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 解(げ)

【陛下モノローグ】【ネタバレ前提】

本編第57話のネタバレ注意
とりとめもないSSです。




************
 解(げ)
************


わたしはいつも
―――失敗するのだ。

『この世にかなわぬ望みはない、絶対的な』
この私


彼女だけには、通用しない。


純粋で
かたくなで
曇りなき眼差しに

私はいつも屈服する。





心そのままを表せる対価が、
この世にあればよかった。


彼女の純粋な瞳の前には、
金貨も宝石も、礫屑にすら劣り

まがい物の『心』は、けっして彼女の心を動かすことは、ない。


君は、何を欲する?



君が嫁ぎ先を臨むのなら

私に代わって君を幸せにできる男を見つけよう



―――そうだ。

私は君を幸せにできない

君が傷つき、泣き、
王宮に巣食う汚濁の闇に飲み込まれるのをこの目で見るのは
耐えがたい苦痛なのだ。


夢を砕くのは、自分自身の手で。


私は傷つきたいのだ


―――君を失う以上の苦痛を、
残酷な痛みを、

わが身に刻め。






君は
うそと虚実で塗り固められたこの牢獄に咲いた
奇跡の花だ。

そぼくで
力強く
あたたかい光を放つこの得難き花を

誰が摘み取れよう?



守りたい。
なにも知らずに咲く花を。


うそで覆って
虚実で囲って

…それしか、
私の汚れた手には、持たなかったから。





いつだったか

君が私のことを

―――誠実な方です

と、かばってくれていたことがあったね。


苦笑いをこらえる周囲をよそに
君はそれを心から信じ、疑わぬ。




たぶん、君は、
誠実な心しか受け取らない。

誰からも。


誠心誠意という言葉は
もはやこの王宮のどこにも存在しないのに。




たぶん、私は、
生まれながら死んでいるのだ。

誰よりも。



墓場の凍土の下に埋もれ

季節からも、人からも
置いてきぼりにされたまま


永久に凍りつき
解けることは一生かなわない

母の不幸
私の不幸

不幸という言葉すら、埋めた。

…はずだった




それを君は、解かせというのか?




どうせ、失う。

ならば…。








君の熱で

私を解かしてくれ。



-----------

父上。

あなたは、
私を

愚かと
嗤いますか?



(おわり)
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解(げ)2

【if】【ネタバレの延長】【経倬×夕鈴?】


CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。



* * * * * *
解(げ)2
* * * * * *


「───なんだ。あれは」

方淵は眉間にしわを寄せ、遠目に見遣りながら、スンと鼻をしかめた。


「…何って。
いつもと変わりなく
春の日差しのごとき微笑みじゃあないか。
方淵?」

ああ、またいつもの方淵の噛み付き癖がはじまった───と、政務室でいつもの経緯を知る官吏は適当な相づちを打った。

近くの扉には誰の耳があるやもしれぬ。
狼陛下にたてつく気は、さらさら、ない。


「春の日差しのごとき…?
───あれが?」


観る者が見ればわかる。

表面で上っ面のあの笑顔は、
腑抜けた、最低の笑顔だ。

あの女の本来のものとは思えない。
───天と地とも差がある

方淵の隣にいたとぼけた官吏が、ヒャッと音を立てずに息をのんだ。
「あ…大臣様が」
居住まいをただし、即座に跪拝をとった。

方淵は仏頂面のまま、隣に習う。


「氾大臣、お久しぶりにございます」
丁寧な口調であいさつの口上を述べる。


「おや、柳のご次男殿…」
優しげな眼差しとは裏腹に、この男は油断がならない。

柳家の最大の政敵でもある二家が、こうして体面上のみでも言葉を交わすようになったのは例の陛下の唯一の妃あってのことに他ならない。

折しも、方淵の父親が階に現れる。
大臣らの集まりでもあったのだろうか、ぞろぞろと位の高い面々が、廊下を交錯した。

「秋も深まりましたなあ…」

「今年は寒い年になると占い師が…」
「それは困りましたな…持病の腰に寒さはことのほか身に染みるで命に係わる」
「なんの…、まだ貴殿はお若いではないか」

その間に、お偉方を避けるわけにもいかず、
件の愚かな妃はそろりそろりと優雅に伴人とこちらへと歩を向けた。

「おや、これはご機嫌麗しく」
「柳大臣、氾大臣もお久しぶりにございます」
表面上、寵姫はそつなく挨拶を述べたように見えた。


「なあ、お妃様。寒さに向かうこの時期は、ことのほか春の花が恋しく感じられましょう。去年の花恵宴が懐かしゅうございますなあ。次の花はどんな花が咲くのだろうかと、陛下も今からさぞや待ち焦がれておいででしょうな」

朗らかな口調に、チクリと嫌味をこめたのは、柳大臣の太鼓持ちの大臣だった。

「はあ」

「次の春の宴はいったいどなたにお任せと心づもりを?」

「…私は、もうそのような」

妃は微笑みを解くと顔を伏せ団扇で隠し

「陛下がお決めになることですし
私は次の春の花は、ご一緒には…」と口ごもり…。

妃がうっかり口を滑らせたその言葉を、
周囲の男たちは敏感に耳をそばだて、聞き漏らさなかった。



* * * * * *


「春にはいない、というのは
賢明なる陛下が、ようやく目を覚まされ
あの女の愚かさを思い知り、
手放す、ということに他ならない」

「まこと、経倬さまはご慧眼にて」

「では、私も支度をせねばな!」
経倬はこころもち頬を染め、ふんぞり返り周囲の取り巻きを見回すと、鼻息あらく腕を高々と組んだ。

「…は?
経倬さま
───なんの、お支度を?」

周囲のものは一瞬戸惑いを隠せなかった。


「寵妃を手放す…となれば、
もっとも信頼あつき臣に寵妃を賜るのは必至」

「ははぁ…となりますと?」

「馬鹿者!
明白ではないか!?

白陽国で、陛下のお傍に仕える
若く、信頼のおける一番の臣下と言えば───?」

「経倬さま! あなたをおいて他にはございません!!」

「その通ぉりぃっ!」

経倬はフンっ!と鼻を鳴らした。

「あの愚かな女は、この私のもとに遣わされ、
ついにこの私の偉大さに恐れおののき
足元にひれ伏すことになるのだっ!!」


(つづく)

解(げ)3

【if】【ネタバレの延長】【経倬?水月?×夕鈴?】


CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。



* * * * * *
解(げ)3
* * * * * *


「───いま、何と?」
珀黎翔は冷酷な眼差しを細め、氷柱のごとき視線でその男を射抜いた。

跪拝するその男は、柳大臣の長男。
冠が小刻みに揺れて見えるのは、恐怖なのか
それとも浅はかにも歓喜に打ち震えているのか。

その傍らに立つはその父親、重臣でありこの朝廷の権力者、柳義広大臣。

「ですから息子に、ご下賜くだされと」
柳義広は厳かに、同じ言葉を繰り返した。

狼陛下と呼ばれたその男は二人をジロリと見下し、外套を翻すと背を向けた。


有能な側近の李順でさえ、思いもよらない柳義広の言葉だった。

いつものように冷静を保ってはいるが、
色素の薄いこの男は、王から一歩控えた傍らで心もち青ざめてみえる。

『どこから、いったい。そのような話が…
全く持って、バカバカしい』

だが口をさしはさむ余地もない。
王宮の息詰まるような澱んだ空気の中で口を引き結ぶ。

王は無言で退席した。

その背に聞こえようと聞こえまいと意に介さず
柳義広は眼差しであたりを薙ぎ払うようにぐるりと見渡すと

「お返事は慌てませぬ。
じっくりとお考えいただき、色よいお返事をお待ちしておりましょう。

一番に願い出たは、我が柳家の長男。
───お忘れなく」

柳義広はそれだけ述べると、立ち並ぶ他の大臣らを威圧するように議堂を後にした。


* * * * * *

「柳家の長男に、狼陛下の唯一の妃が下賜されるっていうのは
本当か?」

「あの柳家と。しかも跡取り長男と張り合うように願い出られる
家格の男もそうはあるまい」

「そもそも、なんでまた、下賜だなんて話に?」

「花の時期は短いのが、この世の習い。
どんなに寵愛が深かろうと、一時の夢は醒めるってことだろう」

「───ああ。このところ
王宮じゃ、そんなウワサが絶えなかったもんな」

「さすがに柳大臣も百戦錬磨のヤリ手だな。
大臣高官が立ち並ぶ外交の場で、その話を持ち出すんだから…」

「そーだよなー。
華やかな外交には氾大臣が頭一つ抜けているからな」

「そうそう。
『───華やかにスポットライトを浴びる者ばかりでなく、足元で陛下のために尽くす者こそ評価なさるべき』と切りだし、地道な内政の功労をアピールされてはなぁ。
外交の特使のいるあの場で、何もわざわざ内部のもめごと───氾と柳の均衡を破りたいとは、賢明なる陛下が思わぬわけはない、と踏んでの奏上であろう…」

「柳の名で一番に名乗りをあげられては、
たてつく家も少なかろう。
…氾くらいか? しかし長男でなければ対立候補となり得んぞ」

「氾のご長男ときたら、お妃さまより美人だかんな!
あの儚ないオンナ男が、柳と張り合って陛下の唯一を欲しいと願い出るとは、到底思えんわ!」

「立候補するわけないわなぁ!
あの腰抜けの、御病弱で、女のようなご長男では!
逆にご長男殿ご自身が後宮にお入りになられた方が『好い』んじゃないか?」

「う、うふぁ…ぁハ、アハハハ…!!」

二人が笑いを噛み殺しながらも、ついつい声を漏らして大笑いしているその時。

バサリ!

大きな音とともに後背部から立ち上った埃を頭からかぶり
二人の若い官吏はむせ返り、冠のホコリを払いながら、振り返った。

眉から鼻筋までしわのよった、しかめっ面の黒髪の男の
鋭く吊り上った眼。

「…ほ、方淵っ!?」
二人の男たちは飛び上がらんばかりに驚いた。

その途端、書棚の反対側からにも、もう一つの陰。

憂い顔の白い顔をした男が立っているのが目に入った二人は、キョトキョトと両方を振り向き、焦った。

「す───水月っ!?」

「…よほど暇と見える。成すべきことは山とあろうに。
こんなところで油を売っているとは…」

政務室の書庫の奥で、ひそひそといつまでも交わされる噂話にあきれ果てた方淵は書庫の上の棚に乱暴に書物を押し込んだ。

「───フンッ」
方淵の放った盛大な鼻息一つに吹き飛ばされるように
盛大に卑下を投げかけられた官吏らはコソコソと持ち場に戻って行った。

水月が両手に抱えていた書物を、そっと棚に戻した。
その仕草はあくまで静かで、優美だった。

「…」

「───怒らないのか?」

「何を?」

「兄と父の持ち出したバカバカしい話と…
今の男たちの、お前に対する評価と。」

忌々しげに、方淵は履き捨てるように言った。
だが仕事の手を休めることはない。
手荒だが素早く、必要な書籍をテキパキと抜き出している。

「───私は…別に」

水月は他人事のように、さらりと答えた。
いつものように、薄く微笑みをたたえ、
まるで歌でも歌いそうな顔をして軽やかに書類をさばいている。

「…私が、願い出たら、
お妃様は、私の元に来て下さるのかな?」

「…はあっ?!」
方淵は、目を剥いて、思わず水月を振り返った。

「ほら…。お妃様大ファンの妹もいるし、ね。
話し相手に事欠くこともない。
私の楽の音を、彼女は素晴らしいといって
喜んで聞くと思う。

大切にもてなすことはできる。

───少なくとも、君の兄上と共にいるより。

あの方が日々、楽しくお過ごしいただけるように
居心地良く整えて、
お迎えすることは、できると思うよ?

君の兄君のところに行くよりも
ずっと、あの方は幸せになれると、思わないかい?」

水月は冗談とも本当ともつかぬ様子で、
何気なくそういった。


方淵は一瞬、手を止めた。

「…なっ?」



…なに?

あの、妃が。
陛下の御元を離れ
水月に───?


方淵はぐっと唇をかみしめた


「───馬鹿な
貴様など、で

あの
愚かな女が

幸せに…なれる、
はず、
など───」

方淵は胸を押さえ
言葉につまりながら、
絞り出すように、つぶやいた。


「…そう?」

水月はフッと、寂しげに笑うと

「なら。

───君だって。
名乗り出れば、いいじゃないか」



(つづく)

解(げ)4

【if】【ネタバレの延長】【経倬?水月?方淵??×夕鈴?】


CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。



* * * * * *
解(げ)4
* * * * * *

方淵は水月と別れ、自分の仕事に戻った。

胸の内のモヤモヤは消えるばかりか大きくなる一方だった。
仕事がひと段落し、少々手隙になったとき、
方淵は珍しく池の傍に足を向けた。



方淵はドキリとした。

官服ではない
薄いピンクと淡い黄色を重ねた女が
池の傍にしゃがみこんで俯いている。


王宮の庭に自由に出入りでき
官服を身に付けていない女性、といえば
この狼陛下の治世では今のところ、一人しかいない。

例の、妃だ。

一人っきり。

あたりには侍女の一人も見かけない。


このところの、妃の張り付いたような作り笑顔がよみがえる。

ついに何を思ったのか身投げでもするのか…と
一瞬方淵は心臓が止まったような思いがした。


「お妃っツ 何をっ!」

わざを大きな足音をたてながら、ザカザカと方淵は妃の方へと歩み寄った。

振り返った女は、光線の具合で顔の表情までは見えない。
だが、たしかに陛下の唯一の妃とよばれる、あの女だ、と方淵は見て取った。

「動くな」

急に背後から近づく男の緊迫した声に圧倒されて、
思わず夕鈴は間の抜けた声を出してしまった。

「へっ?」


───また、この女は。
まったく教養も気品の欠片もない。

「一人で何をしている!
こんなところで」

方淵に怒鳴りつけられ、夕鈴は目を丸くした。

「方淵殿にいちいちご報告する義務は御座いません!」

妃は握りしめた手を胸にプイと横を向いた。


夕鈴は、もうじきここを去るにあたり
宝石も衣類も何もかも全て置いていくことは納得していた。

だが、今日見た夢───陛下と二人で景色───夕立ちの上がった四阿から見たあの日の光景は眼が醒めても脳裏に何度もよみがえった。
切なくて、せめて陛下と眺めた庭の小さな小石をたった一つでも、身の傍に置かせてもらえないかと思い立った。

「李順さんにはちゃんといただくことはお願いしなきゃダメよね。
でも、まずは実物の石を拾ってからお伺いを立てたほうが良いかしら」
と、昼餉の後に池のほとりにやってきた。

あの日、見渡す限りの花園の池の傍で艶々と濡れて煌めいていた小石。
夕鈴は丹念に時間をかけて触れ、たった一つだけ、この宮から持ち出しのお許しをいただく思い出の石を選んでいた。


方淵は方淵で、ばくばくと心臓が落ち着かず、つい語気が荒れる。
『もしや袖や懐に石でもつめ、隙あらば身投げでもする気では?』
と、ついつい疑ってしまうのだ。

それほど、このところの妃の様子は方淵にとってはおかしく見えていたから。


更に近づくと、思ったよりも妃が晴れやかな顔をしていることに気が付いた

…なんだ、と気が抜けようやく一つため息をついて方淵は落ち着いた。

「なんでございましょう?」
夕鈴はズカズカと近づいてきた方淵を、いぶかしげに見上げた。
立ち上がり、裾を軽くはたき整えた。

「いや───ただ。伴も付けず不用心だ、と。

また周りに心配をかけているではないか?」

「心配など、なにもございません」

夕鈴は気丈に言ってのけるが、
方淵はそれを許容するつもりはなかった。


「立場を考えろ。
こんなところをウロウロとして
万が一何かあったら…」


「───何かあっても、困る者など…。
所詮、たかが妃一人、ですから、ね。」

夕鈴は方淵がいつも言う言葉を、嫌味っぽく返した。

方淵はぐっと歯を食いしばった。



「───何を?」

「ああ、…小石がきれいだったので。」

「小石?」

夕鈴はふふ、と笑うと、握りしめていた右手を広げ、
掌の上に拾った1つの小石を方淵の方へ見せた。

「ほら…他の石は乳白色の玉ですが
この石はほんのりと碧みがかり…まるで翡翠みたいではありませんか?
きれいでしょう」

夕鈴は笑った。

(…、全く。)

方淵は馬鹿にしたようにため息をついた。

「───ご心配かけならすみません
部屋へ、戻ります」

夕鈴は顔を伏せた。

彼女の微笑みは一瞬で掻き曇り、瞳には虚ろな影が落ちた気がした。

方淵は、両袖に腕を通すと
跪拝するように背筋を正した。

「お妃!」と声をかけた。

夕鈴が顔をあげる。


「一つ、訊ねてもよろしいか?」

「───は?」

「あなたのお考えを伺いたい」

「はあ…」
夕鈴は、方淵が何を言い出したのかと戸惑いの色を隠せない。


「つまり…
───なんというか。

宝なのか、石ころなのか、その価値は定かではない…
だがしかし
たった一つの存在であるがゆえ
それは…まあ、その。
稀少ゆえ、…仮に一つの宝としておこう、か。

とにかく、仮に。
たった一つしかこの世に存在しない
宝があった───、とする」


「なんでしょう、いつも現実的な方淵殿にしては
なんだかとても抽象的なお話をなさいますわね」

ふっと、夕鈴はわらった。

方淵はむっとしたように眉を寄せると、
きつく睨み付けた。

夕鈴はなぜそれほど方淵が
このような他愛のない会話に突っかかるのか、理解できなかった。

シュンと首をすくめると、
「…あ、いえ。
どうぞ、続けてください…」
と苦笑しながら促した。


「───続きを。

たった宝をもぎ取り、懐に納め
それを持っているが故、自分が偉く尊い人物であると虚勢を張る男と

宝玉が擦り減らぬようにと、いたわり箱に納める男。

貴女なら、その宝石は
どちらの櫃に収めるべきと、思われるか?」


「───さあ。

難しい問いにございますね」

夕鈴は小首を傾げ、
はあとため息を一つ付くと、
申し訳なさそうに詫びた。

「分かりません。

宝物など持たぬ私なぞには、
方淵殿を納得させられるような答えは、できませんよ」

そういって、顔を伏せた。

方淵も目を伏せ、妃の手の平に乗った碧い小石を眺めていた。

「そう、難しく考えずともよい。
貴女ならどう思うか、を
訊ねたにすぎぬ」

「そうですね。
あ…
…ただ。

宝石は、
持つべきにふさわしき御方の手にあってこそ
輝き真価を発揮するものではないのでしょうか。

例えば、陛下がお手にとられれば、この小石の価値も変わりましょう。

逆に、私の手の上ではただの石ころにしかすぎません…」


「───なるほど」

方淵は頷いた。


「では、その石ころ

私の手の上では何に?」


「───何に?」

夕鈴は、キョトン、とした。

「───さあ。
方淵殿のような御方が
このような石を顧みるとも思えませんが」

夕鈴はクスクス笑いだした。


「では、先ほどの宝石の話。

わが身を飾るためにその石を欲する男と

守護を約束する男と

ただ石とて、大切にする男。

石はどの男の櫃に収まるを望むと思う?」




傍にいたいのは


選べるものなら…
でも石には、手にする人を選べない。

ただ受け入れるだけでしょ?

