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身代わりの花(1)

少し短いですが。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(1)
* * * * * * * * * *


「家に帰ってほしい」と手紙が来た。

父さんの文字、懐かしい。


また何かやってしまったのかしら?

…もしかしたら、青慎を困らせていやしないかと
心配で堪らなくなった。


どんな用件なんだろう。

なんだかドキドキしてしまう。


ほどなくして、
李順さんから呼び出しがあった。


多分、いつも手紙の内容はチェックしているから
父さんが何を言って来たのか既に御存知だとおもう。



眼の前の椅子を勧められる。

李順さんが、珍しくお茶を出してくれた。
しかも…濃い!?

どうしよう。いつも白湯か、よくて薄っすいお茶しかださない李順さんが!?
バイト妃に…!?? 

このもてなしぶりは、何なんだろう。
───嫌な予感がする。


「さて。夕鈴殿」

なんだか改まって呼ばれると、怖い。

「はい」


「御父上の手紙は、…もう御覧に?」

「…あ。───はい」

やっぱり李順さんの用事というのは。
私が下町に帰りたいと言い出すだろうと、その一件。


「もしかして…
やっぱり、帰るのは、無理でしょう、か?」
と尋ねる。

「…」
李順は表情を変えない。

「とりあえず様子を見て、すぐ王宮にもどってきますので。
───あ、3日後の。公務には、必ず間に合うように。
お約束します」

やっぱり、コワイ。

大切な公務が明後日っていうことが自分でも気にかかってるし…
李順さんにすれば、絶対、ダメって言うにきまってる。

父さん…。
お願いだから、この間のおばば様の件みたいに拗れたことになっていませんように…。

おねがいします、という気持ちを込めて、
私はもう一度、深々と頭を下げた。


「───結構ですよ、公務の方は」

「え?」
OKってことですか? …でもまさか。
嫌味の一つもなしに、こんなに簡単に承諾のお返事がもらえるだなんて…!?

「三日後の公務は。
バイト妃の貴女であろうとなかろうと。

陛下の御身代わりには誰もなれませんが、
妃は。───なんとでもやりようはあります。
貴女が気にすることはありません」

「…え?」

妃の、代わり…?

それって…。


李順さんは、深く息を吸い込むと、大きく息を吐いた。

「最初に申し上げておきます。

夕鈴殿、あなたの幸せを邪魔するつもりは、
私には毛頭ありません」

「───は、あの…?」

「ですから。
お帰りいただいて結構です。

もともと短期間のバイト、というお約束でしたし。

これ以上は、お引き留めしてもあなたにとっても、
我々にとっても良いことはありますまい。

その代り…
ここでの出来事は、
全て忘れていただきたい」


「それって…。
あの。私
…クビ、ってことですか!?」

私は思わずガタンと席を立った。


「…お妃さま。…どうか、お心を沈めて。

あなたはまだここでは
『狼陛下の唯一の妃』なのですから。
…ここに居る間は、そのように御振る舞い下さい」

李順さんの声は低く、やんわりと手で私の方を制してみせた。


「…私が。
しょっちゅう下町に帰ったりして
陛下や李順さんにご迷惑をおかけするから…?

私は不適格、ってことですね?

バイト、クビになった、ってことなんですね…?」

李順さんを見つめたけれど。
全然は動じることなくいつもと変わらぬ表情でこっちを見返している。

一片の曇りもないその眼差しに
面と向かって「自分がどれほど無能な役立たずだったか」と
つきつけられているようで。

──私は唇を噛んでうなだれた。


「貴女は傷つくかもしれませんが。

…そういうことに、しておいた方が。
よいのかもしれませんね」

李順さんはそれ以上、何も言わなかった。




(つづく)
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身代わりの花(2)

今回も、短くてすみません。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(2)
* * * * * * * * * *

「―――もう、宜しいでしょうか?」
部屋の隅から声がした。


衝立の陰から人の気配。

…はっ、と振り返ると、
――― 一瞬、鏡があるのかと思った。

違う…。
『鏡』じゃ、ない


私と同じような妃衣装。
同じように、二つの輪に結い上げられた髪。

きれいにお化粧された…

でも、それは私じゃ、ない。


「お妃さま―――」
李順さんが声をかける。

しずしずと一歩踏み出し、近づいてくるその女性は、
私と同じような服装と同じ髪型で。
よぉく見れば、違うけれど。
お化粧を施した私と大差、ない。

「夕鈴どの」

「「はい?」」
二人の声が重なった。

「…いえ。そちらの、―――夕鈴殿」
李順さんが『夕鈴殿』と呼んだのは、
…もう『私』ではなかった。

「この方は、貴族のご出身の…
―――ああ。
後宮においては関係のないこと。
俗世の氏素性とは少々ことなりますが。
これから、この後宮では
夕鈴殿、と呼ばれる方は、このお方になります。

ですから、あなたは、安心して…」

私は…

李順さんと、新しく「夕鈴」と呼ばれるその女性を交互に見つめた。

にこ、と『夕鈴殿』が私に笑いかけた。

違う。私、じゃない。

「―――遠目にみれば、さほど変わりもないでしょう?
世の中には、いるものですね。
同じような人、というのは」

おなじ…?
―――違う。

その方は…
私じゃなくて。

貴族のお嬢さんで…
陛下にきっと。―――私なんかより、もっと。
ふさわしい方なんですね?


「―――陛下のお好みであるというのなら。
きっとこの夕鈴殿も愛でられることにございましょう」


もう。
―――無能な私はいらない。
―――足手まといな私は、いらない。

―――ふさわしい方は。いくらでも、いるんだから。

「…これで、ご安心いただけましたか?」

李順さんが頭をさげた。

* * * * * * * * * *

その後。

私は静かに手早く身辺を整理すると、
その日のうちに、後宮を辞した。

妃など…
いくらでも、代わりはいる。


私は、お役に立てない。


父さんや家のこと。青慎のことも。
私は捨てることができないから―――。

痛くて。
痛くて
―――ただ、痛くて。

涙も出ないうちに
景色は変わった。


あのお方に
さよならも言えず。


(つづく)

身代わりの花(3)

辛いお話で、ごめんなさいね。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(3)
* * * * * * * * * *

「夕鈴。お嫁に行く気はないかい?」
父さんは申し訳なさそうな顔をして、私に尋ねた。

「───え?」

青慎がオロオロと心配げに私の方を見ている。

父さんは、顔を伏せて
手を握り締めている。

…気楽な『お見合い話』とかとは、根本的に違う空気がする。

父さんはすごく困った顔をして、机に置いた自分の両手から目を離すと今度は青慎の方をチラと見上げる。

短い手紙の文章と。
この父さんの様子から
私は
『ささやかな恋の夢から目を覚まして
現実に目を向けないといけない』ってことを
もう。
年貢の納め時なんだ、
───と、悟った。


「…父さん。
───そのお話しは、私に選べるものなんですか?」

父さんは、私の方を見ると
悲しそうな顔をして、
ゆっくりと首を振った。

「姉さん。…ほんとうにゴメン」青慎が謝る。

「───どうして、あんたが謝る必要があるの?」
私は、動揺を押し殺して…明るい声を心がけた。

───そう。この子に心配なんかかけちゃダメなんだ


「…役所で公金が紛失する騒ぎがあってね?
父さんが手をつけたんじゃないかって
変な噂がながれて…」

「公金の紛失…?
───お、横領とかっ
父さんがそんなことするわけ、無いじゃないっ!!
バカバカしい…
青慎、あんた、それ信じたわけ?!」

「そんなわけ、無いじゃない!
姉さん!!」

青慎は泣きそうな顔をしている。

二人の深刻な顔を見れば

父さんが泥棒扱いされて、
どんなに肩身の狭い思いをしたんだろう…と
痛みを知った。

「大きな額で、
とてもとても…私がどうこうできるような金額じゃなくて…
それで」

「それで? 横領したって、認めたの?
───父さんは?」

「私は絶対そんなことしていないと、
もちろん、潔白だと
そんなときに私を助けてくれたのが
絽長官で…」

「───絽長官?」

「横領事件を穏やかに解決する代わりに、
息子の嫁を、と」

「…どうして、そこで息子の嫁、が出てくるのよ?
話が違うじゃない」

私は青ざめながらも反論してみた。


「今度、隣国の遠征のために、
独身の若い男子ということで徴兵にひっかかって…

大事な息子さん、らしいんだ。
絽長官にとっては。

───それなら今日明日にでも結婚を、と。
形だけでも手直にと…
とても困っていらしたんだ」

「…それは。すぐってこと?」

「もう。明日にでも───お式をと」

「はぁ?
会ったこともない相手と、話を聞いただけで
いきなり結婚って…
父さん、そんな…!?」

私は目の玉が飛び出しそうになるほど驚いた。

「とにかく式を挙げて。
一緒に暮らしていると
形だけでも成しておきたいと…」


唇を噛みしめ、知らないうちに握りしめていた自分の手の存在に気が付いて
震えながら指を開いた。


もう、この手を取るのは、
あの方じゃ、ない───

どうせ
どうせそうなら

もう、早くにあきらめた方がいいんだ…

「わかった、父さん。

お嫁に、行きます…」

そういうのだけで精いっぱいで
私は戸口から駆けだした。

夜の道を走って
走って
───走って


丘の上まで走って。
涙で霞むキラキラ輝く満点の星に

遠いとおい、お月様がぽっかりと浮かんでいた。



(つづく)

身代わりの花(4)

さくらぱんさんからお誘いいただいた、
ブロガー連携クリスマス企画、用意しています。
甘っつ甘のお話。24日の0時に公開です。
…どうかお楽しみに。



【バイト妃】【泣かないで】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(4)
* * * * * * * * * *

世界を満たす柔らかい光。
月を見上げる。

全ての人に光を与えてくれるのに。
誰からも遠い。

遠い遠いあの方は
決して、私の手の届くところにはいないんだと。
私は知っていた。

世界は、冷静で、冷酷な真実に満ちている。

夢は、夢。
みえないふりをしていただけ。

嘘と偽物は、ほんとじゃないって。
知っていた。

───いつか分かれがくることも。




「形…。
形って───なに?」

あの方とも、
───形だけの偽物の夫婦を演じてきた。
それが私の仕事で。

私はお金をもらって…たんだ。


だから、変わんないじゃない? たいして。
お仕事と思えば───。


「とにかく式を挙げて。
一緒に暮らしている…形だけでも成しておきたいって…
それ、なに?
…形だけってなに?」

…思わず、涙がこぼれた。

形だけのために、私は
会ったこともない、好きでもない人に
嫁いで…抱かれるの?


『すまん、夕鈴
父さんが不甲斐なくて…』

青慎もポロポロと泣いていた。


…青慎の将来に
傷がついたらいけない、のよね?

…父さんの疑いも
絽長官のお力があれば、
晴らしていただけるのね?

…私が。
私が素直にお嫁に行けば───
青慎は、泥棒の子供って…後ろ指さされずに
済むのね?

将来のある、青慎の。
未来を、傷つけずに済むのよね───?



だったらせめて

お月様
お月様
どうか、忘れさせてください
───あの方の面影を

忘れさせてください
───あの方のくださった、温もりを


明日、見たこともない人の花嫁になる私。
胸の中を占めるあの方のことを、このまま抱いていることなど許されないのに。

捨てようとすればするほど大きくなっていくあの方への想いを…
どうか、不実と責めないでください。

お月様。どうか、お願い

決して口にできないあの方への想いを
全て消し去ってください

私、苦しくて、
苦しすぎて───生きていけない


* * * * * * * * * *

窓から月が見えた。

灯りもともさず、あのヒトは強張った表情で指を組んで座っていた。

「───浩大」

「…御前に」

音もなく姿を現す、影のオイラ。


あー。こんなコワイ顔しちゃって…余裕ねえな

夜目が効くことがこれほど恨めしいことはない。
…いっそ見えなかったことにしたい。こんな恐ろしい狼陛下の表情なんて。

「───夕鈴は…なぜいない?」

窓際から差し込む静寂な月の光を背に…。
何、怒ってるんだよー?

「…居た、と思いますが?
───後宮に。ちゃんと」

へらへらと薄笑いを浮かべたって、いいだろ。
それくらいは、さ。


つかつかと近づいてくる。

「…馬鹿を言うなっ!!」
声を荒げてオイラの頬を思い切り叩く。

俺は首を竦めるフリをする。

痛みを感じてるのは、オイラ?
…それともあんたのその左手かい?

「あれは、夕鈴ではない」

…ふうん。

「今日から『あのヒトが、夕鈴様』ダソウデスよ。
───有能な側近さんの、指示によれば?」

ひりひりとする頬を触れもせず、オイラはそのまま知らんぷりしてやった。
こんな痛み…
───に、比べれば。

「指示?」

「これ以上あのお妃ちゃんだった子を
命の危険にさらさないためには、
『手段を択ばない』って、
そのあたり、陛下もご了解済み、と聴きましたケド?」

ギロリと睨まれる。

「…お前と問答をする気は、ない。
お前の主は誰だ?
李順か、───私か」

「───全ては我が君の御為に」

こえー。
めっちゃコエーわ。陛下。

冷気が漂ってるって。
俺、命縮まっちゃうぜ?


「どこにいる?」

沈黙が重たいぜ。


「───それ聞いて、どうする気?」

「…」


「今の情勢、ヘーカ知ってるはずでしょ。
あんたの『唯一の弱点』だって。
─── 的(まと)、だよ。
狙われてるだぜ? 
こんだけ大掛かりなテロ組織の絡みじゃさ…
あんな無力な兎、守りきれないかもしれない」


どんなに厳重に囲って護っていようと、さ
隙っていうのは必ず生まれるものだから。

弱い奴は、ヤラれる。
…それは、この世の掟じゃんか
だよね?

知ってるだろ?
そうやって、どれだけの敵を屠ってきたんだよ、あんた自身!

「───失うことは、できない」

「あの子の命がおしけりゃ、ここに居させちゃダメだな」

「…だが、手放すことを許した覚えはない」

「───ふうん。
…巻き込んでおいて、勝手な言い草だね?」

おいらは思いっきり意地悪な顔をしていたと思う。

赤い眼が燃えて
マジ、射殺される勢いで睨まれた。


まるで獰猛な野生動物と対峙しているような緊迫感。

睨んで睨んでにらんだあげく、
ようやく目をそらしてくれて…、俺はホッとしたぜ。

「…で、どうしてる」

「ん…。


これ言っていいのかな?」

正直、ためらった。

俺だって、喋って吐き出したいことって、あるさ。
どっちにしても、主に隠し通して、一生話さずに済むことでも、ない、わな…。
訊いてくれた方が有難い───。

あんた、訊きたいか?

その耳を塞がずに、聴けるか?

「聴こう」

…肝は座ってるさね。さすがオイラの主人。
有難いこった。

いや、あのお妃ちゃんが。
特別、だから。
あの子は特別なんだって…、思い知るんだ。

むしろ───こういう時、切ないだけじゃんか。


「結婚、するって。
───明日」

さりげなく言うよ。
せめてもの隠密の情けってやつ。

「───!?」

二の句が継げない陛下なんて、初めて見た。






「…あい、ては?」

「…あの子の父ちゃんの役所がらみの上司んとこの、ボンボンだったっけ?」

顔を思い浮かべたけど。大した奴じゃない。

「───なぜ、これほど急に?」

ま、そら、そだな。

「独身男子枠の徴兵逃れ…?」

ほんっとに…馬鹿らしい。

「詳しく」

「…何でも昔っから、かなり女癖悪いボンボンでねー。
13の齢で下女孕ませたってサ。その後も手当たり次第で。
大事な息子だって甘やかしすぎだぁな、ありゃ。
おかげで、慌てて結婚させようとしても、すぐにゃ、良縁に恵まれないってさぁ…
そりゃ、当たり前って。大事な娘嫁がせたくないわなぁ。
…あんな息子に。

で。
なんだか、あー、元お妃ちゃん? …だったあの子の父ちゃんがね。
公金横領の罪を疑われて。
だーいぶ、肩身狭い思いしたらしーよ?
ま、役人なんてだいたい、誰でもやってることだろうけどー?
こんなくらいでビビるんんだから、人が良すぎら(笑)。

───で、そこで、その上司が、切り出したらしーよ。

もみ消す代わりにぃ…って? 
役人目指して頑張ってる弟クンの将来、考えてみろ
『便宜を図ってやるから、娘を嫁に身代わりで寄越せ』って。
まあ、そーゆー話、らしいネ」

そもそも、その。公金横領の騒ぎってやつ。
大方、だれが仕掛けたかなんてさ…。遠目に見れば分かるだろ?
───けどさ。そんなチンケなもめごと、オイラの仕事じゃ無いからさ…。


「───そんな下衆なヤツのところに嫁いで、
夕鈴は幸せになるのか?」

「さあ? 知らねー」

ケラケラと俺は嗤ってやった。

「───でも、少なくとも。命は失わねーなぁ。
長官の息子の奥さんだろ?
生きながらえて、静かに暮らしていけるサ?
命惜しさにかけては、才能あるゲスい奴らだから。
…多分、ね」

…怒れよ。ヘーカ。


今、泣いてるんだ
───あの子は。



───あんたが怒ってる以上に、さ。

なんだって、あの子がこんな目に合わなきゃいけねーんだってっ!!

───俺だって、腹わた煮えくりかえってるんだぜ?!!


