位を示す簪を拾い上げ、ついと髪に挿した。

「…これは失礼、女官長殿」

「何か」

布英はじっと女官長を見つめた。

「不思議な御方だ…。これほどまで静かにある、とは。
御許(おもと)は誠、肝の据わった婦女子よ」

布英は、気配に敏感な男だった。

「お褒め頂き」

女官長は深々と頭を下げた。


布英。
墨染めの黒装束に包み、近寄りがたい雰囲気を醸し出すこの将軍は、若い頃身に覚えのない冤罪にて罪人の烙印を押され、異国を放浪した身。
刑の痕跡により異形と変わり果てた顔半分を黒皮のマスクで覆い隠し、夕鈴妃との縁あって軍に復帰した。

僅かに左目から左ほほ、口元、あごにかけて顔面の皮膚が露出し、厳しく近寄りがたい風貌に、近づく誰もが緊張を隠せなかった。

それもこの事件の直後。
いまだ会場では血の匂いに刺激されたある種独特な興奮が立ち込め、兵たちですら紅潮し高揚感が満ちていた。

だが、この女官長は違った。

───ただ、静かなのである。

布英がこのような自然体の女性に会うのは、夕鈴妃についで二人目であった。

暖かな包み込むような気を発する夕鈴妃と比べると、さらに穏やかで不思議と透明な気を発するこの女性を、布英は興味を持ったのだった。

布英は、妃の傷を手当てする白い指の動きを見守った。


「───布英。馬大将軍を捕えよ。妃をこのような目に合わせた罪、しかとその身に教えてやれ」

黎翔の命に、布英将軍は厳しいその顔をさらに引き締めた。

「…は!

では、これにて」

「うむ」

布英将軍が踵を返すと、国王を取り囲む兵たちの輪が緩み、通路を空けた。

夕鈴はその背中に声をかけた。
「布英将軍。
陛下を無事お守りくださり、ありがとうございました」

布英将軍は、振り向くと、もう一度深々と跪拝をとり、立ち上がって去った。


「…お妃様の御傷は深くはございません。
もどりましたら老子に傷薬をご処方いただきましょう。
おそらく跡も残らず綺麗になりますから、ご安心くださいませ」

「静麗、苦労をかけた」

「何ほどの」

「良くやってくれた」

「ありがたきお言葉」

「…さて静麗。お前に少し暇をだす。一日。
ゆっくり普段出来ぬ用でも足して来い」

『ふだん できぬ、用』───と、黎翔はさりげなさの中に、意味を込めた。

「───はい」

女官長はその意図を解して、笑顔で拱手し、頷いた。

「陛下…?」

「少し…妃と二人っきりにさせてくれ、と。

女官長が居ると、あれやこれや、うるさいからな。
ゆっくり籠ることもできぬ」

黎翔は小声で呟いた。

「…!?」

夕鈴はそれを耳にするや否や、パッと赤面し、顔を伏せた。

「へ、へいかっ…!?」

声にならぬかすれた声をあげ、ぎゅっと襟元を掴んで握る。


こんな一言で、耳まで赤くなって。
狼狽している夕鈴はいつも愛らしい…。

黎翔は愛しい妃を抱きしめ、耳元にささやく。


「…もうすぐ。もうすぐ君を安心させられる。
だから、あと少しの間。

私と二人っきりで。

辛抱してくれ───?」

かり…と。
耳朶に───軽い痛みが走った。

いかつい兵たちの背中に囲まれたその場所で、恐ろしい狼陛下に甘く耳たぶをひと齧りされた夕鈴は、声も上げられず、破裂しそうなほどドキドキする心臓を押さえるため、黎翔の胸にしがみ付いた。



(つづく)

*

身代わりの花(15)

布英将軍のターン。
暴力的な表現がありますのでご無理なさいませんよう、ご注意ください。

【バイト妃】【微糖】【※死の陰※ご注意ください】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(15)
* * * * * * * * * *

白陽国の国王と妃は無事王宮に帰還した。
『主犯格らはじめ今回のテロに関わった者共全てを捕えよ』と、賊ら首謀者に対する討伐の命が下された。
周囲は慌ただしくも物々しい挙兵の支度にくわえ、国王とその妃の周辺は厳戒態勢が敷かれた。
すでに布英将軍率いる禁軍が首謀者と思われる馬大将軍の館を取り囲んでいるが、相手は選び抜かれた禁軍のトップでありその統率力は高く、固く閉ざされた館には歯が立たず、塀の中と外で硬直した睨みあいが続いていた。

国王の寝所となる宮は十重二十重の兵らによって囲まれ、蟻一匹這い入る隙間なく固められている。

そんな緊迫した情勢の中で慌ただしく奔走する周囲の喧騒も…ここ、王の間には届かない。
静かな広い部屋の中に二人っきり。国王は人払いをし、誰も入室を許さなかった。

* * * * * * * * * *

「誰も来ない。
安心するがいい」

いつものように膝の上に座らされながら、
いつもと違う熱を感じ、
囁かれた夕鈴は、真っ赤になって答える。

「そうおっしゃる陛下が…
一番危険な香りがします」

「…わたしが、危険?───」

「その、あの…だって、狼陛下…?」

「───狼陛下の私は

嫌い、か?」

「…そ、そ、そんなはず
ないじゃないですかっ!?」

しどろもどろになる夕鈴の顎をとり

「…ならば。何も、問題ない───」

黎翔のその端正な顔は、妖艶な微笑みに彩られ
徐々に近づく距離を肌の熱で感じながら
夕鈴はただ目をつぶることしかできなかった…。


* * * * * * * * * *

一方、今回の反乱の首謀者であることが暴かれた馬大将軍の館の周囲は国王派の軍勢に取り囲まれていた。
国王派の禁軍を率いるは、布英将軍。
対する近衛の一の大将軍であった馬に組する将校ら信奉者、一族郎党が馬家当主館に集結し、立てこもっていた。

宵闇が迫った今も、膠着した状態は続いた。
先方は一方的に同じ要求を突きつけるのみ。
こちらの呼びかけに対しての返答は一切なく、言葉に依る解決は拒否された。

国王派の軍勢は馬大将軍の館への武力による突入の準備を進めていた。

布英将軍は率いる隊の隅々まで足を運び「相手はこの国一の手練(てだれ)。一瞬でも憶すれば圧されるぞ。用意万端整え、気を引き締めてかかれ」「暗闇の騒ぎの中、敵味方を間違えぬよう、合言葉を忘れるな」と兵一人ひとりに声をかけ気勢を上げた。
相手が百戦錬磨の手練であろうと、こちらには黒い衣の守護神『墨将軍』こと布英がいる。武神の守護を得た我らが軍の勝利を兵らは誰も疑わなかった。

一触即発の均衡を破ったのは、先方だった。

館内から何やら騒がしげな声があがる。
バタバタとした様子から、いまや攻め入るときと布英は「行け」と大刀を振り下ろした。
進撃の開始を告げる銅鑼が鳴り響く。
館の表裏の二カ所から時同じくして大槌で門を叩く。それに対し、塀の上から弓矢が雨あられと降りそそぐ。爆薬に神経をマヒさせる薬草を練り込んだ煙玉に火をつけ、邸内に大弓で投げこむ。塀に梯子をかけるころには門が破られ、大勢の塀が侵入を開始した。

大扉が破られると、布英率いる本隊はワッとばかりに館内になだれ込んだ。
兵が手に手にかざす松明の明りが照らし出す、大刀を握り締めた黒仮面の男。布英の恐ろしい横顔はまさに鬼神であった。

「首謀者の馬を、捕まえろ! ───生死は問わぬ」

いくら国一番の大将軍であったとしても、この期に及び馬は赦される立場ではなかった。
生死をかけ激烈な戦いが想定された。

布は大刀を振りかざし次々と切り裂き、本邸の奥へを目指し進んだ。
だが、不思議なことに館内は不気味なほど、シンとしている…。

勇み足で踏みこもうとする一団を、布英は腕を挙げ、制した。

「───まて。私から行こう」

「布将軍! 危険でございます。ここは私めが!!」

「いや…、ここは私に任せろ。様子を見てくる。
合図をするまで、待て。」

不思議な気配を感じ、松明を一本副官から受け取ると布将軍は暗闇の館内に一歩を踏み出した。

血生臭い淀んだ空気。ゴロンと足元にまといつくものがあった。
暗闇の中、松明をかざし目を凝らして見れば、それは手に武器を持ち骸となった賊のなれの果て。
骸は一つや二つではなく、折り重なるようにあちらにもこちらにも静かに横たわっていた。