もう、決まったこと。

ここに居られないのなら
どこに居ても、誰と居ようと
陛下とはいられない、決まっているのはそれだけ。

今更、石の一つを思い出に、だなんて。

ああ…馬鹿だ。

何一つ、思い残すことなく
ここから去ろう。


夕鈴は手にしていた碧い小石を、ポトリ、とてのひらから落した。

パッパと両手で払うと
清々しく笑顔で夕鈴は答えた。


「───大切にされようと
足蹴にされようと。

所詮石ころには心はありませんよ?

だから、私には分かりません。



…さあ、方淵殿も!
こんなところで油を売っていたら叱られますよ?

お仕事に早くお戻りください!」

夕鈴は目をふせて、
方淵への挨拶もそこそこに、足早にその場を後にした。


彼女が遠ざかり、かなり離れたところに待たせていた侍女たちと合流し
楚々とあるき去る様を、方淵は遠目に見送った。

それからようやく数歩、ノロノロと足を運び
夕鈴が落したと見当をつけていた小石を指でつまみあげ
方淵はそれを手布に包むと、大切に懐に仕舞った。


(つづく)


*

解(げ)5

【if】【ネタバレの延長】【五人の貴公子×夕鈴?】

ついに五人の貴公子が…となれば、月へ帰るのはウサギかかぐやか。

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* * * * * *
解(げ)5
* * * * * *

「はぁ…」

「李順。
聞えよがしに、ため息をつくな」

「まだ、急な話で、調整がついていないというのに…。
なぜこのように、貴方が近々、夕鈴殿を手放されるという噂が広がったのやら…」

「…」

「柳大臣のご長男から夕鈴殿の下賜願いに対抗するように
氾大臣も、ご長男に、と。

『陛下の唯一を賜るのは、信頼厚き我が家である』とどちらも譲らず、
駄々をこねる子供らが一つのおもちゃを取り合うがごとく
ますます柳と氾の軋轢は増すばかり。

それに加え。
何をとち狂ったか
蒼玉国の弟君から同様のお申し出が、先ほど親書にて届き―――」

「…狼陛下の唯一は、絶世の美女と国内はおろか諸国にも鳴り響いておりますれば…
大方、陛下の珠玉を賜らんと欲す耳の早いものがこれ幸いにと躍起にはやったのでございましょう」

「―――周!」
珀 黎翔は、入り口に大きな櫃を抱えて立つ男をジロリと睨んだ。

周康蓮は、たくさんの書簡を詰め込んだ重そうな櫃をひょいと机の上に音も立てず置いた。
相変わらず幽鬼のように青ざめ、何を考えているのか読めない無表情な目で黎翔の方へと向きなおった。

その陰気な顔を見ているだけで、黎翔は面白くなく、吐き出すように「横から口を出すな」と一瞥をくれた。

「これは、失礼を」
周は一礼をしながら、影のように佇んだ。

李順は周と持ち込まれた櫃をチラリと見るや、これはかなりかかりそうですね…と覚悟を決めた。
そうであれば、この話もそろそろ折りたためばならぬ。

「そこまで夕鈴殿に価値があるというのなら
求婚者に無理難題でも吹っかけ、それぞれこの世に二つとない宝でも持ち寄らせれば国庫も潤うというもの」
李順の口調は冗談めいていたが、目は本気だった。

「馬鹿を言うな、李順」
黎翔は呆れたようにかすれた声を出した。

のどがカラカラだ…
どうしてこんなに、私は―――
黎翔は目の前が暗くなってきた。

もう一度李順はため息をつくと、小さく愚痴るようにつぶやいた。
「だいたい、陛下。あなたが―――」

「言うな!」
黎翔は大声で李順の言葉を封じた。

「では、この件、どのようになさると?
他国まで干渉する事態の今、
陛下ご自身が早急に態度をお決めにならねば、この混乱はますます増し、
『唯一』という価値さえあれば、中身はなんでもかまわない彼らは
ゲームの駒として夕鈴殿を取り合いに発展しております。
『陛下の唯一の存在』という価値の利用を皆が気づいてしまった以上
貴方が望むと望まざるとに拘わらず、
夕鈴殿はそっと後宮から消えるわけにいかなくなってしまいました。
彼女が誰の手に渡ったとしても、家臣の中にも軋轢を生みましょう」

「…」
黎翔は、何かを言おうとしたが
何も言葉が出ない。

「―――では」

周康蓮が重い口を開いた。

「―――私が貰い受ける、というのはいかがでございましょうか?」

黎翔は一瞬固まった。
李順は不気味な聞き間違えをしたのか、と、
ぐるりと周康蓮の方を向き直った。

「一番の寵臣は誰か、というレース。
宰相のわたくしが貰い受けると申すのはいかがでしょう?」

ちょっとまて、周康蓮。
お前、今、幾つだ―――

「私は三十九歳ではございますが、
妻の一人二人増えたとしても、十二分に養っていけますれば。
善き選択の一つではと」

「天気予報と不吉な予報が得意な宰相が対抗馬ならば
――柳も、氾も。ぐうの音も出ませんね…」

李順はこわばった顔をして額の汗をぬぐった。


黎翔はギリと奥歯を噛みしめると、何も言わずくるりと背中を向けた。
「―――っ…!」

「あ…! 陛下っ!
どちらへっ!?」
李順が留める間もなく、黎翔は足早に扉に手をかけた。

その時、扉の外に控えていた男の影が…
「何だ、柳方淵。このようなところに」

「陛下…!
失礼を承知で、お願いに上がりました」と
方淵は、袖の中で組んだ腕を掲げ、頭を深々と下げた。

一瞬見上げた真剣な表情の方淵の眼を覗き込み、
黎翔は察した。

―――お前も、欲するのか。
夕鈴を―――?!


方淵はぐっと唇を噛みしめ、眉根にしわを寄せ
これ以上ないほど複雑でむつかしい顔をしていた。

その顔を見て、黎翔は目をつぶった。


聞かぬ。
私以外の男が。
彼女を欲する言葉など―――!!


「…何か、と聞いてやりたいところだが―――
悪いが今は聞かぬ」
黎翔は後から追いかけてきた李順と、佇む方淵を振り切って、回廊を大股で歩き始めた。

――― だめ、だ。

ダメ、だ


ダメだ、ダメだ…ダメだ!!!

黎翔は顎を引き、前髪の下に隠れた怒りで赤く燃えた瞳をひたむきに前に見据えた。

だが、進むうちに、あれほどに荒々しかった足音は徐々にくじけ、
固く握りしめたこぶしは、ほどけていった。

欲しては、ならぬ。
私以外の男の―――
私も―――


怒りにくらんだ目の奥がチリチリと痛む

『お前自身が、決めた―――のだろう?』
薄笑いを浮かべた、もう一人の自分が
嘲笑うように自分を見下しているのだ。

途端に、足が鉛のように重たくなった。

泥沼の中を進むように、足に絡みつく重たい思念。

彼女を泣かせて。
抱きしめた細い肩を、突き放したのは自分。

濡れた茶色の瞳は光を失い
感情の失せた冷たい私の姿を映し出していたのだ。

これで、失う。

どうせ。


『巻き込んでは、―――かわいそう、

だから
お前は、決心したんだろう?

彼女を手放すことを―――』


黎翔はとうとう、一歩も進めなくなり、
よろよろと歩を止めた。回廊の端にある太い柱にもたれかかり、

縋り付くように柱にもたれかかり、
こぶしを振るいあげて、頭上から叩き落とす。


容赦ないガツンとした衝撃が、傷みが
黎翔の左のこぶし全体に響いた。

彼女との未来を手放した自分に
今更、何ができるというのか―――?

「くっ…」

唇を噛みしめ、
声にならぬ声で黎翔はつぶやいた

「……う…り…  ん」


(つづく)


*

解(げ)おまけ-経倬

【if】【ネタバレの延長】【経倬?×夕鈴?】

なんというか。
ツンデレ経倬さま。

CPがお気に召さなければスルーしてくださいませ。


* * * * * *
解(げ)おまけ - 経倬
* * * * * *


「経倬さま、馬車が…」

「来たか!」
つとめて冷静な態を装っているが
こころもち小鼻を膨らませ、頬を紅潮させた経倬は
あきらかに興奮していた。

「───正門を開き、お迎えを?」
取り巻きの侍者が尋ねる。

「…ばっ、ばかなっ!
じっ持参金もろくに持たぬいやしい女に、柳家の正門を開くなど」
と口では言っているが、後ろに控える爺にチラチラ、と上目使いに物言いたげなに唇を付き出して見せた。
経倬が、老執事に助け船を求めるクセだ。

「経倬さま、恐れながら。
陛下の唯一の御下賜なれば」

「そ、そうだな、大切にせねば。
形だけでも、大切に、迎えたとしておいてやろうか!」
経倬は汗を拭いて、うん、うんと頷いた。

「お迎えを?」

「ばっ、馬鹿ナッ!?
なぜ私が…!」

「宜しいのですか?」

老執事が念を押す。

「───だが、

おっ、お前がそういうのなら
形式的に大切に迎えた、と
あくまで
形だぞ?
形だけ、出迎えてやるとしよう」


そういうと、経倬は髪を撫でつけ、冠を正す。

「…どうだ?」
経倬は不遜な表情で侍者に尋ねる。

「いつも通り、完璧でございます!
経倬さま!
ご立派な貴公子ぶりに、惚れ惚れいたします」

「そうであろう!」
金糸銀糸を縫い込んだとっておきの衣を身に付けた経倬は、得意げにそっくり返った。

最後の確認に、後ろに控えていたものを振り返り、あごでクイっと示すと、

侍者はいそいそと懐から鏡を取り出し、
経倬に向けるように鏡を抱きかかえた。

経倬は傲慢な微笑みを浮かべながら鏡を覗き込み、
一瞬あわてた。

鏡に映ったのは、だらしなく笑み崩れた自分の顔。

頬は想像以上に紅潮し耳朶まで桜色に染まっていた。

興奮した眼はキラキラと異様に輝き、
青青とそり上げた顎まで汗でギラギラしている。


「…!」

俺は、期待なんかしていないぞ?
あの、愚かな妃など。

気まずくチッと舌打ちをして慌てて周囲を見渡す

伴の者らは一様に顔を伏せ、神妙にしている。

───見られていない。

よし。
皆は気づいていない。


陛下の寵愛が醒め凋落した行き先もない下賤の者を
拾ってやったにすぎない。

ああ、私はなんと懐深い男なんだろう。

「───どうだ、いかに私が偉大か、わかったであろう!」

不意に経倬は大声を出した。

「まことに!
経倬さまほど偉大な方はおられません!」

周りに控えた伴の者は一斉に声を合わせて応えた。


息の合ったその言葉を満足そうに頷くと、
いそいそと経倬は出迎えのために歩き始めた。

馬車止めのある殿の方へと歩きだし階段をのぼり始めたそのとき、
経倬は重厚な長衣の裾を踏んでしまった

「…あっ!?」

グラリ…と視界が歪み
階を踏み外した経倬は…


「うっ!!」

ともんどりをうって落下し…


ギクン!
豪奢な天蓋付の寝台の上で、目を醒ました。


(おしまい)

SS ロマンチストKの妄想 &[日記]

初出(SNS):2014年04月13日 23:08SNS
SNSの日記より転載。

------------------------

【if】【経倬?×夕鈴?】

ブログにぽちぽち書いている連載(解)で
こぼれた行き場のないスピンオフです

CPお気に召さない場合は、ここでお戻りください。

他愛もないSSでスミマセン。



* * * * * * * * * * * * *
ロマンチストKの妄想
* * * * * * * * * * * * *


「やだっ、けーたく様!」

「馬鹿ものっ…!こんなところで、何してる!」

柳家の調理場に一人たたずむ女を
経倬は、背中から抱きしめた。

彼女の茶色い柔らかい髪に顔を埋め、経倬はその甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「だって…。けーたく様に
美味しいお菓子、食べさせてあげたかったんだもん」

窮屈そうな戒めを振りほどこうともせず、
腕の中で振り向いた彼女は、包み込まれた経倬の衣の袖をきゅっと引いた。
彼の胸に密着するように体を預け、桃のような産毛の頬を経倬の胸に摺り寄せる彼女。華奢な体に不似合いな肉付きを意識せざるを得ない。


「そんなことは召使に任せればよいものを。
やけどでもしたら、どうする?!」

彼女はその言葉にビクリ、と首をすくめ、
やおらぽろぽろと真珠の涙を頬に伝わせた。

「だって。だって…
私は、けーたく様に
手作りのお菓子を食べていただきたかったんです…。

止めちゃ……やです。」

彼女は、愛らしく小首を傾げ、
せめてもの反抗の意志を小さく表すように
経倬の背中に回した腕で、ギュッと経倬の体を抱きしめた。

暇があれば、政務室に手作りの菓子を届けるまめな一面がある、とは聞いていた。
だが、こうして自らのために尽くされると、なるほど、悪い気はしない。
経倬はふんっと鼻をおっぴろげて目を細めた。

彼女の頬に指を這わせ、顎を取り、その顔を私の方へ向き直させた。

たとえ、控えめであろうと。
その瞳を覗き込めば、私を深く愛し信奉する彼女が、この至高なる私に何を求めているかなど、たやすく分かってしまう。

そう、私は高貴で万人をひきつけてやまぬ魅力あふれた男だから。
魅惑されたものが、本来、私のような身分の者に抱いてはならぬ―――決して求めてはならぬ罪深い欲まで引き出してしまうのだ。

一身に愛されるというのも、辛いものだ。

仕方がない、
少しだけなら。

お前のようなものにも、寵愛を分けてやっても、良い。
私は心の広い男、だからな。

だが、あまり簡単に与えてはならない。

ここはジックリと私に仕える喜びを教え込んでやらねば―――

「ゆーりんたん…」

口から出た甘い声は、私のモノか?
一瞬、戸惑ったものの出てしまったものは仕方がない。

ここはご褒美として、ひと時のかりそめの至福でも与えてやろう。

「だって。
可愛いゆーりんたんがもし怪我でもしたらって…
心配でしようがないんだ、
私は―――愚かな君の虜なんだ…
笑ってくれるか?」

ば、ばかな?
何を言ってる、私は!?

お前が私の虜であろうが。
逆も甚だしい。

なにを言い間違えているんだ…まったく

彼女の涙は止まり、一転して晴れ晴れと笑った。
キュンっと、経倬の胸が鳴る。
指で涙のあとをなぞる経倬の指先に、うっとりするように彼女は目を閉じた。

「けーたくさま?
そんな、甘い声。
…ほかの方に聞かせては、嫌。」

彼女は、経倬の腕の中で、縮こまり小さくため息をついて頬を染めた。

にヘラぁ…と笑いがこみあげてくる。


愚かな女だ…
だが、私のためにそれほど…


「甘いお菓子を、つくってみたんです。
このような下々の私が作ったものが、高貴なるけーたく様のお気に召すとは思ってもおりませんが…

どうか、お願いです。
一口だけ、
せめて、お味見してはいただけませんか?」

恥じらいながら、目を合わせない彼女。
そっと片手を差し出す。

私はその白く小さな手を両手で握り締める。

最高級の料理人が作ったものでも、
私を満足させるなど、到底不可能なのに…
全く愚かな女だ。

だが、そうまでいうのなら、仕方がない。
―――一口だけ、だぞ?

「ゆーりんたん♪
あーん…」

どれ、どんな菓子を…


…ガボ!



…甘い…

あま…?


ぐ…

息、息が―――っ!?


『い…息っ! 息ができんっ!?』
げふげふとむせこみ、経倬はもがいた

眼が覚めると目の前には敷布と枕が。

口に突っ込んでいたのは
枕の端だった。

経倬は窒息するかと思って目を白黒させながら、首をブンブン振りながら、口に突っ込んだ枕を吐き出した。


…あれ?

なんだか、いい夢だったのか…
悪夢なのか…

まさか。
俺様ともあろうものが。
あのような女に…たん付けなぞ―――!!!

まったく、忌々しい!


