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新しい年を君と

本年もよろしくお願い申し上げます。

【初詣】

* * * * * * * * * * * *
新しい年を君と
* * * * * * * * * * * *

「夕鈴、ちょっと」
背後からヒソと黎翔に声を掛けられ

「―――何でございましょう?」
と夕鈴は最後の笑顔を振り絞って振り向いた。

今日は大みそか。

年を送り新たな年を迎えるための様々な行事や準備で
ここ数日国王と妃は疲れ切っていた。

「―――こちらへ」

黎翔は夕鈴の手を取ると暗闇に向けて足早に歩き出した。

「あっ!?
陛下っ―――どちらへ!!」
李順の声が追っかける。

黎翔はニコと笑うと
「李順。今年はご苦労だった。
私は、これにて仕事納めとする。
来年もよろしく頼む。
―――では!」

言うが早いか、夕鈴を抱き上げ駆け出した。

「―――あっ!
陛下っ!!」
李順が叫ぶが、中庭には鞍の乗った黎翔の愛馬に馬が用意されていて、黎翔はそれに夕鈴を載せてひらりとまたがり、あっという間に遁走した。

「…李順さん、ゴメーン」
浩大の声。
「とりあえず、先に謝っとくねー?
俺、へーかの命令には逆らえないんだー」

(くっ。どこに潜んでいるのか、
当然、姿を見せないですね…?
…まったく。どいつもこいつも)

「…でもまあ…。良しとしますか」

李順は、がらんと静かになった執務室を見回すと、
しばらくじっと佇んでいた。

それから、おもむろに机の上を片付けはじめる。

「―――さすがの私も。少々疲れましたよ」

* * * * * * * * * * * *

李順が執務室の灯を落とし鍵をかけるころ―――
馬で去った二人は山の上の古寺の参道の入り口で、黎翔は軽やかに馬から降りた。
鞍の上の夕鈴に手を差し伸べ、抱き下ろす。
馬をつなぐ。

「ここは…お寺ですか?」

ときおり鐘が鳴る。

「本殿まで二人でお参りしない?」

真っ暗闇の馬上で、必死に黎翔にしがみついていた夕鈴は真っ赤な顔をしていたが、暗闇の中でそれを見られなくてちょっとホッとした。

いつもは真っ暗な参道も、大みそかの今日は参拝者のためにところどころに篝火がたかれている。

大きな山門が見える。
くぐる際に黎翔は手を合わせ一揖し、夕鈴はその作法をまねた。


黎翔は夕鈴と指を絡ませる。

夕鈴はドキリとしたが
「山道は危ないから、ね?」と言われると、
おもわずきゅっと指を返して握り返してしまった。

「この階段を上るんですか?」
「うん。端をね。歩くんだ」
「端?」
「山門を入ったら、下界を離れここは聖域に入ったからね
ああ、空気が冷たくて清々しいな。
もうすぐ、新しい年がやってくる。
二人で一緒に参ろう」と誘った。

「は、はい」

夕鈴は黎翔に手を引かれ
二人で石段を登る。

参道を登りきるころには息が上がって…。


手水舎で身を清め、新しい蝋燭に火をともし線香をあげる。

「陛下のお作法は…見ているだけでもすがすがしいですね」

「―――ん?」
黎翔は目を丸くして笑った。

さりげない、なにげないことが、美しい。
この世に稀なる高貴なお方とは―――そういう、存在なのだ。

線香の煙が漂い、暗闇の中に御殿が篝火に浮かび上がり、人々の黒い影が行き交う。

焚火に古いお札をくべ、パチパチと火の粉が飛び散る。


最後の除夜の鐘が鳴り響き、
「年が―――あける」と声がかかると
誰からか口々に祝い合った。


「夕鈴。
新年、おめでとう」

黎翔が軽く夕鈴のほうへ顔を寄せて言祝いだ。

「陛下、明けましておめでとうございます…」

夕鈴は、返事をすると「…っ」と小さく声をあげ、胸を押さえてしゃがみ込んだ。

「―――どうしたの!?」
黎翔は慌てて夕鈴の肩に手を当てて、抱き起こした。

「いえ…。
すみません、ご心配なく。
―――こんな、贅沢な新年は初めてで」

「贅沢?」

「―――だって。万人が受けたいと思っている
陛下からの祝福の言葉を、
私は一人だけ今年一番のりでいただいたのですから…
畏れ多くて。
思わず、足が震えちゃいました…!」

黎翔はフフと笑って。
「それなら、私も一緒だよ
君の祝福を
独り占めしているんだから―――」


誰も、二人のことを特別とも思わず。
―――国王としらず、妃と知らず。


ただむつまじく手をつなぎ
殿の前にすすむ。

一揖し、金貨を投げる。
夕鈴の投じた金貨はコツンと跳ねた。
一瞬ドキっとした夕鈴。
金貨はコロコロ、コトンと賽銭箱に収まったのを見て、ほぅと安心した表情を浮かべる。
―――そんな仕草が可愛くて、黎翔はじっと見守った。

二人で鈴を鳴らす。
そして胸の前で手を合わせ、願う―――。
お互い、透明な気持ちで真剣に。
…ふと満足げに黎翔が笑った。
夕鈴も笑った。

二人してもう一度一揖して、無事お参りを終える。

二人でお参りをする、という小さな達成感と幸せに
夕鈴はホンワリと暖かい微笑を漏らした。

歩き出した黎翔はヒソと夕鈴に耳打ちをした。

「―――何をお願いしたの?」

「…秘密です。
そういう陛下は?」

「―――では。
私も、秘密にしておこうか…?


…いや。

実は、こう願った。
私は」

陛下は夕鈴の手を改めて大きな掌ですくい取り
握り締めた。

「…君との、新しい年に。
幸多かれと」
黎翔は、懐の内側にすっぽりと夕鈴を収めるように抱きしめる。

夕鈴は小さな声で答えた。

「私は
―――陛下が
もっともっとお幸せでありますように、と願いました」

暗闇の中で、年改まった厳かな気持ちで夕鈴は真面目に答えた。

「君と一緒なら、私は幸せだよ?

だから、夕鈴。
ずっと一緒に居ておくれ?」

黎翔は甘えたように背中から抱きしめ、返答を待っているものだから、
夕鈴にはもう一歩の逃げ場もなく…。

ついに小さく、コクとうなづいた。

「―――陛下。
今年もよろしくお願い申し上げます」



(おしまい)
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SS わたしのものは、きみのもの

Happy Birthday!

Rさんのお誕生日に寄せて

【黎翔×夕鈴】

* * * * * * * * * *
わたしのものは、きみのもの
* * * * * * * * * *

シンと静まった自室で、紙の上を筆が滑る音だけが続いていた。
そこに隠密がいることは気が付いていた。

だが私は顔をあげず淡々と仕事を続けていた。



───このところ忙しすぎた。
だから李順に要求し、了承させた。

行事もない、朝議もない、なにもない一日を妃と過ごす、と。

明日は一日、休暇。
忍びで夕鈴と王宮を抜け出し街へ下りる約束もとりつけていた。

久しぶりに、二人とも一日まるまる自由。
幸せな休暇にしたい───だが、目の前にはそれを阻みかねない山のような決済待ちの書類。

辟易とするが、片づけない限り増えるまこと厄介な限り。

…李順は全く手加減というモノを知らん。

明日は休暇だ、と前々から言っていたにもかかわらず
嫌味のようにここぞとばかりに仕事を押し付けてきた。


「へーか。
お妃ちゃんの誕生日って、知った?」

「───何?」

私は思わず、隠密の方へ振り向いた。

「…あれ?
やっぱ、知らなかったの?」

「だから、なんだ!」
私は忙しいのに、自分だけノンビリと人を食った口調の隠密に少々神経を逆なでされた。

「明日。お妃ちゃんの誕生日でしょ?」

「───は?」

「あー、やっぱ。知らなかったんだ。
よかったネ。
だからわざわざ明日にしたのか、どーなのかなーって?

せっかくのお出かけするんなら、
ちゃーんとお祝いしてあげなきゃ」


「…その情報は、耳に入れる価値があるな」
私は、引出をあけ適当な酒瓶を一つ隠密の方へ放ってよこした。

「やたっ! いー酒じゃん!」

さすが有能な隠密は主人にとって有益な情報を選んで報告する。

私の手元は更に速度があがる。

ならば早く片付けて、明日のプランを練らねば!!

「そういえば…。
今平安区の中央に小屋掛けしてる
人気のジョッキー・チュンって役者の
包丁人カンフー列伝って演し物が
すっごい人気らしいっスよ?

…あと、その近くのお楽しみ・グルメ特選情報ね」

浩大は懐から地図らしき巻紙をチラと見せた。

「…ほう?」

もうひと瓶、酒を取り出す。

───交渉成立。

「じゃ、おいら見回りに行ってきまーす。
お仕事、頑張ってねー」

にぱっと笑って浩大は姿を消した。


* * * * * * * * * *

「えー? 陛下。
ほんとにいいんですか?」

「うん、いーから。
食べて食べて」

「でも、今日は朝から下町に出て、
お茶して、お団子食べて、
桟敷席で劇を見させてもらって
ご飯おごってもらって…
───それもこんな高級飯店で!!
なんだか悪い気がします」

「劇、面白かった?」
夕鈴の顔色を窺うように慎重に覗き込む。

「そりゃ、もう!
ジョッキーさんの大根の速切りの技と、あのおタマと包丁で闘うシーンには…
鳥肌が立ちましたっ!!」

まだ興奮が残っているのか、思わず手足を動かしながら一生懸命シーンを再現している夕鈴は可愛い。

「ね、あっちの市、覗いてみない?
こっちのお店は手づくり飴で有名だって。
少し買ってく?」

「あー、ほんと、すごい飴細工ですね~!!
でも、へーか…じゃなくって、李翔さんって、
本当に下町情報詳しいですね!?」

「いや? あー、それほどでも」

私は思わず懐の情報誌を手で押さえる。浩大の情報は正確かつ的確だった。
二人連れだって市の店を冷やかす。

「夕鈴は、何か欲しいものある?」

「特にないですよ。ご心配なく!
見てまわるだけで十分幸せです!!」

しまり屋の彼女は、難攻不落。
無欲すぎて、取りつくしまがない。

市の中でも女性向けの雑貨を扱った店を通りがかる。
「…!」
何かに目をとめた夕鈴は思わず立ち止まる。

「何か記念に一つくらい…どう?」

と、あきらかに夕鈴が目をとめていると思えた飾りボタンを一つ手に取り、彼女の胸元に当ててみる。

「…! こんな高価なものはっ!
…それに、つける衣裳もありませんし」

───だめ、か。
ガッカリした。

こんな感じで、何かをすすめても断り続ける夕鈴。
彼女は私からの贈り物を、何も受け取ってはくれない。

「夕鈴、何か欲しいもの、ないの?
…他に、食べたいものとか、
見たいものとか、
───行きたいとことか?」

「いえ、何もいりません。
いまのままで十分です!」

つつましやかな彼女を
どうしたら喜ばすことができるんだろう。

夕鈴の誕生日。

私は祝いたい。

彼女のために何ができるんだろうか、と私なりに考え抜いた。

とりあえず街に出て、当たり障りないことから、と順に試してみたけれど。
今のところ、何一つ解決策は見つからない。

万策尽きた私は、本当に困り果ててしまった。


夕鈴は私の様子に気が付いて、ふと暗い顔をしてうつむいた。

「せっかくの陛下の貴重なお休みなのに。
私ばっかり甘やかして、
私のために無駄にさせてしまって、すみません…」

「そんなことないよ?」

「───でも
陛下、困ったお顔をされています」

チョイと眉間のあたりを指さされた。

「李翔さんの眼鏡をかけていても、このあたり。深いシワが…」

夕鈴の細い指が私の額に触れて、離れる瞬間、
私はおもわずその手を捕えた。


「夕鈴の誕生日を…祝いたかった」

「───え?」

「君の誕生日が今日だと」

「…え!?
あ…確かに。そうでした!

でも普段家ではお正月にみんなまとめて齢を取るお祝いをしていたので…
気にしていませんでした…。
どうして私の誕生日なんて、ご存じなんですか?

…ああ、だから!!
こんなに…贅沢なお食事とか…

あーっ、もう!!
李翔さん、気を使いすぎですっ!
私のことなんかで…」

少し慌てた表情で、君がオロオロしはじめた。

…ああ、逆効果。

なんだろう、すごい敗北感。
ガッカリしてしまう。

「…私は、君の生まれた日を
君と二人で祝いたかった。

だから───
君に何があげられるんだろうって、…悩んで。
分からなくて…」

思わず、ションボリしてしまった。
そんな私に君はますますオロオロする。

「だから、そんなに甘やかさなくていいんですってば!」

「…でも。知りたい。
君が欲しいものは、何?」

進退窮まり、私を悩ませている原因がなんであるか
ついに白状した。

「私の?───

お気持ちはすっごく嬉しいんですが…。

えーっと。
あんまり自分のこと、とか
…すぐに思いつきません…」

彼女はあっけにとられて
ポカンとした表情で私を見上げた。


「思いつかない?
何も?」

彼女の両肩を掴んで、顔を覗き込む。

「…えっと。でも
───私。
いつも

陛下に楽しんでもらいたくて。

どうしたら、陛下が喜んでくださるんだろう、って。
そればっかり考えてるから…

陛下が今日みたいに、なんだか難しいお顔されて、困っていらっしゃると…申し訳なくて」

と夕鈴は恥ずかしそうにモジモジした。


───!

ああ、…なんて君って
無欲なんだろう…

思わず、いろいろ考えすぎた自分がおかしくて。


…そうだ。

───そうだった。


ぷっと吹き出す。


「今日一日君と一緒で、
私は本当に、楽しかった!!」


私が思わず破顔すると

「ああ、よかった!

その笑顔が
一番のプレゼントです!」

と彼女はパッと太陽のような笑顔で答えてくれた。


「夕鈴。
今日一日、本当に楽しかった。

お誕生日、おめでとう!!」


吸い込まれるように、君の柔らかな頬に口づけをしてしまった。


───怒らないで。夕鈴

だって私の喜びは
君のものだ、っていうから。



(おしまい)


*

SSS とおいところ

設定はこだわりませんが、本誌設定、バイト妃、かなと。
陛下のやんでれなつぶやき


* * * * * * * * *
SSS とおいところ
* * * * * * * * *


「一人で遠くに行かないでくださいね?」
と君がいうので

「じゃあ、一緒に来て」


彼女の言葉尻を捕えた。



王様という役割は
人からは、とても遠くて

この地に在りながら
人の手の及ばぬ遠くに
縛りつけられている。

誰からも嫌われ
怖がられるべき存在。

ただ役割を担うために
在る己の身


私は
この身も命も
たぶん
執着すべき対象ではなかった。


いつでも捨てられるもの

そう思えて仕方がなかった。


───でも
君が一緒にいてくれるなら
もう少しだけ。

ここで、踏みとどまれそうな気がする。

人からどれほど遠くても

まだ
私はこの世で
人の形をとり
在ることが
できるかもしれない。



家族と離れ
人と離れ

私と一緒に
遠くに行く?


生まれながら逃れられなかった運命を
呪いこそすれ、祝福とは思いもしなかった
その私自身で

自由な君を
檻に入れるのを躊躇わらなかったわけではない。


堅苦しい
正妃という役どころを君に負わせるなど

酷い男だ

だけど。
もう手放せない。


───陛下はズルい 
と、
君は言うかもしれない


でも

『遠くに行かないで』
『一緒に居ます』

そう、言ってくれたのは



だよね?


私たちは
桂花の木の下で、約束したのだ。


───そう。


私たちは
互いに気づいてしまったから。


傍に
居てくれないと

互いが
困る

と。



(おしまい)

SSS 水月病

白陽国SNSの日記に上げたものをこちらに移植です。
すでにあちらでご覧になった方はすみません。

白友さんの『5月病。またの名は「水月さん病」』という一言が元ネタで
ぽろりとこぼれ出たSSS。

T様にささげます。


初出:2014年05月08日11:55


【バイト妃】

* * * * * *
水月病
* * * * * *

夕鈴はへんてこな表情で、
黎翔の手元をじっと凝視している。

「なんだ?―――
そのように愛らしい顔で見つめられては、
ちょっと困るな」

黎翔は、はは、と軽く笑い場を和らげた。

しかし、夕鈴はいまだ緊張したまま、
やはりますますヘンテコな顔をしてズズイと一歩、黎翔に近づいた。

「陛下、その手にあるのは…?」

(近いよ? ゆーりん)

「?
―――篳篥(ひちりき)?」


「ひちりきっ?!」

夕鈴はトコトコと近寄り、黎翔の手元にある楽器を右から左から、目を眇めて見聞する。

「…楽器、みたいですね」
「楽器、だよ?」

「どんな音がするんですか?」
「…ゆーりん、試してみたら?
吹いてごらんよ」

夕鈴は「え、いいんですか?」と黎翔を見上げる。
にっこりと笑うと黎翔は、夕鈴の手にその楽器を握らせた。
いかにもくわえてくれとばかりの吹き口。
節と節のあいだに穴のあいた部分は、指でふさぐのであろう。

「ここ、くわえるんですね?」
「ん」

こわごわと吹き口を加え
「…吹いてごらん?」
といわれて、そっと息を吹き込んだ。

すーーーー…

―――ん? 

思ったほど簡単には音が、出ない

「もっと力いっぱい、吹いていいよ」

今度はほっぺたを膨らませて、
思いっきり吹いた。

その顔が、たまらなくおかしい。
黎翔は、ぐっとこみ上げるものをこらえた。

プウゥーーーーーー 


大きな音が鳴りわたる。

「!」


夕鈴は嬉しそうに
「音が出ました!!」とはしゃいだ。

今度は指を穴にあててふさいだり、放したりしながら吹く。

ぺーーーーーーー!

ぴぃーぷぅうーーーーーー!!


夕鈴は興奮し、ほっぺたがぷっくり膨らんで顔の造作が崩れてもお構いなし。
百面相する彼女は見ていて楽しい。

貴族のツンと取り澄ました女たちなら、決してこのような表情は見せないだろう。

キャッキャと浮かれて、それはもうめちゃくちゃに
いろいろな音を出して遊び、吹きまくる。


夢中になって音遊びをしていた夕鈴は、黎翔の視線を感じ
ひちりきをくわえたまま
黎翔の方に「ふぇーふぁ?」と振り返る。

きょとん、と見上げる瞳。
楽器をほおばったほっぺたは、おまんじゅうのよう。

黎翔はメロメロと腰が砕け
彼女の腰を捕らえて引き寄せると寝椅子にごろりと横たわった。

「きゃっ!
くっ、くわえている最中に急に動いたら
危ないですよ!?」

少し怒った顔も…

…、ダメ。
かわいすぎ…。

「ごめん」
黎翔は素直に謝った。

腰に手を回され、ぎゅっと引き寄せられた夕鈴は、ちょっと居心地悪そうにおたおたして、必死に取り繕った。

「―――陛下…」

「なに?」

「あの。―――
音がでると、楽しいですね」

照れながら、はにかむ夕鈴。

そんな彼女を抱き寄せ、黎翔は幸せだった。


だが、なぜか
彼女は突如「―――ん?」と固まった。

そしていきなり真っ青になり、黎翔から距離をとり
肩をすくめ、急に必死な形相で頭をペコン!と下げた

「あ…!!
ご、ごめんなさいっ!!
大変失礼しましたっ!!」

その夕鈴の急変ぶりに、黎翔は慌て体を起こす。

「―――えっ? え? 何っ??」

―――なにか、ぼく、態度悪かった?

夕鈴を何か傷つけちゃった?
―――誤解されたのなら、どうしよう!? 

と、ドキリとして
慌てた黎翔は、一気に小犬に戻ってしまった。

「ごめんっ!!
ぼく、何か悪いこと、したっ?」
しょぼん、と耳と尻尾が垂れる。


「いえ、あの―――
その。
もしかして、私…
おそれおくも…陛下の
か、かっ、間接キス…を
奪ってしまいましたかっ…?

なんて失礼なことを―――申し訳ありませんっ!!!」

と顔を伏せた。


――― 。

黎翔はたまらず手で顔を隠す

「いや、残念だけど
まだ、吹いてない、よ?
―――安心して」

なんとか、そう返事をする。


「―――ああ、そう、でしたか…」

夕鈴はほっとしたような、残念なような、複雑な表情を浮かべた。


それを見た、黎翔。
「…貸して?」
と、夕鈴の手からひちりきを抜き取り
口にくわえた。

みうみる耳まで真っ赤に染まる夕鈴を見ながら
黎翔は率直な心境をこぼした。


「―――、
ああ、ぼく。


なんか。
仕事、行きたくなくなっちゃった」


その言葉を聞いたとたんに
夕鈴はビシッと背筋を伸ばした。

「へーか!
水月さんみたいなこと言うのは、やめてくださいっ!!」


怒られた黎翔は
夕鈴を抱きしめて、笑い転げた。



---(終)---

篳篥(ひちりき)って、こんな楽器らしいです…。
amazonnさんより


SSS ご夫婦の日

5月22日は「ご夫婦の日」によせて。
(SNSの日記より再掲載)

【ご夫婦】

* * * * * * * * * *
SSS ご夫婦の日
* * * * * * * * * *



池の端のあずまやに
誘われるままに来てみれば

隠してあった包みを取り出して
「陛下、ありがとうございます」と渡された。

「―――え?」
ときょとんと問い返すと
今日は何かの記念日だという。

正直このところ忙しすぎて、
君が大切にしているささやかな何かに気を配ることもできなかった


丹念に君の手で縫われたであろう
涼しげな一重。

たとえどんなに忙しくて、君と会えない日が続いたとしても

これからの季節、この衣に袖を通すたびに
思いだそう。

こそばゆいような君の笑顔と
君が居てくれることへの安堵


何度繰り返そうと、
いつも、新しい

君への、ありがとう、を。


初出:2014年05月22日13:36
*

sss やさしいひと/他人行儀

* * * * * * * * *
やさしいひと
* * * * * * * * *

その人は、なんでも叶えられる特権を持っている。
それゆえに人に取り巻かれ、苦しみ、孤独を感じているのだろう。

その人は、優しいから。
私のためなら、といつも甘やかす。

でも
その人に頼るのは、
自分の実力もないのに楽してるようで、
―――なんだかとってもずるい気がして。

ちゃんと、地に足付けて、自分のことは自分でやったうえで
人の役に立つのがカッコいいじゃない?

