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狼のーかの花嫁

お久しぶりです。
このところ休みなしで本当に忙しくって、更新が滞りました。
ちょっと壊れかけてますけど、なんとか踏みとどまっています。

リクで残ってるお話も
この間書きはじめたお話も
あるにはあるのですが

――SSの書き方を忘れてしまった(笑。


「リハビリに、軽いものでも…」
うーん。

「ハロウィンだから、カボチャの話、とか?」
…と
考えているうちに、
ツボにはまって
あれよあれよと話の風呂敷が広がりました。

なんだか分からない現パラ。
そしてハロウィンとはまだ何も絡んでいない、という壮大さですが
宜しければどうぞ。



【現パラ】【出会い】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁
* * * * * * *


カボチャ、カボチャ、カボチャ…。

目の前は地平線まで続く、広大なカボチャ畑だった。

「はぁ…行けども畑ばかり、って
こんなとこのことをいうのね――」



2時間前に乗り込んだ電車から一歩踏み出したとき
眼前に広がったのは広大な地平線まで続く1本の路線。

コンクリートを盛り上げただけのプラットフォームには雨をしのぐ小屋すらない。

電柱に切符を入れる蓋つきの缶が一つと、変色した看板。
看板には「ご乗車の方へ。切符は電車内の車掌にてお求めください」という注意書きが貼られ上からかけられたビニールは日に焼けて濁っている。

閑散とした無人駅だった。

「コンビニ一つないのね?」

活気があふれる下町育ちの夕鈴は今までこれほど広い耕作地は見たことはなかった。
「大地主さんが収穫期に若い子を募集してるって聞いて、田舎だろうなとは思ってたけど…
まさかこれほどとは。
でもま、これだけ畑があるなら、収穫する人手も必要ってことよね、たぶん」

良いバイトがあると聞いてやってきた夕鈴。

「…にしても、こんな田舎の畑仕事にしては、
破格のバイト料よね――?
これって。…相当こき使われるってことかしら?」

夕鈴はもう一度、手にしていたメモ紙をガサガサと広げた。

「大地主さんが収穫期の間だけのバイトを募集。
若い女性に限る。時給××××円。
先方には連絡済み。×月×日、××時
面接先:××××白陽×-×番地××
コード:××××
(担当:李順という人)」

父さんのちょっと丸っこい几帳面な字でメモられている。

『コード…?
農地番号か何か?
…なんだか訳わかんなくない?』

胡散臭い――そう思った。

だから、話しの出どころをもう一度きちんと問い詰めた。

相手がのらりくらりの父さんだから、
やっぱり何だかよく分からない終いだったのだけれども…。

その時のやりとりを、思い返す。

「父さんが役所で人づてに頼まれたっていうけど。
…ほんとに大丈夫かしら?
こんなに時給が良いって、間違えじゃないの?」

『いーや。時給の件は、何度も確かめた!
大丈夫だよ、夕鈴や!』

『えー? いくらなんでもこの時給は破格でしょ?』

『そんなことはない、そのあたりは広大な農地の広がる大農園でな。
地主さんは“王様“って呼ばれて、地元のみんなもそれはそれは潤ってるらしい!
猫の手も借りたい収穫期だし、好待遇は間違いなしだ!』
「でも、何で
若い女性?
力仕事なら、男の人手が要るんじゃないの?」

『力仕事は人手が足りてるってことじゃないのかな? 良かったなあ、夕鈴。楽な方の仕事で
えへへ。
こりゃ見逃す手は無いぞ~!』

父さんはそういって、鼻息荒く

『他の人がバイトに決まっちゃう前に
夕鈴や、お前。すぐ面接に行っておいで
またとない好待遇だぞ!』 
と背中を押された。

またとない好待遇――
その一言につられ、勢いで電車にのってここまで来てしまった夕鈴。

「…でも。
あの、おっちょこちょいで、人の良い父さん、よ?
…そんなに調子よく甘い儲け話が?」――と、不安を禁じ得ない娘であった。

『――これは相当こき使われるんだろうなぁ…』と
あちこち世知辛い思いもしてきた夕鈴は、覚悟もしていた

「まあ、頑張るしかないわよね。
なんてったって、青慎のためにはこの冬お金が要るんだから。
辛くっても、割の良いバイトならえり好みしてられないわ」
できの良い弟の教育費にはお金がかかる。
良い塾に通わせているものだから、普段のお月謝に加え、冬に3期予定されている集中講座の代金をまとまって工面するとなると、薄給の下級役人の父の収入だけでは首が回らない。

「青慎、安心して! お姉ちゃん、頑張るから。
がっつり稼ぐわよ!」
と、夕鈴は地平線まで広がる広大な農地の真ん中で、大きな声で叫んだ。



* * * * * * *

ヒッチハイクで農家の軽トラに拾われた。

「本当は荷台に人、乗っちゃいかんのだけど…
警察にみつからんようにな」と言われながら
後ろの荷台に乗せてもらった夕鈴。

延々と続いたかぼちゃ畑。

地平線のそのまた向こう、
その畑の真ん中に、こつ然と現れた、白い建物群。

夕鈴は目を疑った。

白いビル群は近代的で、区画整理された広い道路、瀟洒な街頭、街路樹まで整えられたその一角はまるで映画のセットのようにも見えた。

「な、なんで、こんなとこに――ビル群!?」

「驚いたかの?
ここ、白陽研究都市は今や――王宮ともよばれておる」

ヒョイっとお爺さんがハンドル片手に夕鈴の方を振り返る。

「――王宮?」

夕鈴は胡散臭げにお爺さんを見つめる。

あっという間に軽トラはその都市の中心にあるひときわ高いビルの前に留まった。

キキキッと急停車する時に、夕鈴は荷台から転げ落ちそうになって
思わず必死に軽トラの端につかまった。

「ほいっ、ここじゃ、ここ!
あとは一人で行けるじゃろ?」

「ありがとう、お爺さん」

「お前さん、頑張るんじゃぞ?」

シッシッシと、人をくったように嗤うと、ハンドルを握った老人は軽トラを発進させて、あっというまに遠ざかって行った。

夕鈴はビルを見上げた。

白亜の神殿ならぬ研究棟…。
中に入ると、ウロウロと白衣を着た科学者。
エントランスから入ると、最新の設備のビルはどこもかしこもピカピカで、おちついた照明に囲まれると、外のカボチャ畑とはなんだか別世界のように思えた。

こんな田舎の畑の真ん中に――と夕鈴は驚きを隠せない。

「…と、とりあえず。
面接、よね?」

おずおずと、エントランス正面にあった受付ブースの前に立つ。

「いらっしゃいませ
画面を軽くタッチしてください」
と液晶画面に表示されている。


これでも一応、都会っ子よ?
これくらい使えこなせなくてどうするの!

夕鈴はおずおずと指を差し出し、タッチパネルモニターに
父さんのメモに書かれていた部門コードを入力し
受付画面のボタンを押した――。


* * * * * * *


二人の人間を前に
夕鈴は、硬直しながら青ざめ佇んでいた。


言葉が途切れたとたん、
しん、と静まり返る室内。


「――以上です」


「…」

足元を見ていた夕鈴は、
無言の圧迫を感じつつ、チラリと顔をあげる。

途端に、無表情な鋭い視線に射抜かれ
夕鈴はびくり、と肩を震わせた。

視線の先には冷たい表情をした男が椅子に座っている。
先ほどから手足は冷たくなって、ドクンドクンと心臓の音だけが響いていた。

先ほどから恐ろしい空気に晒されていた夕鈴は

『こんな面接って、あり?
まるで取調べみたいじゃない――』と
ビクビクしながら心の中で反芻していた。

「…と言うわけで、汀夕鈴どの。
あなたにはこの方の嫁として、過ごしていただきたいのですよ」

目の前に座りジッと夕鈴を見つめていた男の傍に立つ男の口から、説明が続けられた。

「――はぁ?」
夕鈴は汗をにじませながら、白目を剥いた。

ビルの最上階をぶち抜いた広大なワンフロア。

落ち着いた室内は重厚かつ簡素な設えでありながら、
どれもこれもお金がかかっているのが分かる。

シンプルなコンピューターが置かれた大きな執務机。

部屋の中央に据えられた、あたかも玉座のような大きなイスに
大農王と呼ばれる黒髪、長身の若い男が座っている。


その視線は冷徹で、凍り付くようなオーラをまとっている。

李順と名乗った男が言葉を続ける。

「――詮索は一切無用。
貴女は雇われていることを伏せ
表面上、嫁として暮らすだけです。
そう難しい仕事ではありません」


(む、難しくないとかの問題じゃないわっ!
――怪しすぎる)

もう一度勇気を振り絞って顔をあげた夕鈴の方を、紅い瞳でジロリと睨んでいる。

背中がゾッと凍り付く思いがする。

『怖い、こわい、こわいこわい!!
…この黒髪の人、何っ?
怖い~~っ!!』


「これまでのご説明通り。
あくまで、この方の縁談除けのための『バイト嫁』です」

メガネをかけたウエーブのかかった茶色い髪を後ろで一つに束ねた、生真面目そうな青年が夕鈴に重ねて冷静にかつ端的に説明を加えた。

ここいら一帯は白陽と呼ばれ、地平線の端から端まで見える土地はすべてこの珀家の持ち物だという。

昔から豊かな風土に恵まれ、農業が盛んな土地、白陽。

兄亡きあとこの土地を受け継いだのが、冷酷非情の狼陛下、珀黎翔と呼ばれる目の前の男の人だと説明された夕鈴は、田舎の収獲バイトに応募した自分が、なぜ今ここにいて、李順という人から有無を言わせず説明を受けているのかも分からず、困惑をしていた。

大農王と呼ばれる珀家の歴代当主の中においても沈着冷静で明晰な頭脳を持つ彼は、世界的にその手腕を買われている…らしい。

行き詰まった兄の経営を引き継いだ珀黎翔は、次世代コンピューターを積んだハイテク耕作機械導入を強みに、やる気を失い荒れ果てていた農地を整備し、新たな開墾をすすめた。灌漑用水路の整備の分野でも成果をあげ、短期間で耕作面積を飛躍的に広めた。
また珀家の所有する広大な土地をバックに農業、畜産、林業のみならず、食品、繊維、燃料のジャンルに手を広げ、精力的に土地改良、育種、バイオ燃料、バイオ医薬品を扱う部門を傘下に取りこみ、多岐に渡って精力的な経営を推し進め、白陽の地を復興させた若き経営者であった。

夕鈴にとって、なんとも壮大な話であった。

「――以上のように、若き実力者である陛下の周りには、このところ縁談話が絶えません。
そこで、『収穫期のこのくそ忙しい時期』だけでも業務に集中できるよう、
けん制として『偽の婚約者』バイトを雇うことにしたわけです」

いっきにまくしたてると、李順という人は、パタン、とフォルダーをとじた。


あまりの話にあきれ返りながらも、李順という担当者と狼陛下の二人のド迫力に気圧されながら夕鈴は呆然と話を聞いていた。

「…ええと。それは、つまり。
バイトで、偽の、お嫁さんを演じろってことですか?」

混乱しながらも夕鈴が少しホッとしながら返答した。
するとおもむろに目の前の黒髪の青年が口を開く。
端正な造作は周囲の空気を凍らせるほど冷たい表情。

「――なんだ、手を出してはいかんのか」

『ゲッ』と夕鈴は吹いた。


こんな顔して、冗談、言うか――!?
それとも、本気ぃ――――???


「…」
ジッと紅い瞳で見つめられ、
夕鈴の背中には汗がダラダラ噴出した。

「短期間でお帰りいただく方です
跡継ぎ問題にでも発展しては少々面倒ですので」

メガネの人が、黒髪の『陛下』と呼ばれる青年に向かっていなす。


「…つまらんな。
せっかく愛らしい兎が来たものを―――」

『なんだか…肉食なかんじ~~~っ!!』

カタカタ震えながら固まった夕鈴。

逃げ腰な夕鈴に、李順が最後のダメ出しをする。

「バイト料は破格の待遇です――」


ハッと夕鈴の表情が引き締まる。

(そ、そうだった――可愛い青慎のために、
お金が要るんだ…!)

夕鈴が踏みとどまったのを見ると、李順は頷き、念を押した。


「では。宜しいですね」

夕鈴は「え、?」とメガネの人に向き直る。

『もう話すこともない、決まったこと』とばかりに言葉を締めくくった。
それは有無を言わせぬもので、夕鈴は自分が生贄に決定したと知った。

「ちょ、ちょっと待ってください。
私、まだこのバイト、
やるともやらないとも――」

「…夕鈴殿?」

李順さんが顔を近づけて、静かにつぶやいた

「ここまで話を聞いて、
あなた
まさか断れるとでも思っていたのですか?」

ピラリと一枚の書類を広げて見せられる。

「…あなたの父上のサインです。
親権者による契約承諾書、それから前金支払い済みの証書です。

今更――逃げられませんよ?」

ざっと目を通すと
汀岩圭が闘鶏場でスった代金の肩代わりを前金として借金した先にドッサリ支払い済み、ということになっていた。

「前金は支払い済みです。
あなたにはその分、しっかり働いて返してもらいますよ」

『ええええーっ! 選択の余地なし?
あの、くそ親父ぃっ!!』

と心の中でちょっと悪い言葉で父をののしってしまった夕鈴。

「では、あと少しこちらも打ち合わせがありますので。
先ほど通したお部屋で、お待ちください」

とポイっと部屋の外に出されてしまった。

面接の前に、しばらく待たされた部屋の方へとぼとぼ歩き始めた。

部屋の外に出ると、あの一種独特な凍えるような雰囲気がようやくほぐれた。
夕鈴は深呼吸をした。

あの、恐ろしい人の、花嫁――?

『――ムリっ!!
あんな怖そうな人の、偽のお嫁さんだなんてっ!!!』

と、クルリと後ろを振り返る。

『断ろう!
辞めよう、今ならなんとか…』
夕鈴は拳を握り締め、足音を立てないように急いで廊下を面談した部屋の方へと戻って行った。


*
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狼のーかの花嫁(2)

どこまでゆくのか?
はたしてハロウィンにたどり着けるのか?

宜しければどうぞ。



【現パラ】【研究都市編?】【カボチャの謎】【不条理】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(2)
* * * * * * *

夕鈴は振りかえると、もと来た道をソロソロと戻り始めた。
しかしやはり躊躇する。

目に浮かぶのは、今あったばかりの、黒髪の『怖いひと』。


(…怖くて「ムリです」って言えなかった…)

夕鈴はフラフラと柱にもたれ掛かった。

汀夕鈴。17歳。
弟の塾の費用を稼ぐため、割の良いがあると聞いて、
収穫作業真っ只中の広大な農地が広がる
ここ、白陽へ出稼ぎにきたバイト娘。

それが、いきなり「花嫁」になれと来たもんだ。

もちろん、あくまで縁談除けのバイト。
だけど、相手というのが…

――その眼光で人々を屈服させる
他を寄せ付けない孤高の王…

(高賃金にはちがいないのよ…
ああ、でも――)

瞳にはちょちょぎれた涙が浮かぶ。

「~~~~やっぱ
辞めるって言ってこよう!」

バッと顔をあげ、思い切ってもう一度奥へと進む…

(あっちのメガネの人に!!
陛下がいたら、また次の時に――)

どうか、もう、あの怖くて冷たい陛下が、
あの部屋に居ませんように。

祈るような気持ちで夕鈴は廊下を進む。
息をひそめて、足音を立てないように…

部屋の傍までくると、声が聞こえた。

「て
ゆーかさあ」

(ん?)

夕鈴は耳をそばだてた。

若い男の人の、くだけた調子の声。

「この作戦、僕が休むヒマなくない?」

「まだ気を抜かずに!
人払いが済ませてあるとはいえ…」

「だってー」

「彼女にはそれ、ばれないでくださいよ!?」

二人の男性の、会話。
…ばれないでくださいよ、と敬語を使っているのは
さっき、いろいろバイトの説明をしてくれた李順、というメガネの人の声のよう。

…ということは、もう、一人の声――

(ん!?)

この声――

「彼女にも、でしょ?」

部屋からひょいと顔をだしたのは―――

「あ」

「へ!」

紅い瞳の、黒髪の。
長身の男性――

夕鈴は思わずぱちくりと目をしばたたかせた。

「あ――――――
…ご」
「へい、…へ?」
「め――ん!
李順―― お嫁さん、まだいたよー」

やっぱり、さっきの、あの、恐ろしい狼陛下、その人だ!!

「えっ
なっ
…部屋にお戻りくださいとっ!!」

メガネの男の人が慌てて飛び出してきて
夕鈴と目がバチンとあった。

「あああああ、作戦がああああっ」
李順は頭を抱えて崩れるように床に膝をつく。

「やっちゃったー」
黒髪の青年は笑いながら頬を染めている。

「!?」

(さっきの人と
なんか別人なんですけど――!?)

先ほどまでの凍るような空気をまとった狼陛下ではなく、
まわりに小花を散らしながら頬をそめて
人畜無害系のホワホワした空気を醸し出してる…

狼っていうか、

小犬――!


「兄上の代で荒れ果てた土地も、こうして陛下の手腕で盛りかえし、
ようやくこの国本も落ち着いてきた矢先。
みなの関心はもっぱら本家の嫁についてです。
――しかし、嫁をもらって『狼陛下』が実はこんな方だとばれるのはとてもまずい」

ジッとみつめる夕鈴に、にこーと笑いかえす優しげな青年。

先ほど椅子に座って、あたりを凍えさせていた人と同一人物とはとても見えない。

「…つまり『冷酷非情な狼陛下』って…」

夕鈴が確認をすると、メガネの男はシレッとした表情で答える。

「――他国やこの地区の生産者になめられないための
イメージ戦略です」


「縁談断るたび理由きかれて困っちゃってね。
仕方ないから一時しのぎに臨時花嫁(バイト)雇ってごまかそうかと」

『そんな――』
メガネの人が恐ろしい表情で締めくくる。

「今回の件…
うっかりでも口を滑らせたら――」

――契約違反で
 十倍返し!?
そんなばかな~~~!!!

父さんのことだから、もう借金返済に使っちゃったわよ!?


* * * * * * *

「今日はお疲れでしょう。
夕食までゆっくりお過ごしください」

「じゃ、また夕食の時に――」
ぴらぴらと手を振られ、あっけにとられているうちに二人は部屋から出て行った。

呆然としながら、ぽつんと一人残されていると
控室の方からきれいな秘書さんが声をかけてくれた。

「どうぞ、お部屋にご案内いたします。
お持ちになったお荷物は、すでに運び込んでありますので――」


(ぜったい、詐欺よ、こんなの。
表向きっていうのがせめてもの…

――でも。

まんまとはまってしまったのが悔しい!)

夕鈴は腹が立って、駆け出した。

エレベータに乗って1階まで降りる。
無機質なエントランスを一気に駆け抜けて、外に出る。

風が強い。

白亜のビル群の周りはグルリと広大な農地に取り巻かれていた。
無性にカボチャ畑が見たかった。
夕鈴は走った。

だけど、走っても走っても、カボチャ畑にはなかなかたどり着けなかった。
研究都市エリアは広かった。
ようやくビル群の端までくると、今度はガラス張りの温室群が見えてきた。

ガラスが陽光を反射して、きらきらしている。

外からガラス越しに覗き込むと、
白衣を身にまとい黒い髪をポニーテールにくくった細身の男性が一人いた。

バインダーを片手に温室内を歩き回り、何やらカチカチと手の中のカウンターを鳴らしてはバインダーに挟んだ用紙に記入している。

温室の中央には大きな木がそそり立っており、枝々にはたわわに実ったトマトが鈴なりだった。あまりに立派な様子だったので思わず夕鈴は温室内に踏み込んでしまった。

「…トマトって、木の実だったんですね」
夕鈴が感嘆の声を上げた。

のんびりと話しかけたつもりだったのに――

「あなたは馬鹿かっ!!」

とてつもない勢いで怒鳴られ
夕鈴はザクッと胸を切り裂かれたような思いがした。

(見も知らぬ人にむかって、
いきなり、馬鹿か、ですってぇ~? 
この傍若無人男――!)