(おわり)






つらつら。



私はやっぱり陛下と夕鈴のお二人が大好き

基本、別のCPではほとんど書かないのですが
経倬兄様があまりいイジりがいのある愛らしい存在感なので
つい筆がすべりました。

だからといってお妃様を差し出すつもりもなく
こうして夢落ちばかり、お気の毒様な扱いをうけている経倬さまです。


■不器用でいびつな鏡役

実のところ、解(げ)は、最初
本気で経倬兄のもとに夕鈴が輿入れするところからスタートする、というストーリーも考えていました。

対面を重んじ、不遜でプライドの高い経倬兄が、本心とはちょっとずれたところで頑張りすぎて…。
それが愚かにも愛らしく、なのに人間臭さがにじみ出てる、というお話。

妃から下賜された妻、という立場の夕鈴が、御曹司の経倬さまといろいろぶつかりあった末、経倬の良さと、夕鈴自身の内面の障壁に気が付き、それを打破して素直な自分の感情を知って変化してゆく、(陛下の登場はその後)
───なんて話でも書いてみるか、と、思いついた、のですが。

人間の心はいびつで、
人のことはよく見えるけど、
自分のことはぜんぜん見えてない

そんなところが面白おかしく、悲しく

経倬という人となりが映す鏡のなかで
覗き込んだ夕鈴は、自分や陛下の姿や本心が、経倬という人間を通して見えてきて、
再認識してゆく…、そんなイメージ?


スタートすると、やっぱりどうしても陛下以外の男に渡したくなくなってしまった。


というわけで、ストーリー展開の機微より、私自身の落としどころ(自分のわがまま)でお話はまったく違う形になりました。

この経倬兄様のお話も、いったんボツにしてましたが
ずっと不在にしていたSNSにでも…と、日の目を見るコトとあいなりました。

今日は、また久しぶりにペンタブに触れて
1、2枚、殴り書きもしてしまった。

雑なものですが、なんとなくようやく肉体的にも精神的にも、ひと段落してこちらに帰ってこられそうだな、という
自分の変化の表れ?ととどめておきたいような。

データをあっちに置いてきてしまったので(深く詮索なされませんよう)、
また回収したら、どこかに整理して倉庫に収めようと思います。

なにはともあれ、
ただいま、な気分です。

*


解(げ)6

【if】

* * * * * * * * *
解(げ)6
* * * * * * * * *


「はぁ…」

李順は巧手した両袖をかざしたまま、もう3回目のため息をついた。

「…どうぞ」
渋々袖から手を差し出すと、その骨ばった細い指先で李順は目の前の「バイト妃」に席をすすめた。
バイト妃である夕鈴は神妙な面持ちで、椅子の背に手をふれる。

二人の間にある木製の机は簡素だが重厚で、使い込まれた木目がつやつやしていた。

夕鈴は勧められるまま、ゆっくり椅子に腰を下ろす。
向い合せに座った李順が、いつも以上にどんよりとした気難し気な表情をしている。

「…」

(もしかして―――)

ドクン…と胸が鳴った。

(もしかして、今日が。
最後なの…?)

先日、バイト解雇を告げられ、覚悟はできている。
だが、そのあと、急なことでまだ地固めができていないからもうしばらく…と、バイト終了の時期については夕鈴自身はっきりと伝えられていなかった。

「…あの」
夕鈴は声をだした。

かすれて聞こえたのでもう一度、息を吸い込み、今度は元気につとめて明るい声を出した。

「あのっ!
李順さん。
私なら、大丈夫です。
準備はもうすっかり、できてます。
っていっても、たいした荷物もありませんし…ね。
お借りした妃のお衣裳や物品の確認さえ、李順さんにしていただければ。
もういつでも、退宮できますよ。」

ぐっと握り拳をつくり、夕鈴は一息に笑顔で言い切った。

李順は眼鏡越しにチラと夕鈴の方を見るが、すぐに目を伏せ、こめかみを二本の指で強く押しながら頭痛を抑えようとしている。
夕鈴はその表情を見て、(何か難しいことでもあるのかしら…?)と、いぶかしんだ。

―――退宮。
それは、もう決まったことで。
いつでも、ここから去れるように、夕鈴は侍女たちに気づかれないよう、こっそりと準備をしていた。

(でも、この李順の様子を見る限り、今日明日、ということではなさそう?)

夕鈴はほっとした。
まだ、いられる。

―――陛下のおそばに…

とはいえ、ここ数日、夕鈴は黎翔と会うことはなかった。

三日前、廊下の欄干に手をついて景色を見ていた時、遠目にお姿を見たのが、最後。
それも取り巻く人垣に阻まれ、チラと。
衣の端と、背の高い陛下の、形の良い黒髪とかすかに横顔が見えにすぎない。

“あの“晩以来、黎翔は後宮を訪れていない。

冷たい狼陛下の表情で背を向け去って行った姿が脳裏に浮かび、おもわずうっすらにじむ涙を、夕鈴は急いで指先でぬぐった。

「―――はぁぁぁ…」

李順はそんな夕鈴の様子を気に掛ける風でもなく、4回目のため息を盛大に吐いた。
「…」
嫌なことは考えない。
私は、言われたことをやるだけ、だもの。

しばらくじっと夕鈴は机の木目を見つめていた。

「夕鈴殿」
ようやく李順は口火を切った。

「…はい?」
おずおずと李順を見上げる。

「あなた、どこに嫁ぎますか?」

「はっ?!
李順さん、何の冗談ですか?」

「―――冗談ではありません。
ええ、冗談ではありませんよっ!!!

…柳家だろうが、氾家だろうが。
陛下の秘密を知るあなたを下賜するなど…まるで人質にだすようなものですっ!」

「柳?
―――氾?」

「あなたのうかつな言動で、
陛下があなたを手放されると、今や宮中は大騒ぎ。
狼陛下の唯一を賜る栄誉をと、次から次へと下賜を願う嘆願が…」

「…うかつな、言動―――?」
夕鈴はハッとして、口に手を当てた。

「それなのに、陛下ときたら!!

いったいどうなさるおつもりなのか、全く―――!
まったく頭痛の種は尽きません!!」
李順は本当に痛そうに頭を抑えている。

「あの、私。
どうしたらいいんでしょうか?」

「あなたのバイト終了時期は、先々の根回しが済むまで保留、ということでしたが。
ことが大きくなり、ついに周宰相まであなたを妻にと候補に乗り出し」

「しゅ、周宰相~~~っ?!」
夕鈴は一瞬息が止まるかと思った。

「いえ、それは…。頭脳明晰な周宰相のお考えになることですから。
宰相自らがあなたをといえば、つり合いからいって他家は退くだろう、とのご見解で何か深い思慮あってのことと思いますけどね…?
しかし、逆に。あの周康蓮まで欲するとは、よほど…と。
諸外国から今度は山のように引き合いがくる始末で…」

夕鈴は、何がなんだかよくわからないが、ただ問題が大きくなっている、ということは理解し、血の気が引いた。

「夕鈴殿っ!
あなた、図に乗ってはいけませんよっ?
あの周宰相が、あなたのようなチンケな小娘を、女として見てるわけないじゃありませんかっ!!
正直、どこに嫁ごうと、まったく不釣合いですっ!」
李順は冷静な顔で断言した。

夕鈴はむっとしたが、そのあと、落胆するような表情を浮かべ大きく肩を落とした。

「ってことは。
…私。また
陛下の足手まといになってるんでしょうか…?」

「正直、私にとっては。」
李順はズバリと言い放ち、夕鈴はますます落ち込んだ。

「どうしたら、良いのでしょう」

「あなたをそっと戻してあげたいのはやまやまですが。
この騒動では…」

「―――陛下は、なんと?」

「さあ、あの方はいつもお忙しいですからねっ!
今日も暗いうちから先日の大雨で水浸しになった領地の視察に出向かれ、
帰ってからも山のようなお仕事で奔走されてますよっ!
このようなどうでもいいことは、後回しと放っておられるのでしょう」

「…陛下は今、
どちらに?

李順さん、わざわざこのように…」

「ええっ!私にもやることは山のようにありますがね
陛下が周宰相のところで急ぎの仕事を片付けてくださってる間に
正直私の中で一番面倒くさい事の処理に出向いたわけですよ」


( 面倒事 の 処理 … )

夕鈴は心の中でつぶやいた。


「…」

「はぁ…」

「あの。李順さん。
私、ご迷惑になるくらいなら…そっとこのまま」

「―――そうですね…
あの方はあなたをどうしようというのでしょう。
…しかしこの現状を放っても置けませんし…」

李順はもう一度盛大にため息をついた。

「夕鈴どの。
私にもどうにもできません。
ですが、できる限りのことはしましょう
覚悟を決めてください」

「―――はい」

* * * * * * * * *

妃の衣裳を脱いで畳むと、かんざしをすべて並べた。

もう3回、数えた。

夕鈴はもう一度だけ、返却物がすべてそろっていることを確認した。


最後に、陛下と座って過ごした長椅子の背をそっとなでる

夕鈴は立ち上がった。

胸には小さな包みを一つ。
来た時持ち込んだものは、さほどなかったから身軽なものだ。

町娘姿の自分が、鏡に映る。
夕鈴は鏡台に掛けられた豪奢な錦の幕をそっとおろし、その姿を遮った。


ふいに背中から声がした。

「いいのぉ?
お妃ちゃん。

李順さんはあんなこといってるけど。

ヘーカに会わなくて、さ?

勝手にここ去ったりしたら、
怒られるんじゃね?」

夕鈴は振り返った。


「…怒られるって。
浩大。

ここを去ったら、もう
バイトでもなんでもない
ただの他人だし。

怒られる筋合いもないですよ」

夕鈴は静かに笑った。


「―――ほんとに、いいの?」

そのとき、窓に浮かんだ細い細い三日月を背に、
覗き込んだ浩大。

いつになく真剣な低い声に、夕鈴は心臓がドクン、と跳ねた。


「ヘーカに、会わなくて?」

低い浩大の声が響く。




「…あ


―――会いたく、ない」


夕鈴はつぶやくと、クルリと背を向けた。




(つづく)

*

解(げ)7

【if】【甘】

一部、SNSのコミュに先行公開したパートを含みます。


* * * * * *
解(げ)7
* * * * * *


ここ数日、王は異様に口数少なく、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

遅くまで政務をこなしていた方淵が帰りがけに
回廊からふと池の傍に目をやると、
主君が一人佇んでいた。

そこは、数日前、あの女と遭遇したまさにその場所で

長身痩躯のこの国の支配者は、風になぶられぼんやりと水面を見下ろしていた。
その瞳は暗く澱んだ影をまとい血の色のようにも見えた。

方淵は回廊から降りると、静かに砂利を踏んで近づいた。
背後から人の気配がすることを黎翔は気づいていたが、特に気にするふうでもなかった。

方淵は固唾をのみ跪拝すると恭しく声をかけた。

「畏れながら、陛下」

「…なんだ、方淵か」
黎翔は振り向きもしなかった。


「伴も付けず不用心にて」

「───構うな」

黎翔は瞬きひとつせずに
時おり冷たい風になぶられ現れる水面のさざ波を見つめていた。


方淵は、そっと懐から何か取り出すと、
掌の上でその錦布を丁寧に広げた

「陛下…これを」

黎翔は、方淵の手元を面倒くさそうにチラと軽く一瞥をくれる。

「その石が何か?
特段何とも思えんが」

黎翔は、つまらなさそうにフイと視線を外した。


「確かに、価値のない単なる石でございます。

これは少し前、いままさにこの場所で
『例の後宮に住まう御方』が手にされていた砂利石の一つにすぎません」

方淵は答えた。

『例の後宮に住まう御方』と持って回った言い方に
「必要以上に遠まわしだな…
何が言いたい」
と黎翔は不満げに目を細めた。

「───いえ、何も」


暫く二人の間を風が吹き抜け、水面を揺らすざぁざと言う微かな音だけが響き渡った。

「…お前がなぜそれを持っている?
彼女は何をここでしていた?」

黎翔は静かに問うた。


「あのお方はこの石を一つ選び拾い上げ、
そしてまた、手放してゆかれただけにございます」

「…そうか」

「価値あるものは相応しき者の手の中にて真価を発揮する。と、

陛下の御手に取られれば
たとえこの小石ですら価値をかえるかもしれぬが、と。

───私の手の中では単なる石にしかすぎませんでした」

「…そうか」

黎翔は方淵が差し出していた布の上から
その石を手に取ると

「手放した、と」

「は」

それきり、王は言葉を発することなく、
方淵にさがれ、と手ぶりで示すのみであった。


* * * * * * * * *

黎翔は、冷えきった自室に戻った。
火の気は断っていた。

中途半端な温もりなど要らない
今はただ身を切るような冷気を欲していた。

黎翔は、袖の中で握りしめていた手を緩め、手の中にある小さな塊を指で弄んだ。



壁から、ふいに声がした。

「あの子、行っちゃうぜ?」

「…」

黎翔は眼を瞑った。

「いいの?」

「───行かせてやれ。
彼女は自由だ」

「…俺、ほんとに付いてなくていいのか?
せめて、落ち着くところまで見届けたほうが」

「お前の仕事は『妃の警護』だったはずだ…

バイト妃の職を離れれば、彼女は誰に干渉されるいわれもない。」

「ふーん…」

あんたら、二人とも。
どうして、そう
意地っ張りなんだよ。

浩大はふいに腹が立った。

「ホントに、会わなくて、いいんだ?」


「…彼女は、なんと?」

黎翔は、手の中にある小石を握り締めた。


* * * * * * * * *

浩大を下がらせた後、黎翔は一人、灯りも付けず自室に籠った。


フ…

「―――会いたくない、か」

黎翔は自嘲気味に唇を引き攣らせた。



きみには、笑っていてほしかった。


何かできることはないのか、そればかり考えた


君は、私から何一つ受け取らない。

私は君に、
この石を持たせることすら、できなかったんだね。


君が“私”を拒絶し

他人行儀に“王”である私の立場を第一と接するかぎり
私はせめて“王”として、君に何かを与えることはできないかと躍起になった

人々が“王”に群がり求め、奪いあうその欲望に応える方法しか、私には思いつかない。
───私には、それしか経験がないんだ。

領土、地位、武力、縁談、コネ、宝石、毛皮、女、特産品…。

王が人に与えられるのは、そういうものだけだから。

君の無欲さは、むしろ残酷でさえある。

夕鈴。
君は、正しい

君は意地っ張りで。
強情で。

君の求める正しさは、私に何も求めない。

…なにも、”私”にさせてはくれない。


拒絶。

「小石の一つすら。

なにもかも手放してゆくんだね、君は」

夕鈴、君らしい。


きっと、君は全てを置いてゆく。

ここで過ごした何もかも。

───私も。置いて。



黎翔の手の中から、
握りしめられていた小石が滑り落ちた。


* * * * * * * * *

突き放されて、初めて分かった。

空虚なこの王宮のなかで
私を繋ぎ止める温もりを、どれ程欲していたのか、と


冷えきった椅子にだらしなくも座り込む

「寒いね…」

私の手は、空っぽ

固く目を閉ざし、冷え冷えとした空気に包まれたまま
このまま時が止まってしまえばいい、と願った。


…。
冷えきった身体は、遠い離宮での日々を甦らせる。
いっそ、あのとき儚くなってしまえばよかったのだ。
生き延びた己の強運すら恨めしい。

こうして
どれ程の時をそうしていたか、分からない。

ただ惨めだった私に
一つの救いが訪れる。

暗闇の中、重なる温もりを
確かに、

…感じた。


微かに触れた点は
指先で

やがて面となり、
指の形が生々しく私の顔に温もりを点灯した。



私の閉じた瞼に、
柔らかい熱が押し付けられた。

「目を、開けないで下さい。
これは夢、だから。
夢だから
許してください」

私は瞳を閉ざしたまま、
かじかみ強張った指先をゆっくりと開いた。

小さな細い指がするりとかみあい
温もりが重なった瞬間

私は暗闇をまさぐり、
力強く私の獲物を捕らえたのだ。

逃がさない。

───もう、離さない。

ごめん。

君を失うくらいなら、
二度と朝など来なくてよい。

重なる手を
もう二度と離すことはできないと、

気づいてしまったから


* * * * * * * * *


「ゆう…りん!!」

「…会えません」

突然暗闇の中で抱きしめられた夕鈴は、
じたばたと抗った。


「…動くな」

黎翔は暗闇の中、確かな温もりを強く抱きしめた。


夕鈴は諦めたのか、暴れていた手足が静かになる。

ドキドキと鼓動が伝わる。

温かい血をめぐらせた獲物から立ち上る、生きている証を鼻孔から一杯に吸い込む。
黎翔は首筋に顔を埋め、絡めた指をさらに食い込ませるように力をこめ、彼女の腰に回した腕を決して離さなかった。

「許して下さい。
もう、陛下と直接お会い頂ける身ではないのに

…ただ。
最後にどうしてもお礼を…」

夕鈴は擦れるような声で言い訳をした。

「…」

黎翔は無言で。

ピリ…と肌に伝わる冷気と緊張感に
陛下が怒っている…と夕鈴は肌で感じた。


「もう二度と
会わないって

なのに…
ごめんなさい

陛下。…怒らないで」

夕鈴は半泣きで謝った。


「夕鈴。
君は、ここに居る」

黎翔は、ようやくそれだけ言うと

握りしめた手を離し、暗闇の中で彼女の顔を引き寄せた。

夕鈴は唇に重なるひんやりとした感触を感じた。
…口づけ…?

そっと離れる。
暗闇の中で、吐息を感じた。

「陛下…、───冷たい」

冷え切った黎翔の肌を感じて、夕鈴はフルリと震えた。

「…」

再び冷たいキスが降る。

ちゅ…と軽い音が。


どうして…?