実力もないのに、人の助力に頼って、楽をするような人間だと、
あの人に、ガッカリされたくない。

やさしいから、
甘えたくない。

傷つけたくない。




* * * * * * * * *
他人行儀
* * * * * * * * *

その人は、楽して叶えられることに痛みを感じる。
たぶん苦労して、涙し、努力したからこそ、この世の理を知っているのだ。

その人は、潔いから。
私のためにならないと、といつも身を引いてしまう。

でも
私がなんとしても助力を差し向けたい思うのは、
常日頃の振る舞いを見ているからであって、
―――私は君の役に立ちたいのだ。

人のことばかり考えて、いつも自分のことは二の次さんの次
笑顔で誰かのために奔走している君は、カッコいい。

君は十二分に他人に尽くし、その恩恵は誰がすべきなの?
たまに頼られてこそ、君に認められた証しのような気がして。

やさしくしたい。
甘えてほしい。

愛しい君だから。



(おしまい)

*

プロポーズの日2014

今日6月2日は
プロポーズの日、らしいです。
プロポーズの日に寄せて。
すべりこみ。

【たぶんバイト妃】

* * * * * * * * * * * *
プロポーズの日2014
* * * * * * * * * * * *

それはいつものような夜。
陛下はいつものようにお仕事でクタクタで
私はいつものように茶器を揃えおいしいお菓子を用意していた。

「ただいま、夕鈴―――」

人払いを済ませると、さっそく陛下は小犬にもどり
ちょっとはにかみながら、にこっと笑った。

「―――なんだか、嬉しそうだね?
今日は何か、いいこと、あったの?」

当然のように、私を膝の上に招き、
抱えるように包む。

今日、侍女さんたちと庭を散歩したこと。
咲き染めの淡い桃色の薔薇(そうび)が美しく、思わず侍女さんたちが恋占いを始めたこと。
八重崎の花弁が多すぎて、なかなか占いの結果が出なかったこと…
「…恋占いって、みんなでやると、ちょっとどきどきしちゃいません?」
つい熱が入って真顔で陛下のお顔に近づきすぎた。
クス、と笑われ。
…あ…。やだ。
話、…えっと、話の続きを―――早く。

「えっと…陛下。それで。
―――お見合いすることになりました」

「そっか…それはよかった――― えっ?」

陛下はガタリ、といきなり立ち上がったので、
私は陛下の膝の上から転げ落ちそうになった。

陛下はあわてて私を抱え上げ、鼻先スレスレのところまできれいなお顔を寄せて覗き込んだ。

「…っと、ゴメんっ!」

誰からも、冷酷非情な狼陛下、と呼ばれている人なのに。
「お見合いっ?
誰と―――!?」
陛下はきれいな瞳をまん丸に開くと、急にオロオロとしはじめた。

「…あのその。
そんな風に真正面から問われるとちょっと。恥ずかしいんですけど―――あの…老子の…ご紹介で」

(老子?―――いつのまに、あやつ、
そのような話を―――!?)

「ダメっ!!!」
ギュッと目を伏せた陛下は、力づくで私の両肩をひきょせる。

ながいまつ毛が私の頬にちくちく触れてくすぐったいけど、
息もできないほどぎゅうぎゅうと私を抱きしめるものだから
しばらく一言も発することができなかった。

「絶対―――ダメ!
そんな、うさん臭い話」

「う、うさん臭くなんか、
ない、ですっ
ちゃんとした、お相 手 ―――で…
へっ、へーか!!
く…くるっしいです…」

ハフハフと空気を求めてあえぐ私に気が付き
ようやく陛下は腕の力を緩めてくれた。

「ごめん…でも」
だらり、と力を落とし、黎翔は夕鈴を長椅子に下ろして、その隣に座り直した。

「でも…。陛下?
自分のことは一番、自分が分かるものです。

人には立場っていうものがあって。
自分の身の丈に見合った場所に落ち着くのが、一番幸せだって…
誰だって、最後には悟るべきなんですよね。

どんなに夢を描いても―――
分別を持って、時には現実を受け入れないと、ですね。

年齢も年齢ですし。
もうあまり選択肢、ないですよ(笑)

だから、あの―――
心から祝うって…
その、できません、か―――?」

「―――ダメ!」

「あの、せめて、もう少し詳しくお話だけでも聞いて―――」

黎翔が、憤然と立ち上がる。

「―――っ」
そんなに、怒ることですか―――?

「絶対に
許さない」

冷たい赤い瞳で射抜くように見つめられ
私は痺れたように動けなくなった。


一回だけドクンと大きく弾んだ心臓は
そのあと脈打つを忘れたように、時が止まった

「―――だって…お年頃なんですよ?
申し分ない、立派なお話で―――」

…いきなり、唇を奪われた。

「―――なっ?…んっ!!」

力づくで、強引なそれは、鼻も頬も一緒くたに
かじられるように押し付けられて
…狼に、食べられてるような気がした。



ようやくドンと胸を突き飛ばし、二人の距離を空ける。

羞恥心で神経が焼き切れそう。
なの視線に入った自分の指は、血の気が引い青白く見えた。

はあ、はぁ…と荒い息づかいに、正気が戻ってくる。
震える指先で口許をぬぐった。

「―――絶対に許さない!」

「は…え?
――何?」

「だから、君が見合いをする、と―――
それももう先々まで決めたような口ぶりで…」

「え―――?
ちが…」

「ぼくのことなんか―――
置いて
行ってしまうつもりなんだ―――」

「違います!
どうして陛下を置いていくとか、いかないとかのお話になるんですか?
全然関係ないじゃないですか―――!」
「違わない!!」
「違いますって!!…」
「僕のことなんか…嫌いなんだ
―――嫌われるようなことばかりしてるから」
「だから…、」
「夕鈴は、僕のことなんて嫌いなんでしょ?」
「へーかは、関係ないでしょ?!」
「やっぱり、僕のこと、嫌いなんだ」
「嫌いなわけ、ないじゃないですかっ!」

「じゃあ、僕と結婚して!」

―――え?

はい?

それって、プロポーズって、やつですか?

あわあわと蒼白になっている間に、
もう一度抱き寄せられて、今度は優しく口づけされた。

「私が先約。―――だからその見合い話はぶち壊す」

「陛下。ホンキですか…?」
「―――嘘や冗談で、求婚できる?」
「…いいえ。陛下はそんなお人じゃ…」
「本気だから。お見合いは止めて―――」
「あの、陛下?
お見合いは、だから。
私付きの―――侍女さんの話ですよ?
20歳になってしまって、嫁き遅れたってずっと気にしてた…
彼女の話じゃ、なかったんですか?
私、仲人するんです…
どんな様子か今から楽しみで―――」

やおら腰をさらわれ、すたすたと部屋の奥に―――
「きゃっ…!」


「妃が仲人をするというのなら、
我々がもっと仲良くなっておく必要が
あるな。
人生の先輩として―――」


(おしまい)

雨乞い

ブログ1周年記念 3本勝負、3本目
―――――――――――――――――
シエル様
"胸キュン陛下×夕鈴(浩大ピンチ)"
バイトでもいいし、未来設定で夫婦になりお子までいる設定どちらでも構いませんが、陛下が賊に襲われ浩大が命の危機に!ってなり、夕鈴が陛下が命の危機に!と勘違いで、ラブラブ展開に発展
―――――――――――――――――

シエル様、ありがとうございました。


【バイト妃】【ちょっと流血しますよ】【痛い】

* * * * * * * * * * * *
雨乞い
* * * * * * * * * * * *

「―――これは大切なご公務ですからね?」
李順さんにジロリと念を押された手前、嫌です、とは言えなかった。

ため息をつきながら、重たい妃衣装にさらに上着を重ねる。
なにもこの季節にこんな正装しなくても―――ただでさえ妃衣装は重たく暑い。

その日もとても日差しが強く朝から汗ばむほどで、昼にはさらに気温が上昇しそうな予感だった。
何週間も雨が降らず、あちこちで干ばつの被害が報告されはじめ、慣習に従うべしという卜部の奏上を重んじる老臣たちの勧めもあり、国をあげて雨乞いの儀式を行うことになった。

もっとも近代的な考え方である黎翔は、占いを信じて雨乞いを執り行うなど、はなからやりたくはなかったのだが、荘園領地を抱える貴族らの声を無視することもできなかった。

儀式を執り行うともなると参列する側も大変である。
国王夫妻も精進潔斎し、雨が降るまで最長一週間の雨乞い行事に立ち会わねばならない。

「もっと簡素な衣装では―――」
「様式、支度は細かく取り決められており、勝手はなりません。
万が一にも雨が降らず、それが妃の不備や勝手な振る舞いのせいだと言いがかりでもつけられたら―――どうします? バイトのあなたはいいかもしれませんけれどね。陛下のお顔に泥を塗るおつもりですか?」
そう言われてしまえば、シュンとするばかり。

時間をかけてようやく支度が整い、陛下の元に挨拶に訪れる。

儀式のための古典的な装束を身に着けた陛下の立派なお姿におもわず見ほれてしまった。

「わが妃はいつにもまして美しいな」
そう言葉にされると、嬉しいような―――照れるような。

陛下はこんなに暑くても汗一つかかず、涼しいお顔。

王族に生まれ育った国王様だし。場数も踏んでるから当たり前といえば当たり前。
さすが、というえばそうなんだけど。

私のよりさらに重たそうな衣裳をサラリと着こなすあたり
なんだか―――悔しい。

だから私も衣裳が重いとか、暑いとか、文句をいうまい、と心に決めた。

儀式を執り行う王宮広場の中央には広い祭壇が築かれ天幕で覆われている。
いよいよ雨乞い儀式が行われる。

白い天幕で仕切られ、あちこちで焚かれた護摩の煙でがもうもうとする祭壇には国中から集められた僧侶が整然と居並ぶ。鳴り物で儀式の開始が知らされ、長い長い文言から始まった。

最初は興味深く見つめていたがそれもほんのわずかな間だった。

苦しんでいる民のためとはいえ、雨が降るまでひたすら祈祷を続ける苦行を執り行うというのは大変なこと。
早朝の暗いうちから執り行われた初日最初の儀式が無事おわったのは、もう昼過ぎで、それだけでもへとへとだった。

「これからは坊主どもの読経を唱え続けるんだ。法力を頼みに雨が降るまでは、これを七日七晩、か―――。
…長丁場になるかもしれない。夕鈴、君はあまり無理をしないで―――
交代の時間でしっかり休んでおいで」

カラカラに喉が渇き、それでも飢える国民のため、と思えば我慢もできた。

「いえ、大丈夫で…す―――」

クラリと思わずめまいがしたその瞬間、
シュっと小さな風切り音がして、何かがかすめた。

―――え?と気が付くと、天幕にブスリと矢が刺さっている。
陛下は顔つきが変わった。

「賊だ―――! 出会えっ!」

「王の天幕に、弓引く不埒物を、ひっとらえよ!!」

辺りは大騒ぎになった。

陛下が私の肩を捕らえ、抱き寄せる。

「夕鈴、怪我は?」
「いえ―――」

「―――お妃様、大丈夫ですか!?」
李順さんが駆け寄る。

雨乞いの祭壇まで大混乱。
集められた僧侶たちは騒然としはじめた。


陛下がすばやく私に声をかけ、心配そうにのぞき込む。

「夕鈴、痛いところはない?」
「どこも―――」

実害はないけれど、私は緊張で酸素不足に陥りそう。

「かすったが無傷のようだ」
「…やだ、めまいがしなかったら―――当たって、た?」

いまごろになって、ガタガタと震えが走る。

「安心して…夕鈴。
―――李順、妃を安全な場所に」
「は」

儀式用の剣しか身に着けていなかった陛下は、すぐさま脇に置かれている愛刀に手を伸ばし、
その間にも矢の撃ち込まれた角度から敵の位置に見当をつけ、私をするりと李順さんのほうへ押し出した。

「すぐ戻る―――」
「あ、陛下っ!!」
私には、陛下の動きが止めらえなかった。
いつも、何の役にも立てなくて―――。

「―――陛下っ! お待ちくださいっ!!
警備兵を揃えてから、陣頭指揮を…」

「浩大、いるか―――?」
「っほいほーい!」

人が多すぎて―――混乱の中、何も見えない。
戦いとは縁遠い僧侶はパニックを起こし、怒号と悲鳴が飛び交った。

賊が誰なのか、どこにいるのか、何が目的なのか―――

敵がいると思われ、警備の者らが向かった方角とは全く反対の、裏をかいた茂みがガサガサ揺れ、大きな影が飛び出した。
はっと気が付いたとき、天幕のすぐ傍に血走った目の一人の荒坊主が立っていた。

雨乞いに呼ばれた立派な装束の僧侶らとは異なり、汚れすさんだ破戒僧。
仁王立ちになってその大きな体を熊のように誇示し、太い腕で私を指さした。

「雨乞いなど―――

そもそも、狼陛下が妃の言いなりになって
国政をおろそかにするから
罰が当たったんだ―――

傾国の悪妃を退治すれば
天も雨を降らせよう―――!
悪妃こそ、生贄にささげるがよい―――」

そう言って、薙刀用の朴刀長器を振りかざした破戒僧は
当たり構わず跳ね飛ばし、私の方へ向かって切り込んできた―――。

「夕鈴っ!―――」
陛下!?

「お妃ちゃん―――!!」

* * * * * * * * * * * *

李順さんや周りの人が私を守り、もみくちゃにされながら視界の端に血しぶきが上がった


「陛下っ!」
「陛下ぁああ―――!!?」
周りから声が上がる。


「―――陛下の身に?」
私は息が止まりそうだった。

やだ―――

「夕鈴殿―――見てはいけません」
李順さんが鋭く低い声を出したけど、目を閉じられない。

賊が取り押さえられ、人垣が切れたとき。
数名が折り重なったその場に
陛下が血まみれで、片膝をついて、愛刀でかろうじて体を支えていた。
白い、古式ゆかしい儀式の衣裳が―――赤く染まっていた。

「へ―――陛下ああああっ!!!」
私は思わず駆け出して、陛下の側へとはしった

すぐそこが、なんて遠いの?
たった10数歩しか離れていなかったのに―――
陛下は…
今日の儀式の妃衣装は重たくて、動きにくくちっとも前に進まない

やだ―――陛下!

ようやく陛下の側にたどりついた。
手をのばし、陛下の頭を胸に掻きよせギュッと抱きしめる。

「―――夕鈴…?」

陛下の声に、ホッとする。

「大丈夫ですか?
すぐお医者さまを―――
気を確かに―――しっかりしてください」

「心配するな。大丈夫だ」

「でも、すごい出血です―――動かないでください
どこをやられたんですか?
すぐ手当を―――」

「浩大だ」

「へ?」

「いや、儀式用の服が重くて。
足を取られ膝をついた途端切り込まれ。
浩大が盾になった
あいつは―――?」

「え…浩大?」
ときょろきょろと見回すと、浩大は1、2間ほど跳ね飛ばされて、腹のあたりが大きく割けて血まみれだった。
怪力に任せて朴刀長器で薙ぎ払われたのかかなりの大怪我だ。
さすがに浩大。
腹を抑えて「いってー!!」と叫びながらも、上体を起こし「―――ちっ、やられた」と冷静に自分の腹を見下ろした。

「陛下は大丈夫です―――」

浩大には本当に悪いけど。陛下が無事だ、と分かった途端
私は緊張の糸がほどけ思わず、ワンワンと泣き出した。

陛下の頭を抱きしめたままどうしてよいのかも分からず

「陛下、陛下、よくぞ御無事で―――!
浩大、痛かったわね、痛かったわよね―――でもありがとう」

そう言いながら、涙があとからあとから出てきて。
抱えた陛下の頭に頬ずりして泣いた。

「しっ 心臓が止まるかと思いました―――!
陛下が切られたと思った途端
生きた心地がしませんでした―――」

ヒックヒックとしゃくりながら、陛下の頭をわしわしと抱きしめた。


切られたのが陛下ではなく浩大と知ってちょっぴりホッとした事実に対し急に罪悪感が湧いてきた。
思わず尋ねる。
「こっ、浩大は―――?」

「あちらで手当を受けてる。大丈夫そうだ。
ほら、手を振ってる―――」

よかった…。

まだまだ涙は尽きなくて…。でもそうこうしているうちに
突然、ゴロゴロ…と遠雷が鳴り響きい、あれよあれよという間にビュービューと強い風が吹いて。
そのうち空からパラパラ、パチパチと白い雹(ヒョウ)が降ってきた。

「ぎゃ!」
祭壇周りにいた僧侶たちは頭を守り、四方八方に飛び跳ねた。

あっけにとられながら、両肩を支えられ周りの人に助け起こされた私は、ようやく陛下の頭に回した腕の力が抜けた。私の胸に埋めていた陛下が顔をあげて、ニコリ、と笑ったその笑顔を見て、またしがみついて泣いた。

雹(ヒョウ)の当たらない天幕の下まで担ぎ込まれ、椅子に座らされたけどまだ涙は枯れなかった。
そうしたら今度はもくもくと黒雲が立ち込めたかと思ったらザンザンと大雨降り始めた。

「―――夕鈴の涙が、雨を呼んだのかな?」

「ば、ばかなこといわないで―――」
ひっくひっくと泣き続ける私。



「心配してくれて嬉しい

でも、もう泣き止んで―――」


そう言って、陛下は私に
優しくキスをした。


―――雨がやむまで。



(おしまい)



現地視察

ブログ1周年記念 3本勝負、4本目 ←すでに3本勝負じゃない。

―――――――――――――――――
風花さま
"明るい系陛下×夕鈴"
(跳ね兎、たじたじ狼、腕の中)
―――――――――――――――――

風花様、ありがとうございました。

明るい系の陛下、といえば、李翔さんが思い浮かびます。
舞台は下町、も定番ですが、今回はお二人の旅の一コマで…。

【バイト妃】【微糖】

* * * * * * * * * * * *
現地視察
* * * * * * * * * * * *

―――勝手に連れ出した。

私も、時には勝手気ままに過ごしたいのだ。

やるべき務めはすべて果たした。
いいや、やるべき以上、すでに済ませたぞ、文句なかろう。

先回りで精力的に仕事をした分、
少しくらいは、許せ―――。


当初から李順の組んだ公務の予定は、隙間なくびっしりと埋まっていて、
そもそも「遊び」「観光」といった要素など、どこにも見当たらなかった。

にもかかわらず、私は妃をこの視察に同行させていた。

それは、たまたま、というよりも、
密かな目的があったのだけれども…。
それは内緒。

とにかく私は王宮の大臣ら、例のうるさ方の面々を半ば強引に押し切る形で、妃を連れて視察に出た。

この公務で最も比重が大きかったのは、国境付近の穀倉地帯の治水事業。
かなり大がかりで時間も資金もかかるこの事業はようやく実現化へ向けて動き出したばかりでぜひとも見ておきたいものだった。

ところが今朝がた。
予定現場へ行く途中の橋が晩の大雨で流されてしまい、現地が混乱しているので今回の一行による視察は見合わせてほしいと延期の願いが届いた。
というわけで、もともと半日でも隙間をつくって強行軍突破しようと練っていた私にとっては願ってもないチャンスだった。

―――国王の急病。
ちょっとした体調不良など、誰にでもある。
旅先での疲れで倒れたことにして、束の間の休暇を楽しむことに決めた。

実は密かにガイドも手配済だ。
視察団本部には李順を残しておく。
病気の国王の代わって長官らと塩梅よく采配するだろうし―――。

せっかくのデートの邪魔はされたく、ない。

「夕鈴、少し、外に行かない?」
「外、ですか―――?」

朝餉の後、散歩にでも行くのかと思ったんだろうな。
君は「はい、喜んで」と軽く誘いを受けた。

* * * * * * * * * * * *

浩大の御する小さな馬車。
とくに裕福でもない中流貴族の物見遊山、といった風情に仕立ててある。

「へーか!?
ちょっと外へ、といいながら―――馬車で遠出して
大丈夫なんですか?」

「視察、だよ? 川辺の」
「視察、ああ、そうなんですか…でも
私、陛下のお仕事に、足手まといなんじゃ…?」

「まあ、視察って言っても。内内なものだから」

「内内…?
―――あの…、李順さん、には…?」

「うーん。まあ、内内だからね―――」

「―――!?」
夕鈴の胸に嫌な予感がよぎる。

「もう、来ちゃったし。
君に見せたいものが、あるんだ」

この時期だけしか見られないという時期、場所、情報等を確保するため、現地にはガイドを手配してある。

小さな町にあるたった一つの旅籠を兼ねた飯店。
昼食の時間に、そこで落ち会う、と連絡していた通り、奴は現れた。

小さな飯店だったが庶民的な料理はどれもおいしそうで、すでに机の上には乗りきらないほど並べられている。
浩大は遠慮して隣のテーブルについている。

「ご無沙汰しております」
「克右、ご苦労」
「…陛下、ありゃ。今回は娘さんもご一緒ですか―――?」

克右は、仰々しくない程度に丁寧な礼をすると、克右は浩大の卓についた。

浩大は早速小さな声で情報を伝える。
「…おい、軍人さんヨぉ、この方は貴族の李翔様! そんでもって、奥さんと一緒に旅行中。
あんたの役どころは李家出入りの商人。今回の旅の案内人だってサ―――
いいかい?」
奥さん、といわれ、夕鈴は口いっぱいにほおばっていた湯を思わずごくん!と呑み込んだ。
「熱っ!」
「―――大丈夫か? やけどは? あーんして見せて」
顎を指でクイと引かれ、口許を覗き込まれた夕鈴は赤面した。
「ち…近いです!! 李翔さんっ!!」

「―――相変わらず、仲の宜しいことで」
二人のやり取りを少し遠巻きに、目を合わさないように気遣う。

「腹ごしらえをしたら、行くぞ?」
「行くって? 遠いんですか?」

「日暮れ前までに、少し山の方へ移動しないと―――」

* * * * * * * * * * * *

連れてゆかれたのは山の近くのせせらぎ。

「ここで、この時期にだけ見られる景色があるんだそうだ」
「へぇ…確かにきれいなところですけど。
特に変わった風にはみえませんが?」

「そうだね。今は―――
もう少し暗くなると見えるはずだ」

川べりから見上げると、少し離れた小高い野原に浩大と克右の二人がいた。
少し大きめのテントを一つと、小さなテントを二つ設営している。

「何の準備ですか?」
「暗くなってから移動するのも危ないから、今日はここで野営する」
「野営? 私は初めてです」
「そうか。女性には慣れなくて、申し訳ないけれど…」
「わたしは、どんなところでも平気ですよ?」
ニコニコ笑いながら、物珍しそうにテントを張る様子を見学していた。

馬車から荷物を下ろしたり、てきぱきと二人は働いていた。

「そういえば―――その景色というのを、陛下はご覧になったことがあるんですか?」
「いや。話に聞くばかりで。一度この眼で見ておきたいと。
それなら君と、と 思ってね。少し無理をさせたな」
「あなたがいてくだされば…大丈夫、です」


いつの間にか自然とつながれた手。
『二人で川風になぶられながら、陛下とこんな会話をしてるなんて、まるで…デートみたい』と夕鈴はドキンと胸が高鳴った。

「もうそろそろ、日が暮れる―――。
団扇を持っていくといい」

ガサガサと草をかき分ける音がして、ガラスのランプを手に、克右と浩大が川べりまで降りてきた。

「では、こちらの方へ」

先頭に立った克右の案内で、川に沿って林の奥へと一行は進んだ。
宵闇迫る薄暗がりの中、ぶらぶらゆれるランプの淡い光と、繋がれた手だけを頼りに進む。

「ここら辺り、で見られると聞いてますがね…」

そう言って、立ち止まる。
息をひそめて辺りを見回していると、あちらの岸辺でチカ…と緑色の明りが揺れた。
「あそこ」
ガサガサともう少し進む。
「暗いから。足元に気を付けて」
陛下の腕がのびてきて突然腰を引き寄せられ、ドキドキした。

あっという間にとっぷりと日は暮れ、残照が空から消えると、辺りは一気に暗くなる。
すると、草地ぜんたいに、ぼんやりとした緑色の小さな灯が。
…それはよく見ると動いたり、ふわふわ飛んだりする。

「蛍、という虫だそうだ」

「わぁ…!」
思わず歓声をあげた。

暗闇が増し目が慣れると蛍の放つ淡い光が鮮明になる。
直ぐ近くにもよちよちと歩く蛍。

ふわふわととんだ蛍がすぐ目の前を行き交い、鼻に留まる。
「夕鈴の鼻が、光ってる…!」
プッと吹き出す陛下。

宙を舞う蛍の動きにあわせ団扇であおぐと、その団扇に一匹の蛍が留まった。

「へーかっ!! ほらっ!! 捕まえましたよっ―――!?」

「お嬢ちゃん、虫かご、いるかい?」
克右さんに、細い竹組に薄い紙を貼った小さな虫かごを渡される。
渡された虫かごの中に一匹入れてみると、かすかにアンドンのように光った。
「…きれい」
「そうだね」
お思わず陛下の手を握ると、陛下も手を握り返した。

あたりを見回すと、浩大らしき人影が持っているアンドンはもう相当数の蛍が集まっているようで、
光を放ってきれいに見えた。
浩大はひょいひょいと器用に素手で捕まえ、しかも速い!