夕鈴は唖然として男の顔を見返した。

「トマトといえばっ!
学名Solanum lycopersicum、南アメリカ原産のナス科ナス族の多年生植物であろうっ!
トマトは野菜であり、野菜とは副食物として利用する草本類の総称と定義されるっ
そんなことも知らんのか、あなたは」

面食らった夕鈴は、一二歩、後ずさった。

(トマトの学名なんか、いちいち知らないわよ――!!)

関わりたくない人種――だけど、研究に没頭する熱い魂は感じられた。

「…ええと。トマトが野菜というなら、たぶん私もそうだと思っていました。
トマトが野菜で何よりです。
あの――もしよかったら、私とてものどが渇いてるので
その立派なトマト、一つわけていただけませんか?」

これだけあるなら、一つや二つ。
嫌味代として貰ってやらねば――。

夕鈴は内心ピキッと額に筋をたてながらも
あいそ笑いをして、下手に出て見せた。

「何いっ?!」

ポニーテールの男はギッと夕鈴を睨んだ。
そのすさまじい怒気に、またもや夕鈴は一歩後退した。

「それは…私がトマトの水耕栽培でギネス記録を狙っていると知っての嫌がらせか――?
陛下の御為、世界一達成まで、あと3個と迫っているとこの大事なときに――」

なんだか、精神的に疲れたわ、…と夕鈴は白旗を上げた。

「…いえ、そんなに大事なものだったら、結構です」

「のどがかわいているのなら、隣のイケスをのぞけば
ヒマな男が茶でも出してくれるだろう。
私は今手が離せん!」

とポニーテールの男はプリプリした表情で、
――それでもなんとなく親切なことを教えてくれたので、
夕鈴は「忙しいところ、お邪魔いたしました」と言って温室を後にした。

隣のイケス、と聞いたとおり、
温室の隣の敷地にはコンクリートの壁がそそり立っており
太いポンプからザバザバと音をたてて地下水が汲み上げられ、
人工池がいくつも作られていた。

「…イケスって、これ?」

「おや、お客様?」

イケスの端にしゃがみ込んでいた人が立ち上がる。

綺麗な人だった。

淡い栗色の長い髪を背中に流しやさしげで色白な青年。
やはり白衣を着ている。

「餌をやっていたんですか?
…大きいお魚がいっぱいですね」

「ああ、それはニジマスの四倍体のメスですよ…」

「へ?」

「いえ、三倍体とか、四倍体とか、
貴女にとってはどうでもよいことですね…」

ふわっと笑うと「どうです、お茶でも?」と研究棟の方を指さした。

夕鈴は歩き続けでのどが渇いていたので「では、お言葉に甘えて」と、青年の後に続いた。

「突然おじゃまして…」

「構いませんよ?」
ふわりと笑う。

「私は氾水月。魚類の生態を研究しています」

「白陽は農業が盛んな土地だと聞きましたが、魚類の研究もされているんですか?」

「まあ、いろいろ。陛下はさまざまな分野に積極的に取り組まれ、研究にも多額の投資がなされていますから…。
私はのんびりと、ですけどね」

「はあ…。ちなみに水月さんはどんな研究を?」

「月の綺麗な夜にね、魚たちに笛を吹いてやるんです。
そうすると大きくて味の良い魚が育つ、という研究です」

「――はぁ?」

「もちろん、笛に限りませんが…
ようは、質の高い音楽を聴かせることが重要なんです」

「…はあ?」

夕鈴は手元の茶をすすった。
ザバザバとイケスに水をくみ上げる音だけが耳に染み渡る。

「…美味しいです」

研究内容はよく分からないが、
きっと水月さんは心のきれいな人なんだろうな、と思った。

「よかった」
細い指で茶器を扱い、水月はニコリと笑い返す。

「あの私、この白陽には初めて来たんですけど…。
知りたいんです。白陽国の王様と呼ばれる――」

「陛下?」

水月さんはビクッと肩をすくめて、怖そうに青い顔をして眉をひそめた。

(そんなに、怖がられている人なんだ。
あの人――。)

本当の姿を知られないように
『冷酷非情の狼陛下』として振る舞って、
だれからも恐れられているという…黒髪の青年。

「はい」

夕鈴はゆっくり考えながら肯定した。

「どうして? 私はあの方が恐ろしい」

「どうして、っていうか…その、あの」

…縁談除けのバイト嫁、の話はできない。
でも、陛下がどんな人なのか、夕鈴は知りたいと思った。

「お好き、なのですね? あの方が」

「…えっ!?」

水月の言葉があまりにも突拍子のないものだったので、
夕鈴は目を丸くして驚いた。

(――好きもきらいもないでしょ!
いま、詐欺まがいの目にあったばかりなんですけど?)

しかし、臨時嫁として雇われて…
このあと誰にどういう経路で話が広がるのかわからない。

今は下手な返答もできない。

(縁談除けのバイトだなんて、無茶言って、人を騙して!
嫌い、きらい! きらい…なはず、
…でも、
あんな優しそうな――)

モジモジしながら、難しい表情で一人百面相をしている少女に
水月は苦笑をしながら答えた。


「――陛下は、おおきなカボチャをお望みです」

「おおきい、カボチャ?」

「形よく、色ツヤよく。
そしてなにより一番大きなカボチャ…です。
なんといっても、
21歳の収穫祭ですから、ね…」

水月さんはそういうと、窓越しに遠く見えるカボチャ畑を見遣った。
夕鈴は飲み干した茶碗とトンと机に置くと、
水月の視線を追って広大なカボチャ畑を見つめた。

「…え、と??」

何がなんだかわからないと首をひねりながら水月の方を振りかえると、
水月の背後の飾り棚の高そうなツボの中から、タコがはい出してきた。

「――タコ!」

夕鈴が驚いて指差すその先を
水月はまったりとした表情で見定めた。

「ああ…この子のこと、忘れていた。
そろそろお散歩は終わりだというのに――」

水月はツボごと持ち上げると扉をあけて、水槽がずらりと並んでいるラボの方へと歩きかける。

「…すみません、まだ世話が残っているので。お茶会はこれまで、です。
あなたがこの白陽で一番大きなカボチャを探すことができますように」

「え?
私が探すんですか?
大きなカボチャを…?」

「もし、あなたがお気に召したカボチャをみつけたら
ここに持っていらっしゃい。
わたしが月夜の晩に笛を吹いて、もっともっと大きくして差し上げます」

フフフ、と水月は笑った。
あはは、と夕鈴も笑った。

さっきの魚のはなしの延長線上のシャレなのかしら――?

研究者さんって、何考えてるのか分かんない。

水月の言葉が冗談なのか本気なのかわかりかねながらも、面白い人だと夕鈴は思った。

(笛を吹いて、大きく…って。
魔女にでもなったつもりかしら?
でも、水月さん、この人ならやりかねないわね)

夕鈴は一瞬想像して苦笑した。

夕鈴は腑に落ちないことばかりだったけれども、
そろそろ腰を上げるころあいだった。

「お邪魔いたしました。
お茶、美味しかったです。ご馳走様でした」

「――またいつでもどうぞ」

水槽にタコの入ったツボを降ろしながら水月は振り返り、優しい微笑みで夕鈴を送り出した。

水産研究棟を後にすると、もう研究都市の端となり、
夕鈴はついにカボチャ畑のヘリにたどり着いた。

大きなカボチャがごろごろと畑に転がっていた。

大きなカボチャ。
21歳の収穫祭に、形よく、色ツヤよい、大きなカボチャが要るって…どういうこと?

夕鈴の心の中には新たなる疑問が湧き上がる。

あんなに怖かった狼陛下。
コロッと子犬のような優しい笑顔をみせて――

そのくせ、人をだますんだ。

知らない、あんな人のことなんか――!!

プンプン怒りながら、夕鈴はカボチャ畑を突っ切っていった――。


*

狼のーかの花嫁(3)

雨の音が静かです。

ハッピー、ハロウィン!
みなさま楽しいハロウィンをお過ごしですか?

(とはいえ、お店のさりげない装飾に接する程度で
実生活上、特別ハロウィンらしいことは何もない寂しい日本人←)


ハロウィンは今日までなのに
今日までには終わらなかった現パラSS。

残念だったらすみません。

【現パラ】【カボチャの謎】【微糖】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(3)
* * * * * * *

夕鈴はカボチャ畑の大冒険を終えて、飛び出した元のビルに戻ってきたとき、外はもうすっかり暗くなっていた。
イライラと迎えに出た李順にさんざん怒られた。

「どこに行っていたんですか!」
「あの、あたりを見ようとおもって…帰り道、迷ってしまいました――」
「…はぁ」と李順は目頭を指で押さえた。
「あなたと夕食をと、陛下は次のご予定の会合の時間まで、ギリギリお待ちだったんですよ?!」

――そんなこと、聞いてませんから…ともいえない。

「こちらは、宿舎の管理人です!」
と紹介されたのは、駅からここまで軽トラに乗せてくれたちんまりとした老人だった。
李順は管理人である老人に夕鈴を任せると「では」と消えてしまった。
「遅かったのう。メガネの小僧にたっぷり絞られたようじゃな」と笑われた。
「あ、駅から送ってくれたお爺さんですよね?
その節はお世話になりました!」
「いやいや。普段あの駅を使う者も少ないでの」
「――え?」
ニコニコと老人は笑っている。
それ以上説明がないので、夕鈴は何がなんだか意味が分からず、少し困ってしまった。

少し話題を変えて夕鈴は話しかけた。
「…ええと、ずいぶんとお忙しそうですね」
「まあ、のう。陛下も側近も、それが仕事じゃからなあ」
「お仕事、ですか」
「お前さんはどこに行っておったんじゃ?」
「途中みた、カボチャ畑を見に行ってきました!」
「ほう」
「…見たこともないようなすっごく大きいカボチャが、ゴロゴロありました!」
「…もうすぐ、収穫祭じゃでのう」
老人は笑ったが、なんとなく少し寂しそうに見えた。
「…えっと。それから。トマトの樹を見て、お魚のイケスの研究室でお茶をいただきました! あと、道すがら焼き芋をごちそうになったり…」
「トマトの温室に寄ったのか。偏屈なやつがおったじゃろ?」
「――いました!
眉間にしわ寄せて、怒鳴られました」
「魚に音楽を聞かせる男には会ったかの?」
「会いました!
もしカボチャを大きくしたかったら、持っておいでって…」
「そうか、そうか。そりゃよかった」
老人はニコニコと笑った。

『何がよかったのか』夕鈴にはさっぱり分からなかったが
張老人が「よくやったの」と褒めてくれたので、
夕鈴の心はほぐれてニッコリ笑った。

ビルの一部が宿舎にあてられているらしい。
大きな職員食堂があったがもう既に営業は終わっていた。
「腹が減ったじゃろ」と布巾をかけたトレーを出され、逆に手間をかけてしまったと夕鈴は悪い気がしてしまった。広い食堂の端でぼそぼそ食べた。

世話人の張元老人は、ここでの生活を大まかに教えてくれた。

(…一人で食べるのは味気ないわね。
でも、あの恐ろしい陛下と一緒に食べるのはもっと居た堪れないでしょうね

正直、怖いモノは怖い――。
コロッと別人のような笑顔を見せられても…。
あの人の偽の婚約者だなんて、ほんとうにできるのかしら…)
と、夕鈴は悶々としていた。

豪華な個室スイートをあてがわれ、ドアから先は男の張老人から身の回りの世話をする女性たちにバトンタッチされた。

(なんの、冗談――?)と思いつつ、過剰な世話に目を白黒する夕鈴。

「お疲れでしょう、どうぞ湯あみして一日のお疲れをお取りください」と勧められる。

「背中をお流しいたします」と言われ、当然のように服を脱ぐのを手伝われはじめた夕鈴は、あわてて両手で前身をブロックし、赤面しながら辞退した。

風呂を出るとふわふわのタオルとバスローブがきちんと畳んで置かれていた。
その横には白いフリルのネグリジェ。

「…これ、着ろっていうの――?」

夕鈴は赤面をしながら胸の周りにバスタオルを巻き付けると、パタパタとバスルームを飛び出し、部屋に戻って自分のボストンバッグに一目散に飛びついた。

手荒くバッグのチャックを開けると、少々くたびれた茶色いパジャマをひっぱり出す。
ベージュの木綿生地に白い兎を染め抜いた愛用のパジャマ。

「…ふう。バイトっていうから
作業着しか持ってきてないのに…」

ボタンをはめて、肩からバスタオルをかけな、濡れた髪にドライアーをあてながらブラシで梳いていると、突然部屋の続の間からコンコンとノックされ夕鈴は面食らった。

「夕鈴さま、陛下がおみえです」

(えっ!?こんな夜に――
もうお風呂はいって…)
泡を食った夕鈴は声も出せず…というより返事をする間もなく扉は勝手に開けられてしまった。

顔を出したのは狼陛下。
夜着の上に藍色のガウンを羽織っている。

「――なんでっ!?」

ガタン、と立ち上がれば

「――なぜも何も
妻の元へ夫が通わぬ法がどこにあるのだ」
と、相手は余裕しゃくしゃく。

5m以上の距離をとって、つねに注意深く結界をはっていたのに、
黎翔はスイと身をかわすと容易く夕鈴の至近距離1mにすべりこむ。

頬を撫でられながら夕鈴は凍りついた。
(――て、貞操の危機!?)

恐ろしい狼陛下の陰の中にすっぽりと納まり
夕鈴は恐ろしさでガタガタ震えが止まらない。

「――初々しいことだ。
妻が恥ずかしがるのでな。
…おまえたち、もう下がってよい
二人きりにしてくれ」

「かしこまりました」
とおつぎの間から声が掛り、さらさら…と人の気配が去って行った。

完全に人の気配がなくなり、シーンとあたりが静まり返った。

「は~~~、肩こったぁ」
夕鈴の傍から離れ、ボスッと長椅子に座り込む陛下。

「あ、驚かせてゴメンね。
李順がとりあえず行っとけってゆーから」
ニコニコしている陛下。

あまりの変わり身の早さに呆然としながら夕鈴は見つめた。

* * * * * * *

――この白陽の土地で今求められているのは、諸外国とも渡り合えるくらい、地域一丸となって引っ張れる、強いリーダー(当主)だから――

『強くて怖い王様を演じているんだ』という黎翔の言葉を聞きながら
夕鈴は他人事ではなく、まるで自分のことのように切なくなってしまった。

(冷酷非情な狼陛下は幻で――
そこにいるのは、
自分とは全然違う自分を演じている
優しい王様。…)

夕鈴は思わず怖さも忘れて黎翔の隣に近づく。

「それって、カッコいいことだと思います!」

夕鈴は思わず熱く語るものだから、逆に黎翔が気圧されるほど。

「ありがとう」

「――そうよね。曲がりなりにも一度引き受けた仕事だもの。
やりとおすのが筋ってものよね。
よぉし、陛下っ!
できることがあったら、バンバン言って下さい!
なんでもやりますっ!
私っ、お給料分は頑張りますからっ!!」

「…うん」
黎翔はクスリと笑い「よろしくね」と彼女の手を取った。

「――あの。
…なんだか、ちょっと近いんですけど?」

「…そう?」
黎翔はニコニコと夕鈴の手に自分の手を絡めた。

「奥さん、なんだよね?」

「え?」

「OKってことでしょ?」

――バッと夕鈴は赤面すると、慌てて立ち上がった。

「…そっ、それはっ!!
あ、あくまで、バイトでっ!
表向きのことです~~~っ!」

黎翔はツイっと手をのばし
立ち上がった彼女の腕を取ると、軽くひっぱる。

夕鈴はポスンと黎翔の腕の中に飛び込んだ。

「なんでもやってくれるって?
…嬉しいなあ」

(茶色のくたびれた普段着パジャマなんか着なければよかった――)と
ふと変なところで夕鈴は冷静になって、後悔した。

「ぱ、パジャマ…」

「…うん?
よく似合ってる。
兎さんの柄、可愛い」

黎翔は木綿の生地越しにやさしく彼女の背を撫でた。

ドキドキと動悸は高まり、耳まで朱に染めた夕鈴は、
思わず相手を押しのけようと抵抗したが、
子犬のような黎翔は見た目に似合わず力があった。

「…え?」

にこやかにほほ笑む青年は何一つ特別に力んだ様子もないのに
クイッと軽く手首を返しただけで、あっというまに二人の距離は縮まった…というより密着していた。

(えっ、ええっ?
近い、近い、近い~~~!!)

抱きしめられた夕鈴は、ほとんどパニック寸前。

まったく身動きもままならず
黎翔の腕の中で釘づけになっていた。


「夕鈴、お願いがあるんだけど」
耳元にささやかれる。

「…なんですか?
藪から棒に」

せめて、言葉だけでも距離を置こうと
必死に他人行儀な言葉で抵抗する夕鈴。

「収穫祭のお祭りまでに。
私に、大きなカボチャを持ってきてくれない?」

「カボチャ?
――いっぱい、畑にありましたよ?」

「ううん、一番のカボチャ。
いちばん形好くて、色ツヤ良い、大きなカボチャが欲しいんだ」

「え?」
どこかで聞いたフレーズ。

――形よく、色ツヤよく。
そしてなにより一番大きなカボチャ――

「――21歳の収穫祭、だから…?」

「え?
――誰かに
何か聞いた?」

「いえ、その。さっき。
散歩してるときに出会った人から、
不思議な呪文みたいな言葉を聞いて――」

「…ふうん?」

黎翔の眼がキラリと光った。

「――夕鈴?」

名を呼ばれて、ドクン、と胸が跳ねた。

「はい?」

こわごわ夕鈴が見返すと、陛下はスッと紅い目を細めて
ジッと夕鈴を見つめていた。

そこにいたのは狼陛下。

夕鈴の額に口づけを落した。

「夕鈴――。
カボチャをくれないと
イタズラするよ?」



*

狼のーかの花嫁(4)

クワを振るう陛下を書いてみたかったんです。
トラクターで広大な農地を耕すコックーあるいはコンバインで見渡す限りたわたに実る穀物を刈り取るコックーとか夢は広がったんですが。いつか出してみたい(けど今回は出番なしのような気がします)。


【現パラ】【おや謎の一端が…?】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(4)
* * * * * * *

彼女の額に、彼の唇が押し当てられた。

(…え!?)
ととまどっている夕鈴の耳元に
低い狼陛下の声が響いた。

「夕鈴――。
カボチャをくれないと
イタズラするよ?」

陛下の唇が離れたとたんに、
その部分だけがカアァっと熱をもった。

「なっ!?―――… 」

カボチャをくれないと
いたずらするよ
―――カボチャを
…夕鈴?

カボチャを…―――

頭の中を何度も何度も低い声で陛下の言葉がめぐり
朦朧として意識を手放した夕鈴の体がぐらりと傾いだ。

黎翔はその体を腕に抱きかかえると、
力なく崩れ落ちた彼女を見下ろした。

「…いい子だ」

彼女の髪を撫でつけると、黎翔は彼女の膝の裏に腕を回し抱え上げ、
寝台に、その体を横たえた。


* * * * * * *

薄明りが差し込んでいた。
鳥の声が聞こえる。

「…鳥」

コッコッコッ コッコッコ
コーッ! コッコッ!

「ニワトリ?」

(―――額が、熱い)

夕鈴は、ジンジンといたむそこに手を伸ばした。
熱でも出した?
それとも…どこかにぶつけたかしら?

額に左手のひらが触れたとたん、
それまでジンジンと熱を持っていた額がすっと冷えるように沈静化した。
「う、ん…」
夕鈴は目を覚ます。

豪華な白いレースの天蓋。
ふかふかの羽根布団に、手の込んだ手作りパッチワークの上掛け。
見慣れない風景。
見慣れない寝台。

「…えっ、と?」

(昨日、確か。バイト先にきて面接を―――
臨時花嫁のバイトで…
飛び出して、変な人たちにいっぱい会って、歩き疲れて…
お風呂に入って、
陛下が部屋に来て―――
陛下に抱きしめられて
陛下は大きくて形の良いカボチャが欲しくて
へ、へ、陛下が私のおでこにキス―――!?


ぎゃーーーーっ!?)


記憶にないが。
まさか―――!?

