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秘すれば花なり(1)

100万HIT記念、凛さまよりリクエストいただいたお題です。

━━━<お題>━━━
女官長と夕鈴の出会い
━━━━━━━━━━
夕鈴と女官長さんが初めての顔合わせをしたお話が読んでみたいです。
そして女官長さんが陛下の、夕鈴の、恋心に気づくまでみたいな…( ・∇・)
どこまで女官長さん好きやねんって話ですけど、大好きなんです(* ̄∇ ̄*)

…とのことで、女官長リーリーと、夕鈴との出会いを。


凛様にささげます。

【オリキャラ】【ねつ造】

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秘すれば花なり(1)
* * * * * * * * * * *


――白陽国 国王 珀黎翔

即位後の反乱制圧、中央政治内部の粛清。数多の業績を持つ彼を
人々は恐れて
冷酷非情の『狼陛下』と呼ぶ。


そのお方から直々にお呼び出しとあらば、それは勅命で。
私には一切の選択肢もなく
私は後ろにゾロゾロと侍女らを引き連れ、非常に居心地悪いまま、広い広い後宮の庭園の中を歩いていた。

一挙手一投足、何か変ではないかと、気を配ることに必死で、
抜けるように青い空も、美しく咲き乱れる後宮の花々も、何一つ目には入ってこなかった。

生垣越しに、ザワザワと人の気配がし、私は思わず歩を止める。

突然、大きな声が響く。
「――もうよい!」

キン…と、凍えるような空気があたりを支配した。
陛下―――?

生垣の向こうから、ザッザと大股に歩みながら現れたのは、ほかならぬ国王その人。
「しかし、この度のご処断はあまりにも――!
どうかもう一度、お考え直しくださいませ! どうかっ…」

あたりには官服を身に着けた数人の人々が取り巻き、
そのうちの一人が必死で国王の裾を握り締めんばかりに這いずりながら後を追っている。
だが、誰も彼もこの狼王を恐れ、下手なかばいだてで失態でも犯せば、即ち自らの命がないと、ピリピリと青ざめた顔をひきつらせて、王の後を無言で付き従っていた。

「命が惜しくば、即刻立ち去れ!」
すがりついていた男は、陛下が腰の佩き物に手を掛けたのを見て、ついに絶望し伏して泣きわめいた。両脇からすぐさま屈強の兵士が男の両腕を抱え、引き上げ連れていかれた。
彼がむせびびすすり泣く声は風に乗って遠くまで聞こえた。

私はずっと息をすることも忘れ、小さく固まっていた。

国王は、ゆるゆるとその先の四阿まで歩き、その側近が人払いを命じると、あたりはやっと静かになった。

「さ、お妃様…」といざなわれ、私は再び歩き出す。
垣根の曲がり角を先へ進む。
あたりが開け、美しい花々に囲まれた白い四阿が一望できる。
湖面のさざ波にキラキラと反射した美しい景観の中に、私を呼び出した主は立っていた。


国王陛下は私の姿を認めると、朗らかな声で呼びかけた。
「――夕鈴!」

名を呼ばれ、ドクンと鼓動が胸を突き破りそうなほど大きく跳ねる。

――私は、汀夕鈴。

そんな彼の唯一の妃だ。

陛下の隣にいるメガネの人がこちらを見ている限り、迂闊な行動はできない。
四阿へ続く玉砂利の径を一歩一歩踏みしめながら、
『どうか妃らしく見えますように。何も落ち度がありませんように』と願う。

そんな私をもどかしく思うように陛下は大股にこちらへと歩み寄ると、ひょいと私を抱き上げる――。
「きゃっ!」

はっ、恥ずかしいんですけど
ひ、人が見てるんですけど?

『な…なに、するんですかぁ――っ!?』
胸はバクバクと高鳴り、思わず悲鳴を上げそうになりながら、必死で押さえる。

後ろには侍女さんたちがいて、
目の前には、小姑よりうるさい私の上司が、立居振舞の一つ一つを査定している――。

逃げ場のない私は、赤面しながら必死に耐える。

「お、御待たせして申し訳ございません…!」

陛下は
「なに、時間通りだ。
――わが愛しい妃よ、待ち焦がれたぞ」
と甘い言葉をかける。

(がっ、我慢よ…夕鈴っ! これは、仕事―――)

人払いをすると、侍女たちは下がり、いつまでも抱っこされているのが途端に恥ずかしくなる。

「へ、へーかっ! 大げさですっ!
降ろしてくださいっ!!」

「陛下、仲良し夫婦演技はもう結構ですよ?」
李順さんの淡々とした声がかかり、
陛下は「えーっ?」といいながら
不承不承、降ろしてもらうことができた。

途端に厳しい言葉が、メガネの上司の口から矢継ぎ早に飛び出した。

「夕鈴殿! なんですかっ、さっきの歩き方といい、
陛下にお会いした時の引きつった笑いといい…
もう一度、お妃教育を一からやり直さねばなりませんね!」

李順さんに小声で注意され、――ゾッとした。
また特訓――?
想像しただけでも、汗が噴き出す。

『ちゃんとしなきゃ、これは仕事!』

――私の役職名は、正確にいうと狼陛下の『臨時花嫁』、…ただのバイトだ。

四阿にはすでにお茶の準備がされていて
陛下は、ニコニコと私の入れるお茶を楽しむ。

――そしてこれが、さっきの人と同一人物。
若くして即位した彼は、臣下や他国へのはったりのため
…この子犬のような本性を隠して恐ろしい『狼陛下』を演じているのだ。
これらは後宮でも本当にごく一部の人しか知らない秘密…。

…私はここで備品を壊してしまい、その借金のために働いているわけだ
が。

「それで、夕鈴殿。
あなたの勤務についてですが――」

そう、せっかく一旦借金がの返済が完了しそうになった時、私はまた次の備品を壊して借金をしょい込んでしまった。

「…で、あの壺のお見積もりは―――」
「…お気の毒ですが」
とメガネの上司がそろばんをはじいで見せた数字は、目の玉が飛び出すような額だった…。

今回割ってしまった青磁のツボは最高級の逸品とのことで、
「なにも、よりによって…」
と李順さんはため息をつくばかり。

壊してしまったものは仕方がない、弁償するしかないじゃないですか――!