(つづく)

身代わりの花(5)

夕鈴の結婚式の日がきてしまって…。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(5)
* * * * * * * * * *

まんじりともせぬうちに夜が明けた。

今日は輿入れの日。
絽長官の家から、昼前には迎えの輿がくるという。

既に花嫁衣装の誂えが届けられており、
女手がない我が家は三軒隣の奥さんに支度と着付けの手伝いを頼んだ。

「たいそう豪勢な衣裳だぁね。夕鈴ちゃんは幸せ者だわ」
そう言われたが、
これ見よがしに金糸銀糸でギラギラするばかりで
手に取れば重くざらつき生地の質は宜しくない。
本物の妃衣裳に比べれば上辺ばかり飾り立てた安っぽい衣裳だった。

古くさく野暮ったい髪型に結われ、かんざしだけは豪勢にこれでもかとありったけ挿されたので、頭が重たい。
塗りこまれた香油もべたべたと気持ち悪いものだった。

どうせ形だけ整っていればよい身代わりだから───。


何くれとなく世話をしてくださった後宮の女官さんや侍女さんたちの顔が目に浮かんだ。

女官長は朝起きるといつも、良い香りのする櫛で、一櫛、一櫛、丁寧に心を込めて髪を梳いてくれた。
香油を塗る手はひんやりと柔らかだった。
涼やかな声は心地よく、私を愛おしみ、大切に慈しんでくださった
天女のように雅なあの方たちは、今どうしているのだろう。

いえ、あれこそが。
夢物語。
わたしはもう、二度とあの夢の世界に戻ることはない。



約束の時間の少し前に、輿が到着する。
父さんと青慎は徒歩で、四人の男が担ぐ輿の後を付いてくる。

幸いにも天気は良く、輿に揺られて移動する道すがらあちこちの家から子供たちも大人たちも出て来ては、祝福の声をかけて下さった。

「これほど華やかな道中なのに、どうしてあの父っつあんは、渋顔なんだろね。緊張してんのかね」
「弟さんも、まるで葬式のような顔をしてるじゃあないか」
…そんな風にひそひそ会話する人もいた。

父さんは長官の顔をたてるべく必死で作り笑いしようとすればするほど、ひきつった渋顔に見えた。
青慎は意気消沈してとぼとぼと列に続いた。


人のことは言えない。
ベールに隠れた私の顔は、多分死にそうな顔をしていたと思う。

朝鏡をみたとき、なんて酷い顔をしているんだろうと自分でも思った。
おばちゃんがどんなに化粧を施しても無理だった。

「この目の下の隈は隠せないねぇ、せっかくの花嫁さんが。
あんた独身最後だからって夜更かししたんだろう、まったく。」と私を責めた。
目深にベールをかぶって、俯いていた。


ああそういえば。
花恵宴のときは、輿が壊れてしまって徒歩で離宮の庭園を延々と歩いたわね。
あのときは、花々に囲まれて、音楽と、大勢の偉い方々の中緊張して歩いてフワフワ雲を踏んでいるような気がしたっけ。

たどり着いた式典場には、
たなびく幕と花吹雪の中央に、あの方がいらして。
───陛下… 装いも華やかに、麗しく。
私を、待ちわびたと。迎えてくださった。

陛下の一言で、この世は春に包まれ、
祝福された瞬間を、私は目の当りにしたのだ…

それはこの世のものとは思えない、美しい景色だった。



───思い出したらダメだと、思えば思うほど
どうして思い出してしまうのだろう。


花恵宴のときみたいに、
輿が壊れてしまえばいいのに。
その後は、そんなことばかり願っていた。

速度も遅く、ギシギシと軋む輿の上に緊張して載っているのは案外疲れるもので、ようやく絽家の館が見えてきたときは、この苦行から解放される、という思いだけが強かった。


門をくぐって、父さんと青慎が先にあいさつに伺い、私は花嫁の控室へと通された。
付き添いもなく一人っきりだ。

母家の方は賑やかな人の出入りが聞こえるが、こちらの離れは静かなものだ。
特に監視がついているわけでもなければ、家の作りも特に複雑というわけではない。

これなら、このまま逃げ出せる、と一瞬思った。

───でも、
私が逃げたら、父さんは?
青慎の将来は? 

そう思うと、実行に移せなかった。


かなり待たされた。
昨晩あまり良く眠れなかったので座ったままウツラウツラしてしまった。

「───夕鈴さん?」と扉の外から声がかけられたとき、ハッと目が覚めた。
やたらめったら挿されたかんざしのおかげで、首がどうにかなりそうな痛みを訴えている。

「そろそろ、お式の準備が整いました。
どうぞこちらへ」

…頭が痛い。これは、寝不足もたたっているわね…。
首をふって、息を吸うが、具合はあまり良くならなかった。

案内をされて、廊下を通り、母家の方へと渡った。

濡れ縁を通るときは、縁の下に注目した。

あるいは天井裏から?
どこからヒョイと浩大のあの笑顔が覗くんじゃないかと
今か今かと待っている自分がいる。

…できるだけゆっくり、ゆっくり歩いたけれど
───私のそんな小さな期待は叶えられるはずもなかった。



宴会場となっている大きな部屋に通される。

───うわ、お酒臭い。
扉を開けた途端、もうもうと立ちの盛る熱気。

がやがやと祝宴は進んでいる。もう半分出来上がった人たちが大声で叫ぶ。
「いやあ、花嫁さんが来た、来た」と。
拍手喝采がおこり、私は案内の人に押し込まれるように背中を押されて、中央に用意されている座へと進んだ。

そこには当然のことながら二つ席があり、もう既に片方には男の人が座っていた。

私はベールを目深にかぶっているし、相手も儀式用の顔の隠れる冠を被りギラギラ精いっぱい着飾っているので、正直、よく顔が見えない。

案外背の高い、すっきりとした背格好の人だった。

…ああ、頭が痛い。
着物の作りが悪く、窮屈で動きにくいうえ、肌触りがわるいのは、長時間我慢するにはつらいものがあった。
それに頭のかんざしが重たすぎる。
お酒の匂いが気持ち悪い。
…とにかく、何もかも、居心地が悪い。


父さんから引き出した僅かな情報によると、花婿の絽亥は、齢22歳。
かなり女性にもてるというから※、チャラチャラした好男子なのかもしれない。
(※岩圭の情報操作:女好きで手が早く、孕ませた内縁の子供が8人も存在しているとはどうしても娘には言えなかったらしい)

…どちらにせよ、ここまで来てしまえば、もう逃げ場もない。
私にはえり好みする余地は無いんだわ。

───私は仕方なく、案内の人にグイグイと押されるまま、席に座った。
裾を直され、ベールを整えられ…
花嫁としてあとはここにジッと座っているだけが仕事?


耐えられないほど、頭は痛い。
ベールで隠れていられてよかった。
これで笑顔を振りまけって言われても。無理だと思う。

恥ずかしい内容の春歌を大声で歌うもの、料理をこぼしまき散らすもの。あたりは大騒ぎだ。
「可愛いぃ嫁さんだなぁ~。絽亥のやつのあっちのご活躍はそりゃもう有名だから、せいぜい可愛がってもらいなぁ?」「××が〇〇で、いひひひ…」「ひゃひゃひゃ…」
酔っ払いの下卑た会話も、何もかもが、頭痛と一緒くたになって、ガンガン私を襲う。

───嫌。気が狂いそう…。

作法にうるさい李順さんがいたら、さぞかし眉をひそめるだろう…。

宴会といえば、陛下のお出ましになる格式の高い宴会は別世界のお話だった。
私が列席するとしても、睨みを利かせるあの御方が来臨されていらっしゃる間だけだし。
しつらえ、料理、酒、舞など隅々まで趣向が凝らされていた。
いつも陛下に甘い演技を要求されて困るばかりだったけれど、大切にあの方に護られていたのだと思い知った。

陛下にされて嫌なことはなかったけど
もし。今日、花婿に何かされたら、どうしたらいいのかしら…?
───不安は募るばかり。

でも。私はプロだったんだから。うん。
ここはせっかく培った経験を生かして、冷静に対処するだけよね。

───でも、その後は…?

もう、いっそのこと。お酒を飲んで身を任せてしまおうか…?
怖い。泣きたい…。

ここまで案内してくれた年配の女性が、絽長官にご夫妻に二人そろって挨拶を、と耳元でささやく。

私のあとに、花婿にも近寄り、同じことを伝える。

花婿は頷くと、私の手を取るため腕を伸ばしてきた。
私は肩をすくめて身を固くした。
袖の上から手をやんわりと手を重ね、少し緊張をほどく時間をあたえてから、そっと布越しに掴まれ、手を引かれる。
───変なことはする様子がなく、ホッとした。

すぐわきにいらっしゃる新しいご両親の方へ挨拶へと向かう。

礼をする。
…?
長官ともなると、息子に対しても妙に丁寧なあいさつをするものなのね…?
ベールの陰からちらりと絽長官を覗くと、幸せそうな顔をしているどころか、むっつりと怒ったような、変な顔をしていらっしゃる。

───大切な息子さんの結婚式なのに…どうして?
私、何か気に入らないことをしちゃった…? と、途端に不安がつのった。

よく分からないうちに、父さんと青慎の方へもあいさつに行く。

ベールの陰からそーっと伺うと、
父さんは、思った以上にヘンテコな顔をしていた。
相当私に対して申し訳ないと思っているのかしら。
恨むとかそんな気持ち、私にはどうでも良いことだから。
心配しないで、父さん。青慎。

私は…ただ、この頭痛をどうにかしてほしい。
もう、早く終りたい───形だけの結婚式だなんて…。


花婿はといえば、横並びで相変わらずベールの隙間の角度から顔は見えないのだが、思ったよりはマトモな人物らしい。

しきたり通りとはいえ慣れない重たい衣裳を引きずれば、誰しもノタノタぶざまに振る舞うかと思いきや、
婚礼衣装を着こなし裾捌きも手慣れたもので、その上花嫁の私まで気を配ったスマートなエスコートをするので驚いた。

(絽長官の息子ともなると、一通りの作法は身に付けてるのね?
さすが、女タラシ…。これは気が抜けないわ)

…むしろ、戦闘態勢に火が付いた気がする。
宮廷仕込みのプロ妃がお作法のお手本を見せてあげる───と、気概はおのずと高まった。

人間、なにかしら楽しみを見つければ、苦痛も減るというモノね。
これも李順さんが厳しく仕込んでくださったおかげ、か。

こんなときに、あの鬼上司に感謝するって…。
ふふ…。
今日はじめて笑えた気がした。


その後は、とにかく『プロ妃として身に付いたものを武器に、全身全霊で宴会に立ち向かう』という目標ができたので少し気が楽になった。

二人が座に付きなおすと、杯を持たされた。

これ、誓いを交わすっていう、あれ?

飲んでしまったら…。
私はこの人の花嫁。

一生この人に仕えて、ここで暮らしてゆくんだ。


気が重いけど、避けられない…わよね?

花婿と花嫁に順番にお酒が注がれる。

口をつけようとしたら
小さな声でささやかれた。

「無理して飲む必要はない。形だけに」


───え?

似てる。

背格好や体格が似てると、声も似るもの?
それとも、若い男の人ってみんなこんな声だった?

───違う。空耳にきまってる。


これは。私がまだあの御方のことを忘れられない罪の罰をうけているのだ。


こんなふうに───罪深い幻は、何度も私を試して、惑わしにくる。

私は目をつぶった。



頬を熱いものが伝い、濡れているのを感じた
───涙じゃないのよ、これは


…頭が痛くて、目が開けてられないくらい頭が痛いだけ…

陛下とは、もう二度と会えないって、私は分かってる───


「───いいえ! 飲めます!!」

私はそういって、杯をいっきにあおった。


「…あ…!?」


花婿は驚いたように振り返り、
私の両肩を掴んだ。

ベールの陰からちらりと見えたのは、
花婿の、赤い…瞳だった。


(つづく)


身代わりの花(6)

夕鈴の結婚式。お相手の花婿さんは…?

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(6)
* * * * * * * * * *

「───いいえ! 飲めます!!」

私はそういって、夫婦の誓いの杯を
いっきにあおった。

「…あ…!?」

花婿は驚いたように振り返り、
私の両肩を掴んだ。

ベールの陰からちらりと見えたのは、
花婿の、赤い…瞳だった。




…この国で。
赤い瞳を持つ人は。


…王家の血筋、の

───まさ か ? 

ううん、見間違い。

盃を空けた途端、
私は花婿に抱きしめられ、
深い口づけを受けた。

「絽亥! さすが!!」
「手が早すぎるぞ~!! ウブな花嫁さんに、いきなりそれか」
「長いぞ!! 絽亥~~!!」
ワハハハ…!! と笑いが起こり、周りはやんやの喝采と、はやし立てる口笛がぴゅーぴゅーと鳴り響く。


唇が離れる。

「───飲みこんだ後か。
…すまない、間に合わなかった」

おもわず、濡れた唇を指でおさえた。
私は唇の奥まで深く探られ吸われ、私はその未知の感触に戸惑っていた。


「馬鹿…
自分が、酒に弱いのを知っているくせに。
───この後、どうするつもりだったんだ?」

耳元で叱られた。

「…うそ。
───あなたは…?」

私は、花婿の袖に、思わずしがみついた。

普段お酒を飲まない私は、口の粘膜に酒が触れただけなのに酔いがまわってきた。
朝早く食べたあと、花嫁の衣装の支度にかかずりあい、食べる間もなくお腹がすいていた。
空っぽの胃に触れた酒が、速やかに吸収され、みるみる体にまわってくるのが分かった。


「───夕鈴?

私だ」

やっぱりそれは、陛下の声に聞こえて。

涙がこぼれた。

「───これは、やっぱり。夢ですか?
…だとしたら。
酔っぱらうって、素敵なことですね…」


私は、眼を瞑った。涙が頬を伝った。
陛下の声がする。それで十分。
夢だろうと。
嘘だろうと。
私はそれで十分幸せ、だから───。もう本当でも、幻でも、どちらでもいい。
もう一度、あの方のお声が聴こえたから。
私は幸せ。

(…ああ、もう。この酔っ払いが…)
花婿が小さくため息をついた。


私は、幸せだった。
お酒がまわって、ぐるぐる世界が回る。
頭が痛かったのと寝不足で、けだるい疲労感が一気に体を駆け上がる。

陛下の声が聴こえたから。───夢でもいい。
私はもうずっと、その夢の中に住んでいたい。

その心地よさに朦朧とした疲労感に襲われ多は、ぼんやりと夢の中に足を踏み入れた。



花婿は、酒杯をタンと膳に戻すと、大きな声で告げた。

「───妻が気分が悪いという。
誓いの杯が済んだ早々、申し訳ないが、我々はこれにて円満な新婚生活のために席を外させてもらおう。
どうか皆々この後も、うまい酒、うまい肴を楽しみ、思う存分、楽しんでいかれよ───」

「やれ! さっそく絽亥のやつ、嫁さんにメロメロだ!!」
「晴れて夫婦になったからには、思う存分嫁さんを慰めてやらなきゃなぁ!!」
ピューピューと口笛が吹き慣らされ、下卑た笑いとやんやの喝采に見送られ、花婿は花嫁を抱きかかえ宴会の席を立った。

* * * * * * * * * *

ガラガラと音がして、
世界が揺れている。


ひやり、と額に濡れた手布が乗る感触。

私は、眼を瞑ったまま、その布を指で探った。

「ん…」
身動きをしようとしたが、体が縫いとめられたように動かない。

「…そう…。

かんざし、を。
外して…?
重たくて、頭が痛いんです…」

擦れた声で呟く。

「君は…お酒を飲んで。
そんな無防備なことを…願うの?」

ゆるゆると、髪を触られる。

「古臭くて、野暮ったい髪だな。
君に、似合わない…」

チャリ…チャリとかんざしが抜かれる。

髪の中に手を差し込まれ、ゆるやかに解かれた。

唇の紅を拭われる。

「…寝れなかったのか?───ひどい、顔だ」

「ひどい、ですよ───
どうせ…
逆立ちしても 美人さんに なんか…
なーれませんよー だ

本当の 美人

っていうのはですねぇ

…それは、もう。
眼がつぶれるほど

きれいで…

けだかく、て…」

美しいあの方を思い出して、うふ、とわらった。

頬を、ペチペチと叩かれる。


薄く目をあける。
まだぐらぐらと世界が回っている。

「…飲めないくせに。
酒なんか」

額にまた冷たい布が当てられた。
そのまま、顔を拭われ、首筋を伝う

ひんやりした感触が気持ちが良くて、思わず
もっと…とねだりたくなった。

「お酒…お酒?
…ああ、お酒。
はい。
───えっと。

結婚式だから…。
お酒、飲まないと…。
忘れないと、いけないから」

「…忘れる?
何を」

「口に
できません。

だから

お酒を飲んで…
身を任せたほうが、───楽。」


夢見心地で、朦朧としながらそう言い終わると、

はぁ…。と
傍らから、小さなため息が聞こえた。

唇に冷たい感触が…
唇の隙間から、冷たい水が浸入する。

「ん…───っく」

「もう少し、飲めるか?」

離れた唇がもう一度触れる。
冷たい水とともに、ぬるりとした感触が、私の中に踏み込む。
「ん…!

…あ。
いや」

目をあける。

薄暗がりで、灯りもない。
───ここはどこ?
大きな人影が、私に覆いかぶさるように…

男の人…!?

思わず、背中がぞっとした。

ハッと目が覚めて、起き上がろうとした。
「───嫌っ!」

でも、手も足も動かない。
手足に重石が乗っているように覆いかぶされた人物に体を押さえつけらえていた。

首筋に吐息がかかった。

「…やめ、
やめてくださいっ…」

「───」

「…嫌。…お願い止めて」

首筋を生暖かいものが、伝う

「…お願い。
…いや

だめ。


───へ…

か…


助けて…」

ポロポロと涙がこぼれた。
お酒の力を借りて、花嫁の役目を果たそうとおもったのに
やっぱり、───嫌だ。

「へ


か。

助けて」

「君は。
───誰を、呼んで泣く…?」


耳元で、声がした。

「夕鈴?
君は、誰を───呼んでいる?」

「…陛下!?」

私は、確かにその声を聴いた。

「───陛下!」

私はようやく、背けていた現実に立ち向かう気力が生まれた。

焦点を結ばない眼をもどかしく見開き、その声の主を見返した。

赤い眼が見つめ返す。

「…へい、か?」

「───ああ」
幻でもいいとすら願った、陛下その人が目の前に。

「陛下、ですか?
───ほんとに?」
涙があふれて、目の前の陛下のお姿が滲んだ。

「まぎれもなく、本物だ、夕鈴…。」

ぎゅっと袖にしがみ付く。

「どうして、あんなとこに」

私が問い詰めると、陛下は私を引き寄せて、胸に抱きしめた。

「…花婿の、身代わり、に?」
クックと笑う震動が、陛下の身体全体から伝わってきた。

私は陛下のぬくもりに───安心して、力が抜けた。

「───身代わり?」

私が、何のことかわからず、目を丸くしていると
陛下は思わず笑い出した。

「そう───君には悪いが。
ダンナになるはずだった花婿は
花嫁が到着する前に、布将軍に兵舎にしょっ引いてもらった後、だ」

「───は?」

「花嫁がゆるゆる輿入れしてる道中、
一足早く布将軍自らお出迎えしてもらった、さ。

布将軍のあの強面に逆らえるものはいない、だろう。


私も、たまたま布将軍に同行していたのだが
今日は何でも大切な日とかで、本人がいないと格好がつかないというのでな。
…なら私が身代わりになろうと、引き受けてやった」

陛下は、悪戯っ子のように、ニッと笑った。

(たまたま?…陛下が? わざわざ、将軍直々、新米兵士の出迎え? )

「───はぁッ?

へーかのご身分を明かされたのですか?!」

「いや。ただ、あの絽長官のメンツと
せっかく準備した宴会料理を無駄にしないために
親切を申し出てやったまで、だ。

───たまたま年恰好が似てるから、
このゴテゴテした婚礼衣装ならバレナイだろう、と、ね」

陛下はギラギラした衣裳の端を引っ張って見せた。

(たまたま、年格好が似てる…?)

「おかげで、こんな可愛い花嫁も
───貰えたし…」

陛下は私の手を取ると、やさしく口づけをした。

「えぇ?」

「だって。誓いの杯も交わした、だろ?
───君は、本気で飲んでしまうし。

ときには、人に親切を施すものだ、な?
…なあ、そう思わないか?」

「へ、陛下…。
あの。それ…」


「…しかし。私でなかったら、
どうするつもりだったんだ。
酒など飲んで、身を任せたい、とは…?」

───私は真っ青になった。

「あの、その。
それは…
もう最終手段というか…
決意というか…」


「…ふうん?───じゃあ。とりあえず。
どんな相手でも、どんな行為でも、
君は受け入れる気だった───って
そういう、ことか?」

「…いえ、あの───」


「…とにかく。
今晩は───花婿と花嫁の大切な初夜であることだし…。
誓い合った私と共に過ごして貰おう、か」

「はあっ?───」

何を言い出すのか、この人は───。
まだ酔いの冷めない頭の中が、グルグルした。


ふと窓から外を見ると
馬車は王宮の門をくぐって入るところだった。

───王宮!?