夕鈴は蒼白になった。

バッと掛け布団をめくる。

いつものちょっとくたびれたベージュの兎ガラのパジャマが視界に入る。
慌てて胸元を手で押さえるが、きっちりボタンが掛けられている。
大きな寝台の真ん中。
足元も特に乱れた様子もなく、自分はまっすぐになってすっぽりと布団のなかで寝ていたようだと分かる。

ちょっとホッとしながら、朝の光が差し込む窓辺の方を見る。
白いレースのカーテンが風で揺れる。

室内を見渡す。
昨日は夜、照明に薄暗く照らし出されていた部屋も、朝の透明な陽光の中で見るのはとても新鮮で違って見えた。

無駄に広いスイートルームの室内はすっきりと広く、白と金と淡いグレイッシュピンクでコーディネイトされていた。ふかふかの白いじゅうたん、マントルピース、ソファーと応接セット。机の上には果物がどっさり載った足つき皿。ウォーキングクローゼットとクラシカルなチェストの上には花瓶に活けられたアレンジメント生花。
金のフレームのベッドには白いジョーゼットとレースの天蓋がかけられ、
(まるでシンデレラになったみたい)
堅実に生活してきた夕鈴にとって、今までの生活とはかけ離れた空間だった。

窓の外から、ニワトリの声に交じって、軽いリズミカルなサクッ、サクッという音が続いていることに夕鈴は気が付いた。

ベッドにかけられていたガウンに袖を通し、スリッパをつっかけると夕鈴は開きテラス窓に手をかけた。

18階のテラスに出ると少し風が強かった。
煽られる髪を手で押さえつけ、ガウンの前合わせをきつく引き寄せた。

そこは空中庭園…正確には農園(ガーデン)だった。
音の主はすぐに見つかった。

クワを振るって土を耕していたのは狼陛下とよばれる背の高い青年だった。

彼はこちらに気が付くと、クワを下ろし首にかけたタオルで軽く汗を拭きながら声をかけた。

整地された畑にはいろいろな作物が植えられていて、柵の向こうにはニワトリも見えた。

「やあ、おはよう。
よく眠れたか?」

「…お、お、おはようございますっ!」

昨日、額にキスをされて―――その後の記憶がない夕鈴は、急に昨晩のことが思いだされて真っ赤に頬を染めた。

「へっ、陛下もっ! よくお休みになられましたか?」

「ああ、ぐっすりと。
昨晩は二人で過ごせて楽しかった」
ニコ、と笑う笑顔が眩しい。

あれほど恐ろし人と思っていたはずなのに、
なぜか胸がキュンと高鳴ってしまった夕鈴。

(ぎゃー、なに、この女たらし!?)

「あっ、あの、その―――っ!!
私、良く覚えていないんですがっ
まさか、その―――」
しどろもどろだったが、とにかく疑念は早くはらしておきたい。

「…ああ。私も疲れていたし。
すぐ自分の部屋に戻った」

指刺された方を見ると、空中庭園のテラスを挟んで夕鈴の部屋と対になる部屋が見えた。

「…あっち。
僕の部屋、ね。
こんどは夕鈴が、遊びにきてくれる?」

急に子犬の、キュンキュンと甘えたような顔をするものだから

「へ、へーかがお望みならば!」
と夕鈴もついツンケンしながら答えてしまった。

クスッと笑う黎翔。

「こっちにおいで」

テラスの端には石窯が置かれており、かすかな煙が上がっていた。

黎翔が耐熱手袋を付けると厚い鉄の扉を開け、火掻き棒で石窯の中からコロコロ焼き芋を取り出した。
厚切りのベーコンとソーセージの脂が香ばしい香りを放ち程よく焼けていたフライパンを石窯の中から引っ張り出すと、黎翔はポケットから生みたての卵を2つ3つ取り出し、パカンと割ってフライパンごと石窯の中に突っ込む。

ほどなくしてジュウジュウ音をたてて目玉焼きが出来上がった。

「ご飯、食べる?」
ピョコン、と黎翔の頭に耳が生えたように見えた。
夕鈴は一瞬あっけにとられた。
(ま、幻、よね―――?)

「…こ、こんな風にいつも朝ごはんをご自分で?」
とりあえず、会話をつづけなくては、と夕鈴は気丈に振る舞った。

「今日は特別。
お嫁さんが一緒に食べてくれる
初めての食事だからね」

夕鈴は真っ赤になった。
昨晩、彼との夕食をすっぽかしたのは夕鈴だった。

少し悪そうな顔をした夕鈴のことを気に留める風もなく
機嫌よさそうに黎翔はベーコンと目玉焼きを二枚の皿に移した。

手袋をはめるよう促され、焼きたての芋を渡される。
二つに割るとばふっと湯気があがる。
甘いにおいが立ち込める。

「…いただきます」

いつのまにか朝食の用意が載ったサイドテーブルがあって
黎翔がポットを傾けると、入れたてのコーヒーがカップに注がれた。

「トースト、搾りたてのミルク、オレンジジュース。…どれでも、好きなのを。なんなら全部」
夕鈴はテラスのテーブルの方へとエスコートされる。

「これ、陛下が用意されたんですか?」

「ゴメン、ネタバラシしとくと―――ぼくは料理したことないから。
朝食の準備はしてもらった。
ベーコンと卵は旨くやけただろう?
…芋も窯に放り込んだよ。
初めてにしちゃ、上出来だな」と笑った。

―――陛下、手作り!?

「じゃあ、こんどは私が料理作りますね?」

「ああ、それは楽しみだな」
ピョコン、と頭に小犬の耳が生えたように見えた。
(―――幻影?)と夕鈴は目をこすった。

「庶民の料理しかできませんよ?」

「うん」
黎翔はニコニコと嬉しそうに小犬の尻尾を振っている。
どうみても、本当に尻尾が生えているようにしか見えない。

「陛下がいつも食べていらっしゃるような、料理人のお料理とちがって。
ほんと、特にどうってことないものしかできませんよ?」

「…うん。そういうのが食べたいな」

耳も尻尾も、もうどうみても小犬陛下は幻じゃないような気がするが
そろそろ夕鈴は詮索する気力もなくなってきた。

笑いながら黎翔は夕鈴に椅子をすすめられて座らせた。

これまでレディ扱いを受けたこともない夕鈴は、あまりに自然に振る舞う黎翔にドギマギした。手の触れるほど近く並んで座るのもちょっと恥ずかしかった。

18階のビルの上からの眺望は素晴らしく、
地平線まで広がる農地を見下ろして二人で焼き芋を食べた。


焼き芋をほおばり、ミルクの入ったマグカップをごくんと飲み干した夕鈴。
おずおずと話を切り出した。

「…お、お話を蒸し返すようですが」

「ん?」
尻尾がパタパタ振られる。

「…さ、昨晩は―――」

黎翔から極力遠くに視線をそらしたまま、消え入りそうな声で尋ねる。

夕鈴は真剣なまなざしで青くなったり赤くなったり…
その様子が黎翔はおかしくてたまらない。
耳がピン、と立っている。

「…昨晩? ああ別に何も」
黎翔がさりげなく答えると、ほーっと大きな安堵の吐息を吐き出した。

「ほんとに、何もなかったんですよね?」

重ねて問うと、黎翔の耳と尻尾がタランとうなだれて、消えた。

(あら?
幻の尻尾と耳が…消えた?)
夕鈴はきょとんと黎翔の顔を見つめた。

今さっきまで見えていた耳と尻尾がなくなって…
というか、そもそも耳も尻尾も、幻だったのだ、と夕鈴は無理やり自分を納得させた。

「うん、何もないよ?
だって君すっごく疲れてたでしょ?…すぐ寝ちゃったし。
ぼくもすぐ部屋に戻ってぐっすり朝まで」

「ほんとの、ほんとーに?」

ジトリと、下から黎翔を見上げる夕鈴。
羞恥心をごまかすための虚勢なのか、赤らんだ頬をぶっと膨らませ、その様子はなんとも「変な顔」。
『冷酷非情の狼陛下』とよばれる男を、いまだかつてこのような目で見たものがあろうか――。
あまりにも意外すぎた。
おかしくて、笑いがこみあげてくる。
黎翔は彼女のことを苛めたくてウズウズしたけれど、下手にいじって『嫌われたくないな』とも思った。

「―――何かされたかったの?
妻の願いとあらば、助力は惜しまないが」

わざと子犬から狼に。声音はスルリと切り替わる。
いかなる人物をも屈服させる狼陛下。
その冷酷な声すら、夕鈴は果敢に突っぱねた。

「いえっ!! それには及びませんっ!」
びしっと手をたて、大きな声で真っ向から断る。

実に変な顔をした彼女。
その反応は今までつきあったどのような人種にも当てはまらなく、型破りで実直。

それが黎翔にとってとても新鮮で―――今まで見たこともない、目新しいオモチャを手に入れたような感覚だった。

「…まったく夕鈴。
君って、面白い。
面白すぎだよ―――」

ぶわっはっは、とお腹をかかえて笑う黎翔。

(ほんと、夕鈴。君は不思議な力の持ち主だね。
―――だから、試してみたくなる)

心の底から笑い転げる自分を見つめる
冷えた目の自分がいることも
…彼は知っていた。


*

狼のーかの花嫁(5)

のん気なタイトルのくせに
いろいろ謎な設定に「ん?」と立ち止まったらすみません。

…実はファンタジーです。

無理されないでくださいね。


【現パラ】【ファンタジー】【ついてこれなかったらゴメンナサイ】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(5)
* * * * * * *

この広大な地域一帯で王様のように振る舞う目の前の彼。

「冷酷非情の陛下」と誰からも恐れられるこの若き支配者の
初めての手料理(?)を、夕鈴のため振る舞ったという。

一バイトに対し過分なる待遇であると夕鈴は最初恐縮したものの

手の中でホカホカと湯気をあげる石焼釜で焼きたての焼き芋は美味しく
ニコニコと笑いながら嬉しそうに自分を見つめる男性が
あれほど怖く感じた狼陛下と同一人物とは
夕鈴にはとても思えなかった。

「…いつも怖い狼陛下を演じるって、疲れませんか?」

「いや、別に。
もう慣れたし」

「でも、どうして?」

「――ん、つまり。
ぼくの前の王様
…ああ、この辺りでは、珀家の当主のことを王様って呼ぶ風習があってね…
で、ぼくの兄
…といっても、母親は違う兄だけどね。
その兄が珀家の当主、つまり王様だったとき。
仕事をほっぽりだして酒や女におぼれてさ。
周りの人たちにやりたい放題やらせたあげく、あれこれ混乱を招いてね。
この国を傾けちゃったってさんざん言われたよ。
だから僕は不正を許さない、怖くても強い王様になろうって――」

「…」
(陛下は、ほんとうは優しくて。暖かい。
なのにそれを押し隠して、演技して――)

「それなら。
陛下のお役にたてるよう
私にできること、頑張りますね?」

夕鈴が黎翔を勇気づけようと、心の底から本気であることは
その素直な瞳に満ち溢れていた。
その温かい茶色の瞳に見つめられ、黎翔はふわりと笑った。

「…ん、ありがとう」

頬を染めて笑うやさしい青年。

フワフワとただよう湯気に包まれて
夕鈴と陛下の二人はお互い打ち解けてくつろいだ雰囲気を味わった。

お互い見つめ合っていたことに気づいて、ハッと夕鈴は理性を取り戻した。

慌てて何か言わなくちゃ、と話題を変える。

「あっ、あんなに立派な石釜があるのなら
今度はピザを焼きましょう」

陛下は楽しそうに「それはいいな」とうなずいた。

「せっかくなら、パーティーをしましょうっ!」

「えー? パーティー?
…なんか、肩がこりそうだね…」

彼の思いのほかガッカリした様子に、夕鈴は意外そうに見つめた。

「それなら、陛下が気を許せる人だけ」

「ん――、僕が招待客を選んでいいの?」

「はい」

(陛下は、誰を招待するのかしら。
たぶん、李順さん?それから…うーん。
気が許せるっていうと、そんなに大勢ではないかもしれないわねぇ…)

「じゃ、夕鈴。

――君だけ」

「え? 
それではパーティーになりません!」

「いいんだ。君の歓迎パーティ」

「私の?
歓迎パーティー?」

きょとんとして彼のことを見つめる夕鈴。

(こ、この人。
ただのバイトのために、そこまで?)

夕鈴はそれが『自分のため』『特別な』と言われているようで思わず赤面した。

「私、ただのバイトですよ?」

「…でも、もっと君のこと
知りたい――ダメ?」

(知りたい? 私のことを?
それって、好意があるとかの意味で興味があるって…
――いやいや。
そんなはずないから。
会ったばっかりのバイトに、なんでも望みの叶う王様が――。
そう。
あくまで陛下は、夫婦演技をする必要性があって、演じてくださってるだけ。
…勘違いなんかしちゃだめ、夕鈴!)

夕鈴は自分の頬をピタピタと叩いた。


見晴らしの良い18階にあるテラスでの楽しい朝食は
ほんの短い時間となった。

カップのコーヒーが覚めないうちに飲み干すと、
黎翔はすぐに立ち上がった。

「じゃ、仕事にいってくる」

「え?」

夕鈴が見上げる。

陛下は指で夕鈴の額をツイっとなぞった。

夕鈴はチリッと焼けるような熱を感じた。
そこは昨日の晩、彼の唇が触れたところで
黎翔が指で触れた途端、蝋燭に灯りがともったように
ぽうっと頭の中で光が宿ったような感覚があった。

(…え?
ここ、昨日、へーかが…)
思い出した途端に真っ赤になって、俯いた。

「…行ってくるよ、奥さん」

彼の指が離れる。

「今日は夕食を一緒に食べよう。
――約束しても、よいか?」

黎翔が背後から覆いかぶさるように、夕鈴の顔を覗き込んだ。
鼻先に黒い髪がサラリと触れ、紅い瞳に見つめられた夕鈴はドクンと胸が跳ねた。

「…あ、はいっ!」

「ん」
満足げに彼は微笑むと、カツカツと大股で自分の部屋へと戻って行った。
ガラス越しに、扉が開いてメガネをかけた王の忠実なる側近、李順の姿が見えたような気がする。

自分の部屋からもお世話係りの女性が現れて
「外は風が強いですから、お身体を冷やしますよ。
さ、お部屋へお入りに」と暖かい肩掛けを広げながら迎えられた。

* * * * * * *

「おはようございます」

テラスのガラス戸から入室した黎翔に、李順はいつものように几帳面な角度のお辞儀をしながら挨拶をした。

「ああ、李順。ご苦労」
李順の出迎えに少々辟易としている黎翔は生真面目な従者に目もあわさず、
首に掛けていたタオルを外すとバサリとソファーに投げかけた。
ついで胸元のボタンをはずし、汗をかいた上着を脱ぎ捨てる。

シャワールームへ歩く黎翔に
「お時間が。…お支度をしながら本日のご予定を説明いたします。
朝の役員ミーティングは…」
朝議、と呼ばれる朝のミーティングは毎日のこと。
うんざりするような一日がまた始まる。
「続きまして――」
李順が読み上げるスケジュールは隙間なくびっしりと組まれており、
延々と読み上げられた。

黎翔は構うことなく身に付けていたものを脱ぎ捨て、ガラスで仕切られたバスルームにペタペタと裸足で歩み入ると、おもむろにシャワーノブをひねる。

熱いシャワーが降り注ぎ、黎翔は目をつむり、頭からそれを浴びた。

聴こえようと聴こえまいと同じことだ。
『今日も一日励め』と告げられているだけだ。

「…」
黎翔がシャワーを浴び顔を剃る間に
李順は今日のスケジュールを告げ終えた。

頭からタオルを被り、シャワールームから出てきた主をじっと見つめた。


「――陛下」
李順はいつの間にかスケジュール表を手放し、
その手には黎翔が今日身に付ける着替え一式を抱えていた。

黎翔にそれを差し出す。

「なんだ改まって? 李順。」
濡れた頭をタオルでガシガシとこすりながら、黎翔は着替えを受け取った。

「夕鈴殿のことですが…」
李順のメガネがキラ、と反射する。

「…うん」

水を切るように、フサっと頭を振り上げると
黎翔の頭の周囲には霧となって水分が飛び去り
濡れていた髪がいつの間にか乾く。

「印を授けられた、というのなら。
陛下にはお分かりなのですか?
――彼女、何者でしょう?」

昨晩、夕鈴の額におした印。
それは見る者が見れば解る、不思議な光を宿していた。

「夕鈴。
我々の結界を、易々と破ったな…」

黎翔はフフと目を紅い細めた。

「そもそも、一旦結界の外に出た者が
許可なく二度踏み込めることはないはずなのですが――。
廊下に居たはずの彼女は、
普通なら見つけることのできない我々のいる部屋へ
戻ってきました」

「…そうだな」

そのため、小犬陛下の秘密を
彼女に話さざるを得ない状況になったのだ。

普通なら、いくら気を緩めていたところで
見つかるはずのない部屋に、彼女はすんなりとたどり着いた。

思わず、思い出し笑いが込み上げた。
クックックと笑う黎翔に、李順は「――笑うところではありません!」とムッとしたように続ける。

「厳重に結界を張っていたにもかかわらず
昨日はその後
このビルからも勝手に出て行きました」

「…おかげで、私は夕食をすっぽかされた。

――だから、代わりに振る舞ったよ、朝食を。
初めて、自分の手で料理をした――」

黎翔は楽しそうに笑った。

李順はぎょっとして目を見張った。

「――料理?
陛下が、御自ら…?」

「魔法ではなくて。
自分の手で、ね――
やろうと思えば案外できるものだな」

「…まったく、あなたともあろう御方が。
あのようなバイト娘のため、
何を好き好んで」

李順は小さい声でため息をついた。

黎翔はすでに完璧に支度を整えていた。

「――李順。今日の予定だが。
今晩の大臣との予定はキャンセルだ」

「…えっ!?」
せっかく完璧なセッティングをしたというのに――
李順は眉をひそめた。

「夕鈴…彼女を
晩餐にエスコートしなければ、ね。

彼女が収穫祭までにカボチャを見つけてくれることが
今や、私の最優先だ」

(カボチャ、カボチャ、カボチャ…
――ただの古い因習の一つにすぎぬのに。
どうも、こう我々はあのようなものに
振り回されなければならないのでしょう、ね)

それでも、この方が望まれるというのであれば…。

「――はあ。
あのような小娘に、
そこまで期待されてよいものかどうか…?」

「…だが、見極めたいだろう? お前も。

彼女が本当に金色兎なのか。
それともただの無知で無邪気な白兎なのか。

――我々の結界を破ったのはただの偶然で
ただの白兎が、たまたま、あの時、あの場に、
紛れ込んだにすぎないのか、ね」

「…」

李順は青ざめたようにも見えたが、
静かに黎翔とは視線をはずして部屋の隅を見つめていた。

「お前は、どちらの兎であることを望む?」

「願わくば…」

李順は言葉を濁した。

この話題は振り切ったとばかりに
黎翔は首を振った。

扉に向けて振り返る。

「――時間だな」
コツ、と黎翔は革靴の音をたて歩きはじめた。

「――興味深い。
私は、彼女のことが
知りたい」

端正な顔にうっすらと微笑みをたたえた黒髪の青年。

李順は、ゾクリ、と背中に冷たいモノが走った。

どれほどこの方と長く過ごそうと
圧倒的な存在である彼に、本能的に怯えるこの気持ちは抑え込むことができない。

伝説のアングマールの魔王(Witch-king of Angmar)を凌ぐ魔力を持つ、とすらいわれる、魔法使いの王。

21歳というのに百選練磨の年長者を足元に屈服させるそのオーラ。
足元に引き摺っている影は、深淵なる暗黒の虚無。
彼は絶対的な闇と孤独と氷のような冷気をまとっていた。


――狼陛下。
彼の一日が今日も始まる。



*

狼のーかの花嫁(6)

間があいたうえ、短くてすみません。



【現パラ】【ファンタジー】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(6)
* * * * * * *

「陛下って、不思議なヒト――」
クルクルと変わる表情。
怖い狼陛下の目をしているとき。体中が冷え冷えとして胸がギュッと絞られる。
なのに、一瞬で表情が和らぐと、子犬のように人懐っこくじゃれついて…

「…そう。
『まるで小犬みたい』って思ったら
―――耳が、見えたのよ。それから、パタパタ動く尻尾も!?
…あれって、幻覚の一種かしら?」

首をひねりながら、朝食を終えた夕鈴はテラスから自分の部屋へと戻った。

夕鈴のが戻るタイミングを計ったように、すうっと女性が現れる。
「おはようございます」
昨日、夕鈴の身の回りの世話をしてくれた女性。

にっこりと笑いかけられ、つられて照れ笑いを返す。

落ち着いた紺色の仕事着は上等な薄手のウール。
手入れの行き届いた髪や爪。朝いちばんだというのに薄化粧もきちんしている。

かたや夕鈴は、ボサボサ頭でくたくたの茶色の兎柄パジャマのまま、今の今まで陛下と朝食をとっていた…。

そのとき、お世話の女性がごく自然に夕鈴がパジャマの上に羽織っていたガウンに手をかけた。

「え?」と夕鈴が真っ赤になって振り向くと

「お着替えを…」とあたりまえのようにいう。

夕鈴は、茶色のくたくたのパジャマを見られたくなくて、
とっさにギュッと羽織をかいこみ、首回りを手で引き寄せた。

「…あっ!…あのっ」
夕鈴は困ったように赤面したまま、彼女にどもりながら言い訳をする。
「…すみません。一人でできますから。
そういうの、恥ずかしいんで!!」

必死な形相でボサボサの髪を振り乱しながらぶんぶん首を振ったとたん、
彼女の前髪が逆立った。

「…」
彼女は夕鈴の額をチラ、と見つめ、一瞬表情をかえた。
…一瞬だったが、確かに。

夕鈴は自分の額をジッと見つめられた瞬間、
『ここ、って。陛下が口づけを…』と思いだし、ますます赤くなって、額を手で隠した。

すると侍女は勝手に何か得心したように『わかりました』とうなずき妙にニコニコする。

「はいはい、わたくし、なにも見ておりませんから…」とつぶやいて
控えの間へ続くドアへ急ぐ。

「失礼いたしました。ではごゆっくりお着替えください。なにかご用がありましたら、いつでも机の上の呼び鈴を振って、およびくださいませ」
必要なことを伝えると、深々と頭をさげ、部屋から引き下がった。

「…え? なにを見てない、って」
いったい、なにを誤解したのかしら――。

まさか。
あわててベッド脇のドレッサーを覗き込む。

(ふだんどおり。よね?