「───はて?
内輪もめでもおこったか」

我らが来る前に、我が軍の兵がこの館まで達しているはずもなく。
ならばここに死体がこうも累々と横たわるのは、異様であった。

貴族館の規模は違えど、概ね想像通りの造作であった。
二階に上がり、館の一番奥にある当主の部屋に近づく。

布英は立ち止まる。
不思議なその感覚を敏感に察知し、息をひそめ体中のセンサーを解放した。

恐ろしい… 
久しぶりに感じるこの底冷えのする感覚。

布英は、松明を廊下の壁に立てかけると、暗闇の中を進んでいった。

当家部屋の扉を、音もなく開ける。

そろそろと身体を滑りこませ、当主が執務をとる部屋をぐるりと一望する。
布英の目に入ったのは、室内の奥にある大きく開け放たれた窓だった。


下弦の半月が天空にかかっていた。
その窓に立つ影一つ。

長い黒髪をなびかせた、
女!? ───

ブワッと大気が逆巻き濃密な壁となり、布英の体を押し付けるように気圧す。

布英将軍ほどの男でありながらも、その者の持つ強大な暗黒の邪気に足止めされた。
その間にその影は音もなくひらりと背面にトンボを切り、一瞬で消え失せた。


布英はあわてて窓まで駆け寄り、その影を目で追ったが、すでに闇に溶け霧散していた。

窓際から室内を振り返ると、月あかりに照らされた周囲がようやく見えてくる。
辺りに折り重なるように倒れているいくつかの人影。
もうひとつ。
執務机に伏せた大きな男の姿。
おぼろげな月あかりのもとに、それは───馬大将軍の横顔のように見える。

だがもう、
誰一人、動いてはいなかった。

布英はあわてて廊下に戻ると松明を取り、もう一度慎重に当主の部屋へと戻った。

机に伏せ、絶命していた男の顔を松明の明りの元、確かめる。

偉大なる近衛の大将軍は、その一生を静かに終えていた。

致死傷は首筋にみとめられた小さな一刺しだった―――。


「これが―――人の技であろうか?
それとも、私が遭遇したのは、伝説の死神か…」


布英は茫然とし、
死に満ちた館のなかで立ち尽くした。


(つづく)

*

身代わりの花(16)

ようやく周辺が落ち着いて…。

【バイト妃】【日常】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(16)
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「───陛下が。
眼光で賊をお倒しに…?」

李順んは胡散臭げに、書類から顔をあげた。

「はい。一昨日の式典襲撃の際、
歴戦のツワモノどもが、陛下の一睨みで次々倒れた、と。
あの噂は本当にございましょうか?」

「…。この忙しい時に真剣な質問かと思えば…」

李順は大仰にため息をついた。

何をバカなことを言っているのですか。

妃を盾にした鄧朗は、
しでかしたことの重大さの圧力に打ち負け、心の臓の発作でもおこしたのでしょう。
弓の射手らは陛下の有能なる隠密が陰から仕留めたといいますよ。

「───本当かどうか、
御身でお試していただいても結構、ですよ?

これ以上私の仕事の手を休ませるようであれば。
陛下をお呼びいたしましょうか?」

…大臣という肩書のある大の大人が。

事後処理で奔走し、発狂しそうなほど忙しい私を呼びとめ
何の話かと思えば

全く…



終わってみれば、あっさりと。
式典会場で捕縛した者たちを覗き
首謀者はじめその郎党らは一掃されていた。

今回のテロリスト側の要求は、
そもそも捕えられている犯罪者の釈放が大きな目的であり、
もし、今回大物を生きたまま捕縛したとして、その身の処遇は微妙に難しい問題であった。

厳しく断罪すべきであるが、
近衛の大将軍まで務めたというその家柄・肩書から
各所から酌量減軽の命乞いが舞い込むのは必至であった。
命在る限り、また次の火種となろう───。
だがその心配はあっけなく失せた。

今回の激しい戦闘で、敵の多くは館を守るため命を落とし
館の中では内輪もめで既に互いを殺し合い、
首謀者の馬大将軍は殺され
馬大臣を殺した者は自害して果てたのであろう、という推論に達した。

李順も、報告した布英自身も、
どうにも腑に落ちない細かな点がいくつもある。

それこそ伝説の死神が現れた、など信じることもできず
かといって
不思議な点を解明しようとしたところでその意味はなく、
「敵をせん滅した」それで結構、と相成った。

ただし、状況について細かな報告は李順の胸一つに納まることとなった。


のちに報告を受けた国王は、しずかに頷いてそれ以上追及しなかった。
唯一、国王その人だけは、その裏を知っていたから──────。



「…まあ、よいでしょう。

これも武勇伝の一つ。
『眼光で敵を倒した』という噂自体は『狼陛下』の威光を示すイメージ戦略上、
プラスであってもマイナスになることはありませんから、ね」

李順は、もう一度ため息をついて納得した。

「それより…。
今後の問題は、あちらの方ですね」

* * * * * * * * * *

コツンと窓から音がした。

「───浩大か」

…窓際に向けて黎翔が声をかける。


「お邪魔とはオモイマシタガ…
今よろしいですか?
…二人とも衣、着てるよネ?」

それを聞いて、夕鈴はボフっと身体全体から煙をあげて真っ赤になった。

浩大の声だけが窓の外からする。

「…馬鹿もの!」

もし、その姿が見えたら黎翔はきっと浩大の顔めがけて小刀を投げ込んだだろう。

「もう大丈夫、って李順さんが。
宮の周辺の兵も引き揚げさせて宜しいか?と」

「…終息したか。引き揚げるよう伝えよ」

「布英将軍がヘーカに目通りを願ってるヨ」

「分かった───しばし待てと伝えよ。
支度をする」


「───静麗!」

陛下が声をかけると、しずかにスイと控えの間の方から女官長がいつも通りの頬笑みを浮かべて跪拝をとった。

「ここに」

「王宮へ参る。支度を」

「畏まりました」

「私が不在の間、よくよく妃の世話をするように」

「仰せの通り」

テキパキと支度を済ませると、黎翔は夕鈴を抱きしめ口づけを落とし

「では、しばし行ってくる。
待っていてくれ」

と部屋を後にした。


ほぼ一日半、黎翔と二人きりで部屋の外に出ることもなかった夕鈴は、女官長の顔を見てホッとした表情を見せた。

「こちらに。お庭で朝摘みのお花をお持ちいたしました」
「…まあ、嬉しい」
夕鈴は花々の盛られた籠に顔を埋め、薫りを胸いっぱいかいだ。
「ここ数日、秘密の客人扱いだったので。
お花の薫りをかぐのは、久しぶりです。…嬉しい」

「それは宜しゅうございました。
今日はどのお花を髪にお挿しいたしましょう?」

「…では。…この赤いお花を」
と夕鈴が華やかな大輪のサザンカを指さした。

「サザンカは、困難に打ち勝つ、ひたむきさ、という花言葉があるそうですよ」
「…!」
「まこと、今のお妃様にふさわしいお花をお選びになりましたね」
と静麗女官長が微笑むと、夕鈴は頬をそめて笑い返した。

「もし、女官長さんがご自分の髪に挿すのなら、どれを選びましたか?」
「…え?」
夕鈴は花かごを持ち、女官長に差し向けた。

女官長は遠慮がちに指を伸ばし、
薄紫の細かい花弁が星のように重なる紫苑の一枝を抜き取った。

「…そうですね。では、これを」

「挿してみてくださいな」
夕鈴が勧めるので、少し困ったように笑いながら
薄紫の小花の一枝を自らの髪に挿した。

「…よくお似合いです。女官長さんの黒髪によく映えます。
とってもお綺麗です」
うっとりと頬を染め素直に褒めるお妃様の人柄は誠に愛おしく。
素朴な些細な交流に喜びは満ちている。

