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雪うさぎ-8

雪国でのご公務。
どうやらお妃様はプリプリ怒っていらっしゃるご様子…?


【バイト妃】【捏造・パラレル】【甘】

行事&世界観はあれこれミックスのパラレルSS


宜しければ、どうぞ。

* * * * * * * * * * * * * * *
雪うさぎ-8
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李順は、違和感を感じた。

妃が椅子ギリギリ一杯端っこに寄って国王から身を遠ざけている。

「…どうかいたしましたか、陛下?」

黎翔は李順を無表情に見返した。

「…」

これから大切な式典が始まる。
国王、妃揃っての席に着くため、今はこの控室に待機しているのだ、が。

普段であれば妃を膝にのせ必要以上にイチャイチャと構い倒している国王が、静かに頬杖をついて座っている。

「もしや…お妃様と。
───ケンカでも…?」

と李順が聞こえよがしに言うと、夕鈴が真っ赤になって反応した。

「もうっ! …知りませんっ!」

ツーンと顔を背けると、妃は勢いよく立ち上がった。

「…っ痛」
夕鈴は脚の皮膚がピリと引きつれる痛みで、思わず包帯の上から足をさすった。

「ほら、まだ足が…。
無理せず。───座って」

黎翔が言うが妃は怒り冷めやらぬ様子で、拳をプルプルと震わせ、立ち上がってまま。

その瞳に、じわりと涙が溜る。

ギクリと黎翔が驚いた表情で、慌てて妃に駆け寄る。

「す、すまなかった。許せ」
「触らないでくださいっ!」
「いや、しかし」

「陛下は離宮の美人女官さんでも誰でも、手当していただいたら宜しいじゃあありませんかっ!
お遊びはほどほどになさって、私のことは放っておいてくださいませっ!!」

「ゆ…夕鈴…!!」

ただ、オロオロとなだめる国王。

(…ああ…。
また何か、やりすぎましたね…?
陛下)

李順が眼を瞑り、コホンと咳払いをした。

「お二人とも。
今からは大切な───お仕事、ですよ?
プライベートを仕事に持ち込むのはおやめなさいッ!」

「…はい」
ショボンと夕鈴が肩を下げる。

「ほら。
もうすぐお成りの先触れが」


「ああ。では、参ろうか」

黎翔は普段の落ち着きを取戻し、ツイと妃の方へ手を伸ばす。


夕鈴は唇を噛みしめ上目使いで黎翔を見つめ、
その後李順の方に恨みがましい視線を送った。

李順は容赦しない。

「…ほら! 夕鈴殿!」

「…はい」

夕鈴は国王の手を取って寄り添った。

(まったく、世話のかかる…。)



* * * * * * * * * * * * * * *

一昨日の地吹雪にまきこまれ遭難、救助から丸一日余り。

裾、袖に隠れてはいるものの
まだ手足に包帯が残っている夕鈴。

黎翔は心配で公務に妃を連れ出すことを躊躇ったが
「今回この地を訪れた理由である公務を、個人的理由で放り出すわけにはまいりません!」と妃本人が頑なに言い張った。




「…だいすき」

という(酔っ払いの)あの一言で、天にも昇る思いと、据え膳に指をくわえる辛さの両方を味わった国王陛下。

「夕鈴に、嫌われていない」と自信を持ってしまった。


『ひと肌による治療』という説明を鵜呑みにし、心配し、恥ずかしさを押し殺し、甲斐甲斐しく世話を尽くしてくれる夕鈴があんまりにも可愛らしくて、思わず口づけたところ

あまりの甘美な心地に、ついつい貪るように兎を追い詰めてしまい、

キュウと獲物が目を回せば
『口づけで気を失うところもまた初々しい』とご満悦

『ついでに、もう少し味わいたかったナ』とテヘペロしていた狼に。

───兎は屹然と立ち向かった。


今朝の夫婦水入らずの朝餉の食卓で、派手に兎にキックを食らわされた黎翔。

『昨日は少し弱みに付けこみ過ぎた』と、軽く反省はしているらしい。

(…かるく?)←




李順が確認を迫る。

「…何かありましたか?」

「何か、とは」
黎翔は知らんぷりを貫く。

「あのようにお妃様がムクレていらっしゃる理由をお伺いしたい、と」

「いや?───ああ、まあ…
離宮での仲良し夫婦像の定着を図るべく。
…まあ少々?」

「ですから。何をされたんです?」

「でも。あれくらいで怒るとは。
可愛らしいにもほどがあると思わんか?李順」

してる。
確実に、なにか。やらかしてる。

…李順は確証を得た。


「…本当に、反省していらっしゃるんですか?」

「なぜ?」

「あーーーもーーーっ!! あなたというお方は…」

救いようがないワガママ、と思う李順であった。


* * * * * * * * * * * * * * *

陛下の女ったらし!
陛下の女ったらし!

陛下なんか…
陛下なんか……!!!


夕鈴は『治療のため』という言葉を質草に、自分の純情をもてあそばれたと思い、激怒していたのであった。


「唇が、冷えた」
だなんて。

「治療してくれ」
だなんてっ!

陛下のためだから。
他の人にさせたくなかったから。
だから頑張ったのに…!!


あの、あの、あのあのあの口づけは
…なんなのっ!?


バイト妃だろうが。
離宮の美人さんだろうが。

女ったらしの陛下にとっては
女だったら誰でもいいんでしょ…?

…人をからかって。

どうせ、どうせ、どうせ陛下にとって
口づけなんて日常茶飯事かもしれないけど…

私にとっては…
必死に、陛下のためっておもってたのに…

心配させて。
治療にかこつけて

あんな
あんな!
あんな!! くくく口づけするなんて~~~。

(思い出して赤面する)


乙女の純情を何だと思ってるのよっ!

バイトに、あ、あんなことするなんて…。


馬鹿!

陛下の、バカバカバカ~!!!


夕鈴は心の底から怒っていた。

* * * * * * * * * * * * * * *

雪の祭典は国王陛下夫妻を迎え、にぎにぎしく開会式は執り行われた。
臨席している間中、はた目から見れば『冷酷非情の狼陛下』はその二つ名の通り厳しく冷酷な表情であたりを威圧し続けていた。

しかし、その脳内は、というと。


(…たぶん
彼女は大人の口づけに慣れていないから。
それで怒ったんだろう)

と、黎翔は考察をしていた。

(あれだけ煽られれば、
“口づけの内にも入らんようなやつ”では収まりようもないからなぁ…
ウウム───)
と。

たぶん、すぐ横の席についていた夕鈴が、国王の心の中を覗くことができたら
「まじめに反省しているんですか? それとも、そうではないのですか?!」
と、ますます激昂したに違いない。

(───ああ、そうか!
ちゃんと練習して、慣れればいいんだ)

と、一つの解決策が見つかり、念入りに『より妃らしい仕事』の次なるステージの課題を練るのであった。


(だって、ゆうりんは、ぼくのこと
だいすきなんだから…♪)


小犬の顔が出ないように…。

…ム。

黎翔はますます眉間のしわを深くした。



開会式は滞りなく終った。



(つづく)

-----

次回、浮かれる子犬にしっぺ返し。


---

今回は『ライブ感覚』優先で、先をあまり細かく決めずに自由に登場人物に動いてもらっています。


狛キチさんのおっしゃるとおり、この陛下には、少々「ラ族で狩人なあの方」の血が流れてるのかもしれない、と納得しかけた私です ←



後日、カテゴリーがいきなり「ラ族狩人」に移動していたら笑ってください。


*



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雪うさぎ-9

雪国での雪の祭典がいよいよスタート。
喧嘩中(一方的に夕鈴から)の二人は…?


【バイト妃】【捏造・パラレル】

行事&世界観はあれこれミックスのパラレルSS


宜しければ、どうぞ。

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雪うさぎ-9
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「―――は?」
李順はわが耳を疑った。

「『雪ん子No.1決定戦』に出てまいります」

「…え?
夕鈴殿。いま、なんと?」

「ですから、李順さんに以前おすすめいただいた、
行事のイベントに参加してまいります、と」

夕鈴は決然と言い放った。

「…あれは、単なる冗談の…
ご公務でもなんでもありません」

「空き時間、ですよね?」

「はあ、まあ。本日のご予定に差し障りはありませんが…。
しかし、小さな余興の一つにすぎませんよ?」

「いえ。
以前李順さんにお薦めいただいたのですから、
私に向いているのだと思います。
陛下の民と一緒に祭りの喜びを分かち合うことも、大切なお仕事ですよね?
私、ちゃんとまっとうしてまいります!」

困りましたね…、大分こじれていらっしゃるようですよ?

「―――陛下。
いかがいたしましょう?」

「うむ…」黎翔も困った顔で見返した。

(一方的に)喧嘩している今現在、なんとなく気まずくて息が詰まる。
しばらく離れて一人になりたい。
でも、『夫婦そろって』を要求される公の行事、合間もお互いずっと顔を合わせた状態は重苦しかった。
かといって勝手に抜け出しすわけにもいかない。
それならば、行事の中で自分が何かできることをすればいいのではないか、と夕鈴は思い立った。

腹が立って。
切なくて。

…でも好きで。

好きな人に『戯れの女遊び扱い』をされるのは…。
―――嫌。

夕鈴はまた涙がでそうになった。

(雪ん子なら、陛下は一緒にはいられないわよね。
とにかくちょっと陛下と離れていたいの。
私は…!!)

黎翔は、腹の中で(雪ん子ナンバーワン決定戦なら、きっとエントリー受付のときに、年齢制限で引っかかってスゴスゴ戻ってくるだろう)と思い直し、
「妃も少し祭り気分を味わいたいのだろう。
好きにさせてやれ」と行事への参加を認めた。

「えっ?よいのですか?」
と、李順。
(やっぱり、ヤマシイことがおありなのですね…?)
ますます疑い深く黎翔の方をジトリと見つめた。

「ただし、浩大を傍につける。
絶対一人になるのは許さん。
それだけは約束してくれ」

「わかりました」

李順が即座に付け加えた。
「ああ、夕鈴殿。
民の祝典に水を差さぬよう、
あくまでも『お妃様』というお立場は伏せて。
ばれないようお願いいたしますよ?
―――それとも、ぞろぞろ後ろにお偉いさんに囲まれて
特別扱いされたい、とおっしゃるのでしたら別ですが」

「わかりました。気を付けます」

* * * * * * * * * * * * * * *

「―――こんな格好で受付してもらえるかしら?」

「うーん。予定になかったから、準備もないし。
次の公務の間までに着替える時間もないし。
まぁ、いーんじゃね?
格好なんか、どうでも」

浩大はヘラヘラと笑った。

…でも。どうみても着飾ったこの格好で「雪ん子」はないわよね?

(陛下がさ。『受付で断られてこい』ってゆーから。
まあ、そこは勘弁な)

夕鈴は正妃の正装の上から、ざっくりと雪蓑をかぶっただけの変装を気にしていた。

「そのわりに、浩大は、ちゃんと変装して」
「へへ、コンセプトは『ちょっと裕福な商人の息子』だぜ。
ど? ちょっと賢くみえるだろ?」
祭りに繰り出すパリッとした晴れ着に、長靴、外套。
眼鏡をかけて、帽子をかぶっていた。
「俺が兄ちゃんで、お妃ちゃんが妹。そんな感じ、ね?」

「私がちょっと裕福な商人の娘?
浩大の妹役?」

「そーそ。
商人が愛娘に贅を尽くして着飾らせて祭りに送り出したってかんじ、かな?」
ケラケラと笑う。

「あー、あっちのテントが受付だネ」

きちんと雪かきされた道を、浩大が指さす方へ進む。

大きな会場の入り口の前にテントが二つ。
コンテストの受付をここでするらしい。

「飛び入り参加、できますか?」

「あー、あー、大歓迎!
さっ、お嬢ちゃん!こっち名前書いて書いて!」

と周りの人にワッと押されるようにして、紙を差し出された。

「エントリー名、でいっからね。」
夕鈴は包帯が巻かれた両腕を眺めた。
「ごめん、浩大、代わりに書いてくれる?」

隣のおじさんが勝手に夕鈴の手の紙を取り上げ、
サラサラと勝手に書き込み始める。
「っていっても、みんな『陛下の唯一』って書くからさ。
ことしは自称『陛下の唯一』そっくりさんだけで10名超えてるよ~
はい、姉ちゃんで『そっくりさん11号』?
決まり?それで、いい?。
オーケーオーケー!
しっかし、豪華な服あつらえて…お姉ちゃんのご両親も、これはずいぶん張り込んだな~!わははは
ぜひ優勝目指して頑張ってくれよなぁ~!」と背中をバンバンと叩かれた。

「あ?
お兄ちゃんの方も?
んー眼鏡キャラじゃないとおもうが…まあ、念のため出るだけでるがいいさ」
とこれもまた勝手にサラサラと「そっくりさん9号」と書いた紙を渡された。

「はい、じゃ、これ持って、会場に入ってね。
右手のドアが控室になってるから。
もうすぐ始まるから、二人とも、頑張れよ~」

「…なんのことかしら…?」
夕鈴は腑におちない。

浩大も
(あれ?)と眉をひそめた。

背中を押されるように会場に通されて、はじめてその理由が分かった。

例年行われている「雪ん子No.1決定戦」に、加え

『祝!陛下ご夫妻・初ご来臨 特別企画
狼陛下のそっくりさん&お妃様そっくりさんコンテスト』
が急きょ相乗りで開催されていたのであった。

「あちゃーーーー」
浩大は頭を押さえて叫んだ。

「どーする? お妃ちゃん
違うよ、雪ん子じゃないよ、これ?」

着飾った男女がエントリー、となれば
雪ん子じゃなく「当然こっちだな」と勝手に受付されてしまったようだ。

「ひゃー、これ、予定外だよ?
どうする?」

「いいじゃない、…もう。
浩大もしっかり陛下のマネすれば?」

「でもまさか、こんなお遊び企画に…本物が出るわけには。
万が一、優勝できなかったら、あとでケチつけられんのは陛下だぜ?
やめよ?お妃ちゃん。
ここはさ、ご辞退ってことで、さ」

「や!」
夕鈴は

「…や、じゃなくて」

「…私がどんなに妃に向いてないか
はっきりしてもらったほうが、まだまし」

「向いてないって、
まし、って
どうしてさぁ…そんなイジケるわけ?」

「どうせ偽物だから
偽物のそっくりさんの一人で。
お似合いなのよ、私は」

「…お妃ちゃん…」

浩大は、これは、ずいぶん。
…むつかしいなぁ…とため息をついた。

「じゃあ、ま。
気楽に…ね」

止めようがない、と悟った浩大は頭を抱えた。

予選が行われ、会場の拍手の大きさと審査員の合計点で上位三名がそれぞれ本選に進む。

浩大は予選で敗れた。

『…陛下のキャラじゃねーよ。いくらなんでも。』
浩大は頭をかいた。


夕鈴は審査員の点数もさることながら、会場の拍手が大きかったため上位三人の中に残った。
…というのも、本物の正妃の衣装は伊達でなく、宝石や金糸銀糸の細工の素晴らしさに会場中が度肝抜かれ、大きな拍手が湧いたためだった。

「…そりゃ、外身は正真正銘、妃の正装ですよ、本物ですよ!?
国家の威信をかけてますから… 立派よね、当たり前よね…。」

最終審査に残ったのは、
「自称・狼陛下のそっくり」さん三人と、
「自称・陛下の唯一のそっくり」さん三名。

「陛下のそっくり」さんは三人とも、陛下とは似ても似つかぬ人で、夕鈴はがっかりした。

―――気品がないじゃない。
陛下はすっごくお強くて。しかも、ものっすごい美人なのよ?

そりゃ、あんたたち。普通よりかはチョットだけ顔はいいかもしれないけど、ぜんぜんヘニャヘニャのヘッピリ腰。剣も振るえそうもないくせに、よく「自称・狼陛下」だなんて言えたものだわ、恥ずかしい。

夕鈴は憤懣やるかたなく、ぎゅーとこぶしを握りしめた。



しかし、自分の周りを見回すと。
今度は激しく落胆した。

他の二人は大人っぽい色気をたたえたすごい美人と、
巻き毛がかわいらしい少女漫画から抜け出してきたような美少女の二人。

それにくらべれば、自分なんて地味な顔立ちだろう。

夕鈴は「衣装で選ばれた」事実に、ちょっぴりむくれた。

反対の会場をみると、雪ん子No.1が決定したようだ。
大きな拍手が上がっている。

10歳くらいの小さな色白の子の優勝だった。

雪ん子は、ないわ、やっぱり。
小さくてあどけない
李順さんの眼も節穴。
いくら私が色気がないっていっても、雪ん子は、子供でなきゃ!

ツラツラ考えているうちに、最終決定戦が進んでいたらしい。

「ではっ! 最後になりました
陛下の唯一そっくりさん11号さんで~~す!
皆様、審査をお願いいたします~!!!
にしても素晴らしい衣装だ!? 本物の妃衣装に勝るとも劣らない…!
いやぁ素晴らしい!!
みなさん、どうぞこの方が一番のそっくりさんと思われる方は今一度盛大なる拍手を~~!」

会場だどよめき、拍手で揺れた。

なぜか自分が妖艶な美女と、くるくる巻き毛の美少女を押さえて、
「おめでとうございます、お妃様そっくりさんNo.1は、あなたです!
陛下の唯一のそっくりさん11号!がみごと優勝です!
みなさま、どうぞ大きな拍手で…」

ええ?
私?
優勝??

どういうこと?

あわあわしているうちに、陛下のそっくりさんNo.1になった若い青年が近寄って隣に立った。

「おめでとう」と言いながら予選に残り惜しくも敗れた二人が両側から抱きしめて祝福を送る…ふりをした。

「金に飽かせて衣裳作って。お顔が地味な成金は、お金で解決なさるのね…」と美女が小さな声で捨て台詞を吐いた。
「本当に図々しいのは天下一品ね。
まあ、その容貌で、よくもお妃様のそっくりさん、なんて名乗れるものだわ。おめでたい人。」と巻き毛の美少女がささやい。

夕鈴はギクリと左右の二人を交互に見つめたが、二人の声は観衆の大声で騒然となった会場ではほかの誰にも届かなった。

「妃よ?おめでとう!」

「え? (ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさんも、おめでとうございます
(ぜんぜん、そっくりじゃないけど)」

「それでは、優勝のお二人さんに、国王陛下ご夫妻名物『抱っこ道中」をやっていただきましょう!
これから、会場の通路をぐるりと一周、皆様の周りにお邪魔いたします。
どうぞ皆様、拍手でお迎えください~~~!」

え?
ちょっと、やめてくれませんか?

と言い出すこともできず。

勘弁してください、と思ったとたん、勝手に腕を取られ、首に回させられ、
腰を抱えて持ち挙げられた。

「く~~~~っ!!!」
(ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさん男が悲痛な声をあげて顔を真っ赤にして
夕鈴を抱っこする。

浩大が指をくわえて声をおしころす。
(うわっ、非力っ!!)

よろよろとしながら、会場を回り始めた。

「ちょ、ちょっとおろしてくださいっ!?」

夕鈴は必死に叫んだが、(ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさんの勝者は、最後までやりきらねば男を下げる一生の恥、と必死に頑張っている最中である。

「や、やめてくださいってば~~~!!」

夕鈴は首に回していた手をはずし、ポカポカと相手を軽く叩いた。

「いたた、やめてくださいよっ!?」と身をすくめたその時。
抱えていた夕鈴のほうへ倒れこんだ。

その際、
恐ろしいことに事故チューが発生した。


夕鈴のほっぺたは、(ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさんに奪われた。

「やれやれ~~!
陛下のそっくりさんっ!
そこだ、押し倒せ~~!!」

その場に居合わせたものはヤンヤの大喝采。


(ぎゃーーーー、やめてくださいっ~~)
夕鈴は顔を両手で覆い、心の中で精いっぱい叫び、おもわずボロボロと涙があふれた。

しかし周りはお祭り騒ぎの民だらけ。…逃げ場もなかった。


『まじぃ、お妃ちゃんが泣いてる』

浩大がすかさず近寄り、助けおこす。

「妃は俺がもらったーーーー」といいながら、夕鈴を抱き上げた浩大はスタコラサッサと会場の通路を走りぬけた。

「おい、あれは予選落ちしたやつだろ?」
「お妃様を奪われてやんの!」
「そりゃ~、あんなにひ弱な陛下じゃなぁ、あははははは」
会場はドッと笑いの渦に包まれた。

雪ん子No.1決定戦に、急きょ同時開催された
『祝!陛下ご夫妻・初ご来臨 特別企画
狼陛下のそっくりさん&お妃様そっくりさんコンテスト』
は大盛況のうちに幕を閉じた。

夕鈴は、泣きながら浩大の肩に担がれ。
浩大は妃を担いで一目散に会場を飛び出した。

(だから、言わんこっちゃない…!!)




「―――ダメですよ、李翔さま。

佩きものに手をかけちゃ…
他愛のない、民のお祭り騒ぎの場で」

いつの間にか李順の手がのびてきて、
マントの中で握り締めていた剣の柄の上から押されていることに気がつき、黎翔はハッとした。


…事故?
これが?

(もしも。
偶然を装って、不埒なチャンスを狙っていたとしたら、その命はないぞ…?)