キスマークがあるわけでもなし…)

と自分で思いながら、ギャーッと夕鈴はのけぞった。

「き、キキキスマークだなんて…!
そんなわけないわよっ~~っ!」

ブツブツいいながらガウンを脱ぐ。

「――第一陛下ったら。冗談がすぎるんだわっ!
カボチャをくれなきゃ悪戯する、だなんて――」

少々憤慨しながら柔らかい唇を押し付けられたそこに、あの感触がよみがえる。

「イタズラって…」
再びポーッとピンクに染まる自分が恥ずかしくて、前髪をギュッとおろすと夕鈴はバサバサと兎柄のお気に入りのパジャマを脱ぎ捨てた。

荷物から衣類を引っ張りだす。
「勤労精神」と白いロゴが入ったTシャツを頭からかぶる。
ストレッチ・ジーンズをはいて、スニーカーの紐をぎゅっと締める。

風よけの軽いジャケットを羽織る。
ペチペチっと音を立てて、両手で頬をたたく

「なに呆けてるのよ、夕鈴っ!
私は働いて稼ぐために、ここに来たんだから!
とりあえず農場を目指すわっ!」

帽子のつばを持って、額が隠れるようにぎゅうぎゅうかぶる。



身支度が完了すると、夕鈴は部屋を後にした。


*

狼のーかの花嫁(7)

こんばんは~^^
続きです。

よろしければどうぞ。



【現パラ】【ファンタジー】【ねつ造ですよ、カボチャのナゾ】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(7)
* * * * * * *

夕鈴は刈り取られた積み上げたワラの束にもたれかかって、腕組みをして考えていた。

目の前には地平線まで広大なカボチャ畑が続いている。

「――おっかしいわねえ…」

まさか狼陛下と呼ばれるこの地で一番エライ人の偽花嫁役のバイトとは思ってもいなかった、働き者の夕鈴。そもそもこの地へは収穫作業の手伝いでバイトをしにきたつもりだった。

陛下のナゾのお願い。
「収穫祭のお祭りまでに、形よく、色ツヤよく。
そしてなにより一番大きなカボチャを持ってきて…か」

不思議な言葉をもう一度繰り返す、真面目な夕鈴。

「――ちっともよく分からないけど、そんなに大事なことなのかしら?
あたりにはこんなにカボチャがあって。
農業王の陛下なら、鶴の一声でそんなカボチャ、いくらだって貢いでもらえそうなものなのに。
…陛下が手に入れられないようなものを、私が見つけられるのかしら」

それでもとりあえず「バイトの雇主がお願いっていうんだから、仕方がないわね…。カボチャを探しましょう」と、夕鈴は歩き出した。

陛下に頼まれたカボチャ探しのついでに、あわよくば当初目的通り体を動かすバイトでもチャッカリ稼ごうと目論む夕鈴は、研究都市を取り囲むように眼前に広がる農地を睨み、昨日冒険したのとは反対方向へ歩き出す。

ずいぶん歩いてようやく農地エリアへたどり着く。

道端に軽トラックが停めてあるのを見つけて近づき、畑で農作業をしている人を探し、声をかけた。

「こんにちは!
なにかお手伝いすることありませんか? お手伝いします!」
と声をかけると、

「おお、人間のお嬢ちゃん。
どっから来たの?!」

と、気さくに応じていたおじさんは、
夕鈴の顔を真正面から見ると、ハッとして途端に腰が引け青ざめた。

「あのー、私、大きいカボチャを探しているんです。
それで、よかったら働かせていただきたいんですが――」

農夫は顔を背けると「くわばら、くわばら」とつぶやき、
クルリと夕鈴とは反対方向の畑にソソクサと行ってしまった。

「…なに? 
聞こえないふり? 
こんなにカボチャがあるのに。人にあげたくないのかしら?
――失礼しちゃうわねっ」

夕鈴は少々憤慨しながら、次の農地へカボチャ探しとバイトを求めて歩いた。

次にあった人も。
その次に会った人も。
どの人も、夕鈴の顔をみると、急に態度が代わる。

夕鈴がひょいと畦を飛び越えて、畑に立ち入ろうとすれば、慌てて押し戻し
「畑に入らないでくだせぇ!!」と懇願される。

「えー? どうしてダメなんですか?」

ダメ押しを敢行する夕鈴を制止し、必死で押し戻す農夫。

「へっ陛下にお叱りをうけます~!!
決して畑には入らんでくだせぇっ!」

農家の人々は泣き出さんばかりだった。

「その陛下がカボチャを欲しがってるんです!
わたし、陛下のためにカボチャを探して…」

「陛下の唯一を、畑に入れるわけにはまいりませんっ!!
お許しくださいっ――」

「…へいかのゆいいつ?」

夕鈴は首をひねった。

(おかしいわね。私が陛下の花嫁役のバイトをやるっていうのは、つい昨日決まったばかりで。だれも私の顔なんか知らないはずなのに。
…何か名札でもついているのかしら? 
それとも、朝一番に有線放送かなにかで、指名手配でもされた?)

夕鈴は面白くなくて、ぶつくさとつぶやいた。

* * * * * * *

夕鈴は知らなかった。

ここは魔法使いの里で、
この地域に住む農夫らは皆魔法使いだということを。

そして彼女の額には、
魔法使いの一族の眼にしか見えない「しるし」があるということを。

魔法の光で煌々と輝くそれは「魔王の印」で、
額にその印のある少女に、万が一何かあれば、
すなわち冷酷非情の魔王の怒りを買うことになる――。

あの狼陛下の怒り…?
思いだすだけでも恐ろしい。
酷寒の地の吹きすさぶ雪礫に身を打たれたように凍り付き、ゾッと身震いする魔法使いたち。

世の中に「カボチャ」とよばれるものは、形も色もさまざまで、数多く品種・変種が存在する。
その中に、魔法使いたちが恐れるカボチャがあった。
魔力を吸いとる特殊な力を備えた『魔払いの大カボチャ』と呼ばれるもの。

それは固定された品種ではなく、普通のカボチャの中に交じって突然出現する。

古のドルイドは、その特別なカボチャを見分け、魔払いに用いた。

古来、魔を払う行事において、魔払いのカブや魔払いの大かぼちゃで、ランタンをこしらえ魔を払っていたものだったが、魔払いの力を持つカボチャやカブを見分けられるドルイドは絶え果て、魔払いのカブも絶滅した。

現在では単に行事の中での飾り物「カボチャ・ランタン」として形骸化していたのだが、ときおりそのカボチャのなかに魔払いのカボチャがあるから侮れない。

この地の農夫、つまり魔法使いたちの一番の仕事。
それは、世の中に存在しているカボチャの中から、真に魔力を奪う力を持つ「魔払いカボチャ」を全土各地から見つけ、魔払いの行事に使われることがないように確保し、この地で保護、封印すること。

魔法を吸い取るカボチャ。
魔法使いにとっては究極の弱点となる、恐ろしい兵器だ。
そんな魔払いカボチャの扱いは、要注意。

「対・魔払いカボチャ」の特殊訓練を受け、世界各地から盗み出すというベテラン「隠密農夫」でなければカボチャ管理者にはなれない。

であるから『狼陛下の唯一』に、万が一にも魔払いのカボチャが彼女に影響を及ぼせば…魔王の怒りは必至。
――恐れた彼らは、彼女を頑として畑へは入れなかったのだった。

そんなことは一切知らない夕鈴、――狼陛下の花嫁――。
はたして彼女は陛下のお望みのカボチャを見つけることができるのか?


* * * * * * *

その時、後ろから軽トラックが通り掛かった。
運転手の若い男は、すれ違いざまにバックミラーで光る何かに気が付いた。
いまやり過ごした、農道を歩いてる子。
軽トラの運転手はスッと目を細め「ふぅん…」と小さくつぶやくと、キキッとブレーキを踏んだ。
「彼女おでこにあるの、あれ。狼陛下の印じゃね?」

彼はブゥゥンと軽トラをバックさせ、少し驚いて立ち止まった彼女のすぐ傍まで戻ると、車を止めた。

開け放した窓から腕をニョッキリ突き出し、
ちょいちょい、と夕鈴のほうへ手招きした。

「ねえ、そこの彼女――?」

夕鈴はいきなりすれ違った軽トラがバックしてきたので、何事かとガードを固め不審げな表情で声の主を見つめた。
軽トラを運転していたのは若い男性で、少年のようもみえた。

「あんた。お妃ちゃん、でしょ?」

クリクリっとした茶色い瞳。
白い歯を見せて、ニシシと笑った。

「誰、あんた?
まだ子供みたいだけど、運転免許、ちゃんと持ってるの?」

と夕鈴はブスッと尋ねた。

少年のような顔立ちの小柄な男は、胸ポケットからホルダーに入った免許証を見せて
「…なんだケーサツ? ちゃんと普通免許、もってるヨー?
安全運転の模範みたいなオレちゃん、浩大」

「こうだい?」

「狼陛下が妃を雇ったって話、ほんとだったんだ~!
なんかの冗談かと思った」
とゲラゲラ笑う。

(いきなり、何? 失礼な!)と夕鈴は頬を膨らませた。

「あなた、陛下のお知り合い?」

「オレ? んーとね――
陛下の隠密!」

「へーかの、おんみつ?」

「そう
狼陛下の陰で暗躍する有能な下僕(しもべ)…
うわっ、オレかっこいい! 
あっ、気軽に大ちゃんって呼んでね、お妃ちゃん!」

あっ軽い、明るい ――隠密っていったい?

「ほんとのほんとーに、陛下の隠密、なの?」

「そーだよー? ほら。白陽ビルの社員証」

あのビルの社員証…たしかに。
みんなこんなのを首から下げてた。

夕鈴はようやくガードをほどいた。

「…でさ、お妃ちゃん。
こんなとこで何してんの?」

「陛下から頼まれたものを探しにっていうか…
ちょっとバイトっていうか」

「え?(ぷっと笑う)
…ま、乗りなよ」と助手席をクイッと指で示された。

正直歩き疲れた夕鈴は助かったと思い、素直に助手席に乗り込んだ。
「何探してんの?」

「カボチャ。大きくて、形がよくて、色つやのいい…」

「あー。…なんだソレか」

さもあたりまえのように浩大がうなづくので、
夕鈴は(…浩大は何かを知ってるのかしら)と思った。

当の浩大は、ニヤニヤしながら夕鈴の額にある印をジロジロと眺める。

「…そのおでこ。
ヘーカにキスされた?」

「――へっ!?」
夕鈴は突然の浩大の言葉に、おでこをあわてて両手で隠し、
顔を赤くしていきり立った。

「で! どうやって陛下をローラクしたの!?」
ヒューヒューと口笛で囃されて、わなわな震えていた夕鈴

「してません」

「?
じゃあ、どーやって
オトしたの?」

「オトしてないっ!
私はただのバイト!!
陛下とは夫婦の演技をしてるだけっ!!」

浩大は目を点にして、目に見えてテンションが下がる

「二人はデキてないってコト――?」

「そうそうっ!」
夕鈴はやけっぱちだ。

浩大はキョトンとして肩を落とす。

「…へえ。
なあんだ。
期待したのに――

やっぱアンタもダメなんだな。
陛下も相変わらずか、つまんね」

(何なのよー!?)

夕鈴は腹が立って、思わずドアノブを引いた。

浩大は慌てて軽トラをキキっと急停車した。

「あっぶねー! お妃ちゃん、走行中はドア…」

「うるさいっ!
私、降りるっ!」

夕鈴はドアをあけると、ピョンと飛び降り、バタンと力任せにドアを閉めた。

「おーい、お妃ちゃん…」

「放っておいてちょうだいっ!」

ズンズン…と夕鈴は歩き出した。

浩大は肩をすくめてつぶやいた。

「ま~、好きにさせますか。
どうせあの人のアレが付いてる限り。
手の内、だもんナー」

そのまま彼女の後姿を見送り、おもむろにハンドルを握ると、シフトレバーをRに入れ、スイッチバックをして逆方向へと走り去った。

「いったい何よ、あの子。
もーっ!
失礼じゃないっ?!」

夕鈴はプリプリしながら、
「こうなったら、意地でも陛下のカボチャを見つけて帰ってやるわよ!」
と青空に向けて吠えた。


(つづく)


*

狼のーかの花嫁(8)

こんばんは~^^
ずいぶん間があいてしまってすみませんでした。
よろしければどうぞ。

【現パラ】【ファンタジー】【シュガーレス微糖】

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狼のーかの花嫁(8)
* * * * * * *

夕鈴はへとへとになって戻ってきた。
陛下との約束。夕食に遅れたら、きっと盛大にガッカリされる――。
でも、間に合ってもきっとガッカリされるのね、と夕鈴はうなだれた。

というのも、一日歩き回っても陛下に頼まれたカボチャを手に入れることができなかったから。あわよくば、体を動かすバイト先をみつけて…と思っていた夕鈴だったが、取り付く島もなかった。

部屋に戻ると、部屋付きの女の人たちが取り囲まれてぎょっとした。
湯あみを、お着替えを、お化粧を――と、次から次へと世話をやくので、夕鈴は
「もしかして、どこかにお出かけするんですか?」と彼女たちに尋ねた。

「…はぃ?」
逆に不思議そうな顔で見つめ返され
「陛下とお食事される、のでございましょう?」とにこやかに笑って諭された。

髪を結われ、きれいな宝石を次々あてがわれる。
「せっかくですから華やかに…。真紅の石もお似合いですね。…いかがでございましょう?」と尋ねられるが、夕鈴にはどれもこれも不似合なほど高価な品であるとしかわからない。
小さな声でドギマギして
「…あの、もっと控えめでっ! お任せいたします」と答えれば、
「十分控えめですが」
「宝石が…あのっ! …お、大きすぎませんか?」

「…では、これはいかがでございましょう?
あちらに比べればかなり小粒になりますが、散りばめられていて愛らしゅうございます」
「もっと質素なものは」
「あいにく今日はご用意しておりませんので…」
「ではアクセサリーなんてなくて構いません」
「まあっ、そうは参りません! きちんとお世話の仕事を果たさなかったと、陛下に私どもが叱られます。どうかこちらでご勘弁いただけませんか?」
「…」
(そっか――偽の婚約者のバイト。ぜんぜん自分に似合わなくて恥ずかしかろうが、陛下に相応しい格好をするのも、花嫁バイトの仕事のうち…)

仕方がなさそうにコクリと頷く夕鈴。
夕鈴が折れるのを待っていたとばかりに侍女さんたちが次々と飾り立てた。

「では、お召し物はこちらを」

テキパキと進行するので口をさしはさむ隙も無い。
白いシルクのドレスを着せられる。
パールのような光沢を放つ細かいビーズがあちこちに縫いとめられ、良く見れば相当手がかかっていた。肩からかける薄布にも同じモチーフで縫い取りがあり、クラッチバックまで揃っている。
(…こういうドレスって、一点もの、じゃない?)
夕鈴は寒気がした。

『先に申し上げておきます。
このバイト中の御召し物や装飾品類。
――全てレンタルですから。扱いには十分お気を付けて』

李順というメガネをかけた人が、何度も念を押した言葉が、今更ながらありありと脳裏でフラッシュバックする。

――万が一、お食事中に汚しちゃったら?
ゴクリと夕鈴はつばを飲み込んだ。

鏡に映った姿。白いドレスに結い上げられた髪、赤い宝石が散りばめられた装身具。
夕鈴には、いつもの自分とはまるで別人のように見えて気恥ずかしい。

「…あの、やっぱり派手じゃありませんか? …そのたかが食事、に」

「これでもかなり控えめにしたつもりなのですが――」
はぁ…と夕鈴の世話を焼いていたものが皆、残念そうにため息をつく。

(…どれだけやる気だったの?)
夕鈴の笑顔が引きつった。

* * * * * * *

(なんて切り出そう。
カボチャ手に入らなかったって言ったら
陛下、きっとがっかりするわよね――?)

食卓の上には花がかざられ、キャンドルが揺れていた。

ガラス張りの最上階からの夜景。
畑の真ん中のビル街だけで、どうしてこんなに灯りが?と思えば、遠くの畑にあるカボチャというカボチャが、ボンヤリとランタンのように輝いている。

不思議な光景のことをいつ目の前の人に訊ねようかとおもいつつ、
心にのしかかる思いで、なんとなく会話もし辛い。

なんといっても相手が『狼陛下』なのだ。

目の前のカボチャがどうして光ってるの、だなんて気軽に話題にできないままディナーは進行していた。

たった二人のために貸切りのレストラン。
給仕がついた本格的な食事に夕鈴はギクシャクとしながら料理を口に運んでいた。


(…おいしすぎる…)
夕鈴は、ため息をついた。

「…口に合わないか?」
目の前の人は心配げに声をかけた。

夕鈴はヒュッと咳き込みそうになり、
「い、いえっ! 美味しいです!」と全力で否定した。

「そう、畏まらなくてよい――二人だけなのだから。
愛しき我が妃よ」

「きっ、妃ぃ?」

「当主である私の花嫁。この地では習慣的にそう呼ばれている」

ニコリと微笑みながら手を伸ばしかるく指先に触れられる。
夕鈴はドクンと胸が弾み、真っ赤になりながら顔を伏せた。

(こっ、このバイト。なんだか――恥ずかしい~~っ!!!)