「それで、今日あなたにここに来ていただいたのはですね。
その借金の月々の返済額と、今後バイトが長期化するにあたって、確認しておきたいことを少々、というわけでお呼び出ししたわけです――」

「はあ」

李順さんはパチパチとそろばんをはじく。
「あの、もう少し弟への送金額を増やしたいんですが――」
「…このくらい?」パチと珠をはじく。

「すると、月賦の回数が増えて、利息分も増しますが――それでも宜しいのですか?」
「え? 利息?」
「当然でしょう!」
「…それは困ります――じゃあ、やっぱり、これくらい、で」
パチリとそろばんの珠を指で押し戻す。
「まあ、このあたりが妥当でしょうね…。小娘の稼ぎとしては…」

「それで。
危険手当等出るようになれば、随時返済は繰り上がってゆきますので
機会があればしっかり働いてくださいよ?」

「――え?」
「李順!」陛下が急に狼になる。
だが、李順さんはドライな笑いを浮かべ
「あくまでも、危険なお仕事が生じたら、という仮定のうえで
先に条件を申し上げただけですよ?」とカラカラ笑う。

「…」
陛下は気に入らなそうな顔をなさっているが、
パチンと指をはじき「――李順、例の」
「…あ!」
李順さんがそこで思いだしたように、立ち上がり一旦四阿から消えた。

「…何ですか?」
「君に会わせたい人がいる。李順に呼びにやらせた」
「はぁ」

しばらくして李順さんが戻ると、後ろからきれいな人を連れてきた。

つややかな黒髪。
伏し目がちの切れ長な目を縁取るまつ毛。
白い顔にくっきりとした美しい眉。

官服を身に着けていなければ、王族にさえ見間違えそうなほどの威厳。

「これから、君の世話をする女官長だ」

「…え?
そんな、偉い方を…宜しいんですか?」
思わず心苦しさに、眉をひそめてしまった。
これまでの侍女さんたちの甲斐甲斐しい献身的な仕事ぶりにだって、申し訳なくて涙がでるというのに…後宮を束ねる、女官長さんが?


「今まで下っ端妃ということで、あなたにも最低限の侍女はお付けしてしましたが。
これからバイトが長期化するとなれば、口の堅い信頼できる者を身近におかねば、
我々の神経がすり減ってしまいますよ――」
李順さんがそういうのなら、そういうことなのだろう。

陛下も「安心して任せたらよい」と狼陛下の口調で言うものだから、
私には良いも悪いもなく、お任せするほかなかった。

女官長さんは、私の方をみるとうっとりするほど美しい微笑みを浮かべ、
深々とお辞儀をして挨拶を述べた。

「お初にお目にかかります。
わたくし静麗と申します。
お妃様。
これからわたくしが一身を賭して
貴女様のお守り申し上げます――」

あまりに優美なその動きに見入ってしまいながら
私はハッと正気に戻った。

「あっ、はっ、はいっ!
ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げますっ!」



*
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秘すれば花なり(2)

100万HIT記念、凛さまリクエスト「女官長と夕鈴の出会い」です。


【オリキャラ】【ねつ造】
女官長目線。

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秘すれば花なり(2)
* * * * * * * * * * *


たとえ心を伴わなかったとしても
上っ面の『笑顔』を浮かべることは
何ら苦労はない。


それは、幼い頃から叩きこまれた作法の一つに過ぎない。

私の姉、弟と伴に
幼いころから厳しい訓練を課せられ
ありとあらゆる教養を身に付けさせられた。


真の姿を見せることなく
もう一人の自分を演じ切るのは
今や息をするよりも容易いことであった。


貴族子女として官吏として王宮に士官する表の顔と、
草としての裏の顔、二つの顔を、持っている。


わたしは、草。

二つの顔を持ち、まぎれ、ひそむ。

ただ一人の主上のため
「その時」に備え、決して本質を人に見せることはない。


表の顔は貴族でありながら、
王家の「裏」を支える一族の宗家に生まれた。

お仕えする主のために
誰にも知られず忍び草として周縁にまぎれ、
諜報活動、破壊活動、浸透戦術、暗殺など
『影』の役目を請け負った“家”

皮肉にも
そんな暗黒宗家の歴代に於いて
最も色濃く血を引き継いだといわれたのは、女の私。


――人は私を「伝説の死神」と呼ぶ。

この世で地獄を見たければ、私の瞳を覗くが良い。
見た者は全て、お望み通りあの世へ送り出そう。

リーリー。

誰もが震え怯え
決して口にしてはならぬ名。




「ねえ、お母さん。リーリーって、どんな人なの?
美人? ――それとも、とっても不細工なの?」

「しっ! 
彼女の顔を見たいだなんて、とんでもない!
それに、リーリーの名を口にしては、いけませんよ?
なんでも一里四方の全てを耳にし、瞬時に現れる化け物だそうだから…。
決して口にしては、ダメ。
彼女の顔はこの世の誰も、見たことがないそうよ
見たら最期、皆、地獄の門をくぐってしまって、
この世には生きていないのだから…」