静麗はいつものように櫛をとり、夕鈴の髪をすきはじめた。

(女官長さんの手はちょっとひんやりして、気持ちいい…)
ようやく戻ってきた平常に、夕鈴は心から感謝した。

「―――いつ、王宮にお戻りに?」

夕鈴は、鏡に映った女官長に尋ねた。

「今朝がた、早くに
戻ってまいりました」

静麗女官長は静かに微笑んだ。

「休暇中は、ゆっくりできましたか?
…何かされましたか?」

「何、とは…。
そう、普段手が回りかね溜まっていたホコリを…」

「お掃除ですね?」
夕鈴はニコニコと笑った。

「はい、大掃除を」

「分かります!
無性にやっつけたくなりますよね…。
気になりだすと、片っ端から!」

女官長は夕鈴の貴婦人ならぬコメントに、内心くつくつと笑いだしそうだったが
構えて冷静にいつもの女官長モードで微笑を湛え、こく、とうなづいた。

「───でも、女官長さん。お怪我の方は…」

夕鈴は女官長の身体のことを案じていた。

「いえ、もう大丈夫でございますよ。
ご心配なく」

「それならよかった…」
「お妃さまのお怪我は?」
女官長が櫛をおき、そっと夕鈴の首筋の包帯を押さえた。

「陛下が御自ら念入りにお薬をぬってくださいます…」
夕鈴はポッと赤らんだ。

包帯の下は…
傷だけでなく。
赤い印が押されていることを夕鈴は思いだした。

あっ、と小さく声が漏れる。

(やだ、見られたら、恥ずかしい…)

だが、静麗は素知らぬふりをして妃の髪の元を結ぶと
髪飾り選ぶため横を向いた。

「…では、包帯の交換は
お妃さまのお世話を楽しみにされておられる
陛下のために、とっておきましょう」

女官長はさりげなく気を利かせた。

「事件は落ち着きましたから、
もう、ご安心くださいませ」

静麗は優しく微笑み、最後の花飾りを挿した。
朝露を含んだ赤い花弁が、くっきりと映え、鮮やかに妃を彩った。

「美しゅうございますね」

と一言添え
夕鈴の髪をいつものように整え終えた。


* * * * * * * * * *

「夕鈴様と、女官長様に。
至急、王宮へおいでになるように、と
陛下からお呼び出しが───」

数日間、人払いをされていたため、急に外からそのような声が聞こえ
夕鈴は思わず背中をシャキッと真っ直ぐにした。

「…何事にございましょう?」
女官長が、取り次いだ女官に問いかけると、
女官も要領を得ておらずただ伝言のみを受け取ったという。

「───さあ?」

「分かりました。
とにかく、お支度をして早速まいりますと、お返事を」

「はい」
取り次ぎの女官を戻すと、静麗女官長は美しい衣を妃に着せた。

「よくお似合いでございますね」

「私には…少し派手ではありませんか?」

相変わらず夕鈴様は奥ゆかしいこと…と
女官長は微笑んだ。

「ご安心くださいませ。髪に挿した花飾りとよくお似合いですよ。
お妃さまをお引き立てするのにはちょうど良い塩梅かと」

その時また声がかかる。

「お妃さまは、まだかと───」

「ただ今」

女官長が答える。


「…なにをお急ぎなのでしょうか?
なにか大変なことでも…」

夕鈴が眉をひそめた。

「行かれますれば、
お分かりになりましょう」


(つづく)


身代わりの花(17)

王宮のほうから伝令で、陛下の至急のお呼びがかかり…。

【バイト妃】【日常】【ロマンスの神様】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(17)
* * * * * * * * * *

夕鈴は静麗女官長に付き添われ、鮮やかな衣装を翻し、王宮に渡った。

「陛下がお待ちです」と部屋に通される。

黎翔の傍にいつものように李順が控えていた。
李順はいつもよりの大げさに跪拝をし、うやうやしく妃として夕鈴を出迎えた。

夕鈴は目を伏せて挨拶をした。
「陛下、大変お待たせいたしました」

「愛しい妃よ、よく来てくれた」
黎翔の声がする。
明るく甘い狼陛下の声。

黎翔はすっと妃に近寄より、その手をとると軽く口づけを落とした。

「―――華やかな衣装だな。
髪に挿した花とともに、君をよく引き立てている」

頬をいとおしむように指でなぞられ、夕鈴は息をのんで真っ赤になった。

( ―――? )
至急の呼び出し、と聞き、夕鈴はてっきり、ピリピリとした緊張た雰囲気を想像していたのだが、様子がどうも違う。

ふと部屋を見渡すと、布英将軍が控えている。

「これは、布将軍様!
先日は陛下と私の命をお救いいただき、本当にありがとうございます。
心より感謝申し上げます」

夕鈴は感謝を伝え、深々と感謝の礼をとった。

「お妃様、勿体ない、どうぞお顔をお上げくださいませ。
わたくしこそお妃様にお救いいただいた命。
恩義は一生お忘れいたしません」

夕鈴は顔をあげると
「そんな…。私はなにもしていません。
布将軍の頑張ったのを、みんなが認めてくださっただけですよ」
と謙虚に笑った。

「妃よ、こちらへ座れ」
黎翔が中央の座に腰かけ、傍らの椅子に座るよう夕鈴に勧めた。
夕鈴は素直に椅子に歩みより腰かけ、女官長は夕鈴の裾を直しその傍に控えた。

「ところで、陛下。
至急のお呼び出しと伺いましたが?」

「ああ、―――。」

黎翔は李順の方をチラリとみてから、おもむろに窓の遠くを見つめた。

「―――布英の」
「は?」

「いや、布英のことだが」

「はい」
夕鈴は目の前の将軍まじまじと見つめた。

「布英のことを恐ろしいと思うか?」

「―――いえ?
立派なお方だと思います、が?」

夕鈴は、布英の顔を知っている。
10年前、身に覚えのない罪をなすりつけられ額に罪人の証しの刺青を入れた。鼻をそぎ落とされ穴だけとなり、右まぶたのないむき出しの眼球に、引き攣れ醜くただれ頭蓋骨に張り付いた皮膚の顔の半分は異形にて醜悪、それゆえ長い間諸国を放浪し、人以下の扱いをうけ、底辺の暮らしを行きぬいてきた男である。
今は異形の半顔を黒皮の仮面に隠してはいるが、その身から発する異様なオーラに、誰しもおびえ震えるものであった。
だが、夕鈴はそんな布英に対して『つらい過去を頑張って生き抜いてきた立派な人』という尊敬の念はあっても、表面的な美醜によって差別することがなかった。