目の前の人は冷酷非情な狼陛下。
(御給仕とはいえ、人前では気をぬくこともできないのね…この方は)と夕鈴は堅苦しくもバイト嫁としての務めを果たしていた。

「口に合わねば、変えさせようか?」

「いえっ! 口に合わないとかじゃありませんっ! 
逆です!
それはもう、美味しすぎて――ほっぺたが落ちるっていうか
慣れないもの食べて、舌がびっくりしてるっていうか――」
夕鈴は慌てて否定した。

「…そうじゃなくって。
弟に食べさせてあげたいな…って。思っただけです。
私だけ贅沢して申し訳ないっていうか」

「弟?」

「はいっ! 今13歳の、名前は青慎っていいます!
姉の口から云うのも少々はばかられますが…
すっごくお利口で可愛い、自慢の弟なんです!」

弟の話題になれば、調子も出てくる夕鈴。
ようやく二人の間に会話が弾みだした…ように夕鈴は感じた。

「仲がよいのだな」

黎翔はフッと目を細めたが、その瞳の奥にさみしげな色があることまでは夕鈴には気が付かない。

「それは、もう! 
陛下は、ごきょうだいは?」

夕鈴は箸を振って黎翔の方を見上げた。

「兄がいた。弟も。それぞれ母は違うが」

いた、という過去形。
それぞれ、母が違う…

夕鈴は言葉を飲みこんだ。
あまりにもそっけない声音に、逆に胸をさされ、夕鈴は困って首をすくめた。

「…ご、ごめんなさい」

「何も。君が謝ることはない」
目の前の狼陛下は、何ら変わることなく淡々と料理を口元に運んでいた。
夕鈴はカチャンと箸を置いた。

「ごちそうさまでした!」

夕鈴の宣言に、給仕がそばから耳打ちをした。
「このあとのデザートは…」
「もう十分いただきました」
お茶を飲んだ夕鈴は、手をあわせて感謝の意を表す。

「…よい。あとは二人にせよ
みな下がれ」

黎翔は立ち上がり、夕鈴の手をとって歩き出した。

白いドレスを身にまとった夕鈴を、黎翔は優しげに見つめた。

「よく、似合ってる」
黎翔の言葉が、自分が着飾った姿に対してだと知り、
夕鈴は思わず顔を赤らめた。
(バイトの身に、似合うも何も――)

手を引かれて、窓へと近づく。
足元から切り立ったガラス越しの夜景を二人で眺めた。

「…そうだ。今日は何をしていた」
黎翔は明るい声で切り出す。

夕鈴はさらに申し訳なさげに切り出す。
「あの。カボチャを探しました」
水平線まで広がる畑にぼんやりと光る無数のカボチャランタン。

「…それで。あの。
――ごめんなさいっ!!」

数歩下がり黎翔と距離をとる夕鈴。

黎翔はきょとんとしながら夕鈴を見つめた。
必死に頭を下げる夕鈴の両肩に手を伸ばし、顔を覗き込む。

「…どうしたの? 
何を謝ってるの?
そんなに思いつめた顔をして」

いつのまにか、狼陛下の緊張した雰囲気は和らいで、優しい小犬陛下になっていた。

夕鈴は小犬陛下にちょっとほっとした様子で切り出した。
「あのですね? 
実は、今日一日中歩き回ってあちこち農家さんでお願いしたんですけど。
陛下の御要望に添うようなカボチャどころか、小さなカボチャ一つ分けてもらえませんでした――」

「…そっか。
今日初めてだもんね」
黎翔はやさしく慰めた。

「でも、明日は頑張りますっ! 任せてくださいっ」
夕鈴は胸を叩いた。

「…あんなに沢山あるのに。
どうして分けてくれないのかな…
畑の手伝いもさせてほしかったのに。だれも――」

夕鈴は遠いカボチャ畑を見つめた。

薄暗いガラスに反射する夕鈴の姿の額に金色に光る印があるなど、夕鈴は一向に気が付くこともない。

「君は私の大切な唯一だから――」
黎翔が彼女を抱き寄せるように腕を回す。

夕鈴はペチ、と手を叩き、距離を置いた。
「陛下っ! 今は、演技いりませんからっ!」

ドキドキしながら離れて…必至で取り繕う。

「…あ、そう?」
コロリと黎翔はアハハ、と笑う。

「どうしてあんな風にひかるんですか?
昼間は普通のカボチャみたいに見えましたけど」

「――あの光、見える?」

黎翔は振り返り、夕鈴の顔を見つめた。
夕鈴はキョトンとしていたが、黎翔の顔が至近距離だと気が付いて、
おもわずそっと両手で黎翔の胸を手でおした。

「ボンヤリですけど。カボチャの一つ一つが光ってるんですよね?
だから畑のところがあんなに賑やかなんでしょ?
オレンジ色のイルミネーションみたいです。
地平線まで広がって…綺麗ですね」

夕鈴はキョドキョドしながら答える。
黎翔は再び夕鈴を覗き込み、その額の中央を指でなぞった。

彼女自身は気が付かないが、黎翔の目には光って見える、それ。
唇が触れたところに、残された狼陛下の印。

「…魔払いの大カボチャ、とか。ランタンカボチャとか呼ばれたり」
黎翔は今度は少し乱暴に、夕鈴の髪をクシャクシャっといじり、ぽんぽんと頭を軽くたたいた。

「…ふうん?
魔払い、ランタンカボチャ?
なにか特別なカボチャなんですか?
だから光るんですか?」

「そうだね。
この地方だけでみられる特別なカボチャ。
昔っから、魔払いのカボチャは、そういうものらしい」

「ふうん…」

分かったような、分からないような
夕鈴はコクリと頷いた。

「…そうなんですか。
珍しいカボチャなんですね、すごく綺麗です。
こんな景色が陛下とみられて、よかったです」

「そうだね。
私も君がきてくれて嬉しいな。
…ボクがお願いしたカボチャ。
きっと見つけてね?
明日はきっと見つかるといいな」

「任せて下さい!
必ず探してきますから!
お給料しっかりいただくんですから
陛下のお役にたてるよう、私頑張ります!」

夕鈴が力をこめて拳を握った。

「いいよ、そんなに頑張らなくても。
のんびり探せば」

「だって、収穫祭まで、なんでしょ?
ところで、いつがその収穫祭、なんですか?」

「んー。あと10日後、だったかな?
例年、この月末にやるはずだから」

「え!?
…じゃ、急がなきゃ!!」

「大丈夫。
君なら、見つけてくれそうな気がするな」


「そもそも、どうして
大きくて形よく色つやのいいカボチャを探して、とか…」

「理由が必要?」

「あの、でも――やっぱり」

「知りたいなら…もう一つか二つ、印を増やさないと
アブナイよ?」

「印? 危ないってなんですか?」

黎翔は少し声落して、つぶやいた。

「やっぱり、知らないほうがいい」

夕鈴はそういわれると、今度は引くに引けない性でもあった。

「知りたいです!」

「やめといたほうがいい」

「わっ、私は陛下のお役に立ちたいんですっ!
そのためなら、なんだって…」

バイト代分はしっかり働く。
それが汀夕鈴、あんたの心意気でしょ?

「本気?」
「本気です!」

「じゃあ、触れても、いいの?」
「…は?」

「えーっと。だから。
こうやって…君に」

黎翔は自分の唇を指さし
おもむろに夕鈴のあごをクイッと指先で引き上げた。

黎翔の薄い唇がうっすらと開いた。

「…え? え?」

夕鈴の驚き見開かれた茶色の瞳に、
黎翔の端正な顔が大接近するのが映った。

触れる、って――

き、す――?

「ぎゃぁぁーーーっ!」

夕鈴は慌ててドンっと黎翔を押し返して、逃げ出した。


「へっ、陛下っ、なんの冗談ですか?
近いですっ!
バイトですからね?
冗談はよして下さいっ!!
陛下の、女ったらし~!」


白いドレスの裾をからげ、脱兎のように走り去る夕鈴を
黎翔はすこし困ったように苦笑しながら見送った。

(つづく)


*

狼のーかの花嫁(9)

つづきです。
もう、なんでもこい、な方。よろしければ。




【現パラ】【ファンタジーらしく夢物語】【甘】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(9)
* * * * * * *

黒いマントをまとった陛下が立っている。

紅い瞳に、星が映っていた。
真っ暗闇に溶け込む黒い髪。黒いシャツに黒いズボン。
靴も手袋も、黒一色。

窓ガラスを押して隙間をあけるとビョウビョウと風が吹き込む。

…夜風が冷たい。

そんなとこ、開けたらあぶないですよ――?
声をかけたいのだけど、声がでない。

――これは、夢の中。
そう。これは夢

陛下、一人で行かないでください
あぶないですよ?

声がでないけど、陛下は聞こえるみたい。
こくんとうなづいた。

陛下は手を伸ばして
「いっしょに、くる?」と尋ねられた。

ピーターパンとウエンディ?
それとも魔法使いの物語…。

好奇心も手伝って、手を伸ばす。
はっと気が付くと、自分はいつものくたびれたパジャマを着ている。
ベージュの兎柄で、お洗濯のいい香りとお日様のにおいが入り混じってる。
こういうところだけ、妙にリアル。

「寒くないか?」
彼のマントの中に私をくるみこむ。

陛下の香りって…なんだか懐かしい気がした。

「夢の中だから
空だって飛べそうですね?」と笑って答えた
「魔法使いは、ホウキで飛ぶんですって」

陛下はなにか呟いて
私を抱え上げた。

君がホウキがいいなら、ホウキにするか、っていったように聞こえた。

陛下がパチンと指を鳴らせば、
いつのまにか陛下の手にはホウキ。

「じゃあ、いこう」

私を抱えたままホウキに跨った陛下が
ガラス戸を大きく開け放つ。

夢は突拍子がないこともトントン拍子で話が進む。

「一度ホウキって乗ってみたかったんですよ」
「そうか」
と陛下がクスっと笑った。

足元に風が舞い込み、つむじ風のように圧力を感じたと思った途端、
ふわっと体が浮いた

風の音がすごい。
怖くて思わず陛下にしがみついた。

「怖い?」

「あっ、あなたと一緒ならっ
――こっ、怖くなんかありませんっ!」

…どうして、こんな大胆な言葉が出てしまったのか分からない。

――だって、あの、怖い狼陛下よ?
会ったばかり。
私はただのバイトで…

でも、今は夢の中だから
ちょっとやそっと、つじつまが合わなくても気にする必要はないんだ、と納得する。


小犬の顔と狼の顔がくるくる入れ替わる
ぜんぜん分かんない不思議なヒト。

立派にこの地を治めるために怖い狼陛下を演じている
二人だけの時は、ふわりと笑う、優しいひと

『こんな風に、一緒にいられたら…』

…?!
馬鹿、私ったら。
なに考えてるの?
思わず一人ツッコミして赤面をする。


足元になにもない
真っ暗な空を飛んでいる
星空はとおくて
雲が近い

「わあ、綺麗ですね――!」
片手を伸ばして、星の方へと伸ばす。
陛下が私の腰に回していた腕に力をこめ、ぎゅっと抱きしめた。

「落ちるよ、夕鈴!」
「あっ、ごめんなさい!」
「しっかりつかまっていて!」
「あ、はい…」

…そうか。
夢の中って、けっこう落ちるのよね。

じゃあ、しっかり捕まらないと。
おずおずと手を回し、しがみつく。

陛下の腕の中は広くて
あったかかった。

夢だと知ってるから、ちょっと大胆になれる。

「どうしてこんな夜に、空をとんでるんですか?」
「カボチャ畑の巡回」
「カボチャ畑の? ヘーカは昼も夜も、大忙しですね!」と笑った。

「ほら、この時期はゴタゴタしやすいからね…。
でもまあ、君と一緒なら、仕事もはかどる」

…ほら、また。調子のいいことばっかり
陛下って、女っタラシ。

陛下の横顔は一瞬お仕事モードになって。
鋭い視線で遠くを見つめていた。

「カボチャがゴタゴタするんですか」
「そうだね。あいつら、イタズラものだから」

真顔で答えられて、思わず私もきょとんとしてしまう。
カボチャが、イタズラ…?
プッと吹き出し、ケラケラと大声をあげて笑ってしまった。

「い、イタズラ、するんですか? カボチャが?」
「…する」
真面目に私の方を見つめ返す陛下。

「え――どんな?」
「相当な悪さをするよ」
「それ、面白いですね! どんなイタズラするのか、ちょっと見てみたいです」
「んー。止めといたほうがいいな。だって、ゆーりん可愛いから食べられちゃうよ…」
「――まさか!?」
「ほんと。あいつら、やりかねない」
あんまり陛下が真剣にいうから、おもわず私も本気にしかけた…。
抱きしめられた腕の強さも、なにもかも。
それは演技で、雇われバイトの私を『最愛のひと』扱いをしているにすぎない。
…きらびやかな宝石も、シルクのドレスも。豪華な食事も、やさしいこの人の微笑みも。
全部――ウソ。
私は『本当』じゃないって、最初から知っている。
陛下はズルい。だから私は騙されない。

「うそ。また、陛下ったら私が物知らずのバイトだからって、からかってるんでしょ?」
演技が上手いこの人の言葉を信じちゃだめ。
うっかり勘違いしちゃ、ダメ。
「違うよ? ほんとだって。だから、ボクと一緒でない時は、絶対触れちゃだめ」

「触れちゃダメ?
じゃあ、どうやってカボチャを取ってくるんです!?」
私は頬を膨らませて抗議した。

「ぼくの居ない時には、触れたらダメ」
そんなに真剣に抱きしめたら。やっぱり勘違いしてしまうじゃないですか?

――私には、手の届かない人。
夢だから。いまだけ。
ニセのバイトだけど…。

「でも、ヘーカが私に言ったんですよ?
大きなカボチャ、形の良い、色ツヤの良いカボチャを探して持ってきて、って――!
ヘーカが欲しいっていうから、私…」

困ったように陛下は私を見つめた。

「夕鈴…」

触れちゃダメって
へいか…
触れてます…

熱い。


――はっと目をあけた瞬間。

私はホウキに乗った陛下の腕からすり抜けて
カボチャの畑にまっさかさまに落ちていた

カボチャが大きく裂けた口をあけて
私を飲みこもうとゲタゲタ嗤う

支えの無い空中で、空気の塊が私の背を押してる。

陛下が助けようとホウキを全速力で駈って矢のように近づくスピードより
私はもっともっと早く、まるで地上から引っ張られてるみたいに一直線に吸い込まれた。

夢だから
不思議と怖くない。

陛下の紅い瞳が
星の一つに遠ざかる。


暗い闇の中を落ちて
落ちて
おちて――

真っ黒な地面に、カボチャの大群が大きくなって
ぐんぐん近づいた

…ドサッと大きな衝撃とともに
私はカボチャに、見事に食べられた。


(つづく)


*

狼のーかの花嫁(10)

狼のーかの花嫁(10)

夕鈴の夢?
陛下とホウキに乗ってカボチャ畑巡回デート…
だけどなぜか夕鈴はカボチャに吸い込まれて食べられた!

さて。どうなることでしょうか?

場面は変わって同衾シーンから。
Rは付ける必要なし。

でも、お話がぶっ飛んでるので。
…ご無理されませんように。

それでも宜しければどうぞ。



【現パラ】【ファンタジー】【微甘】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(10)
* * * * * * *

「…うわっ!?」
ビクッと跳ねた。
ゆらゆら…とベッドのスプリングが収束する。

白いレースの天蓋。ここはベッド?

変な夢をみてしまった――。
『カボチャに食べられる夢』

荒唐無稽なマンガのようなオチ。
なのに今もドキドキ胸が止まらない。

目をごしごしこする。
「それにしても私にしては非現実的な夢を…」
そう、いつも見る夢といったら
八百屋さんで値切りすぎて、大量買い付けしちゃった山のような大根や白菜を漬物にするのにヒーヒーしてる夢とか
青慎が見事難関を突破して喜ぶ夢、とか。

自分がこんな想像力豊かな人間とは思わなかった。
ボンヤリしながらあたりを見回す。

ギュッと左手を握り締めていた。
手がこわばって指が開かない。

だから右手をそっと動かした。
…フワフワした毛布の横を指先で伝う。

「こんな上等なベッドで眠れるバイトって、なかなかないわよね…。
うふ。…幸せ」

すべらかな寝具のその先に

なぜか、固い、もの――が?

え?

「え? ――ギャ!?」
横を向くと、そこには異質な物体、いやさ、人物がいた―――!?

「へ、へ、へいかーーー!?」

さらさらとした黒髪。すうっと通った鼻筋。綺麗な横顔。
伏せた黒いまつげは、女の私ですら嫉妬してしまうほど長い。

少し骨ばった手で軽く腕枕をして…私のすぐそばですぅすぅとかすかな寝息を立てていたその人物は――狼陛下、その人だった!?

目がグルグル回る。

(ちょ、ちょっと、待って?
え――、なに?
何か、間違いでもしちゃった?
ウソ――!?…××××!!!)

頬をペチペチ叩くが、記憶にない。
「夕鈴、落ち着くのよ?
あ、でも。
――そんな馬鹿な!?」頭をポカポカ殴る。

ハッとなって、布団をそっとめくる。

見覚えのあるパジャマ… ベージュの兎柄の
ちょっとくたくたの肌触りの良い…

「ぎゃーーーっ!? 違うっ ウソっ!?」

身に着けていたのは、
記憶にない白いネグリジェ。

確かに昨晩寝るときは、いつものお気に入りのパジャマを身に着けたはずなのに――!

ポカポカ頭をたたいていると、陛下がゆるゆると手を動かし、小さなあくびをした。

「へいかっ!?」
ふわ…と小さく息を吸い込むと、
陛下はぱちりと目をあけた。

真紅の宝石を彩る、黒くて長いまつげ。
寝台の傍で、私を見つめる。

「おはよう、わが愛しの妃…」

「な、何もしてないですよねっ?」
「…は?」
陛下はクックと笑う。

「何かしたら、どうだというのだ。
…君は私の妃、だろう?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!?
私、バイトですよ?
その…何か間違っちゃったとか…
あの――!?×××××???」

陛下に抱きしめられながらせめてもの反抗のように、手を彼の胸に何度もたたきつけた。

私の左手は相変わらず握り締められたままで、指がこわばって開かない。
でもそんなことを考えている暇もなかった。

「…冗談。何もしていない」

「――へ?
ホントの、ほんとですか?
何もしてません、ね?」

「してない。
君が離してくれないから、仕方なく横に寝てただけ」

ホッとした。
思わずこぼれた私の涙を指先で拭い、
陛下は私の頭ごとギュッと抱きしめて、
甘い言葉を一つ二つつぶやくと、やさしく頬を触れ、私の名前を呼んだ。

軽く前髪に唇を押し当て、チュッと音を立てて口づけをする。
…その甘い雰囲気は、息がとまるほど。

思わず本当の恋人扱いをうけているようで、胸が締め付けられた。

ば、馬鹿なことでトキメかないでよ?私の心臓ったら!
これはお仕事。陛下にとっては単なる演技。

本当は、私をからかってるだけ…。

「よく、眠れたか――?」

「…そ、そういう問題じゃなくって!」

私はあまりのことに、思わず涙がこぼれた。
涙を見て、陛下は急に真顔になった。

「…どういう、問題?
どこか、痛い?
何か嫌なことでもあったか――?」

平然と答える陛下に、ムッとした。

(あなたとなぜ、一緒の寝台に寝ているのか。
それが問題なんだと、なぜ分かっていただけないのですか?)

まさか、間違いでもあったのかと、抱きしめる陛を布団ごと払いのけるようにして、
一気に寝台の端まで転げ出て、ギュッと胸元を掻き抱く抱く。

身を固めて、後ろから私の髪を指でやさしく梳く陛下を、涙目でなじるように見つめた。

「どうしたの、ゆーりん?」

余裕シャクシャクの相手が憎らしい。
「どうして…どうして、ここにへーかが」

「…君が離してくれなくて」

「うそ!」

「…本当に、覚えてない?
君、カボチャに食べられて…」

「――え?」

思わず、呆然とした。

カボチャに食べられる夢。
それって、私の見た夢だったはず。

「…カボチャに…?
もしかして、陛下。
私の夢を見たんですか?」

陛下はくすっと笑って
「君と二人で夜の散歩に行って、
カボチャ畑の上を飛び回って
それで、君がほうホウキから落っこちて、
カボチャに食べられちゃった、夢?」

カボチャに食べられた、――夢?