ギヌルっ!!と、離れた場所から、睨む。

黎翔は頭巾をかぶっていてすら異様な眼光を発していた。
しかし李順に制され、目を伏せうなだれた。

国王とその側近は、あっけない結末に騒然とする観衆にもみくちゃにされながら通路を走り、会場を後にしたのであった。


(つづく)


*

[宝物] さくらぱんさんからのギフト

白友で、花の四阿 ブログを運営されていらっしゃる さくらぱんさま から 素敵なギフトをいただきました。


作者様に快く掲載のご許可をいただきましたので
ご披露し、幸せのお裾分けしたいと思います。

こころに染みわたる素敵なプレゼントをありがとうございました。

さくらぱんさまに感謝をこめて。



では、どうぞ。





 【詩文】「地上の星」  ※狼陛下関係なし

さくらぱん 作



私の手の中には、宝物がある

それは、数え切れないほどの清い心
それぞれが、それぞれに
綺麗な耀きを放つ 私を守る地上の星

ほんのちょっとのことで、零れてしまうこの星を
大事に抱え 手のひらの中で、星たちの声を聞く

“悲しい過去を振り返らないで……未来を見つめて”

“ひとりで頑張らないで……
 一人じゃないよ。ここにいるよ。”

“頑張って、大丈夫だよ。
 ……あなたを応援しています。”

“あなたを必要としている手が、あなたには見えませんか?
 私は、あなたを必要としています。”

“癒してくれて……ありがとう”

“楽しかったよ……ありがとう”

“……ありがとう”

“ありがとう”

ともすれば、掻き消される小さな声は、私の心を暖める。

――――まっすぐ支えてくれる。

時に……叱咤激励し

時に……温かく見守ってくれる

友という心強い光

――――言葉に出来ない

この想いが

また私を暖めてくれる

強くしてくれる

大切にしたい宝物。



この世界が好きです。

皆さんが、大好きです。

こちらこそ 感謝しています。

私こそ 感謝の言葉を伝えたい。

友であるあなたに

“ありがとう”と感謝をこめて


麻杉慎さん挿絵「地上の星(さくらぱんさん)」.jpg

(絵:麻杉 慎 さん) クリックで拡大
 







すてきな言葉のギフト。
ひとつひとつかみしめて。

[宝物]ダリ子画伯とコラボ? SS黎翔さんの霊障

すみません。おやじギャグで派生しました。

そもそものいきさつです。

白陽国SNSの白友さんのダリ子画伯のプロフで
少し前から素敵な陛下が…微笑んでくださっております。


はい、こちらです。陛下どうぞ。

ダリ子さんより頂き物「黎翔さんの冷笑」 

実際のダリ子さまのプロフアイコンは
gifアニメ仕様になっており

 …ふっ と笑うんです。


タイトルが「黎翔さんの冷笑」ということで

たまりませんね、この…




ついつい
おやじギャグが次々と浮かび

黎翔さんの冷笑?

黎翔さんの霊障

黎翔さんの0勝

…老子の労使環境。

…労使関係ないし、もう何が何だか。


そうしましたら、かの画伯が
「これがよい」と、ススとお指し示されまして

『SSを書くがよい』と天啓が…。



というわけで、 軽くおひとつ。




---

【恋人設定】

* * * * * * * * *
黎翔さんの霊障
* * * * * * * * *


霊的障害、略して霊障。

このところ夕鈴は、夜寝るのをなんとなく怖いと思い始めていた。

夜ぐっすり寝ているはずの自分に、ボンヤリした黒い影が覆い被り、じっと見つめられているような気配を感じたり、時には低い 囁き声を聞いたり…。

つい昨日も、夜フッと意識が浮上したとき暗闇の中から、双眸がじっと自分を見つめている。───重苦しく恐ろしいほどの寒けが…。
思わず布団を頭からかぶろうとしたが手足が動かない。
(…金縛り?)と思ったとたん、今度は身体を引きずられ地の底まで連れて行かれそうになった。
夕鈴は必死に助けを求める…。

「───陛下っ…!
助けて!」


パタリ、と闇の気配が止む。

そうしてそのまま、何事もなく静寂の闇に包まれた。


恐ろしい一夜が明けた───翌朝。

いそいそと国王が朝から後宮に出向き
「妃。
一緒に朝食でもどうか?」という。

朝早く訪れた主の姿に、周りで頭を下げていたお付きの侍女たちからニコニコと大輪の笑顔が花咲いた。

黎翔はさりげないそぶりで、人払いをする。

「陛下がいらっしゃるの、一週間ぶりですわねっ!」
「しっ! 静かにしていなさいっ!」

下がった侍女たちは頬染めて小さな声で話しあった。


二人っきりになった途端、
夕鈴が涙ぐみながら、タタタと小走りに近づく。

「…陛下っ!!
昨日…すっごい怖いことがありましてっ!!」

自分の襟元に必死ですがりつき、涙目で見上げる愛しい妃を抱きしめようと、
黎翔は手を広げた、が…

ぎゅっと、抱きしめられる…そうことを期待した瞬間、
夕鈴はえ? と黎翔を見返す。

黎翔は棒立ちになって、妃に困った顔で。

「…あ? しかし
今、私たちは、喧嘩中だった…か?
…君に触れる許しを、
まだもらっていない」

キューンと垂れさがった耳としっぽ。

夕鈴は大きな目で、コクコクとうなづく。

「だいじょうぶ?」
黎翔はそおっと、開いた腕を閉じ、鳥が羽で包むように彼女を覆った。

「…とっても。怖かったんです」
抱きしめられた夕鈴は、珍しく甘えた。

「うん、もう大丈夫」

「ほんとですか?」

「うん。」
嬉しそうに答える黎翔。

暫くずっと抱きしめ、軽く口づけを交わしたお二人は。


「ずっと言いたかったんだけど
───ゴメン」

「私こそ…陛下に失礼なこと いってしまいました」

「じゃあ、仲直り?」

「はい。
…寂しかったです」


「ぼくも。
君に嫌われたかと思って
本当に、すごく辛かった…」






いちゃいちゃするお二人を。
遠くから観察中の二つの影。


「霊障を解決する方法はのう。
一つは傷ついた幽体(ハート)を修復すること。
もう一つは、根本の問題である霊障の原因を取り除くこと、じゃ」

「張のじーちゃん!
こういうのって、デバガメっていうんだぜ?」


「いやー、ラブラブじゃのぉ~~~
ふぉふぉふぉふぉ♪」



(おしまい)

---

ダリ子様、素敵な陛下の掲載を快くご諒承いただきまして、ほんとうにありがとうございました。
これからもよろしくお願い申し上げます。



*

続きを読む

雪うさぎ-10

(ぜんぜん似てない)陛下のそっくりさんと『抱っこ道中』をする羽目になり、あまつさえ事故チューまでされてしまった夕鈴。その様子を目撃してしまった黎翔…。
ますますややこしくなってしまった、二人は…?


【バイト妃】【捏造・パラレル】【切なキュン】

行事&世界観はあれこれミックスのパラレルSS


宜しければ、どうぞ。

* * * * * * * * * * * * * * *
雪うさぎ-10
* * * * * * * * * * * * * * *

憤懣やるかたないおももちで、黎翔は大股で会場を後にした。
後ろから李順が足早に続く。

大騒ぎの会場からはまだ沸き立つ余韻が届く。
少し離れた場所でようやく黎翔は立ち止まる。

「陛下…?」李順が声をかける。

「浩大!」

音もなく浩大が現れる。
「…は。御前に」

「…妃は?」

「この角まがったところに居ます」
「何をしてる?」
「顔を洗ってマス」
「顔?」

黎翔はぎょっとした。

この雪国の寒空で…?
彼女は何をしてると?

あわてて黎翔は駆け出し、角を曲がった。

…ふ
ぐすっ…
ひっく… え…く。

建物の陰で、夕鈴は雪を両手で救っては顔に押し付け、ごしごしとこすり付けていた。
包帯を巻いた両手は雪まみれ。
涙と解けた雪があちこちに張り付き、ぐしゃぐしゃになりながらべそをかきながら…。

折しも、どんよりとした空からチラチラと粉雪が…。

あまりの光景に黎翔は切なくなって、つい、これまで昇っていた血がスーッと冷める。

「…どうした?」

びくっと振るえ、夕鈴はそろりと振り向いた。

「…」
黎翔とわかると、夕鈴はぐっと唇を噛みしめ
大きな目からジワリとまた涙があふれ出した。

「―――見た、んですか?」
夕鈴はあられもなく涙をぽろぽろとこぼし、ぐっと口をへの字にしてくちゃくちゃの顔になった。

「…ああ」

「李順、さんも?」

なぜ、ここで李順が、と黎翔はむっとした。
「ああ」

黎翔の言葉にトゲが交る。
夕鈴はその言葉を聞くと
ああ…と小さく最後の止めを刺されたように、雪に打ち伏した。

「……」


「…濡れる。
いや、もうびしょ濡れか」

「…た、大切な、衣裳を…汚してしまって…
申し訳ございませんでした」
伏せた夕鈴は、嗚咽をこらえながら、謝った。

「衣裳なんか…」

黎翔が近づく。

「よ―――汚してしまって…」
夕鈴は繰り返す。

「…夕鈴?」

「失敗したバイトは。
もう。おそばにいられないんですね?」

「え?」

「汚れた妃が
陛下のおそばにいたら…
迷惑ですよね?」

「―――は?」

「…申し訳ございません。
お詫びのしようのございません
いっそこの場でお手打ちに。」

「―――えええええっ!?」

思わず黎翔は素っ頓狂な声を上げた。


…ちょっとまて。
落ち着いて…

いや待て。
どうしてそうなる?


「えっ…
えっ…うっ… ひっく…」

夕鈴は泣き続ける。


「…傷ついたのは、君の心だ。」

黎翔は、ゆっくりとかがみこみ夕鈴にそっと手を置いた。

「…汚れてなんか、いない」


「汚れて…ます

あんな…
あんな…
あんな、あんな…!!!!」

夕鈴は、悔し紛れに両手をバタバタと降り回し、雪を手当たり次第に散らした。
そして、またごしごしと雪を顔に押し付け“あの跡”をこすり落とそうとした。

「夕鈴…」
黎翔はかがみこむと夕鈴の頭に手を置いた。

「君は、汚れてなんか、いない。
汚れた衣なんか脱ぎ捨ててしまえばいい。

君自身を汚すものなど…ない。

他の誰にも、もう、二度と。
させない。

―――大丈夫だから。」

夕鈴が顔を合わせないように必死にうつむいているのに、黎翔はひょいと夕鈴を担ぎ上げその顔を覗き込んだ。

「陛下……」

いやな思い出を削り取ろうと、ごしごし雪でこすったのだろう。
左の頬は雪で擦られ真っ赤になり、化粧も髪もぐしゃぐしゃになっている。

黎翔は優しく見つめ、おでこをこつんと合わせた。

「…戻ろう?
もう、大丈夫だから」

夕鈴を抱きしめる。

「…そんな資格、
私にはないです」

夕鈴は突っぱねる。

「美人でなくて。
家柄も、教養もなくて。
何をしても、足手まといで…
いつも李順さんに怒られて。

そのうえ
へんな人に抱っこされて、チューされて。

何から何まで。

ふさわしくないんです。

もう分かってます。
どうせクビです。

陛下のおそばにいられる身ではありません。

今すぐ離してください!」

一気にまくしたてた夕鈴は、ぜーぜーと肩で息をした。

「君がそんなに傷ついているのは…
―――嫌だったからでしょ?」

「いやも、いいも、ありません」

「気にするな。大したことではない。
忘れてしまえばいい」

偶然とはいえ、夕鈴の頬に口づけをした男が…
はらわたが煮え返るほど口惜しく、心の底から許せないのに。
黎翔は反対のことを口にした。

「私にとっては、大したことです!
陛下は…あんな、あんなことなんか…。
誰とでも気軽にする行為の一つだから…
すぐ忘れちゃうことだってできるんです」

夕鈴はついケンカ腰に…。

「…私は、嫌だ。

好きでもない者に
触れたくもないし、触れられたくない」

(うそ…!
あんなに手馴れた風情で…。

バイトをからかうためだけに寝台の中で『治療』とうそぶいて、
平気で口づけだってなんだってできるお方が…!!

女ったらしの陛下には、好きな人だらけってコトですか!)

夕鈴は思わずカッとした。

「…陛下をお好きな女性なら山ほどおいででしょうから…!
いいですね、モテモテの陛下は慣れていらして。
これくらいのチューなんて。
…なんでもないんですよね」

「…じゃあなに?
君はあの男がもしちょっとでも気に入っていたら、
チューされて、嬉しかったの?」

「…いや、です」

夕鈴は口をへの字にして、目を伏せた。

黎翔はそっと右の頬に唇を寄せた。

頬でチュっと音が立つ。

夕鈴はカッとして、耳まで真っ赤に染めた。

「…!!」

「いや、だった?」

「~~~~~~~っ?!!!」

「嫌?」

「嫌
じゃない…です
でも―――」

「でも?」

「―――恥ずかしいんです。
…それに、
たかがバイト妃のご機嫌取りに
こんな演技までさせて、心苦しいんです」

「私は誰の機嫌も、取ったりはしない」

「…取ってるじゃないですか」

「そうか?」
黎翔はキョトンとした。

「とってますよ。
それも、偽妃のご機嫌を」

「なら。
妃のご機嫌を伺おうか…。

大丈夫。
きれいにしてあげるから。
もう嫌なことは忘れてしまえ。
…行こう」


「もう、いいんです!
その場の雰囲気で慰めてくださらなくてもっ!!
陛下は、陛下のお立場がありましょう。

どれだけ女性とおつきあいされようが、
何をされようが。
私は口出しできる立場ではありませんから」

「…」

夕鈴の誤解はなかなか解けない。
かたくなな気持ちも凍り付いている。

粉雪がチラチラと、二人の間を吹き抜ける。


黎翔は悲しくなった。


雪がひどくならないうちに、と
追い立てられるように…。


それ以上は何も言わず、妃を抱きかかえたまま足早に宿舎のほうへもどっていった。

夕鈴は先ほどの非力なそっくりさんによる「抱っこ道中」があれほどハラハラして、嫌でたまらなかったのに。今ようやく安心して身を預けていることを、自分自身はまだ気が付いていなかった。



(つづく)


*

雪うさぎ-11

【バイト妃】【捏造・パラレル】

行事&世界観はあれこれミックスのパラレルSS


宜しければ、どうぞ。

* * * * * * * * * * * * * * *
雪うさぎ-11
* * * * * * * * * * * * * * *


泣きべその妃はおとなしく黎翔に抱きかかえられた。

黎翔が戻ってくると李順は軽く礼をし、声をかけた。

「人目につかぬよう、どうぞこちらへ。
…お妃様のお召し替えをご用意させております」

「うむ」


三人が会場近くの貴族館に宛がわれた控えの間に戻ると、女官長が出迎える。

黎翔は抱きかかえていた妃をようやく床に降ろした。

女官長は平静と変わらぬ態度で、泣きべそをかいてバツが悪そうな夕鈴をそ知らぬふりでテキパキと預かった。

「お手を…すぐにお手当いたしましょうね」
女官長は優しく夕鈴の手を引いた。


タイムキーパーの李順が少し焦った声を出す。

「次の行事の予定が迫っております。お急ぎください」

言うまでもなく女官長は心得ている。

コクと小さく頷くと夕鈴を奥へといざなった。

「あとはお任せください。
陛下も次のご準備を」


こうして、二人は慌ただしくと次の行事の準備へと駆り立てられた。


* * * * * * * * * * * * * * *


化粧が崩れるほど、左ほほをこすった跡がある。
衣裳を台無しにして…両手の包帯はびしょ濡れで雪のように冷たく。
泣きべそをかいて…

───何かあったに違い無い。

でも、何も聞く必要はない、と静麗は心得ている。
訊けば傷つけるだけだ、と。


「女官長さん?」

「…はい」

「…私…」

「…私は。
夕鈴様のお味方でございます」

優しく微笑んだ。

夕鈴はその笑顔を見ると、またポロポロと涙が出たが、それまで強張っていた身体からようやく力が抜けた。


夕鈴の衣裳を手早く脱がせ、包帯を外し、新しい単衣に着せ替える。
静麗女官長は、湯の入ったタライの熱い湯で手布を固く絞り、夕鈴の顔や手を綺麗に拭った。


「…沁みませんか?」
赤くなるまで雪でこすった頬を労わり、女官長は尋ねた。

「…沁みても構いません。
よくよく、清めてください」

「…心の痛みに比べれば、少し浸みるくらい…?

───いえ。出過ぎたことを」


「…あの。

見知らぬの方が
はずみで…あの。…
事故なんです…」

夕鈴は再び涙がにじんだ。


静麗は首を振った。

「…仰る必要はありません。

静麗が拭えば何も残りませぬ。
…何も。
夕鈴様もお忘れ下さいませ」

「…はい」

ポロポロとこぼれる涙を、
新しく絞った温かい手布で静麗は受け止めた。



手足の手当てをする。
女官長の処置は、羽の様に軽く触られたかどうか分からないうちに、するするとすべてが進んでゆく。

静かで、なめらか。…音もない。

そんな時間が流れる間に、少しずつ夕鈴は気持ちが落ち着いた。


「手と、おみ足は…少し痛みが出てはいませんか?
お顔も…」

「女官長さんは心配性ですね」
と夕鈴は少しおどけたような言い方をしたが、実際は少し痛みがあった。


「お顔も…少しお肌が赤くなっておりますから、
浸みぬよう、今日はお化粧を施すのは止めておきましょうか?」

「…え?
でも。それでは大切なご公務の行事に、差し障りが」


「面紗(貴婦人がかぶりものとした衣、打ち掛け衣)をご用意いたしましょう。
お顔が見えない様に目深に被ったらいかがでしょう?」

「…それは。助かります」

───陛下とも、顔を合わせずにすむ。

夕鈴は一寸ホッとした。


妃衣裳を着つける。
先ほどとはガラリと異なる色合い、柄で、気分も変わる。
髪型も変え、お化粧の代わりにポイントだけ目と眉を描き、唇に紅をさす。




ほどなくして、扉の外から声がかかる。

「静麗様。…李順様がお妃様に」

取り次ぎの侍女が声をかける。

「どうぞお入りくださいと」

李順は部屋に入ると一通りの儀礼を手早く済ませ、

「お支度は?」

「はい、滞りなく」

「御具合は?」

「手と足に御痛みが出ております。
お化粧は差し控え軽く目と眉、紅にとどめました。
本日は面紗(貴婦人がかぶりものとした衣、打ち掛け衣)を目深に御被り頂きますよう」

「仕方ありませんね。

妃が大衆にジロジロ不躾に観られると
陛下のご機嫌も悪くなりますし…。

───良いアイデアです」

「ありがとうございます」

「では、参りましょう」


* * * * * * * * * * * * * * *


お妃様様にと輿が用意されていたが、
黎翔は妃を手放さず、移動の時は足を気遣いずっと抱きかかえていた。

小さなレセプションの席に着く。

次から次へと役人、貴族、地方の名士…次々と紹介を受け、ただ面紗の陰から微笑むだけの退屈な行事。


夕鈴は疲れで少しうとうとしそうになったが
「お次は、陛下のそっくりさん大会の優勝者と、お妃様そっくりさん準優勝のお二人です」という説明に、ぎょっとして目が覚めた。


ハッと前を伺うと、あの(ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさんと、巻き毛がかわいらしい少女漫画から抜け出してきたような美少女の二人が手に手を取り合い、陛下の御前に静々と進み出て、伏せた。

「畏れ多くも…」

「…堅苦しい挨拶は良い。構わぬ、面を揚げよ」
黎翔は二人に声をかける。

(…なんだか、陛下のお声が怖い)

夕鈴はドキドキした。

(…この声は。超大型ブリザード級の…?)
そっと団扇と面紗の陰から、隣の黎翔を垣間見た。

「…」
夕鈴は思わず凍りついた。



(…うわぁ…)別の角度から、浩大が背中をブルッと震わせた。

(お手打ちになっても、おいら、知ーらね!)


鬼気迫る国王。

…しかし若い「そっくりさん」の二人は全くそういうことには無頓着で、低気圧を感じる能力に欠けていたようだ。


「堅苦しいことは、いらないって。
ラッキー!
結構、陛下ってフランクなんだね~、助かったぜぇ。
俺ってさ、あんまりこういう正式なおじぎ?
跪拝叩頭とかさぁ、慣れてないっていうか…」

と、ため口でペラペラと話し始めた。


目通りする者等の名を読み上げていた高官は一瞬血の気が引き「地獄を見るのではないか」と思ったという。


「そうなんです~。私、本当は恥ずかしかったんですけど。
実は私、2位で。お金にあかせて衣裳フンパツした人が優勝したくせに、逃げちゃったから、しょうがないけど繰り上げで初代『ミス陛下の唯一そっくりさん』させていただくことになりました~♪」とダラダラと鼻にかかった甘え声でが続いた。

夕鈴は汗をダラダラかきながら、二人に顔が見えない様に面紗をさらに深く引き寄せた。

高官らは、いつ国王の手が愛剣の柄にかかるか、ゾーーーッとしながら動向を見守っている。


「ほう…?」
カタリ。
黎翔が貴賓席から立ち上がる。

高官らは血しぶきのとばっちりを避けようとつい腰が引け、ジリジリと三歩下がった。


「───お前たちが…?」

コツリと沓音が嫌に響いて聞こえる。


黎翔は、(ぜんぜん似ていない)陛下そっくりさんの男の顔を、屈みこんで顎をクイと引き上げた。

赤い眼は、完全に座っている。

ギリギリと指先に力が入り、爪が顔やあごに食い込んだ。

「…それほどまでに、愚弄するか?」

その段階に至って初めて、彼らは目の前の国王が「狼陛下」と誰からも恐れられる人物であることを何となく理解した。

腰の佩きモノの柄に、手が掛る。

夕鈴が立ち上がり、黎翔の背中からそっと袖を引いた。

「…陛下、おやめください」

黎翔が剣に手を掛けたことに気が付いた巻き毛の女が「ヒ…」と短く声を立てて、あわてて地面を頭にこすり付けひれ伏した。

「…お、お許しくださいっ!!」

「───何を許せと?」

「…いえ、ただ、何となくですけど。
ごめんなさい。
とりあえず言っておいた方がいいかなって」


(ひーーーーっ!!

だめだ、これはW血の海だ…)

と周りの大人は誰もが走って逃げたいのを我慢した。



その時、夕鈴が黎翔にすがりついた。
背中から腕を回して力いっぱい黎翔を抱きしめ、震えながら叫んだ。


「…どうか。…陛下っ!!
私にできることがあれば…何なりと…
どうか御容赦下さいっ!!」

黎翔はぐっと気迫を飲み込み、包帯の巻かれた夕鈴の痛々しい手に触れた。

ギッと奥歯を噛みしめると、黎翔はつぶやいた。

「───失せろ」


二人が青くなって腰を抜かしへたり込んだ。
周りの高官らが同時にホーッツと息を吹き返した。

「…若者の教育!!
とくに、道徳、マナー、また国語力について
更に徹底教育するよう州牧に伝えよ!!」

黎翔は冷たく言い放った。


「お妃様のお具合もよろしくございません。
陛下、今日はここらで…」

と李順がすかさず声をかける。


黎翔はさっさと妃を抱き上げると、
「大事無いか?」とつぶやき
妃の面紗をそっとめくり頬に口づけを落すと
颯爽とした足取りで会場から退席した。


「…あれが、狼陛下の抱っこ道中かぁ…
カッコいいなーーー。ラッキー!
おれ、生ライブで初めて見ちゃったぜぇ~
惚れちゃうなぁ…。痺れるぜー」と叫んだ。


その後、(ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさん男は身体を鍛え、女性を抱えていかにカッコよく歩けるか追及する人生を送ったという。

鈍さ、打たれ強さも一つの才能と周りが認め始めたころ、州試にスレスレで合格し役所に就職した彼はお客様対応のクレーム処理部署に回され、厚顔無恥な打たれ強さを発揮しながらのらりくらりとクレームの対応をするプロフェッショナルとして大成したという。

命あっての物種。


そして
翌年から雪まつりでは『抱っこ道中競争(嫁さんを抱っこし雪道の障害走でタイムを競う競技)』が新たな目玉行事として派生したとかしなかったとか。





(つづく)

*

[日記]慎さまの素敵絵ギフト

今日は一日スケジュールがみっちりでした。

メールを開けてみると、ほっとするプレゼントが舞い込んでいて
嬉しくなってしまいました。
疲れた心と体を癒す、素敵絵をご紹介。


麻杉慎さまより、
先日ご紹介”さくらぱんさん作 詩文「地上の星」”
オリジナル挿絵を頂戴しました。


麻杉慎さん挿絵「地上の星(さくらぱんさん)」.jpg

(絵:麻杉 慎 さん)
 クリックで詩文掲載ページへジャンプ 





既に掲載中の
[宝物] さくらぱんさんからのギフト ページで
詩文と絵、一緒に掲載させていただきます。

素敵な詩文と絵のコラボに癒され、またとっても温かい気持ちになりました。

とっても素敵なイラストを、本当にありがとうございました。


*




雪うさぎ-12[最終回]

北国の雪のお話、最終回。
両片思いですれ違うお二人の結末は…?