* * * * * * * * *

夕鈴は混乱していた。

───あの日以来、陛下には避けられていた。

もう会うこともできない、と
己の立場を改めて思い知らされた。


そう。
私は、完全に失恋をしたはず。

『嫁ぎ先を』と勧められた。
どんなに甘い夫婦を演じていても、所詮、それは全部ウソで、陛下はただのバイトのことなんか、なんとも思っていなかった。
そんなこと、最初からよく分かっていた。勘違いしちゃいけないって、ずっと思っていたのに。

なのに、絶対好きになっていけない人を、私は好きになってしまったから。
───これは、罰なんだ。

怒られて、嫌われた、と思った。

単なるバイトの、庶民の私なんか、
もう二度と
陛下とは、会ってはいけない
会えない、はずだった。

会いたい
そんなこと考えてはダメだから。

会いたくないって
会いたくないって
会いたくないって───ぜったい本当の気持ちは口にできないって。


私がいるから、混乱がおきていると聞き、
誰にも知られないよう、静かに後宮を去るはずだった。

───でも、やっぱり

陛下に会いたい

陛下に会いたい気持ちがいっぱいで
どうしても止められなかった。

これまで受けた恩を、せめて一言なりと
伝えたかった。

伝えずに去るのは失礼と、自分に言い訳をして。

こっそりと陛下に最後の挨拶をするつもりだった。


だから…

寝ている陛下に近づいて―――。

* * * * * * * * *


夕鈴は口づけの意味を理解できずに混乱して、いた。


夕鈴はギュッと目をつぶった。

額にこつん、と当たる感触。

サラ…と滑るような絹の黒髪の毛先が夕鈴の頬に触れた。
夕鈴の耳にはドキドキと自分の鼓動の音が反響し、
陛下の衣に包まれ身動きできない暗闇の中で戸惑っていた。


「へ…か…?
怒って…」


「夕鈴───

寒いんだ。

…私を、
温めて?」


「………!」

夕鈴に深く覆いかぶさった黎翔の影が
次第に近づき、ひやりとした肌が夕鈴の上気した頬に密着する。

もう返事する間合いすら夕鈴には与えられず、押し付けるようにその唇は塞がれた…。


(つづく)


*
------


解(げ)8

【if】【夕鈴目線】【微糖】


* * * * * * * *
解(げ)8
* * * * * * * *


―――どうして、こんなことになってるのだろう。

ん…
息がつまる…

体中が燃える様に熱くて…
痺れるように頭がジンジンして…。

陛下のからだは重たくて…そして冷え切っていた。

私は息もできず、身体がミシミシ音を立てるほどに
ただひたすら強く抱き寄せられて。

真っ暗で何も見えない
でも、怖くなかった。

重くて身動きならないほどきつく縛られて
壊れるほどの痛みと、接吻の息苦しさに
嵐のように身を翻弄されて…
なのに、―――幸せ、だった。

懐かしい、陛下の薫りに包まれて
この人の腕に
この人の胸に
この人の唇に
捕らわれている

時間も、何もかもわからず。


あんまり長い間、
そうしているうちに

私はふいに、陛下に長い長い口づけで縫いとめられている現実に気が付いて
またもや顔から火を噴きそうになった。

―――でも。
いいんだ、
陛下に…
触れても。


私から手を伸ばしても、いいんだ…

ようやく思えてきて。

どうしてよいのか分からず、空を掴んでいた私の手は
行き場を知ると、おずおずと陛下の袖の端を握り締めた。

* * * * * * * *


たしか。数刻前、

私は後宮を去ったはずで。


今、どうして陛下の腕の中にいるのか、
どうして陛下に口づけされているのか。


働かない頭を総動員しても、何がなんだか分からなかった。


* * * * * * * *


李順さんですら、どう手を打ったらよいのか策が無い今
妃自身が勝手に失踪してしまえば、みんな幸せになれる。

だから
私は一人でこの宮を出ることに決めた。

偽の妃は消えて無くなる。
代わりに粗末な町娘が一人。

狼陛下に下賤な寵妃がひとりいた、だなんてことは。
皆、すぐに忘れるだろう。

すべて何もかも丸く収まるはずだった―――。



「じゃあね、浩大。
さあ、もう、何もかも終わったわ。
いままで、本当にありがとう。

今から私は、下町娘の汀夕鈴で。
警護されるような身じゃないし…。
さ、浩大も、さっさとお仕事に戻ってね!」

「―――ん」
浩大は躊躇もせず、さっさと身をひるがえした。

「…元気でね」
私は思わず身軽な隠密の背中を追ったが、浩大の姿はあっという間に掻き消えた。

浩大のあのいたずらっ子のような笑顔をもう一度だけ見たかったのに。
もう、他人行儀でよそよそしかった。


浩大と別れて
あとは、いつもお忍びで使っていた抜け道を通って下町に帰るだけだった。

なのに、どうしたことか。
抜け道が見つからない。

暗闇でまぎれてしまったのだろうか?
一生懸命探す。何度も行ったり来たりした。
あちらこちらと広い広い敷地に紛れた抜け道を探すが、どこ―――?

挙句、抜け道はどうしても見つからなかった。
これでは王宮から出られない。

落ち着いて李順さんを訪ねて、抜け道のことをもう一度尋ねようか、と思った
けれど、自分の姿は町娘で、人目に付く正規の場所を通れるような恰好ではないことに気が付いた。

警備の兵の気配を感じ、身をひそめるうちにたぶん、どんどん見当はずれになっていって―――途方に暮れてしまった。

「どうしよう、どうしよう…」
不安になって周囲を見回しても、茂みの陰の闇は濃く目を凝らしても何も見えず、もうどこがどこやらさっぱり分からない。

明るくなるまでまとうかと観念し、膝を抱えていたとき、ふいに頭上から声がした。


クックッと小さな笑い声が暗闇から漏れてくる。
…木の上?

「おい、あんた」

私は思わず虚空を見上げた。
聞き慣れた、この声。

「…浩大?」
 
―――嬉しい反面、別れてもうだいぶ時間も経って、
今更こんなところにまだ居る自分が恥ずかしくて、思わずカッとなった。

「何?
こんなところで迷子?」

「…そんなんじゃなくて。」

下町では、しっかり者で通っていたはずなのに…!

よりによって、最後の最後で迷子だなんて…。格好悪い…。


私は暗闇のなかで赤面していた。

「じゃあ、賊かナ?」

「賊っ!? 
冗談じゃないわよ、浩大っ―――」

「じゃ、不法侵入者か。
くくっ。
…なんだぁー。ココの警備もザルだな。
そんな成りの娘っこが禁裏にまぎれこめるんじゃ。
―――さぁて。
どうしよっかナ…?
へーかの優秀な隠密としては、このまま見逃すわけにはいかないよね?」

浩大の声は楽しそうだ。

「…へーか…」

緊張して、疲れて、浩大の声を聞いてホッとした時に
『陛下』と聞いて、思わず胸に熱い塊が込み上げた。
突然、両の眼に涙がボロボロっと浮かんだ

暗闇を見通す浩大の眼には、全部見えてしまったかしら…?
私は恥ずかしくて思わず袖で顔を抑え、鼻をかんだ。

「仕方がないや、こりゃ、連行だなー!
宮中に紛れ込む奴らをさ、どうするかって。
そのあたり、おいらの仕事の内だから。
職務にはチュージツに励まねーと!

へーかの忠実で有能な隠密ってやつは、勤勉で困っちゃうよな、まったく」

そういうと浩大は、くるくるっと暗器を操って私の体を宙に引き上げた。

「きゃっ!?」と小さな悲鳴を上げるうちに、私は高い樹の上にいた。

「おとなしくしてなよ~
不法侵入のお嬢ちゃん!」
小柄なくせに浩大は力持ちで、私を背中に担いであっという間に風のように木々を渡り、暗闇を駆け抜けた。

ビュービュー風の音だけが耳元で聞こえた。
浩大がすごい勢いで走るものだから、舌を噛まないように歯を食いしばっているのが精いっぱいだった。

「悪いけどさ。こっからは目をつぶっててくんね?
隠密だけが使う通路だからさ…。
そこんとこ、約束できなかったら、命の保証はできねーよ?」

そういわれて、目をギュッと閉じた。

いつの間にか宮の狭い抜け道を通り抜け…
そしてドサリと背中から下ろされた。
暫く目をつぶったまま、じっと立ち尽くした。
だが、もう浩大の気配はない。

もういいのかしら…と、ようやく目を開けた。
くいしばっていた歯をゆるめる。膝がガクガクしていた。

髪がしっちゃかめっちゃかになっていて、顔に張り付いていた。
手早く手櫛でほぐして撫でつける。

ようやく周囲が目に入ってきた。

はっと気が付くと、私は暗闇の部屋に中央にぽつんと立っていた。

懐かしい、薫り。

灯火の絶えた暗い室内。窓の幕布の隙間からわずかに差し込む、細く淡い月明かり。
必死に目を凝らしてもぼんやりとしか見えないが、自分の足元の下に敷き詰められた毛織物や壁の柄、重厚な調度品には見覚えがあった。
目の前に執務机があって、沢山の書類や巻物が山と積まれ、硯の横には筆が…。

―――陛下のお部屋。


(浩大のおせっかい。
でも、感謝してる)


陛下を怒らせて。
迷惑かけて。
―――嫌われて。

いまさら、
会いたい―――なんて、言えない。

会えない

でも…

―――でも!
会いたい…!


たしかこの続きの間に寝椅子があって。その奥に寝台が…

陛下はもう、お休みだろうか。

火が絶えた部屋は冷え切っていて…
もしかしたら、お部屋にはいらっしゃらないのかもしれない。

会えない
だけど。

せめて、これまでのお礼だけでも言いたい。


もし、陛下がお休みだったら…?
ただ一目だけ。

それだけなら…許される?


私はそっと奥へと歩を進めて…


―――そして、捕らわれてしまった。


(つづく)


*

解(げ)9

【if】【夕鈴目線】【微糖?】


* * * * * * * *
解(げ)9
* * * * * * * *

窓幕の隙間から差し込む月明かりが床に細く落ちて伸びる。
でも、その光はか細すぎてたよりなくて、部屋の奥までは見通せなかった。

闇に目をならしていると、シンと静まり返って耳の奥が痛いほど。

そのとき、寝椅子に、陛下らしき人影が見えて、
(こんなに寒いのに…まさか?)と思った。
燭台も、火の気もない。

陛下、こんなところで
うたたねしちゃ、ダメですよ?
お風邪をひきますよ…。

思わず駆け寄りそうになったけれど
陛下が目を覚まさないように静かに、しなくっちゃ。

せっかく浩大が作ってくれたこの最後の機会をフイにしたくはなかったから
床に敷き詰められた絨毯が音を吸い込むまでゆっくりと歩を進め、近づいた。


「これは夢だから」と言い訳をして
あなたに伸ばした指先。

もう二度とかかわることなど許されないと知りながら。
何一つ、残さないと決めたのに。

―――私が、手を伸ばすことなど、
許されはしないのに―――


心の中の葛藤に翻弄され、
躊躇に躊躇を重ねた。

でも。
陛下―――
あなたに、会いたかった。

たとえ夢でも。
感謝を伝えたかった。


爪先が接する瞬間
私は痛いほど、
陛下、あなたに会いたかったことを知る。

触れると、あなたはとても冷たくて
生きているのか不安になった。

心臓がドクンと脈をうち、
血が逆流する。

こめかみに触れた指先に、
かすかな血脈を感じ、私は泣きたいほど安堵した。


―――大好き。

なのに、あなたの瞳に
私が映ることは、二度とない。

私の中には、陛下の微笑みが、姿が、私を見つめる熱っぽい瞳が。
いっぱい在るから…。

もう二度とその瞳に見つめられることがなくても、私は忘れない。
大好きなあなたへのこの気持ちは―――。

私は陛下の瞼の上を、そっと両手で覆い
最後のお別れを伝えるために、込み上げる思いを押し殺し
息を整えようと細く息を吐いた。

その瞬間。
私の指は、絡めとられ
この身ごと、捕らえられて―――!?

* * * * * * * *


長い口づけのあと、暗闇なのに見つめられている視線を感じ
恥ずかしくて恥ずかしくていたたまれない。

それまで力づくに拘束されていた陛下の腕の力が和らぐ。

「…へいか…、あ、あの」
思わず真っ赤になって、口許を覆う。

「いまさら
お、お会いできる身分じゃないのに…
ご、ごめんなさいっ!
不法侵入して、ごめんなさいっ!!
もう、行かないと…本当に…本当にごめんなさいっ!!」

「―――え?!」

(…!」
わ、私…!
寝椅子に横たわる陛下に倒れこむように覆いかぶさってる!!

「お、重いんじゃないですかっ!?
陛下っ…ご、ごめんなさい~っ!!」

私は、思わず両手でぎゅうぎゅう陛下の体を突っぱね、慌てて立ち上がろうとした。

「ちょっと待て!
夕鈴!」

「ごめんなさいっ!!」

目をつぶって、渾身の力で身をひるがえすと、
なんとか陛下の束縛を解き放ち、抱きしめられていた体勢から立ち上がることができた―――
―――と思った、そのとき

「…あっ!?」

陛下を突っぱねて立ち上がった私の足元がぐにゃりと曲がる。

ふかふかした絨毯の上の、何か固いものを踏んだ?…
と思った時すでに遅し。
内反した足首は私の体重を支えきれずにグキリと嫌な痛みが走った。

そのまま勢い余って体勢を崩した私の片腕を
陛下が手探りで絡めとり、慌てて引っ張ったものだから、
「…きゃっ!!」
暗闇の中をつんのめった私は大きく体を傾け
そのまま見えもしない闇の空間に吸い込まれた。

そして、ガン!と次の痛みが肩に訪れ
ガシャガシャと大きな音をたてながら固いものに倒れこんでしまった。

最後に、カタカタ…ッ ピィーン… カチャン…と澄んだ音。

「…っ痛~~~~っ!!」

足をひねって、固いものの上に倒れこんだ私は
激痛と恥ずかしさで、涙があふれた…


(つづく)


*

解(げ)10

【第58話ネタバレのif】【甘々】


* * * * * * * *
解(げ)10
* * * * * * * *

何かが壊れる音がした。

(しまった…!)と思ったが、真っ暗闇の中、下手にも動けない。

「…っ!!」
足をひねった強烈な痛みを、声に出すまいと夕鈴は必至で唇を噛みしめた。

静寂が訪れる。

「夕鈴―――、怪我はないか?
今、灯りをつける
そのまま、動くな」

黎翔は彼女を慌てさせないようにと、努めて穏やかに声をかけた。

「…!」
しかし夕鈴はバツの悪さにますます縮こまるばかり。

黎翔の手元でぼうっと燭台に火がともり、あたりに暖かい光が広がる。

夕鈴は、しりもちをつくような恰好で敷物の上に倒れ、
その背後にある卓のそばに、砕けた破片が広がっていた。

それは赤、青、黄色…色とりどりの美しい破片で
キラキラと輝いていた。


また、何か高いものでも壊してしまった!?
夕鈴はあっけにとられ、真っ青になり、プルプルと震えている。

「な、何か踏んづけて、足を取られて…」

「…破片に気を付けて?」
黎翔が彼女の手を引き、起き上がらせようとすると
「…痛っ!」と小さな声をあげ、しゃがみこんでしまう。

「足?」
黎翔が屈みこみ、彼女の足元を覗き込むと、
ん?とやおら何かを床から拾い上げた。

「―――石?」

夕鈴は涙目でその物体を見つめた。

「…ああ、―――」

黎翔は、その小石を握り締めると、
床にへたり込む夕鈴をガバと掻き抱いた。

窒息しそうなほど抱きしめられ、目を白黒させた夕鈴だが
ふっと黎翔の腕の力が緩んだとたんに大きく
「はぁっ」と息をついた。

その唇が余りに愛おしく、
黎翔は彼女の口許にまた軽く口づけを落とした。

夕鈴は頸をすくめて、その小さな口づけを受け入れ
恥じらいがちに目を伏せた。

「壊してしまった器の片づけを…!」
美しい透明な破片に手を伸ばすが、黎翔に押しとどめられた。

「危ない!
破片が鋭いから気を付けて。
君は手出しをするな。

―――まず、手当が先だ」

黎翔は、微笑まし気にそんな彼女を見つめながら優しく抱き上げ、寝椅子に横たえた。

そして、ひねったと思われる足を持ち挙げると、夕鈴は小さく抵抗をした。

「だ、ダメです!
王様が、庶民の足なんか触っちゃ…!!」

「かなり腫れてる。
君は怪我人だ?
おとなしくして…」

黎翔は彼女の足首にそっと口づけを落とした。

夕鈴はぎょっとし、庶民服の裾からにょっきり伸びた自分の足を恥じ慌てて隠そうとした。
だが、黎翔はそれを許さず、貴婦人に対するがごとく恭しく彼女の足に礼を尽くした。

「君が動くと
私は何をするか、分からないが?」

チロリと舌なめずりしながら、鋭いまなざしで夕鈴を見つめる。

(くーーーー!!! この狼陛下っ!!)
夕鈴はますます赤くなり、身動きもままならず固まってしまった。

「―――そう、いい子だ」
黎翔が余裕たっぷりの流し目で見つめるものだから、
夕鈴はもう沸騰せんばかりに真っ赤になり
(もう、もうっ!! 勘弁してください~~っ!!)
と心の中で叫んだ。

フフ、と笑うと黎翔はすっと立ち上がり、壁際の箪笥に近寄ると、棚の戸を開け箱を取り出し持ってきた。
漆塗りの箱の中には薬や包帯などが入っており、黎翔はてきぱきと夕鈴のひねった足の手当を行った。

「んっ!!」
足首の様子を診るため腫れた箇所をそっと動かされた夕鈴は思わず声を上げてしまった。

「骨に異常はない。大丈夫」
おとなしくなった夕鈴に、黎翔は真面目な顔をして治療を施した。

「ヘーカ。…手際が良いですね?」

「ん? 鍛錬中にはいろいろ起きるから
軽いものは自分で手当できる」

黎翔は小さな乳白色の鉢でゴリゴリと音をたて何やら薬草に膏薬混ぜて練りあげ、たっぷりと布に塗布すると夕鈴の足にそれを貼りつけた。

ひやっとして、また夕鈴はきゅっと身を縮ませた。

「冷たいか?」

「い、いいえっ!! 大丈夫ですっ!!」

包帯をきつく巻きあげながら、黎翔が尋ねる。

「きついと思うが。…痛むか?」

今まで真面目に手当をしていたくせに、
突然色っぽいツヤを帯びた黎翔の瞳が至近距離で迫る。

「だ、だいぶ楽になりましたっ!!」

夕鈴は目を閉じたら負けだ、と思ったけれど、
やっぱり正視できずに、ぎゅっと閉じてしまった。

彼はクスリと笑うと

「夕鈴、可愛い」
とつぶやき

ゆっくりと近づくとその赤い唇に柔らかく触れた。


* * * * * * * *

ようやく治療も済み、いつものように膝抱っこをされている。

いつもと違うのは、怪我した足を椅子の肘掛けに乗せ、高く掲げていること。

それが裾丈の短い庶民の着物を身に着けているものだから、なおさら足元がすーすーとし、夕鈴はいつも以上にこっぱずかしくて仕方がない。
なんとかして裾を合わせたり、もじもじ膝を擦りよせ、怪我した足を肘掛けから下ろそうとするが、黎翔はそれを許さない。