「――!?」

あまりに平然と答える陛下を見つめて、絶句した。

「あれは。
私の…夢、じゃなかったんですか?」

「うん」

「ウソ?
人間が空を飛べるはず、無いじゃないですか!」

「そうだね。
…人間なら、空は飛べないよね」


にんげんなら、そらはとべない

「じゃあ、空を飛べるとして。
陛下。
あなたは、何者――?」

「…知りたいの?」

「はいっ!」
即答した。
それは私の本心だったから。

「好奇心旺盛なのは結構だけど。
知って、リスクを負うのは、君自身だよ?」

「結構です!」

「…ふうん。強気だね。
――怖くないの?
私のことなんか、嫌いじゃないの?」

「強気、とかじゃないし
陛下は怖いけど…きらいとかじゃなくて!」

嫌いじゃないというとホッとして、それから
ケラケラと笑う陛下。

「…なら、よかった」

「笑い事じゃあありませんっ!
私はちゃんと知ったうえで、きちんとプロの臨時花嫁としての仕事がしたいだけです!
陛下が私にちゃんとバイト料を払ってくださる限り
私はその額に見合った仕事内容をきちんとしたいんです!」

「えー? …プロの臨時花嫁って、何…?」

「え…!?
ええっと…、だから。
いかなる時も同様とかしなくて。
冷静に花嫁を演じきる、鋼の精神をもったスゴイ人ですっ!」

「ええ…?
そんなのやめなよ。
できるわけない」

「できますっ! やらなきゃいけないんですっ!
私はホンキですっ!」

このバイトの報酬を聞いたときの衝撃は忘れられない。
だからこそ、必死に陛下が探してくれ、といったカボチャも探した。
でも、ぜんぜん役に立てているとは思えない。むしろ――浪費して甘やかされてるだけで。
これでお給料をいただこうだなんて女が廃る!

いただいたその分は、しっかりと働くつもりだ!

「…本気?」

「はいっ!
だから、陛下も安心して本当のことをお話くださいっ!!」

「知って、どうするの?
知ってしまったら、きっと君は困る目に会うよ?
…何があっても。
それでも知りたいの?」

「はいっ!
だいたい、陛下は秘密が多すぎですっ!
臨時花嫁だの、カボチャを探してくれ、だの。
事情を話してくれなきゃ、
私お手伝いできないじゃないですかっ!!」

「そこまで言うのなら、

話すけど――」

「…ほんと?」
陛下の態度が軟化したので、おまわずにっこりほほ笑んでしまった。

「…でも、そこまで君が言うなら。
先にやること、やっとくよ?」

「――え?
やる、こ…と …って――」

その途端、陛下は私に覆いかぶさった。

唇に暖かい感触。

――キス?

分かった途端に、相手を押し戻そうと必死に胸を押したけど
陛下の胸板は、見かけ以上に厚くてがっしりしていた。

ビクともしなくて、重くて…
とうてい太刀打ちもできず、寝台に縫いとめられるように
私たちは唇を重ねてしばらく時をともにするしかなかった。

ようやく唇が離れた。
ファーストキスを奪われて。あまりのことに私は軽くパニックを起こしかけていた。

とん、っと陛下の胸を押し戻す。

複雑な気持ちで陛下を見上げれば、陛下は静かな表情で。
なんだか悲しそうな顔をしていた。


「ここはね。魔法使いの里。

僕はね。

…魔法使いの王様、なんだ」

そういって、陛下はフッと硬い表情を崩し、にっこりと笑った。

「はぁっ――?」

ファースト・キスを奪われた驚きも冷めやらぬうち。
私の頭の中は再び混沌にかきまぜられることになった。

そのとき
それまで握り締めていた私の左のこぶしが緩み、
指の隙間から何か小さなものがポロリと寝台の敷布の上に零れ落ちた―――


(つづく)


*

狼のーかの花嫁(11)

ご無沙汰でした、再開です。

狼のーかの花嫁(11)

ほぼ5か月間のブランクを経て連載再開、
長らくお休みをいただきありがとうございました。

ここまでのお話は… 狼のーかの花嫁 (1)~(10)
よろしければご覧ください(*´ω`*)





【現パラ】【ファンタジー】【微甘】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(11)
* * * * * * *

狼陛下の唯一の妃の部屋は白亜のビルの18階にあった。
天蓋につきの大きなベッドには白いレースをふんだんに用いたネグリジェを身にまとった夕鈴と、狼陛下。

寝台の上で二人はお互いを見つめ合って横になっていた。
覆いかぶさった黎翔を両手で押し上げるように必死で距離を取った夕鈴は、あまりのことに思考停止状態に陥っていた。

目が覚めたら、陛下とベッドで一緒に居て
昨晩はカボチャに食べられて意識を失った…らしい。
そして、
(…ファ、ファーストキス――)
夕鈴は真っ赤になって呆然として彼を見つめ返していた。


真っ白な敷布の上に横たわった夕鈴の金茶の髪が広がり、白い肌を朱に染める彼女を冷静に見下ろしながら、彼は寂しげに言った。


「僕はね。
…魔法使いの王様、なんだ」

そのとき、夕鈴の握り締められていた左こぶしは
それまで開こうとしても開かなかったはずなのに、
自然とゆるみ指の隙間から何か小さなものがポロリと寝台の敷布の上に零れ落ちた。

黎翔は、その零れ落ちたそれに一瞬だけチラリと目をやると、覚悟を決めたようにもう一度とても冷めた表情で彼女を見下ろした。

冷たい紅い瞳に――夕鈴は、思わずゾクリと震えた。

彼を押して二人の距離を取ろうと抵抗していた彼女の腕の両手首を
狼陛下は難なく捕らえる。
力で叶うわけはなかった。
夕鈴は寝台に縫いとめ、寝台に横たわった無抵抗の彼女に狼陛下は覆いかぶさり、
彼女にゆっくりとその端正な顔を近寄せた。

「覚悟もないのに踏み込めば、
痛い目に会う」

低い声で彼はつぶやくと、
動けない彼女にもう一度、ゆっくり口づけを落とした。

重ねて口づけを受けた彼女は
ファーストキスを奪われた上
「魔王」とか、痛い目に、とか――!?
夕鈴の瞳にみるみる涙が溜まる。

「うわああああああああんっ!!」
夕鈴はパニックを起こし、大きな声で泣き叫んだ。


「――!!!」
今の今まで狼だった陛下がさーっと青ざめた。

夕鈴にとっては「初めて」で…
余裕シャクシャクの陛下にとって、そんなのは「よくあること」かもしれない。
けど、自分にとっての「最初」を――
訳も分からぬ理由で、義務みたいに口づけされたくなかった。


「ご… ごめんっ!!」
狼陛下だった黎翔が、一気に青ざめ、小犬にもどった。

夕鈴は余りのショックに、あたり構わず手足をばたつかせ、手近にあった羽枕を探り当てるとそれを掴み、あたり構わず振り回し激しく抵抗をした。

「――で… 出ていってくださいっ!
バカ―っ!!!」

「ご、ごめっ!
今のはダメだった、ゴメン!」
小犬になった黎翔は青ざめた表情で、防戦一方。

「あっち行って~!!!」
夕鈴は大きな声で泣き叫び、陛下にむけてバシバシと枕をたたきつけて暴れた。

夕鈴の大声に、隣室で控えていた者たちがあわただしく動き始めた。
「陛下、お妃様、どうかなさいました――?」とパタパタと足音が近づく。

更に黎翔は慌てた。
「何でもない、お前たちは下がれ!」

暴れる夕鈴を避け、黎翔はどんどんと窓の方へと追いやられる。

「キライ、
狼陛下なんか
大っキライ!!」

夕鈴は叫ぶと、馬鹿力でグイグイと陛下をテラスの方へと押し出した。

ガチャリ、と大きなガラス戸を開く。
轟轟と風が吹き込み、白い瀟洒なカーテンがブワッと巻き上がる。

夕鈴は破れて、羽毛をまき散らす羽枕の残骸をブンブン振り回し、陛下をシッチャかめっちゃか打つと
「出てって!!」と叫び、
陛下を無理やり部屋の外に押し出すと、ぴしゃり、と扉を閉じてしまった。

夕鈴は涙がこぼれる瞳をギュッと閉じ
背中で戸を押し、体全身で彼を拒んだ。

大っ嫌い…

大っ嫌い――


黎翔は蒼白になった。
大っ嫌い、という彼女の叫びが黎翔の胸をえぐった。

「ゆーりん…」

妃の部屋を追いだされ、テラスに佇んでいた黎翔はしょぼんとうなだれ、18階の妃の部屋とテラスを挟んだ向かい側の自室にトボトボと帰って行った。


* * * * * * *

最高級の仕立てのビジネススーツに身を包んだ狼陛下は、真っ白なバラの大きな花束を抱えて立っていた。

白陽ローズガーデンという大温室で栽培された「唯一の花嫁」という名の新品種で、見事に咲き誇った白バラだった。
朝の出来事を反省し夕鈴が落ち着くころを見計らい、謝罪に彼女の部屋を訪れた黎翔。

コツコツ、とノックをして
中の様子をうかがう。

「…ごめん、ゆーりん」

返事はない。

もう一度ノックをし、ノブに手をかけると、鍵がかかっていない。
「ゆーりん、ほんと。朝はゴメン。
――入るね?」
黎翔が扉を開けて、恐る恐る室内を覗き込んだ。

部屋の中には人の気配がなく、誰もいなかった。




(つづく)


*

狼のーかの花嫁(12)

こんばんは~^^
続きます。

ぶっ飛んだ捏造とか、ダメな方は
早めに離脱下さいますよう…

あんなことやこんなことがあって
勢い余ってビル出(?)した夕鈴。

ひょんなことから
徐々にわかってきたこと、とは――。


復習は
狼のーかの花嫁 (1)~(11)
よろしければご覧ください(*´ω`*)


【現パラ】【ファンタジー】【いろんな人がいろんな役で横切ります】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(12)
* * * * * * *

夕鈴は道路を独りトボトボと歩いていた。
広大な農地を縦断する農道はよく整備されている。端に止まった軽トラが数台。
畑ではせっせと農作業中の人影が遠くにぽつんぽつんとみられた。
その他ほとんど通りがかる車もない。

夕鈴が陛下のためにカボチャを探したのはつい昨日のことだったのに、彼女の眼にはもうその時と違う景色のように映った。

(力になりたかったのに…悔しい)
夕鈴は、ただ彼を助けたくて必死だったはずなのに。

そもそも彼女は高給に目がくらみ、騙されるように狼陛下の偽の婚約者というバイトを引き受けさせられただけだった。
他を屈服させる眼光を放ち、誰からも怖れられる当主、珀黎翔。『狼陛下』と呼ばれるその人物が、実はとても優しい一面を持った人だった。
誰よりも強く、他者を圧倒する狼陛下というのはハッタリの演技と打ち明け、優し気な顔を曇らせて、彼は「10日後にひかえた21歳の収穫祭までに特別なカボチャを探してほしい」と彼女に願った。
陛下と呼ばれる人の意外な一面を見てしまった故の同情と言われれば、確かに夕鈴には小犬のような陛下を捨てておけない気がした。だがもう一方で、あの恐ろしい人に魅かれている自分もいて…複雑な感情に夕鈴は自分自身、戸惑っていた。

「く、く、口づけとか――人の気も知らないでっ!」
彼に寝台の上で口づけされた感触を思い出し、夕鈴はカーッと再び熱が上がり、ボフンと頭が噴火した。

狼陛下のことを、ちょっとでも『カッコいい』と思った自分が悔しい。

「へーかの、女ったらしっ!」

夕鈴は自分が彼に魅かれていたことを素直に認めたくなかった。
だからなおさら腹が立って仕方がない。

「カボチャをくれないとイタズラするよ、って。どういう気よ!
秘密を話すなら、やることやるとか言って、く、く、口づけとか…!!
私が何も知らないからって、馬鹿にして――!」

夕鈴は涙が出そうになったのを必死でこらえた。
「好きでもないくせに…口づけなんて―――」

それが悔しかった。

今なら分かる。
そう「あの人が好き」だと夕鈴は気が付いた。

だから、彼が好きなはずのない自分に対し、あのような行為をしたことが許せなかった。

「狼陛下は、演技上手…」

あの人は、狼陛下を演じているだけ。
妃を愛するふりが上手くて、優しくて。
与えられたその甘すぎる記憶に
まるで愛されていると勘違いしてしまいそうになる。

だけど本当は、縁談よけのバイト。
『誰でもよかったんですよ』と李順さんは言った。
いずれ『ふさわしい誰か』を妃に迎えるとも聞いた。
あの人のやさしさも、ぬくもりも、いずれ誰かのものになる。
私はただのバイトだから、いる間だけ、あの人のお役に立てればいい…。

「ひ、――ヒトを、からかって…!」

ほんのちょっとでも、あの人に魅かれた自分が馬鹿らしくなった。

(泣いたら敗け。からかわれた位で何よっ。
ウソつきの女っタラシのためになんか、私、絶対、泣かない――)

『帰ってやる、帰ってやる、もう帰ってやる――!
カボチャが無くて困るなら、困りなさいっ!!
どうせ私がいなくても、誰か美人で可愛い代わりの女性がすぐに来るに決まってる――』

「所詮、私じゃなくたって、あの人にとって、どうでもいいのよ。
だって、私はただの――バイトだから…」

彼女の目に、悔しさで涙がにじむ。
道もボンヤリして良く見えない。

「でも、私はほんとに心配していたのに。
私は陛下の見方ですよ、って言ったのに…」

その時、軽トラがトトトトトと通りがかって夕鈴の横を通り過ぎ、ブレーキを踏んで止まった。
張老人は、そのしわくちゃな小さな顔を軽トラの窓からにょっきり突き出した。
「…おや、お前さん。こんなとこで何しておるんじゃ!」

夕鈴は、自分が広い農場の真ん中で立ち往生していたことにハッと気が付いた。
溢れそうになっていた涙をグッと押し戻し、彼女は気丈に応えた。

「――帰るんです!」

張老子は天気の話でもするようにさりげなく返した。
「ほう、帰る?
…どこに」

「家です!」

「家。ふむ。…じゃあ、バイトは辞めるってことかの?
…お前さん。前借した給料は、どうする気じゃ?」

それを聞いて、夕鈴はビクリと動きを止めた。

「あ…。あの、――それは」
夕鈴は急に現実が襲ってきた。

このバイトの待遇はものすごく良い条件だった。
なのに、面接を受ける時点で、既に父岩圭に対し、先払いで一時金を渡したため、夕鈴はこのバイトを断ろうにも断れなかった経緯があった。

新たなバイトを探せばいい、でも…
可愛い弟、青慎の夏期講習の費用は、なんとかねん出してやらねば。
あの子の勉強にとって、今が一番大事な時期なのに…

でも、もし。このバイトを断って、違約金とか取られたらそれこそ元も子も――?

「――それは考えてませんでした」
あっさり夕鈴は敗北を認めた。

「まあ。それはさておき。
…茶でも飲みにこんか? わしの畑の小屋ならいつでも大歓迎じゃ」

ひょいと老子が降りて、車をぐるりと回ると、助手席のドアを開けていた。
促され、張老子の軽トラに同乗した夕鈴は、先ほどまでの勢いはどこへやら。
しょんぼりと座って老子の行く先に付いて行った。

車内にはポップスのような軽妙な曲が流れていた。
老子がラジオの音量つまみを指先でつまみ、ふんふーんと下手くそな鼻歌交じりに音を大きくする。
夕鈴にとって初めて聞く曲だったが無言よりは気が紛れた。

彼女が落ち着いたのを見計らってようやく老子が口を開いた。

「…どうじゃ? 上手くいっておらんのか」

「ええ、まあ」

「…にしては、お前さんをえらくお気に召した様じゃな、陛下は!」
うししし、といやらしい笑いをかみ殺し、老子は飄々と運転を続けた。

老子の方から、ときどき「ふん、ふ~ん」と調子っぱずれな鼻歌が流れる。
見るものが見れば、老子のあの寸足らずな短い手足でどうやって車を扱っているのか疑問もわいただろう。
だが夕鈴は車の免許も持っておらず、老子が運転している状況が不自然と感じる余裕もなかった。まさか老子の鼻歌そのものが運転魔法とも思わず、夕鈴は老子の隣に座っていた。

魔法使いである老子の眼には見える、夕鈴の額に輝く狼陛下の印。
長い直線道路に入ったところで、張老人はチラリチラリとそれに視線をやりながら、夕鈴に尋ねた。

「ところで、お前さん。
陛下と、もうチューしちゃったのかの?」
鼻歌の合間に、いきなり核心をズバリとつかれ、夕鈴は一瞬心臓が止まりそうなほどドキリとした。

カマをかけた途端、夕鈴は自分の唇を両手で覆った。

それをみて老子は察し、途端に顔を赤らめ「いや~わし、なーんも心配することなかった。ラブラブなんじゃな~」と言いながら自分もモジモジしながら「甘酸っぱいのぉ~」とか「ヒューヒュー」とかつぶやくものだから、夕鈴にとって…正直ちょっとウザかった。

ハンドルから離した両手を揉みしだきながら頬を染めた老子が夕鈴の方へ振り被る。

「で――実際、お前さん。どうなんじゃ?」

「ちょ、ちょっと! 前みて安全運転してくださいよっ!
ハンドルっ、ハンドル握ってください~っ!!」

夕鈴は老子を押し戻し、ちゃんと運転席に座るよう促した。

「…お堅いのう」
「固い柔らかいの話じゃありませんっ! 
事故でも起こしたらどーするんですかっ! その齢で大けがしたら大変ですよっ?
もうっ!」
夕鈴があまりにも真剣なものだから、
老子はブツブツ言いながらも真面目にハンドルを握ってみせた。

「ほれ、大丈夫じゃよ。わしは10年間無事故無違反のゴールド免許だから。
…だがなんじゃか、わし、ごまかされたような気分がするんじゃが?」

「ご、ごまかしてなんかっ」

「チューは、したんじゃろ? そのデコにある印が更に輝いておる。
お前さん、ヘーカとどこまで行ったんじゃ?」

「どっ、ドコ?! 印って」
腰を浮かして車のミラーを引っ張り、
自分の顔が見える位置にあわせると
必死で自分の顔を見ようと覗き込む。

だが人間の夕鈴には、自分の顔に何も変化など見えなかった。
ホッとしながら(老子にまで、からかわれたんだ」と夕鈴は思った。

さらには今朝、寝台の上で受けた彼からの口づけを思いだし、尚更真っ赤になった。

「お前さんの目にはみえなくても、わしにはみえる。
あの方はお前さんを守りたいんじゃろ。
あの方は強大な力をお持ちの特別の方じゃからな…。その額の印が何よりの証拠。
ふぅーーむ? 
…にしては、それ以外からはあのお方の魔力を感じないが――」

「…魔力?」

「…もう、お前さんも、気づいておるんじゃろ?」
老子は少し真面目な顔をして、ハンドルのその先を見つめていた。

『…魔法使い』だと、陛下は言った。あれが冗談なのか、本当なのか、それは夕鈴も混乱していて正直よく分からない。
(でも、彼は。私の耳に入れる必要がないことは一切話さないけど、嘘はつかない。
いつも狼陛下の演技しているから、せめて私の前だけは嘘つかないのが楽だというから…それを私も叶えたかった。
じゃあ、夜ホウキで空を飛んだのも、カボチャに食べられたのも、ヘーカが魔法使いの王様っていうのも、全部――?!)

夕鈴は考え込んでしまった。
そのうち軽トラの音の悪いラジオが聞くともなしに耳に入ってきた。
そのうちラジオの内容の違和感に夕鈴は気づき、耳をすましてラジオに聞き入った。

何故か、先ほどからラジオでは聞いたことのない音楽ばかりかけるし、
人を食ったような冗談めいた話や、時には聞いたことのない言語まで飛び出した。
そして、極め付けの情報コーナーの内容に、夕鈴はギクリとした。

「――このコーナーは、あなたのマジック・ナビゲーター、桃香ちゃんがお送りしまーす♪
さあて今週のパンプキン・トーク情報コーナー。
いよいよ9日間で、待ちに待った収穫祭ですね~。みんな準備は万端ですかー?