【バイト妃】【捏造・パラレル】

行事&世界観はあれこれミックスのパラレルSS


宜しければ、どうぞ。

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雪うさぎ-12[最終回]
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会場を出た国王夫妻の後ろに、側近の李順が静かに続いた。

黎翔の腕の中で夕鈴は衣に焚き染められた雅な薫りに包まれる。
抱き抱えられ、歩く黎翔に身を任せ揺ら揺らと揺られるうちに、ぎくしゃくとした気持ちは次第になだらかになった。
もたれかかるように夕鈴は脱力し、目を閉じている。

「―――李順」
振り返りもせず、黎翔は。

「はい。この後は、ご自由に。」

「よいのか?」

「…お止めしたところで、あなたはしたいようにされるでしょう?
ならばあなたのなさりたい様にセッティングするのが、私にとって最もスムーズだと考えまして」

「李順にしては、理解があるな。どういう風の吹き回しだ?」
黎翔が笑う。

「陛下…! 笑い事ではありません!
無理して阻止しようとすればするほど、多大な労力を失うということを、学んだだけですよ。私は」

「そうか」

「ええ。―――今日は、例の『夜のロマンチック・ナイト・イリュージョン』が行われるそうですよ。あの、百のカマクラに1万個の蝋燭を点灯するという。
会場もお近くです。…宿舎に、庶民のお衣裳と雪橇(そり)をご用意させてあります。」

「…えっ!?」
夕鈴がそれを耳にして、おもわず声をあげた。

「…私は優秀な側近を持ったな」
黎翔も目を丸くした。

「夕鈴殿と、約束をしましたからね…。
私は約束を破りたくないだけです。
それも、極力安全に。ちゃんとした対策をしたうえで。
羽を伸ばしていただきたいと。
…あの日の地吹雪のような一件は二度とごめんです」

「李順さん、本当ですか…?
カマクラ、行かせて戴けるんですか!?」

夕鈴は目をキラキラさせた。

「橇(そり)の御者に浩大と、夕鈴殿のお世話に女官長をお連れいただきますよ?
監視のもと、安全に。…この条件だけは、おのみいただきますよ?」

「ああ、わかった」
夕鈴の頭の上から、珍しくも非常に機嫌の良い声がした。

(…ああ、よかった。陛下もやっぱりカマクラ遊びしたかったんですね。
陛下の夢をかなえられて、嬉しいです)

夕鈴はそう思うと少し幸せになって、頬をそっと摺り寄せた。

* * * * * * * * * * * * * * *

宿舎に戻るとさっそく用意されていた庶民の服に着替える。

「夜は冷え込みますから。しっかり着込んでくださいませ。
とくに、夕鈴様の手足は…」

静麗女官長は、まだ具合がよくない夕鈴の手足のしもやけを苦にしている。何重にも綿の入った衣類を重ね、温石を懐に仕込まれる。

「こんなにモコモコでは、何もできません!」

「大丈夫でございますよ
ただ遊びに行くだけですから…
お気楽に」

「女官長さん!
お餅は…?」

「はい、ご用意してございます」
「甘酒は?」
「これ、こちらに」
侍女たちが捧げ持っている籠の中には、いろいろなものが詰め込まれていた。


外に出ると日が傾き始め、手に手に提灯を持った人の列が見えた。

「…寒い!!」

頬をかすめる風は鋭利な刃物のように冷たい。夕鈴が慌てて頭巾を目深に被ろうと両手を挙げると、大きな手が先に降ってきて夕鈴の顔を両手で挟んだ。

「陛下!」

「…陛下、じゃなくて。今は李翔、でしょ?」

 毛皮の縁取りのある外套を羽織った李翔は、夕鈴の頬から額にかけて撫でると、襟巻にしていたショールをしっかりと巻き直し「もう寒くない?」とおでこをコツンと近づけた。
「さあ、出かけよう」


浩大が御者をつとめる4~5人ほど乗れる大型の橇に、李翔に手を引かれて乗る。
侍女たちが大きな籠を積み込み、最後に静麗女官長が橇に乗り込む。
夕鈴が目を丸くして浩大に声をかける。

「浩大、橇も操れるの?」

「んー。まあ、おいらも昔、冬雪の降るトコに住んでたからさ~。
有能な大ちゃんには、お茶の子さいさいって」
とヘラヘラ笑った。

「寒くないように、しっかり捕まっててね」
李翔が夕鈴に向い合せに引き寄せ、抱きしめた。

少し恥ずかしいけど、橇に初めて乗る夕鈴はよくわからなかったので、黎翔と一緒に馬に乗る時のようにしっかりと李翔の腰に手を回し、ギュッとくっついていた。

風のように橇は進む。

暫くすると、イベント会場が近づいてきた。
遠目にもキラキラたくさんの灯がともされ、白く光るコンモリしたカマクラの中から漏れる暖かい灯に心を奪われた。

「わぁ…、きれい」
夕鈴は声を上げた。

「本当だね」

「陛下も、楽しみにされてたんですね?
カマクラ遊び」

「夕鈴と一緒に遊べるのを。
すごく楽しみにしていたよ」

耳元で、そうささやかれて夕鈴はついつい顔を赤らめてしまった。

「雪国で暮らしたくせに、陛下がカマクラで遊んだことないっておっしゃってたから」

「…陛下じゃなくて。
今は?」

「りっ!
…李翔さまっ!!でしたっ。失礼いたしました!」

「失礼なんてないから。
今は一緒にぼくと楽しんで」

「あ、はい!」

李翔さんが、眼鏡の奥で本当に嬉しそうににっこり笑う。
夕鈴は胸がきゅんと鳴った。

粉雪がちらちらと降り始める。

「―――ああ、ここ、ここ。
今日は、このカマクラ使わせてもらえることになってるって。
お二人さん!」

手配されていたカマクラに入ると、見た目より中は広いけれど、面と向かって座るのはなんだか恥ずかしい。

浩大は『お餅が焼けたら呼んでね?』というと橇を片付けにどこか行ってしまった。

女官長さんが手早く周りを整え、火鉢の炭に火を起こし、網を乗せる。

もう一つの火鉢に、甘酒の入ったやかんを乗せる。

「―――では、わたくしはこれで。
隣におりますので、何かございましたらいつでもおよびください」

女官長さんは、支度を終えると下がってしまった。

「え?! 女官長さんと一緒じゃないんですか?」

「二つカマクラ借りられたって。
すぐ隣だから、何かあればすぐ呼べるでしょ?」

『監視のもと』と李順さんが言っていたから、ずっと四人で遊ぶのかと思っていたら…いきなり李翔さんと二人っきりに。

火鉢を挟んで、向い合せ。夕鈴は胸が痛いくらいドキドキ鳴っている自分に気が付いた。

「…そっち、行っても、いい?」
李翔が奥へ詰める。

「ほら、外の雪が、一緒に見える。」
李翔は夕鈴と肩を並べ、カマクラの小さな入り口から外を指さした。

「わぁ…雪。だいぶ降ってきましたね」

ふわふわと大きな塊が音もなく落ちてゆく様子は、不思議な光景だった。

「お…お餅を焼いて食べましょう!」

夕鈴は、真っ赤になってあわてて籠の中の餅を取り出そうとした。
しかし、包帯の上からはめられた厚手の手袋で、うまく手先が扱えない。
夕鈴が手袋をはずそうともたつく手を押さえ、夕鈴に覆いかぶさるように籠のほうへと手を伸ばした。
一瞬視界を奪った大きな李翔の体に、夕鈴はドキと息をのんだ。

「…すっ すみませんっ!」

「え?何が?」

「り、李翔さまに、そんなことさせてしまって…!」
夕鈴が目を伏せて謝る。

「…私、大事な時に役に立たなくて…」
きゅっと唇をかんだ夕鈴の手を、李翔は握り締める。

「二人で、遊ぶんでしょ?
お餅を網にのせるくらい…
ぼくにさせてくれても、いいんじゃない?」

「でも…」

「雪を見ながら。
夕鈴と、一緒にお餅を焼いて…。
お餅が膨らんではじけるのを一緒に待って…
焼き立てのアツアツのお餅を君に食べさせて、
喜んでもらいたいって…

そう思ったら。
―――ダメなの?」

「え?」

「普通の人みたいに。
大好きな人と
なにげないことを、楽しいって感じて
当たり前のことを、普通に過ごしたいって

…そう思ったら、ダメなの?」

李翔は、そういいながら、細長い指で餅をつまむと、器用にくるくると上下をひっくり返す。

(大好きな人と、って…?!)
ドクンと胸が跳ねた。

「…陛下!」

「―――李翔、今は。」

「あ。…り、李翔様っ!
重ね重ね、申し訳ありません…」

「…様は、今はやめて」

「それは…」

「お願い」

「む、無理です」
夕鈴は眉を下げて申し訳なさそうに…

「…じゃあ。代わりに。
さっき、あの男を助けるとき。
なんでもしてくれるって、約束」

「―――え?」

確かに。
あの時、(ぜんぜん似ていない)陛下のそっくりさんと、妃のそっくりさんを助けるため、
「私にできることがあれば、何なりと」と口走ってしまったことを、夕鈴は思い出し、背中に冷たいものが走った。

「なんなりと…だったか?」

「はあ、確かに。お約束いたしました、ね」
夕鈴は自分がまな板の上のコイであることを自覚した。

「…あ、お餅が膨らんできたよ?」

李翔が指さす。
お餅がぷーっと膨れ始めた。

「…いきなり膨らむとこなんか、夕鈴そっくりだね」

李翔があまりに楽し気にいうから夕鈴は少し気を許して、頬を膨らましながら
「えぇ? 私、そんなに膨らんでますか?」といじけて見せた。

「…うん。」
その顔を見て、ますます李翔は、笑った。

「…ほら焼けた。」

「浩大が、焼けたら呼んで、って」

「…あいつの分は、後でよかろう」
李翔は、急に冷たい声を出した。

「…焼いてます?」

「―――何が?」

「陛下も。ときどき、やきもち焼きますね?
とくに、食べ物のことでは。

…じゃあ、浩大の分はあとで。
まず二人で食べましょう!
はい、陛下!…じゃないっ! 李翔様~~っ!」

と、何を自分で言っているのか、夕鈴はワタワタと挙動不審ぎみ。

しょぼん…と、お皿の上に乗せたお餅が急にしぼむ様子を、夕鈴は残念そうに見ていた。


「…食べ物のことだから、ではなく」

「え?違うんですか?」

「―――そうじゃない。」
李翔は、餡子を乗せたアツアツのお餅を夕鈴の口許に運びながら

「…はい、夕鈴。お餅、餡子乗せたから、食べてみて?」

「あ、はいっ! むぐ!」

噛み切れずにムニューンと引っ張られ伸びるお餅の反対側を、黎翔はパクリと自分の口に入れた。

夕鈴が目の前の出来事に瞬間判断ができず固まっている間に、伸びた餅の端を手繰り寄せるように黎翔は食む。

伸びたお餅をたどり、夕鈴の唇まで到達すると、黎翔はそっと口づけをした。

―――ごっくん!

夕鈴はお餅を飲み下した。
目を丸くし、真っ赤になり、わなわなと震えている。

こ、これは…?
ポッ□ーゲームの…お餅版 でしょう、か…?

「…甘酒、飲む?」

夕鈴が目を白黒させていると、黎翔はすかさず杯を夕鈴の両手の間に挟み持たせ、もう一つの火鉢にくべられていた薬缶から甘酒を注いだ。

「食べ物―――じゃなくて。
それは夕鈴がぼくのために、かかわってくれていることだから。
…だから、他の男の名を君の唇から紡がれるのを聞きたくない、だけ。

食べ物には、夕鈴がくっついてるから。
僕は君のだから、食べたい、って。
…そういったら、君は…怒る?」

いきなり口づけをされて夕鈴の頭の中は大混乱。

リアクションをする前にアツアツの甘酒が入った杯をままならぬ両手に持たされ、こぼさないようにと思えば身動きができず、おのずと神経はそちらへと向かった。

「―――君だから、
って言ったら、君は怒る?

女の子なら誰でもいいとか…そういう誤解を、しないでほしい…」

黎翔は夕鈴を見つめ、夕鈴は手の杯から目を離すことができなかった。

(い、い、いまの口づけは
…ゲームじゃないんですね?
なんなんですか…?!)

「黎翔…れいしょう、って。
呼んでみて」

唐突に、黎翔は顔を上げた。

「―――へっ?」
夕鈴は想定外のことを言い出した相手にさらに混乱をきたした。

「偽の名前の李翔、じゃなくて。
私の名を―――」

夕鈴は手に持たされている甘酒の杯をこぼさないようにただそれだけ集中したいのに、目の前の黎翔は…とんでもない意地悪を言い出した。

「なんなりと叶えてくれるって。言ったでしょ?」

「―――それは…」

(李翔さま、を李翔って呼び捨てにするより、
さらにハードルが上がっています…)

夕鈴はだらだらと汗をかいた。

「…こぼれるよ?」

夕鈴はハッと思いついた。

『それなら、こぼす前に飲んでやれ』と。
ふぅふぅとアツアツの甘酒を吹いて、冷ました。

「…大丈夫?
熱いの苦手?」

間近にアップで迫る。

「あの…陛下…じゃなくて
李翔様」

少し口をつけてみたが、沸いた甘酒は熱くて、とてもではないが簡単には飲めない。

「李翔じゃなくて。
外に聞こえないように、小さい声でいいから。
…呼んで?」

「では、お呼びしたら、この甘酒の杯をあちらに一度置いていただけますか」
泣きそうな顔で夕鈴は見上げた。

「うん」

夕鈴の口許に、黎翔は耳を寄せた。

「…どうぞ」

「―――ん…。」

言葉に詰まって、夕鈴が息を吐き出す。
耳元にかかる吐息がくすぐったくて、黎翔はくすくすと笑う。

「…笑わないでください!
こ、こぼれちゃうじゃないですかっ!」

ヒソヒソと夕鈴は抗議する。

「…れ、黎翔 さま?」



…しばらく黎翔は動きを止め。

表情が分からず、夕鈴はぽかんとした。


「…ああ、ゴメン」

黎翔はようやく思い出したように動き出し、
夕鈴の手から甘酒の杯を貰い受け、コトンと離れた場所へ置いた。

「…もう一回」

「ええ?」

「もう一回、お願い」

夕鈴は黎翔の耳元に顔をよせ、再び小さな声で囁いた。

「―――黎翔… 様?」

黎翔はガバっ夕鈴の首に手を回すと

「君の声は、甘美だ…」
と笑いながらついばむように口づけを落としてきた。

「あの、あの…陛下っ…!」
子犬のようにじゃれてまといつく大柄な陛下の腕の中で翻弄され、夕鈴は目を開けていられなかった。

「…ダメ。黎翔、と」

「あの、あの、李翔さまじゃなくて、陛下じゃなくて…、あの…
れ、れ…?」

困惑する夕鈴は、全身を真っ赤に染めて今にも爆発しそうだった。

「ぼくが、こんなことをするのは、ね?
―――」

黎翔はそういうと、夕鈴の襟巻をかき分け首筋にキュと強く吸い付き、そのあとに耳元へと囁いた。


「君のことが、大好きだって。
そう伝えたいから。」

「…!?」
夕鈴は、一瞬、息をすることを忘れた。


「バイトとか、演技とかじゃなくて。
本当に、君といられることが嬉しいって。
そう伝えたいから…」

黎翔は、真顔でそういうと、
唇を探るように指でなぞる。



「本気で―――君のことが好きだ、って。
君とずっと一緒に居たいっていったら、
君は…どうする?」

夕鈴はようやく息を吹き返す。
心臓は早鐘のように打つ。


夕鈴が黎翔を見つめ返すと、吸い込まれそうなほど透き通った目で見つめられる。

───今度は黎翔の真剣な目が怖くなった。

「…私は、何もできませんよ?」
と涙ぐんだ。

「では。
君は、私に何かを望んだか?」

「…いいえ」

「では、私も。
君が伴にいてくれる以上のことを望まない」


「―――私は、何も持ちません」

「…何も、いらない。

君の身一つだけで
…私には十分だ」

夕鈴はそれを聞くと、くしゃくしゃと顔を崩し
泣いているのか笑っているのかわからない表情を見せた。


「…この世のものは、なんでも手に入れられるお方が…。
陛下は、とことん、おバカさんです」


「―――そうか?

私は何にも代えがたいものを狙ってるのだ。

金や、家柄や、地位のような
人が奪い合いをする一般的価値とは程遠いかもしれないけれど。

私にとっては、
君の笑顔こそが、一番、この世で欲しかったものだ。

だから、お願い。
笑って?…夕鈴」


夕鈴は笑い。
黎翔はその笑顔に口づけた。


「ありがとう」


「黎翔さま
…大好きです」

夕鈴は、ようやく素直に
この言葉を口にできた。


もう一度口づけを落とされ、火照った頬のまま視線を外す。


「…夢、みたいです。
来て、よかった」


「うん…私もだ」

肩を抱かれカマクラの外を降りしきる雪と幻想的な景色を二人でぼうっと眺めた。



「―――さあ、遊ぼう!夕鈴」

はしゃいだ青年の声に、夕鈴はハッと気を取り戻した。




この日、二人で見た幻想的な雪景色は、
黎翔にとって人生の中の暖かく幸せな雪の記憶として、長く残った。







お二人のご成婚が世に発表されたのは、
それから間もなくであった。




(おしまい)





23000HIT御礼 風花さまからのリクエスト。
-------------------
【お題】
陛下×夕鈴で、雪が降っているけど暖かく感じるお話
寒くても2人でいれば幸せ... そんなお話を、とリクエストいただきました。
-------------------

イメージは、雪の中をピョンピョンと跳ねる雪うさぎ。

子供のころ国語の教科書に、雪うさぎは追っ手のキツネの眼をごまかすために、わざと反対方向へジャンプして足跡を残す、と載っていました。

今回のお話は、ほんのりした恋心と、ぴょんぴょん、思わぬ方向へ足跡をつけるウサギに翻弄される陛下のお話を、あまり深刻にならず、軽~く、かわいらしく、仕立ててみたいと思いました。

冷たい雪のなかでも、温かくホカホカ、と。お二人がお幸せになってくださればなぁ…と。

るふるん、るふるん、雪うさぎ~ のお歌を
久しぶりに思い出させてくださったFullさま。ありがとうございます。

そういうわけで、エンディングは

雪降る夜~は~

で締めくくらせていただきました。


楽しんでいただけたでしょうか?


風花様、素敵なお題をありがとうございました。


*

[日記]帝の至宝 第29話(仲野えみこ)感想・ネタバレ注意 AneLaLa少々。

2013年12月10日発売 LaLa DX 11月号を
一日前の本日12月9日、早売ゲットしました。


狼陛下の花嫁とは違い失礼いたしますが、

日記です。



■帝の至宝 第29話(仲野えみこ)

「じっちゃん、仙人級の頼りがい。」ですよ。

あらすじ、感想、ネタバレ注意です。

本当にネタバレでごめんなさい。


…まだ手に入れていらっしゃらないかたは、ご注意ください。

続きを読む

ラ族な陛下とみんなで焚き火。(前編)

オフ本の原稿がようやくアップしてやれやれ
まだ少々余波を引きずっております。

書きおろしが甘美な闇のお話で憑りつかれてしまいました

脱却のために少々崩壊気味の楽しいお話…ということで。


【ラ族狩人】【オリキャラ】【なんでもあり】【笑】

細かいこと抜き
それでもお許しいただけるのなら。


* * * * * * * * *
ラ族な陛下とみんなで焚き火。(前編)
* * * * * * * * *


いつものように夜。
後宮を訪れた黎翔と双六をしていた夕鈴は、
ポン、と思い出したように手を打った。

「…あ。へーか!
焚き火の許可をいただけますか?」

「───え?」
何のことだろうと、黎翔は見つめていた双六の盤面から顔をあげ、怪訝そうに夕鈴を見つめた。

「えっと。後宮のお庭はいつも掃き清められて、
落ち葉一つ落ちてないなぁと思って、お散歩の時に庭師さんの小屋の方に行ってみたんです。
そしたら…!!落ち葉が山のように積み重なってて!!
もう、すっごいんです! ふっかふかの落ち葉が、こーんな。山みたいに集められていて。
これなら、青慎の大好きな焼き芋ができそうだなぁ…って思って。
えーと。
それで。
───つまり。

落ち葉焚きがしたいんです!」

「───ああ…!」
今度は黎翔がポンと手を打った。

「落ち葉で焚き火かぁ。
それで、焼き芋…?
焼き芋というものを、私は食べたことないなぁ」

「生のお芋を埋めて焼くんです。
ほっくほくで美味しいですよ~」

「ゆーりんも好きなんだ」

「はいっ!! それはもう!
きっと陛下もお気に召すと思います」

「じゃあ…。うーん。でも
後宮の庭とはいえ、火を使うとなると。
───火は怖いからね。
一応、管理方を通さないといけないかなぁ…。
李順に話してから、になるけど。いい?」

「───李順さん、ですか?
怒られませんか?」

「あー…」

二人はショボンとした。

「…じゃあ。」

「はい」

「───紅葉狩りに行こうか?」

「紅葉狩り、ですか?」

「そう。山に行って。紅葉を楽しんで。
ついでの外で焚き火をして。
いろいろ焚き火で焼いたりするっていうのは。
焼き芋も美味しそうだし…。
ついでにお肉とかも焼いて、バーベキューとか、どう?」

「え?! 
私のささやかな焚き火欲を満たすためだけに、そのような大げさなお話しにしていただくことはないんですが…」

「でも楽しいよ? …じゃあ、決まり!」

黎翔が嬉しそうに小指をさし出した。

「約束。今度一緒に焚き火をしよう」

夕鈴は思わずその指に小指を絡め、指切りをした。

「…連れて行って下さるんですね?」

「うん!」
夕鈴がキラキラ瞳を輝かせ頬を染め嬉しそうに乗り出す様子をニコニコ見守りながら、黎翔は約束をした。

* * * * * * * * *

勝手に抜け出すわけにもいかないと考えた黎翔は、さっそく李順に話を通すことにした。

「───狩り?
お二人で?」
李順は眼を丸くした。

「いや、紅葉狩りだ」

「それは風雅ですねぇ。」

「落ち葉を焚いて、焼き芋や、バーベキューを楽しむんだ」

「それは風雅というより…
───、いま、なんと?
…バーベキュー?」

李順がピクリと反応した。

「うん。ゆーりんがお芋を焼きたいって」

「バーベキュー…とは…。
それは聞き捨てなりません!!」

「…え?」

「陛下っ!」
李順が語気を荒げた。

「何だ、李順」
黎翔は李順の何か地雷を踏んでしまったのか、と面倒くさそうな表情で見返した。

「バーベキューにおける有段者の私を差し置いて、お二人で!?」

「…なに?」

「ですから。私はバーベキュー道の有段者なのですよ? ───こう見えても。
まだ始まったばかりの検定ですから、一段が最高段位なのですが。
実力的には国の中でも指折りと自負しております。
…ついでに申し上げれば『鍋奉行検定』も三段の腕前です!!」

…おい。李順が眼をキラキラさせている?
少し気持ち悪い。

「なるほど?…それで」

「となれば、わたくしもご同行し
正しい『バーベキュー道』を夕鈴殿に対し妃教育の一環として、実地訓練でお手ほどきをいたしましょう!」

「…いや、彼女はただ、焼き芋が…」
黎翔は少し慌てた。

(だって、夕鈴と二人っきりで楽しむから、楽しいのであろう?
…李順が付いてきてみろ!?)