「―――静麗はどう思う? 将軍の容貌をどう思う?」

「…?」
女官長はいきなり自分に降ってきたその問いに困惑した。

「ん?」
だが、答えるよう黎翔が再度促すので、控えめな口調で答えた。

「…布英将軍のご容貌は…
お父君の先の将軍のお血筋を引かれ、誠に男らしく立派な骨相にて…」

(骨相で、褒める…!)
李順はその巧みさに、さすが百戦錬磨の女官長、と感心した。

「なるほど」
黎翔が肯いた。

「…では。私の願いはお聞き届けいただけますか?」

布英将軍は国王に向かって跪ずき、恭しく奏上する。

「―――まて。先ほど言ったように。
本人の意思を」

「…ええと、あの。陛下。
お話がよく見えないのですが?」

夕鈴が何のことやらと、ついにしびれを切らして、そっと黎翔の耳元にささやき、尋ねた。

「―――実は」

「今回の働きに褒美を取らせる、と」
「はい」
夕鈴は、ニコニコと笑った

「おじさんは命を懸けて立派にお働きくださったので、当然のことですよね!」

「わたしにできることなら、何なりと申し出よ、といったところ…」
黎翔の口が少し重たくなった。

「―――もちろん、ご予算的な問題は、私の判断も加味させていただきますがと、申し伝えました」
李順が間に口を挟んだ。

「布英が即答するに
『女官長殿を賜りたい』と」

(―――は?)
 女官長の眼が一瞬細くなった。

「…え?」
夕鈴は目を丸くし、ぽかんと口を開けた。

「私は『それは、ダメだ』と答えた」

「なぜでございましょう?」布英が問う。

「あれは、夕鈴の大事だ」と、黎翔。

「―――女官長さんは大切な人です…
離れたくありません。
でも、女官長さんがお幸せになるのなら…」

夕鈴はハラハラとしながら、赤くなったり青くなったりして、布英、静麗と順に見比べた。



「横から口をさしはさむは、非常に僭越ではございますが。

―――少々、お待ち くださいませ」


静麗女官長が、静かに立ち上がった。

「布英様」

「はい」

「わたくしをご所望、というのは、どのような意味でしょうか?
身の回りのお世話なら、貴方様ほどのお方、いくらでもご採用できることと思いますが」

「いえ―――もし、貴女さえ宜しければ。
妻に、と」

なぜか夕鈴が真っ赤になった。

静麗女官長は、いつものとおり透き通った白い顔で微笑みを崩さない。

「布英様。わたくしは貴殿よりも十は年上。
このような婆を相手にせず、
貴殿の家門のご繁栄のために、若く美しい女性をお迎えください」

「女官長殿、いや、…静麗殿!」

「わたくしは、陛下の御ため一生を捧げております。
夕鈴様のおそばにあることこそわたくしの一番大切な勤めにございます」

「お考えいただく余地は少しもないと?」


静麗女官長は、美しい横顔を少し曇らせ、細い息を吐いた。

「―――嬉しゅうございましたよ。
ですから、どうかこれを私の、身代わりに…」

静麗女官長は、髪に挿してあった花をすいと抜きとると
布英将軍に手渡した。

―――紫苑。

「…というわけだ。
布英、褒美は何か別のものを」

珍しくも黎翔の歯切れの悪い言葉。


「―――いえ。
今回のご褒美は
この身代わりの花にて
―――十分にございます」

布英は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、
静かに引き下がった。


「では、私はこれにて」

踵を返し、退出する布英将軍を見送り、
李順は言った。

「褒美に花一輪とは。
欲がない男です…」


カツン、カツンと重たい足取りが遠くまで響いた。
黒装束に身を包み、人を寄せつけぬ孤高の将軍は、今何を思うや。


―――紫苑の花言葉は

「君を忘れず」


(つづく)





<至急のお呼び出しの舞台裏>

陛下と李順さんの二人で
布英将軍の報告に立ち会って
その際に褒美話が持ち上がった。

布英将軍の望みに対して
(陛下としては、リーリーを夕鈴から離すことはできない、という正当な理由を言うことはできないので)
「それはダメだ」と一方的に突っぱねたのですが
女官長が凄腕の刺客ということを李順さんは知らないので、
『褒美が女官の下賜なら安いもの』と思い、すすめたがった。

あまりに陛下が布英の要望を叶えることを渋るので
「もしや女官長は、陛下のお手付き?」疑惑まで持ち上がり
「ないない、ぜったい、それはない!」(汗;)と陛下も追い込まれ
「ならば、本人の気持ちを聞いてみろ」と相成った模様。

蛇足をば、お粗末様でした。





明日はいよいよ、インテです^^

楽しみです…。



身代わりの花(18)

それぞれの未来は。
夕鈴目線で。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(18)
* * * * * * * * * *

布英将軍は女官長さんを妻に、と望み
女官長さんはそれをお断りになった。

大好きなお二人のことで、あまりに突然に、あまりに淡々と、ことが私の目の前を行き過ぎた。

布英将軍の背中を見送った後
私は心が痛くて、言葉を失った。

思わず私の眼に涙が浮かんでいた。
陛下はそれをやさしく指で拭い去った。

「―――何もかも、うまくは
行かぬこともある。
妃が気にすることではない」

「そう、でしょうか?」

「時には。
叶わない望みもある…」
陛下は苦笑された。

「大切な方の望みならば、私は叶えたいと願いますよ?」

私は胸に広がる空虚な気持ちを振り払いたくて、
その時、思わずムキになってしまったかもしれない。

「ならば君は。
私の望みを、叶えてくれるのか―――?」

陛下は私の両腕を捕らえて、正面から私を見据えた。
そのあまりにも真剣な陛下の表情に、私は、つい怖気づいてしまった…。

「―――え?」
おびえた表情を、陛下は敏感に察知した。

ふっと表情を緩め、一瞬子犬陛下の優しい、寂しい笑顔をがよぎった。

その時、李順さんが横から声をかけた。

「…失礼ですが、陛下。
周宰相が…」

珍しく周宰相が部屋の外まで迎えにきていると告げられた。


「すまない、夕鈴。また、後で。
李順、妃を頼む」
と私に一言断ると、すぐに狼陛下のお仕事のお顔に戻って、陛下はすぐさま謁見の間を後にした。

振り向きざまに見せられたその横顔は厳しく、陛下は本当にお忙しいんだと実感した。


私は言葉もなく畏まり、お見送りをした。

沈黙を破ったのは李順さん。

「お妃様。ついででお時間頂戴いたします。
少し、宜しいですか?」
厳しい上司の硬質な言葉に私はビクリと体をこわばらせた。

「は、はい」

いつも事務的な話をするときに用いる
側近の執務室のほうへと移る。

「―――ああ、女官長殿。少し外で待っていてください」

「畏まりました」
女官長はしずしずと部屋の前で頭を下げた。

「夕鈴殿、これを」
李順さんが懐から小さく折りたたんだ手紙を取り出し、手渡された。

青慎の文字。
私はあわてて手紙を開いた。

「姉さんへ。一度、家に帰れますか」と短い内容。

ずっとずっと気になっていた。

絽亥さんとの話はどうなったんだろう。

───私は花嫁になるために家を出て
結婚式のその日に、花婿の身代わりに化けていた陛下と逃げ出し
そのままこの王宮へと身を隠し。

そして、陛下と結ばれて…。

もしかしたら、父さんや青慎を相当困らせているのかもしれない。

父さんの対面を保ち、青慎の将来のために…。
私はいったいどうしたらいんだろう、と心配で堪らなくなった。

真っ青になった私の様子に、李順さんがお茶を出してくれた。

今日のお茶も…普通に濃い。
しかも、今日はお茶菓子が付いている。

いつも白湯か薄い茶しかださなかった、しまり屋の李順さん。
初めて濃いお茶を出された先日は、バイトのクビを言い渡された。
…あのときの悪い印象が先立ってしまう。

このもてなしぶりは、何なんだろう。

「───失礼な。
そのように、お茶一つにビクビクと。
そんなに私がケチだというのですか?
あなたが陛下にお出しするお茶の時間を大切になさっているのは、存じています。
ですから、時には私も貴女の誠実な働きに報いたいと思っているだけですよ」