戻っていいんですか? 私?!

(つづく)

身代わりの花(7)

身代わり花婿のふりをして、結婚式から夕鈴を奪取した陛下は…?


【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(7)
* * * * * * * * * *
静かに馬車はいくつもの門をくぐりぬける。
王宮の奥の奥。
馬車を降りるときに、陛下の外套に包まれ、抱かれた。

「―――しずかにしていておくれ?」

重たいかんざしを抜いてもらい、髪をほどかれ頭痛はずいぶん和らいでいた。
陛下の腕に抱かれていると、なだらかに溶けてゆきそうな気分がした。
しかし、陛下も私も、まだぎらぎらとした婚礼衣装を身に着けている。
人目をさけ、静かに庭を抜け、陛下はお部屋に戻られた。

陛下のお部屋。
なんだか、ほっとした。

「静麗」と陛下が声をかける。

女官長さんが音も立てず現れた。

「…女官長、さん?」
「夕鈴様、お帰りなさいませ」
長椅子に下ろされ、陛下に優しく乱れた髪をなでられた。

陛下はご自分の装束を改めるため、バサバサとぎらぎらした婚礼衣装を脱ぎはじめた。
おもわず目を背け、ぎゅっとつぶった。

「これは、丁重に返したものかな?」
「畏まりました」
さっさと普段の室内着に着替えおわり、私の方を向くとそっと頬よせてつぶやいた。
「少々、待っていてくれ」

「静麗、妃をくれぐれも頼む。
誰にもしらせぬよう、―――内密に」
陛下はすっと部屋を抜けていかれた。

女官長はお湯をもってきて体をきれいにぬぐってくれる。
べとべとした安っぽい香油のにおいが和らぐと、だいぶすっきりした。
それから、いつもと変わらぬ様子で揃えてあった妃の夜着に袖を通すのを手伝ってくれ、櫛をとりやさしく髪をすいてくれた。

「女官長さん。私…もう妃では…」
私は、心の内を吐露した。

今日、わたしは…よその家に嫁いだのだ。

「何をおっしゃるのですか?」

「私は、ここにいるべきではないと…。
よそへ嫁ぐはずだったのです」
目じりが熱くなった。

「あなたはどこにも行ってはなりません。
あなたがお傍にいることを
―――あの方が、お望みなのですから」

「そう、なのでしょうか?
私はもういらないと。
新しいお妃様をお迎えになり、後宮は安泰だと…」

静麗女官長は、涼やかな目を少し困ったように細め、
小さく首を振った。

「…誰も、貴女様の代わりになど、
なることはできません」

「女官長さん…。
私は、ここに居てよいのでしょうか…?
あのお方の足かせとなり、苦しませてしまうのではと…」

「夕鈴様。
あの方にとって、貴女を失うことより大きな痛みは、
この世に存在いたしません」

「そんなことはあるはずが…

陛下…。あのお方は、お強い人です。

それに比べ、
私は、無力です―――。
そして、そんな無力な私が、
王の足枷となることは許されないのです…」

「お守りいたします。
この、わたくしが」

「―――え?」

「何に変えましても。あなた様をお守り申し上げます
ですから、
もう、お一人で悩まれますな。
あの方をお信じになって、
ずっと。お傍にいらしてくださいませ…」

「女官長さん…」

女官長さんにそういわれると、胸が熱くなって、泣き出してしまいそうだった。

「お酒は抜けたようですね…。頭痛はいたしませんか?」

「…あ、はい」

「陛下が秘伝のお薬を飲ませてくださったおかげでございましょう」
「え?―――あの、馬車の…あの、あれ、ってその―――お薬を飲ませてくれて…いたんですか?」
私は馬車の中で、冷たい水を口移しで飲まされながら受けたあの口づけのことを思わず思い出し、真っ赤になった。
「はて?
どのようにかは…わたくしは存じ上げません」
と女官長さんは生真面目に答えた。

「ひどく、おやつれに…」
女官長さんは、私の様子を苦にし、用意してあった滋養の付く食べ物飲み物を次々勧めてくれる。

(味が…苦い…です)
たぶん、女官長さん自らが用意してくれていたのだろう。
普段出される一流の料理人なり侍女さんたちなりの手によるものお味は、天下一品なのだけれども、
人の手を介さずに女官長さんが直接こっそりつくって出してくれる『滋養のつくもの』は、こういうことが起きる。

「―――ふふふ…」
不思議な苦さを口にしながら、ああ、ここに帰ってこられたと思った。

「今日は陛下にお守りいただき
どうか安らかに、ゆっくりとお休みくださいませ。」

静麗女官長のその白い顔に、
うっすらと冷たい微笑みが浮かんだことは、
私は気が付かなかった―――。

* * * * * * * * * *

真夜中になり、陛下はお戻りになった。
私に目を向けるなり、抱き上げ私を寝台へと伴った。


馬車の中での言葉が頭の中で思い返された。

『…とにかく。
今晩は───花婿と花嫁の大切な初夜であることだし…。
誓い合った私と共に過ごして貰おう、か』

ぶんぶんと頭を振って。
あれは、陛下のいつもの冗談だと思いたい。

「―――え…と。

もしかして。
あの?」

顔がカーッと赤らんだ。
もじもじしていると、

「夕鈴。正直に言う。
―――君は、狙われている」

「は?」

「君が私の唯一の弱点だ。
だから君を狙う手ごわい奴らがいるというのだ。

李順が君を王宮から急ぎ離れる様に仕向けたのも。
君とそっくりの替え玉を用意したのも。

―――すべて。
君の命を長らえさせるため、仕方なくとった方策だ。

狙われている君を、ここから遠ざけ、
何もしらず穏やかで幸せな人生を選ばせてやりたいという一心だったと思う」

「―――え?」

「でも、私は君と離れたくない…」

「陛下?」

「どんな手段をとっても。
何があっても。
君を護るから…

私から
離れていかないで…
お願いだから」

陛下は、私の胸に顔をうずめた。

肩が小刻みに揺れる陛下…
泣いている…?

「陛下…
わたし、ここに。

陛下のお傍に居ても、
いいんですか?

そんなこと、許されるんですか…?」

私も泣いた。


「―――居てくれ」

愛おしかった。

私は黒髪の頭を両手で抱きしめた。

「…陛下」




二人で過ごした夜に、私を護るために何がおきていたか。
私は何も知らなかった…


(つづく)

【お詫び】身代わりの花(7.5) の

2013-12-28 0時 更新

ブログはあくまで"日記"なのですが

公開しているために"公共の場"の一部、でもあります。


照れ隠しに軽口で書いた内容が、
読むお方のお気持ちを傷つける原因にもなるとも思わず
失礼があったとご指摘いただき
深く反省しています。


率直な気持ちを、あらためて日記として書かせていただきます。


---

そもそもこの記事でアップした内容というのは

(最初にお断りしておきますと、ブログ閲覧のみ、の皆様には大変恐縮ですが)

このところ続きで書いているお話の
本編の間の出来事の短いお話し「身代わりの花(7.5)」が存在する、という内容でした。


具体的には、それは
ここではない場所、
「白陽国SNS」という"狼陛下の花嫁"ファンのソーシャル・ネット・ワーキングのサイトで
かつ、
私と個人的なフレンド登録をした「白友さん」のみに限定の日記の中で
読める場所を、ご紹介をしています。



さまざまなブログや同人本があふれるなか、
青少年の目に触れてよい表現かどうかの基準が曖昧なまま公の場で公開されているものも多く見られます。

(表現する側、公開する側のモラルや意識の問題として)
いわゆる「鍵付き」(アダルト/成人指定)といわれる作品に、今回の作品が該当するか、というと

正直、今回の「身代わりの花(7.5)」は、それほどのものではありません。
し、
コミケや商業同人誌団体の基準的にも、「全年齢対象」のカテゴリーに収まる内容の範疇であり
「成人指定(R-18)」対象の作品ではないと判断しています。

ただし、私自身、青少年の眼に触れるのにふさわしい作品とは思いませんでしたし
青少年の眼に触れる場所での公開は選択すべきでないと判断しました。(自主規制)



また、読んでも、読まなくても本編の進行上、問題はありません。

だから「読んでも、読まなくても、各々の読み手さんの価値観にお任せしますよ」

―――という気持ち、ではあったのです。



ですが

「結局ここでよめないなら、知らされないほうがよかった」と思われたのであれば

―――不要な情報を思わせぶりな表現されただけで、シャットアウトされた―――

と受け止められたのであれば

居心地のよくないことだと、想いも至らず、本当に申し訳ありませんでした。




ただ、1) なぜ掲載するのか

2) なぜここではないところに掲載したのか、

そして、3) なぜ、それをここで告知するのか、

です。


1) 掲載した理由

自分のため書いた、というのは

黎翔と夕鈴の気持ちが、どんなふうに動いて
どんな時があったのか
第7話と第8話の間の連続性を維持するため必然であったため
書き残した、というのが正直なところです。


人に読んでいただきたい、というより、
「そんなことがあったらしいのね」 (かすみか雲か)
「なるほど、だから8話がね…、そうなんだ、フンフン」(自由な想像の翼を羽ばたかせ…)
と、自分で納得するためだけ、の短編です。


と表現したのは、
そういう行為が目的というより
心情を追いたかった。

けど、正直、照れくさいので―――。そういう軽い書き方にはなってしまいましたが、
決して読者の皆様を馬鹿にして、ではありません。

そこはお汲み取りいただければと思います。




2) なぜここではないところに掲載したのか、


R15(15歳未満の中学生以下の青少年の目に触れさせたくない)という内容の自主規制上の問題です。

お話上、私にとっては必然な流れでも、万人の目に触れる場にはそぐわないものを
考えなしに一方的にアップする行為で、万が一不快な思いをさせる方がいらしたら心が痛むので
自主的な規制を行っているというのが主な理由です。

こちらのブログのシステムで「鍵」とかよばれている代物は、私の希望する措置が取り得ない。

(ブログの鍵は、ヒントをあげる方法はググれば分かる単なる形式だけのザル。
個人的に直メールで問い合わせという方法は少々不自由)


そのため、
会員制のソーシャルネットワーキング(SNS)で
かつ、
個人的に交流のある白友さんに、
という流れでご紹介をいたしました。



3) なぜ、それをここで告知するのか

では、SNSの中だけで告知すればよいではないか。
こんなところに書いて、におわせる必要があるのか?

という件について
私自身の率直な気持ちをかかせてください。


自分で納得するためだけの作品であっても

その前後を公開しているという理由から、多々ご質問を受けるケースがあります。


「やっぱりそういうのがあったんですね」

「どうしたら読めますか」というお話になりますが、

「存在します」という肯定を隠すつもりはありません。



それについてご興味をもたれ、その先のチョイスはそれぞれの主観と価値観の問題なので、
「連載をしていた当ブログのほうでお知らせをする」という選択肢が不適切とは当初考えていませんでした。

もしも「狼陛下の花嫁」がお好きで、
SNSの公の場でもお知り合いとなっていただけるなら、私は嬉しいですし
安心してお読みいただけると信頼して、自宅に友達をお招きできるというものです。

(ハンドルネームですから、公の場、っていうのも
おかしな話ですね…。
しかし、少なくとも、こどもさんがまぎれる心配はありません)


狼陛下の花嫁ファンのお友達が増えることは、本当にとても嬉しいです。
どうぞ白陽国にご入国の上、「おりざ」を見つけて
お気軽に白友さんのお声がけください。


白陽国SNS
http://ohh.sns-park.com/


以上


うまく気持ちを伝えられず申し訳ありません。




大変失礼いたしました。(2013年12月28日 0時41分 更新)


*

身代わりの花(8)

結婚式の日に、身代わり花婿の陛下に奪取されて
王宮の国王の居室で一夜を過ごした二人。

【バイト妃】【朝チュン】【甘甘】【血なまぐささ少々】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(8)
* * * * * * * * * *

目の前の白い敷布に散らばる私の髪に
その指を絡めながらさらさらと優しく毛先まで滑らしたかと思うと
こんどは一房すくい、口づけを落とす

手の中から名残惜し気に滑り落ちる毛先をじっと見つめながら
ふと遠くに視線を移す。

聞こえない音まで掬い上げる人知を超える万能を発揮し
世の中の気配を読んでいらっしゃるのか。
それとも
ただたんに
空が白む前からせっかちに起き出した鳥たちの様子に聞き耳を立てていらっしゃるのか…

―――そんな、気難しげな顔に見えた。

「…何を?」

―――そんなにむつかしいお顔をしているんですか?

「…目が醒めた?
起こしてしまったかな…
ごめん」

ちょっと甘えた小犬陛下の声がして、
ほっとした。

ごそごそ、と身動きをする。

…あ!?

カッ…と血が上る。

気が付かないうちに、私は陛下の寝間着を着せられていた。

ぶかぶかの大きな袖を手繰り寄せ、ようやく指先をのぞかせた。

どうりで、陛下の薫りがすると思ったら…

陛下はくすっと私を見て笑い、
額に口づけを落とした。

「…おはよう」

「―――あ、
あの。
おはようござい、ます…」
私は真っ赤になって、布団に顔を埋めた。

「―――夕鈴。色っぽい」

「え?
なっ なに、おっしゃるんですか!?」

「…人妻になると。
色気がでるな」
そういいながら陛下は私を抱きしめた。

「ひっ 人妻ぁっ!?」

じたばたあがいてみるが、
寝台に押し付ける様に縫いとめられた私は
陛下の重みで息もできず、陛下から逃れることはできなかった。

私が少しおとなしくなったのを見計らい、
体をずらし、布団をめくり本格的に仰向けの私の上に載ってくる!

首筋に顔を埋められる。
首筋の脈動が伝わって耳元でドクンドクンと音がする。

「あったかい。
もう少し、このままでいよう」

「重いです、陛下…」
私は照れくさくって。ちょっと拗ねたように呟く。

「ゴメン、重かった?!
―――苦しい?」
陛下は手をついて、押しつぶしていた胸を四つ這いにして遠ざけた。

私は陛下の首に両手を回し、しがみついた。

「いえ…幸せな重みです。
ずっと。一緒に居たいです」

「…甘えるのが、
ようやく上手になったね」

「…っ!」
私は思わず赤面して、への字口にまんまるな目で陛下を見つめてしまった。

陛下は笑って、チュッと私の唇に口づけた。

体をずらして、陛下がもう一度横になった。

フワっと陛下の薫りとともに
かすかな血のにおいがした。

「…血?」

「―――あ」
陛下が真っ赤になった。

「…なんです?」

「君の、私への誠意の証―――?」

陛下は手を私のおなかに手を当てて、よそをむいて俯いた。

「え?―――あ?」
慌ててガバと身を起こすと
体の下あたりの敷布に赤いシミが広がっていた

「…~~~~!!???」
月のモノでもきてしまったかと思わず下半身を固く引き寄せた。

「…初めて、だったんでしょ…?
―――ゴメン。


でも、
嬉しい」

陛下はそういって、私を胸に抱きしめた。

「…わ、私も
他の誰かじゃなくて。

陛下で……。

う、
―――嬉しい、です」

正視できずにギュッと目をつぶり、胸に顔を埋めた。

「…体は、大丈夫?」

「…あの。
―――はい」

「しばらく。
このまま。
こうしていてくれる?」

「陛下…!
お忘れですか?
今日は、大切な行事のご公務が…」

「私でなくとも…よかろう。

今、私でなければならないのは
契り合ったばかりの
新婚の花嫁の心を慰めることの方ではないか?」

「―――陛下っ!!」
お戯れを、…と怒って見せたけれど

陛下が私の両手首をひとまとめし私が身動きもできぬよう捕え
うっとりする口づけを何度も何度も落とすから…

いつの間にか私は何を怒っていたのかすら忘れてしまう始末だった。

* * * * * * * * * *

黎翔の脳裏には、
先ほど目の当たりにしてきた
血まみれの世界が広がっていた。

未明のうす暗い後宮の一室で
その惨劇は起き、
身代わりの花は散った。

その凶手の糸をたどり、王の忠実なる死神は王宮を離れた。


だけど、この手の中にはこのぬくもりがあるから…

何も言ってはいけない
悟らせてはならない。

君を不安になんてさせない。

今はただ、こうして抱きしめていられれば―――


(つづく)

身代わりの花(9)

みなさん、元気をわけてくれて。
ありがとう。


【バイト妃】【甘】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(9)
* * * * * * * * * *

ただ抱きしめるだけでいい───

君という存在が私の腕の中に留まり
温もりを与えてくれる

そんな小さなことで、いい。

「もったいない…朝だな」

私は呟いた。

「もったいなのは、私のほうです!!」

ギュッと私の襟を握り締めて擦り寄る無力な兎から、トクトクと速い鼓動が伝わってくる。
白い皮膚の下を暖かい血潮が巡る生気にあふれた健康な頬を愛でる。
それこそが何にも代え難い宝───であるから。



悠久の平安を願いながら、
壊れるものをたくさんみてきた。

頂点に立つということは
瞬間も気を緩めることができない、ということだ。

古きは滅し、新しき萌芽をみる
───それが、世の習い


のぼりつめた頂点は緩やかな下り坂へと向かい、成したものは直ちに崩壊へ傾く。
───それが世の中の習いであれば。

『今の幸せは、ほんの始めなのだ』と信じたい。



「君を───守るから」

そう言って、囲った腕に力をこめる。

困ったように真っ赤になって。…君はいつまでも初々しい。

「でも。陛下。そろそろ起きてお支度をしませんと…
いつもなら空が白み始めるとともにご政務に罹られる陛下が、こんなにのんびりと御寝坊してはいけません!
誰も起こしに来ないんですか?
李順さんが来るんじゃないですか?