「きっと、恐ろしい顔なんだろうね。
見たら心臓が凍ってしまうくらい…」

「…さあ、お前たちも、もうおやすみなさい。
伝説の死神に、魅入られるまえに
眼を閉じて、お布団で寝てしまいなさい?」
…と。

今ではそんなふうに
すでに各家庭で母親が子供たちを寝かしつけるため
語り継がれているという――。


* * * * * * * * * * *

李順殿に連れられ、庭を横切り四阿へと向かう。

正直、陽光は好まぬ。
だが仕事とあらば仕方はない。

そもそも後宮の『女官長』と言う立場は
真昼間に陽光にさらされるのは不本意であるが
国王陛下直々のお達しとあらばいた仕方がない。

うつむいて従う。

池畔には涼やかな風がそよぎ、我が主上は凛と立ち尽くす。

その傍らの女性に私は紹介をされた。

「これから、君の世話をする女官長だ」

目の前には、質素な成りの若い女性が立っていたい。

李順殿がイライラ、ハラハラされるのもなるほど、と頷ける。
あまりにも『王宮とかけ離れた少女』だったから――。

『国王が身分の氏素性の知れぬ低い身分の妃を突如王宮へ』
『国を傾ける悪女』
『父王と同じ轍を踏む愚王』

…そんな噂がちらほらと市井でも流れ始めていることは知っている。
それらが主に悪意を持つ者により、意図的にまき散らされた情報であることも…。

――だが私は、そんなことはどうでもよかった。


私は私なりの方法で、彼女の氏・素性はすでに調べを付けていた。

我が主の傍に置かれる人物であれば、それは私にとって必要欠くべからざる一手順にすぎず、あくまで独自に調べをつけていた。

だから、李順殿から詳しい説明を受けることはなかったが

彼女が、下町の娘であることも、その家族構成も。
彼女がたまたま採用されたバイトであることも。
下町での交友関係も、父親の背負った借金も、弟の成績も――。

もっと深いところまで、一通りの情報は持っていた。

まあ、彼女が町娘であろうと、大貴族の愛娘であろうと
私にとってはどうでも良いことだった。

私は、私の役目を、淡々とこなす。

それは私が草として役目を全うする上でもっともささやかで、最も大切なルールであった。


「お初にお目にかかります。わたくし静麗と申します。
お妃様、これからわたくしが一身を賭して貴女様のお守り申し上げます――」

深々と礼を尽くす。

儀礼上、主上の定めた妃を遇するに、それは当たり前の作法だ。


微笑む。


――多分、私は心の底から笑うことを知らない。

だからその微笑みが本来あるべきように、あくまで自然に行われるべく
私は常に細心の注意を払っているのだ。

私は後宮を束ねる女官長として仕官している。
これまで、長い間下積みを経てこの地位に就いた。

李順殿も、その点について何も疑う余地は無かろう。
私は貴族の娘で、後宮に身を捧げた、いわゆる『嫁き遅れた古参』の一人に過ぎない。

…そう、あくまで自然に見えるよう、私はキャリアを積んだということだ。

だから、たとえ心が空であろうと
私は全てを完璧にこなすことができる…はずだった。


私が礼をした時、
妃、という町娘はいきなり私の手を取って、跳びはねた。

「女官長さん、
これから宜しくお願いいたします!!」

曇りなき眼は、まっすぐに私を見つめた。

思わず私はドキリとした。

その眼差しはあまりにもまっすぐで、
眩しすぎた。

嬉しそうに私の手を両手で包む。

「仲良くしてくださいねっ!」

手を取られ、つよく揺すぶられ…

その温もりと、流れ込む血脈の波動に
私はクラクラとめまいがする思いだった。


私にとって
血の持つ因子のその人たる本質は、素通しで
手を触れれば隠しようがない類のものであった。


だから、それまで私は
人に触れることを好まなかった。

人の持つ害毒に、身を汚すことを好まなかったから――。



ところが、この「偽妃」の持つ波動は透明で、
他を侵すことがなかった。

それどころか
闇の住人である私ですら、そのあまりの心地よさに魅かれてやまぬ甘露をたたえ…まさに彼女は『泉』であった。


だから、思わず
私は心の底から『笑った』のだ。


「はい。
何事も御心のままに
お任せくださいませ」

と――。




胸が暖かくなる、心の底からわき上がる『笑顔』というものの存在を――

この日、
私は、この夕鈴という
狼陛下の唯一の妃に、教わった。



*

秘すれば花なり(3)

100万HIT記念、凛さまリクエスト「女官長と夕鈴の出会い」です。


【オリキャラ】【ねつ造】


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秘すれば花なり(3)
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朝。
かしずく我々よりも先に「おはようございます」と頭低くあいさつをする妃。

女官、侍女らはたいがい貴族の出であり
自分たちですら下々の使用人にそのようなことをしたことがないものだから、
まさかそのような妃がこの世にあろうとは思いもよらず、
最初は誰も戸惑うという。

だがこの部屋付きの者はみな慣れていた。

妃は誰よりも早く起き、誰の手も借りずに身支度を整えている。
うっかりすれば、カタカタと朝いちばんから動き出し、部屋の片づけまでしかねない。

侍女や女官達は選りすぐられた有能な者たちばかり。何一つ不足のない淑女の鑑のような者たちも、ときおり密やかに言葉を交わしては日々の仕事の励みにしている。

―――地獄耳の私に届くとも知らず。

「…朝、お妃様が寝惚けたお顔を一度拝見してみたいものですわ」

「あら、それはダメですっ!
お妃様の愛らしい寝顔をご覧になれるのは、陛下だけの特権ですもの!
恥ずかしがりやのお妃様のために、陛下がご遠慮されていらっしゃることを私たちが勝手に覗いてはなりませんわよ」