コンテストといえばカボチャ・コンテスト。みなさん、期日を守ってしっかりエントリーしてクダサイね♪ 
そして!『ミスター魔術師&ミス美魔女コンテスト』。
例年最高の盛り上がりを見せますよねー。
この後お知らせするけど今年のミス美魔女には豪華特典付きよ!
特典コースは年齢制限有りでクオリティも高い超難関だけど、
腕に覚えのある20代以下のヤング美魔女の皆様、
振るってエントリーしてくださいね!
それから今年の目玉情報。
今年はガチな祭祀儀式も見逃せないですよ。
そう、なんと、今年は歴史的な魔法比べが開催されるんです!
例年、王宮特別祭祀の儀式場で公開評議が開かれるのは皆も知っての通りよね。
でも今年は特別。
だってなんといっても狼陛下21歳の収穫祭ですもの! 
審査対象は、色つやよく、形よく、そしてとびっきり大きなカボチャ!
いったい狼陛下はどんなカボチャを見せて下さるのかしら! 
陛下お一人のお力と、選び抜かれた評議会議員連合メンバーの総合魔力。
果たしてどっちが格上か、今から桃香ドキドキしちゃう。

圧倒的な魔力を誇る狼陛下? 
それともやっぱり古株の練り上げられた魔力を結集した連合? 
ちなみに私のボスも評議会メンバーで参加するんで。
いやー桃香ちゃんもどっちを応援しようか思わず迷っちゃうんですけど~(笑)。

もちろん一対多だから毎回評議会連合が有利でしょうけど
狼陛下のお力はそれをもしのぐんじゃないかって評判も信憑性高いし。
今から白熱した魔カボチャ合戦にみんな期待も高まってるわよ。

そ、し、て♪
なんといっても今どきの魔女子が注目してる最大のポイント!

陛下が評議会議員連合に敗れた場合、
『ミス美魔女』コンテスト20代以下フルスペック部門の
上位入選・入賞者全員は、もれなく後宮入りの栄冠を手にするそうよ♪

家柄、魔力、美しさを兼ね備えた20代以下の皆様、
国中からふるってご応募下さいねー♪
ま、うちのお嬢様にかなう人はいないとおもうけど。
でも特典は上位入選、入賞の全員の大盤振る舞い! 
これは見逃せませんよ、是非エントリーしなきゃ。
だって、陛下。最高に強くてカッコいいものぉ。

最近一人婚約者をお迎えになったというけど、
今回の魔力比べの結果次第でみんなにもチャンスはあるってわけ! 
…かくいう私もお妃様の椅子ねらって頑張ってま~す。
って、お嬢様に叱られちゃうけど、てへ♪ 

どんなお妃様が迎えられるのかみんなウズウズしてますよねー。
そんなわけで、今年の収穫祭は話題性十分、
私もこれから毎日いろんな情報をお届けする予定デス、チェックしてね♪
エブリワン、エブリデイ!
パンプキン・トーク情報コーナーを明日もお楽しみに~っ♪

さ、次のリクエストは
『ケータ君@こんな名曲リクエストするとはオレ様はなんて偉大なんだ』さんから戴いた…」

唐突にラジオはスチャラカなメロディーに切り替わった。

いつの間にか、老子の鼻歌が止んでいた。
「…着いたぞい」

のほほんとした声に、夕鈴はハッとなってキョロキョロあたりを見回した。
軽トラは減速して道の脇に寄せて、張老人はギッとサイドブレーキを勢いよく引いた。
エンジンが止まったとたんにラジオもピタリと音が止んでしまった。
あたりがシーンと静まり返る。

夕鈴は老子の方を振り返り、襟元を掴んで引き寄せた。

「…張老子、このラジオ――?」
「ん? ああ…」
夕鈴はものすごく複雑で変な顔をしていた。

「…これって。もしかして、冗談じゃなくて?
ホントのラジオ放送なんですか?」

「んー…」
老子はケラケラと笑って、バシバシ夕鈴の肩を叩いた。


(つづく)


*

狼のーかの花嫁(13)

こんばんは~
今日は良いお天気でしたね、4月に夏日とかちょっとびっくりですが
さわやかな初夏の気候を迎え
GWの前半戦スタートも気持ちよさそうですね


久しぶりに真面目な連日更新です。
(驚き)


さて。
飛び出した夕鈴を拾った張老子。
軽トラで流れてたラジオから仕入れた情報で夕鈴愕然。
そしてそして、いろいろ不思議な現象が…。


【現パラ】【ファンタジー】【決して無理しないでください】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(13)
* * * * * * *


「もうお主、知っとるんじゃろ。ここは魔法使いの里で、これは魔法使いラジオじゃよ。ゴシップも多くての、…うしし。暇つぶしで聞き流すにはなかなか良いぞ」
小屋の鍵をあけて、老子が手招きした。

「…ま、立ち話もなんじゃて」
夕鈴は素直に老子の小屋に足を踏み入れた。

簡素な小屋の内部には、農業に関する沢山の古い書物が詰め込まれ、古めかしい農機具と天秤やビーカーやフラスコなどの科学実験装置のような複雑な器具まであった。
老子が小さな椅子を奥から持ち出し、埃を払って夕鈴に座るよう勧めた。
机を挟んで座ると、夕鈴は先ほどの話を続けた。

「あの。さっきのラジオ。
カボチャのコンテストでヘーカが負けたら
美魔女さんたちまとめて後宮入り決定って――?」

ああ、そのことか、と老子はこともなげに肯定した。

「ま、平たくいえばそういうことになるの。
魔力を持つものはその器に相応しいものを、
手にせねばならん」


「ヘーカは納得して?」

「こっちの世界では、そういうしきたりになっておってなぁ。
王にはお世継ぎが必要じゃ。退魔カボチャをこの地に集め管理するのが我らがの仕事。それをしのぐ魔力を有することが国王の条件じゃ。
退魔カボチャが暴れて、我々が逆に封じられてしまったら我ら国民全員に被害が及ぼう。
国王の魔力がいまいちなら、早めに魔力の強い娘と多くの子を設け、より多くの魔力でこの地を支え、さらにはお子の中から次世代のより魔力の大きい王を選ぶことが肝要じゃ」

「…それって。陛下の力量が及ばなければ、つまり大きなカボチャが手に入らなかったら。たったそれだけで、勝手にお妃をたくさん貰わなきゃいけないって、決められちゃうってこと…? 陛下の意思は?好みは――?」

「心配せんと、選りすぐりの美女の魔法のつかい手の中には、そのうち好みのタイプも見つかろうて。この国の長い歴史において過去の王はほとんどが後宮を持ち、そうしてきたものじゃ。いくら強大な魔力の王族といえど、才あふれる連合の総合魔力には及ばぬことのほうが多い…。また、自身が21歳の儀式である公開評議において連合をしのぐ魔力を認めらた時でも、歴代の王はより多くの畑に種をまくため後宮を持ったものじゃ」

「畑に種をまくために後宮…?」
ポカンと夕鈴が見つめたので
「…まあ、そこはおいおい」
とニヤニヤする老子。

「でも、…ちょっと待ってください。
でもそれって、その21歳の公開評議で、王様が勝っても負けても、あんまり違いがないってことじゃないですか?」

「そうではない。
少々意味は異なるが、絶対君主か、民主か。
唯一の王の持つ絶対的な魔力が世を治めるか、
評議員含めた国家という組織の魔力が治めるか、という違いじゃろうな」

(…どっちにしても、ヘーカ個人は、あまり幸せじゃなさそうね)
夕鈴は思った。

「どちらにせよ、我ら魔法使いの国では魔力こそが絶対的基準なんじゃ。
強大な魔力を持つ王を戴くことこそが肝要である以上、後宮が存在しなかった例はほとんどなく、むしろ後宮を持たぬ狼陛下の方がおかしいと誰もが首をひねっておる。
国の存続のためにも、王宮に後宮の存在はあるべきものなんじゃ。
かくいうわしも、歴代王の後宮管理人が正式な役職じゃが、…とほほ、狼陛下は後宮など無用とおっしゃる。おかげでワシは今じゃ毎日畑仕事じゃよ」

「その…後宮って、やっぱり?」
夕鈴は口にしながらなぜか赤面した。

何を想像したんじゃろ、と老子はキャと嬉しそうに悲鳴をあげた。
鬼面の夕鈴が回りこみ、肘鉄を食らわせた。
フーフーとお互い肩で息をして再び席に付く。

「もぉー、先行き短い老人に対して何するんじゃ、乱暴な…!(ブツブツ)
そう、後宮ってゆーのは、お前さんのご想像通り。
たーくさん、奥さんがいるのが、普通なんじゃ。国王陛下には」

「たーくさん?!」

「…それって、嫌じゃないんですか?
ヘーカ、それじゃ気が休まるときがないっていうか…」

「それも仕方がないじゃろ。後宮は陛下のお心を癒すための存在するものであるが、最も大切な存在意義は、国のため、お世継ぎを得ることじゃ。魔法を封じる退魔カボチャを世界から隔絶するは我らが魔法使い一族の宿命。それを束ねる王にはより強大な力を皆が求める。より魔力の強い子孫を残し、国を安定することも魔法使いの国に君臨する王の仕事じゃ。お前さんたち、人間にはちょいと理解できんことかもしれんがな…。
王が生まれながら備えた魔力の器を見極めるには、21歳がその節目。そういうしきたりなのじゃよ」

(…イヤ)と、夕鈴は思った。
だが、口には出せなかった。

(あの優しい人が、勝手にお嫁さんを沢山って。
愛してるわけでもなく、ただ、たくさんのお子を産ませるために…、大勢のお嫁さん?
って…お、お、お子?)

いくら奥手の夕鈴とはいえ、子どもが生まれてくる前の段階におぼろげながらも何事か必要であるということは想像できて、想像するとそれは結構刺激的な内容であった。

「いくらあの方が『妃は早い、今は国を立て直すのが優先だ』とおっしゃろうと今年ばかりは避けて通れまいて。
ま。じゃが、あの陛下のこと。たとえ評議会銀連合が相手でも負けはせんじゃろ。
なんといってもあの方は伝説のアングマールの魔王を凌ぐとまで言われる強大な魔法の使い手じゃからの! 
そりゃーもー、わしもあの方、怖く怖くて…!」

「――アング、マー…?」

「…まあ、とにかく。あの方は強く、厳しい御方じゃ。
お主は心配せんでも良い」

「でも――まだ、カボチャがないって。
私に探してほしいって…」
夕鈴は急に心配になってきた。

「まあ…それはそうじゃが」
老子は言葉を濁した。

「あと、9日しかないって?」

「なんとかするじゃろ。あの方なら。
――まあ、あまり心配せんことじゃ。
ああ、お茶でもいれようかの」

老子は茶を入れるために立ち上がった。

カチャカチャと隅っこから茶器をとりだした老子。
ヤカンに向けて指をパチンと慣らすと、ヤカンの注ぎ口からゆらりと湯気が立った。

老子が茶葉を入れた茶器を用意し、ヤカンを傾けると湯が出てきた。
夕鈴は今の今まで、魔法と言われても絵空事のように感じていたが
今まさに目の前で何事か起き、ピシッと背中を正して老子を指さした。

「…そ、それ。魔法ですか?」

「――ん?」
老子は何事かと眼を丸くして夕鈴の方を見返した。
夕鈴は震える指先で、ヤカンを指さす。

「今、お湯沸しませんでした? そのヤカンの…」

「あーお主、魔法を見るのは初めてかっ!」
老子は手で額をペシッと叩いて、舌を出した。

「いやー、いつもの調子で。
普段、人間の前ではやらんのじゃが。この魔法使いの里では周りは勝手知ったる魔法使いばかりじゃし、老人一人の小屋じゃから、火の用心でのう」

老子は茶器にフタをして蒸らす間、茶菓子を探しにゴソゴソとあちこちを掻きまぜていた。

「…魔法って、そうとう便利、ですね」
まだ半信半疑の夕鈴は、ジイィッと不審げに老子の手元を見つめたが、お湯はたしかに沸し立てで、老子と夕鈴の二人が小屋に来る前に準備などしておける様子もなかったし、タネ仕掛けもなさそうだった。

探し当てたせんべいを一枚早速出して、パリンと頬張る老子。
「ま、わし。これでも相当位が上の魔法使いじゃよ、エッヘン!」
老子本人の談には信憑性が低い気もしたが、老人のメンツのためにも今はそういうことにしておいてあげようと夕鈴は思った。

「陛下も、そういうことできるんですか?」

「…お前さん! なーに言っておるんじゃっ!
ヘーカはものスゴイ魔力の持ち主だぞ?
ヤカンの湯どころか、広いお風呂だって一瞬で沸されるぞい、きっと。多分。
いや見たことは無いんじゃが、やられたこともないかもしれんが、とにかくそれはもう、わしらの何倍もなーんばいもすごいんじゃ!」

何だかやっぱり胡散臭い。

お茶の入った茶器を夕鈴のほうへ差し出し、老子は少し寂しそうに言った。

「とにかく、あの方の魔力はすさまじすぎるのじゃ…。
桁違いの魔力は触れるものすべて、魔を帯びさせると
あの方は自分を戒めて人と人の間にまで距離をとられてしまわれる…」

「…距離?」

夕鈴は考え込んでしまった。
張老子の言う狼陛下と、実際の自分の中での印象で、へだたりを感じたのだった。


そんなことはない…。
あの優しい人はすぐに私にくっついて
小犬のように優しい顔で…

「――私はそんなよそよそしいとか思いませんでした。
この間も、わざわざ朝食を作って、食べさせてくれましたし」

夕鈴の言ったことに、老子はとても驚いた顔をした。

「なぬ?! 陛下の…料理? まさか――陛下の天空農園の…」

「オーブンで焼いた焼き芋と…厚切りのベーコンとソーセージと目玉焼き。
すごく簡単な料理だし、初めてだって言ってましたけど
すごく美味しかったです」

夕鈴は思い出しながら、味を思い出してちょっと幸せな気分になった。

「…そ、それでっ!!
お前さん、身体は大丈夫だったのか?」

真顔の老子のその気迫に、夕鈴はちょっぴり驚いた。
ガタンと机が傾き、お茶が零れた。
「あっお茶がっ!」
夕鈴はこぼれたお茶を拭こうと、ポケットからハンカチを取り出した。
ハンカチを出すときに、ポケットからポロリと何かが零れた。

「もうっ!! 老子ったら、お茶、熱いんですから
気を付けてくださいっ」
夕鈴が机を拭いている間、老子は夕鈴のポケットからこぼれた何かに気が付き、慌てて回り込んで床の上に落ちていたそれを、じいっと見つめた。

「…さっきの件じゃが。
お主、陛下の御手によるものを食べ、本当になんともなかったんか?」

「ええ、別に…」
夕鈴はけろりと答えた。

老子は慌てて傍にあった棚から小さな空の小瓶を素早く取ると、
床の上のものを手で触れない様にそっとビンの中に掬い取った。

「たしかに、お傍で過ごしたお主からは陛下の魔力は感じられん。その額の印のみと…不思議な感じはしていたのじゃが…。
――お主、今これを落したこれに、何か見覚えは?」

「…あ。それ!
つい、持ってきちゃいました」

「つい、持ってきた、とは?」

「昨日、左手の拳が開かなくて、それで、えーっと…たしか陛下に――



××!?」

夕鈴は唐突に今朝のやり取りを思い出し、またもや真っ赤になって噴火した。
夕鈴が一人でのたうつ様子をみて、何かあったと察し、
そのあたりツッコんで訊きたい老子ではあったが
今はこの物の正体が知ることが優先と「それで?」と続きの話を促した。

「――ととととととにかく、手が開いたら
中から出てきたんです、それが」

フムと考え込んで、老子はもう一度ビンの中身と夕鈴の顔を交互に見比べた。

「変なものですか? それ」

「…タネ、じゃ」

「え?」

「カボチャのタネ、じゃ――」



*

狼のーかの花嫁(14)

マッドサイエンティスト老子、夕鈴、でっかいカボチャのタネ。

【現パラ】【ファンタジー】【カボチャ】
もう 何でも恋のかたと なんでも来いの方、どうぞ。

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(14)
* * * * * * *

張老子が、きつく蓋をしたガラス瓶をそっと振って、目の前にかざすと
中味はカラン、と乾いた音をたてて裏返った。

「お主の、カボチャのタネじゃ」

「――わたしのタネ?
カボチャって、あの、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!
私だってカボチャのタネくらい知ってますってば!
もっと、爪くらいの大きさだったと思います。
友達の明玉が『スタイルが良くなって美容に好い』っていうので、近所から種ばっかりかき集めて、煎ってひたすら食べた夏がありました」

老子の手にあるビンを改めて注視して、夕鈴は首をひねった。

平べったい卵型
片方が少しとがっている。
滑らかな表面や色形をみても
言われてみれば確かにカボチャのタネの面影は、ある。

ただ、カボチャにしては、見たことないほど、大きい。
大きすぎる。

異常にデカイ。
というかむしろ嘘くさい。

「…たしかに、私の握った掌の中から出てきたんですよ。
…こんなに大きかったかしら?」
夕鈴はまじまじ今更ながらに思った。

「じゃが、確かに、お前さんの掌の中から、出てきたんじゃろ?」

夕鈴はコクン、と頷いた。

「…もう少し、詳しく聞かせてくれんか?」
老子は、机の上にビンを注意深く置くと、ノートとペンを取り出し、

夕鈴はなにやら難しい顔をして、その後赤面した。

「…嫌なら、無理に話せとは言わん。
じゃが。わしの勘じゃがの。
…もしかするとこれは、大変貴重なタネなのかもしれん。
だとすればこれは、陛下のお役にたつ、万にも一つのチャンスかもしれんぞ?」

「――陛下の。
お役に立つんですか?」

「いや、それは話を聴いてみなけりゃ、わからん。
今、この種をみてふとよぎった
単なる老人の勘、じゃ」

夕鈴はそれを聞いて、一人でブツブツ言いながらイヤイヤしたり、さんざん百面相をした後、ペチペチと自分の頬を両手で叩き、吹っ切れた表情をみせた。

「…もし、万に一つでも、陛下のお役にたつ可能性があるかもしれない、というのなら…お話しします」

(…仕方がない)と夕鈴は思った。

夕鈴はあの人と約束をしたのだ。
そして現実的には高額バイトの前借までしている。

何より彼女自身が、あの優しい人を助けたいと願っていた。

老子がこの大きなカボチャのタネを見て
「万にも一つのチャンス」というのなら、老子は何かひらめいたに違いない。

どちらにせよ、畑のカボチャは危なくて触れないと言われ
あの中に陛下の欲しがっているカボチャがあるとも思えない。
なんとか解決の糸口をたどらねば――。


夕鈴は重い口を開いて話し始めた。
老子は、ノートのページをめくり、まっさらなページを開くと、さっそく記録を取り始めた。

「さて。お主はこれを、いつ、どこで手に入れたんじゃ?」

「今朝、私の手の中から出てきました」

「手の中から出てくる前は? いつ、これを拾ったんじゃ?」

「覚えてません。眼が覚めたときにはすでに左手がグーになってて、どうしても指が強張って開かなかったんです」

「では、昨晩。寝る前に何かあったんじゃな?」

「昨晩…」

夕鈴は両手で膝頭を握りしめるとカッと豹変し、恐ろしい形相で老子を睨んだ。

「~~っ!」

老子はぎょっとして、恐る恐る
「いいんじゃよ、あたりさわりのない辺りから、順を追って話してくれればのう…」
夕鈴は「ううぅぅうーーーー」と暫く唸り声をあげ「…ぷは」と言って肩の力が抜けた。

「最初、夢だと思ってたんです」
「何がじゃ?」
「あの、私が変なこと言ってるって思わないでくださいね?
私も夢じゃないかって、ちょっと自信がないんです…。
――実は昨晩、陛下のホウキに載せてもらって
カボチャ畑の上を飛んで回ったんです」

夕鈴自身は、かなり素っ頓狂なことを話していると半信半疑の口ぶりだが、できるかぎり落ち着いて、順序立てて話そうという努力は見られた。

老子はうつむいたままカリカリと夕鈴の言葉をノートに書きとっている。
「…うむうむ。
真夜中に退魔カボチャの巡回…と。
陛下は真面目にお仕事をされていた、と――」

それを聞いて夕鈴は、ホッとした。
(そうなのね、ここではそれが当たり前なんだ)
よかった、と夕鈴が胸をなでおろしていると、
真面目に言葉を書きとめているはずの老子の肩が、ヒクヒクと小刻みに揺れた。