───あの。そういえば、女官長さんは…?」

「───静麗?
ああ…邪魔をせぬ様、用事を言いつけた」

「用事?!…ですか」

「ん…手間のかかる用件を頼んだ故、すぐには戻らぬだろう」

口づけをして、口を塞ぐ。

じたばたとも可愛くもがく。でも、今度は本気みたいだ…。
胸をぐいぐいと押されて、遠ざけられた。

「へ、へーかっ…! お、お色気で騙さないでください…!! ズルいです」

と、君は私をジッと睨む。
───あんまり、むくれた顔をするので、思わず笑ってしまう。

「私は、君の世話がしたいんだ」

「それこそ、そんな勿体ないことはダメです!!
貴方の手は、そんなつまらないことをするために在るのではありませんっ!!」

君に叱られてしまった。

「仕方がない、では起きるとするか」

「お召し替えに人をお呼びいたしましょうか…?」

私は衝立の傍に掛けてあったものを手に取り、さっさと身支度を始める。

「いや、構わぬ。
いやしかし、…妃の衣がないな」

ここまで着てきた婚礼衣装は女官長がきれいに片づけてしまって、見当たらなかった。
(…たとえ、あったとしても袖など通させないが)
着いた途端に着せられた妃の夜着が一枚あるだけ。

「とりあえず、夜着を身につけてます…」

「…では、私のを上から被ってみて?」

無理やり着せてみる。
ブカブカの男物の上衣を重ねた夕鈴は…超絶可愛い。

髪を結う道具がないので、静麗が昨日鏡台に置いていた櫛で元結だけ留める。

「まるで小姓、みたいだな」

「…こ、こんな! 国王陛下の衣を着た小姓なんて…!!」

「ふ…大丈夫。夕鈴は可愛いから」

抱きしめた彼女は華奢で、それがまた何とも愛おしかった。



* * * * * * * * * *

そのとき、
いきなり扉傍あたりから声がした。

「───陛下、宜しいですか」

(李順さんっ…!!?)と小さい悲鳴を上げ、夕鈴が真っ青になった。

こつこつと入ってくる。

黎翔は入り口の方へと顔を向けた。


拱手をして、李順は礼儀正しく頭を下げた。

「おはようございます、陛下」

「早いな、李順」

李順は乾いた笑いを顔に貼り付け、丁寧に述べた。

「早くはございません…むしろいつもより長くお待ち申し上げ、しびれを切らしましたよ」

不気味な李順の笑顔は、夕鈴を凍らせた。
夕鈴はそのまま、直立不動の棒立ちになってる。

その夕鈴の方を見ると、
李順は一瞬両目を閉じ、小さく『はぁ』とため息をついて
再び目をあけた。


「───連れ戻してしまったのですね」

それは、咎めるというより、
李順にしては珍しく、ホッとしたようなニュアンスを含んでいた。

「そういうことだ。
…後は頼む」

黎翔は、サラリと言う。

国王の衣に袖を通し立ちすくむ夕鈴を凝視しながら李順は押し黙った。


「───御意」

李順は短く答え、頭を下げた。


「さて。その件はまた改めて。
取り急ぎ、本日のご予定を。
例の件の事後処理の報告と、いくつかお急ぎのご政務を」

例の件、と言う言葉にも、黎翔は眉ひとつ動かさなかった。

血染めと化した後宮の夕鈴妃の一室の映像が浮かんだ。

黎翔の唯一の弱点である妃の命を手に納め、国王と有利な取引をもくろむ賊の一味が、昨夜後宮を急襲した。

しかしそこにいたのは身代わりの花。
替え玉の妃であること気づくや否や、賊は『用無し』と見なし、証拠隠滅のため女を惨殺した。

…遠目で見ればほとんど見分けがつかない妃を、替え玉だと見抜く。

それは───夕鈴と直接見識のある人間が一味の中に居ることを示唆していた。

女の華奢な身とはいえ、それを一刀両断にする大刀をやすやすと扱う体格、しかも相当の力がある。逃走も見事なものであった…。
…そして、王宮の中を良く知り、冷酷で、刃物や武器の扱いに慣れた人物。


「…お前は、私の蜜月に土足で踏みこむのか?」

「蜜月でもなんでも。まずは溜っているお仕事を片づけてからどうぞ───。
午後は行事へ。
戦場に於いて顕著な働きのあった将兵に対して授与される戦功章授与式及び茶話会へ、陛下と妃揃ってご臨席いただくご予定です」

「こんな時に、か───」

「このような時に、だからこそ。
陛下のお姿をお示しになることが必要なのでは───?」

お前たちには、屈しない───と。

李順のピンと緊張感が張りつめた声に、夕鈴は眉をひそめ、おもわず声を出してしまう。

「───何か、あるのですか?」

「いえ?」
李順は務めて平静に答える。

「もしかして。妃が狙われている、っていう…あの?」

夕鈴は、その身代わりの妃が既にこの世にないことを知らない。


「───だとしたら、私が参ります。
身代わりの方、とか、そんなの嫌です。
私のためにあの方を危険な目に合わせるわけにはまいりません」

「夕鈴殿。貴女がそんな心配をする必要は…」

李順が打ち消す。

「夕鈴、止せ───」

黎翔が大きな声を出す。

「───君は、ダメだ」

「なぜですか?」

───言えない。

軍部の将兵のなかに、テロリストの一味が要る可能性が高い、ということは。
恐らく今日の行事は妃を襲うのにまたとないねらい目なのだ。

しかしそれだけに一味が尻尾をだす可能性が高く、危険はともなうが、おとりを仕掛けるのにこれほどチャンスもなかった。


「…とにかく。妃は欠席だ」

黎翔は頑として夕鈴を危険にさらすことを拒んだ。

そこに李順が口をはさむ。

「軍医殿、看護婦らへの褒章の授与は? お妃様から賜られる予定の」

「誰の手からでも褒章にかわりはない、───よきにはからえ」
狼陛下の冷たい声。


「いえ、大切な行事なのですよね?
…私でお役に立てることなら、私、ちゃんと果たしたいです…
今もまだ───もう一度、私を妃として受け入れていただけるのなら。

それとも、もう私は妃としては、相応しくない、ですか…?」

「ふさわしくない?」

「私は、よその家に嫁ぐ約束をして…
だから、そんな私はもう
陛下のお傍には相応しくない、ですか?」


「───夕鈴。そういう言い方は、ズルい…」

「私は陛下のお役に立ちたいんです」

夕鈴はブカブカの上衣の袖を握り締めた。


李順が夕鈴に近づいた。

「…夕鈴殿」

「はい」


「───あなたは。

あなたは、たとえ自分の身に危険があると分かっていても───それでも。
この御方の妃として
…お傍に立てますか?」

「夕鈴───!」
黎翔は李順の言葉に被せ諌めるように短い声を

「はい。喜んで」

夕鈴は笑いながら即答した。

「…もう、慣れっこですよ。
ご心配なく。陛下のお役に立てるのなら、
私はなんだって頑張ります!」

「…夕鈴、ダメだ」

「いえ、やります。
───やらせてください
陛下の妃を…!」


「君は
…私の妃で
いいの?」


「自分だけ安全なところにいて。
誰かを陛下の妃の身代わりにして、危ない目に合わせるなんて、
私は───嫌です」

夕鈴があまりにも真剣に黎翔を見つめるものだから
黎翔は最後には渋々と受け入れるしかなかった。


「夕鈴。
今の約束」

「───はい?」

「私の妃に。
…傍に立つと、と
今、言ったね?」


「…え? あの
お仕事、ですよね?」

夕鈴はこれまで通り、バイト妃の仕事とは、陛下の縁談よけと、おとりの役であると、十分わきまえていた。


「妃の仕事。
───本気でやれる?」


「本気です!!」

(もう、どうしてそんなにしつこく確認するんですか!?
これまで通り私がバイト妃に入るのが、そんなにおかしいですか?)
と夕鈴は内心いぶかしく思った。


「では。
夕鈴、お前に命じる。

───私の妃として、
とこしえに、傍に在れ」


李順は静かにその言葉を聴き終わると、
厳かな礼をとった。


「え? 陛下…?
妃って…あの、妃?」


「───夕鈴。
きみが、私の正妃だ。

───決して、先に逝くことは許さない。
私のためにだけに
私の傍に。

誓ってくれ。───約束だ」



そういって黎翔は、夕鈴を抱きしめた。




(つづく)

身代わりの花(10)

陛下のために、危険と知りつつ行事へ出席するという夕鈴…

【バイト妃】【甘】【※暴力シーンあり注意】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(10)
* * * * * * * * * *

「陛下! さっさと執務室のほうへ」

李順さんに急かされてもグズグズと陛下はしばらく部屋に居座った。

「必要があるものは、ここへもってこい」と言い出す始末。

お忙しいのだから、効率の良い執務室へ行かれたほうが良いはずなのに…。

陛下のブカブカのお召し物を無理やり着付けている私は、袖をたくし上げタスキを掛けた。
筆を整え、料紙を揃える。黒々と丹念に墨をする。

「…うん。こんなふうに夕鈴がいてくれれば
こちらのほうがずっと仕事がはかどる」

「―――そんなはずは、ありませんっ!!
陛下の周りにいらっしゃるのは、有能な方ばかり。
私など、足元にも及びません」

「…彼らは有能だが。
───私への愛情がこもった君の手に勝るものはない」

と言いながら、料紙の束を差し出した私の手を陛下はやすやすと捉える。
あっという間に引き寄せられた。

あごに軽く指を添えると、ちゅっと口づけをされてしまった。

(り…李順さの前でっ!?)

ゴロゴロ喉をならす猫のようにすり寄り、甘える陛下のまつ毛を見つめながら、実のところ私は動揺しまくっていた。


…李順さんがコホンと咳をする。

「…陛下。
お手は止められませんように」


「───李順。
私たちは新婚で。
しかも、いままさに幸せな蜜月なのだぞ?」


「あー! もー! ですからっ!!
新婚でも、蜜月でも!!
陛下の代わりはおりませんっ!!
蜜月が欲しければ、さっさとお仕事お片付けくださいっ!!」

陛下は何食わぬ様子で、書類をかきまぜ鷹揚に何食わぬ顔をしていらっしゃる。

「…資料が足りぬ。
…突き合わせねば」

「ですから、執務室のほうへ!」

「夕鈴を独りにはしては、寂しかろう」

憮然とした表情の陛下と李順さんをハラハラしながら交互に見つめているとき、カタリと音がして衝立の向こうの控えの間へ続く扉の陰から声した。

「…畏れながら。静麗、ただいま戻りました」

「ご苦労。入れ」

「おそれながら、ご報告を…」

女官長さんは陛下のお傍で小さな声で手短に申し述べた。
会話はほとんどが聞き取れない。
またわずかに聞き取れた言葉も、意味をなしていなかった。

…これって、暗号符牒?
何を言っているのかさっぱりわからない。

私の前では話せないような内容ですか…?

「詳しくは
―――後ほど」

「うむ」

女官長さんは美しいまつ毛を伏せている。
白い顔がいつもより白く見えた。

静麗女官長は、なんのお使いをされたのかしら…と思ったけれど、
陛下のご用事だけに、不用意に口もできない。

「取り急ぎ、お妃様のお召し物をご用意し、お持ちいたしました」

女官長さんは一式の箱をささげ持って恭しく頭を下げた。

「…助かる」

「この後は、お任せくださいませ」

「うむ」

「妃は着替えか―――。
女の身支度には時間がかかるもの…
仕方がない、執務室へ参る」

観念した陛下は李順さんに急げ急げとせかされた。


「…私のために、最高の装いをしておくれ?」

ようやく重い腰をあげた陛下は、私を抱きしめ、最後まで甘い表情で口づけを贈った。

「女官長。念入りに、な?」

「御意」

「夕鈴。
ここにいることは、まだ
誰にも知られてはいけないよ?

私がもどるまで、
おとなしくここで待って居てくれ」

「…はい」

その視線は…?

私がまたどこかへ飛びだすと、心配してるんですか?


「―――心配性な陛下。
大切な陛下のお仕事が終わるまで、
私はここで、おとなしく待っておりますから。
安心してお励みくださいませ」

そういって笑って胸を押し出した。

ギュッと抱きしめられた。
そのあと肩を押すように二人の間に距離を取ると、
陛下は微笑んだあと、くるりと振り返り、李順さんを連れて執務室へと歩み始めた。


「…李順? 至急、布英将軍に呼び出しを」

「…は」

―――ほら。
もう、お仕事のお顔をなさっていらっしゃる。

大丈夫。
陛下は、妃なんかで大切なことをお忘れになったりはしない。


狼陛下の厳しい横顔に、胸がキュッと締め付けられた。
その背中をお見送りしながら。

誉れ高き我らが王――― 私の夫、をお見送りした。


ご自身に厳しく、国のために身を尽くすこのお方を、心からお支え申し上げたいと、改めて私は心に刻んだのだった。


* * * * * * * * * *

女官長さんと二人きりになると、さっそくいつものように支度にとりかかる。

続きの間にたらい湯を用意され湯あみをする。

「お美しく…なられましたね。
おめでとうございます」

女官長にそうつぶやかれ、なんだか気恥ずかしかった。

さっぽりとしたところで髪を結われ、お化粧、着付けとすすむ。
いつもなら補助の女官や侍女さんたちがつくのに、今日は女官長一人だけ。

「私が王宮に戻ったことは、―――内密、なのですか?」
髪を梳かれながら、女官長さんに尋ねた。

「…」

女官長さんはいつものように笑っているが質問には答えてくれなかった。


不用意に答えられない、ということは
肯定、と思ってよいのかしらね?

…ふと、血のにおいを感じた。
鏡越しに女官長さんを見つめる。

「女官長さん?
…襟元の、その包帯、は?」

女官長は、官服の襟の下の首あたりに白い包帯を巻いていた。

「…どうされたのですか?
―――っ 首をけがされる、など」

「いえ、大したことはございません」

血の匂いが…。
もしかして、まだ、血が止まらないのでは?
他にもどこかお怪我なさっていませんか、もしかして」


女官長さんは少し困ったようなそぶり。

「…何か、あったのですか?」

「…」

「だったら、無理せず、私のことは良いですから!!
陛下のご用事で、お休みになっていらっしゃらないのでは?」

「夕鈴様。
わたくしにとって、
貴女様のお世話をする以上の
安らぎはございません。
貴女様のお優しさに触れる度、
静麗は幸せを分けていただいておりますよ」

そういって、女官長さんは決して手を休めることはしなかった。


女官長さんは、傷ついている。


―――何でもないふりをして、今も血を流している。

どうして?


…きっと。

みんなが私を大切にかばっているのね―――?

何かが起きている。

だから、陛下なあんなにも心配を…?


嫌な予感は増すばかりだったが、
苦にしていないと。顔に出さないよう。
女官長さんを、心配させたら、―――だめ。


* * * * * * * * * *

昼餉を取るや否や馬車に揺られ、式典会場へと向かう。

「会場では決して私のそばを離れないように」

「君は狙われているかもしれない」

「万が一捕らわれても、抵抗してはいけない」

「相手は、冷酷無比なテロリストの集団だ…決して命を粗末にしないように」

「―――いい? 分かった?
聞いてる、夕鈴?」

「…はい」
私はため息をついた。

狭い馬車の中で、陛下の膝の上で
…先ほどから陛下は心配そうに
何度も同じことを繰り返す。

「大丈夫です
おとり役には、私慣れていますよ?
―――任せてください」

にっこりと笑ってみせる。


でも。後になって。
私はやっぱり、ことの深刻さをよく理解していなかったと、後悔することになるのだった―――。


* * * * * * * * * *


目の前の光景に、私は茫然とした。


大勢の人が無差別に切り付けられた。

辺りは血の海だった。

私の喉元には、今まさに白刃が食い込み、埋まろうとしていた。
背後の男の手は容赦なく、ものすごい力で私の口を塞いだ。




―――それは
戦場に於いて顕著な働きのあった将兵に対する戦功章授与式。

ずらりと正装し、立派な出で立ちで晴れの日を迎えた将校たち。
並ぶ面々は、晴れがましくも勇ましく、各人の武勲をたたえ、陛下御自ら次々に褒章をお与えになった。

私は医療分野で顕著な働きを示してくださった方々に感謝を述べた。

戦場で傷ついた兵士の命を救い、傷をいやし、命を賭して最前線を支えた軍医殿や看護婦の皆さんにそのお働きを称え、褒章をお渡ししていた。

そこまでは、よかった、はず…。
それなのに、どうして―――?



私のそばには女官長さんが付いていた。

陛下も、すぐお近くにいらした。

でも、魔の手は一瞬で私を捕らえた。



式典の途中、不穏な動きは不意に始まった。

いきなり数人の将校が刀の鞘を払い、両隣の屈強の武功者に切り付けた。
ハッと目を奪われた瞬間、私の背後には人がいた。

口を塞がれた。

私は思いっきり、私の口を塞いでいた男の手を噛んだ。

「この…!!」

男は私の後頭部を殴った。
思いもよらぬ衝撃。
痛みが後からガンガンと頭の中を占めた。

刃物をちらつかせ、私の頸にあてる。

「…おっと、近づくな?
近づいたら、殺すぜ―――」

周りの者は凍り付いた。

私は背後の男に脅されているのみならず、

ハッと見回すと二人の射手が弓を引き絞り私を狙っていた。そしておそらく背後にも。

矢を持った男たちの的にされていて、身動き一つできなかった。

ただ、陛下の燃えるような怒りに染まった眼が―――脳裏に焼き付いた。


『ああ、陛下。そんな恐ろしいお顔をなさって―――』

私は悲しかった。


「お前が、本当の妃、だな?
―――偽物ではなく」

「だったら、どうだというの?
…私は逃げも隠れもしないわ。

でも、おあいにくさま。
妃の代わりなど、いくらでもいるわ

だから…私を人質にとったところで無意味なこと。

陛下は冷酷で、恐ろしいお方です!
こんな無謀で恐ろしいことは一刻早く止めて―――…」

私はもう一度固いもので殴られた。

目から火花が散った。
あまりの痛みにクラクラし思わず足元がふらついた。

目が回っている間に顔に黒っぽい布を巻きつけられた。

「逃げ出そうと思うなよ?
俺たちは、いつでもお前を殺してかまわないのだから」

と言って、私の腕を縛り上げた。

「陛下…!!
私のことは構わず
賊を…
捕らえてくださいっ…!!」

「口の減らない女だ…」
今度は猿轡をかまされる。
うーうー唸ることはできても、もう言葉として意味をなさなかった。


刃物を頸へ押し付けられる感触がした

「やめろ―――!」

陛下のお声。
黒い布で目を塞がれ、もう陛下のお顔は見えない―――



どうか、怒らないで、陛下。

おねがいだから―――。



(つづく)

━━━━━━━━━━━━━
<休載のおしらせ>

今日から年末年始を主人の実家にて過ごしてきます。

環境的に長いものは少々むつかしく
連載中のお話しが年をまたぐのは心残りではありますが、
帰省から戻ったら再開しますので
もしよかったら待っていてくださいm(_ _)m

皆様、幸せな年末年始をお過ごしください。

おりざ
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身代わりの花(11)

あけおめ連載再開。年を越してお待たせいたしました。
時は少々遡り、夕鈴の身代わり妃が後宮に納められたその日の様子は…

【バイト妃】【侍女目線】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(11)
* * * * * * * * * *

───話は少し遡る。

夕鈴が李順から暇を出された日。

李順は『陛下の唯一の花』を、背格好が似ている貴族の娘とすり替えた。



身代わりとなり『夕鈴』と名乗ることになった娘は、
衣装や化粧を似せたうえで遠目に見れば、
違いがわからない程度には似ていた。

身代わりの花が後宮に入ったその日、
李順から事情を知らされていた静麗女官長以外ただ一人を除き
後宮に仕える数少ない『夕鈴妃付き』女官と侍女は直接「お妃様」と接することはなかった。

女官長の部下にあたる二人の女官うちの一人はたまたま肉親の忌事で一週間ほどの宿下りを願い出ており、もうひとりの女官は女官長から使いで侍女一人を伴い霊験あらたかな札を戴きに山寺へと向かっていた。侍女の一人は少し前に結婚するため退宮し「他に十分慣れた者がいるから不都合があるまではゆっくり人選すればよいでしょう」とまだ後釜が補充されていなかった。

一人残った小燕と呼ばれる侍女は、夕鈴妃付の者の中では一番地位が低かった。

普段直接夕鈴と言葉を交わす地位になく、主には夕鈴様付の女官の補佐、下働きとして勤めていたので、妃と同じ部屋に侍るときは不敬に当たらぬよう畏まり常に床ばかりを見つめていた。