「わたくし、午後のお勉強の巻物を広げたまま、うつらうつらされてるお姿は拝見したことがございますの。とても愛らしゅうございました」

「…かと思えば、
櫃の底から引っ張り出した質素な衣裳を身に着けて
この間は庭の落ち葉を掃いていらっしゃるものだから…
わたくし慌ててしまいましたわ、本当に」

「…ああ、あの。
『これだけの葉っぱが集められるのなら、秋のたき火が楽しみですね。お芋があったら焼けるのに』…とおっしゃった、あの時!」

「お妃様のお気持ち通り、すぐお芋が出せればよかったですわね…」

「秋になって、翌朝落ち葉のたくさん積もりそうな日には。
今度こそ必ず、お芋を用意しておきましょうねっ!」

「もちろん、わたくしお妃様に負けないよう早起きして、
先に落ち葉を集めておきますわ」

そう言いながら侍女たちは笑いさざめき合う。

「ねえねえ。あの柔らかい栗色の髪を編み込み、
高く結い上げて、琥珀と金の髪飾りと合わせるとしたら、
添えるお花は何がよろしいかしら?」

「赤!大輪の紅いお花がよろしくてよ?」
「白いお花も清楚で、陛下がお気に召すのでは?」
「それなら紅色と淡い黄色織のお衣裳を重ねて…」
「帯は…?」
「金糸銀糸を織り込んだ、あの」
「きっと、お似合いよね」
ため息をつくと、

「もうそれは飾り甲斐のある御方なのに!!
それなのに、お妃様ったらすぐ遠慮されてしまうんですもの!
なんてつつましやかなんでしょう」

「そうなのよ、お妃様ったら本当に恥ずかしがり屋さんなのよね。
まるで御身を気になさらないんですもの。
もっときれいに整えて差し上げたいわ。
陛下にご覧いただくのが、楽しみですこと!」


―――なるほど。

慎ましやかで勤勉な彼女は愛されている。

たいていの女は衣裳と宝石で身を飾りたてる魅力に取りつかれるものなのに
不思議なことに、彼女はそういったものには一切欲を示さない。

逆に、そのそっけなさに担当者は燃えるらしい。

女同士が虚栄を張り寵を競いあった過去の後宮と、
今彼女の周りにある空気は異なる。

仕える者にとっても
各人のやる気を引き出し、達成感を感じられる職場であるといえなくもない。


駆け引きや足の引っ張りあいとは無縁の
素朴な生活感を、王は愛でておられる。



「静麗女官長に命ずる―――」

私の仕事は『花守』。

誰よりも近く、彼女を守り、砦となれ。



後宮の女官長という役職と
主命と
二つの努めを果たす。


* * * * * *

こちらの部屋付きになった以上、直接お声を交えるのも、触れるのも、第一に私の仕事。

彼女が目を覚ます前からお傍に控え、お目が醒めるのを察する。

手を取れば、その日の体調も分かる。
今朝は寝不足でお疲れのご様子。

「お顔をお拭きいたしましょう」

湯気の上がる桶で手布を絞る。

湯気をあげる手布を顔元に差し出すと、従順に彼女は目をつぶる。

「いい香りですね…」と鼻をスンスンされる。

「迷迭香(マンネンロウ)を浸しております。すっきりお目覚めになり、お元気がでるように、と」

「…え?」
妃は顔を赤らめ、目の下を抑えた。

「…夜更かししたの―――わかっちゃうものですか?
ちゃんといつも通り起きれると思ったんですけど…まさか目の下にクマとか出てます? 
わあ、まずい。そんな顔してたら李順さんに叱られちゃいますよ」

恐縮する様子がまたお可愛らしい。

「…大丈夫ですよ、ほとんど目立ちません」

昨晩、陛下はお見えにならなかった。
だが妃は長くお待ちだったのだろう。


このところ陛下はお忙しい。

一昨日、後宮を覗かれたときも、陛下がこのお部屋へご滞在された時間はほんのわずか。
すぐに李順殿からお呼び出しがかかり、
追い立てられるように王宮へお戻りになってしまったから、
さぞお妃様はお寂しいに違いない。

「この暖かい手布をお顔にしばらく当てて…
蒸気で蒸らすようにすればすぐにお顔の色もよくなりましょう」



『わたしの優しい兎―――』

脳裏に、あの方のつぶやき声がよみがえる。


いま、私の手の中にあるのは、
優しくて、小さな動物。

暖かい肉には血が通い、脈打つ。
弱々しいと思えば、たくましく。
少々凹もうが、呆気にとられるほど『元気』。

暗闇の住人の私にとっては眩しく、ためらわれるほどに生に満ちている。

妃の目の周囲に、薬草を浸した湯で絞った布を当てている間に、すばやく手足も清拭する。

なされるがまま、人に体を扱われることに慣れていない妃は、ムズムズと身をよじり、今にも逃げそうな勢いだ。
『自分でできますから!』とのど元まで出かかっているのが分かるが、そこはお任せいただかなければ…。