「あの…壊してしまったものを、片づけないと」
「良い」
「よくありません。
なんだか色とりどりで、とても美しくて…。
それなのにこんなに脆く粉々に…。
まるで宝石のような器だったのではありませんか?」

「構わぬ。―――後で人を呼ぶ。
今は君とのことが最優先だ」

「へいか…、私は大いに構いますよ?
相当なものでしょ? 庶民の私でも、わかりますっ!
こんなきれいな器、見たことありませんから~!!
借金?
借金がっ! …また増えた!?
あーそれより、李順さんになんとお詫びしたら…」

夕鈴は半べそをかきながら、盛大にため息をついた。

ようやく借金返済にも目途が立ったばかりだというのに、
今度はどんな高価なものを壊してしまったのかと
思えば思うほど気落ちするばかり。

「壊れたあの品物は
…相当お高い、ものですよね?」

「さあ、値段は知らぬし―――
異国からの献上品だ。
…だが、私にとって君以上の価値のあるものではない」

異国からわざわざ王様に献上するほどの宝物…?
夕鈴は青ざめた。

「ど、どうしてっ、そのような貴重なものがっ
こんなこんな、机の上なんかにっ?!」

夕鈴は泣きそうだった。

「―――酒を飲むのにいちいち人を呼ぶのは面倒だ
適当にそこらにある器で、少々…」
黎翔は視線をそらし、バツが悪そうに顔をしかめた。

「もうダメですっ!!
絶対またものすごい借金が―――!!!
せっかく借金返済が順調に進んで、帰ることになったのに
これじゃあ…。
庶民の稼ぎではどんなに働いても…
もしかすると、一生かかっても…償いきれません…!」

夕鈴は滂沱の涙を流し、顔を伏せた。

「―――帰る?
私の腕の中に君がいることの方こそ。
私にとっては何百何万の宝にも代えがたいんだが?」

夕鈴が涙を絞りながら、キッとにらんだ。

「だからっ!!
陛下はふつーと感覚が違うんです!
そんな甘いこと言っても、
現実は―――」

「アハハ…」と黎翔は笑い出した。

「だいたいっ!!
勝手に私のバイト終了を決めたのは
へーか、あなたじゃないですかっ!!」

今度は泣きながら、ぷりぷりと怒り出した彼女の様子に
黎翔は急にコロリと表情を変え、子犬微笑みを返した。

「あー、うん、ゴメン!」

「ゴメン、じゃありませんつ!
あんなに『ここにいちゃダメだ』って言ったのは
ヘーカじゃないですか!」

夕鈴の怒りは収まらず、涙もますますあふれるばかり。



「やっぱり、やめた。

―――ゆうりん、
ここに、居て?」

「―――は?」




「ここに」

「え? あ、あの…」

今まで無邪気に笑っていた子犬は一転し、
狼に変貌し
冷やかなまでも、冷静な表情で口にした。

「夕鈴。
私のために
ここに、ずっと。居てくれるか…?」

毒気を抜かれて、夕鈴の涙も止まった。

「バイトおしまいって。
一方的に
勝手に決めて。
それを
…いまさら―――!?」

「―――理由が必要というのなら。
その君の人の好さに、また、
つけ込ませてもらってもいいかな…」
ニっと黎翔は笑った。

「理由?
つけ込む?」

「そんなに君が責任感じるなら。
君が壊したものを償わなければ気が済まないというのなら―――」

「壊したものを弁償するのは、
あたりまえですっ
そ、それにつ、償うとか、償わないとか…
そんなものなくったって」

「理由があって、君の気が済むのなら」

「理由があるなら―――
陛下にも私が居座ることを認めさせられるんですね?」

夕鈴は挑むように黎翔を見つめた。

「君がそれでも、良い、というのなら―――」

「私は借金が嫌いです。だからきちんとお返しするんです!
―――でも、理由があろうとなかろうと、私はあなたのそばに居たいんです」

「それは君の一生をかけねば償い切れぬぞ?」

「一生かかっても。…いえ。
一生、陛下のおそばでお仕えさせてください!」

「本当に?
―――ここは悪い夢の巣だ。
ここに居てもよいことは何もない。

それでも。

君は
居てくれるか?」

(ずるい。
―――陛下)

どんな形であれ。

あなたが理由をつくってくださるのなら。
私は、まだ、ここに居てもいいんですね?

嬉しくて、泣きたいけど、泣けない。

「私は
ここに、居てもいいんですね?」

黎翔は冷たい顔をしているくせに
言葉は優しかった。

「―――泣かせたくなかった」

夕鈴はフルフルと首を振ると、きっぱりと返事をした。

「…泣きません!
あなたと一緒なら!」

「―――傷つけたく、なかった」

「私は陛下のおそばにいたいんです!
私は陛下のお役に立ちたいんです!

ここに居ていいのなら。
いちいち、私はヘコたれませんっ!」

夕鈴は、強い気持ちを込めて、黎翔の瞳を見つめた。

無言のまま、二人は見つめ合い
それから
二人を取り巻く空気は
一気に解けた。

黎翔はその端正な顔をほんの少しゆがめ
冷たい狼陛下の表情を和らげると、目を細めた。


純粋で固く自由な君は
何ものにも汚されない。

その輝きは
明るく私の心を照らす。


黎翔は眩しそうに、
彼の稀なる至宝に、そろそろと指を伸ばした。


「君は…
優しくて
―――強い、な」


そういうと、黎翔は彼女の顎を軽くとり
口許を引き寄せ唇を重ねた。


(続く)



<次回最終回、エピローグ>

*


ごめんなさい
次回終わらせようと思って書き進めていたのですが、
お二人が幸せそうにぬくぬくイチャイチャして
終わりそうにありません。

というわけで

(まだ、続く)

失礼致しました~(;^_^A

2014/4/30 20:50更新


*

解(げ)11

【第58話ネタバレのif】【甘甘甘】【最終回じゃなかった】

ごめんなさい

これでおしまいと構想していたので
前回のラストで「次回、最終回 エピローグ」と予告いれましたが
お二人の甘々が止まりませんでした―――。

というわけで、まだ、続く!

ごろイチャ回、どうぞ。


* * * * * * * *
解(げ)11
* * * * * * * *

力なくもたれかかる彼女に、黎翔は手にしていたものを差し出した。


「君を転ばした、この石、
なんだか分かる?」

満面の小犬のほほえみで彼女の鼻先にその石を示した。


夕鈴は、至近距離のその石をきょとんと見つめ、一生懸命考えた。

「…丸い小石…?
ほんのりと碧みがかって…まるで翡翠みたいな小石…

いつか、私が池の傍でみかけた石と
似ています…が?

なぜ陛下がご存じなの?」

「そう。
これは君が拾った、まさにその石だ」

「―――え?」
夕鈴は驚きながら、その小石を見つめた。

指をかさねて、表面をなでてみる。
黎翔は、彼女の手にその小石を手渡した。

つややかな翡翠色の表面。
滑らかな柔らかい形。

ああ、確かに。
この形、この色。このくぼみ…

後宮を去るため何もかも返すつもりで───。

でも、何か一つせめてもの思い出に、と
あの日池の傍で選びに選んだ、小石。

陛下と眺めた景色の中にあった小石一つならば許されるかと思ったが
やはり何もかも思い残すことなくここを去らねばならないと悟り
───手放した小石。

「君の選んだこの石が君を引き留め
こうして再び私に戻してくれた。

…まさか、
君に怪我をさせるとは思わなかったが。
脱走する兎を足止めするには、それしかなかったのかな?」

黎翔は、キュッと彼女を抱きしめ、その髪に柔らかい口づけを落す。

夕鈴はびっくりした様子で黎翔を見上げた。

「でも、なんで。
こんなところに?」

「君が、方淵に言ったのだろう?

『価値あるものは相応しき者の手の中にて真価を発揮する』と、

ただの石も
私の手の中では価値をかえるかもしれぬ、と」

「方淵?! 
―――ああ! あの日、確かに池の傍で…?

見とがめられ、ガミガミといつものように。

なんとなくそんな会話をしたかもしれませんが…?」


「ならば、君の言う通りだったのだ。

“君”はただ石に在らず。
私の手の中でこそ、その真価を発揮するのだろう?」

「───え?」

黎翔は、彼女の庶民服の短い裾をツン、と引っ張った。
夕鈴はガバっと両手でその手を遮り、頬を真っ赤に染めながら裾をめくられまいと防御した。

「君は私の花嫁だ」

夕鈴は涙目で見上げる。

「…でも、私。
庶民ですよ?」

「───君は
己を卑下してはいけない。

いついかなる場所にあり
どんな格好をしていようと
君はかわいい私の妃だ───」

「…っ!」

思わず赤面する夕鈴を引き寄せ、抱きしめる。


「…って。言ってるでしょ?
───わかった?」

黎翔はそういうとニコっと笑い
彼女の額にチュと音を立てて口づけを降らせた。


「それは、臨時花嫁じゃなくって
偽の妃じゃなくって
…そういうこと―――ですか?

い、いいんですか? 私で」


(陛下は、私でもいい、と
そうおっしゃってくださるの―――?)

ドキドキしながら、夕鈴は胸を押さえる。

だが、黎翔は口をつぐんだ。


(返事がない。
…やっぱり、ダメ、ってこと―――?)

内面、複雑な気持ちで揺れ動く
彼女の背中を黎翔はやさしく、なんども撫でた。

髪をくしゃくしゃと崩し、そしてまた撫でつけ。

(最近の挙動不審の陛下って…?)

夕鈴が顔をあげると、黎翔は冷静な狼陛下の表情で
ジッとそんな彼女を見返し、指先で一房救い上げ、口づけながら

ようやく
「…よい」と答えた。

そして、チュッと今度は口元に口づけを落とした。
夕鈴は真っ赤になって、黎翔を押しとどめる。

「ちょ、ちょっと
本当に、本気ですか?

陛下なら…ふさわしい身分の
教養深く、おしとやかな―――」

黎翔はその言葉を遮るように
夕鈴をギュッと強く引き寄せ抱きしめると
押し付けるような口づけで彼女の唇を塞いだ。

しばらくしてようやく解放された夕鈴に
黎翔は囁いた。

「君が、よい。

―――君でなければ
ダメなんだ」


へなへなと崩れ落ちる夕鈴を、黎翔は慌てて抱きしめた。

「―――大丈夫か?」

夕鈴はめまいを振り払いながら、
必死に態勢を立て直した。

そして、気になっていることを尋ねてみる。

私がこのままここに居れば
陛下が困るのではないか、と。


「は、はい。
―――あの

…でも、陛下
後宮の、仕切り直しって…」

「―――それは君が気にする必要はない
方法はいくらでもある」

「でもっ!
私がここに居ると
陛下がお困りになるのでは?」


黎翔は、首を振ると
その腕の中のけなげな愛おしい存在に
首を預けた。

「君を手放すことは、できない。
たとえ後世『君を不幸にした』と言われようと。

―――もう、迷わない」

「私を、不幸に?
逆じゃないですか!

わたしは、あなたと居られれば
それが一番の、幸せですよ?」

「―――!」

顔を見合わせ、二人は笑った。

夕鈴は黎翔の胸にコトンと顔を埋めるとそろそろと黎翔の背中に手を伸ばす。
その振る舞いに黎翔は満足げに安堵すると、長い腕で彼女を拘束した。
お互いの身体に回された手で二人は強く結ばれた。

震える頬に顔を寄せ

吸い寄せられるように優しい口づけを重ねながら
急に熱っぽさを増した黎翔は
ギシリと椅子を軋ませながら態勢を変え、彼女を寝椅子に押し倒し…




その途端。

「ギャーああっ!! 痛――っ!! ―――痛っ!!」

金切り声に近い夕鈴の大声が、部屋中に響き渡った。

「えっ?」

息を呑んだ黎翔の目が点になり、動きが固まる。


「へーかっ、へーかっ!!
痛いです、痛い、痛たたた!!!
ど、どいてください~~~っ!!」

夕鈴が顔をブンブンと左右に振り払い、大きな声を上げた。

ひねった足のことをすっかり忘れていた二人。

痛めて持ち上げていた夕鈴の足が椅子の肘掛けに引っ掛かり、
そこにのしかかった黎翔の重みが加わり、ギュッとひねる形になってしまっていた。

覆いかぶさる黎翔を突き飛ばすように腕で遠ざけたが、その体は頑丈で重たくて、押したところでびくともしない。身動きもとれず足の痛みに夕鈴は泣いた。

「───ゆ、夕鈴っ!?
ご、ごめんっ、大丈夫っ!?」

黎翔が思わず小犬になって諸手を上げ、オロオロと慌てた。

夕鈴が大声を上げたのをきっかけに、
ついにしびれを切らした浩大が登場。

音もなく部屋の隅に影が現れた。

「あのー、そろそろ、お二人さん?
お取込み中、シツレーしますね~」

「…!!!」

夕鈴はこの状況で、急に隠密が現れたものだから総毛立つほど驚き、慌てふためいた。

「あの~?
オイラのことは、気にしなくていーからねー。
思う存分、イチャついて、クダサイ」

ピッと何かが空を切り、
苦笑しながら浩大はヒョイとその物体を二本の指先で受け止めた。

小刀…。
黎翔が「チ…」と舌打ちをする。

「ほんと、おいらもジャマしたくなくってさ。
このまま続けて貰ってぜんぜん、構わないんだけど───。

でも、李順さんとお部屋の係りさんたちが、ね。
さっきのガッチャンガッチャン物音のあたりから、ずーっと控えてるんだけド。
突入して良かった?

『割れたモノは何か』って、隣でヤキモキしてるよ?

…あ、警備の奴らには、敵襲じゃないから、放っておけって言ってあるケド」

黎翔はむっとしながら体を起こし、
夕鈴を抱き上げ座り直すと慌てることなく答えた

「…李順を呼べ」
ムスッとした声は、地の底から響くように底冷えがする。

「ほーい!」
メゲナイ隠密はニカッと笑い、すぐさま返事をした


* * * * * * * *

いつも冷静な李順さんは般若のような顔をしていた。
爆発しそうに逆毛を立ていながら、かろうじて陛下に対して袖を合わせ臣下の礼をとっている。

陛下は背筋を伸ばし、真面目顔で対面していた。

「どうした、妃よ? くつろいでおれ」
と言われたけれど…

わたしはわたしで、そんな陛下の腕の中に閉じ込められ
それはそれは居心地の悪い思いをしていた。


あんのじょう、
李順さんには、壊した器の件で散々怒られた。


部屋に入ってきた瞬間、
破片を目にしへなへなと床に崩れ落ちた李順さんの様子が脳裏にフラッシュバックした。

「だいたい夕鈴殿!
あなたは今日、下町に帰ったんじゃなかったんですか?!
そのあなたが、どうして今頃こんなところに…
それも、わざわざこんな大切なものを壊して…」

李順さんは声は裏返っていた。
それから目頭を押さえてへたり込んだ。

大切なものだったんだ―――。
いったい、どれほどの価値なのか…
頭がガンガンした。

なんでも舶来のビィドロというもので、
隣国の友好のあかしとして、王から王へと送られた
それはそれは特別貴重な逸品だったらしい。

たしかに、割れた破片もキラキラと
いろんな色がついていて、綺麗だった。

「私、片づけますっ!!」と立ち上がろうとしたが、陛下の腕の中で身動きもとれず、

「破片は鋭くて、とても危ないから」と、両側から陛下と李順さんの二人に制された。

「うまく継げば、もしかしたら復元できるかもしれません―――!
慎重に一つ残らず、破片を回収させますっ!!」

泣きそうな顔で、李順さんの眉間には青筋がくっきりと浮かんでいる。

破片の全てが回収されるまで、別室でお待ちくださいといわれた

「それより、足は大丈夫だったのですか?」

「捻っただけだ。酷くはない。案ずるな」と陛下が答え、
李順さんがホウ、と胸をなでおろす

(あ?…李順さん。
いつもより優しい…?)