『今日に限って先輩方の他出が重なり出払ってしまったから。
夕鈴妃付部屋の担当は自分だけ…』

小燕はいつにもまして緊張をしていた。

他所の部署から、位の高い小嬌という名の女官が一名、夕様付きの交代要員として回されてきた。小嬌は普段と勝手が違うため、夕鈴妃付きとしての現場経験は小燕の方が上だった。
更に自分の下に見習い侍女を補充されると聞けば自分もついに先輩役であるし、
一番偉い女官長様から直接采配を受けると知れば
『女官長様のお眼鏡にかなうよう頑張らなくては』と張り切る小燕であった。


───夕鈴様のお着替えの際は、交代要員の女官小嬌さんのお手伝いをして帯を取る。
───夕鈴様のお食事を卓までは上げ下げするお手伝いをする。
───夕鈴様が沐浴をする間、女官長様や小嬌さんの補助をするお役目をして、香油をたっぷりとその身体に塗りこめる…。


小燕は夕鈴妃の間近に仕えることに興奮しつつも、やはり声ひとつ出せず緊張をしていた。

いつもは同じお部屋の中にお傍近くに仕えながらも、直接のやりとりは間に必ず高位の先輩方が入っていた。

ところが小燕は今日ばかりは晴れがましくも夕鈴様の『一の傍付き』である。
大出世したような晴れがましさ。

小燕はすぐ傍らで妃の尊顔を拝し奉り「夕鈴様の優雅さ」をうっとりと見つめていた。


(本日の夕鈴様は大変ご機嫌麗しく
立ち居振る舞いおしとやかで、大変お静かにお過ごしだね。
良いことでもおありだったのかしら…。

ただ…大変珍しいことに───ご自分でお化粧の具合や髪の結い方などをいろいろと試しておいでだわ…?
先輩方がいらしたらさぞ熱心にお世話されただろうに、残念なこと───)
と、小燕は思った。

───というのも、普段妃は自分の身の回りを構いたがらず、華美を戒め切り詰めたつつましやか暮らしをモットーとしているのだ。
いつも直接お身の回りのお世話をなさる先輩方が『髪も化粧は抑えて』『新しい衣や装飾品はまた今度』と言われた『映える御方ですのに。もっともっと美しく着飾っていただきたいのに…』と残念そうに話しているのを小燕は耳にしていた。


その日の午後いっぱい、妃はあれこれお化粧品の蓋をあけ色味を確かめたり、髪をゆい直させたり、かんざしを挿したり抜いたりした挙句、最終的には「…お約束ですから、一番最初の結い方に戻してくださいな」とおっしゃり、地味なお化粧と髪型に戻されため息をついて鏡台からお離れになった。

(おやくそく…?)
───小燕はその言葉にひっかかり、不思議に思った。

『もしかしたら高貴なる御方と、何かお約束でもされていらっしゃるのかしら』と野次馬根性がむくむくと沸いたが、そこはつとめて不敬に当たらぬよう、聞いて聞かぬふりをしてやり過ごした。


* * * * * * * * * *

夜の帳が下りる頃。

妃の身支度を整え、
お茶とお菓子の用意をしたうえ、
何事も常日頃と変わらぬよう細心の注意を払い、万全のお出迎えで備える。


さほどしないうち、いつものように高貴なる御方が現れた。


小燕は感動していた。
『いつも端の端で、顔を伏せていてさえ甘く睦まじいご様子のお二人を、このように間近に』…と思えば、今度は『さぞお幸せなご様子に当てられてしまうのでは?』と想像をしてしまう。

もし国王ご夫妻の熱愛ぶりに動揺し、万が一にも声をあげてしまったり顔を酷く赤らてしまったらさぞご不敬に当るだろうと『今日は侍女の分際をわきまえ平静に冷静に心を穏やかに保てますように』と小燕は心から自分を律し、何があっても動揺しない自分でいようと覚悟をしていた。


* * * * * * * * * *


シャララ…と払われた幕に付いた鈴の音が涼やかに響き
王の訪いを告げる。


「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
静麗女官長と小嬌女官が入口で出迎える。


「…」

高貴なる御方は、後宮の室に足を踏み込むや否や、はた、と足を踏みとどめられた。


妃の傍に控える小燕は、妃の様子をそっと伺った。

いつもなら恥じらいつつも、それはそれは嬉しそうに明るく出迎える妃。
その妃の笑顔に厳格な王の雰囲気もたちどころに和らぐのだ…

だが、今日は───?


「陛下、お帰りをお待ち申し上げておりました」

国王陛下を出迎えた妃はいつになく緊張の面持ちで固い表情と声。
そのくせ、いつもより鼻に抜けた甘ったるい───媚びた作り声のように、小燕には聞こえた。

(───いつも愛らしく気さくなあの夕鈴様が…。
裏返ったこの変なつくり声…? いったいどうされたのかしら?
それとも前からこんな風に鼻にかかったお声だった?

もしかして、お風邪でも引かれた、とか?!

もしそうなら、お世話が行き届かず体調管理が悪かったと、後で罰せられやしないかしら…)

小燕は跪拝を取りながらハラハラしていた。


王は相変わらず入口で立ち止まったまま、奥へ進もうとしない。

「…」


堪らなく恐ろしい沈黙があたりを支配した。


「…静麗」

「───は」

酷薄な狼陛下の声───。

陛下は女官長様をお呼びになった。
女官長さまは跪拝したまま、一歩前にいざり出る。

周囲の者は誰一人として、怖ろしくて顔をあげることができない。


「妃に何か?」

「本日はお妃様に置かれましてはつつがなく。
ご機嫌麗しくお過ごしでございました」

陛下がジロリと女官長を睨んだ。

そこには巷で噂通りの『無慈悲かつ冷酷無比なる狼陛下』がいた。

普段後宮の夕鈴様の元を訪れるときにはほとんど見ることもなく、
それゆえ突然の狼陛下の出現に、小燕は背筋が凍った。

妃も凍りついた。
その場にいた誰も彼もが青ざめ、動けなかった。

───小燕は、息が詰まって倒れるかと思った。



長い無言が続いた。

───狼陛下。が
お怒りになっていらっしゃる───!?

それはほんの短い寸刻でありながら、
凍りついた大地に縛り付けられ
永遠に吹雪きになぶられ続けるような心地がした。


何も言わぬうちに王はくるりと踵を返し
後宮を後にした。




王が去った後、
あまりのことに呆然と立ちすくんでいた妃は
「ヒック」としゃっくりのような変な呼吸をしてようやく息を吹き返した。

そしてその途端、その美しい両瞳には大粒の涙があふれ出し
「…いったい、どういうことでございましょうか?」
と、シクシクと泣き声をあげられた。


(もしかして何か小さな不備でも?
いつもの通り、万全のお茶のお支度を整えたつもりだったけれども、
陛下は何かお気づきだったのかしら…

それとも、いつもと違う私が傍仕えなどしていて、
お気に召さない点でもあったとか?)

と、
真っ青になって震えている小燕も、その傷心を隠せなかった。




(つづく)


この辺りは、
身代わりの花(4) 

のバックグラウンドのお話です。

*

身代わりの花(12)

身代わりの花が襲撃されたその時…
女官長目線で。

【バイト妃】【女官長目線】【流血あり※残酷シーン注意】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(12)
* * * * * * * * * *

その昔、
白陽国王家の闇で暗躍した不世出の暗殺者
伝説の死神、リーリーは
一里四方の気配を感じ取る、と言われていた。

彼女を見たものは必ず死の国へと旅立ち
『死神をその眼で見たという証人は
一人として生者の世に存在していない』と語り継がれた。

最早それも先々代の国王の時代の話であり
時代は移り、死神伝説は人々の心の片隅にただ澱のように微かに残っているだけだった。

だが今なお、俗界で不可思議な事件があれば
『新月の闇夜にはリーリーの幽霊がさまよい出る』とまことしやかに噂される。

果たして、リーリーという化け物が本当に存在したのか、
どう生きて、いつ死んだのか―――

誰もその存在について、知り得ることはなかった…。


* * * * * * * * * *

夕鈴さまのお命を優先された
李順様の判断は理解できる。

李順様はご存じない。

“私”という存在がいることを。

『最後の手段』は既知のものではありえない。
最後のその時のため、伏せた札は…たとえ身内にすら、晒すことはない。

今知る限りのこの状況で、
夕鈴様が後宮で生き残る確率は本当にわずかだろう。

だが―――?

伏せた札。
そのような札がこの世に存在することすら、知られない。

毒となれ薬となれ
それが保身の最終手段というものだ。




宵闇に紛れ、静かに一つの門が開けられた。

普段尊いお方が出入りする門にあらず。

しかし幾つかの隔壁を通り抜け呪文を編むように馬車を進ませ
禁裏の内の内、奥の奥に至る。

それは忍びでお出ましのあの高貴なるお方が
やむを得ず馬車でお戻りになる時の作法だ。

…とは、あの方お一人の身軽な態ではなく
馬車が必要な荷物があるということに他ならない。

そこまでして禁裏の奥に運び込む『荷物』が何であるか。
分からぬようであらば女官長のお役目は返上いたしましょう。

すり替えられた偽夕鈴様をひと目ご覧になるや、嵐のような怒りを振りまいたあのお方。
その、昨日の今日のこと…。

それは、あの方の手の中にある最も貴重な存在で、
―――もっとも儚い命に他ならない。

小燕や小嬌に気づかれないよう、お妃様の夜着を一枚と、櫛を一枚だけ、そっと持ち出す。

「小嬌、わたくしは暫く李順様のところへ行ってまいります。
お妃様のお世話をくれぐれもよろしくお願いいたしますよ?」
と言い残し、
夕鈴様のお戻りになるあの方のお部屋へと急いだ。


* * * * * * * * * *

人の世は常に
人の夢を汚し、破壊し、打ち砕こうと
凶悪な牙をむき出しにする


この世に心を分ける存在を作ることは
己の命を削るに等しい。

あのお方は

それを知っているからこそ
幼いころから孤独に耐え

それを知っているからこそ
傍らの存在に気が付いた


魂が引き合う存在をこの世で引き裂くことは
不幸でしかない。
たとえ身体だけ生きながらえたとしても
それは、―――魂の死を意味する

だから、黎翔様は
決して、夕鈴様を
その御手から
放してはならない

それは祈りにも似た悲痛な魂の叫びのよう。


龍は掌中に如意宝珠を握り締め
天に上る霊力を得る。

龍の宝珠は
あらゆる幸運と運気を招き寄せる原動力となる。

王は龍
彼女は龍珠

夕鈴様が国王と伴に在ることこそが
白陽国にとっての最上で、最強、最大の守りの呪文に等しい



白き光の世に降りそそぐ、あたたかな祝福の源を

私は命に代えても、
お守りいたしましょう。

それが闇に生まれた、この私の使命。


* * * * * * * * * *

真夜中に主上は自室にお戻りになり
夕鈴様をその手へ託した


この夜は、危うい

私には後宮を固める役目が生まれた


警告が点滅するこのビジョンは、どうにも言葉で説明しがたく
人に話したこともない。
だからこそ私の眼は一里を見るといわれるのであろう。

大気の底に、ゆうるりと闇の気が流れこみ
悪意へと羽化する時は近い

だれがだれの身代わりであろうと
何がどう動こうと。

私の中の使命は一つだけ。
まことに明快だ。

主上を、その魂を護る。


夜半に後宮へ戻る。

妃は昨日の国王の仕打ちをぶつぶつと愚痴り続けた。
今日は、主の訪れすらなく失意を悪意へとすり替える。
妃の衣装棚、宝飾品、化粧道具に香油…。
高価な香を炉に惜しげもなくくべ、し尽せるだけの贅沢をした。

小燕は人が変わったような『夕鈴様』に一日中振り回され、疲れ切っていた。

うつらうつら船をこぎながら妃の寝室に侍る小燕
私は彼女に声をかけ、妃の番の交代を申し出る。

「お前も今日はさぞ疲れたでしょう、奥の、お前の部屋でぐっすりお休み」
「…でも女官長様。奥では、何かございましたとき駆けつけることができません」
「気にせず、疲れをお取りなさい」

そう申し伝えたのに。

小燕は突如降って沸いた『一の侍女』という栄誉を捨てきれない。

役目に気負い、妃部屋に続く付き人の間の隅で仮眠を取ろうとする。
それが命取りであると伝えたくとも、私にはそうすべき理由がなかった。
人の良い可愛い娘であったのに…。
それ以上の感傷は私には生まれることもない。


闇は、私にとって優しいひと時の休息をもたらす。


私の体は寝ていても精神は起きている。

夜陰に乗じて紛れ込む賊の気配が濃密に漂い始めた。

そろそろなのかと、いつしか体は準備を整え始める。
呼吸が自然と身体中に気をめぐらし、肉体の隅々を賦活化させてゆく。

冷たい体は動かない
賊はそこを狙う。

窓から侵入してきた。
浩大の手下が何人か傷ついている。
人数が多い…。

五名…。
内、三人はかなりの腕前、その内の一人は別格だ
二人は見張りか…。


男たちは妃の寝ている寝台へ、迷わず近づく。
灯に火をつけ、照らされた室内に、初めて驚いたように私は動く。

物音に気が付き、寝ぼけ眼の小燕はすっとんで駆けつけた。

妃はすぐに捕らえられた。

声を上げる前にさるぐつわを噛まされ、手足を縛られる。

「女官長様、女官長様…」と私にすがる無力な小燕。

奥の自室の布団にくるまり、物音に気付くことなくぐっすり寝ておればよかったものを…。
哀れなお前に、私は手を握ってやることしかできない。


―――見届けなければならない。
それが私の仕事。

光に映し出された恐怖にゆがむ白い顔。
まぶしそうに妃は目を細めた。

賊は、妃の顔を改めている。

「―――違う」

一言。

「我々の顔を見られた…殺れ」

ほう…そうか。
お前は妃の顔をよく知る者―――なのだな。
暗闇の中、顔を頭巾で目鼻以外を覆っていながら、そこまで念を入れるは。

小燕が恐ろしさのあまり、私の手を離し、逃げ出した。
賊の網が無力な侍女を逃がすわけがない。


ガタガタと震えながら、暴れる妃の目の前で
まず侍女が背中から切られ命を落とし

発狂寸前の妃は、顔改めをした男のその手によって
真っ二つに体を裂かれた。

部屋中が赤く染めあげられる。

私は見極めたうえで、手練れを避けた。
若いと思われる見張り役の二人のほうへ、隙をついて逃げ出すふりをした。

人を切ったことがあるのかどうだか怪しい程度の
練習台にこの身を預けるのは不本意だが仕方がない

見張りの二人のうち、より血を見て興奮し我を忘れている方
―――端の男を狙う。
手には抜身の大刀を持っている。

「…おおっと、逃げられると思うなよ?―――」
「お偉い女官殿か…? 見られたからには命はねえぜ」

頸に刃物を当てられる。
チリ…と痛みが走り、首筋にプツリと赤い玉が浮いた感覚はやがて首筋を伝って襟を暖かく濡らした。

興奮し異様にギラギラした目で、口から泡を飛ばしながら、大刀に両手を添えて私に向けた。

―――お前、人など切ったこともないだろう。
その安っぽいブザマな刀はなんだ。手入れくらいは―――しろ。

泣き叫ぶ無力な女子供をなぶり、刀のさびにする喜びに、今だけせいぜい浸れ。

「あれ… 命だけはお助けを…」

顔を覆い袖を振り回し…

私は刃物の入ってくる軌跡を正確に予測する。
刃の位置は、目に見えずとも風が教えてくれる。
合わせて体をひねりこみ一番の急所をはずさせ―――切られてやろう。

手練れ相手にこのような演技でだませるかは危ういが
…この男なら、急所に決めたかどうかの…手ごたえすらわかるまい。

倒れるふりをし、血だまりに沈む。

息は静かに途切れ、気を消してゆく。

肺も脈も…その気配を消し、普段の何十倍もゆったりと浅く…
切り離す。


そんな瞬間はたくさん見てきた
今まで何百何千としてきた作業だ…

トドメの刃を頭に打ち込まれたら、私とて、最期だがな…


だが、浩大が追い打ちをかけてくれる。

…ほらみろ。
長居をするものではないぞ


お前たちは、ここから逃げ出すのだ。

暗闇で何も見えぬと思うな。
私には見えるのだ。


糸は―――しかと結びつけた。



(つづく)



この辺りは、
身代わりの花(7) 

のバックグラウンドのお話です。

*

身代わりの花(13)

人質にとられた夕鈴を眼前に、黎翔は…?

いよいよ、物語が動きはじめます。


【バイト妃】【※暴力シーン※乱闘、流血あり。ご注意ください】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(13)
* * * * * * * * * *

居並ぶは戦場に於いて顕著な働きのあった将兵。

正装し誇らしくも晴れ晴れと、武勲をたたえられ
時の国王珀黎翔より褒章が下される。

その、戦功章授与の式典会場はいきなり血と恐怖に支配された───。

反体制側と思われる一味が暴力的手段で蜂起した。

その一人は、今しがた陛下御自ら武勲を授けたばかりの鄧朗は衛将軍職まで上った男だった。反対勢力に組みする将校数人が同時に刃を抜いた。


『正面から立ち向っても、あの国王は喰えぬ男───

ならば、狙うは国王の唯一の弱点。
こちらの要求を通すために、なんとしても妃を手に入れろ』

それが彼らに与えられた最大の任務だった。


怒りに燃える赤い瞳で、珀黎翔は目の前の男を睨みつけた。

「───妃を、離せ。

鄧朗(とうろう)、衛将軍」

国王はことさらに衛将軍、と強調して呼びかけ
今ならまだ引き返せるぞ、と言外に譲歩を示した。

「断る」

鄧朗は、即答した。

黎翔は、やむなしと愛剣を振りかざした。
だが、その刀は振り下ろされることがない。

というのも、
鄧朗が妃の首に刃物をあて、盾にしているからだ。

妃の足元には、妃付きの女官がうずくまっている。

妃は轡を掛けられ叫ぶこともできず、目隠しをされ視界を奪われた上
三方から射手が弓で彼女を的にしていた。

鄧朗は動かない。

鄧朗がコクリと呑みこむ音すら会場に響きわたるほど
お互いの心臓の鼓動が聞こえる気がするほど、会場はシンと静まりかえっている。

黎翔も動けない。

同時に四人の賊を倒すのは非常に困難であり
一人を倒す間に夕鈴は刃に貫かれる。

しかも、この会場にいる人間、一人ひとりの誰が白なのか黒なのか。
───他にどれほどの反対勢力派が潜んでいるのか

黎翔は、極力言葉での交渉を優先させた。

厳かな腹から出した低い声で、黎翔は鄧朗に最後のチャンスを与えた。

「もう一度だけ言う。
───鄧朗。

妃を、離せ」

「我々の要求を受け入れる気があるのか?」

「───要求とは、何だ?」

鄧朗は、獄に繋がれている政治犯、腐敗政治の時代に甘い汁を吸いつくした大物の名を筆頭に挙げ、彼らの釈放をまず要求した。組する将校がリストを持ち、次々と釈放を要求する十三名の名を読み上げた。
鄧朗は次に身柄拘束中のテロリストの名を挙げた。将校は続いて二十一名の凶悪犯の名を読み上げた。
「───そして、最後に、珀黎翔陛下のご退位を…要求しよう」


珀黎翔は、長々と続いた要求全てを聴き終るまで、鄧朗らの言葉に静かに耳を傾けた。

だが、最後の言葉を聴き終ると
黎翔は大きな声で笑い出した。

ははははは…と、黎翔の放つ大声が会場に高らかに響いた。

鄧朗は気色ばんで顔を赤らめた。

夕鈴の首元に当てた刃物をグッと首の薄い皮膚にめり込ませる。


「───私がそのような要求を呑むとは、
お前たち自身、はなから信じていないからこそ

…これほどのことをしでかし、
私の妃を盾にするなどという卑怯な手段に出ているのではないか?
───鄧朗」

「我々の大義の為ならば、卑怯と言われようとかまわない」

「───大義?
…どう言いくるめられたかは知らんが。
私には単なる愚かなテロリズムにしか見えない。
お前たちは狂った破壊者の言葉に踊らされる
…哀れな傀儡(くぐつ)だ───」


「…ぐっ…。

…お前、この、妃の命が惜しくはないのか?
これこそ
お前の本物、であろうに!?」

「本物、であるからこそ。

我が妃は
私が、その様な勢力に屈することを
喜ばない」

静かに黎翔は哂った。

「───なに?」

妃を挟んでにらみ合う二人の
膠着した状態は一瞬にして解かれた。


妃の足元にうずくまり怯えていた女官が立ちあがり、国王に向けて懇願した

「おやめ下さいませ…陛下!
夕鈴様がっ…」

悲鳴のような声で叫ぶ女の声に、苛々と鄧朗は片手を振り回し、女官を追い払う仕草をした。

「そこの女っ!! 動くなっ!
誰か少しでも動いたら、この妃の命はないっ!!」

鄧朗は眼をむき出しにし、額にはちきれんばかりの血管を浮かべて荒い語気で周囲をけん制した。

黎翔は、妃の命乞いをする女官と一瞬、眼を合わせた。


そしてゆっくりと鄧朗と真正面に対峙し、強い口調で断言した。

「鄧朗よ。───知っているか?