「へーか!!
もっと、たくさん集めましょう!!」

つい競争心を煽られる。

団扇で草むらをあおぐと、蛍がふわりと飛び立つ。

「あ、あっち、あっち!
へーか、あっちの方に、もっとたくさんいますよ!?」

陛下の手を引いて、駆け出す。
その途端くぼみに足を取られ、転びかけたところを抱きかかえられる。

「ほら、足元に気を付けて!」
「へーか! そんなふうに抱き上げられていたら、蛍が捕まえられません!!」

「だって、君は転びそうだったんだよ?
川にでもおちたら、どうする?

―――君こそ、蛍のようにどこかに飛び去って行ってしまわないかと…
私は捕まえるので必死だ」
陛下はクスクスと笑った。

「私は―――飛んだりしませんよ?」
「どこにも?」
「どこにも―――行きません」
「では、私の腕の中に居て」

「―――今は蛍を…!」
「うん、でも。
…ちょっと寒い、かな」

「た…確かに。
日が暮れて少し寒くなってきましたね」
頬が染まるけれど。声が震えないように、普段通りに何気なく応えるふりをする。

「夕鈴、あったかい。ちょっとだけ―――こうしていて」
「…」
嫌、とは言えない。

あちらでは、虫かごに集めるために、浩大と克右さんが蛍を追っている足音がするのに―――

私たち二人は暗闇に紛れて蛍の舞う中、抱きしめ合って
お互いの体温を感じていた。

* * * * * * * * * * * *

「成虫の蛍の寿命は、数日の命だそうだ」

そう聞くと、なんだか申し訳なくなって
そのあとたくさんは集められなかった。


テントに戻ると、大きいテントと小さいテントでひと悶着。

私は当然、小さいテントで一人で寝るつもりだったのに、
「そんな不用心なことはできない」と首を縦に振らない。

浩大が二カっと笑って「見てて、見てて!」と呼び止める。

大きなテントの中に、浩大と克右さんの二人で集めたたくさんの蛍を放してくれた。

「お妃ちゃん!!
これはなかなか見られない景色だよーん?」

「蛍?」

「明日になったら、帰してやるから…今晩一晩だけ。
このテントは大所帯だ」

…ほらね? 二人っきりじゃないから、大丈夫
―――と言いたいのか、最後まで陛下は我を通した。

結局私と陛下の二人が大きいテント、浩大と克右さんがそれぞれ小さいテント、ということになった。


テントに入ると、暗闇に蛍の放つほのかな光が乱舞して、この世の者とは思えない幻想的な様子だった。
すぐ傍に陛下がいて、ギャッと声を上げそうになったけれど、
「し―――っ! 叫び声でも上げたら、奴らが飛んでくるよ?」
と口をふさがれた。

テントの中に胡坐をかいた陛下が
「もたれていいから…座って?」と私の手を引いて、座らせる。

背中があったかい。

「どう?」と横から覗き込む陛下の瞳に、キラキラ蛍の光が反射していた。

「―――じゃ、じゃあ、今晩は、寝ません!」

「え?」
「こんなに綺麗な景色。一晩中でもみていなかったら、勿体ないですから!」
「…たしかに。勿体ないね。
君との時間は―――貴重だから
ずっと、一晩中。
蛍をみながら、おしゃべりしていよう」

「はいっ!」


それから、あれやこれや。
いろいろな他愛のないない話を、いっぱいした。

陛下の胸に持たれかけた背中が暖かくて
つつみこまれた肩が暖かくて。


寒いね、

―――そうですか?


いつのまにか、手を握られて。
握り返して。


こんなの、ドキドキして。
眠れるわけがない―――

だから、大丈夫。
一晩だって、二晩だって…

―――ずっとおしゃべりしていようと決心していたのに


やっぱり、いつの間にかうとうとと寝てしまった。


* * * * * * * * * * * *

次の日宿営地に戻ると、やはり
二人の前に恐ろしい李順さんが仁王立ちしていた。

「…あの、視察に連れて行っていただいて―――
やはり、まずかったでしょうか…?」
私が首をすくめると

「…ちょっと待って。
夕鈴。
―――デート、じゃなかったの!?」
と、陛下が少したじろいだ様子で私を振り向き、
ヘンなところに真顔で突っ込みを入れた。

「―――え?

…デート

だったんです か―――?」

(また…! このヒトはっ
李順さんの前で、なんてたちの悪い冗談、言い出すんですかぁっ!!)
と、私が呆れて陛下を見返すと、

陛下は真っ白な目になった。

「で、ホントのところ。
デートだったんですか?」

と李順さんがすかさず確認を入れる。


「―――いや、
視察 だったようだ」

と陛下はお答えになった。


(おしまい)





風花様、ありがとうございました。




ばか

ブログ1周年記念 3本勝負、最後5本目です。

―――――――――――――――――
みほこさま
退宮したあと、李順さんに知れずに本物になり陛下の子を出産する
―――――――――――――――――

みほこ様へ



【人知れず、本物】

* * * * * * * * * * * *
ばか
* * * * * * * * * * * *

さようならを言う間も無かった。


目が醒めたときは
私はその日があなたとのお別れだなんて
これっぽっちも思っていなかったのに…。

もう、お終いにしよう。

それは、その時あなたが考えうる中の
最良の選択肢だった―――はず。

* * * * * * * * * * * *

さようならを言われたくなかった。

突然
君が大事な存在だと気付いてしまったとき
私は君とのかなうはずのない幸せのひと時を過ごすなど
これ以上残酷なこともないと思ったから…

もう、お終いにしよう。

それは、今私が考えうる中で
最善の選択肢だった―――はず。

―――そして、最悪の選択肢だった。

* * * * * * * * * * * *

多忙で死ねるのなら、それは私にとって、救いだ。
せめて気が狂えば。

生きる楽しみも目的もなく
砂を噛みしめるような毎日を
呪縛されたこの場所で過ごすだけ。

陰謀も、黒い邪な影も。
私を食い潰せるのならやればよい―――

せめて、楽しませてくれ。
それがせめてもの私にとっての『娯楽』となろう。

夕鈴、君がいたら
ここに
私のこの腕の中に

私の中にあった君の温もりは
とうの昔に散じた

冷えた心臓は止まらない
私の胸には黒い黒い血が滴っているというのに

馳せる思いすら
戒めるべきもの。

手放して
いや突き放して。
ここから締め出しておきながら

私の中からは締め出せない


君という存在が
…ただの駒の一つにすぎなかった君が
なぜ私を占める?


君は幸せか?
私を忘れてくれたか

私は忘れられない

「ばか」

胸の奥で
懐かしい君の声がした。

「へいかの
―――ばか」

と。

* * * * * * * * * * * *

では
君の望む通り
馬鹿になろう。


私は気が狂ったのだ。

―――そう思ったら、
楽になった。

だからあっけなく
君の声に忠実に従った。

国のことも
人のことも
私のことすら
どうでもよい。

体はこれまで何度もかいくぐった抜け道を記憶している
頭は狂っていようと、さほど問題はなかった

馬はとびきり賢い。
そして私は馬鹿だ。
何とも言えない取り合わせだなあ、と笑っているうちに
君の家が見えた。

私は馬鹿だから
君の立場も
家の人への配慮も
なにも出来たものではない。

君は私の顔を見るなり
「―――ばか!」と言って泣いた。

「うん、私は馬鹿だ」と君を抱きしめた。

さらうように、君を馬に乗せて
離さなかった

「ばかです」
「うん。君の言う通りだ」

どこに行くとか
何をするとか
何も考えつかなかったけど
君が私の腕の中にいるだけでよかった。

だいぶん遠くへ来てしまった。

馬が汗をかいて、水と草をやろうと
小川の側の水車小屋に立ち寄った
下馬して馬の手入れをすると、心地よい疲れが襲う

粉ひき小屋の中を覗くと
ひんやりとした土間になっていて
片隅に藁が敷かれていた

何も話す言葉がなかったから
私たちはコトンコトンと絶え間なく続く音を聞きながら
君の髪の匂いをかぎ、
肌を引き寄せ、頬の柔らかい感触を確かめる

たまらなくなって、口づけをしたら「ばか…」とまた泣かれた。

私の襟に両手でしがみ付いて君が泣くから
私は二人が溶けてくっつくんじゃないかというくらい強く抱きしめて
そのまま激情を止めることができなくなった。

* * * * * * * * * * * *

「優しくしたかったのに…」
とつぶやくと

「や…優しかったです」

君は俯いたまま、顔を背けた。

引き寄せると振り切るように立ち上がる。
すばやく身支度する君は裾をこれ以上ないほど神経質に掻きよせ、きつく帯を結んだ。

「…戻る?」
はだけた私の衣を見えないフリする。

「…きっと、みんな心配してるから…」
気もそぞろな様子で、目を合わせない君。

「私は心配していないが?
―――むしろホッとしている。
…君の最初が、私で」

敷物にしていた上着にかすかに残る赤い印を見て
彼女は息が止まり、赤面した。

「…ばか!!
―――そ。そんな上等な仕立ての良い絹を
台無しにしてしまって…」

「だって。君は私のものだから―――構わない」

「これでいいんですか?」
「うん」
「…嘘つき」
「嘘じゃない」
「うそ。―――きっと困ります」
「困らない」
「…困りま」
君の口を塞ぐ。

君の本音は、違うでしょ?
―――知ってる、私は。

だから、それ以上。言葉は要らない。

言い訳しなくてよい。
私は馬鹿だから。…聞かないよ。

今は、私を満たして―――?
馬鹿みたいに、君がいいんだ。


* * * * * * * * * * * *

「一週間も、どこに…!」

泣きながら青慎が飛び出してきた。

言えない。
「ごめんね、心配かけて―――」

これからも、きっと心配かける。
ごめんね、青慎。

* * * * * * * * * * * *

汀家の娘が父なし子を身ごもったらしい、という噂は
下町でもちきりとなった

次第に大きくなる腹はかくしようがなく
「やはり噂は本当じゃねえか」
「ふしだらな娘だ」
「片親だから…」とヒソヒソという輩もいたが
彼女の人となりを知る友人は「よしな」と眉をひそめた。

几家の女主人「悪いようにはしないよ」と内々に援助を申し出たが、
娘はきっぱりと断った。

「一人で生んで、立派に育てます」

頑なな娘を、口の悪い幼馴染は散々になじる。

「てめ、父なし子が何と言われてもいいのか?
子供の身にもなってみろい! てめえの不始末を…」

「不始末、じゃないから。
ただ、―――馬鹿なだけ」

「ああ、そうか、てめは馬鹿だ」

「そうよ。馬鹿よ
―――だって。
馬鹿な人の子だもの」

「その馬鹿てえのは、だれだ?
―――まさか」


「あんたに言う必要なんてないじゃない!」


* * * * * * * * * * * *

ウワサなんて、怖くない。

こんなことで傷つくようなヤワじゃないわ。
これでも、私。その昔、プロ妃、やってたんですもの。

命の危険だって、へっちゃらだったし。

言われないのも、言われるのも
私は傷かない。


―――あの人の言葉だけが、ホント。


…待つのなんて、べつに辛いことじゃない。
指折り、待てることが嬉しい。


ほんと。
誰にも言い訳なんて
言う必要なんて、なかったのよ?


だって。
馬鹿なあの人は、
本気で迎えにきちゃったから―――。


―――想像、つくかしら?
この下町に。
こんな大行列で。

ただの庶民と、
産まれたばかりの赤ちゃんを。

本気で
仰々しく
迎えにくる律儀で馬鹿な王様が、この国に、居るだなんて…。
―――誰も信じるわけ、ないでしょ?



正気じゃないわよ

ほんとうに―――馬鹿な王様…!!
ばかすぎて。
涙で、あなたがちゃんと見えないじゃない…


「夕鈴。―――おかえり
待たせた。
もう、何も
心配するな」

ですって?


…ばかですよ。
本当に。―――陛下




お願い。
ばかなあなた。
今、この世で一番幸せな私たちを、

抱きしめてください。



(おしまい)






みほこ様、ありがとうございました。


フォーギブ ―Forgive―

初出:2014年06月11日22:29 (転載)

SNS 33333HIT御礼 キリリク
大変長らくお待たせいたしました。
2014年5月20日に、おふみくださったUサマよりリクエストを頂戴しております。

―――――――――――――――――
USAさま
「黎夕で互いに辛く最後は幸せになるお話」
―――――――――――――――――


USA様へ捧げます


【暴力シーン】【辛】【微糖】

すみません。いたいけな子供(モブ)が痛い目にあいます。ご注意ください。

* * * * * * * * * * * *
フォーギブ ―Forgive―
* * * * * * * * * * * *

夕鈴はこわばったまま、光の無い虚ろな瞳で私の方を見つめていた。
血まみれの子供は妃の足元でピクピク悶絶しながら、フシュウと異様な音を立てて肺の中のすべての息を吐き出した。


「―――私に…
花を…くれた、だけ…ですよ?」

公務で養護施設を訪れた妃に、花を差し出す子供。
いつもなら微笑ましい光景の一つに過ぎなかった。

出迎えの役人。お定まりの堅苦しい挨拶のあと、
整列させられた子供達の歌声が響く。
代表と思われる施設の子供数人が、花や贈り物を手に手に妃へ捧げ感謝を述べる。

妃は子供たちを一人一人、抱きしめたり握手をし、一言二言交わしながら励まし慰問を続けている。

そのとき、違和感があった。
何か違う―――?

まだ幼さが残る愛くるしいその姿。
小さな体にひときわ大きな白い花束を抱え、
張り付いたような笑顔を浮かべ走り寄る子供は―――なぜか異様な殺気を身にまとっていた。

「ダメだ、その子供を止めろ!」

とっさに叫ぶ。だが誰も子供の殺気に気が付かない。

妃へあと1、2歩というところで
子供は花束の中に隠し持っていた短剣を妃に振りかざした

私の身体は、考えるよりも先に動いていた。
鞘から抜き放たれた刃は子供の体を容赦なく―――薙いだ。

* * * * * * * * * * * *

妃をねたむ者が仕掛けた罠は、妃の心に大きな傷を残した。

目の前で、一撃のもと、剣で薙ぎ払われた子供。

躊躇も手加減もそこにはなかった。


そのことを
誰に対して憤(いきどお)るべきや―――?


妃は、ただ 自分を責め、心を閉ざした。

* * * * * * * * * * * *

君は少しやせた。


あの日以来、部屋から一歩も出ない妃を見舞う。

唇を噛みしめる青い顔。
指先を小刻みに震わす

話しかけても、返ってくる言葉はない。

―――君は、二度と私と、目を合わせないつもりか?

君との絆まで、私は剣で断ち切ってしまったのか。



言い訳はしない。
説明すべきこともない。

君のため
子供を切った。

それが、事実だった。


* * * * * * * * * * * *

白い花が咲いていた。

私はそれを手折り、持って行く。
妃はその花からも目を背けるだろう。

それでも、私は持って行くのだ。

今日も。
君は許してくれないだろう。


だから、私は白い花を持って行く。

「―――李順。妃をここに」

風通しの良い四阿に、妃を呼び出す。
庭に出るのは嫌だと散々手こずらせはずだ。
なにしろ、あの日から一歩も部屋から出ていないと聞く。

だが、私はこの国の王で
誰一人、私の命に逆らうことは許さない。

その権力を使ってまで、君に嫌われようとは―――私もずいぶんと自虐的だな。

ずいぶんと待たされた。
「大変お待たせいたしました」侍女が額が擦り切れるほど地に頭を叩きながら代理の挨拶を述べた。

卓の上に置かれた白い花をチラリと見やると妃はギクリと身を固くし、
青い顔のまま口を開く気配もなかった。


「よい。
…支度には、時間がかかるものだ」

私は許し、人を払った。


風になぶられ、そのまま時を過ごす。

「そういえば。
支度に時間がかかるものが他にもいたな
―――李順?」

声をかけると、すぐそばで李順が「…は」と返事をした。

白い花束をかかえた子供がそこに連れてこられた。


一、 二歩、後じさりした妃の顔がさあっと青ざめ、
動悸においつかない呼吸が口から漏れた。

唇を震わせ
「あな、たは… あの時の、子?」と
かすれた声でつぶやく。

「無事、だったの…?」

大粒の涙が妃の瞳を洗い流し、再び光を取り戻した。


こどもは、コクン、とうなづいた。

「その子に。
やり直しを、させてやってくれ―――?」

子供は、ゆっくりと白い花束を両手で差し出す。
差し出した腕に、巻かれた包帯が見える。

「―――生きていてくれて、よかった」

夕鈴が泣きだして、子供を抱きしめた。
子供は一瞬、ビクと緊張が走らせ、そのあと抱きしめられた心地よさに次第に脱力していった。

「―――ごめ、んなさい」

自然と涙が流れた。

子供の目に、作り笑いでない、自然な微笑みが浮かぶ。


「お姉さん、悪いんじゃ、ないんだね?
父さんや母さんが死んだのは
お姉さんのせいじゃ、ないんだね―――?
僕知らなかったんだ。

悪い妃のせいで、父さんや母さんを殺されたって―――
子供なら、悪い妃に近づいて天誅を加えられる。お前が英雄になるんだって…

だまされたなんて知らなくて。
そんなこと信じてた僕が、悪かったって―――

ほんとに、ごめんなさい」


「人の言葉をうのみにする純粋な子を利用し。
真っ白な心を暗闇で書き換える、悪い大人もいるのだ―――

一旦歪められた価値観をただし、
心を白く戻すにはちと苦労が要る…

―――待たせた」

白い花束を受け取り、夕鈴は子供の頭をなぜた。

「ありがとう」

頃合いをみて李順が
「―――要件はすみましたか?
では、こちらにいらっしゃい」
と子供を引き取った。


李順が子供を連れてゆくのを見て、夕鈴は尋ねた。


「…あの子は、これからどうなるの?」

「しばらく更生施設に入ることになる
もともとは純粋で、正義感の強い子だそうだ。
そこをたちの悪い大人につけ込まれた
―――しばらく観察は必要だが、
勘の良い子だと気に入り墨将軍が引き取りを申し出ている」

「墨将軍、が?
―――なら、安心ですね」

夕鈴は、本当に久しぶりに、笑った。


「…もう心配ない」

「はい」

「―――では、私は政務に戻る
君も疲れただろう。
安心して、あとはゆっくり休むがよい」

事務的な口調で要件を済ますと、黎翔は立ちあがった。
背を向ける黎翔に、夕鈴の胸は痛んだ。




「―――陛下」



「…」

振り向かずに、歩き始めた

その背中に、夕鈴は駆け寄り…おずおずと袖を引いた。



「私は、あなたを傷つけてしまったんですね?」

黎翔は冷たい狼の表情のまま自嘲的にフッと軽く嗤いを漏らした。

「私が君の目の前で子供を切り
君の心を傷つけたのは事実だ。
―――気にすることではない」

「私が謝る番です」

「謝る―――?
そんな必要はない」

「こっちを向いてください!!」

黎翔は向かなかった。

夕鈴は黎翔の前に回り込むと、背伸びをして、グイッと黎翔の両頬に手をあてた。

「へーかっ!」

「!?」


「泣きたかったら…泣けばいいんです!」

「―――私は何も…」


「でも―――

私は。
泣きたいんです」

「あ…」
黎翔の胸に、夕鈴は顔を押し付けた。


「泣いても、いいですか?」

「―――あ、あ」

どうしてよいのか、分からず、だらりとしていた手に気が付く。

「私は、今
陛下に、慰められたいんです!!」

夕鈴は少し怒ったようにつぶやいた。


「…では。
私が、触れても、いいのか?

口も
きいてくれなかったくせに―――」

「口をきけなかったのは。
自分が不甲斐なくて悔しかったからです。

陛下が嫌いなわけではありませんし…
陛下にされて嫌なこともありません!