「世話をされるのも、狼陛下の花嫁の御役目。
どうかリラックスしてお任せくださいませ」

「…はい」
小さく返事。

観念したように脱力する彼女に「すぐ、お慣れになりますよ」と苦笑する。

お体を拭き終え、目にかけた布が冷める前にはずすと
すっとした空気に目をぱちぱちと瞬かれる。

「…さあ。宜しいですよ
もうすっかり目立ちません」

太鼓判を押せば、パアっと笑顔が返る。

「よかった!」
そういって手布をはずすと、彼女はにっこりと笑った。

「とにかく、私は元気ですから!!
あまりみなさん、心配しないでくださいね?」

チラッと奥に控える女官や侍女らに気遣うご様子。

「はい」

その言葉にホッとされたご様子。

「…では朝のお支度を」

私が軽く手を打てば、
待ち構えていたように侍女たちが妃を取り囲む。


* * * * * *

早朝よりご政務を済ませられた陛下は
お昼にお戻りになるという。

「東の花園で、妃と一緒に散歩をご所望」
と通達があれば、一同支度にとりかかる。

咲いている花の情報を庭師から聞き取り
映りのよい色合いの衣裳を整え
装飾品や傘、靴…と女官たちは腕によりをかけるのだ。

「本日の装い、花々に囲まれてもお妃様の愛らしさを引き立てるよう、コーディネートしてみました。如何でしょう」

選び抜いた重ねを、得意げに妃の眼前に披露する。
侍女たちが捧げ持って並べられた品々は美しい組み合わせだった。

だが妃は口ごもった。

薄紅色の鮮やかな衣裳を見つめ、じっとりと汗ばんだ視線を落とし、
「…それはちょっと派手すぎませんか? ただお庭を散歩するだけなのに…」と、相変わらず妃の反応は消極的。

「そんなことはございません!
陛下の唯一のお妃さまといたしましては
これでも質素すぎるくらいでございます」

「…それに、宴でもないのに、ジャラジャラこれ見よがしなかんざしを付けていては
浪費癖の妃と、みなさんにご反感を買いそうです(なにより李順さんに怒られそうで…!!)」

…どうご説明しようと平行線。

「お召しになれば、きっとお似合いですのに…」
困ったように女官が肩を落とす。

行き詰まった空気の中で、私が「…確か」と声をあげれば

「…なんですか?」と妃は反応する。

「そういえば、陛下が。
…このあいだ。『薄紅色は愛しい妃によく映える』とおっしゃっておられましたね。
陛下のお好み通りにされれば、さぞお喜びになるのでは?
かんざしはこちらの小さめのものになさって
その代り髪留めをこちらのお妃様のお気に入りの蝶の形のものにいたしましょう
いかがですか?」

「そ、そうでしたっけ?」

妃はうーんと考えこまれる。


私は職業柄、見てみぬふりをすることが上手。

職業柄――というより
たいていの貴族や名門に生まれたものは
そうだ。

そして、誰も本音を顔に出したりはしない。

上っ面の作り笑いで塗り固められられているから
王宮という場所は、うまく回っているにすぎない。


でも、このお妃様は
お考えが素通しで、目が離せない。

(あの人はなんでも褒めちぎるから…。
でも。
あの人のことだから…
『ぼくの言ったこと、覚えてくれてたんだね』って、
パタパタ子犬の尻尾を振って、喜んでくださるかもしれないし…)

「…それならお言葉どおり、
この薄紅色のお衣裳で…」

と渋々ながら、ご納得いただけた。

陛下のことを思われがあまり、ご自分のポリシーを曲げ
必死に妥協したのであろう。

彼女の頬は脳内の葛藤そのものに紅潮して
恥じらいすら、美しい。


『わたしの優しい、兎』と
あの方が愛でるお気持ちがよく分かる。

ああ、私も鈍ったものだ。

私は手段を選ばぬ、情を知らぬ精密機械。
たとえ肉親であろうと冷静に手にかけられるプロであるよう育てられたこの私が。

死神と呼ばれたこの私が、たかが少女に目を奪われ、
骨抜きだ――。


だが、それもまたよかろう。
そのために私はここに居る。


「薫香は、花の香り。
さりげなく、ほのかに焚き染めてありますから

さあ、お支度を――」

手を取れば、妃はそれに応じた。



(つづく)
*





『女官長さんがどうやって教養を身につけたか』…
チラっとコメントに寄せていただきありがとうございます。

女官長さんが子供のころのお話は、単行本「てすさびの 総集編」に書き下ろした「流花」というお話の中に少し出てきます。貴族の子女として教養を身につけるため、習い事やその他いろいろ仕込まれている麗が子供のころ出会った初恋の人との切ない恋のお話。

―――あ? 以前どこかに
「悲恋ものは短編SSの『還らずの時』1本しか書いたことがなかったのでは」とか書いてしまったかもしれませんが、訂正です。上記の「流花」も悲恋ものでした。
(正確にはオリジナルキャラクターのお話なので「狼陛下の悲恋もの」には当てはまらないかもしれません)

あとは…
幼い浩大たち兄妹を引き取り、幼い陛下と北の地で過ごしていたころのお話は「海棠の郷」というシリーズで少し書いたこともあります。これは、リーリーの知識技術を次世代に伝える「師」としてのお話だったような気がします。(また何かの折に発掘したいかなあ…です)

などなど。

書いたことはあるのですが、もうずいぶん遠い昔になってしまった気がしますね…
ときどき思いだすのは懐かしいです。


多くの方のお気持ちはそうではないと分かっていますが
波風を立てずに、と願うと
引くことしかできません。



どなたかの思い出の中に、一かけらでも残っていれば
幸せです。


*

秘すれば花なり(4)

100万HIT記念、凛さまリクエスト「女官長と夕鈴の出会い」です。


【オリキャラ】【ねつ造】【微糖】【微活躍】

伝説の死神の仮の姿、女官長さんが
ほんのちょっぴり活躍(小手先)。


* * * * * * * * * * *
秘すれば花なり(4)
* * * * * * * * * * *

薄紅色の衣裳に金色の帯を締め
領巾をなびかせた妃。

遠くには宮殿の楼閣をのぞみ
なだらかな丘陵の花畑を渡る風は香しく。
宮の渡りの階からゆっくりと女官長に手を引かれ降りてくる姿を
黎翔はまぶしげに見つめていた。

「愛しい私の妃よ。
今日の君はまるで花の精か桃源郷に住むという仙女のようだな」

甘い言葉で出迎えられた妃は、恥ずかしそうに頬を染め
困ったような笑顔を団扇で隠す。

(みなさんにそそのかされて、こんな格好で来ちゃったけど。
たかがお散歩に誘われたくらいで、
こんな着飾って――派手だと怒られないかしら?)