「───え?」
わたしがキョトンとした顔をすると、李順さんはハァ…とため息をついた。

「さて。夕鈴殿」

なんだか改まって呼ばれると、怖い。

「はい」

「弟君からのお手紙ですが」

「───はい」

「…そのまえに、どうぞ」
李順さんがお茶菓子を先に取るよう、私に勧めた。
二度勧められ、躊躇いがちに私はその一つを受け取った。

甘い…。
私がもぐもぐと口に入れる様子を見て、李順さんはホッとした様子を見せた。
お茶も勧められる。

「申し訳ありませんが、一度、家に戻って家族の者と話しておきたいことがあります。
…でもやはり、今帰るのは、無理、ですよね…?」
と小さい声で尋ねる。

「───結構ですよ」

「え?」
OKってことですか? …でもまさか。

嫌味の一つもなしに、こんなに簡単に承諾のお返事が貰えるだなんて…!?
数日前のバイト妃クビ宣言の時と全く同じ流れで、冷や汗が流れた。

李順さんが深く息を吸い込むと、大きく息を吐いた。

「もう一度、申し上げておきます。
夕鈴殿、あなたの幸せを邪魔するつもりは、
私には毛頭ありません」

「───は、あの…?」

「ですから。
お帰りいただいて結構です」

「それって…。
あの。私
やっぱり、もう一回、クビ、ってことですか!?」

私は思わずガタンと席を立った。

「あなたを狙う賊の騒ぎも一段落しました。
この間に、陛下の憂いをスッキリして差し上げるのも、
あなたの仕事ではありませんか?」

「陛下の憂い…?」

「あなたが家族に対して負い目を感じ、
ご自分を追い詰めていることですよ」

「負い目―――」
たしかに、そうだ。

「あなたのことです。
人に頼るのは嫌だ、とおっしゃるでしょう。
ですが今回だけは、私の方で段取りさせていただきます」

「…あの?」

「―――以前、陛下の代わりはいない、と申しました。
そして、私の唯一の主にとって、あなたの代わりは誰もいない、ということですよ。

ですから、今回のお父君の件やあなたの嫁入話のゴタゴタについては、わたくしが丸く収めましょう。

ただし―――」

「ただし?」


「…」
そこで言葉をきると、李順さんはメガネを一旦取り外し、手布で磨き始めた。
そのあいだジッと私は李順さんの指先を見つめていた。

「夕鈴殿。
あなたも、ご決心ください」

「決心…?」

「あの方と、ともに歩まれるのか。
それとも、別の道を行かれるのか

―――二つのうちの、どちらの未来を貴女は願うのか、をです。
夕鈴殿」



(つづく)




身代わりの花(19)

未来の選択肢と、決断と。

【バイト妃】【甘】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(19)
* * * * * * * * * *

王の間の客人として、ここ数日、この椅子は夕鈴の居場所だった。

向い合せに置かれている王の椅子は主不在のまま。
夕鈴は、たそがれ時に独りで夕日を見つめていた。

西の空は茜色に染まり、鳴き行く雁の群れを目で追った。

どれほどの間だったのか考えることすらなかった。
はっと気が付くと、藍色と灰白色の薄闇がせめぎ合い、
地平すれすれに最後の残照を微かに残すのみ。

「灯を」と思いつき、立ち上がったその時。

ふわり…といつものあの方の風雅な香の薫りが漂った。
不意に背中から抱きしめられる。

「そんなところで。
風邪を引く気か?」と背中から低く暖かい声が響く。

「陛下?」

「―――うん」
陛下は中途半端な返事をしたまま、ぎゅっと夕鈴を抱きしめた。
夕鈴は目をつぶったまま、背中から包まれるそのぬくもりに浸った。

「実家に、帰るのか?」

「―――はい、帰って
きちんとお話をさせてください」

夕鈴は迷いなく言い切った。

「―――李順のやつが。
君に、何か言った?」

「…」

「そう、か」
黎翔は夕鈴の言葉を待ったが、これ以上は聞きたくない気もした。

夕鈴が、ごそごそと黎翔の腕の中で反転し向き直る。
「陛、下?」

黎翔は寂しそうな顔をして、今にも泣きそうに見えた。

やさしく、夕鈴の髪に挿してあった赤いサザンカの花を取った。
黎翔は手の中のその花に顔を寄せると、花芯にそっと口づけ、手で握り締めた。

「サザンカの花言葉は、困難に打ち勝つ、ひたむきさ、だそうですよ?
女官長さんが教えてくださいました」

「困難に、打ち勝つ、ひたむきさ、か―――。
君にぴったりの花、だな」
と黎翔は静かに笑った。

「でも―――私は。君の身代わりに、この花だけを貰っても。
もう、我慢ができそうにない。

君の暖かさを知ってしまった今は。
もう、布英のように、無欲ではいられない」

黎翔の握り締めた手の中から、はらはらと花弁が散る。

「わたし…一度、家に帰ってきます。
お許しいただけます、か?」

「―――ああ」
黎翔は目を閉じて肯いた。

「私は、自由な君を好きだから。
君は、いつだって自由だ―――」

黎翔は、両手を夕鈴の肩に置き、自分自身に言い聞かせるように彼女にゆっくりと伝えた。

「だから…。
君は、人に縛られることなく、
自由に君の未来を選べ」


夕鈴には、陛下が泣いているように思えた。

だけど
夕闇が迫り、辺りはもうすっかり暗くなって、
灯がないとお互いの顔も見えなくなっていた。

「陛下?」

「ん?」

「陛下。あのですね」

「うん」

「大切なものって。
―――私、わかったんです」

「何が?」

「大切なものは、いっぱいあって
どれも本当に大切で愛おしいもので…」

「―――うん」

「でもね。人間って、手が二本しかないじゃないですか?」

「…うん、あ。
手は…、そう、二本だな?」

「だから。本当に大事なものは。
手放しちゃダメなんです。

私、布英さんと女官長さんを見ていて、思いました。
…それぞれ、いろいろ大切なものを背負って、両手に抱えてしまっているけど。
手は二つしかないからですね、
一番大切なもののために、二番目を譲ることも大事だって。
選べるときに、きちんと見極めないといけないって」

「…ゆうりん」

「捕まえていられるのは、片手に一つずつ。
しがみつけるのは両手で一つだけ。

だから…本当に大事なものは、しっかり両手で握り締めてないと…」

そう夕鈴は言うと、真っ赤になって黎翔の背中に手を回し
ぎゅっとその衣の端を掴み、しがみついた。

「…私にとって、陛下が
一番大事、なんです!」

「―――え?」

「本当に、一番大事なのは
陛下なんです」

「ゆう、りん?」

「そばに居たいんです」

「―――うん」

「一番、一番、一番…いちばん…」

夕鈴は泣き出した。

「いちばんは、陛下」

黎翔はその小さな細い体を折れそうになるまで抱きしめた。

「君の、代わりになるものなんてない。
私は、君と一緒にずっと居たい。
そう願っても…構わないのか?」

「私…陛下とずっと一緒に居たい、って思っても、
許してもらえますか?」

黎翔は泣きじゃくる夕鈴の頬にそっと手を当てた。

「―――許す」

「え?」

「ずっと。私の傍に―――妃として。

花嫁に、なってくれるか?
この狼陛下の」


「―――はい」

ようやくしっかりと目を開けて、お互いがお互いの視線をまっすぐに捕らえた。

「苦労かける」

「陛下と一緒なら、へっちゃらです」
泣き止んだ夕鈴のつやつやした瞳が、かすかな星明りを反射している。

「家族に…心配をかける」

「…わかってくれますよ。私の家族ですから!」
夕鈴は肯いて、笑った。

笑顔のもどった妃の頬を両手で挟むと、
黎翔はゆっくりと顔を近づける。

「では。
―――君は、私のものだ。
その爪の先から、髪の一筋にいたるまで。
すべてが、私のもの。

離れがたき比翼の鳥、連理の枝のごとく、
ずっと私のそばに。

愛しい私の花嫁―――夕鈴」

額をコツンと合わせ、頬ずりされて、身動きもできずに夕鈴は黎翔の腕の中で目を閉じた。


「…はい」


夕鈴は、真っ赤になって、約束の口づけを受け入れた。


(つづく)


*

SS わたしのものは、きみのもの

Happy Birthday!

Rさんのお誕生日に寄せて

【黎翔×夕鈴】

* * * * * * * * * *
わたしのものは、きみのもの
* * * * * * * * * *

シンと静まった自室で、紙の上を筆が滑る音だけが続いていた。
そこに隠密がいることは気が付いていた。

だが私は顔をあげず淡々と仕事を続けていた。



───このところ忙しすぎた。
だから李順に要求し、了承させた。

行事もない、朝議もない、なにもない一日を妃と過ごす、と。

明日は一日、休暇。
忍びで夕鈴と王宮を抜け出し街へ下りる約束もとりつけていた。

久しぶりに、二人とも一日まるまる自由。
幸せな休暇にしたい───だが、目の前にはそれを阻みかねない山のような決済待ちの書類。

辟易とするが、片づけない限り増えるまこと厄介な限り。

…李順は全く手加減というモノを知らん。

明日は休暇だ、と前々から言っていたにもかかわらず
嫌味のようにここぞとばかりに仕事を押し付けてきた。


「へーか。
お妃ちゃんの誕生日って、知った?」

「───何?」

私は思わず、隠密の方へ振り向いた。

「…あれ?
やっぱ、知らなかったの?」

「だから、なんだ!」
私は忙しいのに、自分だけノンビリと人を食った口調の隠密に少々神経を逆なでされた。

「明日。お妃ちゃんの誕生日でしょ?」

「───は?」

「あー、やっぱ。知らなかったんだ。
よかったネ。
だからわざわざ明日にしたのか、どーなのかなーって?