「陛下!!
お分かりですか?
陛下が後宮は要らない、などとおっしゃるから。
夕鈴殿は現在のところ、この国唯一の妃です!!」

「───それが何か」
メンドクサイが、とりあえず相手の出方を見て方策を練らねばならない。

「認めたくありませんが、あの娘が…
この国における、トップレディです!!」

(何を言っているんだ? 李順のやつは)

「…そうだが」

「国のトップレディが、バーベキューも焼けないなどと
諸外国で恥をかいたら如何いたしますか?!」

「いや、外国に夕鈴を連れてゆきバーベキューをする予定は
今のところ特にないが…」

「そうはいっても、いつ、その状況になるか分からないではありませんか」

「…李順。冷静なお前らしくないな?」

「ですから、私は、バーベキューがしたいのです」

(…ときには奴のガス抜きの福利厚生事業も大事なのかもしれない)

「───分かった。
そこまでいうのなら、お前も連れて行こう。」

黎翔は観念した。




* * * * * * * * *

そんなわけで、よくわからないうちに、
李順と浩大と女官長の三人。いつものメンバーが付き添い、
御領地の一画で焚き火が行われることになった。

浩大が御する馬車が御用地に到着する。
李順の手配で、予め頃合いロケーションを下見してあったのか、
晩秋の最後の燃えるような紅葉といい、それが湖に写り込む様子と言い、
なんとも良い景色のベストポジションに落ち着いた。


絨毯が広げられ簡易天幕も運び込まれている。
椅子、机、水瓶、炭、食料や酒の入った飲料のはいった桑折、食器類。
バーベキュー用の網など、もろもろ。

もちろん、すでに人払い済だ。


「あの、紅葉狩りって、どういう順番でするものなのですか…?」

夕鈴が陛下を見上げた。
黎翔は夕鈴の肩を抱いていたが、眼が合い、ん?と笑った。

「───ああ。良い景色を見て。
うっとりしながらこうして二人で手をとって。
それから…見つめ合って…燃えるような…」

「───ああ、まず設営をいたしましょう!
陛下。お妃様とこちらへ。」

李順が2つの椅子を指さし、座る様に促した。
李順がキビキビと仕切った。

「───まかせる」
黎翔はため息をつきながら答えた。
夕鈴の手を取り、椅子に座る。

いつものように膝の上にのせられ、夕鈴は真っ赤になった。


屋外の気持ちの良い木漏れ日の下で、
黎翔の膝の上で肩を抱かれて夕鈴がぼーっとしていると、
皆それぞれに、いそいそと立ち働いているのが見えた。

簡易天幕が張られ、絨毯が敷かれた。

李順はバーベキューのための石で炉を組むよう浩大に采配をしている。

夕鈴の目当ての焚き火は少し離れた場所ですることになり、
女官長が箒を持って「ここらあたりでよろしいですか?」と場所を確認した。

女官長はいつも以上に厳重な井出達で、黒い頭巾と黒メガネをし、マスクをかけていた。
「…女官長さん?」

「少々不格好ですが、お許しくださいませね」

いや、不格好とかそれ以上に…。
ツッコむ暇を与えず、女官長は「では、ほほほ…」と軽く笑いながら箒を扱いだした。

「夕鈴のお芋は?」
黎翔が尋ねたので、夕鈴は黎翔の膝から滑り降り、トトトと荷置場にかけよると、うろうろと目的の物体を探しはじめた。

桑折をあけて、そこに入っているお芋の袋を確認し、ちょっとホッとした様子でにっこり笑った。

(───ああ、夕鈴ってば。可愛い)
黎翔も微笑み返す。

「この袋に入ってます。
料理長さんが、大きいのを選んで詰めてくれましたよ?」

まるまるとしたお芋を見て、夕鈴は生き生きとしている。

二人はみなが設営する様子を一通り見守っているうちに、周囲をぐるりとめぐらし、黎翔はピクと、聞き耳を立てた。
林の一角をじーっと見つめる。

その眼が鋭く光った。───狩る者の眼。

うずうずとした表情に夕鈴が「あれ?」と思っていると、そのうち堪らなくなったのか黎翔はおもむろに立ちあがった。


「では、妃はここで
火を焚いて、待っていてくれ」

「はい。…陛下は?」

「少し獲物を」
黎翔はニッコリと笑う。

「───は?」

言うが早いか、陛下は上着をばさりと脱ぐと、上半身裸になった。

「…陛下っ!? この寒空にっ!!」

黎翔は不敵に微笑むと、狩猟刀を口に咥え、腰に山刀を下げ背中に弓を背負った。

抜き身の狩猟刀をおもむろに右手に持ち帰ると、近くの竹にバサリと振り下ろし、狩猟刀の切れ味を確認する。
竹の脇枝をタンタンと落とし、適当な長さにすると先端を斜めに落とし、槍のように尖らせた。
ブンブンと振り、うん、とうなづく。

スタスタと愛馬に近づくと、鐙に足をかけ、ひらりとまたがる。

「君は、火をおこして待っていろ」
と言い残し、木立の中へ消えた。

「へいか! おいらも連れてって」
李順の手伝いの炉を組み終えた浩大が嬉しそうに、ブチの馬の手綱をさばき、黎翔の後を追った。

「あ───。
陛下、いってらっしゃいませ」
夕鈴は、ああ、やっぱり行ってしまった…とショボンとした。

(へーかは。…こんなふうに自然な森や木立を見ると、血が騒ぐのよね)

「やはり。狩りお出になられましたね?

トリと、しし肉をとってきてくださるとよいのですが…」
黎翔を見送った李順は、つぶやいた。
小枝と料紙、炭を上手く組み合わせ、バーベキュー用の炉に火を熾こすことに熱中しはじめた。

あっけにとられて夕鈴が二人の後ろ姿をぼーっと暫く見送っていた間に、
女官長は相変わらず顔色一つ変えず夕鈴のために山盛りに枯れ葉を掃きよせていた。

「お妃さま、どうぞご点火を」

楚々とした立ち居振る舞いでありながら、掃き集められた枯れ葉は小山のよう。
夕鈴がどうやって火をつけようかと迷っていると、
「こちらからどうぞ」と女官長が、枯れ葉の山から、ひょっこり突き出しているコヨリを指差した。

「上手く組んでございますから」
導火線となるコヨリに夕鈴が火打石で火をつけると、火はすぐに燃え広がり、徐々に枯れ葉の山に温かい炎が広がって行った。

パチパチと微かな音がする。炎が揺らめくさまは見ていて飽きない。
夕鈴がほうっと眺めていると、

「燠(おき)のぐあいは宜しゅうございますね。そろそろでしょうか?」
と女官長がお芋の袋を引きずって持ってきた。

夕鈴は長い木の枝で焚き火をつつくと、お芋を投げ込んだ。

パチンとはぜる火の粉。
煙がまっすぐ立ち上る。

「今日は風もなく、よい焚き火日和でございますね」
女官長が箒を置いて、空を見上げた。
…が、すぐに目を伏せ、黒いサングラスをしっかり掛けなおした。

「焚き火って、いいですねぇ」

「本当に」
女官長も(黒ずきんとマスクの下で)やさしく笑った(と思われた)。

「女官長さんは…焼き芋を食べたことはありますか?」

「え? …ない、ことはございませんが」

「お好きですか?」

「畏れながら、嫌いなものは御座いません」

「ではお好きなんですね」

女官長は静かに笑った。
(良質の炭水化物と食物繊維が含まれておりますからね)

嫌いなものはないが、好きなものもない、というと角が立つからだ。

───好き嫌い、というより、基本、食事は必要とする栄養とカロリーが取れれば十分だと思っているらしい。

(このお芋には、各種ビタミンやミネラル類が豊富に含まれ、セルロース・ペクチンといった食物繊維が非常に多く含まれているのが特徴でございます。
生体膜を守りガン細胞の増殖を抑制すると言われるベータカロチン、
糖質の代謝を助けるビタミンB1、
むくみを予防するカリウム、
「若返りのビタミン」と呼ばれるビタミンEなども、
バランス良く含んでおります。
特筆すべきはなんといってもリンゴの10倍以上ものビタミンCが含まれていることでしょう。このお芋のビタミンCは、なんといっても加熱調理しても糊化したでんぷんの作用により壊れにくく、残存率は高いですから。焼き芋は大変素晴らしい食べ物と申せましょう。
このお芋は様々な栄養素を含んだ、高機能・低カロリーで美容にも効果的な食材でございますよ)

とツラツラ考えていたが、とりあえずは、ニッコリと笑っておいた。

「───楽しみでございます」
女官長は、夕鈴の肩に風よけを打ち掛けた。

ドカドカと地響きが聞こえてきて、振り返ると馬上で上半身裸の黎翔が意気揚々と獲物を担いで帰ってきた。

「…待たせた」
黎翔は馬から降りると、夕鈴に抱き付いた。

「キャー!? へいかっ!
は、裸で抱き付くのは止めてくださいぃい~っ!!
お風邪をひきますよ!? 早く上着を…」

「え? 妃がいれば、寒くはないぞ?」
そういって性懲りもなく夕鈴を抱きしめる。

「獲れたよ~」浩大もあとから追いかけてくる。

猪、鹿、兎、キジ…。
猪、シカの大物は二人がそれぞれ担ぎ、
小動物は黎翔が手にしていた竹串にずらりと結び付けられてあった。


李順が近寄り、ほくほくと手を握った。

「陛下、ご立派な狩猟成果にございます」

「いや、まだ物足りないが」
黎翔は夕鈴の背中から抱きしめて答える。

「この人数のバーベキューには十分かと」

「うーん。クマもいたんだが…。
一旦帰ろうかと戻った
───きっと妃が寂しがってるだろうから」

「妃、関係ありません。
…寂しがってませんでしたよ?」

李順がきっぱり答えた。

夕鈴はじたばたするが、なかなか逃げられない。

「あと、蝶を捕まえれば…役が揃ったな」

「は? この時期に、蝶、ですか?
…食べれませんよ」

「───いや、特に意味はない。忘れろ。
だから夕鈴が蝶々の役で、ほら、───揃った。」

「ほらって。意味わかりません。
だから、なんですか、蝶って?」

夕鈴はさらに強く抱きすくめられ、もがきながら叫んだ。


「ああ?
何だったか。東洋の遊戯札の役か。

猪とシカと蝶で。10点、10点、10点、だろ?
夕鈴の髪型。蝶々みたいにも見えるし…
今日は蝶々の役ってことで」

「何の話ですか~っ!?」

「うん、なんでもいーんだ。
君が居てくれれば…」

ごろごろとすり寄る大型獣に、夕鈴はどう対処してよいのかわからなかった。

「あの、あの。だからっ!
裸で直接抱き付かないでください!
せめて、上着を着てくださいっ」

「…では、上着を着れば良いのだな?」

わかった、と言いながら黎翔は急いで上着を取りに行き、
羽織ったとたん夕鈴を捕まえて抱きしめた。

「だめです!
羽織っただけじゃ!
ちゃんと襟を整えて、帯を締めてください!!」

「…面倒くさいことを…。
では、手伝ってはくれぬか?」

「…もうっ! 仕方ありませんねっ!!」
ブツブツ言いながら夕鈴は黎翔の着付けを手伝った。



その間にも浩大がさっさと獲物をさばく。

女官長が包丁で野菜を刻んだ。

李順は串につぎつぎ食材をつきさす。



「───で、味付けはどのように?」

女官長が調味料の入った籠を持ってきた。


「っ女官長サン~~っ!!」

浩大が慌てて飛んできて体で押しとどめた。


「女官長さん。味付けは結構ですから、こちらで…」
(一瞬遅れていたら… どうなっていたことか)


黎翔もゾッとした。

「ああ、今日は李順が奉行だ。
味付けは奴に任せておけ」

女官長の味付けは天下一品のとんでもない味になるのだ。

その事実を本人は余り認識していない。

黎翔の着付けが終わったとたん、夕鈴はさっと身を翻した。

「女官長さん、私たちは、こちらで焼き麺でも作りませんか?」
夕鈴が女官長をさそう。

「~~ああっ! お、お、お妃ちゃんっ!!
焼き麺はおれ、おれ、おれ、俺が作るから
お肉捌いたら、お肉一杯いれて、あとであとで、もっとずーっと後で、オレ作るから
置いておいて!!」

浩大は慌てた。

「…夕鈴、あちらのお芋を見に行かない?」
黎翔がすすめた

「あ!…そろそろひっくり返さないと!」
夕鈴は思い出したようにパタパタと焚き火の方へ走って行った。
女官長がその後を追う。

黎翔も追っかけて行って、夕鈴を抱きしめようと虎視眈々タンカラリの隣組。



李順と浩大の二人は、炉の周りでポツンと。

「あーーーーあぶねー」

浩大が汗を拭いた。


「何が、ですか?」
李順がいぶかしげに浩大を見つめる。

「…いや、女官長さんってさぁ~」

その時、遠くの焚き火の方から
うすら寒い気配がずしんと背中に圧し掛かってきた…


(───げ。
一里以内じゃん。ここ。…ヤバい。
下手なこと言ったら、俺、死ぬわ)


「いやぁとにかく。俺たちで作っちゃいましょう
バーベキューは男の料理っすからね~あはは、あはははは」

浩大は汗と涙を流しながら笑った。




(つづく)


どうなるのでしょう?
後半もハチャメチャな予感。

ラ族な陛下とみんなで焚き火。(後編)

【ラ族狩人】【オリキャラ】【なんでもあり】【笑】【甘】

* * * * * * * * *
ラ族な陛下とみんなで焚き火。(後編)
* * * * * * * * *

「ほら、これ。もうよさそうですよ?!」

夕鈴が枝でつつくと、こんがりと焼けたお芋が転がり出てきた。


「…夕鈴。熱いから、気を付けて」

黎翔が皮手袋を嵌めて、お芋を拾い上げる。


「…焚き火、楽しいですね」

「そうだな」
顔を見合わせて二人はにっこりとほほ笑んだ。

実は女官長と黎翔が古くからの中でお互いの本性をよく知っており、さらに女官長の正体が陛下にのみ仕える特別な凄腕の隠密であることを、夕鈴は知らない。

ちなみに、女官長の本当の正体が白陽国を脅かす伝説の死神であり、黎翔ただ一人に使える草であることは、李順も知らない。


だから、夕鈴は(陛下は女官長さんがいるからずっと狼陛下の演技をしているのよね」と思っていた。

(女官長さんの前では、ちゃんと仲良し演技をしなきゃ…!)
夕鈴には崩せないラインというものがあった。

夕鈴は少し取り澄まして、黎翔に尋ねる。

「狩り、楽しかったですか?」

「───ん?」

女官長が、黎翔の差し出した焼きたてのお芋を籠に受け止める。

「せっかく外に出て来られたのに。
…もう少し、狩りをご堪能されたかったのでは?」

「いや?
私はこちらの狩りも、今十分堪能している」

「───?」
夕鈴は首をひねった。


厚手の粗布で焦げや炭をこすり落とし包んで渡す。
夕鈴が手に取り、ぽくっと割るとほくほくした黄金色のお芋の断面から湯気が上がった。

「陛下、どうぞ!」

「いただこう。半分は、夕鈴に」

二人で食べる焼けたてのお芋は美味しかった。

「…夕鈴」

「はい?」

「ほっぺたに…」
黎翔が顔を近づけて、ペロリと口元の黄金色の芋片を舐めとった。

「!!」
夕鈴が固まる。
…ぐっとお芋が喉に詰まる。

「慌てて食べると、喉に詰まるぞ?」
と笑いながら、女官長が手渡した竹筒に入った冷茶を差し出す。

「…どれ、飲ませてやろう」
黎翔がにこやかに竹筒のふたを開け、自分の口に含もうと…

(いえ いえっ!!)
涙を浮かべながら夕鈴はブンブン手を振り、もぎ取る様に黎翔の手の中から竹筒を奪いとった。

うう~っと唸りながら夕鈴は慌てて竹筒の栓を抜き、お茶をコクコクと飲む。
黎翔はその背中を丹念に撫でて嚥下を助けた。

「───はぁ…」
夕鈴が息を吹き返すや否や、ジットリと睨まれた黎翔は
クスクス笑いながら竹筒を夕鈴から受け取り、女官長へと戻した。


「…あ!
女官長さんも、どうぞ、焼きたてのお芋を!」

はじめ女官長は遠慮していたが、夕鈴に三度勧められ、ようやく三度目に受け取った。

「全部お芋拾ったら、李順さんの方へ行きましょう」
と言いながら、夕鈴は枝で赤々と燃える落ち葉の燠をつつき、残りの芋を転がした。

焚き火を見つめる黎翔の眼は明々と輝き、優しかった。

焦げた皮を剥ぎ、甘い黄金色のほくほく熱いお芋にかじりつく。
しばし三人は秋の味覚を堪能した。

「熱つ…!」
お芋の熱い部分にうっかり触れた指先を弾けるように引っ込めた夕鈴。
黎翔は彼女を背中側から包むと、その指を捕え、自分の口に含んだ。

夕鈴は顔を赤らめて振り向く。
「…っ!? 陛下っ!」


暫く立ってようやく口から彼女の指を離した黎翔は、こんどは丹念に指先の検分を行った。

「…大丈夫」

(黒頭巾と黒メガネとマスクの下で)女官長は(おそらく)にこにことお二人を見守る(と思われる)。

背中から抱きしめられた夕鈴は逃げることもできず、ただ真っ赤になって固まっていた。

「…こんなところに、紅葉が」

黎翔が夕鈴の染まった耳朶に触れた。
首をすくめて彼女が身を捩る。

「…いや、これは君の一部だったか───」と黎翔は笑った。

「───うっかり、焚き付けてしまうところだった…」と唇を寄せてつぶやいた。

「~~~~~っ!!!」

夕鈴はますます真っ赤に染まりブルブルと震えた。


調子に乗った黎翔はさらに軽く耳朶を齧り

「焚き付けられたのは、むしろ私か? 
…腹が減ったな」
と、その柔らかい感触を楽しんだ。

夕鈴、爆発寸前。

(女官長の前でなかったら、絶対これは爆発してるな…)と
黎翔は彼女の間合いを計っていた。



そのとき

「へーかー!! こっち、準備完了っす~~~!
そろそろバーベキュー、始めませんかぁ~?」
と浩大の大声が聞こえた。

「───あ、あ、あ、あちらでっ!!
李順さんたちが呼んでますっ!!」

黎翔が顔をあげ、ふと力が緩んだ瞬間に、夕鈴は黎翔の腕の中でクルリと身を反転した。


(はぁ…いいところで)
軽く肩を落とした黎翔。

「───ああ、ではそろそろ。」
気を取り直し、向い合せになった夕鈴に額を寄せるように、黎翔は顔を近づけ、微笑んだ。

妖艶な黎翔の微笑みに、夕鈴はクラクラした。
気絶しそうな顔で目を回す夕鈴の可愛らしさに、黎翔はますます愉悦を感じる。

(黒頭巾と黒メガネとマスクの下で)女官長も(おそらく)微笑んだ(と思われる)。


「…どうぞお先にいらして下さいませ。
私、こちらの焚き火のあとをみてから参ります。」

女官長は残りのお芋を焚き火の中からかきだしている。

「か…籠! 私が持ってゆきます! 
李順さんと浩大にも焼きたてのお芋を食べさせてあげないと」

「…お持ちしますのに」

「いえ! 私が!」
女官長が恭しく焼き芋の入った籠を持ち上げ、夕鈴に渡した。

「では」
籠を両手で持った夕鈴を、黎翔が抱きかかえた。

「ちょ…! 陛下?! 危ないです!」

「君は籠をしっかり持っていてくれ?」
黎翔はニッコリと嬉しそうに焼き芋と夕鈴を持ち運び、バーベキューが行われる炉の方へと歩き始めた。

* * * * * * * * *

李順の仕切りっぷりは見事であった。

バーベキューと、鍋。

どちらも李順が腕によりをかけて仕切りまくった。

愛する肉片と野菜の数々が最高の状態に焼きあがり、各自の胃袋に収まるまで
緻密な計算のもと組み立てられ、粛々とバーベキューと鍋は進行した。


問題があったとすれば、各自の気持ちの問題。

女官長は当初、「国王と食事を共にすることはいたしかねます」とかたくなに固辞していたが、最終的には「バーベキュー道において上下なし」の李順の主張を受け入れる形となった。

また、浩大が李順の指示に従わずチョロチョロと李順の想定外のタイミングで肉のみを奪ってゆくので、李順としてはかなりペースを乱され、「バーベキュー道一段の腕前」上、完璧な采配を逃した感はあった。

浩大は浩大で「生肉でも食べれる」という自負から、かなり自分としては自粛して李順の指示に従っていたつもりだが、ほんとうならもっと生焼けでガツガツ行きたかった、という心残りがあった。

黎翔は李順がバーベキューと鍋の采配に熱中している間、愛らしい兎の調理に熱中し構い倒し、一方兎はといえば必要以上に甘い狼の所作にお疲れ気味であった。

―――しかし、まあ。
総合的に見れば非常に楽しいバーベキュー大会となったことに違いはなかった。

もう一つ。
夕鈴側が問題としていたこと。

それは黎翔が途中で片肌を脱ぎ、次にハッと気が付いたときは、今度はもろ肌を脱ぎ
…いつのまにか上半身裸でバーベキューに参加していたこと。

(なぜ、脱ぐ? たしかにお酒もでてるけど…)


いや。
ここで指摘すればさらに豪快に脱ぐ。

…そういうお方なのよ。

「これは自分にとっては自然なこと」と、とぼけたお顔されるだけ

これまでの経験から、下手に騒ぎ立てれば、さらに露出度と密着度が上がるだけ、と悟っていた夕鈴。

―――知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

(うーん。見えないふり)

でも、どうして、膝の上に誘うんです?
無理無理ムリ~~!