黎翔の後ろに立っている、上司のメガネが冷静にこちらを見つめているのが気になってしょうがない。

「薄紅色の衣も、髪飾りも。よく似合っている」
王は嬉しそうだが、李順の表情は一切変化がない。

(あ。――李順さんのメガネ、今、光らなかった?)
やはり着飾りすぎた、しまった、と夕鈴はギュッと目を閉じる。

「では、参ろう。東の花園まで…」
「は、はい」と答えながらも、夕鈴はモジモジするばかり。
黎翔が手を伸ばすが、夕鈴は目をつぶったまま。

女官長は妃の手を引き、差し出された主へと妃を引き渡す。
「…あ。あの」
(ち、近いんですけど――)
妃が身を縮めれば縮めるほど、王は二人の距離を縮め

妃の顔を覗き込んだと思えば、いきなり抱え上げた。
「ん? ――どうした」と問う。

(ぎゃっ!? みなさん、見てるんですけど、恥ずかしいんですけど!)
こんなときでさえも、周りに人がいれば『仲良し夫婦演技をしなければ』と必死な夕鈴。

かくなる上は、このみっともない顔をどこかに隠すしか――

夕鈴はぎゅっと顔を黎翔の頸筋に埋め、心情を吐露した。

(へーか! 李順さんが、怒ってます!)
(…は?)
暖かい妃の吐息を首筋に感じ、黎翔は気をよくした。
甘い狼陛下はますます妃を抱きしめる。

(後ろから、李順さんが睨んでますって!
こんなにチャラチャラ着飾って、浪費家の妃って思われてません?
それか、かんざしでも落としやしないかとハラハラしてるのかも…)

(…そんなことはない。よく似合っている)

ボフン、と湯気をたてる妃を、なだめ愛でる王。

いつまでたっても二人の世界は継続中。
散歩どころか一歩も進まない。


そんなお二人だけの時間を邪魔してはなるまいと
周りの付き人たちは
皆一様におもわず漏れそうになるニコニコ顔を必死に噛み殺した変な顔をしている。

さりげなく遠い目で視線をはずし、待ち続けていた。

李順は無表情を崩さないが、
そんな様子をみて、ますます沸点は上昇中。

あまり長い間二人がひそひそと睦み合っているものだから
ついにしびれをきらした李順が、コホン、と
黎翔の背中で咳払いをした。


この間、その先の繁みの中に潜んでいる人物がいた。

つい先日、国王から処罰を言い渡された男。

名家の次男坊であったが、怠け者で、チンケな贈収賄で出世を願い、管轄地においてゆすりたかりまがいの搾取を行っていたことが明るみに出た。
出世の道を立たれ、家名に泥を塗ったと家からも放逐された。

国王を逆恨みし、何とか一矢報いたいと、
こうして庭で待ち伏せをしていた。

だが、妃を抱き上げた国王は、なかなかこちらへ近づかない。

あと30歩(ぶ)ほどの距離。
もう少し引きつけなければ、奇襲はできない…。

窮屈な格好で花木の繁みにもぐりこみ、腹ばいになり息を潜め
固い地面に身を伏せている間、
繁みを彩る赤い花と緑の葉影越しに、
イチャイチャしている国王の姿だけを凝視していると
無性にイライラとしてくる。


男は腹が立って仕方がなかった。
「散歩とかいいながら、あんなところで抱き合って…
ちっとも近づいて来やしない!」

恥ずかしげな妃の耳元に王が何かを囁くと、
妃は身をよじって、ますます王の胸に頬を摺り寄せる。

そんな彼女の髪や手に触れ、
ちょっかいをかけまくって困らせる王。


『狼陛下が、なんだーー!
卑しい妃に執着し、
堕落しきった愚王め、
貴様に、私の何が裁ける!?」

男のイライラは沸点を超える。



待ちあぐねた挙句、もういっそ、ここから飛び出して…と
決心を重ねた時。

ブワっと風が通りすぎ、
ガサガサっ木々の木の葉を揺らしながら、妃の裾を巻き上げた。
ちらりとのぞいた妃の白い足に、王はすかさず手を当てた。

「(ぎゃ~!)へっ へいかっ
お戯れを~~っ!!」
一際大きな、悲鳴交じりの妃の声が上がり
ハハハ、と国王の大笑いが響き渡った。

風が吹いた瞬間、繁みに潜む男の耳元で
繁みがガサっと大きく揺れ
ポタリ、と赤い花が一輪落ち

男はそのまま気を失った――。



静麗女官長が、そそと立ち上がり
バタついて乱れた妃の衣裳の裾を直した。

「陛下…。
そろそろお進みいただいても…」


「うむ、悪かった。
そんな魅力的な白い足は、私以外の誰にも見せないでおくれ?
君が愛らしすぎるのが悪い。
妃よ、機嫌を直せ――?」

甘い狼陛下に翻弄しつくされ
憤慨し、真っ赤になった妃は総毛だっていたが

黎翔はニコリと笑いかけ
妃を抱きかかえたまま大股で歩き始めた。

「へいかー、お散歩なら
私、自分の足で…!」

「よい」

「陛下が疲れてしまいますっ!」

「こちらの方が、気が休まる――」

のんびりと散歩をする二人の後ろから、
そろそろと付き人たちも目を伏せたまま移動をする。



風の仕業に紛れて、地面に落ちた一輪の赤い花。
広い後宮の庭に、一輪の花が散ろうと
だれも気にもせず。


繁みの中には気絶した男が一人。

いずれ浩大が回収するだろう――。


何があったかは
黎翔とその有能な隠密以外、分かる者もなかった。



風にたなびく女官長の袖から小さな礫が打ち出されたなど、
いったい誰が気に留めよう?