―――遠慮なく、どうぞ!」

耳が真っ赤だった。

顔を埋める彼女を、そっと袖で包みこむ。


「陛下。ごめんなさい」

涙声で夕鈴は詫びた


黎翔は大きな掌で、そっと彼女の背中をなぜた。

「…いや」

「ごめんなさい」

彼女の背中を抱きしめた。

「…ごめ、な…さい」



黎翔は夕鈴にだけ聞こえるよう
彼女の耳元にそっと唇を寄せて

「―――許す」

と小さくつぶやいた。




(おしまい)






USAサマ
ありがとうございました。



続・フォーギブ ―Forgive―

【バイト妃】【甘】

* * * * * * * * * * * *
続・フォーギブ ―Forgive―
* * * * * * * * * * * *

夜遅くに訪れた後宮。

「お妃様はお疲れのご様子で、
先にお休みになられました」

こんな遅くまでは起きてはいまいと思った通り、
君は目をつぶって寝台に横たわり、静かな寝息を立てていた。

…君の顔を見たかったんだ。

私は君を起こさないように最善の注意を払い、寝台の隅にゆっくり腰を沈めた。

手を伸ばせば、君がいて。
額にかかる淡い髪を梳けばさらさらとした感触。

私は臆病だから、そんな小さな手ごたえでようやく君の存在を検められる。

すぅすぅ…と繰り返される小さな吐息。
君の目の下にはうっすらと隈ができている。

─────これまで、さぞつらい思いをさせてきたのだな、私は。
今、ようやく安らかな眠りを君が得たのなら幸いだ。

小さな手が力なく頬の横にあって、
私は触れてもよいのか散々迷った。
だけど、君の手に触れたかった。

その時、小さな声で
「へいか…」と呼ばれた。

それは単なる寝言だと分かっていたけれど
それでも君が私を呼んでくれているのなら嬉しい。

私はつい手を伸ばし、君の指先触れた。

ぴく、ぴくと指先がまさぐるように私の人差し指を探し当て、
きゅっと握りしめられた。

「へいか…」
無垢の微笑みが追い打ちをかけ、私は思わずどうしてよいのかわからなくなった。

無防備な君に、それはずるいと知りながら
口づけを落とす。

そっと窺いながら。

しかしこんなふうに盗むように口づけをするのはよろしくあるまい
瞼を閉じた君に失礼だろうと、私も目を閉じて
もう一度、今度は君の柔らかい感触を味わいながらゆっくりと口づけた。

指先を握りしめた手がぴくぴく手と動くと、不意に意志をもってきゅっと握りしめられる感覚に、私は目を開けた。

そこに、硝子玉のような目をパッチリ開けた君がいて
二人、瞬きもせず視線を合わせた。

意識が朦朧としていたであろう君。

次第に君の瞳の中に意識がよみがえり、くっきりと視点を結んだ。

かぁっと、みるみる頬に色味がました君は
口づける私を避けようと、私の胸を両手でドン、と力任せに押した。

そのまま口元を両手で押さえると、くるりとうつ伏せになって、私の視線から逃れた。
頭を振って必死に現状把握に努めている。

「あの、えーと。
…先に寝てしまってすみませんでした。
ご政務でお忙しいから、とお言伝いただいたので────まさかおいでになると思っていなくて…」
もごもごと枕に顔を伏せ、君は言い訳をしている。

「もう遅いから寝ているとは思ったんだが
君の様子が気がかりで」

なぜ私は言い訳めいた言葉を口にする?

「急に君の顔が見たくなった…
─────いや、
ずっと君と会いたかったのだ、私は」
観念して本音を口にした。

「…今、何してたんですか」
君が言うから
「君が寝言で私を呼び
あまりに愛らしかったから…つい、口づけを。
─────君が嫌なら、しない」

「陛下を? 私が?」

「呼んだ、二度も」

私が真面目に答えると、夕鈴は慌てて布団をかぶって、丸まった。

「ご…ごめんなさい」

恥ずかしさに震えながら、君は謝った。

「謝られるのは心外だ…
私は呼ばれて嬉しかったのに────」

「あの。私」
君がごそごそと布団から顔を出した。
窺うような上目づかいが可愛い。

でも、わざと私は傷ついたように少しふてくされた表情をして見せた。
それをみて、君はさらにしょぼんとしおれる。

「────あの、私」
「…」
「陛下、怒ってらっしゃいますよね?」
「いや」
「だって。あの件からずっと、
私、陛下のことを遠ざけて────失礼なことを」
君は涙ぐんだ。

「それは私自身の行いのせいだ。君は何も悪くない
それに…」
「…それに?」
「私は何度でもそうするだろう。
君を傷つけようとするものがいれば、どんな時でも、誰であろうと
私には一切手加減できない」

夕鈴は手を伸ばして、私の手に重ねた。

「やめて、ください。
私は、そんな価値ないのに」

「価値が、ない?」

私はカッとなった。
そんな私の様子に、ビクリと身を小さくする。

差し出された手が引っ込んで…私は思わずしまったと思った。

「…陛下?
私は、ただのバイトで、ただの囮で…、これは単なる仕事なんですよ?
李順さんはそのために危険手当を付けてくださるんです。
何かあっても、私自身のせいで…
だから、気になさらないでください。
陛下がいちいちお気になさることじゃないんです。

─────今回は、私の態度が悪かったんです。
驚いて、子供が死んだのは自分のせいだと思い込んで
…自分の気持ちが整理できませんでした…。
本当に、────ごめんなさい」

夕鈴が吐き出す言葉を、私は口を挟まずに聞いた。
彼女をきちんと受け止めたかった。

「君が仕事熱心なのは知ってる
─────でも、どうして。
さっき、私のことを呼んだ?」

「え?」

「寝言で、私を呼んだだろう」

「そ…れは」

「へいか、って。呼んだのは誰?」

「それは…私が寝言で呼んだというのなら、
…私だと思います」

モゴモゴとバツが悪そうに答える君。

「どうして?」
「夢─────です、ただの
夢を」
「どんな」
「私は…」
「夕鈴は、夢の中で私は?」
「…私は、陛下を」
「君は、私を?」

引き寄せて、囲い込んで、逃がさない。

「いつも、呼んでいましたから─────
陛下のことを、ずっと」

君は観念して白状すると、
これ以上ないという恥ずかしそうな顔をして、そむけた。
あわてて布団にもぐって隠れる。

君のうすっぺらい砦は、私にとってなんの障壁にもならないとも気づかずに。

布団ごと私は夕鈴を抱きしめた。

「私が───呼んだら。
応えてくれるのか?」
「え?」
「君の夢の中と同じように」
「あの… どうして私の夢の中を?」

そう君が答えるから、
やっぱりそうだったんだと分かってしまった。

私は嬉しくなってしまった。

「では────許せ」

「許すも許さないも
あの子のことは陛下が私のために、してくださったって。よくわかってます
もう何も怒ってなんかいませんし、
そもそも陛下が私に許しを乞うことなんて、何一つありませんよ?」

「何をしても怒らない、と?」
「はい、…?」

私が布団の端をめくって彼女を発掘する。
「では、これは?」
君は抵抗をしないことに気を良くして、両頬を引き寄せて口づけをすると、君は目を丸くした。

「…え?」

「君は、嫌か?」

「あの…なんで。
そんなこと、するんですか?」

「君は私の愛する妃、だから」

「愛する妃って────」

「だから、許せ」


(おしまい)


SSS 罠

* * * * * *
 罠
* * * * * *

庭を散策していた。
見るともなく足元に、白いご飯粒がおちていた.

最初は何だろうと思っただけで特に気にも留めなかった

ところが、また数歩先に落ちている。
目で追うと、やっぱりその先にも落ちている。

後宮の庭のこんなところに
なぜ?────


こんなことをする(許される)人物はそうはいない。

きっと彼女が、何か思いついてやったに違いない。
クスっと笑いがこみ上げた。

彼女はいつも、我々の思ってもみないことをやるんだ。
そこがたまらなく可愛らしい。

…なんだろう。
ご飯粒で、スズメでも呼び寄せようとしているのかな?

なら、この先に罠が仕掛けられているんだろう。

そしてきっと彼女がそこいらに隠れ、息をひそめて
獲物が罠にかかるのを今か今かと待ち構えているに違いない。


ご飯粒が点々と落ちているルートを目で追うと、
だいぶん先までそれはポツリポツリと続いていた。
だが、30歩くらい歩いたところで
プツリと途絶えている。

じゃあ、罠を仕掛けたのはあの辺りかな?

じっと目を凝らすと、器用に小枝を編んで作った、手作りの罠のようなものがチラリと見え隠れしている。

ほら、思った通り─────
君の考えは、お見通しだよ? と、…おもわずニンマリしてしまう。

とすれば、彼女が隠れているのはあの茂みのあたりに違いない。

よし。
それなら、背後から回り込んで、驚かせてやろう。

吹き出したい気持ちをこらえて、音をたてないように忍び寄る。


背後に回り込むと、茂みの中に何か気配。
衣の端がみえた。

かなり使い古された風合いの生地…
─────なんだか、地味な色合いだなぁ。

節約家の君のことだ。
「妃衣装は目立つし、隠れるときもしも汚しちゃったら怒られるし」…とかなんとか
気を回してわざわざ手の込んだことでもしているのかしらん?

ま、いいや。

とにかく─────、罠をかけようとしてる君に
私が罠をかけてやる。
そう思ったらなんだかたまらなく楽しいな。


バサッと背中から覆いかぶさった
「つかまえた!」



「なにすんだ~~!?
このトンチキ野郎!!」

…え?
何、この声。

抱きしめた腕の中から野太い声が─────

あっけにとられて腕の力を少し緩めた。

振り向いたのは、浩大で
私の顔をみて
「─────あ! やべっ」と一言。

そのとき、反対の茂みの方がゴソゴソっと音がして
頭に葉っぱを絡ませた君がひょこっと顔をだし
目を真ん丸にして叫ぶ。

「やだ、陛下っ?!
なに浩大、抱きしめてるんですか───?」



(おしまい)


*


SS はちみつの日

8月3日は「はちみつの日」として一本SNSに上げたものをブログに重複移植。


【バイト妃】【微糖】【オリキャラ※】
※静麗女官長(伝説の死神リーリー)がチョイ出ます。


細かいこと気にならない方に…。

では、よろしければ、どうぞ。

* * * * * * * * * * *
SS はちみつの日
* * * * * * * * * * *

いつものように政務室にお邪魔する。

陛下は嬉しそうに私の顔を見てニコと笑った。
だけど、
それっきり。

立ち上がりもせず、政務をつづける。

それに―――なんだか無口だった。
いつもの椅子の方に歩を進める。
その間に、もう陛下はいつもの真面目顔で
お仕事モードに戻っていた。

―――へん。

…いつも。
ならあれやこれや、甘い言葉をささやくくせに―――。
手を握って…私をだきしめるのに。


私。なにか、しちゃった?
陛下は何か…おこっていらっしゃる?

すごく心配になって、団扇の陰からチラリチラリと政務室の中に視線をめぐらせる。

物陰からチラっとだけ視線をめぐらせたはずなのに、
古株の官吏さんとバッチリ視線があってしまった。
私は心の中で「しまった」と叫び、思わず緊張感で耳たぶが赤くなるのを感じた。

その途端、ビシッと音がしたみたいに冷気が走った。

魔法にかかったように、部屋中の人が一瞬にして動きをとめた。

「―――」
陛下が、すくっと席から立ち上がる。
普段、身についた優雅なしぐさで物音一つたてないお方が、
珍しくドカドカと乱暴に足を踏み鳴らし、座っている私の方へと…。

やっぱり…何か私のことを、怒って―――
目の前にニュっと二本の腕が差し出され、私は息を飲む。

冷たい視線と凍り付くような室内の重苦しい空気の中で、
熱い手が私を捕らえ包んだ。

「…―――っ!」
ドクンと動悸が高鳴り、ギュッと目をつぶった。

ふわり、と浮遊感。
両手で抱え上げられた私は、とつぜんのことに驚き、思わず「きゃっ」と声を上げてしまう。
握り締めていた団扇を思わず取り落とし、パサリと地に落ちる軽い音がしたとき、
私は息もつけないほど強く抱きしめられていた。

―――熱い。そんなに…お怒りなんですか?
私は、思い当たる節もなく、おろおろしてしまう。
でも、きっと私が何かしてしまったんだ。
…悲しくなった。

「―――陛下っ!」
李順さんの鋭い声が飛んできて、続いてなにか言っていた気がするけれど、次第にその声は遠ざかった。

陛下はずっと無言。

どうしたらいいんだろう。
…涙が一粒、ポロリとにじむ。

「へーか。
私のこと、
何か怒っていらっしゃるんですか」

と、私は必死に絞り出した。
陛下は答えず、大股でズンズン歩き続ける。

「へーか!
わ…私。
何が悪いのか―――分かんない」
思わず涙がこぼれる。

「…!」
ぴく、と陛下の腕が動き、様子が変わった。

(…やっぱり、なにか…
私はしてしまったんだ―――。)

鈍い自分が悔しくて、どんどん悲しくなってくる。

「―――私が何か悪いこと、したんなら―――教えてください。
じゃないと、
私、わかんないです…」

ヒック、ヒックと嗚咽が上がる。

後宮のすぐ手前の渡り廊下まで来ると
陛下は「…」と声なきため息を一つ。

そして、欄干の手すりに私を下ろし、腰かけさせた。

泣いている私の頭を陛下は優しく撫でた。

「―――へーか?」
ようやく、私は陛下のお顔をみることができた。

陛下はすごくへんなお顔をしていて―――。
真っ赤で…目が潤んでて…

そういえば。
手が
熱かった―――!?

「へーかっ!?
も、もしかしてっ
おっ…おお熱がっ出てるんじゃないですかぁー!?」
私は叫んだ。

「ご め…ん」
絞り出すように口を開いた陛下の喉から
聞いたこともないようなガラガラ声が―――。

「陛下! 大変ですっ!!」

私は欄干から飛び降りると、陛下の手を引っ張て、後宮へと走った。


明るいうちから、陛下の手を引いて、あわただしく後宮に戻った私を見て、女官長さんが驚いた。

「お帰りなさいませ…。
まあまあ、何ごとでございましょう!」

「女官長さんっ、へーかが、へーかが
―――ひどいお熱をっ!」
私はまた涙があふれてきた。

「ゆーりん、いいから。
ちかづか、ないで
きみ、に うつったら 大変だ…」

ダミ声の陛下がかすれた声で。

「だって、私を抱き合げて
さらってきたのは、
へーかじゃないですかっ!」

「…だって。
こんな体調だから、
急いで仕事終わらせようと頑張ってるのに―――
人の気も知らない君が、官吏らと目合わせて顔赤らめたりするから…
おもわず…カッと…」

私の寝台におもわずギュウギュウと押し込めて
私は陛下の額に手を当て熱を測る。

「お熱、さっきより上がってるじゃないですか?!
こんな時に、お仕事―――だなんて!!
へーかのバカっ」

カーッと怒りが湧いて来るわたしは、陛下を子供みたいに叱ってしまう。

「…だって。明日。
―――君と約束があったから」

「…え?」

「君と、約束しただろう?
明日は君を下町の祭りに連れてゆく、と」

「―――あ!?」

そうだった。
明日は楽しみにしていた下町の夏祭り。

陛下は私が何気なく言ったことを覚えていてくださって。
だから、調子が悪いにもかかわらず無理をおして…?

「…陛下の調子がお悪いんなら
―――そんなの、どうでも良いことです」

「そうか」
陛下は、目をつぶって言葉を切った。

…どうだってよくないから。
陛下は頑張ってくださったんですよね―――。

私はシュンと頭をうなだれた。



すぐに冷たい水を張ったタライを持ってきて、寝台の脇に私のための椅子を置いてくれる。
絞った手布を額にあて、寝台周りを整え、女官長さんは何も言わないうちにあっという間にテキパキと看病しやすく整えてくれた。

「お医者様を、すぐにお呼びして…」
と私が言うと
「侍医はよい。
大げさにするのは止めてくれ。
今呼ばれては、仕事が進まん」
陛下が手をあげて制す。


「でも、すぐに診ていただいた方が…」
と必死で陛下を説得したけれど

「たいしたことはない」
と取り付く島もない…。

今の今まで政務にお励みだったというのは、今日やることがあって、
のんびり寝ているわけにはいかない、ということ、なんですね?

「どうしても、仕事しないとダメなんですか?」

「ああ。寝ている暇はない」

「人間、体調不良の時は、寝て直すものです!
無理してこじらせるたら長引きますよ。急がば回れ。結果的にそれが一番早道です!」

「知ってる。だが」

腹を立てて、私を抱えて政務室から飛び出してきたのは自分のくせに―――陛下は譲らない。

あー、っもうっ!
なんて、この人は…―――強情なのっ?!

「そんなに陛下がご政務がお好きとは存じませんでした!」
私は思わず腹が立ってきた。

「…」
陛下はゴホゴホと咳をした。

すると女官長が「畏れながら、失礼いたします」と陛下の脈をとり、様子を見る

「こちらを…」
女官長さんが小さな丸薬を包んだ薬包紙と吸い飲み、そしてはちみつ壺を持ってきて差し出した。

「このお薬をおのみくださいませ、すぐに楽になりましょう」

陛下は手を振り、人払いを要求する。

女官長は、にこ笑い
「皆、下がるがよい」と人払いをし、
「何かございましたら、いつでもおよびくださいませ」と、自分も下がった。

私は陛下にお渡しするが、陛下は頑として飲まない。
「いやだ―――薬は好かぬ」

そういえば、陛下って普段から薬類に対しては神経質だった。

「毒でも入ってると思って、警戒されてるんですか?」

「…いや、静麗女官長の薬なら間違いはないと知っている」

「なら!、すぐさまお飲みください!」

「ぜったい、やだっ!」
(―――へーか。小犬がでてますよ?)

キューンと尻尾を垂らして、おびえるような顔をする陛下。
人払いしているとはいえ。
熱で体が弱っているとはいえ
…なんて。

無力で可愛い… ←

「…どうして?」

「静麗の薬はことのほか効くが、―――酷く苦い!」

「ヘーカの、意気地なしっ! どうしてもお仕事したいって我儘貫くんなら、お薬が苦いくらい、何ですかっ!」

「…じゃあ。
君が飲ませてくれるの?」

「―――へ・?」

「苦くても、我慢しろって。
他人事だから言えるんだ、ゆーりんは。
君が口に含んで。その苦さに耐えられるかどうか試してみればいい
それができなきゃ、ぼくも、口にはしない!!
人のこと、意気地なしだっていうんなら
君が飲ませてみてよ!」

「ええ、判りました!」

よーし、そうまで言うのなら、やってやろうじゃないの!!

私は腹をくくった。

「あれ…。やるの?」
「やります!」

「―――口移し、だよ?
本気?」

「分かってます!」

「…ゆーりん。目が座ってるヨ?」
「女に二言はございません。
やるといったら、やります!
へーかと唇と唇がくっつくくらい、なんてことはありませんっ――
たんなるお仕事ですしっ…
これまでも…何度もっ」

私は思わずカーッと熱があがった

それを隠すように、あわてて、丸薬のはいっている薬包紙をガサガサと広げ、
吸い飲みの水をくーっと煽ると、丸薬を二粒、口に含んだ。

口に入れたとたん、強烈な薬臭さが口内から鼻をつき抜け、
言葉にはできないような苦みと…、痺れと、ありとあらゆる嫌なものに五感に支配され、体中が総毛だった。

「ふんが~っ!!!!!」
声にならぬ叫びを発し、私は猛然と陛下の頬を両手でつかむと、その口許目指し唇を寄せた。

その瞬間、陛下はキョトンとした顔をしていた。
赤い眼差しが見開いて…近づいて…
私は無我夢中でギュッと目をつぶったから、そのあとの陛下の表情は、分からない。

恐ろしい勢いで陛下に接吻をし…

そのあと二人で嵐のような苦い薬を味わった。

鼻も口も薬の味と匂いに支配され、
口の周りは痺れて、
頭も朦朧としてもう何がなんだか分からなかったけど
―――べろべろと、飼いならされた大型犬に口の周りを舐められてるような感触がしたのは気のせい?