妃は、私と約束した。

私より先に逝くことは、決してない、と。

お前らの野望を果たしたくば、
まず私を倒してから、果たすが良い!」

剣を構え直し、
黎翔は静かに笑った。


たとえ目隠しをされていようとも
妃の脳裏にはクッキリと
華やかに陛下が笑っていたのが見えた。

夕鈴には、確かに見えたのだ。
その時の、黎翔の美しい笑顔が。


『陛下───!』

あの方の足かせには、ならない。

夕鈴は覚悟を決めた。

「そこまで言うなら、見ておれ、
お前の妃が、わが刃に倒れる様をぉっ!!
はく、れいしょぉおお~~!!! 」
鄧朗は大声で叫んだ。

「破っ」
と黎翔は剣を振るいながら掛け声をかけ、力強く鄧朗に向けた一歩を踏み出した。

…ザワリ、と。
言葉では表現し尽くしがたい異様な感覚を、その場にいた者誰もが感じたことであろう。

辺りを包む、底知れぬ恐怖と冷気。

その瞬間、何が起きたか、
当の鄧朗は既に理解することはなかった。

永久に。

鄧朗は妃に刃を付きたてることも、国王に刃向うこともせず、
ただ音もたてずストンと膝から崩れ落ち、尻もちを付いた。

───その時すでに命を抜かれているとも知らず。

身を盾に妃を守ろうと飛び出し
今やその周りでおびえ震える無力な女官の
その手から何かが放たれたなど、気付いた者がいようか?

鄧朗が大口を開け叫ぶ瞬間にスッと何かがその口に飛び込み、命を司る脳髄を深々と貫いたなど、たとえ注意深く見つめていたとしても、視認できる業ではなかった。

沈んだ鄧朗の身体が落ちるのに驚き、奥の射手が射かける。
黎翔は構えていた剣で一直線に妃に向けて放たれた矢を空中で叩き落とした。

正面の二名の射手は矢を射なかった…
という以前に、射ることができなかった。

静かに後ろ向きにゆっくり崩れるように倒れ、
引き絞った弦を握る腕から力がぬけ、矢は的外れな方向に力なくビヨンと飛び出し、やがて地に落ちた。

倒れた射手は二人とも額に小さな穴があいているだけだった。
国王夫妻の命が眼の前で危険にさらされているこの騒ぎの中で、賊を誰が仕留めたか、など、この時点で構っていられる者など周囲には一人もいかった。

素早すぎて目にもとまらぬ速さだった。

それこそ、女官の長い袖から白い両の手先がちらりと覗いた瞬間など、誰も見てはいなかった。
そこから繰り出された小さな指弾が同時に二カ所の的を射抜いたと、誰が信じられよう?

この距離で正確に眉間を同時に二つ、仕留めるものがいるとしたら、それは神か悪魔だろう。
───まさか死神がここにいるとは、思いもよらなかったに違いない。


瞬間あっけにとられながらも、辺りを包んだ異様な恐怖と冷気に武者震いし、叫び声を上げ武具を振り上げた者。…そいつらが、反乱者だった。
乱闘が始まる。だが入口、窓、いたるところから布英将軍の配下の兵が乱入し、反乱派に組し、暴れる人物と切り結び、やがてそれらも捕えられた。

血のにおいが充満し、興奮と悲鳴とわめき声で騒然とした会場も、
捕えられた反乱派は引き立てられ、傷つき倒れた者らは手当を受け

国王は妃を無事その腕に取り戻し、抱きしめた。


やがて落ち着きを取り戻し始めたその現場で。

妃の無事を喜ぶか弱き女官の存在が目に入る者など
─── 一人として、居はしなかった。


(つづく)

身代わりの花(14)

一難去り。ほっと緩むお二人を取り巻くは


【バイト妃】【微糖】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(14)
* * * * * * * * * *

辺りは騒然としていた。
尊き御身の周りを兵が立ち囲み、覆いとなる。

「───李順!
現場の指揮は任せた。
捕えた者たちから急いで情報を引き出し、全容を解明せよ。
首謀者を追い落とすは、一時でも早い方が良い」

「───は」

李順が現場の指揮を引き継いだ。

黎翔の手により、目隠しとさるぐつわを外され、ようやく夕鈴は自由を取り戻した。

もう安心、と分かっていても、かたかたと細かく震える。

「陛下…ご無事ですか?」見開いた目が、黎翔を捕える。


生きて会える喜びを、その瞳の奥にお互いが感じていた。

『これほどの目にあいながら、自分の心配をするよりも先に、私の心配をするのか…』と、黎翔はその気持ちが愛おしかった。

彼女の振るえる白い手をしっかりと握り締め、その細い肩を自らの腕の中にすっぽりと抱き寄せた。
額に口づけを落とし「無事だ」と告げる。

彼女の温かい涙が胸を溶かす。

「お妃様の、お怪我は?」
控えていた女官長が急ぎ白布を持ち、夕鈴の首の浅い切り傷の処置の準備をしている。

「浅い。…がしばし待て。
今は、───心の傷をいやすが先だ」

そう言ってしっかりと王が妃を抱き締める間、女官長は穏やかに待った。

黒染めの装束に身を包んだ布英将軍がカツカツと歩み寄り、国王とその妃の足元にひざまずいた。

「こちらは片付きました」

「やはり…近衛の羽林大将軍、だな?」

「…は。その通りかと」

「近衛大将軍?…あの? 馬(ば)大将軍、ですか?」夕鈴は驚いて顔をあげた。

陛下は一瞬間をおいて「そうだ」と肯定した。

いつも行事やことあるたびに、王と妃の一番傍近く…いつも厳格な面持ちでご立派に働いてくれていた馬大将軍。
警護に付いて護衛する選び抜かれた近衛の、それもあの、大将軍が? 

布英将軍の方をちらりと見て「どうか?」と問う。

布英将軍は、馬大将軍の配下で任を務めていた。

選び抜かれた近衛は家柄、能力、忠誠心の選抜が非常に厳しいことで知られ、その質は国内一高い禁軍であるからこそ、非常に口が堅い。
その禁軍のトップの将が、今回のテロの首謀者であったということは非常に大きな衝撃を与えた。
そしてそれゆえ、今回の裏調査は非常に難航した。

今回のこの難題を速やか勧められる人物として、布英将軍しかないと黎翔は信頼を寄せていた。というのも、布英は以前夕鈴妃にその命を救われ、罪人として生きていたその運命を大きく転じて以来、彼女に対し最大級の忠誠を尽くす人物であったからである。
かつまたその実力、人物においても禁軍内部の人の心を動かす資質を持っていた。

「馬家当主の館に郎党を大勢集め引き込み、立てこもっております」

「引きずり出せるか?」

「三分の二の隊を出し、館を取り囲んではおりますが。
あちらも戦いのプロ。…簡単には…」

「───分かった」

ゆっくりと頷いた黎翔は、おもむろに腕の中でようやく温まり緩んだ妃にむけて優しく声をかけた。

「…夕鈴。そろそろ、静麗が君の傷の手当てをしたがっている、が?」

「あ、はい…」

夕鈴は顔をあげ、ぐるりと首をめぐらせた。

「───そちらの女官殿は…」と布英将軍が声をかけた。

「女官、長、さんです───。
布英将軍」

夕鈴がさりげなく告げた。
おじさん、と呼んでいたこともあった。
夕鈴は布英が好きだった。
だからつい、そんな風におせっかいな言葉が飛び出してしまった。

静麗女官長は、ふっと辺りを見回し、落ちていた女官長の官位を示す簪を拾い上げ、ついと髪に挿した。

「…これは失礼、女官長殿」

「何か」

布英はじっと女官長を見つめた。

「不思議な御方だ…。これほどまで静かにある、とは。
御許(おもと)は誠、肝の据わった婦女子よ」

布英は、気配に敏感な男だった。

「お褒め頂き」

女官長は深々と頭を下げた。


布英。
墨染めの黒装束に包み、近寄りがたい雰囲気を醸し出すこの将軍は、若い頃身に覚えのない冤罪にて罪人の烙印を押され、異国を放浪した身。
刑の痕跡により異形と変わり果てた顔半分を黒皮のマスクで覆い隠し、夕鈴妃との縁あって軍に復帰した。

僅かに左目から左ほほ、口元、あごにかけて顔面の皮膚が露出し、厳しく近寄りがたい風貌に、近づく誰もが緊張を隠せなかった。

それもこの事件の直後。
いまだ会場では血の匂いに刺激されたある種独特な興奮が立ち込め、兵たちですら紅潮し高揚感が満ちていた。

だが、この女官長は違った。

───ただ、静かなのである。

布英がこのような自然体の女性に会うのは、夕鈴妃についで二人目であった。

暖かな包み込むような気を発する夕鈴妃と比べると、さらに穏やかで不思議と透明な気を発するこの女性を、布英は興味を持ったのだった。

布英は、妃の傷を手当てする白い指の動きを見守った。


「───布英。馬大将軍を捕えよ。妃をこのような目に合わせた罪、しかとその身に教えてやれ」

黎翔の命に、布英将軍は厳しいその顔をさらに引き締めた。

「…は!

では、これにて」

「うむ」

布英将軍が踵を返すと、国王を取り囲む兵たちの輪が緩み、通路を空けた。

夕鈴はその背中に声をかけた。
「布英将軍。
陛下を無事お守りくださり、ありがとうございました」

布英将軍は、振り向くと、もう一度深々と跪拝をとり、立ち上がって去った。


「…お妃様の御傷は深くはございません。
もどりましたら老子に傷薬をご処方いただきましょう。
おそらく跡も残らず綺麗になりますから、ご安心くださいませ」

「静麗、苦労をかけた」

「何ほどの」

「良くやってくれた」

「ありがたきお言葉」

「…さて静麗。お前に少し暇をだす。一日。
ゆっくり普段出来ぬ用でも足して来い」

『ふだん できぬ、用』───と、黎翔はさりげなさの中に、意味を込めた。

「───はい」

女官長はその意図を解して、笑顔で拱手し、頷いた。

「陛下…?」

「少し…妃と二人っきりにさせてくれ、と。

女官長が居ると、あれやこれや、うるさいからな。
ゆっくり籠ることもできぬ」

黎翔は小声で呟いた。

「…!?」

夕鈴はそれを耳にするや否や、パッと赤面し、顔を伏せた。

「へ、へいかっ…!?」

声にならぬかすれた声をあげ、ぎゅっと襟元を掴んで握る。


こんな一言で、耳まで赤くなって。
狼狽している夕鈴はいつも愛らしい…。

黎翔は愛しい妃を抱きしめ、耳元にささやく。


「…もうすぐ。もうすぐ君を安心させられる。
だから、あと少しの間。

私と二人っきりで。

辛抱してくれ───?」

かり…と。
耳朶に───軽い痛みが走った。

いかつい兵たちの背中に囲まれたその場所で、恐ろしい狼陛下に甘く耳たぶをひと齧りされた夕鈴は、声も上げられず、破裂しそうなほどドキドキする心臓を押さえるため、黎翔の胸にしがみ付いた。



(つづく)

*

身代わりの花(15)

布英将軍のターン。
暴力的な表現がありますのでご無理なさいませんよう、ご注意ください。

【バイト妃】【微糖】【※死の陰※ご注意ください】


* * * * * * * * * *
身代わりの花(15)
* * * * * * * * * *

白陽国の国王と妃は無事王宮に帰還した。
『主犯格らはじめ今回のテロに関わった者共全てを捕えよ』と、賊ら首謀者に対する討伐の命が下された。
周囲は慌ただしくも物々しい挙兵の支度にくわえ、国王とその妃の周辺は厳戒態勢が敷かれた。
すでに布英将軍率いる禁軍が首謀者と思われる馬大将軍の館を取り囲んでいるが、相手は選び抜かれた禁軍のトップでありその統率力は高く、固く閉ざされた館には歯が立たず、塀の中と外で硬直した睨みあいが続いていた。

国王の寝所となる宮は十重二十重の兵らによって囲まれ、蟻一匹這い入る隙間なく固められている。

そんな緊迫した情勢の中で慌ただしく奔走する周囲の喧騒も…ここ、王の間には届かない。
静かな広い部屋の中に二人っきり。国王は人払いをし、誰も入室を許さなかった。

* * * * * * * * * *

「誰も来ない。
安心するがいい」

いつものように膝の上に座らされながら、
いつもと違う熱を感じ、
囁かれた夕鈴は、真っ赤になって答える。

「そうおっしゃる陛下が…
一番危険な香りがします」

「…わたしが、危険?───」

「その、あの…だって、狼陛下…?」

「───狼陛下の私は

嫌い、か?」

「…そ、そ、そんなはず
ないじゃないですかっ!?」

しどろもどろになる夕鈴の顎をとり

「…ならば。何も、問題ない───」

黎翔のその端正な顔は、妖艶な微笑みに彩られ
徐々に近づく距離を肌の熱で感じながら
夕鈴はただ目をつぶることしかできなかった…。


* * * * * * * * * *

一方、今回の反乱の首謀者であることが暴かれた馬大将軍の館の周囲は国王派の軍勢に取り囲まれていた。
国王派の禁軍を率いるは、布英将軍。
対する近衛の一の大将軍であった馬に組する将校ら信奉者、一族郎党が馬家当主館に集結し、立てこもっていた。

宵闇が迫った今も、膠着した状態は続いた。
先方は一方的に同じ要求を突きつけるのみ。
こちらの呼びかけに対しての返答は一切なく、言葉に依る解決は拒否された。

国王派の軍勢は馬大将軍の館への武力による突入の準備を進めていた。

布英将軍は率いる隊の隅々まで足を運び「相手はこの国一の手練(てだれ)。一瞬でも憶すれば圧されるぞ。用意万端整え、気を引き締めてかかれ」「暗闇の騒ぎの中、敵味方を間違えぬよう、合言葉を忘れるな」と兵一人ひとりに声をかけ気勢を上げた。
相手が百戦錬磨の手練であろうと、こちらには黒い衣の守護神『墨将軍』こと布英がいる。武神の守護を得た我らが軍の勝利を兵らは誰も疑わなかった。

一触即発の均衡を破ったのは、先方だった。

館内から何やら騒がしげな声があがる。
バタバタとした様子から、いまや攻め入るときと布英は「行け」と大刀を振り下ろした。
進撃の開始を告げる銅鑼が鳴り響く。
館の表裏の二カ所から時同じくして大槌で門を叩く。それに対し、塀の上から弓矢が雨あられと降りそそぐ。爆薬に神経をマヒさせる薬草を練り込んだ煙玉に火をつけ、邸内に大弓で投げこむ。塀に梯子をかけるころには門が破られ、大勢の塀が侵入を開始した。

大扉が破られると、布英率いる本隊はワッとばかりに館内になだれ込んだ。
兵が手に手にかざす松明の明りが照らし出す、大刀を握り締めた黒仮面の男。布英の恐ろしい横顔はまさに鬼神であった。

「首謀者の馬を、捕まえろ! ───生死は問わぬ」

いくら国一番の大将軍であったとしても、この期に及び馬は赦される立場ではなかった。
生死をかけ激烈な戦いが想定された。

布は大刀を振りかざし次々と切り裂き、本邸の奥へを目指し進んだ。
だが、不思議なことに館内は不気味なほど、シンとしている…。

勇み足で踏みこもうとする一団を、布英は腕を挙げ、制した。

「───まて。私から行こう」

「布将軍! 危険でございます。ここは私めが!!」

「いや…、ここは私に任せろ。様子を見てくる。
合図をするまで、待て。」

不思議な気配を感じ、松明を一本副官から受け取ると布将軍は暗闇の館内に一歩を踏み出した。

血生臭い淀んだ空気。ゴロンと足元にまといつくものがあった。
暗闇の中、松明をかざし目を凝らして見れば、それは手に武器を持ち骸となった賊のなれの果て。
骸は一つや二つではなく、折り重なるようにあちらにもこちらにも静かに横たわっていた。

「───はて?
内輪もめでもおこったか」

我らが来る前に、我が軍の兵がこの館まで達しているはずもなく。
ならばここに死体がこうも累々と横たわるのは、異様であった。

貴族館の規模は違えど、概ね想像通りの造作であった。
二階に上がり、館の一番奥にある当主の部屋に近づく。

布英は立ち止まる。
不思議なその感覚を敏感に察知し、息をひそめ体中のセンサーを解放した。

恐ろしい… 
久しぶりに感じるこの底冷えのする感覚。

布英は、松明を廊下の壁に立てかけると、暗闇の中を進んでいった。

当家部屋の扉を、音もなく開ける。

そろそろと身体を滑りこませ、当主が執務をとる部屋をぐるりと一望する。
布英の目に入ったのは、室内の奥にある大きく開け放たれた窓だった。


下弦の半月が天空にかかっていた。
その窓に立つ影一つ。

長い黒髪をなびかせた、
女!? ───

ブワッと大気が逆巻き濃密な壁となり、布英の体を押し付けるように気圧す。

布英将軍ほどの男でありながらも、その者の持つ強大な暗黒の邪気に足止めされた。
その間にその影は音もなくひらりと背面にトンボを切り、一瞬で消え失せた。


布英はあわてて窓まで駆け寄り、その影を目で追ったが、すでに闇に溶け霧散していた。

窓際から室内を振り返ると、月あかりに照らされた周囲がようやく見えてくる。
辺りに折り重なるように倒れているいくつかの人影。
もうひとつ。
執務机に伏せた大きな男の姿。
おぼろげな月あかりのもとに、それは───馬大将軍の横顔のように見える。

だがもう、
誰一人、動いてはいなかった。

布英はあわてて廊下に戻ると松明を取り、もう一度慎重に当主の部屋へと戻った。

机に伏せ、絶命していた男の顔を松明の明りの元、確かめる。

偉大なる近衛の大将軍は、その一生を静かに終えていた。

致死傷は首筋にみとめられた小さな一刺しだった―――。


「これが―――人の技であろうか?
それとも、私が遭遇したのは、伝説の死神か…」


布英は茫然とし、
死に満ちた館のなかで立ち尽くした。


(つづく)

*

身代わりの花(16)

ようやく周辺が落ち着いて…。

【バイト妃】【日常】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(16)
* * * * * * * * * *

「───陛下が。
眼光で賊をお倒しに…?」

李順んは胡散臭げに、書類から顔をあげた。

「はい。一昨日の式典襲撃の際、
歴戦のツワモノどもが、陛下の一睨みで次々倒れた、と。
あの噂は本当にございましょうか?」

「…。この忙しい時に真剣な質問かと思えば…」

李順は大仰にため息をついた。

何をバカなことを言っているのですか。

妃を盾にした鄧朗は、
しでかしたことの重大さの圧力に打ち負け、心の臓の発作でもおこしたのでしょう。
弓の射手らは陛下の有能なる隠密が陰から仕留めたといいますよ。

「───本当かどうか、
御身でお試していただいても結構、ですよ?