なにしろ目にもとまらぬ速度で飛び出して
30歩(≒約40m位?)も離れた繁みの中に潜む人間の額を
正確に手加減して当てるなど、人間業ではなかった。


――そんなふうに、
表面的には穏やかに
今日も妃の安寧は守られる。


狼陛下の花嫁は
密やかな恋心を秘めたまま

狼陛下に愛でられる。



*


秘すれば花なり(5)最終回

100万HIT記念、凛さまリクエスト「女官長と夕鈴の出会い」
最終回です。どうぞ^^

【オリキャラ】【ねつ造】【裏方】
密やで静かなエンディング。

* * * * * * * * * * *
秘すれば花なり(5)
* * * * * * * * * * *

「これ全部『妃宛て』ですか…」

最近なんでか贈り物が増えているのよね…とお妃様は不審げなお顔でつぶやかれる。

「――今まで送られてきたのは暗殺者だったのに…
どういうこと!?」

無邪気に首をかしげる妃の横で控える女官長は
聞いているような聞いていないような、いつもの穏やかな微笑みのまま佇んでいた。

* * * * * * * * * * *

隠密の浩大には、後宮に住まう女たち至近には近づけない。

平静、妃の外周を守り固めるのは、部屋付きの女たちということになる。

もちろん、後宮で最も気位の高い地位であるから、
その職についているのは
国中から選び抜かれた容姿、貴族の家柄、文化教養に通じ作法を心得た生え抜きの者たち。

その女官の長たるが、この美しき人、静麗。

歳は妃の倍以上も離れているということだが、
抜けるように白い肌は白磁のようにつややかで
黒々と滴る黒髪を結い上げ、端正な顔立ちにしなやかな肢体。
あくまでも気品あふれたなめらかな立居振舞は流れる舞のようですらあり。
文化、教養、医学、幅広いジャンルに造詣深く。

配置が代わり、後宮を取り仕切る女官長自らが唯一の妃付きになってすぐの頃は
なにかにつけ妃がぽかんと口を開けてうっとりと見惚れていたものだ。


生まれ育ちの良い女官や侍女らにかしずかれ、非常に居心地の悪い思いをしていたのが当の妃、夕鈴

『お妃教育のお時間です』とメガネの上司に呼び出されるたびに、彼女はびくりと震え、ため息をついた。
(だって妃なんて、柄じゃないもの…)
人に聞こえないよう、ブツブツ愚痴るものの、李順という人物が仕込めば、それなりにそれらしくなってくるもの…。
いつしか徐々に妃らしく…だがもともと彼女は白陽国の王都乾隴の下町で育ったちゃきちゃきの町娘。

冷酷非情の狼陛下の、唯一の妃というのは表向き。
その実は、縁談除けの臨時妃であり、敵をいぶりだすための囮もその本業に含まれる、という。

「もちろん、その分お手当は弾みます!」

『狼陛下の唯一』と煽れば腹にイチモツ持つものは面白いように群がった。

最近では「やーいやーい、ひっかかった~」
と心の中で道化るほどに余裕もあった

神経が麻痺するほど、暗殺者は引きも切らず
…そういう意味では囮として彼女は非常に優秀なバイトだった。

彼女の直属の上司である李順からすれば
危険手当の高給で釣れば、代わりはいくらでもいるもの、と
――高を括って採用したはずだったのに。

正直、李順にすれば「万が一」があろうと痛くもかゆくもない存在
いつでも、誰でも、代わりがきく――それがバイト妃だった。

なのに、冷酷非情の国王がそうは思わなくなってしまったのだ。

李順の目論見は見事に外れてしまった。

国王の心の中は見えない。
しかし、なにやら嫌な予感ばかりが李順の胸の中に広がってゆく。

そして、短期バイトの予定がずるずると長引き。

――またタイミングよく、あの妃はやらかすのだ。
よりによって、とびきり貴重な白磁を壺を割ってしまうなどと…李順は頭を抱えたものだ。
だが、国王は?
不本意な李順からすれば、心外なほどに
心から嬉しそうにしているではないか。

短期のつもりが、いつの間にか長期化し
そして国王は単なるパーツ(部分)であるべきバイト妃に入れ込みすぎた。


真面目なバイト妃にしても、そうだった。

あの方は、手の届かない人。
あれは演技だと、
ドキドキするのはいけないことだ…と必死に心に蓋をしながら、
いつのまにか惹かれてしまった、――好きになったらダメな人。


冷酷非情の狼陛下にとっても、いまだかつてなかったこと。

いつでも切り捨てられるはずの彼女が
いつのまにやら「代わりのない存在」になってしまっただなどあり得ようか?