ようやく陛下の喉がコクンと動いて、確かに飲み下した。

まだ痺れるような苦さが残っていて、苦悶にのたうつ私。

陛下は、はちみつ壺から大匙でトロリとした液体を掬い上げ
やおら自分の口に含み、
私にたっぷりとお返しを―――。


――――――――

だから、どちらにせよ、
陛下のお仕事は
はかどらなかったと思われます。

(おしまい)



SS 踊る陛下

二次、三次。

陛下が踊る、という一言で派生したショート・サイドストーリー。

もうどこの国のどういう設定か分かりません。
…でもたぶん、淡い恋心ただよう夫婦未満恋人設定。←


【パラレル】【盆踊り】【微糖】【設定不詳?】

* * * * * * * *
踊る陛下
* * * * * * * *

ドドン、ドンと太鼓の音が聞こえる

「あの音は?」
ふと気にになって女官さんに尋ねた。
「ああ、今日は納涼の盆踊り大会ですから…」
「盆踊り?」
「ご安心下さいませ。
お妃様にも、素敵な浴衣を仕立ててご用意しておりますよ!」

そんな前ふりがあったから、陛下から突然のお誘いがあったときも、
ああ、そういう行事があるのか、と驚くこともなかった。

「今日これから、ちょっといい?
近所の盆踊り大会、覗いてみない?」

「陛下も、行かれるのですか?」

「退屈している妃を、喜ばせることができるのなら――」

そんなわけで、浴衣を着させられた。


かわいいピンクのウサギの柄がちりばめられている。
「陛下がわざわざお取り寄せなさった生地で仕立てさせたと伺っておりますよ」
「…そうなんですか」
髪もいつもよりすっきりまとめられて
一重の薄い浴衣は頼りなくて、ちょっと恥ずかしい。

「はい。大丈夫です」
背中の帯をポンとたたかれた。
シャラン…と鈴の音がして、覗き込まれた視線を感じた途端に
ゆるゆると影が近づく。
陛下が紺色の浴衣に身を包んで登場した。

「ここからは陛下とお二人で、ごゆっくり」
ニコニコする侍女さんたちの笑顔に見送られ、
「一緒に行こうか?」と陛下が手を差し出した。

私はおずおずと手を差し出すと、陛下はギュッと握り締める

「…!」
と思った途端、握り締めた手をするりと絡められた。

指先に神経が集中し、恥ずかしくて思わず赤面をしてしまう。

「よく…似合ってる。
暗いから、足元、気を付けてね?」

嬉しくて。
視線をはずした。

慣れない下駄がカラコロと鳴るから――

その音に合わせて指先がゆるゆる絡められても、
「暗くて見えないから、大丈夫」って
息をひそめて陛下に手を引かれるまま、ずっとその音を聞いていた。

暗い夜道をしばらく歩いてゆくと
ぼんやりと提灯の明りに照らし出された櫓が見えてきた。

四方に提灯張り巡らしたそれは、あたかも結界を張ったように、
そこはまるで特別な空間だった。

すでにやぐらを囲んで輪になって、人々は踊っていた。
「一緒に踊る?」
「いえいえ! 私、踊りよく分かんないですから…」
「一緒に見様見真似、やってればいいから、とにかく輪に入ろうよ」

曲と曲の合間に陛下に手を引っ張られた。

できませんてば、恥ずかしいですよ、と
散々抵抗したが、
大丈夫大丈夫、といなされ、無理やり輪の中に引っ張りだされた。

下手で申し訳ありません、と後ろの人に
「初めてだから、ごめんなさい――?」と、かるく会釈をすると
「どうぞ、お構いなく」と、にこっとされ
ええい、やってやろうじゃないの!という気にもなった。

「僕も初めてだけど、君と一緒なら楽しいや」
曲が始まった。
陛下が見様見真似で踊りだす。

長身で人目を引く容貌で
かつ、武芸に長けた陛下は、もはや立ってるだけで絵になる。
初めての曲だからといっても、軽く手を差し引きする姿形も様になっていて美しかった。

かたや私は泥臭くって「あれっ? えっ?」とアワアワしながら踊りにもならない。
陛下がプッと吹き出しながら、手を取って一緒に踊ってくれた。


手首をつかまれてドキン、とした。

私の後ろ、腰のあたりに陛下がすり寄るように密着し
「こんな、かんじだよ」と手を重ねる。

しばらく踊っていると、じわっと汗をかくのは、
下手とか上手とかいうよりも
陛下の薫りにクラクラしてしまったからで――。

少しテンポの速い踊りになると、周りの人は「それっ」とばかりに熱狂的に踊った。
太鼓の音が鳴りやむと、手ぬぐいとひんやり冷えた氷菓が配られた。

「疲れた――? ちょっと待っててね」
陛下はトコトコと配布の列に消えると、すぐ水色の氷菓を二本手にして戻ってきた。

「どこか、腰かけて食べる?」と手をひかれ広場の隅の方にいざなわれる。

提灯で照らし出された櫓の周りだけがぼんやりと光って
足元の影を揺らした。

「どうぞ」
陛下が差し出した氷菓は冷たくて甘かった。

二人で無言で櫓の明かりを眺めていた。

「…夕鈴の食べてる方のが、美味しそうだな?」

そういって、陛下が急に私の目の前ににゅっと顔をつきだした。

「そんなはずはありません。同じ味のハズです」

「そっかな。じゃあ、お味見させて」
陛下が食べていた氷菓を差し出すので、私も大事に舐めていた氷菓を陛下に向けた。

とたんに、ぱくん、と大きな口で半分以上かじった。

「ああ~~~! かじっちゃだめですっ!
せっかく舐めながら、綺麗に食べてたのに…」

「え? かじった方が美味しくない?」

「少しずつ大事に舐めて、長く楽しむのがだいご味でしょう?」

「そうなの?」

陛下が私の手の氷菓を舌で舐め上げたのを見て
私は暗闇の中で赤面してしまった。

「…なっ、舐めるのもダメですっ!」

「えー? じゃあボク、どうしたらいいの?」

「…大切に、食べてくださいっ!」

「大切にすればいいの?」


「はいっ!
大口あけてガッツいちゃ、ダメです!
もっと大切に、少しずつ…」


「…やっぱり君の方が甘いみたい」

暗闇のなかで陛下の瞳に提灯が映りこんで、万華鏡のようにきらめいた。

「そんなわけありませんよ、陛下のも、私のも
――んっ!?」





不意に、ふさがれたその言葉の先に

――陛下の方が、甘いって。


やっぱり思うのだけど――。



──────────────

かるく酔っぱらいな文章です

タイトルを間違えたようです。

「踊る陛下」というより
「踊らされる夕鈴」
それとも
「かじる陛下」か
「舐められる夕鈴」?――

この後どうなったかとか
あまり気になさいませんよう。

ss 春

SNSのトピ「春・夏・秋・冬」より転載

ルールは、簡単☆
●必ず短編の順番が、春・夏・秋・冬であること。
●読みきりであることだけです。

とあったので、書いてみました。

---------------
2014年09月09日

[春]

君はどこへいったのだろう?

後宮の一室、君の笑顔に迎えられるとばかりおもっていたのに。
部屋の主は不在で、私は少なからずガッカリしてしまう。

明るいテラスへ目を向ければ
庭は陽光に輝き、春の風がかぐわしい花の香りを運んできた。

開け放たれた扉がカタ、カタと小さく震える様をみるにつけ

『――君ならきっと。このうららかな陽気に誘われて
庭へと歩を踏み出したのだろう』と想像され、私はクスリと笑ってしまった。

案の定。

舞い散る薄紅色の花びらと戯れる
私の愛しい妃の姿。

私はそっと後ろから近づき
花の精を腕の中に閉じ込めた。

「…もうっ!」

恥じらいながら、小さくもがく

君の精一杯の抵抗すら、甘美。

「夕鈴、可愛い――」

抱きしめた君の髪が風で舞って、くすぐったい

「ちょっと、ここは寒いね…」

それは、抱きしめる口実なんだけど
君は素直におとなしくなる。


ああ、春の香りがするな

何もかもが、暖かいね。


春の陽光のような君と――このままずっと。


*

ss 夏

SNSのトピ「春・夏・秋・冬」より転載
---------------
2014年09月11日

[夏]


緑滴る川縁。

狭い山道を歩くのに手を引かれだなんて。
まるで子供みたいで恥ずかしいのに。
陛下ときたらお構いなし。

「陛下、まだ遠いんですか?」
「もうちょっと」
がんばって。と笑いながら、陛下はゴツゴツとした石の上をスイスイと渡る。

「…あれ? 道が――」

突きあたりは山肌で、道が途切れている。

ふと脇を見ればつるの絡まった古い道標があって、
指し示すところ、沢づたいの側道は渓流を渡った向こうへと続いているらしい。

「ここは川を渡るんだ。
なんだか飛び石みたいだね。
――足元が悪いから、ゆーりん、気を付けてよ?
…なんなら、抱えてゆこうか」

そう言われた途端ぐらりと態勢を崩してしまう。

(っ…!)

ピン、と腕が伸びたと思ったら
こんどは長い腕が私の背中に巻き付いて
あっという間に腰を支えられて。

「――へーか。
…近いです」

「そう?」

萌いづる若緑の葉ごしにチラチラと陽光が踊り、
陛下の瞳の色は万華鏡のように色を変える。

そんなに近くに陛下のお顔があるというだけでも恥ずかしいのに。
汗ばんだ背中に手を回されて、強く抱きしめられると
もうどうしていいのかわからない。

「そんなにくっつくと、暑くて
気持ち悪いんじゃないですか?」

「気持ち悪い―――?」
キョトンとした表情で見返される。

「だって、私汗かいて、ベタベタで…」

「――そんなことないよ?」

陛下はそう言ってくださるけど、きっと気持ち悪いと思う。
思わず手を振りほどこうとしたのに
陛下は逆に指を絡めてもっときつく握り締めた。
「だ、…やっ!」

もう片方の腕を回されて
二人は密着して…首筋にさらりと陛下の黒髪が触れる

「ダメなの?」

吐息がかかる。
陛下が私の首筋に顔を埋めて…なんてこと――!?

「ダメ、とかなじゃくて。
ぜったい、汗臭いですから!」

「君はいつだって
よい香りがする」

陛下は嬉しそうに、ますます密着する。

「…は、ず…かしいから
――離しーてーくーだーさーーーい…!」

ジタバタ必死に抵抗すればするほど、陛下は面白がってますます…

(ぜったい、やりすぎてる――この人っ!!)

その時。
「陛下、お戯れは、たいがいに―――」
背後から李順さんの声がした。

陛下私を抱きかかえたまま

ボチャン

と川に落ちた。


*

ss 冬枯れ

コミュで書き始めた春・夏・秋・冬。

私が勘違いしておりまして
リレー方式だったみたいで
タイミングを逸してしまったので
こちらにアップです。

* * * * * * *
ss 冬枯れ
* * * * * * *


窓の外で、カサカサと風にあおられていた木の葉の音が
いつしか聞こえなくなっていた。

北風についに連れていかれてしまったのかしら…。

そんな些細な音が気になるくらい
冬は、無口。


だって。
陛下ったら。
ずっと
私を無言で抱きしめていらっしゃるから。


何も、言えない――。

*

---

<創作メモ>

木枯らし
焦がれ

敬老の日によせて「今日も丸め込まれた夕鈴さんのお話し」

他愛のないご夫婦の一コマです。

* * * * * * * * * * * *
敬老の日によせて
「今日も丸め込まれた夕鈴さんのお話し」
* * * * * * * * * * * *



「へーか、どうなさったんですか?」

「あー、うん。ちょっと…ね」

「…お疲れですよね? 今すぐお茶を――」

「ううん、それより、ここに居て」

陛下は何だかすごくお疲れのご様子で
顔色も悪い。

なのに私の手を軽く引き寄せると
あっという間に腰をさらい、
いつものように私を膝の上へと…。

「我が妃はいつも愛らしい」

「私が、お疲れの陛下を癒したいのに――!
これじゃ、陛下をもっと疲れさせちゃうじゃありませんか」

「そんなことはない。君がこうして居てくれると
私の疲れも吹き飛ぶというものだ」

陛下はニッコリ笑って見せる

でも、その顔はやっぱり青い…。

「調子が悪い時は、悪いと認めるものです!」

「調子など、悪くはない。
それに、いつも君を載せてるのだから…
今日だけ特別ということもあるまい、妃よ?」

「じゃあ、私がおばあちゃんで
へーかがおじいちゃんになったら、どうしますか?」

「――へ?」

「知らないうちに、よぼよぼになって
若い頃とは違う身体になってても
それでも、へーかは、私をお膝にお載せになるんですかっ?」

「…えーっと」

「老人は老人らしくっ!
調子が悪いなら、調子が悪く――!
その時々に応じて、ベストな選択肢は変ってくるはずです!」

「…よぼよぼの、ゆーりん?って」
ぷっと陛下は噴出した。

わらわれて、思わず私はふくれっ面になった。

「何ですかっ!
私がよぼよぼなら、
へーかだってよぼよぼのお爺さんでしょ!?」

「…想像、つかないや――」

陛下はすっかり子犬になってしまっていて。
私を抱きしめ摺り寄せてこういうの。

「じゃあ。よぼよぼになるまで
一緒に居てくれるんだ」

「へ?
よぼよぼだったら
骨折するかみしれません!
コワイです!!」

「ぼく、結構鍛えてるから。
年老いてもかくしゃくとしてると思うよ」

「でもきっと私はシワシワで…
髪だって白くなって
へーかお傍にいられる見栄えなんかじゃなくなってます…」

…自分の未来を想像して、
ちょっと呆然とした。

「そんなことないって。
ゆーりんは
きっと可愛いおばあちゃんになってる」

「そんな、気休めいったって
分かりませんっ!」

「共に白髪の生えるまで――
よぼよぼでも、きっと僕は君を離さないから。
いつまで君を膝に乗せることができるか
ずっと、僕がおじいちゃんになるとこまで
みていてくれる?」

「へーかがおじいちゃんだったら
ロマンスグレーもお似合いかなって。
なんだかカッコよさそうですね…」

「うん、じゃあ、楽しみにしてて」

そう言って、嬉しそうに尻尾を振る子犬陛下にはどうしても負けてしまって。
私は指切りげんまんをさせられたのでした


(なんなの…もうっ!!)




おしまい。

*

[リク]王子と乞食(1)

100万アクセス記念リクエスト ①

リクエストいただいた順番的に入れ替わりますが
長編になりそうなリクエストはもう少しお時間いただくとして
今回は聖さまのリクエストから。

[事務連絡]
さくら様。リク権お取り置きしてございますので、またリクお寄せ下さいね。
お待ちしております^^

───────────────────────
【リク内容】
ざっくりと、リクエストいたします。
設定①キャラが子供。(夕鈴と陛下は、幼い頃に出会う。)
設定②夕鈴と青慎が姉弟ではなく、兄妹で、青慎がシスコン。
設定③陛下と几鍔が無二の親友。どちらにとっても、夕鈴が初恋の君。
あとは、貴女様の味付けで、お話をひとつお願い致します。

───────────────────────

…さあ!
これは厄介でございますよ
設定が3つですね~(笑


そうするといろいろ楽しい仕掛けをしないといけません…

あれこれ妄想が掻き立てられます。


多分、状況説明から入ると長編になりかねませんので
ここで予め事前設定をさせていただきますね。

以下を元に、お話を始めさせていただきます…。

1) 父王は、最愛の舞姫の生んだ男御子である黎翔の命を狙われることを恐れていたので、幼い頃から王都の下町に住む信頼のおけるさる筋に、王の子という氏素性を伏せて、黎翔を預けました。(北の地ではなく)

2)預けられたのは李家。真面目で口の堅い李家は目立なくとも王にとって心のおける忠臣でありました

3)李家の跡取り息子が、順。黎翔は、王の子とい出生の秘密を隠したまま、「李翔」という偽名で李家に物心つく前から預けられ、李順と兄弟同様に育てられました。

4) 李家は王都の下町、章安区の一角に屋敷を持つ貴族。白陽国の都市部(いわゆる町方)の行政・司法を担当する「町奉行」呼ばれる役職。

5)几家は商売上のやりとりで、いろいろと李家と出入が多く、そういう理由で、李翔と几鍔は幼馴染で、無二の親友として育った。

6)年齢設定。
夕鈴6歳
青慎10歳と李翔10歳、
几家の跡取り息子の鍔9歳。
ちなみに、李順は13歳。

(青慎と李翔は同級生、
几鍔が一つ下、
夕鈴が青慎と4つ違い下)



【パラレル】【年齢操作】

100万HIT記念
聖瑠桜さまに捧げます。

* * * * * * * * * * * *
王子と乞食(1)
* * * * * * * * * * * *

 
「順が言うんだ。『お前は橋の下で拾われた子だ』って…」

「李翔君、あんまり気にしない方がいいわよ?
世の中の親はたいがい、そう言って子どもを脅すものだって…」

「ゆーりんのお父さんは、ゆーりんが他所の子だって、言う?」

「…言わないけど――」

「李翔、あんま、こいつに変なこと言うなよ?
こいつん家は、早くにおっかさん亡くして、
親父さんが男で一つで育てたもんだから。
末娘のこいつの子と、目に入れても可愛くないって扱いさ
そんなこと言うわけねーじゃん!!」

「…それに、
僕がとびきりゆーりんのこと、
大事にしてるし」

青慎が頷く。

「青慎、おまえ、シスコン!」

「几鍔くん、年上にきつい子と言うね」

青慎は一つ下の几鍔に気おされ
顔ではニコリと笑いながらも内面は小さな汗をかいていた。

(こんなに僕は妹のこと、大事にしてるけど…
ゆーりんにとって、誰が一番好きなんだろう…?)

青慎は考えずにはおられない。

下町のここいら界隈では
近所の子供たちが集まって
大きい子から小さい子まで
いっしょくたになって日々過ごしていた。

几鍔は、夕鈴が好きで――
李翔も、夕鈴が好き。

ところが、夕鈴の兄の青慎も妹にベタボレで…。

いまからもう「妹を嫁になんか出せない――」と叫ぶ有様の兄、青慎は、近所の男どもに牽制しまくっているという状況であった。



(つづく)



今日の処は、設定までで…m(_ _)m


*

王子と乞食(2)

【パラレル】【年齢操作】
青慎10歳、夕鈴6歳、几鍔9歳、李翔10歳、李順13歳。
100万HIT記念、聖瑠桜さまリクお題の続きです。

宜しければ、つづきをどうぞ――。

* * * * * * * * * * * *
王子と乞食(2)
* * * * * * * * * * * *

白陽国の王都、乾隴の都。
ここは下町章安区、表通りからずいぶんと奥へ入った庶民の住む界隈の一角に、汀家のぼろっちい家はあった。

カン、カン、パカン!

裏庭でまき割りをする兄と、その周りをうろちょろする妹の姿。
「あはは、おにーたん!」
「夕鈴、危ないよ?」
コーン、パン!
一息ついて、青慎は手斧を置くと、汗を拭いた。

「夕鈴ってば、危ないから離れてるんだよ?!」

「わたし、運ぶ~!」

薪を手にいっぱい抱え、薪棚のほうへとよろよろ歩き出す夕鈴。

「夕鈴、そんなに持ったら重いし、
ああっ、それじゃ前がみえないよ――」
と青慎が言ったはなから、夕鈴は足元につまづいて、薪ごとドシンと尻餅をつく!

「あ~っ!」
青慎は慌てて夕鈴の元に駆け寄ると
夕鈴は薪を放り出し、ビエーン!と大きな声で泣きながら青慎の襟首に抱きついた。
「…よしよし。痛いの、痛いの、とんでけー!」
泣きじゃくる夕鈴に、青慎は優しく背中をとんとんする。
「…夕鈴、手伝ってくれて、ありがとうね?
…痛いところは、ない?」
青慎にしがみついた夕鈴は、ヒックヒックと泣き止む。

「もう、痛くない? 痛いの飛んでいけー」
兄の優しい手に癒され、夕鈴はようやく笑みを漏らした。

「痛いの、痛いの、とんでった…。だいじょーぶ。
にーたま、大好き!」

青慎はちょっと困ったように眉尻を下げ、愛らしい夕鈴の頭を撫でてやるのだった。

青慎は10歳、妹の夕鈴は6歳。二人は仲良し兄妹で、青慎は妹の夕鈴を目に入れても痛くないほど大事にかわいがっている。


近年、周辺の国々では小さな争い事が続いており、白陽国もご多分に漏れなかった。

白陽国の台所と呼ばれる豊かな穀倉地帯の南州一帯で、昨年イナゴが大発生し、それにあわせたように日照り、飢饉と、国内の食糧事情は厳しく、物価は上がるばかり。
首都、乾隴の下町にまでそのしわ寄せはきていて、どの家でもやりくりは厳しかった。

汀家では三年前に母が流行り病で亡くなり、長男の青慎が、家のことや夕鈴の面倒をみていた。
お節介な近所のおばさんは、ちょくちょく汀家に顔をだしては、
「岩圭さんや、女手のない家じゃあ困るだろう」と、見合い話を持ってやってくる。

だが父、岩圭は持ち込まれる縁談すべてを断った。

役人の父親はのんきな人だったが、ときどき月を見上げては「かーさんや…」とつぶやき、ポロリと涙ぐんでいることを青慎は知っている。
だから、なるべく心配かけまいとして、家の中のできることは全部青慎が引き受けていた。

青慎は優しく賢い子供で、勉強が大好きだった。
目標は「お父さんのように立派な官吏になること」。
そして、できれば上級職の試験を受けてみたいと思っていた。

小さい妹のお守りをしながら家事一通りをこなす毎日。
自由に好きなだけ勉強するのは、青慎にとっては夢のまた夢。
また、上級管理職を狙うためには、庶民には高値の花である高価な書物を何冊も勉強しなければならなかった。
(もう少し、レベルの高い塾に通ってみたいなぁ…)と思いつつも、家計簿でどんなんりやりくりし、切り詰めても、今は生活するので精一杯だった。

「にーたま、今一番、何が欲しい?」
夕鈴が花のような笑顔で、摘み取った花を差し出す。
「うーん、書物、かなぁ…
ううん、お花が欲しいや。
ちょうど、この白い小さなお花が、一番欲しかったんだ」
そう言って、青慎は妹の差し出した小さな白い野の花を受け取った。
夕鈴は小さな顔を太陽のように輝かせて笑った。

「いつでも、にーたまの欲しいもの。
ゆーりん、探してくるからね?」

青慎は夕鈴の頭を撫で、二人はしばらく並んで座っていた。

(やっぱり、上級職を受験しようだなんて、高望みなのかなぁ…)
ふぅ、と青慎はため息をつく。

* * * * * * * * * * * *

そんなある日。
朝一番に干しておいた洗濯を取りこんで、妹の夕鈴と一緒に畳んでいると、
「おーい!」と声がした。

親友の几鍔君だ。

「青慎さん、いるか?」

「ああ几鍔君? いるよ。入っておいでよ」

「がく? おいでよぉ」
大きな声で返事すると、夕鈴もかわいい声で真似て返事をする。

おもわず青慎はくすっと笑ってしまう。
六つになった夕鈴は、こんなふうに僕のまねをするのが大好きなんだ。

「おー、青慎さん。ひさしぶりー」

「しぶり~」
青慎よりも先に、夕鈴が答える。

夕鈴が笑顔で駆け寄り、鍔君の手を引いて家の中に迎え入れた。
「久しぶりって。几鍔君、昨日も会ったとこだよね」
青慎は笑って、洗濯物を片し終え、几鍔を出迎える。

几鍔は大きな右手に重たそうな包みを持っていた。
小さな夕鈴がチョコチョコと几鍔の手を引いたものだから、几鍔は思わずバランスを崩して、ドシン、と尻餅をついてしまった。
几鍔は手に持っていた包みをとっさにかばったため、腰をしたたかに打ってしまったようす。

「…て。て、ててて」

「…痛い? 痛いの、がく。
痛いの、痛いの、とんでけー!」
夕鈴はいつも青慎にされているように几鍔をギュッと抱きしめて、一生懸命背中をさすり、慰める。

几鍔は思わずカァっとのぼせ、
みるみる赤面した顔を背け、
思わず小さい夕鈴を突き飛ばしてしまった。

「い、痛くなんか、ねーぜ!」
ドン!と力まかせに突き飛ばされた夕鈴は軽く吹っ飛んで、コロンと転がった。

「ギャーん!
ああああああああ~~ん、ああ~ん、ああ~ん!!」
驚いた夕鈴は大きな声で泣き叫ぶ。

几鍔はオロオロしながら…、
…でも素直にもなれない。
呆然として、泣きじゃくる夕鈴に背を向けた。

青慎があわてて夕鈴を抱きかかえ、二人の間に割って入った。

「すまん、青慎さん
――あの。
夕鈴のやつ、怪我は…」

「…大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから。気にしないで、ね?」
青慎は几鍔にも同情した。