「私の管理する場所で、勝手に怪我されてはたまりません!!」
と、何故だからさらに怒られた。


李順さんがすぐにも片づけの人を呼ぼうとした時、
ふと、私の姿をジッと見つめた。

「…その姿、人に見られるのはマズイですね?」

私はこの場にそぐわない粗末な庶民の格好を見下ろす。

―――あ、そうだった。
バイト妃は終了したから、もうすべて返却してしまった。

でも、他に着るものはないし。私はモジモジするばかり。


「ならば、私は休む。
寝室へ行く」

と陛下はその腕に私を抱き上げたまま立ち上がったものだから
李順さんが見とがめジロリと視線を送った。

「もう寝るって?
いよいよ?」

浩大が茶化し、なぜかその直後鋭い風切り音が聞こえた気がした。

陛下はお構いなしで、振り向きもせずすたすたと寝室へと向かう。
その腕に抱かれた私は否応もなく…。

「夕鈴殿のその姿を誰かに見られるわけにはいきません
仕方がありませんね。
今日のところは、お静かにお休みください」と
背後から李順さんがの声が。

「それで良いのか?
李順、お前は」

「よいも悪いも…
―――そうされたいのでしょ?
止められるわけがありません」

盛大にため息をつきつつも、李順さんが折れた。

「後程こっそり妃衣裳を届けさせます」

「後でって、李順さん?
お取込み中だったら、しつれーじゃね?」

良く分からないけど?
陛下は急に一瞬だけ不機嫌になり、威圧的な雰囲気を漂わせた。

(その瞬間、ケラケラ笑う隠密の顔に何かがかすめた)

「…!」
(つうっと浮かぶ赤い頬の傷に
国王のホンキの暗黒面を垣間見た隠密は、口を噤み姿を消した。)



「───本当に、仕方がありませんね」

と李順さんにもう一度大きな声で言われた。

陛下は頷き
一瞬前とは打って変わったやさしいしぐさで私を撫でた。

私はただ真っ赤になって、二人の間で居心地が悪く
モジモジとするばかり。


陛下がクルリと李順さんの方に振り返り
涼しい顔でニッコリと

「あとは頼む。
李順
―――任せた」

李順さんは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


しばらくしてキッと顔を上げ

「それは…」
と何か言いたげに李順さんは口を開いたけれど。

続きは「…はぁ」と声なきため息に変わり、
それ以上、もう言葉にならなかった。

陛下に向けて

「われらが陛下の
仰せのままに」

とだけ返事をすると
深々と跪拝をとり、李順さんは壊れた破片回収の段取りに出て行った。


* * * * * * * *

寝室に二人で引きこもると
「あ、寝巻き…ボクのだから丈が長いけど、
一晩だけ、勘弁して使って?」
と、
私は陛下から着替えを渡され、衝立のかげの椅子に降ろされた。

どうしようかとためらっていたら、
「手伝って欲しいの?着替え」と手を掛けるふりをするものだから、
慌てて、ぎゅうぎゅうと押し返した。

それでもなんとなく拒めない雰囲気に圧倒され、静かに着替えた。

陛下の香りがする。
袖を通しながら、思わずその香りを胸一杯に吸い込んだ。
端折ろうかと試したが丈も身幅も大き過ぎて難しく、体に合わせるために四苦八苦する。
だらしなく見えはしないかしら、と不安がよぎる。

シュッシュッと絹の帯を滑らせ何とか腰で巻き止めた。

ひそ、と声がかかる

「着替え、済んだ?」
「あ、はい」

クスと陛下が笑い
「可愛い」と耳元に呟いた。

私は赤い顔を見られたくなくて、うつむいたまま小さな声で返事すると
陛下はおもむろに燭台を吹き消し、辺りは真っ暗になった。

ふわりと抱き上げられる。

「…!」
暗闇のなかで触れられ、緊張して思わず息を飲む。

「ごめん、静かに…」
陛下は私を寝台の中に収め、掛布で隠した。

隣の部屋に、人の入る気配がした。
片付けの人たち。

就寝中の陛下に遠慮しながらも、カチャカチャ、カタンと
かすかな物音や気配が伝わってくる。

「…君はここに居ないはずの人だから」

とヒソとささやき、
そのあとスルリと陛下の体が私の横に収まった。

私の胸がドクンと跳ね、やおら息苦しくなった。

「ダメです…、陛下がお休みになれません!
私は別のところで…」

と言おうとしたけれど、
「しっ、静かに!」と口をふさがれて言葉にならなかった。


隣の部屋の片づける物音が終わるまで息をひそめ、二人は無言だった。

ようやく、人の気配が消え、

「…行っちゃいましたか?」

「───そうだね。
もう誰もいない」

と暗闇の中から陛下の声が返ってくる。

とたんにドキドキと心臓が高まり、どうしよう、陛下にこの胸の音が聞こえるんじゃないかと心配になった。


だけど、陛下はそ知らぬふりでゆったり私を抱きしめたまま身動き一つしない。

「寒い───ね?」

耳元にふわっと陛下の吐息がかかる。
私はギュッと目をつぶり、そのくすぐったさに耐えた。

(陛下は、ずっと
 独りぼっちで
 寒かったんですね?)

おずおずと手を伸ばす。

「独りで、遠くにいかないで下さいね?
私はここにいますから」

「…うん」

「まだ。
寒い、ですか?」
と問う。

息を潜めて、陛下の答えを待つ

───私は、この人の
力になれるのか、と
自問自答しながら…。

「───夕鈴、あったかい」

と陛下は満足そうに私の手に頬を摺り寄せた。

「ずっと、ここにいて。
私のそばに」

私はその返答に
愛おしく温かいこの胸に
留まる許しを得る…。


───だから。
そのままずっと二人で身を寄せ合い、掛布にくるまり
抱きしめ合った。

私は陛下の大きな懐に抱かれる安堵感に包まれていて
頑丈な腕に囲われ、真っ暗闇の中、いつもの端正な陛下の美しい横顔を思い出していた。
その胸に顔をうずめながら、ドキドキ早鐘を打っていた動悸もいつしか、ゆるゆるとこの幸せに慣れて行った。

「捻った足、まだ痛い?」

「陛下の手当てのお陰で、ずいぶんと楽です」

「そう?
なら…いい」

ギュッと、また抱き締められる。




───陛下は、ただ優しくて。


私はぎこちなくも
愛を知る。


* * * * * * * *


私の体温が、陛下に伝わる。

あんなに冷えきっていた陛下に体温が戻り
それがまた、私に還ってくる。


二人
夢の螺旋を緩やかに下降し
沈殿しながら
解けた




「君と居れば。

こんなところでも、
あたたかいんだね」

陛下の声が降ってくる。




「───ずっと
ここに居てほしい」


私には私の居場所が与えられ
泣きたいほど、幸せだった。




かたくなだった心が
ほろほろと解け
いま、ようやく
素直な自分であることに、ほっとした。


陛下の息遣いと
穏やかな心臓の音を聴きながら

いつの間にかうとうとと夢が訪れ

そのはざまに、
また
小さなつぶやきが降ってきた。




「───夕鈴、

大好き」




行く手にどんな困難があろうとも
くじけることなく

私たち二人はきっと
幸福で満たされた
あたらしい朝を迎えるのだろう。




たぶん。






(続く)


解(げ)12

【if】【ねつ造】【甘々】【幸せと、その犠牲】

11.5は例のごとく。―――甘い余韻。


* * * * * * * *
解(げ)12
* * * * * * * *

それは、想像以上に甘く…
幸せで、満たされるとき。


私は、肌で知る。

―――狼陛下に、愛されるということを。


* * * * * * * *

夢はやっぱり夢でなく
現実のもので

明け方、まだ暗いうちに目が醒めた。


講駕(せいが)の時を告げる声がかかり、
驚き飛び跳ねた私を抱きしめて、陛下はクックと笑いをかみ殺した。

陛下はもうすでに身支度を済ませており、ドキンとするほど凛々しかった。


「朝食のご用意ができました」と隣室から声がかかる。
陛下は私に気を使い「用意したら置いてゆけ」と人を払う。


寝間着を羽織ってみるけれどぶかぶかの陛下の寝間着はどう着付けてもしどけなく、用意された朝食を前にまともに合わせる顔がない。

「…捻った足の方は、どう?」
「昨晩よりは。随分と、楽です」

「そう、でも―――まだ歩いてはいけない」と
私を抱え上げ朝食の席に着くと、陛下は嬉しそうに雛に餌を与える親鳥のように私の口に食べ物を運んだ。

合間に、甘い口づけが降る。

「お、お食事中に…不作法ですよ?」
「作法もなにも―――二人きりではないか?」
「ふ、ふたり…きり」

…また、口づけ。
今度は、優しく、深まる―――。

「君の肌の甘さを、思い出すな」と指先でなぞられ―――首筋に残された刻印を、その時知る。

きっちりと着付けた陛下の清々しい襟の下に、昨晩のあの熱い肉体が隠されている…、と
生々しく思いだされて思わず血がのぼった。

「…妃よ、何を恥ずかしがっておる?」
と覗き込まれ、優しく頬に触れる掌の熱さえ、いままでとは何倍も濃密に感じてしまう自分が、なおさらに恥ずかしかった。


―――でも、陛下はずるい。
人に熱を灯して、自分は安全な線の外に立っている。


私の襟元を両手で丁寧に引き寄せ閉じると、
何一つ乱れた様子も見せず、すぐさまいつものお顔に戻った。


「――私は、早朝の謁見にゆく。
君にはあとで浩大をやるから。支度をして待っていて」

チュっと、軽い口づけを残す。

私を長椅子におろし座らせると、いつもと変わらぬ様子でさらさらと衣擦れを残し部屋を後にした。
陛下が行ってしまうと、私はどっと体中の力が抜けた―――。


私は行ってしまったあの人のことばかりを考えている。

幸せで。
幸せで―――

ペチ、と両頬を叩いてみる。

呆けてばかりもいられない。
―――さて、どうしたらよいのかしら?

まず、身支度をしなければ。

陛下のお部屋のお掃除に誰か来るのではないか、とビクビク人の気配をうかがう。
だが『そのままに』と陛下がお申しつけになったせいで今朝は誰一人部屋へ脚を踏み入れることはなかった。

陛下のお部屋をぐるりと見回す。
厳めしい歴代に伝わる調度の品々に囲まれているが、よそよそしく、部屋の主はそれらを顧みている様子もない。

続きの書斎には重厚な机や複雑な装飾を施された布張りの椅子。
硯や筆といった実務的な品々は、使い込まれこなれた雰囲気が伝わってくる。
―――お仕事、ちゃんとされてるんだ。と少しホッとした。

椅子に掛けられた陛下がくつろぐときに羽織っている部屋着が目に入る。
少しだらしなくそのままになっているのを見て、
…ああ、大丈夫。誰もこの部屋には入ってこない、とすこし安心した。


目の前の卓の上には、ちゃんと妃の衣裳が届けられていて、包みに焚き染められた薫香からすぐにそれと分かった。
荷を受け取ると、この部屋の中央で着替えるのはどうしても気後れし、
足を引きずりながら奥の寝室に戻り身支度をすることにした。


もう二度と袖を通すことがないと思っていた妃衣装を広げ、身に着ける。

手際よく髪を結い、簪をさす。
鏡の中に、いつもの妃姿がよみがえるが、何か物足りない。

「…お花を摘まないと…」

これからどうしよう、と思いながら立ち尽くしていたら、背後から声が聞こえた。

「オハヨー、お妃ちゃん!
お迎えだよー」

「浩大っ!?」
浩大は侍官の服装をしていた。

「とりあえず、後宮に戻ろう、か?
あのー、一応。陛下のお許しは戴いてるってゆーか。命令なんで」
と浩大は私を抱きかかえると、部屋の外に連れ出し、控えていた宦官の輿に乗せた。

「―――あ、あ、あ、歩けるからっ!
ちょっとひねっただけ、大丈夫!!」

「まあ、そう言うなて。
妃然として、おっとり構えておれ!」
浩大の後ろから、ひょっこり老子が顔を出す。

(やだ、きっとからかわれる…)と思ったけれど、
老子は思いのほか真面目な顔をしていて何も言わず、恭しく輿の先導を果たしてくれた。

昨晩、後宮を去るつもりでこっそり抜け出た私にとって舞い戻るのは少々バツが悪かったのだけれど、大仰な輿での移動でそんなどころではなく、また老子がいてくれたおかげでなんとなく丸く収まった。

後宮に戻った私の顔をみて、いつもの侍女さんがホッとした様子を見せた。

最初何もかも片付けられた部屋の様子に異変を感じ青ざめていた侍女さんだったが
老子のさりげない引き渡しに「陛下のお部屋でお過ごしになったんですね。御寵愛深くなによりです」とうなづき、今度は顔を赤らめて嬉しそうにニコニコと笑った。

ところが今度は私が足を怪我していることに気が付いて、大騒ぎになった。

「まあ!?足をお痛めにっ!? それは大変っ!!」

「もう一度わしが見るから大丈夫じゃ」と、老子が持参した薬箱を広げ診てくれた。
昨晩より腫れも引き、痛みも薄らいでいた。

「酷くなくてよかったのう」と老子が包帯を巻き直してくれた。
「ちょっと踏み違えただけですっ! みんな、大げさですっ…」

そんないつものようなやり取りを、侍女さんたちはニコニコと見守り続けた。

老子は「―――また、話は改めて、のう?」と
その時だけ意味ありげにニヤリと笑うと、薬箱を下げて後宮管理人室へと戻って行った。


女官さんが花かごを持って現れる。

「お妃様、摘みたてのお花がこれに…。お髪に飾りましょう?」と
つゆを含み艶やかな赤い花弁の花を手に見せてくれた。

「きれいですね…。それに、良い香り」

後宮に使える女官さんも、侍女さんも。
みなさん、いつも優しくて。

いつものようにいそいそと、身支度を手伝ってくれる様子が有難かった。
もう一度、会えてうれしかった。



妃支度を済ませると、私はあと一つ。
やり残したことをしなければならない。

* * * * * * * *

「いけません!
お妃様。
無茶して歩いたら、おみ足が…」

とめる言葉も聞かず、私は歩き始める。
止められずにそわそわと後ろを付き従う女官と侍女さんには申し訳ないけれども。

ところが、後宮から王宮に向かう回廊に出た途端、見つかってしまった。

「何をしているんだ、君は!」

陛下は足早に私の方へと近づき、さらうように抱き上げた。

「無茶をするな、とあれほど!」
至近距離で顔を覗き込む狼の眼は、これまで見たこともない色を帯びていて

―――思わず胸が熱くなる。

「心配して来てみれば。
君は相変わらず、大人しくはしていてくれないのだな
それほどに、私に会いたかったのか?愛しき妃よ」
と、クックと笑った。

陛下って、こんな風に笑った…? 思わず見とれてしまうほど魅力的な陛下の笑顔にドクンと胸が高鳴る。
目のやり場に困り、思わず目を伏せた。

「も、申し訳ございません」
どうして私の方が赤面してしまうんだろう。謝りながら、自問自答する。

そんな私の髪に触れ、頬をなでる陛下。
穏やかに、でも少し責めるような口調で囁く。

「―――それで、足を痛めているわが妃が
何故このような場所に?」

「政務室にまいります」
私はきっぱりと申し上げた。


陛下の声が低く、固くなった。

「―――なぜ?」

「方淵殿、水月殿―――謝らなくては。」

「謝る?」

「噂では、大勢の方が…わ、私の…あの。
み、み、身柄を引き取る、とお申し出くださったと、その…」

「その必要は、ない―――今は」
急激に陛下の機嫌は悪化した。

…怒って、いる。

「でも。早く、直接、謝りたいんです。
それにっ、石の件で。
方淵殿にはお礼も言いたいですし…
せめて、会釈なりと―――誠意だけでも」

「…その必要はない」

「いえ、お願いです」

* * * * * * * *

私があまりにも強情に言い張るので、半ば折れる形で仕方なく

「君の気が済むというのなら、顔を出すだけ、許す。
だが、誰と会おうと一切、言葉は交わすな」と約束をさせられた。

陛下は私を抱いて王宮の方へと歩いていった。


王宮で、会いたくなかった人と、すれ違う。

柳大臣―――。


ジロと、足にまかれた包帯を見つめると、柳大臣は丁寧に臣下の礼をとりながらも、厳しい一言を発した。

「おやこれは。相変わらずお荷物でございますな」

陛下の腕に抱えられた私へはっきりと非難を口にする。

「未だこのようなところでお目にかかるとは。
僭越ながら、陛下には国のため、王宮の秩序を保ち優先されることがおありかと。
いつまでもこのように些末なことで陛下のお手を煩わせずとも、なんなりと我ら臣下がお引き受け申し上げましょうぞ。
―――さて、先だってのわが愚息の願い、いつお聞き届けいただけますやら?」

「…」

陛下の腕の中で私は一言も口をきけず、唇を噛みしめた。

陛下はジロリと柳大臣を見下し、しかし柳大臣はそれにひるむ様子もなかった。

「…わたし―――は

陛下のお荷物でいたい とは思いません!」

思わず口をついて言葉が出てしまった。


「…夕鈴、止せっ!!」

陛下は私を振り返り、私の言葉を押しとどめようと、その手を口許へと…
しかし私の方が早かった。

「私の存在が王宮の秩序が乱す、とおっしゃるのでしたら―――
わたしは潔くこの場を去りとう存じます…!!」



だって、
それが、陛下にとって、一番。

ここには、何もない。
魔窟だと

こんなにつらい場所で生きていくには、
犠牲がつきものだ、とも。


だから、私は私の幸せと引換に
生贄に、なろう 


陛下が国王として、最善であるように。

妃に溺れる愚王だなんて、
狼陛下は、そんなかっこ悪い王様じゃないんですからね―――!!?


偽の妃が、本物になったって。
あの方のためには、ならない。


狼陛下は演技じゃなくて、
私の思いは実った。

―――それだけでも、奇跡で!


嘘の世界で、本当を貫くのは
とっても辛いことだって、私にでもよくわかる。


本当でいるのは、とってもつらいこと。



冷静にして聡明な陛下
あの方は、ご自身を大切にされない

私を庇って
いやなことを私には見せずに全部引き受けて
人知れず傷ついているあの方のやさしさを知っている

だから
今度は私があの方のお役に立つ番、よね?