真昼間から、裸の男の人に抱きしめられるなんて
心臓が持ちません。

(…真昼間じゃなかったらもっと問題あり、ということに夕鈴は気が付いていない)


目を背けている間にも、手に持っている皿には、李順がどんどんと焼けたお肉やらおやさいやらを乗せてゆく。

「…ん、食べて? どうした夕鈴。
私の取ってきた肉が…口に合わぬか?」

と(裸の)黎翔がアップで心配そうに覗き込む。

「いえっ、いえっ!! おいしいですよっ? 戴きます!!」

寒空というのに、火の回りでバーベキューで焼き立てのアツアツの食べ物と酒を口にしている黎翔は、うっすら汗をかいてつやつやとした肌をしている。


「そうか…君は少し細いから。もっと食べて抱き心地をよくしておくれ?」
とウエストのくびれに手を回し、きゅっと腰を抱き寄せ密着させる。

(ぎゃあああ…ち、近寄らないでくだサイ~~~っ!!)

女官長が(黒頭巾と黒眼鏡とマスクの下で)ニコニコと笑っている(ような気がする)。

ここはバイト妃の腕の見せ所。

「…陛下ったら。お戯れがすぎますうぅぅぅ~!!」

(もう、どうにかしてください。李順さんっ…!!)
しかし李順は鍋とバーベキューの二つを回すことに嬉々として熱中し、二人の間の管理までは手が届きかねた。

「あーあー、やりたい放題翻弄しちゃってぇ。陛下。あとでキョーレツなしっぺ返しくらっても、知らねーぜ?」と浩大は内心思っていた。



その時!

ガサガサっと林の際の茂みのほうで音がしたとおもった途端、
突如、大きな熊が四足で勢いよく地を蹴りながら咆哮をあげて走りこんできた。

「…熊っ!?」

「先ほどの、熊かっ…!」

黎翔が先ほど林の中で遭遇し、見逃してやった(?)大熊だった。


熊は腹ペコだった。

李順の愛するバーベキューと鍋と、さまざまな食材から醸し出される良いにおいが、熊を刺激した。


―――熊、速い!


ドカドカと暴走し、一目散にこちらに向かってくる。


黎翔は迎撃の姿勢を取り、腰に下げていた山刀を手に取り構える。

「…に、逃げましょう! へいかっ?」夕鈴は黎翔の手を引いた。

黎翔は背中に夕鈴をかばうと、ぎろりと熊の方をにらんだ。

浩大は地を蹴り、愛用の鞭のような暗器を取り出した。

李順は眼鏡の奥から冷静なまなざしで熊を見つめ、
「いくら陛下でも。…大熊相手では分が悪い。…逃げましょう」とつぶやいた。



その時、女官長が懐の中から白い札を2、3枚取り出すと
人差し指と中指の間にそれをはさみ、
素早く熊の方へ差し出しながら、滑るように前へと進み出た。


女官長はすっと黒眼鏡を反対の手でずらし、闇の眼を開くと熊を凝視した。

暗黒の闇の底を目の当たりにした熊は一瞬で戦意を喪失し、尻尾と耳を垂れたその瞬間、女官長は熊の額にペタリと札を張り付けた。

黒眼鏡を元通りかけなおす。

それまで猛り狂っていた熊が一瞬にして停止した。

「…森へお帰りなさい」
熊の額を軽く指ではじくと、熊はハッとしてきょろきょろあたりを振り返り、のそのそ林の奥へと戻っていった。

「すげー! 女官長さん!!
お札とデコピンで大熊撃退っ!? 
マジ~~? すげーーーーっ!」

浩大はゲラゲラ笑った。


「…女官長殿。―――今の札、は何ですか?」

李順は、こんな時でも上ずることなく冷静な声で尋ねた。

「…野生の荒ぶる魂を鎮め、封印する札にございます」

静麗女官長は黒眼鏡ごしに、生真面目そうに答えた。


そのとぼけたようすにますます浩大は、心の中で笑い転げ悶えた。

「―――フム…」
李順は非常に冷静に分析していた。

静麗女官長は舞の名手であり、氣功を操る、という。
こんな技も持っていたのですね。
李順は頭の中の静麗女官長の個人情報にメモを追記する。


「野生の荒ぶる魂を鎮め、封印する札。と…。
それにしても、よい腕前でございました!」

感服したように、李順が繰り返した。


女官長としては本来なら暗器でいかようにも仕留められたが、
伝説の死神の真の姿と陛下の草という立場を、李順や夕鈴に知られたくなかったので、
札という少々オカルトめいた物品で目をくらましたに済まなかった。

李順が信じ込んでくれたのをこれ幸いに
「おそれいります」と深々と頭を下げた。


「では、試させていただきましょう」

李順は女官長の手にあった、残り札の一枚をすっと指で引き抜くと、ペタリと黎翔の額に張った。

「今日は少々おイタがすぎます。陛下。
野生を封印していただきましょう」
と声をかけた。

「…あっ!?」
あまりの不敬な出来事に、夕鈴が固まった。


(何をする、李順!!)と、のど元まで声がでかかった。
だが黎翔はそれを呑み込んだ

(―――ちょっとまて)


どうせ、リーリーが自分の腕をごまかすための
効力も持たぬただの札であると、黎翔は知っていた。
そこで
内心、黎翔は(むうっ)と膨れたが、
ピンとひらめいた。



「…お姉さん? ここ、どこ?」

と額に札をはったまま、夕鈴を見つめると、ごろごろとすり寄るように、夕鈴にぐりぐりと体を擦り付けた。

夕鈴が(ぎゃー)と声をあげそうになり、真っ白になって立ちすくんだ。

「お姉さーん、ぼく。おなか減った…」とますますエスカレートする黎翔。


「…あああ…。童心に戻っておしまいにっ!? へいかっ!?」
李順が慌てた。

「そちらは、…野生の荒ぶる魂を封じる札とは少々違う効能の札のようでございましたね」
女官長はホホホと笑った。


李順が黎翔の額の札をはがそうとすれば、童心に戻った黎翔はするりと逃げ、また再び夕鈴に抱きつきに舞い戻る。

「お姉さーん、たすけてーーー!
怖いおじさんがおっかてくる~~!!」

「…おじさんっ!?」
李順が激怒して、髪が逆立つ。


(…あはは、これも面白いなぁ)

ずるい黎翔はその後も散々追いかけっこを楽しみ、たっぷり夕鈴と李順を翻弄し、楽しいひと時を堪能したのであった。

―――それでこの日の陛下はさいごまでラ族を貫き
(一方的に)たのしく妃とお過ごしだった、そうな


(おしまい)

さまよえる白陽

崩壊 → リハビリ中です。
お目汚しですみません。

「なにやっても怒らないわ、さぁ、どーんといらっしゃい」とおっしゃっていただける方。
こちら側に踏みとどまれる、お心の広い方。

よろしければ、どうぞ。


【未来パロ】【SF(ロボット宇宙モノ)?】
基本、陛下、ワガママ。


* * * * * * * * * * * *
さまよえる白陽
* * * * * * * * * * * *


銀河の彼方、白陽星へ
はるばーるのーぞーむー
ひ魔人ゴー!
ひ魔人ゴー!
ひ魔人我ぁ、ゼーット!



第一艦橋(ブリッジ)に上がる高速エレベーターが「チーン」と鳴る。

シュ…と微かな音をたてて
隔壁が開き、おもむろに一歩踏み出した男。

リノリュームの床をカツカツとブーツの音が響く。


「───もどった」

白銀の耐Gパイロットスーツに身を固めた黎翔が、襟元のチャックを広げる。
頬を伝う汗が光る。

左手にはヘルメットをかかえ、鬱陶しそうに首の周りにあるコードを引きちぎっている最中。


「…あ! へーか、お疲れ様でした!」

コンソールパネルに向かって、各所に指示出しをしていた管制塔のアイドル、夕鈴が嬉しそうに振り向く。

航海班通信科の女子用は白地にピンクのぴったりとしたユニフォーム。
当然のごとくミニスカにニーソ風長ブーツ、絶対領域が女の心意気だ。
夕鈴の細いウエストラインを引き立てている。
ユニフォームデザインby総務課の張老子。


…あ、ついでに説明しておく

黎翔のコードネームは「へーか」。
───そういうことで、宜しく。


「お疲れ様。へーか。今日の戦果も大したものですね」

司令ブースに座る艦長代理の李順が、組んでいた指をほどき、指でメガネの縁をクッと押し上げた。


「…戦況は?」
黎翔がヘルメットを指令席のコンソール脇の台にドンと置く。


「…芳しいとは…
前後を挟まれ、───こう着状態です。」

「右翼の護りは誰が?」

「浩大率いるラオチュウ部隊が」
李順が答える。

「ふん…いい動きはしていたが。
…それでも
持ちこたえるので精一杯…か」


「へーか、ドリンクです…」

「ああ、ゆーりん。君とのお茶をゆっくり奥の艦長室、で…」

へーかと呼ばれた男は、片手でやんわりと夕鈴の腕を捕え、その細い腰をもう片方の腕を回して引き寄せた。


「…へーか。まだ警戒態勢は解除されていませんが」

「ああ…だが少々よかろう?
小休止だ」

「敵に、こちらの都合で小休止も何もございませんっ!!
───プレイべートは。
戦闘(オシゴト)片付いてから、でお願いします」


「…なに?」

黎翔がギラリと睨み付けた。

「…この艦に乗りこんだ2千人の命。我々の指揮に従う千の艦艇、これらの艦隊すべての明日を背負っているのですよ───艦長?
…いや、珀黎翔司令官!」


そう。
この男こそ。
白陽国の技術の粋をつぎ込み極秘裏に制作された「ひ魔人ガーZ09(ゼロナイン)」をこの世でただ一人感覚的に操ることができる最強の天才パイロット、珀黎翔。

『さまよえる白陽国』の千の艦隊を率いる宇宙艦隊司令官であり、正当なる王位継承者なのであった。


「…オシゴトが終わったら、か?
言ってくれるな…李順」

李順の背中にゾクリと冷たい汗が流れた。


黎翔はおもむろに指令ブースの艦長席に座ると、手元のコンソールにパチパチとキーを打ち込んだ。
ウィン…と軽い音がして、床からせり上がる装置。
赤い透明なドームで囲まれたスイッチが現れる。
このスイッチは危険で重大な決断の時にしか使用されない。

「はどー砲、準備!」

システムは黎翔の声を自動的に判別し声紋キーが解除される。
スイッチを厳重に囲む赤いドームが自動的にパカと開く


黎翔は、おもむろにヘルメットに手を伸ばし、再び被る。

黎翔は、スイッチから延びるコードを引きだし、ヘルメットのコネクターに繋ぐ。
ヘルメットのセンサーを介し、黎翔の思念エネルギーを艦とつなぐのだ。

「エネルギー充填!」黎翔。
「エネルギー充填」李順があわててマイクに向かって復唱した。
「エネルギー充填」スピーカーから機関班班長の声が返ってくる。

「───夕鈴。全艦隊に緊急通信。
全艦総員、対光線対ショック態勢にはいれ
エネルギー装填120秒後に作戦に入る」



「全艦に告げまーす!
へーかが撃ちマース!

みんなの元気を少しずつ、わけてくださいね~!
じゃあ、みなさん、一緒にがんばりましょう!」

かわいらしい夕鈴の声が響いた。

「元気玉ぁー」李順がマイクに向かって。
「元気だまぁ~」機関長が復唱する
「「「「「元気玉ぁあああああ!!」」」」」千の艦隊。その時、復唱された


ぴぴぴぴ…とエネルギーの充填量が表示される。
「はどーエネルギー、100%充填!」スピーカーから機関班班長が。
「はどーエネルギー、100%充填!」李順が復唱する

目の前のスクリーンに大きな白い玉がどんどんと集まってくる

「元気玉、あつまってます!」夕鈴が叫ぶ
「もっと! ガンバるのです!! さあっ!」李順がマイクに向かって叫ぶ

「もっと、もっと 元気玉ぁー」李順がマイクに向かって。
「もっと もっと 元気だまぁ~」機関長が復唱する
「「「「「もっと、もっとぉ~ 元気玉ぁあああああ!!」」」」」千の艦隊で、復唱された



さらに白い玉は大きく膨らんだ。
もうスクリーンのサイズを越え、真っ白だ。

「───きます!」

夕鈴が別のメーターの数値を読み上げる。
「…ブリザードパワー、120、130、160、200…!」
「へーか。今日はいい感じですね…?」祈る様に李順は手を組んだ。


「ブリザードパワー、2000突破!」夕鈴が叫ぶ

「よしっ!」

画面に軌道を計算する複雑な軌跡が表示され、ピピピピと照準がロックオンされた。

「はどー砲ぉぅ… 」

保護シールドが下りる。

「発射!
てーーーーーーーー!」


ごごごごごごご…

この艦が発射する『はどー砲』は、はどーエネルギーに加え、みんなの元気玉と、黎翔のやる気エネルギー(ブリザードパワー)の総合力で打ち出される究極の兵器だ。

今日の黎翔のブリザードパワーは圧倒的だった。


敵は、凍って砕け、宇宙のチリと消えた。



「オシゴト、完了。

戦闘態勢解除。
───これより茶にする」

へーかは立ち上がると、通信席のゆーりんに近づき、抱え上げ、艦長室へと消えた。


前方を塞ぐ敵をけちらし、『さまよえる白陽』の旅は続く。



銀河の彼方、白陽星へ
はるばーるのーぞーむー
ひ魔人ゴー!
ひ魔人ゴー!
ひ魔人我ぁ、ゼーット!



(End)

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アニメ風へーか

身代わりの花(1)

少し短いですが。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(1)
* * * * * * * * * *


「家に帰ってほしい」と手紙が来た。

父さんの文字、懐かしい。


また何かやってしまったのかしら?

…もしかしたら、青慎を困らせていやしないかと
心配で堪らなくなった。


どんな用件なんだろう。

なんだかドキドキしてしまう。


ほどなくして、
李順さんから呼び出しがあった。


多分、いつも手紙の内容はチェックしているから
父さんが何を言って来たのか既に御存知だとおもう。



眼の前の椅子を勧められる。

李順さんが、珍しくお茶を出してくれた。
しかも…濃い!?

どうしよう。いつも白湯か、よくて薄っすいお茶しかださない李順さんが!?
バイト妃に…!?? 

このもてなしぶりは、何なんだろう。
───嫌な予感がする。


「さて。夕鈴殿」

なんだか改まって呼ばれると、怖い。

「はい」


「御父上の手紙は、…もう御覧に?」

「…あ。───はい」

やっぱり李順さんの用事というのは。
私が下町に帰りたいと言い出すだろうと、その一件。


「もしかして…
やっぱり、帰るのは、無理でしょう、か?」
と尋ねる。

「…」
李順は表情を変えない。

「とりあえず様子を見て、すぐ王宮にもどってきますので。
───あ、3日後の。公務には、必ず間に合うように。
お約束します」

やっぱり、コワイ。

大切な公務が明後日っていうことが自分でも気にかかってるし…
李順さんにすれば、絶対、ダメって言うにきまってる。

父さん…。
お願いだから、この間のおばば様の件みたいに拗れたことになっていませんように…。

おねがいします、という気持ちを込めて、
私はもう一度、深々と頭を下げた。


「───結構ですよ、公務の方は」

「え?」
OKってことですか? …でもまさか。
嫌味の一つもなしに、こんなに簡単に承諾のお返事がもらえるだなんて…!?

「三日後の公務は。
バイト妃の貴女であろうとなかろうと。

陛下の御身代わりには誰もなれませんが、
妃は。───なんとでもやりようはあります。
貴女が気にすることはありません」

「…え?」

妃の、代わり…?

それって…。


李順さんは、深く息を吸い込むと、大きく息を吐いた。

「最初に申し上げておきます。

夕鈴殿、あなたの幸せを邪魔するつもりは、
私には毛頭ありません」

「───は、あの…?」

「ですから。
お帰りいただいて結構です。

もともと短期間のバイト、というお約束でしたし。

これ以上は、お引き留めしてもあなたにとっても、
我々にとっても良いことはありますまい。

その代り…
ここでの出来事は、
全て忘れていただきたい」


「それって…。
あの。私
…クビ、ってことですか!?」

私は思わずガタンと席を立った。


「…お妃さま。…どうか、お心を沈めて。

あなたはまだここでは
『狼陛下の唯一の妃』なのですから。
…ここに居る間は、そのように御振る舞い下さい」

李順さんの声は低く、やんわりと手で私の方を制してみせた。


「…私が。
しょっちゅう下町に帰ったりして
陛下や李順さんにご迷惑をおかけするから…?

私は不適格、ってことですね?

バイト、クビになった、ってことなんですね…?」

李順さんを見つめたけれど。
全然は動じることなくいつもと変わらぬ表情でこっちを見返している。

一片の曇りもないその眼差しに
面と向かって「自分がどれほど無能な役立たずだったか」と
つきつけられているようで。

──私は唇を噛んでうなだれた。


「貴女は傷つくかもしれませんが。

…そういうことに、しておいた方が。
よいのかもしれませんね」

李順さんはそれ以上、何も言わなかった。




(つづく)

身代わりの花(2)

今回も、短くてすみません。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(2)
* * * * * * * * * *

「―――もう、宜しいでしょうか?」
部屋の隅から声がした。


衝立の陰から人の気配。

…はっ、と振り返ると、
――― 一瞬、鏡があるのかと思った。

違う…。
『鏡』じゃ、ない


私と同じような妃衣装。
同じように、二つの輪に結い上げられた髪。

きれいにお化粧された…

でも、それは私じゃ、ない。


「お妃さま―――」
李順さんが声をかける。

しずしずと一歩踏み出し、近づいてくるその女性は、
私と同じような服装と同じ髪型で。
よぉく見れば、違うけれど。
お化粧を施した私と大差、ない。

「夕鈴どの」

「「はい?」」
二人の声が重なった。

「…いえ。そちらの、―――夕鈴殿」
李順さんが『夕鈴殿』と呼んだのは、
…もう『私』ではなかった。

「この方は、貴族のご出身の…
―――ああ。
後宮においては関係のないこと。
俗世の氏素性とは少々ことなりますが。
これから、この後宮では
夕鈴殿、と呼ばれる方は、このお方になります。

ですから、あなたは、安心して…」

私は…

李順さんと、新しく「夕鈴」と呼ばれるその女性を交互に見つめた。

にこ、と『夕鈴殿』が私に笑いかけた。

違う。私、じゃない。

「―――遠目にみれば、さほど変わりもないでしょう?
世の中には、いるものですね。
同じような人、というのは」

おなじ…?
―――違う。

その方は…
私じゃなくて。

貴族のお嬢さんで…
陛下にきっと。―――私なんかより、もっと。
ふさわしい方なんですね?


「―――陛下のお好みであるというのなら。
きっとこの夕鈴殿も愛でられることにございましょう」


もう。
―――無能な私はいらない。
―――足手まといな私は、いらない。

―――ふさわしい方は。いくらでも、いるんだから。

「…これで、ご安心いただけましたか?」

李順さんが頭をさげた。

* * * * * * * * * *

その後。

私は静かに手早く身辺を整理すると、
その日のうちに、後宮を辞した。

妃など…
いくらでも、代わりはいる。


私は、お役に立てない。


父さんや家のこと。青慎のことも。
私は捨てることができないから―――。

痛くて。
痛くて
―――ただ、痛くて。

涙も出ないうちに
景色は変わった。


あのお方に
さよならも言えず。


(つづく)

[日記]狼陛下の花嫁 第53・54話感想・ネタバレ注意

連休が絡んだおかげで、なんと3日前ですが…
早売りをゲットです!!

ネタバレあらすじ&感想レポート。


2013年12月24日発売 月刊LaLa12月号掲載「狼陛下の花嫁 第53・54話」の感想。
ネタバレ含みますので、コミックス派の方はご注意ください。

豪華2本立て!!