少し前から几鍔は、なんとなく夕鈴を意識していて
ふっと可愛いなぁ…って顔をすると、そのあとハッとなって、
ギッと恐ろしい顔で睨む…という不審な行動が見られた。

(うん、わかる。だって、うちの妹、こんなに可愛いもんなぁ…)
青慎はそう思っていた。
(可愛いって思ってたら、素直にそういえばいいのに…。
本当に、几鍔くんって不器用なんだから)


几商店の跡取り息子の鍔は、家では「坊ちゃん」と呼ばれ、出入りの奉公人から大切にされ、威勢の良く肩で風切る几鍔の後ろからはいつも男連中が取り巻いて「アニキ、アニキ」と慕われている。
なぜか幼い頃から一つ上の大人しい青慎のことを尊敬していて、昔からちょくちょく家に遊びに来る彼のことを、青慎も無二の親友のように思っている。

さばさばとした口調は小気味よく、硬派な几鍔だが、実は女が苦手。
めっぽう照れ屋で、色恋については超・純朴。

(意識してるくせに…正直になれないんだよね)と青慎は分析している。

そんな几鍔に無邪気な妹はチョコチョコと近寄り、
そして最近はときどきこんなふうにアクシデントが発生していた。

「妹に悪気は、なかったんだよね…ごめんね。
うちの夕鈴が突然飛びついて…」
青慎が謝ると、几鍔はぶんぶんと首を振った。

夕鈴が落ち着いて、大丈夫そうだと分かると、几鍔は目に見えてホッとした。
「ほんとに、すまん」
もう一度謝る几鍔。

「…いいって――」
青慎は夕鈴の瞳を覗き込むと、妹に優しくお願いをした。

「夕鈴、仲直りしてあげてくれる?」

「がくと、仲直り?」
大好きな兄の願い。

青慎の頸をきゅっと抱きしめ、まつ毛にまだ涙が光る夕鈴が
几鍔の方を振り向いてそろ~っと手を差し出し、小指を立てた。

「がく。仲直りの指きり」

几鍔はぐっと一呼吸おいて覚悟をきめると、
彼女の小さな小指に自分の小指を絡ませた。

「なっかなおりー」と夕鈴のつぶやく音頭にあわせて、二人は軽く手を振った。

カカカカカーっと赤くなる几鍔を見て見ぬ振りする青慎。
「おっ終い!」夕鈴はご機嫌を取り戻した。

几鍔は仲直りの指きりがすむと、チッと口では言いながら
ささーっと手を引き青慎の方へと向き直った。

「で――これ。借り物だけど」
几鍔は大事そうに抱えていた包みを、ぐっと青慎の方へ差し出した。

「?」
青慎が手を伸ばし、首を傾げながら受け取る。
布包みをほどくと、書物…。

「…論語?
――これって、もしかして…」

「青慎さん読んでみたいって言ってた本、これだろ?」

「官吏になる勉強には、四書五経が絶対いるんだけど――
こんな貴重な本、几鍔君、どうやって?
いったいどこから――」

「…李ってやつに、借りた」

「…借りた?」

* * * * * * * * * * * *

几鍔商店が出入りしている上取引先の貴族の李家に、ある日ついでがあってババ様に連れてゆかれた几鍔。
「仕事の話が済むまで、ちょいと年頃の子供同士、遊んでおいで」と李家の息子たちを紹介された。
兄の順は13歳。官吏登用制度の上級職の上位合格を狙う秀才で、日々勉学に励んでいるという。

世間体を取り繕った挨拶が一通り終わり、さあ子供たちで自由に、という段になるや途端、順はメガネの奥でちょっと冷たい感じの視線でチラリと几鍔を見返すと
「…では、私は勉強がありますので」とそそくさと引っ込んでしまった。

几鍔は一瞬白けたが、もう一人の弟、翔とは意気投合した。

「翔は、勉強しなくていいのか?」

「…私?
勉強もするが…しょせん順はいい顔をしない。
――私は、なんというか…この家では腫れ物だからな…」

「――ハレモノ?
なんだ、お前、アニキに嫌われてるのか?」
几鍔は訳も分からず、オウム返しをした。

「嫌われているというか、いやむしろ大切にされているが…なんというか他人行儀なのだ」

「ふうん――?」
几鍔は『考えたところで貴族ってのはよく分かん』と思考放棄し、さばさばと話を切り替えた。

「よく分かんないが、とりあえず、外で遊ぼうぜ!」

二人は中庭の方から外に出た。
窓があって、先ほど「勉強する」といって自室に戻った李順が見えた。
ここが李順の部屋らしい。

「――げ!」
几鍔は声をあげた。

「げ?」
李翔は不審な顔で几鍔を見返す。

「…あんなに、いっぱい書物が…!!」
几鍔が驚くのも無理はない。李順の座っている机の周りから何から、どこからどこまで足の踏み場がないほど部屋は書物で埋まっていた。

「――あんなに本があるのは、見たことないぜ!
おい、本っていうのは、相当高価なものなんだろ?」
几鍔は呆然としていた。

「…まあ、そうなんだろう。
だが受験生というのは、たいていあんなものだろう。
出世のためには試験に良い点数で合格しなければならないから、な。
…頭脳明晰な順は、家の期待を一身に背負っているんだ」

(受験生というのは、こんなふうじゃないとダメなのか――)
几鍔は半ば呆然とした。

「…これじゃあ、アイツ。たとえ目を潰したとしても、浮かばれねえなあ」
几鍔は頭を掻いた。

「…浮かばれない?」

「いや。ちっとな――近所のガキが、浮かばれねーな、って」

「近所のガキって。…それ、女の子?
君の大事な人?」

几鍔はぐっとつまり、チっと舌打ちしながら顔を赤らめたので、
李翔はもう少しだけ話を聞いてみたくなった。

「で、その子がどうしたの?」

尋ねられたので、几鍔も話をつづけた。

「そいつんち、親父は下級役人だけど、のんびりしたお父っつあんで。
おっかさんが三年前の流行病で亡くなってからそいつの兄貴が家事や妹の面倒見て。
このご時世だから暮らすだけで精一杯でさ。
兄貴の青慎は頭いいから官吏の上級試験を受けたいって夢があんだけど…。
俺も詳しくは知んねーけど、四書五経とかさ。試験受けるための勉強に、高価な本がたくさんいるんだろ?」

「そうらしいね」
李翔は醒めた口調だった。

――そんなふうに苦労してる奴は、世の中にいっぱいいるよ。
何も特別なことじゃない。
だって。世の中は平等じゃないんだから――。

と李翔は心の中で思ったが、口には出さなかった。

「それで、浮かばれないって?」

「ああ。
でさ。その優しい兄貴が家事で疲れきって
チョイうたた寝した時に
『本が欲しい…もっと勉強したい』って、寝言でつぶやいてたんだとさ。
それを聞いたチビガキのやろうが、何を考えたのか
道で物乞いをやってね――」

「物乞い?」

「乞食は、座ってるだけで、稼ぐじゃんか。
あいつまだたった6つでさ、チビなりになんか考えたんだろうな。
ただでモノやお金が貰えるって、なんだか変に誤解しちまったようで。夕鈴のやつ、モノゴイしてお金ためて、お兄ちゃんの欲のやつしい本、買ってあげるんだって――」

「…」
李翔はそれまでどちらかというと冷淡な対応をしていたのにもかかわらず、急に破顔して笑った。

「それはいいや、兄さんの本のためにその子は乞食をしたんだ」

「笑い事じゃ、ねえ!
――乞食ってのはな…!!
あいつの兄貴、
泣いてさ…
『夕鈴、そんなことしちゃだめだ』って止めたら
『ゴメンおにーたま、ゆーりん、目も見えるし、お手ても足もあるから
お金もらえなかった。
私、目が見えなくなればよかった』って――」

几鍔はグッと詰まった。

「ふうん」

李翔は几鍔の顔を見つめたまましばらく考えていたが、
フイっと走り出し、勉強中の李順の部屋の窓から室内へと侵入した。

「――翔さまっ!
いきなりなんですかっ!? 窓から」

「順、論語をよこせ」

「――はい? …論語?」
李順はすっと手を伸ばすと傍らの書物を引っ張りだした。

「いったい何に?
お勉強ですか?」

李順がメガネをかけなおしている隙に、李翔はその手から書物をするりと抜き取り、また窓から外へと飛び出した。

「――翔、さまっ!?」

素早く窓枠から飛び降りてきた李翔に、几鍔は目を丸くした。

「…オイ、お前んとこは、
アニキが弟のことを『様』付きで呼ぶのか?」
几鍔は李翔の傍若無人な態度にあっけにとられながら、変な質問をした。

「…時々、順はあんなふうに他人行儀になるんだ―――
気にするな。
とにかく、これ」

ぽいっと、書物を渡された。

「四書五経のうちの一冊、論語、だ」

「え?」

「その本を貸すから、
今度その兄妹とやらを連れて
是非もう一度、ここに遊びに来てはくれないか?」

「いいのか?
こんな高価な書物を――」

「…その、夕鈴って子の、
笑顔が見てみたいから――」

そう言って、李翔はニッと笑った。



王子と乞食(3)完

ラスト・パートです。

【パラレル】【年齢操作】
青慎10歳、夕鈴6歳、几鍔9歳、李翔10歳、李順13歳。
100万HIT記念、聖瑠桜さまリクお題。

ではどうぞ――。

* * * * * * * * * * * *
王子と乞食(3)完
* * * * * * * * * * * *

そんなぐあいで、几鍔のつてで青慎と夕鈴の三人は、恐る恐る「李」という人の家に足を運んだ。

最初、几鍔から見も知らずの少年から論語を渡された青慎は(こんな大切な本を、ポンッと投げて貸してくれるだなんて、…どんな家の子なんだろう)青慎は不審に思った。
そして更に詳しく聞いてみれば、どうやらその李家というのは、王都の下町、章安区の一角に屋敷を持ち、白陽国の都市部(いわゆる町方)の行政・司法を担当する「町奉行」呼ばれる役職についている貴族の家柄だと聞き、青慎は驚いた。

「そんなとこの子に、僕ら、呼ばれたの?」
「ん、こいって」
「なんで?」
「さあなあ、その李翔ってえのは。ずいぶん気まぐれな感じで…。
何考えてたのか、よくわかんねー。
とにかく青慎さんが念願の本読めて、良かった」と几鍔は笑った。

高鳴る胸に震えながら、恐る恐る論語を紐解けば
「子曰く、学びて時にこれを習う、亦説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)あり遠方より来たる、亦楽しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。」
青慎が読みあげる。
「おにーたま、どういう意味?」

「この本には、孔子様という偉い先生の言葉がいっぱい収められていてね。今読んだところは『学ぶことは楽しいよ』――って。
他にもね…たとえば『自分がされて嫌なことは人にしてはいけない』とか、この書物は人として大切な道を指し示して、僕たちの目の前を照らしてくれるんだ」

青慎が優しく夕鈴の頭をなでるので、夕鈴は、その本が兄にとって大切な言葉が詰まった書物なのだということがよく分かった。

「とにかく、お礼を言いたいな。
きっと李翔君って、心のきれいな子なんだろうね」

「うん、きっとそうよね」
ニッコリ笑う夕鈴の頭をもう一度青慎は撫でた。

そんなわけで、数日して三人は李家にお礼に言いに訪れた。

* * * * * *

後から思い出すと、どうしてそうなったのか良く分からないうちに
青慎は李翔の兄、李順の部屋に毎日通って勉強する羽目になり
彼らが勉強している間、夕鈴は李翔と遊ぶことになっていた。

ある日のこと、夕鈴と李翔は庭の片隅でひっそりと遊んでいた。
李翔はどうやら人目のないところが落ち着くらしい。
夕鈴と二人っきりになって、ようやくほっとした様子で
優しい子犬のような笑顔を見せた。


「りしょうさまは、おべんきょう、しないの?」
ふいに夕鈴は尋ねた。

「私は、いいんだ」

夕鈴にはその言葉の意味が良く分からない。
「――え? 
お勉強、きらい?」

「あそこにある本は、もう読んだ」
「あの本?」
「ああ、全部」

李翔は笑った。
夕鈴は目を丸くしながら後ろにのけぞった。

「ぜんぶ――?」

「うん、だから。いいんだ
順と違って、私は別の…」

「べつ?」

李翔は、袖をまくってみせる。

「――あざだらけ!?」
「私だけ、棒を持った家の者に、四六時中追い回される――
時には見知らぬ男まで」

「そんなに、ぶたれるの? 
李翔さまだけいじめられるの? 大丈夫?」

「…もう慣れたし。
もう昔ほど簡単にぶたれやしない」

「痛かった?
痛いの痛いの、とんでけ?」

夕鈴にあざのある腕をさすられて、李翔は暫く無言になった。
李翔は夕鈴の優しい気持ちが嬉しかった。

夕鈴は李翔がこのあいだつぶやいていたことを思いだし、
悲しそうな顔をして質問した。
「拾いっ子?
ここのおうちの子じゃ、ないの?」

「…さあ。でも、少なくとも
順と私は、全く似ていない」

夕鈴も、そう言われるとそんな気がした。

髪の色も、目の色も。体つきも。
…並んでいても、兄弟にはみえない。

悲しそうに李翔を見つめる夕鈴の手を握り、李翔はなぐさめた。
「君は、ぼくのことで、そんな顔しちゃダメだよ」

「…」夕鈴が静かにポロリと涙を落したので、李翔はそれを拭う。

「――元気出して? 
君がぼくのことで泣く必要なんかないんだよ」

「うん」
分かってるけど、ポロポロと夕鈴は泣いた。
李翔はそんな夕鈴がかわいくて、思わずぎゅっと抱きしめた。

「泣かないで」

ぐす、ぐすとそれでも涙は止まらない。
李翔はどうしても、この腕の中に居る彼女の笑顔が見たくなった。
(どうしたら、喜んでもらえるのだろう――)

「探そう!」
困った李翔は、グイッと夕鈴の手を引っ張り、
唐突に駆け出した。

「え?」
夕鈴は驚いて思わず目を見張った。

「――夕鈴。君が喜ぶものを
探しに行くよ」

庭の片隅の塀の隅に抜け穴があって、
李翔はそこから慣れた様子で屋敷から抜け出した。

「…どこ、いくの?」

「君が笑えるところ!」
李翔は朗らかに言い放つ。

抜け穴から屋敷を飛び出して、貴族館の連なる地区から離れると、のどかな街並みが広がった。

「さあ、何しよう、夕鈴。
なにか食べたいものある?」

「…ううん」
夕鈴は首をふる。
――本当は、夕鈴はおなかが減っていたけど。
こどもの李翔に食べ物をねだるのは、恥ずかしいことだと思った。

「じゃあ、何か欲しいものは――?
服とか、キラキラする髪飾りとか…」

「ううん」
夕鈴は首を振る。
常につつましやかに、贅沢とは程遠い環境で育った夕鈴にとって、お正月でもないのに新しいものを欲しがるだなんて、悪いことだと思っていた。

「じゃあ。君は一番何をしたいの?」

「おにいたまを、喜ばせたい!」

満面の笑みを浮かべ、兄を慕う夕鈴。
彼女の言葉を聞いて、ズキンと李翔の胸は痛んだ。

「…夕鈴」

「にいたま。ご本が欲しいって…
でも、李翔さまのお家で本いっぱい、叶えてくれたから」

「他に、君のために僕は何ができる?
どうやったら、君は僕のために笑ってくれるの?」

「――李翔さまからは
いらない」

「…え――?」

李翔はガーンとショックを受けた。

その様子があまりにも気の毒だったので、
どうしたのだろうと夕鈴は不思議そうに李翔をみつめた。

しばらくしてようやく言葉の出る李翔。

「――僕は、だめ?
どうして」

明らかに、いじけている。

「李翔様、働いてる?」

「働く――?」
李翔は夕鈴を呆然と見つめた。

「働かない人、だめ!!」

そう言われると、困った。
李翔は働くなど、したことがなかった。

「うーん。
じゃあ、働いて手に入れたものなら
君は受け取ってくれるの?」

コクと、夕鈴はうなづいた。

そうか。
だから彼女は物乞いをしたんだ――と思い至り
李翔は笑った。

「では、君の言う通り
働いてみるか」

李翔はポンと手を打つと、夕鈴の手を引いてどんどん道を歩き出した。
高級住宅街を抜け、細道に入る。
夕鈴の手を引っ張り、風のように走る。

夕鈴は必死で李翔についていった。

* * * * * *

李翔と夕鈴の二人が屋敷の中に居ないことに気が付いた

李順、青慎、几鍔の三人が二人を探し出した時、
李翔と夕鈴の二人は
乞食の層元締めのヤクザ者三人に囲まれていた。

夕鈴が兄のために働こうとした職業――乞食。
李翔はそれにチャレンジをしていた。

だがそれはもの知らずな子供。
だが知らない、では済まされるはずもない。

「おうおう、兄ちゃん、誰の許しを得て、
…ここで店、開いてんだ?」

「ここは天下の往来だ。
誰のものでもないだろう」

李翔はムシロの上で悪びれる様子もない。
自分の背丈よりもずっと大きいチンピラを、ギラギラと赤い瞳で真正面から見返す。

李翔の背中には夕鈴がいて、必死にしがみついていた。

「物わかりの悪い小僧。
ここらはな、オレらのショバなんだよ
勝手にされちゃぁ、困るなぁ、ん?
ここはキッチリとカネで片付けちゃあもらえねえかい?」
李翔と夕鈴は、物乞いの暗黙のルールも知らず、
路上で勝手にショバ荒らしをした、という角で
ここら一帯を取り仕切る組のチンピラ共に、いちゃもんを付けられていた。

そこに駆け付けたのが、李順たち。

こ汚いムシロの上に、
服から顔から、泥を擦り付け汚し、
乞食のふりをしている二人を見て、李順と青慎は卒倒しかけた――。

普段冷静な李順が、これほど激怒しているのも珍しい。
翔はつーんとそっぽを向いて、李順から視線を避けた。

途端に李順が吠える。
「――あ――あなたと言う人はっ
こんなところで、何をなさっていらっしゃるんですかっ!?」

(――順は、こんな時まで、他人行儀なのだ)
李翔はむっとした。

「ご覧のとおり…物乞いだが?」
サッパリとした顔の李翔。

李順は更に怒鳴ろうとした途端、

「いま取り込み中だ」と
一触即発の口火を切って翔は大立ち回りをやらかした。

10歳の李翔は、あっというまに三人の大人を投げ飛ばし、片づけた。

「ああああああ~~~~っ!!!」
李順が叫ぶ。

彼は父から厳しく言いつかっていた。
――決して口にしてはならぬ、大切な李順の使命について…。

ドシーン

大地を揺るがし、男が投げ飛ばされた。

大の字でノビたチンピラ達を見て
いつの間にやら取り囲んでいた物見高い野次馬の中から
やんやの歓声が上がった。

チャリンと銭が投げ込まれた。




李順は鬼のように赤くなったり青くなったりして
二人を見つめた。

そう。
『弟』などではない――。

『畏れ多くも――
あなた様は…この国の
――王子なのですよ――?!』

ひとたび読めば、すべて覚え、
ひとたび耳にすれば、忘れない。
その特異な才は
秀才の李順ですら並び得ず。

腕の立つ大人ですらいまや相手にならぬ、
その武に長けた才も。

その勘の良さも
瞬時に見通すその才気走った眼力も。


だから、あなたは別メニューなのに!

(貴方は、
特別な方なのですよ――?!)


ムシロの上に置かれた皿に投げ込まれた小銭を、
李翔は嬉しそうに指先でつまみ上げた。


「…夕鈴」

李翔は背中の夕鈴の方を振り返る。

「ぼく、働いた、よ?
ね――?」


夕鈴はにっこり笑った。

「李翔様、
お仕事がんばりました!」



「~~~~~~~!」

李順が大声で叫びたくとも、
それは一切、口にはできない相談だった。


王子と乞食
おしまい。

*


こんなかんじで
ごめんなさい。

時間はかけたんですけど…。
要素に振り回されて、心が見えなくなっちゃいました…。

でも楽しく書かせていただきました。
聖さま、リクエスト、ありがとうございました^^

恋の裏ワザ

100万アクセス達成記念(2)

華海空さまよりいただいたリクエストです

初めてのリクエスト、寄せていただき嬉しいです。
ありがとうございました。

-----■ お題 ■----
老子から恋の裏技を教えてもらうことにした夕鈴が
陛下に対して実践、というような感じで
--------------------


華海空さまに捧げます。


【バイト妃】【ひそかな恋人】

* * * * * * * *
恋の裏ワザ
* * * * * * * *


後宮の掃除の時間。

ごしごしと床を磨く。

汗をかいて体を動かし、
一心不乱に働けば
心の汚れも落ちる。

(うーん。この汚れ…)
気になる染みを、ゴシゴシこする。

ふと目の前に影がおちているのに気が付き、
夕鈴は顔をあげる。

張老子が目の前に立っていた。
「おう、掃除娘。あいかわらず熱心じゃな」

額の汗を手の甲で拭いながら、夕鈴は老子を見上げた。
「老子、いらしてたんですか!」

夕鈴はやはり、先ほどの染みがきれいになっていないと、
雑巾を一度ゆすぐと再度チャレンジする。

「最近、陛下のご様子はどうじゃ?」

急に聞かれて、夕鈴は
「えー? 特にお変りありませんよ?
いつも通りお忙しくて…。
ここ三日間、お顔も見てませんし…」
…と言いながら、ブラシで床のしつこい染みをこする。

(――ははあ、だから。熱心に床など磨いて)

ニヤリ、と老子は笑った。

「…浮気、じゃ。浮気。
そういえば三日前に訪れた隣国の訪問団の中には、
美しい姫が混じっておった――」

「えっ?!」

夕鈴は夕鈴はハタと手を止め、
ガバっと顔をあげた。

「それ…ほんとですか?」

「いや、高貴なお客様となれば、
わしなぞチラとも見えるようなことはないが、
噂じゃ、ウワサ――。それはそれは、美しい姫だと
今、王宮内で働く者の間は、それでもちきりじゃ!」


(――そっか。へーか。
お忙しいから…後宮に来る暇もないって聞いてたのは
外国のお姫様と――


…イヤイヤイヤ。
だからって。
私がどうこう言える立場じゃないでしょ?)