あとはただ
自分の幸せよりも
あの方のお役にたてることを

―――強く願った




「長い間、お世話になりました―――
陛下の御代に栄あらんことを、心よりお祈り申し上げております。」


私の口から発せられたその言葉を聞くと
柳大臣は満足げに満面の笑身を浮かべ、深々と礼をしたのであった。


(つづく)




解(げ)13

【if】【ねつ造】【別れ】
ねつ造満点です。

* * * * * * * *
解(げ)13
* * * * * * * *

「―――夕鈴殿、らしいですね」

李順は大仰に、ため息をまた一つ。

「ああ」

「ここに至っては
もう曖昧にはできませんよ?
どうされるおつもりですか、陛下!?」

いらいらとした様子で、李順の語気が荒立つ。

「…」

黎翔は、ク、と笑った。

李順は、思いもよらないことを目の当たりにし、
不可解な表情を浮かべて立ち上がった

「…!? 陛下?」

「いや。
―――まこと、彼女らしい筋の通し方だ」


彼女はいつもまっすぐで、頑固で…。

駆け引きも、損得も、抜きにして
―――痛快に、意思を通しきる。


「はあ?」

「いや。私の妃は、―――いいだろう?」

いまや、ハハハ…と大声で黎翔は笑いだした。

ギョっとしたのは李順。

「陛下、お気は確かですか?
―――、理解に苦しみます…」

李順は不可解な表情を浮かべ、冷や汗が噴きだした額を軽く手布で押さえた。

笑いがひとしきり収まると、とたんに黎翔は冷酷な表情を浮かべる。

「…だが、ならば。
私は私なりのやり方で、
―――筋を通させてもらうとする」

黎翔は一転して狼のまなざしで、王宮のはるか遠くを見つめた。


* * * * * * * *

一週間。

夕鈴は、上司である李順より
後宮の自室より一歩も出てはならぬと言い渡された。

部屋を出てはいけないこと以外、何も課せられたことはなく
部屋を出なくても何の不自由もなかった

そして夜になると、きまって黎翔が訪れた。


(―――陛下は、あのことについては
何一つ私におっしゃらなかった)

夕鈴は何も言われない不自然さに、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。


『なぜ、あの場で。よりによってあの男(柳大臣)に、
自分から身を引くようなことを言ったのだ』と
きっと責められ怒られると覚悟していた夕鈴は、肩透かしをくらった。



黎翔も李順も、誰一人として話題にすることはなく
後宮の部屋で夕鈴は今まで通りに暮らし
黎翔は何事もなかったかのように足しげく毎晩、後宮の夕鈴のもとを訪れた。


変わったことといえば、
二人は結ばれ、黎翔がそれまで以上に甘く、優しく、朝までともに過ごす、ということだけ。


夕鈴自身、
自分の口から「ここを去る」と発言したことに悔いはなかったが
実のところ未練は十分あったので

こうして毎日、まるで幸せな新婚夫婦さながらに黎翔と二人きりで過ごしているうちに、
『もしかして、何もなかったかのように
私はこのまま、ここにいられるのかも』―――と
淡い期待も抱いてしまうのだった。


* * * * * * * *

ところが一週間が夢のように過ぎ去ったある日
突然「今日の午後、馬車が参ります。御仕度を」と李順から通達が下る。


「…どちらへ?」

「それは、いずれ分かること。
どちらにせよ、貴女に選択肢はありません」
と言われ、夕鈴は目を伏せた



ついに覚悟していた時が来てしまったのだ。


「…わかりました。支度をします」

夕鈴は、懐の中に入れていた“それ”をそっと取り出すと、左の手で握り締めた。

…ああ、やっぱり。
 来て、しまったんだ。

と、夕鈴は、ぼんやりと遠くを眺め、小さなため息をついた。


「必要なものは、行く先で用意されておりましょう。
荷物は小さくまとめなさい。
ただ、二度とこの部屋へ戻ることはないでしょう」

「―――はい」

(といっても。
全部王宮からのレンタル品ばっかりで、そんなに荷物もないし?
この間、身の回りはほとんど片付けたばかりだし…)
夕鈴はふふ、と小さく頬を緩めた。

ところが、側で控えていた年長の女官が、ブルブル震えながら、声を上げた。

「!! …僭越ながら、李順様、
少々、お待ちくださいっ! 
そんな急に…!? 何かのお間違いでは?
陛下っ、国王陛下は、このことをご存じなのですかっ?!
ここ一週間、毎日あれほど足しげく通われ、
今朝も、つい先ほどまで…!!

いまなお御寵愛ゆるぎなき夕鈴様を…
まさかあのお方が、夕鈴様を手放されるなど…!?
間違いに決まっておりましょう!」

側付きの女官は声を荒げ、抗議した。

「…」李順は、軽くため息をつくと

「―――その、国王陛下直々のお達しにて」
と告げる。


唯一の妃はそれを受け入れ、小さくうなづく。


側付きの女たちは呆然と一斉にその場に泣き崩れたという。


* * * * * * * *

一週間、甘い蜜月を過ごした夕鈴にとって、
それは冷水を浴びせられるような寒々しい別れだった。


見送りは、夕鈴の身の回りを世話した5人の女たちだけだった。

荷物を作る間も始終むせび泣きしていたお付の女たちは、みな一様に、腫れぼったい目をしていた。


(陛下は…ご政務中のお時間。
いらっしゃるわけ、ない、わよね。
―――にしても、
李順さんも。浩大も、顔出さないなんて―――)

夕鈴は、手の中の“それ”をまた無意識に握り締めていた。


「見送りが私たちだけだなんて…!」
「お妃さま、おかわいそうに」
女たちは泣きはらした顔で、渡殿の隅で妃を迎える使者を待った。


裏の門に現れた迎えの馬車は、古めかしい貴族のそれだった。

人形のように無表情な御者が、暗い顔で馬を操り、砂煙をまき散らし渡殿の前へ馬車を止めた。
無口な御者は、待機していた女たちの方へジロリ、と視線を向けた。

馬車はうらぶれた風情ただようもので、黒く塗られた四角い客車の塗装はあちこち剥げていた。
目を凝らしてよく見れば細かい細工が施され非常に格調高い造りと思われるものの、古びすすけた箱型客室車にクタビレきった二頭のやせ馬が繋がれた様子は、まるで棺を運ぶ馬車のようにもみえた。

馬車の後ろに取り付いていた不細工な顔の下男が、飛び降りてきた。
青黒い不思議な顔色は死人のように生気がない。

夕鈴の迎えに寄越されたは、御者と下男の二人っきり。

二人とも黒っぽい服装をしている。
もとは良い生地で仕立てられたものだろうに、着古された一張羅のそれは擦り切れた粗末なボロのようにしかみえない。


夕鈴をこれまで世話してきた女たちは、
使いの者らの様子を見て愕然とした表情でヒソヒソと互いに不満を口にし始めた。


「支度は最低限でよい、あとはあちらに用意しているから、とのお達しでしたから、
さぞ立派なお仕度で迎えらえるとばかり思っておりましたが…。
これはいったい…!?」
年長の女官が、静かな怒りを口にした。

「なんと陰気な…!!
きっと、どこぞの貧乏な家に遣わされるに違いありません。
あれほど御寵愛された夕鈴様に、なんて酷いお仕打ちを…!!」
よよよ、と泣き崩れるのは若い女官。

「そうですよ!
聞けば今を時めく氾家、柳家が夕鈴様を争ったというお話でしたのに。
ああ、もし格式高く雅な氾家であれば、
このように粗末な扱いはされませんでしたでしょうに…!」
夕鈴の髪を毎日結い上げていた器用な女官が、小さな声で不満げに述べた。

「あるいは権力を二分する柳家であれば、
質実剛健とはいえ陛下からの唯一の妃の下賜、決して粗末な扱いはなさらぬはず!」
泣いていた若い女官がコクコクとうなづきながら同意する。

「氾・柳にあらずとも、他国の王家、名のある諸侯、国内の大貴族が次々と
夕鈴様を賜りたいと名乗り出たと、私は伺いましたよ?
なのに―――このお迎えの馬車の有様では…。
裕福な財閥家とは到底思えません。
夕鈴さまは、なんという家に追いやられておしまいになるのでしょうか…」
裏事情の情報交換に長けている年長の女官は、そういうとがっくりと肩を落とした。

「きっと、貧乏で苦労されるに違いありません!!」
悲しそうに、侍女が泣きだした。


「我々が大切にお守りした夕鈴様を、いったいどうされるおつもりなのでしょう!」
と腹に据えかねた年長の女官は、キッと顔を上げると、使者に向かって食ってかかった。

「失礼ですが、お付きの女性は?」

「おらぬ」

下男が、ぞんざいに答える。

「仮にも、このお方は、狼陛下唯一のお妃様、でございますよ?
そのようなお方のお世話を、お前ごときができましょうか?」

「いや」

「では、お世話はどうされるおつもりです!?」

「知らぬ
我々はお連れするのみにて。
…どれ、お連れするお方は?」

女官らが押しとどめる間もなく、
夕鈴は「私です」と名乗り、つかつかと前に出た。

「夕鈴様!?」
と引き留める手をやんわりと押し戻すと、夕鈴はにっこりと笑った。

「―――なんと、おいたわしや」
と侍女がますます涙をこぼした。

下男は、夕鈴の荷物を受け取ると、無愛想に馬車へ案内した。


別れに際し、女たちは袖を目に当てて、ますますシクシクと声高に伏し泣いた。

「みなさん、元気をだして。
わたしは、ぜんぜん平気ですよ?!

それに、私の嫁ぎ先が裕福だろうと、貧乏だろうと、
みなさんが気にされることは、なーんにも、ありません!

いままで、こんな私に、本当によくしていただきありがとうございました。
お世話になりました。―――どうか、お元気で」

と気丈に頭をさげる元妃に、女たちはもう顔を上げることもできず、ただただ涙をこぼした。

* * * * * * * *

夕鈴は思い出していた。

―――今日の朝。

いつものように口づけをかわし、
「では、愛する私の妃よ、行ってくる」と別れた。

そのとき「ああ、妃よ。これを持っていて」と何気なく渡されたのは、あの、ヒスイ色の小石。

池のほとりで私が拾って、手放して
方淵が拾って、陛下が手にした―――ただの小石。

そして、その石は、また私の手の中に。

この石を私に手渡すと、もう一度私をギュッとだきしめ、口づけをし。
額と額をよせ、陛下はにっこり、晴れ晴れ笑った。

「なにもかも、
君の言う通り―――。

だから
私も思い通りにすることに、した」
と、
あのとき陛下はおっしゃった。


「え?」
私は陛下の真意がさっぱり分からず、問い返した。

「君は『つまらぬものでも相応しき者の手の中にあれば真価を発揮する』といった。
ならば私は、その価値を万人に知らしめる」

「―――は、い?」

やっぱり、全然分からなかった。

「だから、時間をくれ」

「…?」


あの笑顔は、なんだったのかしら…。


確かに「相応しき者の手の中にありて、真価を発揮する」とは
私が口から出まかせに出た言葉だったけれども。


この石を持って行け、というのは?
時間をくれ、とは?


陛下を信じていろ、ということ?―――


―――分からない。

演技が上手なあの人のこと。
最後まで、私を悲しませないように、と、精一杯の演技をしてくれたつもり、なのだろうか―――。


こんなときでさえも、
やっぱり私は
陛下を憎むことも、嫌いになることもできない。


* * * * * * * *

不愛想な御者が一声「ハッ」と小さく掛け声をかけ鞭を振るうと、馬車はガタピシと音を立てながら動き始めた。
棺桶のような客車の小さな窓から夕鈴は手を小さく振った。

砂煙をあげながら門を出てゆく馬車を見送る女たちは、元・妃への最大級の敬意を表し、土間に頭を擦り付け、涙で見送った。


(続く)




解(げ)14

【if】【ねつ造】【甘】
とくに周家の設定は何から何までねつ造満点です。


* * * * * * * *
解(げ)14
* * * * * * * *


周家は古(いにしえ)に王家より分かれし貴い血筋で、先読み、星読みの才の際立つ能力者が代々出現した。

王家に連なる周家の能力者は祭事神事を執り行い、王家の未来を占い、繁栄と安寧を祈った。
神官職を継ぐのは女系の巫女で、周家の役割は王家を盛り立て支え、万が一の際には古き王家の血筋を補完する役割も担っていた。

周康蓮はそんな周家の現当主でもあり、若くして老獪かつ先を見通した政策の手腕は「さすが先読みの血筋よ」と畏敬の念とともに誰からも一目を置かれていた。

* * * * * * * *

冷静沈着な周康蓮宰相が己から手を挙げ女性を求めた、という噂が市井に流れた。

それも、狼陛下の唯一の妃を。

―――狼陛下の唯一の妃といえば、あの絶世の美女、であろう?
すわ、さほど好い女か?
狼陛下を手玉に取ったという、美女であろう
ならばなるほど、うなずける。
ついにあのカタブツの、周康蓮までがよろめいたか、と。

政治など何も分からぬ国民の間にはびこる、根も葉もないうわさ…
すなわち「女好きの王」「国を傾ける悪女」の話は再び蒸し返され、国中の至る所で
「狼陛下の唯一の花は、ついに宰相までたぶらかした」という流言を誰もが面白おかしく論じ広めた。


過去、二千人の美女が埋め尽くしたといわれる後宮の花園も、
今や唯一輪の花が咲くのみ。

長い王宮の歴史・前例をことごとく破り、うわ言のように「ただ一人でよい」と、君主自らに言わしめた妃。

あの恐ろしくも明晰なる王、冷酷非情の狼陛下ですら誑かされたのだから
いったいどれほどの傾国の美女か慮(おもんぱか)ることができよう。

ああ、そんないい女なら、一目でいいから見てみたいものだ

何を言う? お前は命が惜しくないのか。あれは沈魚落雁*の美女
*(ちんぎょらくがん:絶世の美女の形容、あまりの美しさに魚は恥じて沈み隠れ、雁は見とれて落ちるという)

悪女の虜になったが最後、恋焦がれ、求め、さまよい、最後は廃人となり非業の最期を遂げる―――そんな男はもう百人を下らない、と
まことしやかな流言も飛び交う始末。

ウワサは噂を呼び、
各国の密使は国元にそのような情報を速やかに伝え、
それを伝え聞いた者たちは誰もがその妃を手に入れたいと願望したという。

いや、いくらなんでも。
狼陛下がそれほどの掌中の珠を、下賜するわけがなかろう…


周康蓮といえば色恋にとんと疎い朴念仁。
いまさら何をとち狂って、届かぬ高嶺の花に手を伸ばすか―――。
宰相といえどこの世に叶わぬものはあるのだなぁ、良い気味だ


国のあちこちで、毎日毎晩「白陽国の傾国の悪女」のうわさで持ちきりだった。



大方の予想に反し、周はすんなりと妃を陛下から賜った。

まさか、本当に手に入れるとは―――
よほど裏から手を回したに違いない。
さすが、宰相殿。
根回しの良いことよ、と、

* * * * * * * *

―――噂はさておき

実際のところ
朴念仁の周康蓮はそれほどの女を、一度も手元に置くことなく、
なんと、王宮から引き取るなり星離宮へと送ったのだった。


星離宮といえば、王家の神事をつかさどる巫女のおわす聖なる宮で
男は王族とその伴人、限られた者にしか立ち入ることを許されない。

当の周康蓮は、一向に宮に赴くそぶりも見せず、ただひたすら王宮で政務に励む。

寵妃を手放し臣下に下賜するといえば、通常平たく言えば愛人の下げ渡しだ。
ところが、周は手を触れる様子もない。
となると、何のために周は所望したのか───?



周康蓮は陛下より引き取った娘を養女とし、俗世から切り離し大切に匿った。

今や娘は星離宮で、静かに巫女らの語る星の深遠に耳を傾け国の伝統を学んだ。

そして王は時折ひっそりとその地を訪れる。


* * * * * * * *

「―――陛下。また、来ちゃったんですか?」

二人は丘の上を目指して、草をかきわけ上り坂を歩いた。

「夏の星座も、やはり見ておくべきかと」
夕鈴の足元を気にして、以前よりもゆっくりと登る。

突然現れた国王は、夜も灯火の元で熱心に勉強をしていた夕鈴を誘いだし、星降る丘を目指した。

夕鈴はハァハァと息を上げながら、腕を引かれて付いてゆくのに精いっぱい。

「抱きあげては、ダメか?」
見かねて黎翔が尋ねる。

「ダメです! 自分の足で歩きますっ!」


「王宮の近くでも…星は見られるでしょうに
李順さんなら、そうおっしゃるはずです」

以前の上司の様子を想像し、そしてちょっぴり遠慮がちに、一応そんなことも言ってみる。


「! 李順と星をみて、何が楽しいと思う?!」

「―――挑戦、されたんですか?」

「まさか!
…川と鳥の観察だけで、十分だ」
黎翔は急に踏みとどまり、真面目顔でつぶやいた。

夕鈴はつんのめって、黎翔の背中に鼻をぶつけた。

危ない、と黎翔は背中の彼女に腕を回してぐるりとたぐりよせ、
黎翔は両肩を引き寄せると「大丈夫か?」と小さく聞いた。
「あ、はい」と答えた夕鈴の顔を暗闇の中で探るように近づけ、額と額をぴったりと合わせて答えた。

目が点になるほどじっと見つめあう。

「川と、鳥は挑戦されたんですね…?」

それを聞いて苦々しげに横を向いた黎翔の様子に夕鈴はプッと噴出した。

「…それは、いかにも、残念そう、です」

夕鈴はくったくなく笑った。



「あと少しだ! ―――ほら
足元に気を付けて」

黎翔はまた、ぐい、と夕鈴の手を引っ張った。

「陛下…! そんなに見たかったんですか?」

「―――君がまた…春の空も、夏の空も、秋の空も、冬の空も。
いろいろな星空を二人で一緒に見たい、と言った。
だから、私もそうしたいと、ずっと…楽しみに、していた―――」