これ以上私の仕事の手を休ませるようであれば。
陛下をお呼びいたしましょうか?」

…大臣という肩書のある大の大人が。

事後処理で奔走し、発狂しそうなほど忙しい私を呼びとめ
何の話かと思えば

全く…



終わってみれば、あっさりと。
式典会場で捕縛した者たちを覗き
首謀者はじめその郎党らは一掃されていた。

今回のテロリスト側の要求は、
そもそも捕えられている犯罪者の釈放が大きな目的であり、
もし、今回大物を生きたまま捕縛したとして、その身の処遇は微妙に難しい問題であった。

厳しく断罪すべきであるが、
近衛の大将軍まで務めたというその家柄・肩書から
各所から酌量減軽の命乞いが舞い込むのは必至であった。
命在る限り、また次の火種となろう───。
だがその心配はあっけなく失せた。

今回の激しい戦闘で、敵の多くは館を守るため命を落とし
館の中では内輪もめで既に互いを殺し合い、
首謀者の馬大将軍は殺され
馬大臣を殺した者は自害して果てたのであろう、という推論に達した。

李順も、報告した布英自身も、
どうにも腑に落ちない細かな点がいくつもある。

それこそ伝説の死神が現れた、など信じることもできず
かといって
不思議な点を解明しようとしたところでその意味はなく、
「敵をせん滅した」それで結構、と相成った。

ただし、状況について細かな報告は李順の胸一つに納まることとなった。


のちに報告を受けた国王は、しずかに頷いてそれ以上追及しなかった。
唯一、国王その人だけは、その裏を知っていたから──────。



「…まあ、よいでしょう。

これも武勇伝の一つ。
『眼光で敵を倒した』という噂自体は『狼陛下』の威光を示すイメージ戦略上、
プラスであってもマイナスになることはありませんから、ね」

李順は、もう一度ため息をついて納得した。

「それより…。
今後の問題は、あちらの方ですね」

* * * * * * * * * *

コツンと窓から音がした。

「───浩大か」

…窓際に向けて黎翔が声をかける。


「お邪魔とはオモイマシタガ…
今よろしいですか?
…二人とも衣、着てるよネ?」

それを聞いて、夕鈴はボフっと身体全体から煙をあげて真っ赤になった。

浩大の声だけが窓の外からする。

「…馬鹿もの!」

もし、その姿が見えたら黎翔はきっと浩大の顔めがけて小刀を投げ込んだだろう。

「もう大丈夫、って李順さんが。
宮の周辺の兵も引き揚げさせて宜しいか?と」

「…終息したか。引き揚げるよう伝えよ」

「布英将軍がヘーカに目通りを願ってるヨ」

「分かった───しばし待てと伝えよ。
支度をする」


「───静麗!」

陛下が声をかけると、しずかにスイと控えの間の方から女官長がいつも通りの頬笑みを浮かべて跪拝をとった。

「ここに」

「王宮へ参る。支度を」

「畏まりました」

「私が不在の間、よくよく妃の世話をするように」

「仰せの通り」

テキパキと支度を済ませると、黎翔は夕鈴を抱きしめ口づけを落とし

「では、しばし行ってくる。
待っていてくれ」

と部屋を後にした。


ほぼ一日半、黎翔と二人きりで部屋の外に出ることもなかった夕鈴は、女官長の顔を見てホッとした表情を見せた。

「こちらに。お庭で朝摘みのお花をお持ちいたしました」
「…まあ、嬉しい」
夕鈴は花々の盛られた籠に顔を埋め、薫りを胸いっぱいかいだ。
「ここ数日、秘密の客人扱いだったので。
お花の薫りをかぐのは、久しぶりです。…嬉しい」

「それは宜しゅうございました。
今日はどのお花を髪にお挿しいたしましょう?」

「…では。…この赤いお花を」
と夕鈴が華やかな大輪のサザンカを指さした。

「サザンカは、困難に打ち勝つ、ひたむきさ、という花言葉があるそうですよ」
「…!」
「まこと、今のお妃様にふさわしいお花をお選びになりましたね」
と静麗女官長が微笑むと、夕鈴は頬をそめて笑い返した。

「もし、女官長さんがご自分の髪に挿すのなら、どれを選びましたか?」
「…え?」
夕鈴は花かごを持ち、女官長に差し向けた。

女官長は遠慮がちに指を伸ばし、
薄紫の細かい花弁が星のように重なる紫苑の一枝を抜き取った。

「…そうですね。では、これを」

「挿してみてくださいな」
夕鈴が勧めるので、少し困ったように笑いながら
薄紫の小花の一枝を自らの髪に挿した。

「…よくお似合いです。女官長さんの黒髪によく映えます。
とってもお綺麗です」
うっとりと頬を染め素直に褒めるお妃様の人柄は誠に愛おしく。
素朴な些細な交流に喜びは満ちている。

静麗はいつものように櫛をとり、夕鈴の髪をすきはじめた。

(女官長さんの手はちょっとひんやりして、気持ちいい…)
ようやく戻ってきた平常に、夕鈴は心から感謝した。

「―――いつ、王宮にお戻りに?」

夕鈴は、鏡に映った女官長に尋ねた。

「今朝がた、早くに
戻ってまいりました」

静麗女官長は静かに微笑んだ。

「休暇中は、ゆっくりできましたか?
…何かされましたか?」

「何、とは…。
そう、普段手が回りかね溜まっていたホコリを…」

「お掃除ですね?」
夕鈴はニコニコと笑った。

「はい、大掃除を」

「分かります!
無性にやっつけたくなりますよね…。
気になりだすと、片っ端から!」

女官長は夕鈴の貴婦人ならぬコメントに、内心くつくつと笑いだしそうだったが
構えて冷静にいつもの女官長モードで微笑を湛え、こく、とうなづいた。

「───でも、女官長さん。お怪我の方は…」

夕鈴は女官長の身体のことを案じていた。

「いえ、もう大丈夫でございますよ。
ご心配なく」

「それならよかった…」
「お妃さまのお怪我は?」
女官長が櫛をおき、そっと夕鈴の首筋の包帯を押さえた。

「陛下が御自ら念入りにお薬をぬってくださいます…」
夕鈴はポッと赤らんだ。

包帯の下は…
傷だけでなく。
赤い印が押されていることを夕鈴は思いだした。

あっ、と小さく声が漏れる。

(やだ、見られたら、恥ずかしい…)

だが、静麗は素知らぬふりをして妃の髪の元を結ぶと
髪飾り選ぶため横を向いた。

「…では、包帯の交換は
お妃さまのお世話を楽しみにされておられる
陛下のために、とっておきましょう」

女官長はさりげなく気を利かせた。

「事件は落ち着きましたから、
もう、ご安心くださいませ」

静麗は優しく微笑み、最後の花飾りを挿した。
朝露を含んだ赤い花弁が、くっきりと映え、鮮やかに妃を彩った。

「美しゅうございますね」

と一言添え
夕鈴の髪をいつものように整え終えた。


* * * * * * * * * *

「夕鈴様と、女官長様に。
至急、王宮へおいでになるように、と
陛下からお呼び出しが───」

数日間、人払いをされていたため、急に外からそのような声が聞こえ
夕鈴は思わず背中をシャキッと真っ直ぐにした。

「…何事にございましょう?」
女官長が、取り次いだ女官に問いかけると、
女官も要領を得ておらずただ伝言のみを受け取ったという。

「───さあ?」

「分かりました。
とにかく、お支度をして早速まいりますと、お返事を」

「はい」
取り次ぎの女官を戻すと、静麗女官長は美しい衣を妃に着せた。

「よくお似合いでございますね」

「私には…少し派手ではありませんか?」

相変わらず夕鈴様は奥ゆかしいこと…と
女官長は微笑んだ。

「ご安心くださいませ。髪に挿した花飾りとよくお似合いですよ。
お妃さまをお引き立てするのにはちょうど良い塩梅かと」

その時また声がかかる。

「お妃さまは、まだかと───」

「ただ今」

女官長が答える。


「…なにをお急ぎなのでしょうか?
なにか大変なことでも…」

夕鈴が眉をひそめた。

「行かれますれば、
お分かりになりましょう」


(つづく)


身代わりの花(17)

王宮のほうから伝令で、陛下の至急のお呼びがかかり…。

【バイト妃】【日常】【ロマンスの神様】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(17)
* * * * * * * * * *

夕鈴は静麗女官長に付き添われ、鮮やかな衣装を翻し、王宮に渡った。

「陛下がお待ちです」と部屋に通される。

黎翔の傍にいつものように李順が控えていた。
李順はいつもよりの大げさに跪拝をし、うやうやしく妃として夕鈴を出迎えた。

夕鈴は目を伏せて挨拶をした。
「陛下、大変お待たせいたしました」

「愛しい妃よ、よく来てくれた」
黎翔の声がする。
明るく甘い狼陛下の声。

黎翔はすっと妃に近寄より、その手をとると軽く口づけを落とした。

「―――華やかな衣装だな。
髪に挿した花とともに、君をよく引き立てている」

頬をいとおしむように指でなぞられ、夕鈴は息をのんで真っ赤になった。

( ―――? )
至急の呼び出し、と聞き、夕鈴はてっきり、ピリピリとした緊張た雰囲気を想像していたのだが、様子がどうも違う。

ふと部屋を見渡すと、布英将軍が控えている。

「これは、布将軍様!
先日は陛下と私の命をお救いいただき、本当にありがとうございます。
心より感謝申し上げます」

夕鈴は感謝を伝え、深々と感謝の礼をとった。

「お妃様、勿体ない、どうぞお顔をお上げくださいませ。
わたくしこそお妃様にお救いいただいた命。
恩義は一生お忘れいたしません」

夕鈴は顔をあげると
「そんな…。私はなにもしていません。
布将軍の頑張ったのを、みんなが認めてくださっただけですよ」
と謙虚に笑った。

「妃よ、こちらへ座れ」
黎翔が中央の座に腰かけ、傍らの椅子に座るよう夕鈴に勧めた。
夕鈴は素直に椅子に歩みより腰かけ、女官長は夕鈴の裾を直しその傍に控えた。

「ところで、陛下。
至急のお呼び出しと伺いましたが?」

「ああ、―――。」

黎翔は李順の方をチラリとみてから、おもむろに窓の遠くを見つめた。

「―――布英の」
「は?」

「いや、布英のことだが」

「はい」
夕鈴は目の前の将軍まじまじと見つめた。

「布英のことを恐ろしいと思うか?」

「―――いえ?
立派なお方だと思います、が?」

夕鈴は、布英の顔を知っている。
10年前、身に覚えのない罪をなすりつけられ額に罪人の証しの刺青を入れた。鼻をそぎ落とされ穴だけとなり、右まぶたのないむき出しの眼球に、引き攣れ醜くただれ頭蓋骨に張り付いた皮膚の顔の半分は異形にて醜悪、それゆえ長い間諸国を放浪し、人以下の扱いをうけ、底辺の暮らしを行きぬいてきた男である。
今は異形の半顔を黒皮の仮面に隠してはいるが、その身から発する異様なオーラに、誰しもおびえ震えるものであった。
だが、夕鈴はそんな布英に対して『つらい過去を頑張って生き抜いてきた立派な人』という尊敬の念はあっても、表面的な美醜によって差別することがなかった。

「―――静麗はどう思う? 将軍の容貌をどう思う?」

「…?」
女官長はいきなり自分に降ってきたその問いに困惑した。

「ん?」
だが、答えるよう黎翔が再度促すので、控えめな口調で答えた。

「…布英将軍のご容貌は…
お父君の先の将軍のお血筋を引かれ、誠に男らしく立派な骨相にて…」

(骨相で、褒める…!)
李順はその巧みさに、さすが百戦錬磨の女官長、と感心した。

「なるほど」
黎翔が肯いた。

「…では。私の願いはお聞き届けいただけますか?」

布英将軍は国王に向かって跪ずき、恭しく奏上する。

「―――まて。先ほど言ったように。
本人の意思を」

「…ええと、あの。陛下。
お話がよく見えないのですが?」

夕鈴が何のことやらと、ついにしびれを切らして、そっと黎翔の耳元にささやき、尋ねた。

「―――実は」

「今回の働きに褒美を取らせる、と」
「はい」
夕鈴は、ニコニコと笑った

「おじさんは命を懸けて立派にお働きくださったので、当然のことですよね!」

「わたしにできることなら、何なりと申し出よ、といったところ…」
黎翔の口が少し重たくなった。

「―――もちろん、ご予算的な問題は、私の判断も加味させていただきますがと、申し伝えました」
李順が間に口を挟んだ。

「布英が即答するに
『女官長殿を賜りたい』と」

(―――は?)
 女官長の眼が一瞬細くなった。

「…え?」
夕鈴は目を丸くし、ぽかんと口を開けた。

「私は『それは、ダメだ』と答えた」

「なぜでございましょう?」布英が問う。

「あれは、夕鈴の大事だ」と、黎翔。

「―――女官長さんは大切な人です…
離れたくありません。
でも、女官長さんがお幸せになるのなら…」

夕鈴はハラハラとしながら、赤くなったり青くなったりして、布英、静麗と順に見比べた。



「横から口をさしはさむは、非常に僭越ではございますが。

―――少々、お待ち くださいませ」


静麗女官長が、静かに立ち上がった。

「布英様」

「はい」

「わたくしをご所望、というのは、どのような意味でしょうか?
身の回りのお世話なら、貴方様ほどのお方、いくらでもご採用できることと思いますが」

「いえ―――もし、貴女さえ宜しければ。
妻に、と」

なぜか夕鈴が真っ赤になった。

静麗女官長は、いつものとおり透き通った白い顔で微笑みを崩さない。

「布英様。わたくしは貴殿よりも十は年上。
このような婆を相手にせず、
貴殿の家門のご繁栄のために、若く美しい女性をお迎えください」

「女官長殿、いや、…静麗殿!」

「わたくしは、陛下の御ため一生を捧げております。
夕鈴様のおそばにあることこそわたくしの一番大切な勤めにございます」

「お考えいただく余地は少しもないと?」


静麗女官長は、美しい横顔を少し曇らせ、細い息を吐いた。

「―――嬉しゅうございましたよ。
ですから、どうかこれを私の、身代わりに…」

静麗女官長は、髪に挿してあった花をすいと抜きとると
布英将軍に手渡した。

―――紫苑。

「…というわけだ。
布英、褒美は何か別のものを」

珍しくも黎翔の歯切れの悪い言葉。


「―――いえ。
今回のご褒美は
この身代わりの花にて
―――十分にございます」

布英は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、
静かに引き下がった。


「では、私はこれにて」

踵を返し、退出する布英将軍を見送り、
李順は言った。

「褒美に花一輪とは。
欲がない男です…」


カツン、カツンと重たい足取りが遠くまで響いた。
黒装束に身を包み、人を寄せつけぬ孤高の将軍は、今何を思うや。


―――紫苑の花言葉は

「君を忘れず」


(つづく)





<至急のお呼び出しの舞台裏>

陛下と李順さんの二人で
布英将軍の報告に立ち会って
その際に褒美話が持ち上がった。

布英将軍の望みに対して
(陛下としては、リーリーを夕鈴から離すことはできない、という正当な理由を言うことはできないので)
「それはダメだ」と一方的に突っぱねたのですが
女官長が凄腕の刺客ということを李順さんは知らないので、
『褒美が女官の下賜なら安いもの』と思い、すすめたがった。

あまりに陛下が布英の要望を叶えることを渋るので
「もしや女官長は、陛下のお手付き?」疑惑まで持ち上がり
「ないない、ぜったい、それはない!」(汗;)と陛下も追い込まれ
「ならば、本人の気持ちを聞いてみろ」と相成った模様。

蛇足をば、お粗末様でした。





明日はいよいよ、インテです^^

楽しみです…。



身代わりの花(18)

それぞれの未来は。
夕鈴目線で。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(18)
* * * * * * * * * *