「…にしてもホウキとは…」
老子がブツブツと独り言を言う。
数式を書いて、計算をして、首をひねり「…いや違う」と、書きかけの数式をジャジャっと線で消す。

「うーむ…ホウキ、ホウキ。
――わからんっ!」

何やら難しい表情をして唸っている老子を見ると、魔法使いは、素っ頓狂のように見えるそれらの行動の一つ一つに何か意味があるのかもしれないと夕鈴にも思えてきた。

「えっと。でも私が魔法使いはホウキに乗って飛ぶんですかと尋ねたから
ホウキがいいなら、ってそんな具合だったと…」

「なんじゃ! それならここの数値は全部、反故じゃ!」
老子は頭を掻きむしって叫んだ。

「…にしても。真夜中のデートは、ホーキで密着ランデブ~♪
ロマンティックじゃのぉぅ~~、ぬししし…」
老子が嬉しそうに漏れるのを夕鈴は聞き逃さなかった。

「――!! 真面目に聞いてくださいッ!」
夕鈴は、机をバン、と叩いた。

「…」
老子は知らんふりをして、ノートに向かって複雑な書きつけをする(フリ?)。

「それで?」と、改めて先を促され夕鈴も気を取りなおした。
(こんなことで怒っちゃダメ。冷静に話さなきゃ)

「その、地平線まで続く畑中の退魔カボチャが光っていてとても不思議な光景でした」
「魔封じのドルイドが用いたランタンカボチャ、とも言われるでのう」

「それで、ホウキに乗せてもらって飛んでたんです。
陛下は『このあたりの畑にあるカボチャはイタズラ者だから、一人の時は決して触っちゃダメだ』っていうんです。そのくせ、私に『大きくて形がよくて色艶よいカボチャを見つけて欲しい』とか…。
――これって矛盾じゃありません?」

夕鈴は少しムキになって老子に零した。

「…って、老子に怒ったってしょうがないですね」
としょぼんした。

「――まあ、そうじゃなぁ」
老子は仕方なさそうに頷く。
長年、魔払いカボチャを保護してきた魔法族の精鋭農夫を見続けてきた。

魔法を吸い取るカボチャは、魔法使いにとっては究極の弱点となる恐ろしい兵器であり、特殊訓練を積んだベテランの隠密農夫といえども、うっかり逢魔が時に退魔カボチャと対峙すれば、時に命を失う惨劇が起きたものだった。

真夜中の逢魔が時に煌々と光るランタンカボチャ。
それは、魔法使いたちにとって恐怖の光でもあった。


「陛下が求めるカボチャは、魔払いカボチャに在らず、
まったく逆の性質を持つ魔法カボチャのことじゃからなぁ…」

「…え?」

「じゃから。魔、法、カボチャ―」

「魔法カボチャ?
あの光ってるのとは別の?」

「そうじゃ。魔封じのカボチャが魔を呼び寄せ喰いつくし封じ込めるカボチャなら、
魔法カボチャは魔法を発する大いなる力の源となるカボチャじゃ!」

「…それって、どこで手に入るんですか?」

「――じゃから、探しておるんじゃ!」

「ッ…って、陛下にも分からないってことですか?」

「そう、じゃ!」

「そんなものを、門外漢の私に見つけられると陛下は本気で思ってらっしゃるんでしょうか?」

「…あれは与えられるんじゃ
人知れず生まれるんじゃ!
それを見つけるんじゃ!
見出し育み、魔力を備えるんじゃ!」

「…よく、分かりません」

「分からんで、結構!
理想の作物を作るまで、
のーかの探求の旅は長いのじゃ!」

(やっぱり、よくわからない…)
そう思いながら夕鈴は少し困ってしまった。

「…んで?
ホーキで、空を飛んだ、と。その続きを訊かせてくれんか」

「あ。はい。
そんなこんなで
陛下のお話し聞きながら飛んでるうちに、
私、うっかりホウキから滑り落ちちゃって――」

「なぬ?」老子は青ざめた。

「…で、畑に落ちて、カボチャに食べらちゃったらしいんです」

「ひえーーっ!? だだ、だだだだだ大丈夫じゃったのか?
いやまさか陛下がご一緒で…」

「それで、ベッドで眼が覚めたときには、もう左手が開かなく」

「フム、フム!」
サラサラとペンをはしらせ、老子は必至で夕鈴の言葉を書きとめていた。

「で、眼が覚めたら陛下が傍にいて」

「――っフム~~っ!!!」
老子の鼻息があがった。

「…って、何にも、何にもなかったですよっ!?
変な想像しないでくださいッ!!…××××っ!!」
夕鈴は、そこから自分で自分の妄想に絡め取られ混乱し、もがき始めた。

「なんじゃ、なんじゃ!
それで、どうやったら手が開いたのじゃ~っ!
何かきっかけは?
何か直接的なきっかけは無かったのかの?
――例えば、ヘーカが寝台の上でお前さんを押し倒してチューしたとか!?」

大興奮の老子が、ズバリと言い当てた。
その途端、ドカーンとマンガの書き文字(擬音)が見開き2ページで炸裂した(かと思われた)。
夕鈴の頭半分吹っ飛んだ(かと思われたが、実際は無事だった)。

マグマのように溶け落ちる彼女の表情をみて、老子はニヤリと笑った。

「なるほどのぉー!!!
ちょっとまて、いや。わかった、よしっ、これじゃ!」

老子は、ノートにサラサラと何やら見たことのない文字や複雑な数式らしきものを書き連ね、途中頁を繰り3ページにわたる計算式を完成させた。

「お主、ヘーカ。
ヘーカの手料理。
これがあって…ホーキ、いやホウキの影響は除外してよいのじゃな、
として、夜間飛行、カボチャに食べられ…」
ブツブツとつぶやく

「ちょっと前。お前さん、もしかして、何か特殊な才能はないか?」

「は?――仰る意味が分かりませんが」

「いや、じゃからっ…!!」
老子は地団太を踏んだ。

「…そのなんというか。
その天然ボケというか…図太さ。
陛下のお傍にいてもあまり感じないとか? 怖いは怖いじゃろうが
その、つまり。…体調が悪くなったりはしないじゃろ?」

「…へ? 何のことですか?」

「朝床を共にしながら
額の印以外に、陛下お力の魔法のマの字すら漂ってこない…」

床に、とこを共に、と…
なんですとーーーー?

「ぎゃーーーーっ!!!」
夕鈴はゴロゴロとのたうち回った。

「んなっ! なっ! 何もありませんっ!!
おかしなことは、いーっさい、ありませんでしたーっ!!」

「それじゃ!
まさに、そのスルースキルじゃなっ!!
分かった!! ありがとう!!」

老子は興奮して、ノートに再び向かってガリガリとさらに激しくペンを動かし始めた。

そして、ピンと何かひらめいた。

「そうじゃっ!!
スルースキル…スルー…
金の…うさぎ… あの事例があったのじゃ?」

老子は慌ててホコリの被った本棚の方へジャンプして、古い書物を取り出し何か調べ物を始めた。

「お主、やったぞ! 
これで何とかなるかもしれんっ!
ここから想定される数値をこの数式に当てはめて――」

老子はノートに向かいなおし、目にもとまらぬスピードでペンを操った。
夕鈴の眼が急激に悪くなったのかもしれないが
老子のペンを持つ腕は1本ではなく2本、いや3本あるようにも見えた。
(もしかすると、魔法かもしれない)

ペンの先からは次々と沢山の訳の分からない言葉や数式が現れた。
そして、今度は落書き…?
醜い大きなカボチャとつるりとした大きなカボチャ
それから…
「このへたくそな動物の絵… 四足の黒い犬のようなものと、耳の長い…これはウサギですか?」
「ええいっ! へたくそは余計じゃ! 黒狼と金兎、伝説の動物じゃ!!」
動物とカボチャの絵の間には複雑な図形と文字の魔法陣が書かれていた。

「これじゃっ!
――謎は全てとけたっ!!!」

老子は両手でノートを高々と掲げ、見せつけた!


ノートを持って小躍りする老子の姿を、
へたり込んでいた夕鈴は、はぁ…と?訳もわからず見上げた。


「よーするに。
この大きなカボチャのタネはな~

陛下とお前さんの
愛の結晶じゃぁあ~~♪
でかしたぞぉ~♪」

あ…あ、あい

…なんですと?

唐突なフレーズに、
夕鈴の顔色は赤から白へそして灰色に。
彼女は椅子にへたり込むように崩れ落ちた。


*

狼のーかの花嫁(15)

サイトお引越ししました。(→織座舎新サイト
いろいろご不便をおかけしてすみません。
この後のお話は「陛下の花園 二の宮」でノンビリ更新を続けてゆきたいと思います。ご訪問お待ち申し上げております。


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引き続き、マッドサイエンティスト老子と夕鈴のシーンからどうぞ。
あの人も出てくるし…。

ファンタジーです。捏造設定の塊です。まるっと飲み込んで、生暖かく見守ってください。
無理なさいませんよう…。

【現パラ】【ファンタジー】【カボチャ】

* * * * * * *
狼のーかの花嫁(15)
* * * * * * *

「よーするに。
この大きなカボチャのタネはな~

陛下とお前さんの
愛の結晶じゃぁあ~~♪
でかしたぞぉ~♪」

張老子の衝撃的な言葉に、床に崩れ落ちる夕鈴。
「よ、嫁入り前の娘に、なんてことを…」とつぶやきながら引き付けを起こしたように身悶えた。暫くしてようやく体を引き起こしノロノロと老子の方を振り返る。

夕鈴は『二人の間には何もない』ことを釈明しようと立ち上がった。
「――冗談は…」
「これは冗談ではないのじゃっ!」老子はすかさず夕鈴の口を封じた。

老子は種の入ったビンを夕鈴の鼻先につきつけ、彼女に説明を始めた。

「まあ、ちょいと落ち着いて話を聴かんかい。
これは、あの御方にとって、実に貴重なタネなんじゃ。恐らくは。」

「はあ…。」
恐らくは、という言葉に、少々腑に落ちない感は否めないが、夕鈴は老子の向かい側の席に座りなおした。

「魔力というのは人の世の理を全く無視したエネルギーでな。
非常に便利じゃが、もろ刃の剣ともいえるのじゃ」

「もろ刃の剣?」

「そう。善なる心で使えば益もある。じゃが、悪の心で用いれば闇に染まる。そして大いなる力を持つな魔法使いはこの闇の魅力に心奪われやすいのじゃ…」

「闇の魅力?」

「そう。この世の全てを統べる大いなる力はことごとく心の負の面を引き出しやすい。
…かつて絶大な魔力を得た者の中には、闇に染まり人々を恐怖に陥れたものも多い。
現代のようにだれもが豊かになり、魔法教育も整った環境であっても時に闇落ちするものが生まれるが、その数は少ない。じゃが、昔はそうではなかったのじゃ。
大いなる魔力を持ったものはほぼ皆、野心に心を乗っ取られ闇に落ちたのじゃ。

その昔、人々を脅かす魔の存在に対抗できるのは、修行を積んだドルイドだけじゃった。
魔封じのランタンカボチャは、魔法使いの持つ魔力を吸いつくし封印する恐ろしいカボチャじゃ。いにしえのドルイドは、この魔を封じ込める力を持つカボチャを見つけだし、魔封じに用いたものじゃった」

「はぁ。それが、この地域に集められてる、あのカボチャ、なんですね?
でもどうして、魔法使いの里で、魔法使いの一番苦手なカボチャを育ててるのか…よく分かりません」

「そうじゃろうな。実はあのランタンカボチャは、最初はふつーのカボチャの中から突然生まれる。夜光りはじめるころに魔封じのカボチャと気が付いても、もう魔法使いの手におえないのじゃ。それで全世界中に我々の隠密をとばし、早期のうちに魔封じカボチャの苗を速やかに回収しこの地で保護しておるのじゃ。あともう一つ理由もある…」

「理由?」

「――ここで育てた魔封じカボチャは、めっぽう美味いんじゃ」

「はあ?」

「もちろん市場で高値が付くが、通常市場には出回らんほどじゃ。
なんといってもここで採れる白陽かぼちゃといえば三ツ星レストランのシェフや世界最高峰のホテルなどから注文が引っ張りだこで、空輸して世界各国に送られんじゃ!」
老子は嬉しそうにニシシと笑った。

「なるほど!」
確かに、あのカボチャたちはみんな福々として立派だった。危険もあるが、その分さぞかし美味しいのだろうと夕鈴は深く納得した。

「…で、それがあの魔封じのカボチャだというのは良く分かりました。
それで、陛下が欲しがっているカボチャっていうのは?」

「魔法カボチャはもっとレアなんじゃ」

「レア!?」

「魔法、というのはそもそも形がない。封じ込めて器に入れておくことができないんじゃ」

「はあ?」夕鈴にはピンとこない。

「魔法の電池みたいなもんがあれば、ヘタッピの魔法使いでも、何でもしでかせるのじゃろうが、魔法の力というのはそういうものではないんじゃよ」

「なるほど」夕鈴は納得した。

「収穫祭で行われる陛下21歳の公開評議じゃが…」
夕鈴は、張老子の話がいよいよ陛下のことに…と思い、ピシッと背中を正した。
「国王、王位継承権の持つ者が21歳になるで行われる儀式じゃ」

「王様にふさわしい魔力の持ち主かどうかを試す儀式、ってことですね?」

「平たく言えばそういうことじゃな」

「正当な王には、魔法カボチャが天からくだされる…。そういうことになっておってな。
どこから手に入れたのかは歴代の王の秘中の秘とされ、魔法カボチャを手にした王以外、誰も知らんのじゃ」

「だから魔法カボチャがレアって。…でも、王様自身が手に入れ方を知らないというのなら、実際手に入らないってことはないんですか?」

「…まあ、中には魔法カボチャが手に入らず、偽物で儀式にのぞみ、こてんぱんに評議会にやられる者もおったものじゃが…。そういう者は王位につけぬか或いはその治世は長くは続かなんだ」

「…なるほど。その儀式って、どんな内容なんですか?」

「最初に三人の評議員が一人ずつ、形、色艶、大きさをで対決するのじゃ。
まずは形。防御力と、その所有者の魔力の質、つまり善なる魔法か闇の魔法かをはかる大事なパラメーターじゃ。堂々とした型のよいカボチャは善なる魔法使いである証、心が闇に染まった魔法使いのカボチャは、いびつな醜い形に育つといわれておる。
色ツヤは魔法の影響力。同じ魔力でも効き目のあるなしが分かれるのがここじゃ。いわゆる攻撃力、じゃな。
そしてなんといっても大きさじゃ――これは…」

「大きさがヒットポイント。つまりトータルの体力のようなもので、
形が防御力、色艶が攻撃力、ということですね?」

「…ほう、お前さん、なかなかのみ込みが良いのう」

夕鈴はニコっとした。夕鈴自身はゲームなどはやらないが(そんな時間があったら勤労につぎ込んでいた)小学校の頃は男子(主に几鍔の周りの男グループ)が相当やりこんでいて、暇さえあればそんな話をしていたのを耳にしたものだった。
当時はいつも『くっだらない、あんたたちそんな暇あったら宿題でもしなさいよ』とわめいていたものだが…。

「それで、三人の評議員さんとの対決に、勝てばいいわけですね?」

「そうであればまだよいのじゃが。それはまだ前哨戦、その後が本番じゃよ」

「本番?」

「つまり、こんどは評議員の用意した退魔カボチャでの攻撃を受けるんじゃ」

「…退魔カボチャ?」
夕鈴はポカンとした。

「いまある畑中の全部の退魔カボチャ対陛下お一人の魔法戦じゃ」

「――えっ?」

「この地にある全ての退魔カボチャを封じられるだけのお力がなければ、国王たる資質は認められん」

「…って。それって、すごく危ないことなんじゃ…だって。退魔カボチャ一つだって、魔法使いにとっては致命的な天敵なんでしょ?
それを、地平線までどこもかしこも広がるあのカボチャと戦うって――
敗けたらどうするんですか!?
陛下も死んじゃうってこと?…後宮に奥さんいっぱいより悪いじゃないですかっ!」

「そのための魔カボチャ、じゃよ」

「じゃ、魔カボチャを陛下もたくさん用意しないとだめなんじゃ――」

「いや、魔カボチャは1つでよいのじゃ」
平然と老子はうそぶくが、夕鈴は興奮してバンと机をたたいた。

「なんで?
たった一つでどうしろって…」

夕鈴は陛下が心配で蒼白になった。

「本来魔法は器に入れることはできん。
だが、魔カボチャにだけは所有者の魔力を貯めることができるんじゃ。
更には魔法使い自身の持つ器量によっては蓄えたその力を何倍、何十倍、何百倍、いやそれ以上に増幅するという…持つ者によっては、ま~さ~に無敵!
それはそれは、ものスゴーいレアなアイテムなんじゃっ!!」

老子はビンをもう一度振り上げて、ニヤリと笑った。

* * * * * * *

「――とにかく。早くこれを育てねば…
もう、日が無いんじゃ!」

「…でも、あと9日って?
そんなんで、本当に陛下の欲しがってるスゴイ魔カボチャって
できるんですか~?」

「それは、お前さんと、陛下ご自身が
考えることじゃっ!!
とにかく頑張らんかい、バイト娘!!」

ポイっと小屋から送り出された夕鈴はキョトンとした。

小屋に来るときは、ずいぶんと歩いた末、トラックで延々走った気がするが、今外に出されてみれば白亜の殿堂、白陽ビルの目と鼻の先だった。

夕鈴は小瓶に入れて貰ったものを大事に握りしめ、ビルのエントランスに向かう階段を見上げてぼんやり立ちすくんでしまった。

勢い余って飛び出してしまった手前、少々バツが悪い。

夕鈴は『やっぱり…陛下に会わせる顔がない』と踵を返し、クルリと背を向け歩き出したとたん背後不注意で、後ろにいた人にまともにぶつかってしまった。

『しまった!』と思った時には
もう、そのぶ厚い胸板にまともに顔から突っ込んでいた。

太陽の匂いのする作業服。大柄な相手は、倒れかけた夕鈴を「おいおい、大丈夫かい」と両腕を掴んで助けた。
したたかにぶつけた鼻柱を「いたたた…」と押さえながら夕鈴は相手を見上げた。

浅黒い肌に、ザンバラな黒髪を後ろで一つに束ねた作業着の大男。
腕をつかんでいる手は大きくて、熊の掌のよう。

「ぎゃっ、ふ、ふ、ふみまひぇんっ(すみません)!!!」
と夕鈴は1,2歩あとじさる。

「おいおい娘さん、よそ見してると危ないぜ?」
人のよさそうな笑顔でニカっと笑ったあと、「ん?」と夕鈴の額をまじまじと見つめた。

(あっ、そうだった!…陛下の印がおでこに)
夕鈴はあわてて額も手で隠した。鼻と額、隠すところばかりで両手がふさがった。
その手には、大きなタネの入ったビン。

「娘さん。なんだか面白いもん、持ってるなぁー。
…えっと。ビルに用事があるのかい?」

「いや、ちょっと用があるっていうか…その、あったんだけど。
やっぱり、出直そうかって――」

夕鈴があわあわしているのを見て、その男は気の毒に思ったのか

「…まあ、落ち着きなって、娘さん。
そりゃさぞ大事な用事なんだろうな。
こんなところにあんたみたいな娘さん一人で、気後れするのも良く分かるが、なんなら、案内についていってやろうか?」

男が、夕鈴をなだめる為にポンポンと軽く方に手をかけた。
その時、背後から声がした。

「…その手を離せ、徐、克右!」

「――へ?」

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サイト移転しました。
続きは引き続き「陛下の花園 二の宮」にてお楽しみください。


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Author:おりざ
秘密の苑・刺青の男[織座舎]陛下の花園へようこそ。”狼陛下の花嫁”の二次創作作品を綴っています。足跡などお気軽に残していただければ嬉しいです。【新刊】秘密の苑・刺青の男パラレルアンソロジーパラレルアンソロジーとらさんで取扱。【お詫び】拍手コメ御礼お休み中です。本当に申し訳ありません。お返事ご希望分はコメント欄へm(_ _)m

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