夕鈴は膝をついたまま、雑巾を置いて
ハァとため息をついた。

「少し前は、なんだか妙に甘酸っぱくイチャイチャしておったが――
お前さん、気をつけんと陛下の愛を繋ぎ止めてはおけんぞ?」

「イチャイチャ、なんて…!?」
夕鈴は顔を赤らめて反論した。

「――しとったじゃろ?
この後宮の生き字引といわれとる
後宮管理人のワシの眼はごまかせんぞ――?」

ニタリと笑いながら伺うような老子の目つきに、ますます夕鈴は顔を赤らめる。


――陛下に『好きです』って伝えて。
陛下が、私を好きって、…そう言ってくださったのは…確か。

だけど、ここではいろいろあるから。
『やっぱり私が陛下を好きっていうのは
ナイショにしてください』って、私はお願いをしていた。

交わしたのは口づけと。
『愛してる』って言葉だけ。




「まっ…まだっ! 何もありませんっ――!」

「――ほう…。
――『まだ』?」

したり顔で老子が…。

「違います
私はバイトですってば――」

「まあまあ、
しっかり、イチャイチャせんかい!
お疲れの陛下を癒すのが
お前さんの仕事じゃ」


「――でも。
外国のお姫様のお相手って…。
きっとお忙しいんでしょう。

後宮には、お顔も見せて下さいませんし」


「まあ、そうじゃな。
そこは、ホレ。
この恋愛相談請負人のワシが
ちょっぴり裏技を伝授してやろうて」

張老子はトコトコと机に向かって歩いてゆき
手に持っていた抱えきれないほど沢山の書物をドサリと置いた。

「ほれ!
お前さんも
ちょっとそこの椅子へ座らんかい!」


かくして、恋の裏ワザ伝授の講義は
密やかに行われたのであった。

* * * * * * * *

『恋の裏ワザ、その一じゃ。
まず、足を向けていただかなければ、話にならん!
足を向けさせるために、妃が寂しがっていると伝えるが良い』

『えー!? お忙しい陛下に…そんなこと、できません』

『できません、じゃない!』

『だって、今日は大掛かりな晩餐会があると…』

『やるのじゃ! 
後宮というところは、何千もの美女がひしめきあい
陛下の御寵愛を得る為、必死になって陛下の気を引くための駆け引きが行われた場所じゃ!
つまり、陛下に足を向けさせることこそが、まず妃の第一の仕事といえんか?
おまえさん、床など磨いておる場合ではないぞ』

というわけで「妃の気分がすぐれず、老子との講義は早めに終わらせた」という連絡が王宮へとんだ。

『おまえさんの調子が悪いと知れば、あの陛下のことじゃ。
今日こそは後宮へお帰りになるじゃろう』

『…嘘をつくのは気がひけます』

夕鈴がジト目で見上げると
老子は腕組みをして余裕たっぷりに答える。

『嘘ではないぞ?
気分がすぐれとらんのは、事実ではないか。その顔色!
陛下のお顔を見れば、すぐに良くなるかもしれんのぉ
ほっほっほ。
ほれ、お前さんは、すぐ部屋へもどるんじゃ』

 * * *

老子の思惑通り、
晩餐会を早々に切り上げた黎翔は、そそくさと後宮へと顔を出した。

シャランと鈴がなり、遮る幕が払われ、黎翔がひょっこり顔を出す。

三日ぶりのその姿に、
寝台に横になっていた夕鈴はドキンとときめく。

「…夕鈴?
具合が悪いと聞いたが――」

夕鈴はぴょんと体を起こし、あわてて寝台から降りようとする。

「ああ、いいから。そのまま。
横になっていて――」

「申し訳ございません」

心配げな黎翔の顔を見るにつけ、仮病で騙したと夕鈴は心苦しくなるばかり。

『その二

次は二人の距離感が大事じゃ!
パーソナルスペースと云って、他人を許す距離感がそのまま心の壁を現しておってじゃな。
半間(約90cm)、つまり三尺以内に近寄られたとき固くるしい緊張がある場合は、二人の関係は、まだまだじゃな…。
逆に一尺半まで接近できれば、かなりの親密度と言えるぞ!

じゃから、まずは手を伸ばして届くくらいまで、
お主からさりげなく近づくのじゃ!』

上半身を起こした夕鈴が、あわてて上着を肩に打ち掛けると、
黎翔はニコニコとしながら寝台の脇に置いてある椅子に座った。

二人の距離は、一間(1.8m)ほど。
互いの顔を見るにはちょうど良いが、親密な距離とはいいがたい。

「よかった。思ったより元気そうで」

「ご心配をおかけして申し訳ございません。
おかげさまで、もう大丈夫です」

人払い済というのに、なんとなく他人行儀な言葉と態度。
二人の間には、少しよそよそしい空気もながれ、
夕鈴はふぅとため息をつく。

(そんなときは…)

老子の言葉が浮かぶ。

『その三。
目が合あったとき
興味があるか無いかのサインを見分けるんじゃ!

興味のあるときのリアクションといえば、
・なんどもちらちら見返してくる。
・恥ずかしそうに目を伏せる。
・いきなりテンションがあがる。
といった感じじゃのう。

反対に、嫌な顔をされたり、シカトされたときは、
興味がないサインじゃ。

――よいか?
しかと見分けるんじゃ!』

夕鈴は、気を取り直し黎翔の顔を見つめた。

(陛下は、どんなサインを出していらっしゃるかしら…?)

「…ん?」

夕鈴の視線を感じ、
黎翔はやぶからぼうに眉間に皺をよせ顔をしかめた。

(!嫌なお顔を…。

陛下はやっぱり…。
きれいなお姫様といたかったんだ。

いくらラブラブ夫婦演技のためとはいえ、
大事な晩餐会を切り上げさせたものだから
怒っていらっしゃるのかも。

もう私に、興味なんか――)

夕鈴は少し悲しくなった。

黎翔はゴソゴソと袖をまさぐり、探り当てたそれを取り出す。

目の前に差し出したのは、赤い鱗模様の皮に覆われた
赤い丸い木の実の房。

「――ほら、これ。お見舞い。
ライチっていってね。
晩餐のとき出された、珍しい南国の果物――」

子犬の笑顔で取り出した果物を持って、机の方へと遠ざかる。

無言のまま、黎翔は赤い粒を一つ指で房から取り外した。
眼をそらし、こちらを向こうとしない。

指でつまんだライチの皮を剥く。
つるりと白い果肉が現れ、黎翔は赤い瞳でその果肉をじっと見つめていた。


二人の距離はさらに遠ざかって
よそよそしい空気が流れていた。


夕鈴はあわてて、寝台から降りようと上履きを足でさぐった。

「あの、もう、その。
陛下のお顔をみたら、すっかり元気になりましたから…。

果物をお食べになりたいのなら私がお剥きいたします。
手が汚れますよ、陛下。

それに、お茶、ご用意いたしましょうか――」


「お茶は、いい。
元気というなら――」

黎翔は恥ずかしそうに照れ笑いをすると、
チラチラと夕鈴を見返し

「――笑って」
と。

「え?」

夕鈴はきょとんとした。

「…だって夕鈴。
なんだか、さっきからすごく怖い顔してて…

ここしばらく来れなかったから、
僕のこと、怒ってるのかと――」

「そんなこと、ありませんよ。
嫌われたのは、私の方かと――」

夕鈴が顔を伏せると、おもむろに手を伸ばされた。

「…私のこと、怒ったりしていない?」

「怒るだなんて――」

「寂しかった?」

「…はい」

「会えて、嬉しい?
…笑ってくれる?」

「…はい」
夕鈴は頬を染めて、微笑んだ。

黎翔は寝台の傍らに戻ると、夕鈴の耳元にはしゃいだ声で囁いた。
「これ、美味しいんだよ」
剥いたばかりのライチを夕鈴の口へと押し込んだ。


白い果肉を口に含むとほんのり甘いさっぱりした味が広がる。

「…美味しいです」

夕鈴は嘘をついたのに、陛下が本当に自分を心配してくれていることが嬉しくて。

「…でも、仮病なんです。
私、嘘ついて」
ポロリと涙を流すと

「うん、分かってる」
黎翔はこくんとうなづいた

「仮病で僕をさそってくれるだなんて…
嬉しいや」

黎翔はその指先で彼女の唇に触れ
とたん、
覆いかぶさるように影になった。

「…うん。やっぱり、お茶より。
こっちのがいい――」


二人の距離は0。

超・至近距離で抱きしめられて――



*

SSS あやとり

お仕事で疲れた体を癒す糖分を少々。
もう何がなんだかラリった一発書きにて失礼です

明日はスパークですね
ご参加される皆様、どうかHAPPYにお過ごしくださいませ!


【原作沿い】【SSS】【微糖】

* * * * * *
あやとり
* * * * * *


いつものように夜。
後宮を訪れた黎翔は、
唯一の妃とすごろくを楽しんでいた。

夕鈴が手を動かすたびに、チラチラと垣間見える
袖の隙間から、妃の手首に赤い糸が幾重にも巻き付いていたが気になってしょうがない。

その間にも、ゲームは終盤戦に入っている。
「…二、二、二、出ろ――!」
夕鈴がサイコロを握った手に念を込め、賽を振れば、みごとに二の目が出て、
夕鈴が上がった。

「…やった!
勝ちました」

黎翔は残念だ、という表情をしながら、あらためて先ほどから気になっているものを指差した。

「…ねえ、夕鈴。その赤い糸って、何?」

夕鈴は、えー?と声をあげて、
ああ、これ、ですか!
さっき、毛糸を見て、思いだしながらやってたんですが
へーかがいらしたので、慌てて手に巻き付けたまま
すっかり、忘れてました、という。

「えっと、それで、何をしてたの――?」
小犬のほほえみで尋ねれば

「へーか。あやとりってご存知ですか?」
と唐突に尋ね返された。

黎翔は「え?」と目を丸くした。

…糸か。そういえば、昔子供のころ
時間つぶしに凝りまくった時期もあったかな――。

勝負のついた双六台を横へどかすと、
夕鈴は手首に巻いていた長い糸をクリクリっととりはずし、両手の指にかけて、広げて見せた。
「この糸で遊ぶんですよ?」

あやとり糸を広げて、夕鈴は得意満面。

夕鈴は(へーか、やっぱりこんな庶民の遊びなんてご存じないんだわ)と思ったのか。
妙にお姉さん風を吹かせて、いろいろ得意げにやってみせてくれる夕鈴の姿がかわいくて、嬉しくなった黎翔は、そのままうなづきながら説明を聞いていた。
「こんなふうに輪にした糸を指にひっかけて
いろんな形を作る遊びなんです。
単純なんですけど…これはこれで、結構奥が深いんです。
今日はうっかりはまっちゃって…」

と夕鈴はくりくりと糸を操り、
「まずは、箒、でしょ?
これは簡単なんですよ。
それからハシゴも、1段から、順番にお見せしますね?」
とブツブツいいながら、
器用にいろいろな型を作って見せてくれる。

「…それで! ここからなんですが。
どうしても、一人でうまくできないんです――
へーか、すみませんが
手を貸してください!
ほら、私の小指にかかってる糸に、
へーかの小指をひっかけてですね…」

言われたとおり、従順に手を動かす。

次はここから内側の糸をかきわけて
こちら側につまんでください――、と
額をよせて、覗き込む。

促されるがままに黎翔が手を貸せば
夕鈴は「――ん、ん! できた!!」と花がほころびるように笑みを浮かべる。

「やった!
できました!!」

とはしゃぐ姿が、あまりにも可愛らしく

「…わが妃は欲がないな」
と黎翔が笑えば

「ヘーカのお手をお借りするなんて、
この国一番の贅沢です!」
と夕鈴は鼻息荒く答えた。

…贅沢?
そんなんじゃ、ない

黎翔は少し意地悪な気分になった。

「あやとりって、一人でやるものなの?」
と尋ねた。

「いろいろです。
連続して一人でいろいろな型をつくるのもありますけど、
二人で交互にとりあって対戦する『二人あやとり』もあります。
こうやって最初に作った型から、次の人がうまく糸をとっていって
相手の手から外して自分の手の中で張っるんです。
その時形が崩れたりほどけちゃったら、負けです」

「ふうん
面白そうだね」

「…陛下、退屈じゃありません?」

「うん、楽しいよ。もっと教えて」
と無邪気に声をかければ、
「じゃあ、教えてあげるから、優しいのからやってみましょうよ!」という。

「うん、お願い」

夕鈴は『簡単ですから、初めてでも、すぐ覚わりますよ』といいながら始めた。
黎翔は長い指を器用に動かし、夕鈴の指示通りに糸をすくう。

彼女の細く手白い指が、目の前で糸を操る様子に、黎翔はじっと見入っていた。

指が触れ、また離れる。
真剣な夕鈴は、意に介さない。

すぐに難易度は上がって行った。

「へーかって。
実は…負けず嫌いですね」

「…そうかな?」
ハハ、と笑う。

「そうですよ。
全然、負ける気ないじゃないですか!
もう私も手加減しません!」と宣戦布告する。

「…え?
じゃあ、もし夕鈴が勝ったら、なにか私におねだりしてくれるの?」
黎翔は嬉しそうにパタパタと尻尾を振った。

なにしろ、欲のない妃は、
黎翔に「ねだる」ということがない。

「…おねだりは、しません。
ただ…こうして一緒にあやとりしてくださるだけで
十分ですよ」
と夕鈴は顔を赤らめて答えた。

「じゃあ、…私が勝ったら、ねだっても、いいの?」

「陛下にねだられて、私が叶えられるものがあるとは思えませんけど…」

「大丈夫。
じゃあ…かなえてね?」

「私にできること、ですか――?」
困惑し、恥ずかしげに見上げたその瞳に見つめられ
ふいに黎翔はきゅん、と胸が痛んだ。

――黎翔は、思わず自ら墓穴を掘ったと悟った。


夕鈴の手元にある糸に小指を絡ませて、引き寄せる。
「――そのように
綾でからめとり、
夫を操るとは。
君は、罪な妃だな」


「え?」

みごと兎の両手をあやとりの糸ごと絡め取った狼は
そのまま瞬きもせず、至近距離に顔を近づけた。


「ここから、
…どうしたら、よい?」

「…っ。て
へーか…
そんな繰り方しては…
続きません――」

「続けられない?
もう、ダメなの?」

ダメ、と言われれば、何か方法を考えて
続けなければ、と思う負けず嫌いの妃。

「いえ。
その
…続け、て…ください」

兎が真っ赤になって答える。

黎翔は意地悪にも指を絡めたまま、形作る。
吐息までかかりそうな距離で二人は見つめ合ったまま。

「…君の番だ?」

「で、できませんよ!へーか
…手を。離してくださらないと
続けられません」

いたたまれず、夕鈴は視線をそらした。


「できない――?」

…手を握って
見つめ合って。

赤い糸で絡め取られた二人の間に
自然と引力が働いた。


黎翔は、
ゆっくりと顔を近づけて

「――そうか。
…では。遠慮なく褒美をいただくとしよう」



*

甘い口づけだったでしょうか?

超月(スーパームーン)

面白かったですよと
さりげなく
あなたの
そんな一言が嬉しいです。
ありがとう。




【ねつ造】【少し先】【再会】【微糖】

* * * * * * *
超月(スーパームーン)
* * * * * * *


解雇したバイト妃が
よりによって晏流公の元から王都へ戻った、という報告をうけた国王

「晏流公の元、から――?」
とつぶやくと、
一瞬、空中に放電でもしたかのように室内の空気を小さく震わせた。

報告をしていた側近は、
どんな反応が国王から返ってこようと耐えるつもりで
心身ともに防御の姿勢を取っていたつもりではあったが
その一種独特な緊張から逃げることは適わなかった。

「それで、今。どこに?」
と問えば

「さすがに後宮にすぐ戻すというわけにもならず。
王宮からほど近い屋敷に
仮に身を寄せていただいております」

「…どこだ」

「――今から、まさか?」

「馬鹿な。仕事を放り出していくわけがあるものか。
彼女のバイトは終わった。
とうの昔に、
…切れている」

李順はホッとした表情で、緊張していた肩のこわばりを緩めた。

「道理をわきまえておいでなら
まこと結構なことですよ、陛下」

正確には
――切れている、ではなく
切り捨てた。――のだ。

この方は、冷酷非情の狼陛下と呼ばれし恐ろしき王。

今まで通り、切り捨てる、とその言葉通り。
王本人が、自身をそういう男だと言いきりながら
ガラにもなく、狼は獲物を見逃した。


李順は報告ついでに、彼女の保護されている館の場所を告げたが、
黎翔は無表情なまま、再び筆を動かしつづけており
聞いているのかいないのかすら、李順には判断がつきかねた。

黎翔はその後も
あれほど寵愛を示した臨時妃の動向について何一つ尋ねることなく
目の前にある限りの仕事を黙々とこなした。


自室に戻る。

積みあがった懸案事はさばいてもさばいても
増えこそすれ一向に減る様子もない。

王とは、そういうものだ。
そう、あらねばならぬと、
自分自身、疑うことなく努めてきた。

なのに
苦しい。


自室の窓から外を眺めるに
王宮の瓦に夕焼けが美しく反射し
雄大な空を雁の群れが渡る。


ふらふらと、黎翔は立ち上がる。

厩へ足を向けると、舎人が何事ですかと血相を変えて駆け寄る。
愛馬に鞍を置いてくれと頼めば
もう夕暮れ、すぐに暗くなりますよと押しとどめられる。

構わぬ、夕月を見にそこまで行くだけだ。と言い残し
半ば強引に鐙を蹴り馬を歩かせた。


月見、などと――
星見を占星術師が今日はことのほか大きな満月が上がると言っていた。
ぼんやりとそんなことまで思いだす。

なんでも詰まっている頭だ、
そんな知識クソくらえ

何もかも知ろうと、手に入れようと
ただ一つ、
彼女の笑顔はもう手に入らない。


「…見せて」

もう夕暮れ時で、ひんやりとした風が吹いていた。
ちぎれた薄雲が流れて、上がったばかりの月にまとわりついていた。
大きくて不気味なほどの月。

月に重なるのは、彼女の笑顔。

もういちど、顔を。
君の笑った顔を、見せて?

馬は賢くて、彼の指先がかかる手綱を通して、彼の意を汲む。
土を押し固めた路を軽妙に蹴る振動だけがあたりを包む。

暮れなずむ黄昏時
かすかな残照で赤く照らされた静かな往路は
まるであの世とこの世のあわいの世界のようだった。

その時。
黎翔は馬の耳がぴくと動いたのを見逃さなかった。

突然人が細い横道から飛び出してきて、
馬の進路のすぐ前を遮った。

「…!」
黎翔が軽く手綱を引き絞れば、よくよく調教された馬は
即座に主人の意を解し、横走りをしながら接触を避け、動きを止めた。

飛び出してきたのは、小柄で長い髪の少女

栗色の髪は頭上で2つの髷が結われていた。
町娘の簡素な衣を身に着け、手には何か包みを抱えていた。

馬に引っかけられそうになったにもかかわらず、
意に介すふうもなく、一目散に走り去る。


もう門が閉まるというのに――
こんな時間に、娘一人で…


もしや。
いや
まさか――

空気が圧縮されて、息ができない。

黎翔は心臓が止まりそうだった。

慌てて娘の後を追って馬を走らせ、
その娘の前に回り込んだ。

横になった馬体で行く手を塞がれ驚いた娘は、
抱えた荷物で身を固めながら

「何するのよっ!?
ちょっと、危ないじゃない!」
と気丈に叫んだ。

ああやはり。
この声は―――

馬体から上半身をスレスレまでかがめ
女の顔を覗き込む。

「夕鈴、か?
――顔を、見せて」

彼女は、あっけにとられたように大きく目を見開いた。

へっ…!?

と叫ぶ声が聞こえたより早く、
馬上から彼女の体をさらった。

へっ…× ××× …ぎゃっ!?

相変わらず、あられもない大声に

よしんば夢であろうと再会を分かち合うこの瞬間に――と
黎翔はぷっと噴き出す。

ジタバタと抗う暖かい肉塊。

現世とあの世との境目だろうと。
超月の見せる幻影であろうと。
今、手放すことはできない。


夕鈴?


むちゃくちゃに抱えて、強引なことをしたものだから
短い裾は乱れて、髪は逆毛だって、
彼女はぶるぶると震えていた。

抱きしめて。
髪を指ですいて、撫でつける。

額がうっすら汗ばんでいて
大きな瞳は月の光を反射していた。

もう、黄昏も終焉を迎え
あたりはぼんやりとした月明かりに照らされた世界だったけれども
君の顔だけは
くっきりと白々と浮かんで見える。

赤い唇も。
こころもち上気した頬も。
変わらなくて、ホッとする。


いつのまにか雲はすっかり流れ去って
月ときらめく星々が空に浮かんでいた。


ごめん。
夕鈴。

一人にして、ゴメン。

ダメなんだ
君がいないと。

狂おしく抱きしめて
許しを請う。


軽い抵抗があって
彼女は王を押し返す。


ダメですよ
そんなこと言っちゃ。


この期に及んで
距離を置こうと必死な彼女に
彼はすがった。

彼女が頑固なことは
これまで嫌というほど知らされてきた彼にとって
正念場であったのは確か。


なのに、兎は。


私は、玉砕覚悟なんです。
陛下に好きって、一言だけお伝えできれば
本望なんです――と。


抱きしめる腕の力が緩んだ。
彼女を束縛する必要はもうない

泣くなんて可笑しいや
アハハと笑って
阿呆みたいに笑って。


一緒だよ。
「玉砕なんか、させない」


腕の中に君がいれば
もう、寒くない。


「ねえ、夕鈴。
笑って――」


超月。
こんなに明るい夜はないな。


君は何を願う?