実に宜しくないと、側近にしかめつらをされ
自分らしくないと打消し。

なのに、秘めたる心の底で、
彼の心は変化していった――。

* * * * * * * * * * *

静麗が「唯一の妃」付きになったのも
誰から見ても表向きなんら不思議はなかったし
李順も後宮管理人も、すんなりと首を縦に振ったものだ。

だがその人事異動の裏には
国王のたっての願いが込められていた。

夕鈴の知らぬところで
妃の守りの砦が築かれたことに、国王は安堵したものだ。

静麗、いやリーリーは
王家を守護する暗闇宗家の血族の生み出したる不世出の才人であり
その表のたおやかな姿から想像もつかぬほどに洗練された殺人テクニックにより
伝説の死神と呼ばれて久しく
掛け値なしに抜き身の刃のようなその真の姿を知る者はこの世にわずかしかいない
国王の秘中の秘たる伝家の宝刀だった。

伝説の死神は、そばにいることすら
誰にも気づかせない。

「――暗殺者が減ったのは、
排除するより、取り入ったが得策と思い始めたか」と王自らに言われれば
丁度そういった頃合いでもあったから、
妃も素直にうなずき安堵したものだった。


妃の話し相手にと勧められ
氾家の姫君が後宮に足しげく出入りするようになったのも
公人でもなければ、後宮に紛れ入ることができない状況であったからと
夕鈴妃は知る由もなかった。


「草」の価値は、一生に一度で
その真の姿を知られたら、草としての価値はなくなる。

だから主命ある「たった一度」のその時以外
仮面をはずすことはできない宿命を背負っている。


殺気があれば手加減はしない。

だがそうでなければ
女官長という仮の仮面をかぶった草の立場では
命に係わらない範疇と思われれば
自然の流れに任せなければならないことも多い。

静麗の目の前で起きた、あの事件。
――紅珠姫との散歩中に後宮の池に落ちたときも、そうだった。


黎翔は躊躇することなく
彼女の後を追い池に飛び込んだ。

激昂のまま紅珠姫の責を厳しく問えば
妃に「怖い」と言われてひるみ
「大丈夫ですから」と押し切られた国王。

ただ花を抱きしめる主の姿に
機械のように冷静であるべきリーリーの冷たく動かぬ心の奥底が
ほのかに暖かく染まり
満たされる心地がしたのであった。

* * * * * * * * * * *


月のない夜
黎翔は窓辺にすすむ。

朔月の真の闇夜

音すら吸い込む濃密な闇は凝縮したように当たりを覆い尽くす。

そこに
来ている。
気配がする



「――どうだ?」

黎翔が闇に問いかければ
すぐさますぐ近くから女の声が返る。

「変わりなく」

リーリーの怜悧な声を聞くのは久しぶりだと、黎翔は口許を緩めた。

「よい働きぶりだな」

「お褒めに預かり…」

「…これからも任せる」

「かしこまりました」
影に溶け込み表情は窺い知れず。

黎翔には
黒髪をなびかせ佇む白い横顔も
子供のころの記憶と寸分たがわぬ今の彼女の容貌が
見えている気がしていた。

普段静麗女官長として、ここ後宮で眼にする姿と
同一人物とは思えない気配を押し殺しつつ
彼女は闇の目を見開いていた。

漆黒のその大きな瞳に捕らえられれば、闇夜すら、あたかも昼間の野原のように見通すも造作ない。

黎翔は幼いころより
秘された彼女の真の姿を知りながら
生き延びているこの世に数少ない一人であった。


「一つだけ」

リーリーの冷たい声は、特に大きな声でもないのに
妙にクリアーで直接耳元か脳に話しかけられるような気がする。

「なんだ?」
少々の緊張をも伴いながら、だが懐かしい死神の声。
黎翔にとってはスリリングな楽しみのうちでもあった。

「万が一にも
あなたさまと
二つに一つを迫られるようなことあらば?」

王家を守護を定められた暗闇宗家に生まれ
王のためにのみ、草として長い齢月を潜む彼女にとり
主上ただ一人が絶対の対象であり
それ以外、
たとえ肉親であろうと親しき友であろうと
命令あらば切り捨てる。

彼女にとり、主その人その一つの命に勝るものはない。

「…その時は――」
黎翔の言葉を待つ。




「――花を。
守れ」

ややあっての返答に
死神は、重ねて確かめる。

「…私は。
ただ一人の主、
『王』のためにのみ
この世に在る者」

「…ならば、我が花を守るが
それと同義だ――」

黎翔は笑った。

「あれは、心臓に悪い。
…私を殺す気かと――目が離せない」

クックと笑いながら、黎翔が目を細める様子をリーリーは見ていた。

「池に落ちた時は、心の臓が止まった。
私を生かすがお前の仕事…であろう?」


「まこと」


あなた様にそのような存在ができたこと
嬉しく――
とは、
リーリー口にはしなかった。

その瞳はいつしか静麗のもので
やさしい微笑みを浮かべる女官長のものへと戻っていた。


口にせずとも王は偽妃を想い
妃は抱いてはならぬと思いつつ、恋を募らせる。

まこと忍ぶれど
秘すれば花なりと

「私の及ぶ限り、お供仕りましょう」

心地よい風が吹きぬけて
もう誰もそこにはいなかった。


王がその瞳を閉ざせば
すでに残るは花の香りばかり――。



<終>

---
「秘すれば花なり」とは
室町時代に猿楽師世阿弥が
父、観阿弥の教えにもとづいて書いた理論書「風姿花伝」の一節で
「秘密にすることが人を魅了すること(花)につながる」という意味だそうです。


原作沿いでコミックス1~3巻あたり?のパラレルに当たる内容で書いてみました。
女官長(リーリー)のお話、楽しんでいただけましたら幸いです。

すこし長めの短編(中編?)、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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Author:おりざ
秘密の苑・刺青の男[織座舎]陛下の花園へようこそ。”狼陛下の花嫁”の二次創作作品を綴っています。足跡などお気軽に残していただければ嬉しいです。【新刊】秘密の苑・刺青の男パラレルアンソロジーパラレルアンソロジーとらさんで取扱。【お詫び】拍手コメ御礼お休み中です。本当に申し訳ありません。お返事ご希望分はコメント欄へm(_ _)m

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・此のブログは日々の日記並びに二次創作作品の倉庫、管理人本人の自由な自己表現の場です。
・この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件、史実などにはいっさい関係ありません。また原作と異なる設定など、表現、その他多数捏造あります。

・二次創作の場です。
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