…悪いことは申しません。
ぜひ。ぜひ、ぜひとも!!本誌を買ってください。

もう「われわれが二次創作ですべきことは終わった」
―――そう申し上げてもよろしいですか? (笑)


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身代わりの花(3)

辛いお話で、ごめんなさいね。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(3)
* * * * * * * * * *

「夕鈴。お嫁に行く気はないかい?」
父さんは申し訳なさそうな顔をして、私に尋ねた。

「───え?」

青慎がオロオロと心配げに私の方を見ている。

父さんは、顔を伏せて
手を握り締めている。

…気楽な『お見合い話』とかとは、根本的に違う空気がする。

父さんはすごく困った顔をして、机に置いた自分の両手から目を離すと今度は青慎の方をチラと見上げる。

短い手紙の文章と。
この父さんの様子から
私は
『ささやかな恋の夢から目を覚まして
現実に目を向けないといけない』ってことを
もう。
年貢の納め時なんだ、
───と、悟った。


「…父さん。
───そのお話しは、私に選べるものなんですか?」

父さんは、私の方を見ると
悲しそうな顔をして、
ゆっくりと首を振った。

「姉さん。…ほんとうにゴメン」青慎が謝る。

「───どうして、あんたが謝る必要があるの?」
私は、動揺を押し殺して…明るい声を心がけた。

───そう。この子に心配なんかかけちゃダメなんだ


「…役所で公金が紛失する騒ぎがあってね?
父さんが手をつけたんじゃないかって
変な噂がながれて…」

「公金の紛失…?
───お、横領とかっ
父さんがそんなことするわけ、無いじゃないっ!!
バカバカしい…
青慎、あんた、それ信じたわけ?!」

「そんなわけ、無いじゃない!
姉さん!!」

青慎は泣きそうな顔をしている。

二人の深刻な顔を見れば

父さんが泥棒扱いされて、
どんなに肩身の狭い思いをしたんだろう…と
痛みを知った。

「大きな額で、
とてもとても…私がどうこうできるような金額じゃなくて…
それで」

「それで? 横領したって、認めたの?
───父さんは?」

「私は絶対そんなことしていないと、
もちろん、潔白だと
そんなときに私を助けてくれたのが
絽長官で…」

「───絽長官?」

「横領事件を穏やかに解決する代わりに、
息子の嫁を、と」

「…どうして、そこで息子の嫁、が出てくるのよ?
話が違うじゃない」

私は青ざめながらも反論してみた。


「今度、隣国の遠征のために、
独身の若い男子ということで徴兵にひっかかって…

大事な息子さん、らしいんだ。
絽長官にとっては。

───それなら今日明日にでも結婚を、と。
形だけでも手直にと…
とても困っていらしたんだ」

「…それは。すぐってこと?」

「もう。明日にでも───お式をと」

「はぁ?
会ったこともない相手と、話を聞いただけで
いきなり結婚って…
父さん、そんな…!?」

私は目の玉が飛び出しそうになるほど驚いた。

「とにかく式を挙げて。
一緒に暮らしていると
形だけでも成しておきたいと…」


唇を噛みしめ、知らないうちに握りしめていた自分の手の存在に気が付いて
震えながら指を開いた。


もう、この手を取るのは、
あの方じゃ、ない───

どうせ
どうせそうなら

もう、早くにあきらめた方がいいんだ…

「わかった、父さん。

お嫁に、行きます…」

そういうのだけで精いっぱいで
私は戸口から駆けだした。

夜の道を走って
走って
───走って


丘の上まで走って。
涙で霞むキラキラ輝く満点の星に

遠いとおい、お月様がぽっかりと浮かんでいた。



(つづく)

身代わりの花(4)

さくらぱんさんからお誘いいただいた、
ブロガー連携クリスマス企画、用意しています。
甘っつ甘のお話。24日の0時に公開です。
…どうかお楽しみに。



【バイト妃】【泣かないで】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(4)
* * * * * * * * * *

世界を満たす柔らかい光。
月を見上げる。

全ての人に光を与えてくれるのに。
誰からも遠い。

遠い遠いあの方は
決して、私の手の届くところにはいないんだと。
私は知っていた。

世界は、冷静で、冷酷な真実に満ちている。

夢は、夢。
みえないふりをしていただけ。

嘘と偽物は、ほんとじゃないって。
知っていた。

───いつか分かれがくることも。




「形…。
形って───なに?」

あの方とも、
───形だけの偽物の夫婦を演じてきた。
それが私の仕事で。

私はお金をもらって…たんだ。


だから、変わんないじゃない? たいして。
お仕事と思えば───。


「とにかく式を挙げて。
一緒に暮らしている…形だけでも成しておきたいって…
それ、なに?
…形だけってなに?」

…思わず、涙がこぼれた。

形だけのために、私は
会ったこともない、好きでもない人に
嫁いで…抱かれるの?


『すまん、夕鈴
父さんが不甲斐なくて…』

青慎もポロポロと泣いていた。


…青慎の将来に
傷がついたらいけない、のよね?

…父さんの疑いも
絽長官のお力があれば、
晴らしていただけるのね?

…私が。
私が素直にお嫁に行けば───
青慎は、泥棒の子供って…後ろ指さされずに
済むのね?

将来のある、青慎の。
未来を、傷つけずに済むのよね───?



だったらせめて

お月様
お月様
どうか、忘れさせてください
───あの方の面影を

忘れさせてください
───あの方のくださった、温もりを


明日、見たこともない人の花嫁になる私。
胸の中を占めるあの方のことを、このまま抱いていることなど許されないのに。

捨てようとすればするほど大きくなっていくあの方への想いを…
どうか、不実と責めないでください。

お月様。どうか、お願い

決して口にできないあの方への想いを
全て消し去ってください

私、苦しくて、
苦しすぎて───生きていけない


* * * * * * * * * *

窓から月が見えた。

灯りもともさず、あのヒトは強張った表情で指を組んで座っていた。

「───浩大」

「…御前に」

音もなく姿を現す、影のオイラ。


あー。こんなコワイ顔しちゃって…余裕ねえな

夜目が効くことがこれほど恨めしいことはない。
…いっそ見えなかったことにしたい。こんな恐ろしい狼陛下の表情なんて。

「───夕鈴は…なぜいない?」

窓際から差し込む静寂な月の光を背に…。
何、怒ってるんだよー?

「…居た、と思いますが?
───後宮に。ちゃんと」

へらへらと薄笑いを浮かべたって、いいだろ。
それくらいは、さ。


つかつかと近づいてくる。

「…馬鹿を言うなっ!!」
声を荒げてオイラの頬を思い切り叩く。

俺は首を竦めるフリをする。

痛みを感じてるのは、オイラ?
…それともあんたのその左手かい?

「あれは、夕鈴ではない」

…ふうん。

「今日から『あのヒトが、夕鈴様』ダソウデスよ。
───有能な側近さんの、指示によれば?」

ひりひりとする頬を触れもせず、オイラはそのまま知らんぷりしてやった。
こんな痛み…
───に、比べれば。

「指示?」

「これ以上あのお妃ちゃんだった子を
命の危険にさらさないためには、
『手段を択ばない』って、
そのあたり、陛下もご了解済み、と聴きましたケド?」

ギロリと睨まれる。

「…お前と問答をする気は、ない。
お前の主は誰だ?
李順か、───私か」

「───全ては我が君の御為に」

こえー。
めっちゃコエーわ。陛下。

冷気が漂ってるって。
俺、命縮まっちゃうぜ?


「どこにいる?」

沈黙が重たいぜ。


「───それ聞いて、どうする気?」

「…」


「今の情勢、ヘーカ知ってるはずでしょ。
あんたの『唯一の弱点』だって。
─── 的(まと)、だよ。
狙われてるだぜ? 
こんだけ大掛かりなテロ組織の絡みじゃさ…
あんな無力な兎、守りきれないかもしれない」


どんなに厳重に囲って護っていようと、さ
隙っていうのは必ず生まれるものだから。

弱い奴は、ヤラれる。
…それは、この世の掟じゃんか
だよね?

知ってるだろ?
そうやって、どれだけの敵を屠ってきたんだよ、あんた自身!

「───失うことは、できない」

「あの子の命がおしけりゃ、ここに居させちゃダメだな」

「…だが、手放すことを許した覚えはない」

「───ふうん。
…巻き込んでおいて、勝手な言い草だね?」

おいらは思いっきり意地悪な顔をしていたと思う。

赤い眼が燃えて
マジ、射殺される勢いで睨まれた。


まるで獰猛な野生動物と対峙しているような緊迫感。

睨んで睨んでにらんだあげく、
ようやく目をそらしてくれて…、俺はホッとしたぜ。

「…で、どうしてる」

「ん…。


これ言っていいのかな?」

正直、ためらった。

俺だって、喋って吐き出したいことって、あるさ。
どっちにしても、主に隠し通して、一生話さずに済むことでも、ない、わな…。
訊いてくれた方が有難い───。

あんた、訊きたいか?

その耳を塞がずに、聴けるか?

「聴こう」

…肝は座ってるさね。さすがオイラの主人。
有難いこった。

いや、あのお妃ちゃんが。
特別、だから。
あの子は特別なんだって…、思い知るんだ。

むしろ───こういう時、切ないだけじゃんか。


「結婚、するって。
───明日」

さりげなく言うよ。
せめてもの隠密の情けってやつ。

「───!?」

二の句が継げない陛下なんて、初めて見た。






「…あい、ては?」

「…あの子の父ちゃんの役所がらみの上司んとこの、ボンボンだったっけ?」

顔を思い浮かべたけど。大した奴じゃない。

「───なぜ、これほど急に?」

ま、そら、そだな。

「独身男子枠の徴兵逃れ…?」

ほんっとに…馬鹿らしい。

「詳しく」

「…何でも昔っから、かなり女癖悪いボンボンでねー。
13の齢で下女孕ませたってサ。その後も手当たり次第で。
大事な息子だって甘やかしすぎだぁな、ありゃ。
おかげで、慌てて結婚させようとしても、すぐにゃ、良縁に恵まれないってさぁ…
そりゃ、当たり前って。大事な娘嫁がせたくないわなぁ。
…あんな息子に。

で。
なんだか、あー、元お妃ちゃん? …だったあの子の父ちゃんがね。
公金横領の罪を疑われて。
だーいぶ、肩身狭い思いしたらしーよ?
ま、役人なんてだいたい、誰でもやってることだろうけどー?
こんなくらいでビビるんんだから、人が良すぎら(笑)。

───で、そこで、その上司が、切り出したらしーよ。

もみ消す代わりにぃ…って? 
役人目指して頑張ってる弟クンの将来、考えてみろ
『便宜を図ってやるから、娘を嫁に身代わりで寄越せ』って。
まあ、そーゆー話、らしいネ」

そもそも、その。公金横領の騒ぎってやつ。
大方、だれが仕掛けたかなんてさ…。遠目に見れば分かるだろ?
───けどさ。そんなチンケなもめごと、オイラの仕事じゃ無いからさ…。


「───そんな下衆なヤツのところに嫁いで、
夕鈴は幸せになるのか?」

「さあ? 知らねー」

ケラケラと俺は嗤ってやった。

「───でも、少なくとも。命は失わねーなぁ。
長官の息子の奥さんだろ?
生きながらえて、静かに暮らしていけるサ?
命惜しさにかけては、才能あるゲスい奴らだから。
…多分、ね」

…怒れよ。ヘーカ。


今、泣いてるんだ
───あの子は。



───あんたが怒ってる以上に、さ。

なんだって、あの子がこんな目に合わなきゃいけねーんだってっ!!

───俺だって、腹わた煮えくりかえってるんだぜ?!!


(つづく)

身代わりの花(5)

夕鈴の結婚式の日がきてしまって…。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(5)
* * * * * * * * * *

まんじりともせぬうちに夜が明けた。

今日は輿入れの日。
絽長官の家から、昼前には迎えの輿がくるという。

既に花嫁衣装の誂えが届けられており、
女手がない我が家は三軒隣の奥さんに支度と着付けの手伝いを頼んだ。

「たいそう豪勢な衣裳だぁね。夕鈴ちゃんは幸せ者だわ」
そう言われたが、
これ見よがしに金糸銀糸でギラギラするばかりで
手に取れば重くざらつき生地の質は宜しくない。
本物の妃衣裳に比べれば上辺ばかり飾り立てた安っぽい衣裳だった。

古くさく野暮ったい髪型に結われ、かんざしだけは豪勢にこれでもかとありったけ挿されたので、頭が重たい。
塗りこまれた香油もべたべたと気持ち悪いものだった。

どうせ形だけ整っていればよい身代わりだから───。


何くれとなく世話をしてくださった後宮の女官さんや侍女さんたちの顔が目に浮かんだ。

女官長は朝起きるといつも、良い香りのする櫛で、一櫛、一櫛、丁寧に心を込めて髪を梳いてくれた。
香油を塗る手はひんやりと柔らかだった。
涼やかな声は心地よく、私を愛おしみ、大切に慈しんでくださった
天女のように雅なあの方たちは、今どうしているのだろう。

いえ、あれこそが。
夢物語。
わたしはもう、二度とあの夢の世界に戻ることはない。



約束の時間の少し前に、輿が到着する。
父さんと青慎は徒歩で、四人の男が担ぐ輿の後を付いてくる。

幸いにも天気は良く、輿に揺られて移動する道すがらあちこちの家から子供たちも大人たちも出て来ては、祝福の声をかけて下さった。

「これほど華やかな道中なのに、どうしてあの父っつあんは、渋顔なんだろね。緊張してんのかね」
「弟さんも、まるで葬式のような顔をしてるじゃあないか」
…そんな風にひそひそ会話する人もいた。

父さんは長官の顔をたてるべく必死で作り笑いしようとすればするほど、ひきつった渋顔に見えた。
青慎は意気消沈してとぼとぼと列に続いた。


人のことは言えない。
ベールに隠れた私の顔は、多分死にそうな顔をしていたと思う。

朝鏡をみたとき、なんて酷い顔をしているんだろうと自分でも思った。
おばちゃんがどんなに化粧を施しても無理だった。

「この目の下の隈は隠せないねぇ、せっかくの花嫁さんが。
あんた独身最後だからって夜更かししたんだろう、まったく。」と私を責めた。
目深にベールをかぶって、俯いていた。


ああそういえば。
花恵宴のときは、輿が壊れてしまって徒歩で離宮の庭園を延々と歩いたわね。
あのときは、花々に囲まれて、音楽と、大勢の偉い方々の中緊張して歩いてフワフワ雲を踏んでいるような気がしたっけ。

たどり着いた式典場には、
たなびく幕と花吹雪の中央に、あの方がいらして。
───陛下… 装いも華やかに、麗しく。
私を、待ちわびたと。迎えてくださった。

陛下の一言で、この世は春に包まれ、
祝福された瞬間を、私は目の当りにしたのだ…

それはこの世のものとは思えない、美しい景色だった。



───思い出したらダメだと、思えば思うほど
どうして思い出してしまうのだろう。


花恵宴のときみたいに、
輿が壊れてしまえばいいのに。
その後は、そんなことばかり願っていた。

速度も遅く、ギシギシと軋む輿の上に緊張して載っているのは案外疲れるもので、ようやく絽家の館が見えてきたときは、この苦行から解放される、という思いだけが強かった。


門をくぐって、父さんと青慎が先にあいさつに伺い、私は花嫁の控室へと通された。
付き添いもなく一人っきりだ。

母家の方は賑やかな人の出入りが聞こえるが、こちらの離れは静かなものだ。
特に監視がついているわけでもなければ、家の作りも特に複雑というわけではない。

これなら、このまま逃げ出せる、と一瞬思った。

───でも、
私が逃げたら、父さんは?
青慎の将来は? 

そう思うと、実行に移せなかった。


かなり待たされた。
昨晩あまり良く眠れなかったので座ったままウツラウツラしてしまった。

「───夕鈴さん?」と扉の外から声がかけられたとき、ハッと目が覚めた。
やたらめったら挿されたかんざしのおかげで、首がどうにかなりそうな痛みを訴えている。

「そろそろ、お式の準備が整いました。
どうぞこちらへ」

…頭が痛い。これは、寝不足もたたっているわね…。
首をふって、息を吸うが、具合はあまり良くならなかった。

案内をされて、廊下を通り、母家の方へと渡った。

濡れ縁を通るときは、縁の下に注目した。

あるいは天井裏から?
どこからヒョイと浩大のあの笑顔が覗くんじゃないかと
今か今かと待っている自分がいる。

…できるだけゆっくり、ゆっくり歩いたけれど
───私のそんな小さな期待は叶えられるはずもなかった。



宴会場となっている大きな部屋に通される。

───うわ、お酒臭い。
扉を開けた途端、もうもうと立ちの盛る熱気。

がやがやと祝宴は進んでいる。もう半分出来上がった人たちが大声で叫ぶ。
「いやあ、花嫁さんが来た、来た」と。
拍手喝采がおこり、私は案内の人に押し込まれるように背中を押されて、中央に用意されている座へと進んだ。

そこには当然のことながら二つ席があり、もう既に片方には男の人が座っていた。

私はベールを目深にかぶっているし、相手も儀式用の顔の隠れる冠を被りギラギラ精いっぱい着飾っているので、正直、よく顔が見えない。

案外背の高い、すっきりとした背格好の人だった。

…ああ、頭が痛い。
着物の作りが悪く、窮屈で動きにくいうえ、肌触りがわるいのは、長時間我慢するにはつらいものがあった。
それに頭のかんざしが重たすぎる。
お酒の匂いが気持ち悪い。
…とにかく、何もかも、居心地が悪い。


父さんから引き出した僅かな情報によると、花婿の絽亥は、齢22歳。
かなり女性にもてるというから※、チャラチャラした好男子なのかもしれない。
(※岩圭の情報操作:女好きで手が早く、孕ませた内縁の子供が8人も存在しているとはどうしても娘には言えなかったらしい)

…どちらにせよ、ここまで来てしまえば、もう逃げ場もない。
私にはえり好みする余地は無いんだわ。

───私は仕方なく、案内の人にグイグイと押されるまま、席に座った。
裾を直され、ベールを整えられ…
花嫁としてあとはここにジッと座っているだけが仕事?


耐えられないほど、頭は痛い。
ベールで隠れていられてよかった。
これで笑顔を振りまけって言われても。無理だと思う。

恥ずかしい内容の春歌を大声で歌うもの、料理をこぼしまき散らすもの。あたりは大騒ぎだ。
「可愛いぃ嫁さんだなぁ~。絽亥のやつのあっちのご活躍はそりゃもう有名だから、せいぜい可愛がってもらいなぁ?」「××が〇〇で、いひひひ…」「ひゃひゃひゃ…」
酔っ払いの下卑た会話も、何もかもが、頭痛と一緒くたになって、ガンガン私を襲う。

───嫌。気が狂いそう…。

作法にうるさい李順さんがいたら、さぞかし眉をひそめるだろう…。

宴会といえば、陛下のお出ましになる格式の高い宴会は別世界のお話だった。
私が列席するとしても、睨みを利かせるあの御方が来臨されていらっしゃる間だけだし。
しつらえ、料理、酒、舞など隅々まで趣向が凝らされていた。
いつも陛下に甘い演技を要求されて困るばかりだったけれど、大切にあの方に護られていたのだと思い知った。

陛下にされて嫌なことはなかったけど
もし。今日、花婿に何かされたら、どうしたらいいのかしら…?
───不安は募るばかり。

でも。私はプロだったんだから。うん。
ここはせっかく培った経験を生かして、冷静に対処するだけよね。

───でも、その後は…?

もう、いっそのこと。お酒を飲んで身を任せてしまおうか…?
怖い。泣きたい…。

ここまで案内してくれた年配の女性が、絽長官にご夫妻に二人そろって挨拶を、と耳元でささやく。

私のあとに、花婿にも近寄り、同じことを伝える。

花婿は頷くと、私の手を取るため腕を伸ばしてきた。
私は肩をすくめて身を固くした。
袖の上から手をやんわりと手を重ね、少し緊張をほどく時間をあたえてから、そっと布越しに掴まれ、手を引かれる。
───変なことはする様子がなく、ホッとした。

すぐわきにいらっしゃる新しいご両親の方へ挨拶へと向かう。

礼をする。
…?
長官ともなると、息子に対しても妙に丁寧なあいさつをするものなのね…?
ベールの陰からちらりと絽長官を覗くと、幸せそうな顔をしているどころか、むっつりと怒ったような、変な顔をしていらっしゃる。

───大切な息子さんの結婚式なのに…どうして?
私、何か気に入らないことをしちゃった…? と、途端に不安がつのった。

よく分からないうちに、父さんと青慎の方へもあいさつに行く。

ベールの陰からそーっと伺うと、
父さんは、思った以上にヘンテコな顔をしていた。
相当私に対して申し訳ないと思っているのかしら。
恨むとかそんな気持ち、私にはどうでも良いことだから。
心配しないで、父さん。青慎。

私は…ただ、この頭痛をどうにかしてほしい。
もう、早く終りたい───形だけの結婚式だなんて…。


花婿はといえば、横並びで相変わらずベールの隙間の角度から顔は見えないのだが、思ったよりはマトモな人物らしい。

しきたり通りとはいえ慣れない重たい衣裳を引きずれば、誰しもノタノタぶざまに振る舞うかと思いきや、
婚礼衣装を着こなし裾捌きも手慣れたもので、その上花嫁の私まで気を配ったスマートなエスコートをするので驚いた。

(絽長官の息子ともなると、一通りの作法は身に付けてるのね?
さすが、女タラシ…。これは気が抜けないわ)

…むしろ、戦闘態勢に火が付いた気がする。
宮廷仕込みのプロ妃がお作法のお手本を見せてあげる───と、気概はおのずと高まった。

人間、なにかしら楽しみを見つければ、苦痛も減るというモノね。
これも李順さんが厳しく仕込んでくださったおかげ、か。

こんなときに、あの鬼上司に感謝するって…。
ふふ…。
今日はじめて笑えた気がした。


その後は、とにかく『プロ妃として身に付いたものを武器に、全身全霊で宴会に立ち向かう』という目標ができたので少し気が楽になった。

二人が座に付きなおすと、杯を持たされた。

これ、誓いを交わすっていう、あれ?

飲んでしまったら…。
私はこの人の花嫁。

一生この人に仕えて、ここで暮らしてゆくんだ。


気が重いけど、避けられない…わよね?

花婿と花嫁に順番にお酒が注がれる。

口をつけようとしたら
小さな声でささやかれた。

「無理して飲む必要はない。形だけに」


───え?

似てる。

背格好や体格が似てると、声も似るもの?
それとも、若い男の人ってみんなこんな声だった?

───違う。空耳にきまってる。


これは。私がまだあの御方のことを忘れられない罪の罰をうけているのだ。


こんなふうに───罪深い幻は、何度も私を試して、惑わしにくる。

私は目をつぶった。



頬を熱いものが伝い、濡れているのを感じた
───涙じゃないのよ、これは


…頭が痛くて、目が開けてられないくらい頭が痛いだけ…

陛下とは、もう二度と会えないって、私は分かってる───


「───いいえ! 飲めます!!」

私はそういって、杯をいっきにあおった。


「…あ…!?」


花婿は驚いたように振り返り、
私の両肩を掴んだ。

ベールの陰からちらりと見えたのは、
花婿の、赤い…瞳だった。


(つづく)


身代わりの花(6)

夕鈴の結婚式。お相手の花婿さんは…?

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(6)
* * * * * * * * * *

「───いいえ! 飲めます!!」

私はそういって、夫婦の誓いの杯を
いっきにあおった。

「…あ…!?」

花婿は驚いたように振り返り、
私の両肩を掴んだ。

ベールの陰からちらりと見えたのは、
花婿の、赤い…瞳だった。




…この国で。
赤い瞳を持つ人は。


…王家の血筋、の

───まさ か ? 