このまま奪い去りたい。
君が欲しい
全部。


*

いじわるなひと。1

【3巻あたりの世界観】【ねつ造】【オリキャラ】

* * * * * * ** * * *
いじわるなひと。1
* * * * * * ** * * *


後宮に美しく咲く花々。

「お妃様の御話し相手に
わたくしが?」

「ああ、そうだ。
くれぐれも粗相のないように」

「はい、お任せ下さい。お父様」

私が後宮に住まう「狼陛下の唯一の妃」のお話あいてとして
後宮を訪問する機会を得たのは、父上の仕組んだこと。

お妃様をかばって傷ついた父は、
手当を受ける間、心配そうに付き添う妃にこれ幸いに、と同情をひく。

「陛下は我ら臣にお心を開かれません。
ご覧くださいませ、かつてあれほど華やかだった後宮も
いまやあなたお一人。
陛下が人を遠ざけるの百歩譲っても、これでは貴女様まで気がめいってしまうのでは。
さぞ寂しくお過ごしのことでしょう――」

付け込む隙だらけの
田舎者丸出しの妃だという。

「あなたが楽しくお健やかにお過ごしになることこそ、ひいては陛下の御ため」
そんなふうに取り入って、半ば強引に取りつけた状況はありありと目に浮かぶ。


* * * * *

「氾青珠でございます
どうぞ青珠とおよびください」

わたくしの顔を見て、見惚れてしばらく声も出ない。

これが、狼陛下の唯一?
――大したことのない。

十人並みといってもよい容貌。
立居振舞もなにやらとってつけたようにギクシャクとした感は否めない。
お里が知れるというもの。

間を埋めるために極上の笑みで微笑みかければ
――何? 
あわあわと慌てているばかりで
言葉も出ないではないか。

ドギマギしているその様子。
真っ赤に頬をそめて…
まるで、恋。

こっちがこっ恥ずかしいから、やめてほしい、その反応。

だがしかし、紅珠の笑顔に心とろけぬ者もあるまい…
それは誰よりも私がよく知っている。
仕方がないことかもしれない。

裾がはためく。
あわく諧調をつけ裾に行くほど曙色に染め上げ
手間暇かかる細やかな刺繍を随所に施し、なおかつ軽い。

…ふうん。紅珠。いつもよいセンスだね。

双子の君だが、こういうところはいつも感心する。

紅珠がデザインした原画をもとに
金糸銀糸をふんだんに織り込んだ最高級の生地を織らせ
蒼玉国で一流の職人に仕立てさせた衣裳。

本当は紅珠が着るはずだったのだけれども。
前の晩からの徹夜あけということもあり
朝から機嫌が悪く、
「今日はぜったいわたくし参りません」と駄々をこね出てこない

「青珠、お願い」と泣かれてしまえば…
わたくしが可愛い紅珠の涙に抗うことなどできようか。

わかっている。紅珠は、ただ
明日のイベントに間に合わせるため、原稿を書きたかっただけなのだ。



私は、氾青珠。14歳。
紅珠の双子の兄。
同じ日に生を受け、見た目そっくりな二人。

我々が生まれた日。
氾大臣家初の姫誕生、ということで父上は大いに喜んだそうだ。

娘ばかりを溺愛する父親の様子を見ていた母君は心配をした。

「紅珠、紅珠」と父上が双子のうち娘の紅珠ばかりかわいがるものだから。

母上は「青珠がこれでは可哀想」と
…そして悪戯心もはたらいて

「お前も父上とスキンシップしておいで」と
私に女装をさせ、交互に私と紅珠を入れ替えたそうだ。

父上がまったく気づかず頬ずりしているのを見た母上は安心し、
そのうち『青珠を、へたに男扱いしない方がよいのでは…』と思ったらしく
私を紅珠と同じように女の格好で育てたのであった。

「母上は、私を女としてずっとお育てになるおつもりだったのですか」
とある時、何気なく尋ねたところ
「ある程度歳をとれば男の姿に戻そうと思ったのだけどね。
あんまり二人とも愛らしくて、なんとなくそのまま」
おほほ、と笑った。

そんなふうに、ユルくなるのも仕方がないといえば仕方がない。

長男の水月兄さまはのんびりしすぎた人柄で「陛下が怖いから」と出仕をしぶるものだから、父上も立場上頭をかかえるありさまだったし。
次男は次男で表にでてこない。

だから私があまりしゃしゃり出るわけにもゆかず、
常に一歩も二歩も引いた立場で物事にあたるうちに
なんとなく女装のまま人生の大半を過ごしてしまった。

もちろん、男の姿に戻ることもあるのだけれど…
最近では父上も公認なものだから、案外気楽に女の格好を楽しんでいる。


* * * * *

あんまりお妃がのほほんとしているものだから
ついつい意地悪な気分にもなる。

琴は水月兄上仕込みで、得意の一つだ。

「お恥ずかしゅうございますわ
まだまだ未熟者で」

嫌味に聞こえぬよう、紅珠のような笑顔を振りまく。

ざわざわとしていたあたりを払う威圧感。
わたくしは分かる。
陛下がこちらに向かっていらっしゃることを。

その途端、噂の狼陛下が現れた。

妃が私を紹介すれば

「ここに来る途中、琴の音がきこえた
よい腕だな」
とお褒めの言葉を頂戴する。

(け、あたりまえだろ)
思わず胸の中では返答するが

「妃をよく楽しませてくれ」

「はい
精一杯努めさせていただきます」

思いっきり可愛い顔をする
そう――目の前の紅珠が、いつもするように。

そんなふうに、陛下の気を引いて。
紅珠がきたとき、イチコロに仕留めてもらえばよい―――。


「お妃様は琴を?」
「いえ、私は聴く専門です!」
へんな返答をするからブッと吹き出してしまいそうになるのを抑えるのに内心必死。

「そういえば、いつもご衣裳も可愛らしいですよね」
そんなふうに褒められれば
それは紅珠の選んだものだから、当然です、と思わず胸を張りたくなってしまう。

可愛い紅珠。私の、半身。
君がどれほど聡明で、どれほど愛らしく、どれほど綺羅綺羅しいか。

そう。この世で一番かわいいのは、紅珠、君だと
わたくしは世界に触れ回りたいほど――君のことが大好きだ。

「蒼玉国の後宮で流行っているデザインですわ…」と
説明にもついつい力がはいってしまう。

「お妃様も陛下にお願いなさってみては?
きっと素敵ですわ!」
といえば

「陛下は国のため民のため華美な生活はお控えですから
私もわがままを言うわけにはまいりません」
とくる。

――変わってる。

「男の方って
甘えられるのもお好きなもの
…ですわ」
とちょっと近くにすり寄れば
真っ赤な顔をしてドギマギしているものだから
この妃はイジリ甲斐がある。


…唯一の、妃?
――にしちゃ、男慣れぜんぜんして無い…?

と、この時。
わたしはふと感じてしまった。


この妃は、男をしらない――と。


*

二人の収穫祭

某国SNSのうりうり様のハロウィン企画で
ご用意しましたお菓子(読みきり短編)です。

ハロウィン期間も終わりましたので、
お下がりですがよろしければ…。








【バイト妃】
* * * * * * * *
二人の収穫祭
* * * * * * * *
by おりざ



「今日午後、南の四阿にいらしてください」
と後宮へ言付けがあった。

(…いったい何事かしら)と私はいぶかしがりながら、
侍女さんたちと庭に出た。

後宮の秋は美しい。

秋も深まり、空はのびやかに青く
白く儚い雲がうっすらと刷毛ではいたようにかかっている。

暑苦しい夏が過ぎ、さわやかな空気の中で息を吹き返した植物。
咲き誇る花木や草花は、あたり一面に良い香りを漂わせる。

朝晩の寒暖の差はあるが日中は過ごしやすく、気持ちの良い風が吹く。

(…こんな中、陛下と一緒にお散歩できたら…)
とささやかな願いに心も弾む。
(…はっ。
――いやいや、今日はお仕事で呼び出しよ?)

キッチリ自分に言い聞かせる。

淡いピンクの花が今や盛りと咲き誇る薔薇の叢の角を曲がれば、
目の前には池が広がり、
その傍にしつらえられた四阿の象牙色の屋根が目に入る。

遠目に臨む四阿には既に人がいて、
メガネをかけているのは、李順さん…

そして、
あ。
――陛下。

思わずドキッと胸が弾む。

陛下は、深い紫色の衣裳をまとい
匂い立つように鮮やかなお姿。

こんなに離れていても、まるで目の前にいらっしゃるみたいに
鮮やかすぎるあの方

厳しいお顔で何かお話されている口許も
黒髪が風に揺れる様を見ても、
天がこの世にお遣わしになった我らが王の姿は
世にもまれなる存在で
思わず畏敬の念に身が引き締まる。

ぼぉっと一瞬気持ちがとんで
(…いやいや、私、バイト妃だから
分をわきまえなさい――!)

思わず足が止まっていた私に
「お妃さま…?」と背中から声が掛かる。

(今は人目があるんだった!!
ちゃんとしなきゃ!)

慌てて取り繕った妃スマイルで、侍女さんの方を振り向く。

「あ、いえ。あまりにお庭が美しくて
思わず見入ってしまいました」

そうでございましょう、と、侍女さんもニッコリと微笑み返す。

ようやく、今更ながら周囲が目に入る。


あたりには大勢の野良仕事の下男下女が地に頭を擦り付けてかしずき、
なにやら物々しい雰囲気。

陛下のそばには李順さん、宮廷庭師の頭領ら面々がいて
一枚の図面をはさみ、難しい顔で打ち合わせ中。


(しまった!
お時間でも間違えてしまったのかしら?――)

お邪魔しては悪いと、思わず二の足を踏んでしまった。

「――あ。失礼いたしました。
お仕事中でしたら、私しばらくお待ちいたしますと、お伝えください」と
侍女にヒソと耳打ちをし、女官らと下がろうとした途端
李順さんから足止めの声がかかる。

「お妃様、どうぞこちらへ――」

陛下はクルクルと図面を巻き取ると、ポンと李順さんに手渡し
こんどは私の方へ歩き出す。

「ただいま参上仕りました
…御呼びでございましょうか」

恭しく礼をすれば

「妃よ、堅苦しい挨拶は抜きだ
――さあ、早速。
君の目で見ておくれ」
上機嫌の陛下はズカズカと歩み寄り、ひょいと私は抱き上げられてしまう。

(ぎゃー、いったい、何事ですか?)

抱き上げられて、目の前の陛下はこれ以上ない満面の笑み。
『…喜んでくれる?』
と耳元に小犬の声でヒソと囁かれる。

(ヘーカ、み、耳が出てますよ――?)

『ダメです。こんなに大勢の前で、子犬は…!?』
と、陛下の胸を必死に押しとどめれば、

コホン、と軽い咳払いのあと、
今度は威厳を保った狼陛下の声で、
私に説明をし始めた。

「愛しい妃は、食することのできる花が好きだというから。
このたび後宮の一角に
食用花ばかりを集めた花菜園を作ることにした」

「――え」

抱きしめられたまま、歩き出す。

あたりで作業される方がたは目を伏せ必死に作業しているふりをして…気を遣ってくれているのがすごく分かる。

陛下はお構いなしに造成中の花菜園を見まわる。

「どうか?」
ニコと私を覗き込むくすぐったい視線…。

「…コホン」
背中から咳ばらいが聞こえた。
李順さんがすぐ後ろに張り付く様に立っていた――!

(っ! こっ、これは仕事っ!
――ラブラブ夫婦演技デスねっ?)
必死に心の中で探す。

「う、嬉しゅうございます!!
――め、目を楽しませそのうえ食糧も兼ねるお花に
お目を留められるとは…さすが陛下。
…ま、まさに一石二鳥でございます」

妃を寵愛する王と
愛される妃を演じるのが、バイト妃としての私の仕事――。

再三再四、立場をわきまえろ、と言われても
やはり喜びは隠せない。

「――本当に。
覚えていてくださって
…嬉しいです」

その最後の言葉に心を込めた。

陛下はうむ、とうなずいて
目があった瞬間、ニコっと笑った。

「ざっと打ち合わせはしたが――
君の眼で見て、要望があれば伝えてほしい」

「食べられる花ばかりの庭って
――何を植えるんですか?」
と尋ねると
陛下の後ろから付き従っていた李順さんが
代わりに答える。

「花時の苗を揃えさせておりますよ。
秋と言えば、菊。食用菊はもちろん、秋桜(コスモス)、桔梗(キキョウ)、撫子(ナデシコ)などをメインに。足元には、擬宝珠(ギボウシ)、花紫蘇(シソ)、金蓮花(キンレンカ、ナスタチウム)。こういった趣の庭はあまり人工的すぎてもよろしくないかと、野趣を添えるのに、紫詰草(ムラサキツメクサ)、葛の花、野豌豆(カラスノエンドウ)なども…」

「――そんなに!?
食べられる花って、あるんですか――!?
それは楽しみです!!」

わたしはドキドキして思わず興奮してしまった。

陛下の目をみれば、わかる。

対面を保ちながらも
『褒めて、褒めて』とばかりに、
心の中で小犬陛下が尻尾を振っているのが。

その嬉しそうな目の色につられて、ついつい陛下の首にかじりついて、
「ありがとうございます」と囁いてしまった。

瞬間的とはいえ
頬を摺り寄せるほどに接近したものだから
――陛下はちょっと意外だったのか
しばらく私をきょとんと見つめたが、すぐに満足げに微笑まれ

「私のプレゼントは気に入ったか?
――妃よ」
と優しく私の頬をなでた。

女官さんや侍女さんたちのニコニコした顔と
ぶすっとした李順さんの顔が目に入る。

いたたまれないけど
――嬉しかった。


* * * * * * * *

陛下のくださった素敵な花菜園

お返しに、ささやかな『収穫祭』を思いつく。

まずは、夜のお茶会に。
可愛いお菓子をつくりましょう。

陛下のためのスペシャルに
お饅頭に乗せるトッピング。


甘くて可愛い砂糖菓子を作りましょう。




収穫は丁寧に。

お花を丁寧に水で洗って
水気をきったら
ほぐした卵白を絡めて
特別に手に入れたサラサラの白いお砂糖をまぶす。

よおく乾燥させて、できあがり――。

綺麗なお花の砂糖漬け。

黄色、赤、ピンク、オレンジ、白、紫、青…。
鮮やかな色の砂糖菓子ができあがる。

どれもこれも綺麗

陛下――
喜んでくださるかしら?


そんなふうに思いながら
貸し切った厨房での作業に熱中していたら
後ろから抱きしめられた。

「――夕鈴、ひとり?」

陛下の不意打ちに、私の頬にかぁっと紅が走る。

「へ、へーか!
お、王様が、こんなとこ、来ちゃだめでしょ?」

とジタバタしたけど、陛下はそんなことお構いなし。
身動きがとれない私を楽しんでいるみたいに…
「なに作ってるの?」と話し続ける。

「ヘーカが作って下さった、花菜園の収穫祭に…
お花の砂糖漬けを」

「収穫祭!
それは、いいね。
――僕もご相伴できるのかな?」

「もっ、もちろんですっ!
っていうか、むしろそのためです
花菜園を作ってくださった、お礼にっ!」

「それなら、二人の収穫祭だね。
嬉しいな…ああ、ずいぶんと彩りよく仕上がってるみたいだね」

背中ごしに覆いかぶさるように、私の赤い頬に頬を摺り寄せる。
ドギマギしてしまう。
(こ、ここで甘い陛下におされちゃダメよっ)

「わ、我ながら、綺麗にできたとおもいますっ!
でも、まだメインのお饅頭はこれから仕込むところなんです。
これは、その上に乗せるちょっとしたアクセントっていうか――」

真横に陛下の長いまつ毛が見えて、息づかいが頬をくすぐり、くすぐったい。
目の前に広げられた食用花の色とりどりの砂糖漬け。

「ふん。メインがまだって?
…でも。
君、綺麗に仕上がってるみたいだけど――」

「――え?」

「真っ赤に染まって――可愛い」

背中からギュッと抱きしめられる。

「あ、あの!
だ、ダメですよ、厨房で――誰かきたら」

「――今は、貸し切り、でしょ?」


そういって、笑いながら。

白い砂糖にまみれた私の指を握ると
陛下はそれを口許に運び


パクリと。


「…うん、やっぱり君が
一番
甘い――!」



*

SS ヤドリギの下でキスしよう

メリークリスマス!

ぽろりと一本、クリスマス向けの短編
(一発書きですがお許しください)


みなさまが幸せでありますように――。

【バイト妃】【微糖】



* * * * * * * * * * * * * * * * *
Let’s kiss under the mistletoe.
~ヤドリギの下でキスしよう~
* * * * * * * * * * * * * * * * *

――その日が何の日かなど。
他国の宗教的な儀式や習慣など一切知らない夕鈴。

それは、寒い冬の日のことだった。


小さな花束を送られた。
「花、束?」
(――紅珠からの贈り物にしては、地味ね…)
夕鈴は内心そう思いながら、不思議そうにその花束を見つめた。

花束といっても、花ではない。
一尺ほどの分枝した緑の枝の節々から、つやつやとした革のような質感の黄色味をおびた丸っこい葉が対をなして生えている。枝先の一対の葉間にはチョコンと白っぽい液果が付いている。
数本の枝は、恐らく外国のものなのであろう、珍しい刺繍が施された錦の細帯で束ねられている。
珍しいといえば珍しいが、たいそう地味な枝で、
価値があるとしたら紅珠が「リボン」と呼んだこの錦の細帯くらいのものじゃないかしら、と夕鈴は値踏みした。

「これを、ぜひ後宮のお妃様のお部屋の入口に吊るしてくださいませ!」
「…吊るす?」
「はい、ここに、このように!」
こまごまと設置方法を説明したあげく、満足そうに紅珠はひとつため息をつき、微笑んだ。
そして、その細く美しい指を絡ませながら嬉しそうに妃の耳に愛らしい唇を寄せた。
「…お妃様がお幸せでありますように――私、心から願っております」

「――はっ?」
夕鈴は慣れたとはいえ、王宮の風習を全て網羅しているわけでもなく、彼女が何かいわくありげに言うのなら、大切な儀式か何かの一種なのだろうと想像はできたが、正直何が何やら分からない。夕鈴はあいまいな微笑みを浮かべながら「…ありがとう」と一言、つとめて鷹揚に答えた。

* * *

現国王、すなわち狼王は、幼いころからその命を狙われて育った。そのため父王は、幼少の彼とその母を辺境の地へやった。
地方にありながら、人より抜きんでた知識を得るためには、貪欲に様々な文化様式に興味を持ち多くの人と接触を持つほかない。他国の言葉を身に着け、最先端の知識を得る。…生き残り新しい戦術を知ることが主な目的だったが、なにはともあれ狼王は博学な人物だった。
その日後宮に渡ると、後宮の入口に吊るされた見慣れぬそれを見るて、狼王は一目でそれが何を意味するか見破った。

「これは?」

「紅珠から送られた飾りものです。…なんでも、幸せになれるのだそうです」
「…幸せ?」

(――王宮の中にいては、幸せになれるものもなれまい)
そんな思いが胸をよぎり、狼王はその表情に暗い影を落とした。

「…といっても、私は幸せ、ですから。こんなもの必要ないんですけどね」
彼女はくったくなく笑った。

「夕鈴――君、本当に、幸せ?」
狼王は彼女を引き寄せ、つぶやいた。

「え?――」
王の真剣な表情に、ふと夕鈴は真顔に戻る。

陛下のことが好きでたまらないのに
それを言えないのは悲しい。

陛下はいつか本当のお嫁さんを迎えなきゃいけなくて
――それは、たぶん。そう遠くない未来。

偽物の私は、
いつかここを出ていかなければならない。

私はいつまでここに居られるんだろう。

「…幸せ、ですよ?」
夕鈴はギュッと王の袖を握り締めた。

「ほんとうに?」
王は静かに彼女を見下ろした。
長い前髪がハラリと目にかかり、彼の表情を隠した。

彼女は、必死で自分で自分を勇気づけ元気を装う。

「側にいられなくても。
私はいつも陛下の味方ですから――」

いい切ったものの、切なくて。
夕鈴の瞳には涙がにじんだ

思わず心が動き、
王は彼女を抱きしめると
その頬を両手で掬い上げるようにはさみ、唇を重ねた。

二人の唇が離れると、ふるふると彼女は震えて固まっていた。

あまりのことに言葉も出ない彼女。

(――しまった!!)
何か言い訳をしなければ、と
黎翔は真面目な顔で話はじめた。

「今日は、西の国では特別な日らしい。
西の国の風習で、ヤドリギの下で、今日口づけをかわした男女は
結ばれて、幸せになるというのがあって――」

そこで言葉を区切って、彼女の反応をもう一度見る。

(…結ばれる?)

自分の口から出た言葉が自分自身の脳に届いてはじめて、
彼は急にオロオロしはじめた。

(しまった! うっかり口が滑っちゃったけど
――夕鈴が、それを望んでいなかったらっ…
どうしよう!?)

黎翔は、夕鈴の肩を押しのけるように、二人の距離を取った。
急によそよそしくなった彼の態度に、今度は夕鈴が目を丸くする。

「え?」

「…ぼ、ぼくは。そんな迷信、信じてないけどね」
うろたえた陛下は、うそぶくように平静を保とうと試み、逆にますます墓穴を深くした。

「へ!陛下っ!
へーかにとったら、気軽な冗談でしょうけど――
陛下は、ヘーカは…
女の人ならだれでもいいんですねっ?」

夕鈴の両目から大粒の涙があふれた。

「…ち、違っ!」
黎翔はあわてて否定するが…夕鈴はボロボロと泣き始め――彼の胸を叩いた。

「陛下の、女っタラシ~っ!」

ドンっと彼を突き飛ばした彼女を
あわてて腕を引き、つなぎとめる。

「――ゴメン、夕鈴!
君が僕を嫌ってるのに、
無理強いしたことは謝る――」

「嫌い?」
夕鈴はハタと動きを止めた。

「嫌いな男に、口づけされれば君だって怒るよね」

「…嫌いじゃ、ありません。」
黎翔は焦りながらも、彼女に嫌われていないことにホッとした。
だが、夕鈴はうつむいたままで表情が見えない。

黎翔は力なく手を離した。

突然こんなことをされれば、怒るだろう。

(どうしたら夕鈴に、許してもらえるのか)
…黎翔は必死で考え続けた。

「嫌いじゃ、ない? なら…よかった。
でもゴメン。
――じゃあ、仕事があるから、これで」

謝って、退散する。
お互い、頭を冷やす。
――それが一番いい。

うっかり先走った行動に出たことを盛大に反省しながら、黎翔はクルリと踵を返した。

「き、嫌いじゃ――」

彼女がぎゅとつかんだ黎翔の裾が、ツンと小さな抵抗を生んだ。

黎翔は立ち止まった。

「…す、好きです、大好きです!」

夕鈴は顔を真っ赤にして叫んだ。

「…え?」
黎翔は振り向く。

「ヘーカが大好きっ!
離れたくない――」









――ヤドリギの下をくぐる者は 争いをしてはならない。
愛に満ちた口づけを交わすのみ――

メリー、クリスマス!

(おしまい)
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