せっかくのお出かけするんなら、
ちゃーんとお祝いしてあげなきゃ」


「…その情報は、耳に入れる価値があるな」
私は、引出をあけ適当な酒瓶を一つ隠密の方へ放ってよこした。

「やたっ! いー酒じゃん!」

さすが有能な隠密は主人にとって有益な情報を選んで報告する。

私の手元は更に速度があがる。

ならば早く片付けて、明日のプランを練らねば!!

「そういえば…。
今平安区の中央に小屋掛けしてる
人気のジョッキー・チュンって役者の
包丁人カンフー列伝って演し物が
すっごい人気らしいっスよ?

…あと、その近くのお楽しみ・グルメ特選情報ね」

浩大は懐から地図らしき巻紙をチラと見せた。

「…ほう?」

もうひと瓶、酒を取り出す。

───交渉成立。

「じゃ、おいら見回りに行ってきまーす。
お仕事、頑張ってねー」

にぱっと笑って浩大は姿を消した。


* * * * * * * * * *

「えー? 陛下。
ほんとにいいんですか?」

「うん、いーから。
食べて食べて」

「でも、今日は朝から下町に出て、
お茶して、お団子食べて、
桟敷席で劇を見させてもらって
ご飯おごってもらって…
───それもこんな高級飯店で!!
なんだか悪い気がします」

「劇、面白かった?」
夕鈴の顔色を窺うように慎重に覗き込む。

「そりゃ、もう!
ジョッキーさんの大根の速切りの技と、あのおタマと包丁で闘うシーンには…
鳥肌が立ちましたっ!!」

まだ興奮が残っているのか、思わず手足を動かしながら一生懸命シーンを再現している夕鈴は可愛い。

「ね、あっちの市、覗いてみない?
こっちのお店は手づくり飴で有名だって。
少し買ってく?」

「あー、ほんと、すごい飴細工ですね~!!
でも、へーか…じゃなくって、李翔さんって、
本当に下町情報詳しいですね!?」

「いや? あー、それほどでも」

私は思わず懐の情報誌を手で押さえる。浩大の情報は正確かつ的確だった。
二人連れだって市の店を冷やかす。

「夕鈴は、何か欲しいものある?」

「特にないですよ。ご心配なく!
見てまわるだけで十分幸せです!!」

しまり屋の彼女は、難攻不落。
無欲すぎて、取りつくしまがない。

市の中でも女性向けの雑貨を扱った店を通りがかる。
「…!」
何かに目をとめた夕鈴は思わず立ち止まる。

「何か記念に一つくらい…どう?」

と、あきらかに夕鈴が目をとめていると思えた飾りボタンを一つ手に取り、彼女の胸元に当ててみる。

「…! こんな高価なものはっ!
…それに、つける衣裳もありませんし」

───だめ、か。
ガッカリした。

こんな感じで、何かをすすめても断り続ける夕鈴。
彼女は私からの贈り物を、何も受け取ってはくれない。

「夕鈴、何か欲しいもの、ないの?
…他に、食べたいものとか、
見たいものとか、
───行きたいとことか?」

「いえ、何もいりません。
いまのままで十分です!」

つつましやかな彼女を
どうしたら喜ばすことができるんだろう。

夕鈴の誕生日。

私は祝いたい。

彼女のために何ができるんだろうか、と私なりに考え抜いた。

とりあえず街に出て、当たり障りないことから、と順に試してみたけれど。
今のところ、何一つ解決策は見つからない。

万策尽きた私は、本当に困り果ててしまった。


夕鈴は私の様子に気が付いて、ふと暗い顔をしてうつむいた。

「せっかくの陛下の貴重なお休みなのに。
私ばっかり甘やかして、
私のために無駄にさせてしまって、すみません…」

「そんなことないよ?」

「───でも
陛下、困ったお顔をされています」

チョイと眉間のあたりを指さされた。

「李翔さんの眼鏡をかけていても、このあたり。深いシワが…」

夕鈴の細い指が私の額に触れて、離れる瞬間、
私はおもわずその手を捕えた。


「夕鈴の誕生日を…祝いたかった」

「───え?」

「君の誕生日が今日だと」

「…え!?
あ…確かに。そうでした!

でも普段家ではお正月にみんなまとめて齢を取るお祝いをしていたので…
気にしていませんでした…。
どうして私の誕生日なんて、ご存じなんですか?

…ああ、だから!!
こんなに…贅沢なお食事とか…

あーっ、もう!!
李翔さん、気を使いすぎですっ!
私のことなんかで…」

少し慌てた表情で、君がオロオロしはじめた。

…ああ、逆効果。

なんだろう、すごい敗北感。
ガッカリしてしまう。

「…私は、君の生まれた日を
君と二人で祝いたかった。

だから───
君に何があげられるんだろうって、…悩んで。
分からなくて…」

思わず、ションボリしてしまった。
そんな私に君はますますオロオロする。

「だから、そんなに甘やかさなくていいんですってば!」

「…でも。知りたい。
君が欲しいものは、何?」

進退窮まり、私を悩ませている原因がなんであるか
ついに白状した。

「私の?───

お気持ちはすっごく嬉しいんですが…。

えーっと。
あんまり自分のこと、とか
…すぐに思いつきません…」

彼女はあっけにとられて
ポカンとした表情で私を見上げた。


「思いつかない?
何も?」

彼女の両肩を掴んで、顔を覗き込む。

「…えっと。でも
───私。
いつも

陛下に楽しんでもらいたくて。

どうしたら、陛下が喜んでくださるんだろう、って。
そればっかり考えてるから…

陛下が今日みたいに、なんだか難しいお顔されて、困っていらっしゃると…申し訳なくて」

と夕鈴は恥ずかしそうにモジモジした。


───!

ああ、…なんて君って
無欲なんだろう…

思わず、いろいろ考えすぎた自分がおかしくて。


…そうだ。

───そうだった。


ぷっと吹き出す。


「今日一日君と一緒で、
私は本当に、楽しかった!!」


私が思わず破顔すると

「ああ、よかった!

その笑顔が
一番のプレゼントです!」

と彼女はパッと太陽のような笑顔で答えてくれた。


「夕鈴。
今日一日、本当に楽しかった。

お誕生日、おめでとう!!」


吸い込まれるように、君の柔らかな頬に口づけをしてしまった。


───怒らないで。夕鈴

だって私の喜びは
君のものだ、っていうから。



(おしまい)


*

身代わりの花(20)完

最終回。
夕鈴の弟、青慎目線でみえた断片的な出来事。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(20)
* * * * * * * * * *