ううん、見間違い。

盃を空けた途端、
私は花婿に抱きしめられ、
深い口づけを受けた。

「絽亥! さすが!!」
「手が早すぎるぞ~!! ウブな花嫁さんに、いきなりそれか」
「長いぞ!! 絽亥~~!!」
ワハハハ…!! と笑いが起こり、周りはやんやの喝采と、はやし立てる口笛がぴゅーぴゅーと鳴り響く。


唇が離れる。

「───飲みこんだ後か。
…すまない、間に合わなかった」

おもわず、濡れた唇を指でおさえた。
私は唇の奥まで深く探られ吸われ、私はその未知の感触に戸惑っていた。


「馬鹿…
自分が、酒に弱いのを知っているくせに。
───この後、どうするつもりだったんだ?」

耳元で叱られた。

「…うそ。
───あなたは…?」

私は、花婿の袖に、思わずしがみついた。

普段お酒を飲まない私は、口の粘膜に酒が触れただけなのに酔いがまわってきた。
朝早く食べたあと、花嫁の衣装の支度にかかずりあい、食べる間もなくお腹がすいていた。
空っぽの胃に触れた酒が、速やかに吸収され、みるみる体にまわってくるのが分かった。


「───夕鈴?

私だ」

やっぱりそれは、陛下の声に聞こえて。

涙がこぼれた。

「───これは、やっぱり。夢ですか?
…だとしたら。
酔っぱらうって、素敵なことですね…」


私は、眼を瞑った。涙が頬を伝った。
陛下の声がする。それで十分。
夢だろうと。
嘘だろうと。
私はそれで十分幸せ、だから───。もう本当でも、幻でも、どちらでもいい。
もう一度、あの方のお声が聴こえたから。
私は幸せ。

(…ああ、もう。この酔っ払いが…)
花婿が小さくため息をついた。


私は、幸せだった。
お酒がまわって、ぐるぐる世界が回る。
頭が痛かったのと寝不足で、けだるい疲労感が一気に体を駆け上がる。

陛下の声が聴こえたから。───夢でもいい。
私はもうずっと、その夢の中に住んでいたい。

その心地よさに朦朧とした疲労感に襲われ多は、ぼんやりと夢の中に足を踏み入れた。



花婿は、酒杯をタンと膳に戻すと、大きな声で告げた。

「───妻が気分が悪いという。
誓いの杯が済んだ早々、申し訳ないが、我々はこれにて円満な新婚生活のために席を外させてもらおう。
どうか皆々この後も、うまい酒、うまい肴を楽しみ、思う存分、楽しんでいかれよ───」

「やれ! さっそく絽亥のやつ、嫁さんにメロメロだ!!」
「晴れて夫婦になったからには、思う存分嫁さんを慰めてやらなきゃなぁ!!」
ピューピューと口笛が吹き慣らされ、下卑た笑いとやんやの喝采に見送られ、花婿は花嫁を抱きかかえ宴会の席を立った。

* * * * * * * * * *

ガラガラと音がして、
世界が揺れている。


ひやり、と額に濡れた手布が乗る感触。

私は、眼を瞑ったまま、その布を指で探った。

「ん…」
身動きをしようとしたが、体が縫いとめられたように動かない。

「…そう…。

かんざし、を。
外して…?
重たくて、頭が痛いんです…」

擦れた声で呟く。

「君は…お酒を飲んで。
そんな無防備なことを…願うの?」

ゆるゆると、髪を触られる。

「古臭くて、野暮ったい髪だな。
君に、似合わない…」

チャリ…チャリとかんざしが抜かれる。

髪の中に手を差し込まれ、ゆるやかに解かれた。

唇の紅を拭われる。

「…寝れなかったのか?───ひどい、顔だ」

「ひどい、ですよ───
どうせ…
逆立ちしても 美人さんに なんか…
なーれませんよー だ

本当の 美人

っていうのはですねぇ

…それは、もう。
眼がつぶれるほど

きれいで…

けだかく、て…」

美しいあの方を思い出して、うふ、とわらった。

頬を、ペチペチと叩かれる。


薄く目をあける。
まだぐらぐらと世界が回っている。

「…飲めないくせに。
酒なんか」

額にまた冷たい布が当てられた。
そのまま、顔を拭われ、首筋を伝う

ひんやりした感触が気持ちが良くて、思わず
もっと…とねだりたくなった。

「お酒…お酒?
…ああ、お酒。
はい。
───えっと。

結婚式だから…。
お酒、飲まないと…。
忘れないと、いけないから」

「…忘れる?
何を」

「口に
できません。

だから

お酒を飲んで…
身を任せたほうが、───楽。」


夢見心地で、朦朧としながらそう言い終わると、

はぁ…。と
傍らから、小さなため息が聞こえた。

唇に冷たい感触が…
唇の隙間から、冷たい水が浸入する。

「ん…───っく」

「もう少し、飲めるか?」

離れた唇がもう一度触れる。
冷たい水とともに、ぬるりとした感触が、私の中に踏み込む。
「ん…!

…あ。
いや」

目をあける。

薄暗がりで、灯りもない。
───ここはどこ?
大きな人影が、私に覆いかぶさるように…

男の人…!?

思わず、背中がぞっとした。

ハッと目が覚めて、起き上がろうとした。
「───嫌っ!」

でも、手も足も動かない。
手足に重石が乗っているように覆いかぶされた人物に体を押さえつけらえていた。

首筋に吐息がかかった。

「…やめ、
やめてくださいっ…」

「───」

「…嫌。…お願い止めて」

首筋を生暖かいものが、伝う

「…お願い。
…いや

だめ。


───へ…

か…


助けて…」

ポロポロと涙がこぼれた。
お酒の力を借りて、花嫁の役目を果たそうとおもったのに
やっぱり、───嫌だ。

「へ


か。

助けて」

「君は。
───誰を、呼んで泣く…?」


耳元で、声がした。

「夕鈴?
君は、誰を───呼んでいる?」

「…陛下!?」

私は、確かにその声を聴いた。

「───陛下!」

私はようやく、背けていた現実に立ち向かう気力が生まれた。

焦点を結ばない眼をもどかしく見開き、その声の主を見返した。

赤い眼が見つめ返す。

「…へい、か?」

「───ああ」
幻でもいいとすら願った、陛下その人が目の前に。

「陛下、ですか?
───ほんとに?」
涙があふれて、目の前の陛下のお姿が滲んだ。

「まぎれもなく、本物だ、夕鈴…。」

ぎゅっと袖にしがみ付く。

「どうして、あんなとこに」

私が問い詰めると、陛下は私を引き寄せて、胸に抱きしめた。

「…花婿の、身代わり、に?」
クックと笑う震動が、陛下の身体全体から伝わってきた。

私は陛下のぬくもりに───安心して、力が抜けた。

「───身代わり?」

私が、何のことかわからず、目を丸くしていると
陛下は思わず笑い出した。

「そう───君には悪いが。
ダンナになるはずだった花婿は
花嫁が到着する前に、布将軍に兵舎にしょっ引いてもらった後、だ」

「───は?」

「花嫁がゆるゆる輿入れしてる道中、
一足早く布将軍自らお出迎えしてもらった、さ。

布将軍のあの強面に逆らえるものはいない、だろう。


私も、たまたま布将軍に同行していたのだが
今日は何でも大切な日とかで、本人がいないと格好がつかないというのでな。
…なら私が身代わりになろうと、引き受けてやった」

陛下は、悪戯っ子のように、ニッと笑った。

(たまたま?…陛下が? わざわざ、将軍直々、新米兵士の出迎え? )

「───はぁッ?

へーかのご身分を明かされたのですか?!」

「いや。ただ、あの絽長官のメンツと
せっかく準備した宴会料理を無駄にしないために
親切を申し出てやったまで、だ。

───たまたま年恰好が似てるから、
このゴテゴテした婚礼衣装ならバレナイだろう、と、ね」

陛下はギラギラした衣裳の端を引っ張って見せた。

(たまたま、年格好が似てる…?)

「おかげで、こんな可愛い花嫁も
───貰えたし…」

陛下は私の手を取ると、やさしく口づけをした。

「えぇ?」

「だって。誓いの杯も交わした、だろ?
───君は、本気で飲んでしまうし。

ときには、人に親切を施すものだ、な?
…なあ、そう思わないか?」

「へ、陛下…。
あの。それ…」


「…しかし。私でなかったら、
どうするつもりだったんだ。
酒など飲んで、身を任せたい、とは…?」

───私は真っ青になった。

「あの、その。
それは…
もう最終手段というか…
決意というか…」


「…ふうん?───じゃあ。とりあえず。
どんな相手でも、どんな行為でも、
君は受け入れる気だった───って
そういう、ことか?」

「…いえ、あの───」


「…とにかく。
今晩は───花婿と花嫁の大切な初夜であることだし…。
誓い合った私と共に過ごして貰おう、か」

「はあっ?───」

何を言い出すのか、この人は───。
まだ酔いの冷めない頭の中が、グルグルした。


ふと窓から外を見ると
馬車は王宮の門をくぐって入るところだった。

───王宮!?

戻っていいんですか? 私?!

(つづく)

身代わりの花(7)

身代わり花婿のふりをして、結婚式から夕鈴を奪取した陛下は…?


【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(7)
* * * * * * * * * *
静かに馬車はいくつもの門をくぐりぬける。
王宮の奥の奥。
馬車を降りるときに、陛下の外套に包まれ、抱かれた。

「―――しずかにしていておくれ?」

重たいかんざしを抜いてもらい、髪をほどかれ頭痛はずいぶん和らいでいた。
陛下の腕に抱かれていると、なだらかに溶けてゆきそうな気分がした。
しかし、陛下も私も、まだぎらぎらとした婚礼衣装を身に着けている。
人目をさけ、静かに庭を抜け、陛下はお部屋に戻られた。

陛下のお部屋。
なんだか、ほっとした。

「静麗」と陛下が声をかける。

女官長さんが音も立てず現れた。

「…女官長、さん?」
「夕鈴様、お帰りなさいませ」
長椅子に下ろされ、陛下に優しく乱れた髪をなでられた。

陛下はご自分の装束を改めるため、バサバサとぎらぎらした婚礼衣装を脱ぎはじめた。
おもわず目を背け、ぎゅっとつぶった。

「これは、丁重に返したものかな?」
「畏まりました」
さっさと普段の室内着に着替えおわり、私の方を向くとそっと頬よせてつぶやいた。
「少々、待っていてくれ」

「静麗、妃をくれぐれも頼む。
誰にもしらせぬよう、―――内密に」
陛下はすっと部屋を抜けていかれた。

女官長はお湯をもってきて体をきれいにぬぐってくれる。
べとべとした安っぽい香油のにおいが和らぐと、だいぶすっきりした。
それから、いつもと変わらぬ様子で揃えてあった妃の夜着に袖を通すのを手伝ってくれ、櫛をとりやさしく髪をすいてくれた。

「女官長さん。私…もう妃では…」
私は、心の内を吐露した。

今日、わたしは…よその家に嫁いだのだ。

「何をおっしゃるのですか?」

「私は、ここにいるべきではないと…。
よそへ嫁ぐはずだったのです」
目じりが熱くなった。

「あなたはどこにも行ってはなりません。
あなたがお傍にいることを
―――あの方が、お望みなのですから」

「そう、なのでしょうか?
私はもういらないと。
新しいお妃様をお迎えになり、後宮は安泰だと…」

静麗女官長は、涼やかな目を少し困ったように細め、
小さく首を振った。

「…誰も、貴女様の代わりになど、
なることはできません」

「女官長さん…。
私は、ここに居てよいのでしょうか…?
あのお方の足かせとなり、苦しませてしまうのではと…」

「夕鈴様。
あの方にとって、貴女を失うことより大きな痛みは、
この世に存在いたしません」

「そんなことはあるはずが…

陛下…。あのお方は、お強い人です。

それに比べ、
私は、無力です―――。
そして、そんな無力な私が、
王の足枷となることは許されないのです…」

「お守りいたします。
この、わたくしが」

「―――え?」

「何に変えましても。あなた様をお守り申し上げます
ですから、
もう、お一人で悩まれますな。
あの方をお信じになって、
ずっと。お傍にいらしてくださいませ…」

「女官長さん…」

女官長さんにそういわれると、胸が熱くなって、泣き出してしまいそうだった。

「お酒は抜けたようですね…。頭痛はいたしませんか?」

「…あ、はい」

「陛下が秘伝のお薬を飲ませてくださったおかげでございましょう」
「え?―――あの、馬車の…あの、あれ、ってその―――お薬を飲ませてくれて…いたんですか?」
私は馬車の中で、冷たい水を口移しで飲まされながら受けたあの口づけのことを思わず思い出し、真っ赤になった。
「はて?
どのようにかは…わたくしは存じ上げません」
と女官長さんは生真面目に答えた。

「ひどく、おやつれに…」
女官長さんは、私の様子を苦にし、用意してあった滋養の付く食べ物飲み物を次々勧めてくれる。

(味が…苦い…です)
たぶん、女官長さん自らが用意してくれていたのだろう。
普段出される一流の料理人なり侍女さんたちなりの手によるものお味は、天下一品なのだけれども、
人の手を介さずに女官長さんが直接こっそりつくって出してくれる『滋養のつくもの』は、こういうことが起きる。

「―――ふふふ…」
不思議な苦さを口にしながら、ああ、ここに帰ってこられたと思った。

「今日は陛下にお守りいただき
どうか安らかに、ゆっくりとお休みくださいませ。」

静麗女官長のその白い顔に、
うっすらと冷たい微笑みが浮かんだことは、
私は気が付かなかった―――。

* * * * * * * * * *

真夜中になり、陛下はお戻りになった。
私に目を向けるなり、抱き上げ私を寝台へと伴った。


馬車の中での言葉が頭の中で思い返された。

『…とにかく。
今晩は───花婿と花嫁の大切な初夜であることだし…。
誓い合った私と共に過ごして貰おう、か』

ぶんぶんと頭を振って。
あれは、陛下のいつもの冗談だと思いたい。

「―――え…と。

もしかして。
あの?」

顔がカーッと赤らんだ。
もじもじしていると、

「夕鈴。正直に言う。
―――君は、狙われている」

「は?」

「君が私の唯一の弱点だ。
だから君を狙う手ごわい奴らがいるというのだ。

李順が君を王宮から急ぎ離れる様に仕向けたのも。
君とそっくりの替え玉を用意したのも。

―――すべて。
君の命を長らえさせるため、仕方なくとった方策だ。

狙われている君を、ここから遠ざけ、
何もしらず穏やかで幸せな人生を選ばせてやりたいという一心だったと思う」

「―――え?」

「でも、私は君と離れたくない…」

「陛下?」

「どんな手段をとっても。
何があっても。
君を護るから…

私から
離れていかないで…
お願いだから」

陛下は、私の胸に顔をうずめた。

肩が小刻みに揺れる陛下…
泣いている…?

「陛下…
わたし、ここに。

陛下のお傍に居ても、
いいんですか?

そんなこと、許されるんですか…?」

私も泣いた。


「―――居てくれ」

愛おしかった。

私は黒髪の頭を両手で抱きしめた。

「…陛下」




二人で過ごした夜に、私を護るために何がおきていたか。
私は何も知らなかった…


(つづく)

【お詫び】身代わりの花(7.5) の

2013-12-28 0時 更新

ブログはあくまで"日記"なのですが

公開しているために"公共の場"の一部、でもあります。


照れ隠しに軽口で書いた内容が、
読むお方のお気持ちを傷つける原因にもなるとも思わず
失礼があったとご指摘いただき
深く反省しています。


率直な気持ちを、あらためて日記として書かせていただきます。


---

そもそもこの記事でアップした内容というのは

(最初にお断りしておきますと、ブログ閲覧のみ、の皆様には大変恐縮ですが)

このところ続きで書いているお話の
本編の間の出来事の短いお話し「身代わりの花(7.5)」が存在する、という内容でした。


具体的には、それは
ここではない場所、
「白陽国SNS」という"狼陛下の花嫁"ファンのソーシャル・ネット・ワーキングのサイトで
かつ、
私と個人的なフレンド登録をした「白友さん」のみに限定の日記の中で
読める場所を、ご紹介をしています。



さまざまなブログや同人本があふれるなか、
青少年の目に触れてよい表現かどうかの基準が曖昧なまま公の場で公開されているものも多く見られます。

(表現する側、公開する側のモラルや意識の問題として)
いわゆる「鍵付き」(アダルト/成人指定)といわれる作品に、今回の作品が該当するか、というと

正直、今回の「身代わりの花(7.5)」は、それほどのものではありません。
し、
コミケや商業同人誌団体の基準的にも、「全年齢対象」のカテゴリーに収まる内容の範疇であり
「成人指定(R-18)」対象の作品ではないと判断しています。

ただし、私自身、青少年の眼に触れるのにふさわしい作品とは思いませんでしたし
青少年の眼に触れる場所での公開は選択すべきでないと判断しました。(自主規制)



また、読んでも、読まなくても本編の進行上、問題はありません。

だから「読んでも、読まなくても、各々の読み手さんの価値観にお任せしますよ」

―――という気持ち、ではあったのです。



ですが

「結局ここでよめないなら、知らされないほうがよかった」と思われたのであれば

―――不要な情報を思わせぶりな表現されただけで、シャットアウトされた―――

と受け止められたのであれば

居心地のよくないことだと、想いも至らず、本当に申し訳ありませんでした。




ただ、1) なぜ掲載するのか

2) なぜここではないところに掲載したのか、

そして、3) なぜ、それをここで告知するのか、

です。


1) 掲載した理由

自分のため書いた、というのは

黎翔と夕鈴の気持ちが、どんなふうに動いて
どんな時があったのか
第7話と第8話の間の連続性を維持するため必然であったため
書き残した、というのが正直なところです。


人に読んでいただきたい、というより、
「そんなことがあったらしいのね」 (かすみか雲か)
「なるほど、だから8話がね…、そうなんだ、フンフン」(自由な想像の翼を羽ばたかせ…)
と、自分で納得するためだけ、の短編です。


と表現したのは、
そういう行為が目的というより
心情を追いたかった。

けど、正直、照れくさいので―――。そういう軽い書き方にはなってしまいましたが、
決して読者の皆様を馬鹿にして、ではありません。

そこはお汲み取りいただければと思います。




2) なぜここではないところに掲載したのか、


R15(15歳未満の中学生以下の青少年の目に触れさせたくない)という内容の自主規制上の問題です。

お話上、私にとっては必然な流れでも、万人の目に触れる場にはそぐわないものを
考えなしに一方的にアップする行為で、万が一不快な思いをさせる方がいらしたら心が痛むので
自主的な規制を行っているというのが主な理由です。

こちらのブログのシステムで「鍵」とかよばれている代物は、私の希望する措置が取り得ない。

(ブログの鍵は、ヒントをあげる方法はググれば分かる単なる形式だけのザル。
個人的に直メールで問い合わせという方法は少々不自由)


そのため、
会員制のソーシャルネットワーキング(SNS)で
かつ、
個人的に交流のある白友さんに、
という流れでご紹介をいたしました。



3) なぜ、それをここで告知するのか

では、SNSの中だけで告知すればよいではないか。
こんなところに書いて、におわせる必要があるのか?

という件について
私自身の率直な気持ちをかかせてください。


自分で納得するためだけの作品であっても

その前後を公開しているという理由から、多々ご質問を受けるケースがあります。


「やっぱりそういうのがあったんですね」

「どうしたら読めますか」というお話になりますが、

「存在します」という肯定を隠すつもりはありません。



それについてご興味をもたれ、その先のチョイスはそれぞれの主観と価値観の問題なので、
「連載をしていた当ブログのほうでお知らせをする」という選択肢が不適切とは当初考えていませんでした。

もしも「狼陛下の花嫁」がお好きで、
SNSの公の場でもお知り合いとなっていただけるなら、私は嬉しいですし
安心してお読みいただけると信頼して、自宅に友達をお招きできるというものです。

(ハンドルネームですから、公の場、っていうのも
おかしな話ですね…。
しかし、少なくとも、こどもさんがまぎれる心配はありません)


狼陛下の花嫁ファンのお友達が増えることは、本当にとても嬉しいです。
どうぞ白陽国にご入国の上、「おりざ」を見つけて
お気軽に白友さんのお声がけください。


白陽国SNS
http://ohh.sns-park.com/


以上


うまく気持ちを伝えられず申し訳ありません。




大変失礼いたしました。(2013年12月28日 0時41分 更新)


*

身代わりの花(8)

結婚式の日に、身代わり花婿の陛下に奪取されて
王宮の国王の居室で一夜を過ごした二人。

【バイト妃】【朝チュン】【甘甘】【血なまぐささ少々】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(8)
* * * * * * * * * *

目の前の白い敷布に散らばる私の髪に
その指を絡めながらさらさらと優しく毛先まで滑らしたかと思うと
こんどは一房すくい、口づけを落とす

手の中から名残惜し気に滑り落ちる毛先をじっと見つめながら
ふと遠くに視線を移す。

聞こえない音まで掬い上げる人知を超える万能を発揮し
世の中の気配を読んでいらっしゃるのか。
それとも
ただたんに
空が白む前からせっかちに起き出した鳥たちの様子に聞き耳を立てていらっしゃるのか…

―――そんな、気難しげな顔に見えた。

「…何を?」

―――そんなにむつかしいお顔をしているんですか?

「…目が醒めた?
起こしてしまったかな…
ごめん」

ちょっと甘えた小犬陛下の声がして、
ほっとした。

ごそごそ、と身動きをする。

…あ!?

カッ…と血が上る。

気が付かないうちに、私は陛下の寝間着を着せられていた。

ぶかぶかの大きな袖を手繰り寄せ、ようやく指先をのぞかせた。

どうりで、陛下の薫りがすると思ったら…

陛下はくすっと私を見て笑い、
額に口づけを落とした。

「…おはよう」

「―――あ、
あの。
おはようござい、ます…」
私は真っ赤になって、布団に顔を埋めた。

「―――夕鈴。色っぽい」

「え?
なっ なに、おっしゃるんですか!?」

「…人妻になると。
色気がでるな」
そういいながら陛下は私を抱きしめた。

「ひっ 人妻ぁっ!?」

じたばたあがいてみるが、
寝台に押し付ける様に縫いとめられた私は
陛下の重みで息もできず、陛下から逃れることはできなかった。

私が少しおとなしくなったのを見計らい、
体をずらし、布団をめくり本格的に仰向けの私の上に載ってくる!