何気なく言ったつもりだったけど、
ちゃんと陛下は覚えていてくださったんだ、と夕鈴はちょっぴり嬉しかった。

「嬉しいです」

夕鈴がきゅっと、手を握る。
黎翔はその手をさらにぎゅっと握り返した。

「…ああ、ほら。着いた」

黎翔が最後の段差までくると両手で夕鈴を抱え、ひょいと持ち挙げる。
夕鈴は月明かりのほのかな光をあびて輝く黎翔の横顔に見とれた。

丘のてっぺんの、平らな草地にたどり着き、夕鈴は大きく息を吸った。


「ご覧。―――今夜は、明るい」

黎翔が手をほどき、遠い空を指さした。

夕鈴も一歩前踏み出した。
そして両手を大きく広げて空を仰ぐ。

「わぁ…!きれい
雲一つなくて。キラキラ輝く空の中に立ってるみたいです」

「…夕鈴?」

「はい?」

「君の方が、きれいだ」

「…!」
夕鈴は真っ赤になって一瞬息を飲んだ。

「―――んも、っもうっ!陛下ったらっ!
今そんなこと言ってないで、星を見てくださいっ!」

するりと逃げようとする彼女を黎翔は背中からぎゅっと抱きしめて

「君は、きれいだ
夕鈴。

今だから―――言うんだ」

と、後ろから耳元に、そっと囁いた。

「ここは王宮ではない。
嘘を言う必要はない、だろう?」

「それを言うのなら
陛下のが、きれいですっ!!」

「私が、きれい―――?」
「陛下は、すっごい美人です!!」
夕鈴が断言する。
「…うらやましいです」

ちょっとテンションの落ちた夕鈴。
何を言い出すか分からないし、
自分で言ったことにさえ一喜一憂する様は見ていて飽きない。

「…そうか?
では、褒め言葉への礼だ…」

黎翔は、夕鈴に優しく口づける。

クチンと小さなくしゃみ。

「…寒くは、ないか?」

「いえ、すみませんっ
鼻がちょっとムズムズしただけです…!
陛下がこうして、いてくだされば。
寒くなんかありませんよ」

遠慮して一歩離れる夕鈴を、追いかけて黎翔は引き留める。

「私は―――寒いな、少し」

夕鈴は鼻にしわを寄せて何かを考えた様子。
そして、慎重に黎翔に問う。
「では。
陛下を…、ぎゅってしても、いいですか?」

星明りに照らされた夕鈴は、あいかわらず
真っ赤になって、なんだか複雑な、面白い顔をしている。

両手を差し出し、待機をしている姿がなんとも可愛らしい。

「―――許す」

黎翔は差し出された二本の細い腕を引き寄せ、懐にその温かいぬくもりを抱きしめた。
背中に腕がのびて、きゅっと締まる。

「夕鈴。
―――ありがとう

礼を、もう一度してもよいか?」

チュッと小さな音とともに口づけが降る
すると、夕鈴は律儀に
「で、ではっ! 
せっ、僭越ながら私からもっ
お、お礼のお返しですっ!!」
と言うなり、夕鈴は最大限の勇気を振り絞った。

つま先立ちになり黎翔の首に両手を回しかけて、唇を突き出し、えいっとばかりに返礼を。

そのぶっきらぼうな口づけに、黎翔はクスリと笑いながらも
夕鈴から差し出された唇が嬉しくて

「嬉しいな―――。
では、優しい兎に。もう一度お返しだ」と
今度は狼が深い口づけを返した。

唇が離れて、目と目があった瞬間。
照れた夕鈴は、バタバタと挙動不審気味に袖を振りながら振り返る。


「さっ。
へ、陛下っ!
約束の星をみましょうよ!」


* * * * * * * *


王家の所有する広大な領地の中にある星降る丘で、
肩を並べた二つの影をみることができたのは天空にきらめく星々のみ。

以前に比べふくよかになった娘のその腹部に宿る小さな命については、決して公にされることはなかった。


世間から隔絶した星離宮の清らかな環境で娘は静かに過ごし、
―――時を迎える。


(続)


*

解(げ)15【完】

【if】【ねつ造】【最終回】
最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
エピローグ。

* * * * * * * *
解(げ)15
* * * * * * * *


あれから一年余。


王は新たな妃を娶るをことを頑として受け入れず
後宮の門は一度として開かれることはなかった。


かつて狼陛下の後宮に咲いた一輪の花があったことなど、誰もが忘れ果てて久しい頃。


枯れはて色あせた後宮に、大ニュースが降って湧いた。


周康蓮の後見で新たに正妃が推挙されたという。



現宰相という肩書き、周家という正当なる家格から推挙された正妃では、他家がクチバシを差し挟む隙もない。

ましてや、これまで数多の大臣、高官、他国から再三再四の妃推挙をことごとく踏み倒し薙ぎ払った恐王。
その珀黎翔がついに年貢の納め時を知り、妃推挙を受け入れた、というのであるから。

重鎮はじめ王宮の者どもは一抹の安堵とともに渋々ながらも認めざるを得なかった。




そして、立妃式のその晴れがましい場で皆は知る。



王は、最愛なる一輪の花を正当なる妃として再び手にし、
今一つ、公子をも手に入れた、―――と。





* * * * * * * *
エピローグ
* * * * * * * *


思い出の庭の池の傍に夕鈴は片手に小さな石を握っていた。

もう片方の腕には、光り輝く太陽のような赤子。
夕鈴の両肩を抱くように二人を包み込む大きな存在とともに。


礼装の三人は眩しくあでやかで
降り立った池の傍で佇む様子は、この世のものとは思えなかった。



正妃の手に国王は自身の大きな手を重ね、
寄り添い、その小さな小石を池の傍の玉砂利の中に置いた。


「戻りました」


「―――お帰り」



無垢な赤子が、
ほんわりと笑った。


二人はしばし息をひそめてその愛しい存在を見つめ、
おもむろに微笑を交わした。



無数の石に紛れ一生を終えようと
ともに在り、君は輝く

我、世に知らしむ。

正妃、夕鈴
愛しき、人。











あとがき 解(げ)=屑鉄メモ=

あとがき、制作メモ───というようなシロモノでもなく

以下は、たんなる蛇足なのです。

ぜんぜん読んでいただくようなものではないですが。
自分なりの今の心境とか、雑学とか、屑鉄メモ


つぶやきというには冗長。
だらだらなんとなく書いた
無邪気・無益・無意味な雑文ですので

お気軽にスルーしてくださいませ




* * * * * * * * * *
解(げ)の長い長い蛇足。
* * * * * * * * * *


ほんとは10で終わるつもりだったのに…

「次回、エピローグ」と入れた10書いていた時には
実はラスト14、15にあたる「エピローグ」の部分
ほぼそのまま書きあげておりました。


でも、そのまま終わるのを”陛下”が善しとせず、
お妃様の「やり直しを要求」?…じゃなくて「ここは、すべし」と陛下がおっしゃるので
お二人のラブラブに私は付き合わされて書かされてしまった…。

そうして11、(.5)、12、13と書き進むうちに自然と二人の関係性が深まってゆきましたの。

星離宮のエピソードも陛下が夕鈴を連れ出して行っちゃった感じで、
出来上がっていたラストに自然と後からパートを挿入することになったりしましたけど

そのような感じで
登場人物が動く通りに筆(キーボード)が滑るので
なぜか知らぬうちにがけっぷちが来ている。
ここに至って―――書いてる本人も愕然とするわけです。


ああ、なぜ柳大臣と遭遇してしまう?
ああ、なぜ夕鈴は喧嘩買ってしまう?

と頭を抱えて


後半、書きながらハラハラ
「次は、どうなっちゃうんの?」と読者目線で
ストーリーを追っかけるのに必死だったんです。実は。

先に書き終わっていたので、ラストは(もちろん)知ってましたけど
途中の経緯は、自然に(あるべき)話が出てきた感じです。

知らなかったあんなこと、こんなこと。
・10書いてる最中は公子が生まれるとは露程も知らずラストで生まれてるので驚きました。
・周家があんな棺桶運ぶような馬車でお迎えにくるとかびっくりでした。古いお家なんですね。
・夕鈴付きの宮女さんたちがお見送りであんなに悲しい思いをしてたとは知りませんでした。

もやもやした想いがいっぱいいっぱいあふれて
いろいろな方向から興味が湧いて読んだり見たり調べたり今までの記憶の断片を掘り起こしたり。
四六時中(通常の生活をしていても)自動的に頭の一部分がそれに占有されていてクルクル動き続け
「萌」エネルギーが充填されると

大きなモワモワした繭から、すーっと糸が引かれて、
自然とそのまま紡がれ出てくるような感じで

伏線も、何もかも上手に配置されて
ピタリとはまって、終わる───

(紡いでる本人はその瞬間、どういうお話になるのか分からない
けど、ちゃーんとお話が良い塩梅で配置されてる)

そんな風に書けることがあります。



今回はそういう作品だった、ですね。


ようやく
冬眠から眼が醒めた感じがします

(また冬眠にはいったら、ごめんなさい)





蛇足メモ

『狼陛下の花嫁』という作品は「中華ファンタジー」であり、中国の文化歴史を云々しても的外れかもしれません。

でもまあ、今回の話の落としどころのための、背景、としたあたりを少しだけ蛇足でメモしておきます。
(私の勝手な解釈や勘違いも大いに含まれるかもしれませんが)

* * *
宮女

お妃さまは、身分家柄の高い人…と、なんとなく思い込んでいましたけれど、昔の中国では広く庶民からも美女を登用していたそうです。舞が上手な楊貴妃はじつは庶民の出だったらしいという話もありますし、西太后は中堅官僚の娘。

昔の中国では『宮女狩り』といって新たな皇帝が立つと後宮を準備するために各地に宦官を派遣し、妙齢の美女を集めたとか。
(これは中国のお話なので、あえて、皇帝、という言葉を使いますね。
『狼陛下~』では皇帝という言葉を使わないので、
やっぱりバックグラウンドを中国とは特定したくないんだろうな、と思います。
あくまで、中華(風)ファンタジー、のスタンス。はい。)

古く『宮女狩り』では、嫌がる美女をまるで強盗まがいにさらう逸話など、いろいろなお話で見かけたりします。

その後もう少しお上品(?)なシステムとしてできた『秀女選抜』『選秀女』。

これは全国的な官吏登用制度で、応募してきた女性を姿や器量、手芸などの技能など選抜し、合格者を宮女として採用する方法。応募、といいつつ、ある一定の身分の女性は強制だったりする。
貴賤の別なく全国から広く人材を集め、その後研修や試験に合格した者は晴れて宮女、妃嬪(皇帝の妻)の位を得たそうです。
もちろん、もらえる位は成績次第。結構大変です。(美人度って、どうやって成績にするんでしょう?)
皇太子を産めば格付けも赤丸急上昇。格付けが上がる人あれば、下がる人も…。宮仕えは過酷。
まあ、皇太后さまの一存で(親類の娘を、とか)正妃を決める、というのも多かったそうです。

が、一方で短命に終わる皇帝の治世もあり。
皇帝が変われば、後宮は刷新。皇帝の死後、後宮の女性は別の宮にうつされ、残りの人生ひたすらお経三昧の日々。
家臣に下賜されるケースもあったものの、普通はひとたび後宮に上がった女性は基本的にはシャバに戻ることは許されず、若くして皇帝と死に別れた宮女は将来を悲観して池に身投げすることも。
そんな後宮に娘を取られまいと、娘が生まれたこを貴族がひた隠しにする時代もあったそうです。

* * *
国民栄誉賞もの。

私は以前、
妃=夫人(愛人?)、女官=仕事として仕える人 と思っていて、
その二つは全然立場が違うものだと思っていました。

もちろん、皇帝のために集められた後宮だから
皇帝はだれに手を出してもいい、というのは知っていましたけど。

それでも妃と女官は違う、というか

嫁、と、召し使い、みたいなニュアンス? だと思っていました。



ところが、※皇后さま(女性のトップ)以外はみんな官職のある国家公務員という立場だそうで

※(正妃様とは、この皇后にあたるお立場の方のことですね、たぶん)
「妃も公務員なんだ!!」と知った時には驚きました。(お仕事、大変です)


平たく表現すると、後宮にいる女性たち、正妃以外は全部、家族じゃなくて『部下』?

官位序列で上下こそあれ、そこに居る人全員、妃も女官も下っ端もぜーんぶ
『王家の血筋を絶やさぬため』オシゴトをする国家公務員。

なんとも壮大な国営ファーム?(※品格を失ってはいけない)
―――やはり『陛下の花園』と呼ぶのがふさわしいですね。
      ↑
(さりげなくブログタイトル)

その囲われた世界は、ピラミッド型のヒエラルキーで秩序を保っており、
帝のお世話のために妃(夫人)がいて
夫人のお世話のために女官がいて
そのまた下働きに下女や宦官がいる、

…と理解すればよいですか?

(食物連鎖のような関係? ←食物連鎖、関係ない)

そして前出のように皇帝のお目に留まり、寵愛、お手付き、太子誕生ともなれば、下っ端の宮女でもジャンプアップ!

だから後宮の住人は常にチャンスを狙って、ギラギラ…。

歴史的には、千とも万とも後宮に集められた時代もあれば
妃数二桁の規模の時代もあるそうですけれども。
(経費削減ですね? 李順さんっ!!)

大勢の中で一旗揚げよう、と野心あふれる美女の群集う園に
―――男は皇帝たった一人。
(男冥利につきる、をとうに通り越して、なんだかお気の毒)

そんなところだけに、
お手付き、あわよくばお世継ぎをあげる、というのは、女性の階級の中では最高の勲章。

後ろ盾のない夕鈴がもしお世継ぎゲットすれば、

Y▲W▲R▲ちゃんがオリンピックの晴れ舞台で
重量級選手を投げ飛ばし一本勝ちの無差別級金メダル→国民栄誉賞…並のカタルシス?
 
張老子がしつこく「お世継ぎを~」というのも切実なお話です。
彼は勤勉なる公務員なのです!!

(張老子が猪熊滋悟郎おじいちゃんと重なるのはなぜ?)


いえ、夕鈴。―――不戦勝でしたね。

対戦選手、一人もいないので、投げ飛ばすシーン 不要ですか、残念。


* * *
蛇の道はヘビ

貴族の家柄というのも、たくさん抜け穴はあるようです。
養女になって身分を得る、というのは古今東西、よく聞く話。

今回はそういうずるい抜け穴を使わせていただいちゃいました。

養女といって引き取りつつ実は妾、とか
いろいろあれやこれや柔軟に(?)用いられたそうですが
逆に周宰相は、たぶん最初から自分は隠れ蓑で役に立つおつもりだったと思います。

通常、取り引きにはうま味が必要。

権力をかさに勅命ともなれば
臣下は嫌とは言えないのでしょうけど

権力って、そもそも なぁに?と考えましたら
結局、「働きの対価をもらえる」から「仕える」

トップに立つものは、配下の者に
「与える」契約をしている

ギブ・アンド・テイクの関係にほかならない。


さあ今回の陛下。

力業(ちからわざ)を用いた代償は大きいでしょう!

周宰相と裏取引だなんて。

…いったいこの後、どれだけ陛下はこき使われるのでしょうか…。
ご愁傷様です。




解について

もうこれは、本当に愛しい一次作品があってこそ、なのですけれども。

取り組んでいた最中の心境とか。
題にこめたもの、とか。

* * *
花も嵐も踏み越えて!

実際のところ
狼陛下の花嫁、というお話の
『核』というのは

地位の低い妃から生まれた陛下が
国王の地位についている、ということに由来するトラウマではないかしらん?

そんな簡単に身分の問題がクリアーできるのなら
陛下のお母さんのときにもなんとかしてほしかった、と言い始めると
またもや、話の筋全体がぐらぐらと揺らいでしまいますので…。

そこはまあ、さておき。


今回のお話(妄想)は
運命を束縛する連鎖を解く、がテーマ…だったのかな?
(明確な言葉にしたの今ですけど)

縛る連鎖、は

一番は自分の心。
二番は相手の心。
三番は皆の心。

どうにもできない環境とか、境遇とか、壁とか目の前に立ち塞がって
努力しても敵わず、いつしか諦めて。
体も心も疲れ果て、不幸を呪い、自らを救うことを放棄してしまう。

緩慢な精神の自殺。

ダメだとわかっても
崖っぷちにどんどん足が進んで
苦しくて。

でもね
どこかでチャンスは来ると信じたい。

天は、足掻き、努力するものを見捨てない。
(裏返せば、足掻かない者にはチャンスはこない ←)

「求めよ、さらば与えられん」とは、聖書をろくにしらぬ私ですら知る一句

あがき、努力するかぎり

与えてくれるハズです
呪縛打破の原動力を!


夕鈴という存在が、目の前に飛び込んで。
きっかけとなるエネルギーを与えてくれる

兎サーブ入ったら
(本能で)
狼、レシーブでしょ?

(サーブはというより、おむすびコロりんスッこんこん、系?)

そっからあとは自分自身の生きる力。
運命との真剣勝負ですよ。

救うのは、己自信の信念。

知らず鎧い纏った自主規制や固定概念という心の遮蔽物も、
解(ほぐ)すきっかけさえあれば
まだ、希望はどこかに残されているのでは?

あきらめず、したたかに、しぶとく、たくましく。

いつしか周りも人の心も動かして、助力を得る。

自分自身を閉じ込めている檻から己を解き放ち
禍々しき闇から解脱して欲しい―――と
願いをこめて、書いた気がします、たぶん。←

解放、解脱、解毒、…デトックス?、じゃなくて


 … あーー…

もやもやした霧のような思いを凝縮して
言語化するのは難しいですね

もっとシンプルに、表現してみましょう。…



ようするに、

 説明できない、理解もされない、あなたの孤独な戦いは、
 けっして、無駄じゃない!!

 我慢するな!
 後悔するな!
 貫き通せ!

 一度きりの人生、やりたいようにやっちゃえ!


───と

あの方の背中を
ドンと押したかった
 、のかな。私は?



何度シリアスな崖っぷちに立たされようと
悲しいだけで終わって欲しくなかったのです。




ごちゃごちゃ言わんと!
素直になって

呆気なく
力強く
なぎ倒して

幸せをつかんで欲しい!!



お二人に、エールを―――!


* * *

何はともあれ。
いろいろ蛇足を書き連ね、恥の上塗りをしておりますが

楽しんで頂けましたのなら、幸いです。


拙作をお読みくださった皆様に
心からの感謝をこめて。



 おりざ拝

*
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おりざ

Author:おりざ
秘密の苑・刺青の男[織座舎]陛下の花園へようこそ。”狼陛下の花嫁”の二次創作作品を綴っています。足跡などお気軽に残していただければ嬉しいです。【新刊】秘密の苑・刺青の男パラレルアンソロジーパラレルアンソロジーとらさんで取扱。【お詫び】拍手コメ御礼お休み中です。本当に申し訳ありません。お返事ご希望分はコメント欄へm(_ _)m

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