下町に、天女が舞い降りたか、と思った。

美しい馬車と雅な人の群れ。

『何か特別なお祭りでもあったけ?』…と、首をかしげながら家に戻ると
馥郁たる薫りと清浄な光に包まれた人の群れが、ぼくを迎えた。

「…青慎」
声を掛けられるまで、夢かと思った。

美しい人々にかしずかれた中央で、きらびやかに着飾った貴人中の貴人。

その女性は、
まぎれもなく、
ぼくの姉さんだった。

父さんが家の中でハトが豆鉄砲をくらったような顔をして座っていた。

「とりあえず、此度はお披露目とご挨拶まで」

口上を述べるいかにも偉そうな人に遮られ、父さん、僕は、家族であってもろくに姉さんと言葉もかわせなかった。

そうして、雅な行列は夢のように去って行った。

* * * * * * * * * *

紛失したと思われていた公金は、全く思いもよらぬ別のところから発見され
父さんの疑いは晴れた。

不思議なことに、姉さんと絽亥さんとのことは白紙に戻っていた。

実際、あの日すでに絽亥さんは兵役についていて不在で
姉さんと絽亥さんは会ったこともない、のは事実らしい…けど。

ややこしいことを省くと、
姉さんはそれ以前にさる名門大貴族の養女として迎えられており、
絽家とは何のかかわりもない、という。

むつかしいことは、よくわからない。

絽長官自身が『息子と汀家の娘との婚礼などあるはずがない』とおっしゃったそうだから、そういうことなのだろう。

絽長官は隣の州で偉い役職に任ぜられ、数日の内にもこの地を去るそうだ。

* * * * * * * * * *

父さんは、知っていた。
ぼくもうすうすわかっていた。


姉さんがいつものように手荷物を抱えて戻ってきた。
後ろには、いつものように背の高いあの人が付いてきていた。

「姉さんっ!!! お帰りなさい。
―――どうしたのっ!?」

「青慎、ただいま」

姉さんがもじもじしてる。
いつも通りの姉さんだった。

「…あ。父さん、探してこようか?」
ぼくは、つとめていつも通りに答えた。

「…うん、お願い」
姉さんの後ろで、李翔さんがにこっと笑った。

「青慎君、すまないね」
「いえっ! すぐ戻ります」

父さんは、すぐ見つかった。
というか、役所のほうに『すぐ帰るように』と上から伝言があって、家に帰る途中だったそうだ。

小走りで父さんはものすごく汗をかいていた。

「―――青慎、お待たせしてはいけない。早く戻ろう」

家に僕たちが戻ると、姉さんはお茶の用意をしていた。
のんびりした日常の風景なのに、何かが違った。

ぐるぐる気持ちだけが回っていて、狭い汀家の居間がいつも以上に粗末で狭く感じた。

李翔さんが腰を掛け、お茶を飲んでいる。

父さんは、家に戻るなり、その前に跪拝した。

僕はまさか本当にそんなことがあるのかしら、と今の今まで思っていたけれど
父さんの背中を見て、やっぱりそうだったんだと理解した。

「…堅苦しいことは抜きに―――
汀岩圭。
今日は一つ、彼女の願いを聞き届けてもらいたい」

「―――はっ」
父さんは、李翔さんの前で伏せたまま答えた。

「父さん」
姉さんが声をかける。

「私、このお方のお傍に参ります」


* * * * * * * * * *

ぼくの家には秘密がある。

義理の兄さんは国王陛下。
実の姉さんは、その妃だ。

だけど、決して口にしてはいけない。
お互いの命にかかわる弱みとして付け込まれないように。
保身のため。


貴族の養女を経由してボヤかした姉さんの氏素性は守られている、というけど
こうしてちょくちょく『お忍び』と称して
尊き御身が我が家でご滞在されるのはどうか、と思ってしまうことも、ある。

「李順の奴の仕立てた仰々しい行列と、根回しの効果は絶大だったろうな。
それは夕鈴の考えていた彼女なりの誠意を持った対応とはかけ離れていたけれども…」

あまりのことにびっくり仰天し、言葉を失ったぼくたちの顔を想像されて
お笑いになる国王陛下はちょっとお人が悪いと思うけれども…
まあ、姉さんが幸せなら、いいか。


姉さんは、いつも義兄さんと一緒。

―――正直、ちょっと当てられるけれど
それが一番幸せそうな姉さんの姿であることに違いなかった。


『冷酷非情の狼陛下の唯一の花』と噂に聞く、悪名高い絶世の美女と姉さんが同一人物っていうのは、いまだにどうにも理解しがたいことではある。

いつも一生懸命で
お人好しで
誰かさんのために必死な姉さんと、
あのお方のやり取りを見ているのは幸せな時間だった。


白陽国は良い王様を戴いていると
ぼくは胸を張って世に誇りたい。


* * * * * * * * * *



君は、私の唯一の花。

身代わりたるものは、この世に一つもなし。




(おしまい)






蛇足のあとがき

あれ、これでおしまいですか?
と言われそうです(笑

でも、今回は当事者からワンクッション置いた青慎君の
傍観者目線で、あえてお話を締めくくろうと思います。


ハッと気が付くと、ブログのカウンターが499831で(2014/1/15 23:15現在)で
もうそろそろ大台500000HITをお迎えするのですね…。

しばらくリアが忙しく、
正直なところ、
ブログをお休みしようかと考えたこともありました。

加えて年明けのイベントで本を出すことを決意したり。

しかも年末から年始にかけて、まともであっても忙しい状況で
うっかり連載を開始する時期でもなかったのですが
どうなるのか自分でも試してみたかったこともあり
(実験敵に)
自分としてはかなり短い内容ページ数で刻みながらも
細々と続けられるか連載のスタイルを模索した感じがあります。

背景や心情的に
「こういうことがあったから、こういう動きにつながった」
必要な部分を自分自身が書いて乗り越えたうえでないと
その先がウソになるような気がして進めないところがあり
やり方の問題だったのですけれども、ご迷惑をおかけしたりして
それも、申し訳なかったです

ブログを続けるべきではないのかと考えたり。

行ったり来たりしながら、でもお話しの最後まで頑張りたいな、という気持ちだけでここまでたどり着きました。


今回のお話では
(シエルさんのコメントでもいただきましたが)
夕鈴の代わりに後宮入りしたそっくりさんの「身代わりの花」、
夕鈴がお父さんの汚名の「身代わりで花」嫁、
陛下ご自身が「身代わりの花」婿役、
そして、
女官長さんが布英将軍に差し出した「身代わりの花」と
(最終的には、陛下の代わりも、夕鈴の代わりもいない、というところに落ち着くのですけれども)
いろいろな「身代わりの花」のモチーフを埋め込んでみました。

どのお花が印象に残ったでしょうか…。
(夕鈴のそっくりさん、侍女の小燕さんのご冥福をお祈り申し上げます)

それぞれに楽しんでいただければ嬉しいです^^


布英将軍のロマンスは、
刺青の男を書いていたころから「なくはない」サイドストーリーとして
いつか書くかもしれない、と思っていたあたりを組み込みました。

狛キチさんから11/21頃に頂いた
「布将軍が幸せになるお話(できればお子様の誕生を)」というつぶやきリクも
頭の片隅で関わっておりました。

幸せの予感だけ少し横切って、少しも幸せじゃなかったので「差し引きゼロ」。
狛キチさんには申し訳なかったですけれども。

布英将軍×女官長さんの絡みは、かすめた段階で非常に鋭敏な反応をいただいたり
一瞬主人公の話を喰ってしまったか、と危ぶまれたりもしましたが(笑)
これに懲りずまた頑張ってほしい、というお声も多くいただきまして
オリジナルキャラクターのお二人に温かい応援、嬉しくもありました。


じつは、まだキリリクが残っております。

355555HIT 知福・惜福・分福さんのキリリク
366666HIT まみりんさんのキリリク。

連載をしているうちにカウンターだけ回り
だいぶお待たせしてしまってすみません。

50万HITの大キリ番
もし踏まれた方いらしたらぜひお声掛けください。
上記のような状況ですが…首だけは長めにm(_ _)m
(40万HITの時のように、自爆しないよう気を付けます)

また、当面非常に忙しく短い連載を書くので精一杯という状況で
一度ためてしまった拍手コメント御礼のお返事が滞ってしまい
そのままお返事できない状況が続いておりますこと
非常に心苦しく、お詫び申し上げます。

お寄せいただいたコメントは全部読ませていただいております。
本当に、嬉しくて、励みになっています。


いつも温かく見守ってくださって、ありがとうございます。
感謝をこめて。

[日記]狼陛下の花嫁 第55話感想・ネタバレ注意

早売りで手に入れました。
恒例のネタバレあらすじ&感想レポート。


2014年1月24日発売 月刊LaLa 3月号掲載「狼陛下の花嫁 第55話」の感想。
ネタバレ含みますので、コミックス派の方はご注意ください。

なんともうしますか。
っつ 陛下が… 陛下がっ

「秘密の後宮ラブロマンス」というキャッチが、まさにピッタリ。
かわいらしすぎます…

続きを読む

[ジャンクSS] 浦島黎翔

とりあえず何か。心の隙間を埋めようと努力はしています。
でもとても、くだらないものです…
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スミマセンが【訳アリ品(ジャンク品)】につき、返品・交換・クレームいっさい受け付けません。
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* * * * * * * * *
浦島黎翔
* * * * * * * * *