首筋に顔を埋められる。
首筋の脈動が伝わって耳元でドクンドクンと音がする。

「あったかい。
もう少し、このままでいよう」

「重いです、陛下…」
私は照れくさくって。ちょっと拗ねたように呟く。

「ゴメン、重かった?!
―――苦しい?」
陛下は手をついて、押しつぶしていた胸を四つ這いにして遠ざけた。

私は陛下の首に両手を回し、しがみついた。

「いえ…幸せな重みです。
ずっと。一緒に居たいです」

「…甘えるのが、
ようやく上手になったね」

「…っ!」
私は思わず赤面して、への字口にまんまるな目で陛下を見つめてしまった。

陛下は笑って、チュッと私の唇に口づけた。

体をずらして、陛下がもう一度横になった。

フワっと陛下の薫りとともに
かすかな血のにおいがした。

「…血?」

「―――あ」
陛下が真っ赤になった。

「…なんです?」

「君の、私への誠意の証―――?」

陛下は手を私のおなかに手を当てて、よそをむいて俯いた。

「え?―――あ?」
慌ててガバと身を起こすと
体の下あたりの敷布に赤いシミが広がっていた

「…~~~~!!???」
月のモノでもきてしまったかと思わず下半身を固く引き寄せた。

「…初めて、だったんでしょ…?
―――ゴメン。


でも、
嬉しい」

陛下はそういって、私を胸に抱きしめた。

「…わ、私も
他の誰かじゃなくて。

陛下で……。

う、
―――嬉しい、です」

正視できずにギュッと目をつぶり、胸に顔を埋めた。

「…体は、大丈夫?」

「…あの。
―――はい」

「しばらく。
このまま。
こうしていてくれる?」

「陛下…!
お忘れですか?
今日は、大切な行事のご公務が…」

「私でなくとも…よかろう。

今、私でなければならないのは
契り合ったばかりの
新婚の花嫁の心を慰めることの方ではないか?」

「―――陛下っ!!」
お戯れを、…と怒って見せたけれど

陛下が私の両手首をひとまとめし私が身動きもできぬよう捕え
うっとりする口づけを何度も何度も落とすから…

いつの間にか私は何を怒っていたのかすら忘れてしまう始末だった。

* * * * * * * * * *

黎翔の脳裏には、
先ほど目の当たりにしてきた
血まみれの世界が広がっていた。

未明のうす暗い後宮の一室で
その惨劇は起き、
身代わりの花は散った。

その凶手の糸をたどり、王の忠実なる死神は王宮を離れた。


だけど、この手の中にはこのぬくもりがあるから…

何も言ってはいけない
悟らせてはならない。

君を不安になんてさせない。

今はただ、こうして抱きしめていられれば―――


(つづく)

身代わりの花(9)

みなさん、元気をわけてくれて。
ありがとう。


【バイト妃】【甘】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(9)
* * * * * * * * * *

ただ抱きしめるだけでいい───

君という存在が私の腕の中に留まり
温もりを与えてくれる

そんな小さなことで、いい。

「もったいない…朝だな」

私は呟いた。

「もったいなのは、私のほうです!!」

ギュッと私の襟を握り締めて擦り寄る無力な兎から、トクトクと速い鼓動が伝わってくる。
白い皮膚の下を暖かい血潮が巡る生気にあふれた健康な頬を愛でる。
それこそが何にも代え難い宝───であるから。



悠久の平安を願いながら、
壊れるものをたくさんみてきた。

頂点に立つということは
瞬間も気を緩めることができない、ということだ。

古きは滅し、新しき萌芽をみる
───それが、世の習い


のぼりつめた頂点は緩やかな下り坂へと向かい、成したものは直ちに崩壊へ傾く。
───それが世の中の習いであれば。

『今の幸せは、ほんの始めなのだ』と信じたい。



「君を───守るから」

そう言って、囲った腕に力をこめる。

困ったように真っ赤になって。…君はいつまでも初々しい。

「でも。陛下。そろそろ起きてお支度をしませんと…
いつもなら空が白み始めるとともにご政務に罹られる陛下が、こんなにのんびりと御寝坊してはいけません!
誰も起こしに来ないんですか?
李順さんが来るんじゃないですか?

───あの。そういえば、女官長さんは…?」

「───静麗?
ああ…邪魔をせぬ様、用事を言いつけた」

「用事?!…ですか」

「ん…手間のかかる用件を頼んだ故、すぐには戻らぬだろう」

口づけをして、口を塞ぐ。

じたばたとも可愛くもがく。でも、今度は本気みたいだ…。
胸をぐいぐいと押されて、遠ざけられた。

「へ、へーかっ…! お、お色気で騙さないでください…!! ズルいです」

と、君は私をジッと睨む。
───あんまり、むくれた顔をするので、思わず笑ってしまう。

「私は、君の世話がしたいんだ」

「それこそ、そんな勿体ないことはダメです!!
貴方の手は、そんなつまらないことをするために在るのではありませんっ!!」

君に叱られてしまった。

「仕方がない、では起きるとするか」

「お召し替えに人をお呼びいたしましょうか…?」

私は衝立の傍に掛けてあったものを手に取り、さっさと身支度を始める。

「いや、構わぬ。
いやしかし、…妃の衣がないな」

ここまで着てきた婚礼衣装は女官長がきれいに片づけてしまって、見当たらなかった。
(…たとえ、あったとしても袖など通させないが)
着いた途端に着せられた妃の夜着が一枚あるだけ。

「とりあえず、夜着を身につけてます…」

「…では、私のを上から被ってみて?」

無理やり着せてみる。
ブカブカの男物の上衣を重ねた夕鈴は…超絶可愛い。

髪を結う道具がないので、静麗が昨日鏡台に置いていた櫛で元結だけ留める。

「まるで小姓、みたいだな」

「…こ、こんな! 国王陛下の衣を着た小姓なんて…!!」

「ふ…大丈夫。夕鈴は可愛いから」

抱きしめた彼女は華奢で、それがまた何とも愛おしかった。



* * * * * * * * * *

そのとき、
いきなり扉傍あたりから声がした。

「───陛下、宜しいですか」

(李順さんっ…!!?)と小さい悲鳴を上げ、夕鈴が真っ青になった。

こつこつと入ってくる。

黎翔は入り口の方へと顔を向けた。


拱手をして、李順は礼儀正しく頭を下げた。

「おはようございます、陛下」

「早いな、李順」

李順は乾いた笑いを顔に貼り付け、丁寧に述べた。

「早くはございません…むしろいつもより長くお待ち申し上げ、しびれを切らしましたよ」

不気味な李順の笑顔は、夕鈴を凍らせた。
夕鈴はそのまま、直立不動の棒立ちになってる。

その夕鈴の方を見ると、
李順は一瞬両目を閉じ、小さく『はぁ』とため息をついて
再び目をあけた。


「───連れ戻してしまったのですね」

それは、咎めるというより、
李順にしては珍しく、ホッとしたようなニュアンスを含んでいた。

「そういうことだ。
…後は頼む」

黎翔は、サラリと言う。

国王の衣に袖を通し立ちすくむ夕鈴を凝視しながら李順は押し黙った。


「───御意」

李順は短く答え、頭を下げた。


「さて。その件はまた改めて。
取り急ぎ、本日のご予定を。
例の件の事後処理の報告と、いくつかお急ぎのご政務を」

例の件、と言う言葉にも、黎翔は眉ひとつ動かさなかった。

血染めと化した後宮の夕鈴妃の一室の映像が浮かんだ。

黎翔の唯一の弱点である妃の命を手に納め、国王と有利な取引をもくろむ賊の一味が、昨夜後宮を急襲した。

しかしそこにいたのは身代わりの花。
替え玉の妃であること気づくや否や、賊は『用無し』と見なし、証拠隠滅のため女を惨殺した。

…遠目で見ればほとんど見分けがつかない妃を、替え玉だと見抜く。

それは───夕鈴と直接見識のある人間が一味の中に居ることを示唆していた。

女の華奢な身とはいえ、それを一刀両断にする大刀をやすやすと扱う体格、しかも相当の力がある。逃走も見事なものであった…。
…そして、王宮の中を良く知り、冷酷で、刃物や武器の扱いに慣れた人物。


「…お前は、私の蜜月に土足で踏みこむのか?」

「蜜月でもなんでも。まずは溜っているお仕事を片づけてからどうぞ───。
午後は行事へ。
戦場に於いて顕著な働きのあった将兵に対して授与される戦功章授与式及び茶話会へ、陛下と妃揃ってご臨席いただくご予定です」

「こんな時に、か───」

「このような時に、だからこそ。
陛下のお姿をお示しになることが必要なのでは───?」

お前たちには、屈しない───と。

李順のピンと緊張感が張りつめた声に、夕鈴は眉をひそめ、おもわず声を出してしまう。

「───何か、あるのですか?」

「いえ?」
李順は務めて平静に答える。

「もしかして。妃が狙われている、っていう…あの?」

夕鈴は、その身代わりの妃が既にこの世にないことを知らない。


「───だとしたら、私が参ります。
身代わりの方、とか、そんなの嫌です。
私のためにあの方を危険な目に合わせるわけにはまいりません」

「夕鈴殿。貴女がそんな心配をする必要は…」

李順が打ち消す。

「夕鈴、止せ───」

黎翔が大きな声を出す。

「───君は、ダメだ」

「なぜですか?」

───言えない。

軍部の将兵のなかに、テロリストの一味が要る可能性が高い、ということは。
恐らく今日の行事は妃を襲うのにまたとないねらい目なのだ。

しかしそれだけに一味が尻尾をだす可能性が高く、危険はともなうが、おとりを仕掛けるのにこれほどチャンスもなかった。


「…とにかく。妃は欠席だ」

黎翔は頑として夕鈴を危険にさらすことを拒んだ。

そこに李順が口をはさむ。

「軍医殿、看護婦らへの褒章の授与は? お妃様から賜られる予定の」

「誰の手からでも褒章にかわりはない、───よきにはからえ」
狼陛下の冷たい声。


「いえ、大切な行事なのですよね?
…私でお役に立てることなら、私、ちゃんと果たしたいです…
今もまだ───もう一度、私を妃として受け入れていただけるのなら。

それとも、もう私は妃としては、相応しくない、ですか…?」

「ふさわしくない?」

「私は、よその家に嫁ぐ約束をして…
だから、そんな私はもう
陛下のお傍には相応しくない、ですか?」


「───夕鈴。そういう言い方は、ズルい…」

「私は陛下のお役に立ちたいんです」

夕鈴はブカブカの上衣の袖を握り締めた。


李順が夕鈴に近づいた。

「…夕鈴殿」

「はい」


「───あなたは。

あなたは、たとえ自分の身に危険があると分かっていても───それでも。
この御方の妃として
…お傍に立てますか?」

「夕鈴───!」
黎翔は李順の言葉に被せ諌めるように短い声を

「はい。喜んで」

夕鈴は笑いながら即答した。

「…もう、慣れっこですよ。
ご心配なく。陛下のお役に立てるのなら、
私はなんだって頑張ります!」

「…夕鈴、ダメだ」

「いえ、やります。
───やらせてください
陛下の妃を…!」


「君は
…私の妃で
いいの?」


「自分だけ安全なところにいて。
誰かを陛下の妃の身代わりにして、危ない目に合わせるなんて、
私は───嫌です」

夕鈴があまりにも真剣に黎翔を見つめるものだから
黎翔は最後には渋々と受け入れるしかなかった。


「夕鈴。
今の約束」

「───はい?」

「私の妃に。
…傍に立つと、と
今、言ったね?」


「…え? あの
お仕事、ですよね?」

夕鈴はこれまで通り、バイト妃の仕事とは、陛下の縁談よけと、おとりの役であると、十分わきまえていた。


「妃の仕事。
───本気でやれる?」


「本気です!!」

(もう、どうしてそんなにしつこく確認するんですか!?
これまで通り私がバイト妃に入るのが、そんなにおかしいですか?)
と夕鈴は内心いぶかしく思った。


「では。
夕鈴、お前に命じる。

───私の妃として、
とこしえに、傍に在れ」


李順は静かにその言葉を聴き終わると、
厳かな礼をとった。


「え? 陛下…?
妃って…あの、妃?」


「───夕鈴。
きみが、私の正妃だ。

───決して、先に逝くことは許さない。
私のためにだけに
私の傍に。

誓ってくれ。───約束だ」



そういって黎翔は、夕鈴を抱きしめた。




(つづく)

身代わりの花(10)

陛下のために、危険と知りつつ行事へ出席するという夕鈴…

【バイト妃】【甘】【※暴力シーンあり注意】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(10)
* * * * * * * * * *

「陛下! さっさと執務室のほうへ」

李順さんに急かされてもグズグズと陛下はしばらく部屋に居座った。

「必要があるものは、ここへもってこい」と言い出す始末。

お忙しいのだから、効率の良い執務室へ行かれたほうが良いはずなのに…。

陛下のブカブカのお召し物を無理やり着付けている私は、袖をたくし上げタスキを掛けた。
筆を整え、料紙を揃える。黒々と丹念に墨をする。

「…うん。こんなふうに夕鈴がいてくれれば
こちらのほうがずっと仕事がはかどる」

「―――そんなはずは、ありませんっ!!
陛下の周りにいらっしゃるのは、有能な方ばかり。
私など、足元にも及びません」

「…彼らは有能だが。
───私への愛情がこもった君の手に勝るものはない」

と言いながら、料紙の束を差し出した私の手を陛下はやすやすと捉える。
あっという間に引き寄せられた。

あごに軽く指を添えると、ちゅっと口づけをされてしまった。

(り…李順さの前でっ!?)

ゴロゴロ喉をならす猫のようにすり寄り、甘える陛下のまつ毛を見つめながら、実のところ私は動揺しまくっていた。


…李順さんがコホンと咳をする。

「…陛下。
お手は止められませんように」


「───李順。
私たちは新婚で。
しかも、いままさに幸せな蜜月なのだぞ?」


「あー! もー! ですからっ!!
新婚でも、蜜月でも!!
陛下の代わりはおりませんっ!!
蜜月が欲しければ、さっさとお仕事お片付けくださいっ!!」

陛下は何食わぬ様子で、書類をかきまぜ鷹揚に何食わぬ顔をしていらっしゃる。

「…資料が足りぬ。
…突き合わせねば」

「ですから、執務室のほうへ!」

「夕鈴を独りにはしては、寂しかろう」

憮然とした表情の陛下と李順さんをハラハラしながら交互に見つめているとき、カタリと音がして衝立の向こうの控えの間へ続く扉の陰から声した。

「…畏れながら。静麗、ただいま戻りました」

「ご苦労。入れ」

「おそれながら、ご報告を…」

女官長さんは陛下のお傍で小さな声で手短に申し述べた。
会話はほとんどが聞き取れない。
またわずかに聞き取れた言葉も、意味をなしていなかった。

…これって、暗号符牒?
何を言っているのかさっぱりわからない。

私の前では話せないような内容ですか…?

「詳しくは
―――後ほど」

「うむ」

女官長さんは美しいまつ毛を伏せている。
白い顔がいつもより白く見えた。

静麗女官長は、なんのお使いをされたのかしら…と思ったけれど、
陛下のご用事だけに、不用意に口もできない。

「取り急ぎ、お妃様のお召し物をご用意し、お持ちいたしました」

女官長さんは一式の箱をささげ持って恭しく頭を下げた。

「…助かる」

「この後は、お任せくださいませ」

「うむ」

「妃は着替えか―――。
女の身支度には時間がかかるもの…
仕方がない、執務室へ参る」

観念した陛下は李順さんに急げ急げとせかされた。


「…私のために、最高の装いをしておくれ?」

ようやく重い腰をあげた陛下は、私を抱きしめ、最後まで甘い表情で口づけを贈った。

「女官長。念入りに、な?」

「御意」

「夕鈴。
ここにいることは、まだ
誰にも知られてはいけないよ?

私がもどるまで、
おとなしくここで待って居てくれ」

「…はい」

その視線は…?

私がまたどこかへ飛びだすと、心配してるんですか?


「―――心配性な陛下。
大切な陛下のお仕事が終わるまで、
私はここで、おとなしく待っておりますから。
安心してお励みくださいませ」

そういって笑って胸を押し出した。

ギュッと抱きしめられた。
そのあと肩を押すように二人の間に距離を取ると、
陛下は微笑んだあと、くるりと振り返り、李順さんを連れて執務室へと歩み始めた。


「…李順? 至急、布英将軍に呼び出しを」

「…は」

―――ほら。
もう、お仕事のお顔をなさっていらっしゃる。

大丈夫。
陛下は、妃なんかで大切なことをお忘れになったりはしない。


狼陛下の厳しい横顔に、胸がキュッと締め付けられた。
その背中をお見送りしながら。

誉れ高き我らが王――― 私の夫、をお見送りした。


ご自身に厳しく、国のために身を尽くすこのお方を、心からお支え申し上げたいと、改めて私は心に刻んだのだった。


* * * * * * * * * *

女官長さんと二人きりになると、さっそくいつものように支度にとりかかる。

続きの間にたらい湯を用意され湯あみをする。

「お美しく…なられましたね。
おめでとうございます」

女官長にそうつぶやかれ、なんだか気恥ずかしかった。

さっぽりとしたところで髪を結われ、お化粧、着付けとすすむ。
いつもなら補助の女官や侍女さんたちがつくのに、今日は女官長一人だけ。

「私が王宮に戻ったことは、―――内密、なのですか?」
髪を梳かれながら、女官長さんに尋ねた。

「…」

女官長さんはいつものように笑っているが質問には答えてくれなかった。


不用意に答えられない、ということは
肯定、と思ってよいのかしらね?

…ふと、血のにおいを感じた。
鏡越しに女官長さんを見つめる。

「女官長さん?
…襟元の、その包帯、は?」

女官長は、官服の襟の下の首あたりに白い包帯を巻いていた。

「…どうされたのですか?
―――っ 首をけがされる、など」

「いえ、大したことはございません」

血の匂いが…。
もしかして、まだ、血が止まらないのでは?
他にもどこかお怪我なさっていませんか、もしかして」


女官長さんは少し困ったようなそぶり。

「…何か、あったのですか?」

「…」

「だったら、無理せず、私のことは良いですから!!
陛下のご用事で、お休みになっていらっしゃらないのでは?」

「夕鈴様。
わたくしにとって、
貴女様のお世話をする以上の
安らぎはございません。
貴女様のお優しさに触れる度、
静麗は幸せを分けていただいておりますよ」

そういって、女官長さんは決して手を休めることはしなかった。


女官長さんは、傷ついている。


―――何でもないふりをして、今も血を流している。

どうして?


…きっと。

みんなが私を大切にかばっているのね―――?

何かが起きている。

だから、陛下なあんなにも心配を…?


嫌な予感は増すばかりだったが、
苦にしていないと。顔に出さないよう。
女官長さんを、心配させたら、―――だめ。


* * * * * * * * * *

昼餉を取るや否や馬車に揺られ、式典会場へと向かう。

「会場では決して私のそばを離れないように」

「君は狙われているかもしれない」

「万が一捕らわれても、抵抗してはいけない」

「相手は、冷酷無比なテロリストの集団だ…決して命を粗末にしないように」

「―――いい? 分かった?
聞いてる、夕鈴?」

「…はい」
私はため息をついた。

狭い馬車の中で、陛下の膝の上で
…先ほどから陛下は心配そうに
何度も同じことを繰り返す。

「大丈夫です
おとり役には、私慣れていますよ?
―――任せてください」

にっこりと笑ってみせる。


でも。後になって。
私はやっぱり、ことの深刻さをよく理解していなかったと、後悔することになるのだった―――。


* * * * * * * * * *


目の前の光景に、私は茫然とした。


大勢の人が無差別に切り付けられた。

辺りは血の海だった。

私の喉元には、今まさに白刃が食い込み、埋まろうとしていた。
背後の男の手は容赦なく、ものすごい力で私の口を塞いだ。




―――それは
戦場に於いて顕著な働きのあった将兵に対する戦功章授与式。

ずらりと正装し、立派な出で立ちで晴れの日を迎えた将校たち。
並ぶ面々は、晴れがましくも勇ましく、各人の武勲をたたえ、陛下御自ら次々に褒章をお与えになった。

私は医療分野で顕著な働きを示してくださった方々に感謝を述べた。

戦場で傷ついた兵士の命を救い、傷をいやし、命を賭して最前線を支えた軍医殿や看護婦の皆さんにそのお働きを称え、褒章をお渡ししていた。

そこまでは、よかった、はず…。
それなのに、どうして―――?



私のそばには女官長さんが付いていた。

陛下も、すぐお近くにいらした。

でも、魔の手は一瞬で私を捕らえた。



式典の途中、不穏な動きは不意に始まった。

いきなり数人の将校が刀の鞘を払い、両隣の屈強の武功者に切り付けた。
ハッと目を奪われた瞬間、私の背後には人がいた。

口を塞がれた。

私は思いっきり、私の口を塞いでいた男の手を噛んだ。

「この…!!」

男は私の後頭部を殴った。
思いもよらぬ衝撃。
痛みが後からガンガンと頭の中を占めた。

刃物をちらつかせ、私の頸にあてる。

「…おっと、近づくな?
近づいたら、殺すぜ―――」

周りの者は凍り付いた。

私は背後の男に脅されているのみならず、

ハッと見回すと二人の射手が弓を引き絞り私を狙っていた。そしておそらく背後にも。

矢を持った男たちの的にされていて、身動き一つできなかった。

ただ、陛下の燃えるような怒りに染まった眼が―――脳裏に焼き付いた。


『ああ、陛下。そんな恐ろしいお顔をなさって―――』

私は悲しかった。


「お前が、本当の妃、だな?
―――偽物ではなく」

「だったら、どうだというの?
…私は逃げも隠れもしないわ。

でも、おあいにくさま。
妃の代わりなど、いくらでもいるわ

だから…私を人質にとったところで無意味なこと。

陛下は冷酷で、恐ろしいお方です!
こんな無謀で恐ろしいことは一刻早く止めて―――…」

私はもう一度固いもので殴られた。

目から火花が散った。
あまりの痛みにクラクラし思わず足元がふらついた。

目が回っている間に顔に黒っぽい布を巻きつけられた。

「逃げ出そうと思うなよ?
俺たちは、いつでもお前を殺してかまわないのだから」

と言って、私の腕を縛り上げた。

「陛下…!!
私のことは構わず
賊を…
捕らえてくださいっ…!!」

「口の減らない女だ…」
今度は猿轡をかまされる。
うーうー唸ることはできても、もう言葉として意味をなさなかった。


刃物を頸へ押し付けられる感触がした

「やめろ―――!」

陛下のお声。
黒い布で目を塞がれ、もう陛下のお顔は見えない―――



どうか、怒らないで、陛下。

おねがいだから―――。



(つづく)

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<休載のおしらせ>

今日から年末年始を主人の実家にて過ごしてきます。

環境的に長いものは少々むつかしく
連載中のお話しが年をまたぐのは心残りではありますが、
帰省から戻ったら再開しますので
もしよかったら待っていてくださいm(_ _)m

皆様、幸せな年末年始をお過ごしください。

おりざ
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