布英将軍は女官長さんを妻に、と望み
女官長さんはそれをお断りになった。

大好きなお二人のことで、あまりに突然に、あまりに淡々と、ことが私の目の前を行き過ぎた。

布英将軍の背中を見送った後
私は心が痛くて、言葉を失った。

思わず私の眼に涙が浮かんでいた。
陛下はそれをやさしく指で拭い去った。

「―――何もかも、うまくは
行かぬこともある。
妃が気にすることではない」

「そう、でしょうか?」

「時には。
叶わない望みもある…」
陛下は苦笑された。

「大切な方の望みならば、私は叶えたいと願いますよ?」

私は胸に広がる空虚な気持ちを振り払いたくて、
その時、思わずムキになってしまったかもしれない。

「ならば君は。
私の望みを、叶えてくれるのか―――?」

陛下は私の両腕を捕らえて、正面から私を見据えた。
そのあまりにも真剣な陛下の表情に、私は、つい怖気づいてしまった…。

「―――え?」
おびえた表情を、陛下は敏感に察知した。

ふっと表情を緩め、一瞬子犬陛下の優しい、寂しい笑顔をがよぎった。

その時、李順さんが横から声をかけた。

「…失礼ですが、陛下。
周宰相が…」

珍しく周宰相が部屋の外まで迎えにきていると告げられた。


「すまない、夕鈴。また、後で。
李順、妃を頼む」
と私に一言断ると、すぐに狼陛下のお仕事のお顔に戻って、陛下はすぐさま謁見の間を後にした。

振り向きざまに見せられたその横顔は厳しく、陛下は本当にお忙しいんだと実感した。


私は言葉もなく畏まり、お見送りをした。

沈黙を破ったのは李順さん。

「お妃様。ついででお時間頂戴いたします。
少し、宜しいですか?」
厳しい上司の硬質な言葉に私はビクリと体をこわばらせた。

「は、はい」

いつも事務的な話をするときに用いる
側近の執務室のほうへと移る。

「―――ああ、女官長殿。少し外で待っていてください」

「畏まりました」
女官長はしずしずと部屋の前で頭を下げた。

「夕鈴殿、これを」
李順さんが懐から小さく折りたたんだ手紙を取り出し、手渡された。

青慎の文字。
私はあわてて手紙を開いた。

「姉さんへ。一度、家に帰れますか」と短い内容。

ずっとずっと気になっていた。

絽亥さんとの話はどうなったんだろう。

───私は花嫁になるために家を出て
結婚式のその日に、花婿の身代わりに化けていた陛下と逃げ出し
そのままこの王宮へと身を隠し。

そして、陛下と結ばれて…。

もしかしたら、父さんや青慎を相当困らせているのかもしれない。

父さんの対面を保ち、青慎の将来のために…。
私はいったいどうしたらいんだろう、と心配で堪らなくなった。

真っ青になった私の様子に、李順さんがお茶を出してくれた。

今日のお茶も…普通に濃い。
しかも、今日はお茶菓子が付いている。

いつも白湯か薄い茶しかださなかった、しまり屋の李順さん。
初めて濃いお茶を出された先日は、バイトのクビを言い渡された。
…あのときの悪い印象が先立ってしまう。

このもてなしぶりは、何なんだろう。

「───失礼な。
そのように、お茶一つにビクビクと。
そんなに私がケチだというのですか?
あなたが陛下にお出しするお茶の時間を大切になさっているのは、存じています。
ですから、時には私も貴女の誠実な働きに報いたいと思っているだけですよ」

「───え?」
わたしがキョトンとした顔をすると、李順さんはハァ…とため息をついた。

「さて。夕鈴殿」

なんだか改まって呼ばれると、怖い。

「はい」

「弟君からのお手紙ですが」

「───はい」

「…そのまえに、どうぞ」
李順さんがお茶菓子を先に取るよう、私に勧めた。
二度勧められ、躊躇いがちに私はその一つを受け取った。

甘い…。
私がもぐもぐと口に入れる様子を見て、李順さんはホッとした様子を見せた。
お茶も勧められる。

「申し訳ありませんが、一度、家に戻って家族の者と話しておきたいことがあります。
…でもやはり、今帰るのは、無理、ですよね…?」
と小さい声で尋ねる。

「───結構ですよ」

「え?」
OKってことですか? …でもまさか。

嫌味の一つもなしに、こんなに簡単に承諾のお返事が貰えるだなんて…!?
数日前のバイト妃クビ宣言の時と全く同じ流れで、冷や汗が流れた。

李順さんが深く息を吸い込むと、大きく息を吐いた。

「もう一度、申し上げておきます。
夕鈴殿、あなたの幸せを邪魔するつもりは、
私には毛頭ありません」

「───は、あの…?」

「ですから。
お帰りいただいて結構です」

「それって…。
あの。私
やっぱり、もう一回、クビ、ってことですか!?」

私は思わずガタンと席を立った。

「あなたを狙う賊の騒ぎも一段落しました。
この間に、陛下の憂いをスッキリして差し上げるのも、
あなたの仕事ではありませんか?」

「陛下の憂い…?」

「あなたが家族に対して負い目を感じ、
ご自分を追い詰めていることですよ」

「負い目―――」
たしかに、そうだ。

「あなたのことです。
人に頼るのは嫌だ、とおっしゃるでしょう。
ですが今回だけは、私の方で段取りさせていただきます」

「…あの?」

「―――以前、陛下の代わりはいない、と申しました。
そして、私の唯一の主にとって、あなたの代わりは誰もいない、ということですよ。

ですから、今回のお父君の件やあなたの嫁入話のゴタゴタについては、わたくしが丸く収めましょう。

ただし―――」

「ただし?」


「…」
そこで言葉をきると、李順さんはメガネを一旦取り外し、手布で磨き始めた。
そのあいだジッと私は李順さんの指先を見つめていた。

「夕鈴殿。
あなたも、ご決心ください」

「決心…?」

「あの方と、ともに歩まれるのか。
それとも、別の道を行かれるのか

―――二つのうちの、どちらの未来を貴女は願うのか、をです。
夕鈴殿」



(つづく)




身代わりの花(19)

未来の選択肢と、決断と。

【バイト妃】【甘】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(19)
* * * * * * * * * *

王の間の客人として、ここ数日、この椅子は夕鈴の居場所だった。

向い合せに置かれている王の椅子は主不在のまま。
夕鈴は、たそがれ時に独りで夕日を見つめていた。

西の空は茜色に染まり、鳴き行く雁の群れを目で追った。

どれほどの間だったのか考えることすらなかった。
はっと気が付くと、藍色と灰白色の薄闇がせめぎ合い、
地平すれすれに最後の残照を微かに残すのみ。

「灯を」と思いつき、立ち上がったその時。

ふわり…といつものあの方の風雅な香の薫りが漂った。
不意に背中から抱きしめられる。

「そんなところで。
風邪を引く気か?」と背中から低く暖かい声が響く。

「陛下?」

「―――うん」
陛下は中途半端な返事をしたまま、ぎゅっと夕鈴を抱きしめた。
夕鈴は目をつぶったまま、背中から包まれるそのぬくもりに浸った。

「実家に、帰るのか?」

「―――はい、帰って
きちんとお話をさせてください」

夕鈴は迷いなく言い切った。

「―――李順のやつが。
君に、何か言った?」

「…」

「そう、か」
黎翔は夕鈴の言葉を待ったが、これ以上は聞きたくない気もした。

夕鈴が、ごそごそと黎翔の腕の中で反転し向き直る。
「陛、下?」

黎翔は寂しそうな顔をして、今にも泣きそうに見えた。

やさしく、夕鈴の髪に挿してあった赤いサザンカの花を取った。
黎翔は手の中のその花に顔を寄せると、花芯にそっと口づけ、手で握り締めた。

「サザンカの花言葉は、困難に打ち勝つ、ひたむきさ、だそうですよ?
女官長さんが教えてくださいました」

「困難に、打ち勝つ、ひたむきさ、か―――。
君にぴったりの花、だな」
と黎翔は静かに笑った。

「でも―――私は。君の身代わりに、この花だけを貰っても。
もう、我慢ができそうにない。

君の暖かさを知ってしまった今は。
もう、布英のように、無欲ではいられない」

黎翔の握り締めた手の中から、はらはらと花弁が散る。

「わたし…一度、家に帰ってきます。
お許しいただけます、か?」

「―――ああ」
黎翔は目を閉じて肯いた。

「私は、自由な君を好きだから。
君は、いつだって自由だ―――」

黎翔は、両手を夕鈴の肩に置き、自分自身に言い聞かせるように彼女にゆっくりと伝えた。

「だから…。
君は、人に縛られることなく、
自由に君の未来を選べ」


夕鈴には、陛下が泣いているように思えた。

だけど
夕闇が迫り、辺りはもうすっかり暗くなって、
灯がないとお互いの顔も見えなくなっていた。

「陛下?」

「ん?」

「陛下。あのですね」

「うん」

「大切なものって。
―――私、わかったんです」

「何が?」

「大切なものは、いっぱいあって
どれも本当に大切で愛おしいもので…」

「―――うん」

「でもね。人間って、手が二本しかないじゃないですか?」

「…うん、あ。
手は…、そう、二本だな?」

「だから。本当に大事なものは。
手放しちゃダメなんです。

私、布英さんと女官長さんを見ていて、思いました。
…それぞれ、いろいろ大切なものを背負って、両手に抱えてしまっているけど。
手は二つしかないからですね、
一番大切なもののために、二番目を譲ることも大事だって。
選べるときに、きちんと見極めないといけないって」

「…ゆうりん」

「捕まえていられるのは、片手に一つずつ。
しがみつけるのは両手で一つだけ。

だから…本当に大事なものは、しっかり両手で握り締めてないと…」

そう夕鈴は言うと、真っ赤になって黎翔の背中に手を回し
ぎゅっとその衣の端を掴み、しがみついた。

「…私にとって、陛下が
一番大事、なんです!」

「―――え?」

「本当に、一番大事なのは
陛下なんです」

「ゆう、りん?」

「そばに居たいんです」

「―――うん」

「一番、一番、一番…いちばん…」

夕鈴は泣き出した。

「いちばんは、陛下」

黎翔はその小さな細い体を折れそうになるまで抱きしめた。

「君の、代わりになるものなんてない。
私は、君と一緒にずっと居たい。
そう願っても…構わないのか?」

「私…陛下とずっと一緒に居たい、って思っても、
許してもらえますか?」

黎翔は泣きじゃくる夕鈴の頬にそっと手を当てた。

「―――許す」

「え?」

「ずっと。私の傍に―――妃として。

花嫁に、なってくれるか?
この狼陛下の」


「―――はい」

ようやくしっかりと目を開けて、お互いがお互いの視線をまっすぐに捕らえた。

「苦労かける」

「陛下と一緒なら、へっちゃらです」
泣き止んだ夕鈴のつやつやした瞳が、かすかな星明りを反射している。

「家族に…心配をかける」

「…わかってくれますよ。私の家族ですから!」
夕鈴は肯いて、笑った。

笑顔のもどった妃の頬を両手で挟むと、
黎翔はゆっくりと顔を近づける。

「では。
―――君は、私のものだ。
その爪の先から、髪の一筋にいたるまで。
すべてが、私のもの。

離れがたき比翼の鳥、連理の枝のごとく、
ずっと私のそばに。

愛しい私の花嫁―――夕鈴」

額をコツンと合わせ、頬ずりされて、身動きもできずに夕鈴は黎翔の腕の中で目を閉じた。


「…はい」


夕鈴は、真っ赤になって、約束の口づけを受け入れた。


(つづく)


*

身代わりの花(20)完

最終回。
夕鈴の弟、青慎目線でみえた断片的な出来事。

【バイト妃】

* * * * * * * * * *
身代わりの花(20)
* * * * * * * * * *

下町に、天女が舞い降りたか、と思った。

美しい馬車と雅な人の群れ。

『何か特別なお祭りでもあったけ?』…と、首をかしげながら家に戻ると
馥郁たる薫りと清浄な光に包まれた人の群れが、ぼくを迎えた。

「…青慎」
声を掛けられるまで、夢かと思った。

美しい人々にかしずかれた中央で、きらびやかに着飾った貴人中の貴人。

その女性は、
まぎれもなく、
ぼくの姉さんだった。

父さんが家の中でハトが豆鉄砲をくらったような顔をして座っていた。

「とりあえず、此度はお披露目とご挨拶まで」

口上を述べるいかにも偉そうな人に遮られ、父さん、僕は、家族であってもろくに姉さんと言葉もかわせなかった。

そうして、雅な行列は夢のように去って行った。

* * * * * * * * * *

紛失したと思われていた公金は、全く思いもよらぬ別のところから発見され
父さんの疑いは晴れた。

不思議なことに、姉さんと絽亥さんとのことは白紙に戻っていた。

実際、あの日すでに絽亥さんは兵役についていて不在で
姉さんと絽亥さんは会ったこともない、のは事実らしい…けど。

ややこしいことを省くと、
姉さんはそれ以前にさる名門大貴族の養女として迎えられており、
絽家とは何のかかわりもない、という。

むつかしいことは、よくわからない。

絽長官自身が『息子と汀家の娘との婚礼などあるはずがない』とおっしゃったそうだから、そういうことなのだろう。

絽長官は隣の州で偉い役職に任ぜられ、数日の内にもこの地を去るそうだ。

* * * * * * * * * *

父さんは、知っていた。
ぼくもうすうすわかっていた。


姉さんがいつものように手荷物を抱えて戻ってきた。
後ろには、いつものように背の高いあの人が付いてきていた。

「姉さんっ!!! お帰りなさい。
―――どうしたのっ!?」

「青慎、ただいま」

姉さんがもじもじしてる。
いつも通りの姉さんだった。

「…あ。父さん、探してこようか?」
ぼくは、つとめていつも通りに答えた。

「…うん、お願い」
姉さんの後ろで、李翔さんがにこっと笑った。

「青慎君、すまないね」
「いえっ! すぐ戻ります」

父さんは、すぐ見つかった。
というか、役所のほうに『すぐ帰るように』と上から伝言があって、家に帰る途中だったそうだ。

小走りで父さんはものすごく汗をかいていた。

「―――青慎、お待たせしてはいけない。早く戻ろう」

家に僕たちが戻ると、姉さんはお茶の用意をしていた。
のんびりした日常の風景なのに、何かが違った。

ぐるぐる気持ちだけが回っていて、狭い汀家の居間がいつも以上に粗末で狭く感じた。

李翔さんが腰を掛け、お茶を飲んでいる。

父さんは、家に戻るなり、その前に跪拝した。

僕はまさか本当にそんなことがあるのかしら、と今の今まで思っていたけれど
父さんの背中を見て、やっぱりそうだったんだと理解した。

「…堅苦しいことは抜きに―――
汀岩圭。
今日は一つ、彼女の願いを聞き届けてもらいたい」

「―――はっ」
父さんは、李翔さんの前で伏せたまま答えた。

「父さん」
姉さんが声をかける。

「私、このお方のお傍に参ります」


* * * * * * * * * *

ぼくの家には秘密がある。

義理の兄さんは国王陛下。
実の姉さんは、その妃だ。

だけど、決して口にしてはいけない。
お互いの命にかかわる弱みとして付け込まれないように。
保身のため。


貴族の養女を経由してボヤかした姉さんの氏素性は守られている、というけど
こうしてちょくちょく『お忍び』と称して
尊き御身が我が家でご滞在されるのはどうか、と思ってしまうことも、ある。

「李順の奴の仕立てた仰々しい行列と、根回しの効果は絶大だったろうな。
それは夕鈴の考えていた彼女なりの誠意を持った対応とはかけ離れていたけれども…」

あまりのことにびっくり仰天し、言葉を失ったぼくたちの顔を想像されて
お笑いになる国王陛下はちょっとお人が悪いと思うけれども…
まあ、姉さんが幸せなら、いいか。


姉さんは、いつも義兄さんと一緒。

―――正直、ちょっと当てられるけれど
それが一番幸せそうな姉さんの姿であることに違いなかった。


『冷酷非情の狼陛下の唯一の花』と噂に聞く、悪名高い絶世の美女と姉さんが同一人物っていうのは、いまだにどうにも理解しがたいことではある。

いつも一生懸命で
お人好しで
誰かさんのために必死な姉さんと、
あのお方のやり取りを見ているのは幸せな時間だった。


白陽国は良い王様を戴いていると
ぼくは胸を張って世に誇りたい。


* * * * * * * * * *



君は、私の唯一の花。

身代わりたるものは、この世に一つもなし。




(おしまい)






蛇足のあとがき

あれ、これでおしまいですか?
と言われそうです(笑

でも、今回は当事者からワンクッション置いた青慎君の
傍観者目線で、あえてお話を締めくくろうと思います。


ハッと気が付くと、ブログのカウンターが499831で(2014/1/15 23:15現在)で
もうそろそろ大台500000HITをお迎えするのですね…。

しばらくリアが忙しく、
正直なところ、
ブログをお休みしようかと考えたこともありました。

加えて年明けのイベントで本を出すことを決意したり。

しかも年末から年始にかけて、まともであっても忙しい状況で
うっかり連載を開始する時期でもなかったのですが
どうなるのか自分でも試してみたかったこともあり
(実験敵に)
自分としてはかなり短い内容ページ数で刻みながらも
細々と続けられるか連載のスタイルを模索した感じがあります。

背景や心情的に
「こういうことがあったから、こういう動きにつながった」
必要な部分を自分自身が書いて乗り越えたうえでないと
その先がウソになるような気がして進めないところがあり
やり方の問題だったのですけれども、ご迷惑をおかけしたりして
それも、申し訳なかったです

ブログを続けるべきではないのかと考えたり。

行ったり来たりしながら、でもお話しの最後まで頑張りたいな、という気持ちだけでここまでたどり着きました。


今回のお話では
(シエルさんのコメントでもいただきましたが)
夕鈴の代わりに後宮入りしたそっくりさんの「身代わりの花」、
夕鈴がお父さんの汚名の「身代わりで花」嫁、
陛下ご自身が「身代わりの花」婿役、
そして、
女官長さんが布英将軍に差し出した「身代わりの花」と
(最終的には、陛下の代わりも、夕鈴の代わりもいない、というところに落ち着くのですけれども)
いろいろな「身代わりの花」のモチーフを埋め込んでみました。

どのお花が印象に残ったでしょうか…。
(夕鈴のそっくりさん、侍女の小燕さんのご冥福をお祈り申し上げます)

それぞれに楽しんでいただければ嬉しいです^^


布英将軍のロマンスは、
刺青の男を書いていたころから「なくはない」サイドストーリーとして
いつか書くかもしれない、と思っていたあたりを組み込みました。

狛キチさんから11/21頃に頂いた
「布将軍が幸せになるお話(できればお子様の誕生を)」というつぶやきリクも
頭の片隅で関わっておりました。

幸せの予感だけ少し横切って、少しも幸せじゃなかったので「差し引きゼロ」。
狛キチさんには申し訳なかったですけれども。

布英将軍×女官長さんの絡みは、かすめた段階で非常に鋭敏な反応をいただいたり
一瞬主人公の話を喰ってしまったか、と危ぶまれたりもしましたが(笑)
これに懲りずまた頑張ってほしい、というお声も多くいただきまして
オリジナルキャラクターのお二人に温かい応援、嬉しくもありました。


じつは、まだキリリクが残っております。

355555HIT 知福・惜福・分福さんのキリリク
366666HIT まみりんさんのキリリク。

連載をしているうちにカウンターだけ回り
だいぶお待たせしてしまってすみません。

50万HITの大キリ番
もし踏まれた方いらしたらぜひお声掛けください。
上記のような状況ですが…首だけは長めにm(_ _)m
(40万HITの時のように、自爆しないよう気を付けます)

また、当面非常に忙しく短い連載を書くので精一杯という状況で
一度ためてしまった拍手コメント御礼のお返事が滞ってしまい
そのままお返事できない状況が続いておりますこと
非常に心苦しく、お詫び申し上げます。

お寄せいただいたコメントは全部読ませていただいております。
本当に、嬉しくて、励みになっています。


いつも温かく見守ってくださって、ありがとうございます。
感謝をこめて。

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Author:おりざ
秘密の苑・刺青の男[織座舎]陛下の花園へようこそ。”狼陛下の花嫁”の二次創作作品を綴っています。足跡などお気軽に残していただければ嬉しいです。【新刊】秘密の苑・刺青の男パラレルアンソロジーパラレルアンソロジーとらさんで取扱。【お詫び】拍手コメ御礼お休み中です。本当に申し訳ありません。お返事ご希望分はコメント欄へm(_ _)m

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