昔むかーし、あるところに
浦島黎翔という若者がおったそうな。

ある日黎翔が浦にでると、
磯で小さな亀をいじめている子供たちがいる。

「こらこら、おやめなさい」と子供たちを諌めると、
助けた子亀をそっと渚のほうへ連れてゆき
「さあ、もう大丈夫、海へお帰り」と逃がしてやりました。

すると子亀は
「浦島さん、ありがとうございました。
ぼくは青慎という名前の亀です。
助けてくれたお礼に、姉さんのいる竜宮城へご案内しましょう」
と丁寧にお礼を言いました。

それで浦島黎翔は子亀の背中に乗せられて
海の中をどんどん深いところまで連れられてゆきました。

海の底にはちょっと下町風な長屋があり
「竜宮城」と看板が出ているのが見えました。

竜宮城の前には門があります。

なんだかチョロチョロ、可愛い雑魚が門の前に勢ぞろいしています。
「おい、アニキに知らせろ」と細目のヒラメの声が聞こえます。

奥から「おう、なんだ、子亀の青慎」と隻眼の鯛が出てきます。

「あ、鯛の几鍔さん、こんにちは。
この方は浦島黎翔さんです。
いじめられてた僕を助けてくれたので
少しおもてなししたくて
お招きしました」

「おい、変な奴じゃねーだろーな?」
「あれ、そんなにぼく、変?」
ケンカ腰の鯛の几鍔に、浦島黎翔さんはニコニコ子犬のように微笑みながら問いかけます。
でも、用心深く腰の釣竿に手がかかっているのを、鯛の几鍔は見逃しません。
(あの釣竿…何か仕込んでやがるな? 俺たちを釣り上げようって魂胆か? チッ。油断ならねえ奴だ)
几鍔は「ま、青慎がそういうなら、入れてやんな」
というと、手下たちは通せんぼしていた門を開けました。

「竜宮城」と書かれた長屋から、かわいらしい娘さんが出てきました。

「浦島黎翔さん、わたしがこの竜宮城の乙姫・夕鈴です。
よくぞ弟の子亀、青慎を助けてくださいました。
お礼にごちそうをいたしますので、どうかここでゆっくりしていってください」

乙姫夕鈴は自ら厨房に立ち、大根をスパスパとなぎ倒し、見事なパフォーマンスで庶民的な夕食を作ってくれました。ほぉおお~と浦島黎翔は感嘆の声をあげ、余興を十分に楽しみ、夕鈴姫の手料理を「おいしいね、おいしいね」と食べました。

こうして夕鈴姫のもとで浦島黎翔は毎日楽しく過ごしていました。
ところがある日
「お仕事が山のようにたまっております。
どうか早急にお戻りください。
お帰り、心よりお待ちしております―――李順」という手紙が、この竜宮城に届きました。

浦島黎翔は「…いやだなぁ。帰りたくないなぁ…」と散々駄々をこねました。

乙姫夕鈴が「さあ、すぐお帰りください。お仕事が待っておりますよ」というのですが、
浦島黎翔は乙姫夕鈴と離れがたい。

そこで、夕鈴姫はおまんじゅうをたくさんふかして、玉手箱へ詰め
「お仕事が終わったら、これをお食べください。
お仕事が終わるまで待てできなかったら、もう作ってあげません」
と言って持たせました。

夕鈴姫手作りのおまんじゅう食べたさに、
浦島夕鈴は仕方なく仕方なくいやいやもと来た道を、子亀の青慎の背に乗って地上へと戻ってきました。

地上に戻ると、見慣れた風景が何とはなく変わっています。
それでも記憶を頼りに戻ると、
李順、周康蓮が待ち構えており、
山のような仕事を盛り付けた箱を次々と運び込んできます。

くたくたになるまで仕事に追われ、
毎日毎晩頑張った浦島黎翔。

ようやく乙姫夕鈴との約束を果たし、
玉手箱を開けます。

すると中からモワっと白いカビが舞い上がり
中のおまんじゅうは腐界にのみこまれ
すっかり菌糸に覆われたナウシカな世界になっていました。

ラン、ランララ ランランラン ラン、ランラララン
ラ ラン、ランララ ランランラン 
ララララ ラン ラン ラン

あまりのショックで髪が真っ白になった
浦島黎翔さんは
おじいさんになってしまった、とさ。

ご愁傷様でした。

(ヤマなし、オチなし、イミなし。)




<おしまい>

――――――――――――――――――――

たぶん、55話の陛下が。

心の変調をきたしているように
私も変調をきたしております。←

可愛いんですけど

ロックしちゃう陛下は…
想像できなかったので
自分の中の陛下像が再構築できず、今ブレまくってます。

(これまでの狼モードは、隙あらばつけ入る
妖艶なまでもの、あの憎たらしい余裕というか。
へー然とやっちゃうあのお方、だったんです)

少女漫画ですかね。
ここで肉食陛下になったら
歯止めがきかないですから。

だからこういう選択肢もありなのです
可愛いですし
ラブラブ~~なのです

ただ書き手として、
原作を重んじて、
登場人物の性格とか考え方とか、極力なぞらえて
二次を再構築しよう、とすると
とてつもなくハードル上がっちゃった気がします。

陛下の弟さんとか
じつは別人、とかだったら
それのほうが、まだ。お話、作りやすいです。

ごめんなさい、
決して味噌つけてるわけじゃないですよ。
自分の中の問題なのです。

ようするに、―――書けない言い訳です。(笑


狼陛下で、夕鈴を妖しく翻弄する、甘ーいお話を、というキリリクも戴いていて
書いてみようかな…と頑張ったんですが

1本書きかけを、捨てて

それで、気晴らしに
もう1本くだらないのをかこうと思ったんですが

これもどうしようもないほど、
書けなかったです。

でも、とりあえず無害なので(?)
こちらを、日記代わりに乗せておきますね…。

ごめんなさい。






SSS とおいところ

設定はこだわりませんが、本誌設定、バイト妃、かなと。
陛下のやんでれなつぶやき


* * * * * * * * *
SSS とおいところ
* * * * * * * * *


「一人で遠くに行かないでくださいね?」
と君がいうので

「じゃあ、一緒に来て」


彼女の言葉尻を捕えた。



王様という役割は
人からは、とても遠くて

この地に在りながら
人の手の及ばぬ遠くに
縛りつけられている。

誰からも嫌われ
怖がられるべき存在。

ただ役割を担うために
在る己の身


私は
この身も命も
たぶん
執着すべき対象ではなかった。


いつでも捨てられるもの

そう思えて仕方がなかった。


───でも
君が一緒にいてくれるなら
もう少しだけ。

ここで、踏みとどまれそうな気がする。

人からどれほど遠くても

まだ
私はこの世で
人の形をとり
在ることが
できるかもしれない。



家族と離れ
人と離れ

私と一緒に
遠くに行く?


生まれながら逃れられなかった運命を
呪いこそすれ、祝福とは思いもしなかった
その私自身で

自由な君を
檻に入れるのを躊躇わらなかったわけではない。


堅苦しい
正妃という役どころを君に負わせるなど

酷い男だ

だけど。
もう手放せない。


───陛下はズルい 
と、
君は言うかもしれない


でも

『遠くに行かないで』
『一緒に居ます』

そう、言ってくれたのは



だよね?


私たちは
桂花の木の下で、約束したのだ。


───そう。


私たちは
互いに気づいてしまったから。


傍に
居てくれないと

互いが
困る

と。



(おしまい)

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秘密の苑・刺青の男[織座舎]陛下の花園へようこそ。”狼陛下の花嫁”の二次創作作品を綴っています。足跡などお気軽に残していただければ嬉しいです。【新刊】秘密の苑・刺青の男パラレルアンソロジーパラレルアンソロジーとらさんで取扱。【お詫び】拍手コメ御礼お休み中です。本当に申し訳ありません。お返事ご希望分はコメント欄へm(_ _)m

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